今回は、ゴブリンの視点でお話を進めて行きます。
感想、評価して下さった方々、本当に有難うございます。
そして誤字脱字のご指摘、本当に助かっています。
これからも、宜しくお願い致します。
何もかも焼き尽くす死を告げる、『黒い鳥』。
神様達は困惑した。
世界は救われる事を望んでいないのかって。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時間軸は数日前に遡り、灰と鎧戦士が、宿場村で対ゴブリン迎激戦を行った直後のお話。
ゴブリン以上ホブゴブリン以下の体躯、ゴブリン以上シャーマン以下の知性。
ホブにもシャーマンにも成れぬ、偵察を取り柄とした中途半端な一体のゴブリン。
所属する巣穴の同胞からも虐げられ、苦渋に満ちた人生を歩み続けていた。
珍しい話ではない、力を崇拝する混沌の勢力であれば、至極当然の当たり前の法則なのだ。
強きは潤い、弱きは搾取され続ける。
この物見を生業としたゴブリン、物見ゴブリンは中途半端な存在故に、上からも下からも疎まれ続けた、唯それだけなのだ。
だが憐れなこの物見ゴブリンにも転機が訪れる。
”貴様の力が必要だ”
その言葉を伴い唐突に現れた、黒き同胞。
体躯、佇まい、言葉、態度、精神。
何もかもが自分とは、否、自らの所属する忌々しい同胞とは違っていた。
”共に来い。間も無くお前は始末されよう”
当初はその言葉に些かの疑念を抱いていたが、宿場村襲撃の際に前線で指揮を執っていたホブゴブリンが、自分の居た場所に武器を振り下ろしてきたのだ。
後数秒遅れていたら、自分は肉塊と成り果てていただろう。
あの黒き同胞の言葉は正しかった。
単身現場を離れると同時に、自らの巣穴と決別した物見ゴブリンは、指定された場所へと向かう。
宿場村からは些か離れた草木の生い茂る、何の変哲ない場所。
持ち前の脚力で、難なく到着した。
――が、周りに気配は感じ取れない。
場所を間違えたか?
そんな疑問が脳裏を過ぎった矢先――。
「Guoo」
(てめぇが、黒野郎の話していた奴か)
突如木陰から姿を見せた、ホブゴブリン。
物見は思わず身構え、警戒する。
虐げられ続けた期間が長い為、どうにもホブゴブリンには敵意と苦手意識が先走る。
「Gyaoo!」
(あの野郎、この俺様を使い走りにしやがって!ついて来な!)
物見の態度にも意に介さず、ホブは後に続く様に促す。
よく見れば眼前のホブも、自分の良く知るホブゴブリンとは、何かが違う。
先ずは身体的特徴。
無駄な贅肉が殆ど見受けられない。
決して痩せているのではない。
必要な筋肉が必要な箇所に過不足なく備わっているのだ。
戦闘経験を積んだホブでも、これだけの輩はそうそう居ないだろう。
そして身に着けている武具。
明らかに上質だ。
(小鬼基準で)
体は動きを阻害しないよう、皮細工の胸当てを纏い。
両腕は金属製の小手に、小型のバックラーをマウントさせている。
脚部も布製のスラックスに、皮板で補強された具足を身に着けていた。
更に目を引いたのは、肩当てだ。
肩当て自体は特に珍しい物でもない。
皮細工をベースに、金属で補強された代物。
だが目に付くのは肩当てに彫られた、鳥の紋様だった。
木炭を使ったのだろうか?黒く塗り潰されている、黒い鳥を模した紋様。
どこで手に入れたのやら、多分他の冒険者から奪い取ったのだろう。
全く忌々しい。
自分がこうして苦労していると言うのに、このホブはどれだけ良い思いをしてきたのか。
まぁいい、いずれ新たな巣穴でのし上がってやろうではないか。
ゴブリンらしい精神に満ち溢れた野心を胸に抱き、ホブについて行く物見。
暫く歩き山道から、圧倒されんばかりの建造物群を視界に捕らえた。
古びていながらも悠然と立ち並ぶ、巨大な城と城壁群。
些か興奮した物見は、あの城が巣穴なのかと聞いてしまう。
物見に一瞥をくれたホブは、面倒くさそうに答えた。
「Gueea」
(馬鹿か、てめぇは。人族の間でロスリックと呼ばれているらしいぜ!間違っても侵入するなよ?渡りの馬鹿共が、侵入したきり帰ってこねぇ)
どうやら違っていた様だ。
流石に期待し過ぎというものである。
更に歩を進め山奥の岩盤に洞窟らしき穴が見えてきた。
入り口には、見張りのゴブリンが2体立っている。
此処が巣穴で間違いないようだ。
しかし何かが違う。
その正体は直ぐに解った。
見張りのゴブリン達が、今の自分と同じ体躯をしていたからだ。
小鬼以上ホブ以下の身長に体格。
言うなれば、中型種。
更に装備品も良好で、布と皮で補強した鎧と手甲に具足、そして鳥の紋様が彫られた肩当。
入り口には、トーテムが立て掛けられていた。
トーテムは上位種がいる、ある種の提示。
だがそのトーテムも、自分の良く知るそれとは違っていた。
普通は仕留めた冒険者の人骨や頭蓋骨やらを用いて作られるのだが、このトーテムは明らかに別の材質が使われていた。
木材が使われているのだ。
それだけなら特に珍しい事でもない。
小鬼とて人族ほどではないが、木材を利用する。
しかし眼前のトーテムは、丹念に加工された上質の木材が使用され、手間隙掛けて作られた事がよく分かる。
そしてトーテムに飾り付けられた、木彫りの黒い鳥の彫像。
人族の奴隷でも飼っているのだろうか?
「Geaa」
(気になるだろう?変わった奴だ、黒野郎は)
物見の疑問を察したのか、ホブが不敵に笑う。
ホブを見た二人の見張りは、浅く頭を下げ迎え入れた。
「Gyaa」
(ホブのアニキ、そいつがボスの言っていた――)
「Gruoo」
(そうだ、アイツは奥か?)
見張りから、奥で作業に従事している事を聞きホブと物見は巣穴へ歩を進めた。
通り過ぎる物見ゴブリンに見張りから声が掛けられる。
「Gyaao」
(くれぐれも粗相の無い様にな)
「Guruo」
(ボスは誇り高いお方だ)
やはり違う。
本来小鬼とは、力と恐怖でねじ伏せ押さえ付けるからこそ、統率と集団での組織が成り立っていた筈だ。
その結果最底辺の小鬼は、強きに対して徹底的に妬み恨み、弱きに対して究極的に残虐に振る舞う事で上下関係が成り立つと言うのに。
この見張り共の態度は、心から付き従っているではないか?
確か人族で伝わる事の――。
――忠誠――。
このホブはまだ分かる、隙あらばこの巣を乗っ取ろうという態度を隠しもしない。
寧ろ普通だ。
一体何が奴等をそこまで付き従わせているのか、物見の頭では理解が追い着かなかった。
奥へ進んで行く毎に中の様子が徐々に分かってきた。
珍しい事に壁面の所々には松明が設置されている、本来夜目の効くゴブリンには不要だというのに。
随所には横穴が掘られ、やや広めの空洞が複数設けられている。
ゴブリン達の居住区なのだろう。
入り口の見張りとは違い、居住区に居るゴブリン達は見慣れた小鬼共だった。
数としてはそれほど多くない。
一つの居住区につき3~5体単位で生活している。
だがよく見れば、そのゴブリン達も何かが違う。
中型種に比べれば装備の質はやや見劣りするが、丈夫な腰巻に手足の布帯、矢張り鳥の紋様が彫られた肩当て。
居住区には、簡素な机や椅子を始めとした家具が置かれており、極めつけは藁作りの寝台まで設置されていたのだ。
自分より下っ端の小鬼共が、より質の高い生活水準を誇っている。
物見は妬みを通り超え、混乱の度合いを滲ませつつあった。
取り乱し始めた物見を見たホブは、『こんな物は序の口、一番分からねぇのが、あの黒野郎本人なのだからな』と付け加える。
ホブの姿を見た下っ端の小鬼達も皆、自分なりの一礼で迎えていく。
更に奥深く進んで行くにつれ、聞き慣れない音が耳を打つ。
何かを叩いている音だろうか?
一つだけでなく複数の方角から聞こえて来る。
木で出来た扉に辿り着いた。
嘗て自分の所属していた巣穴でも木で拵(こしら)えた扉を見た事があったが、粗末な腐り掛けた板を繋ぎ合わせた簡素な代物だった。
しかし目の前の扉は丁寧に加工され、扉の縁は金属で補強され頑丈で立派な造りだった。
扉の前には見張りが一体。
この見張りも物見の自分と同等の体格に、上質の装備を纏っている中型種。
「Geaa」
(黒野郎は奥だな)
「Gouu」
(へい、アニキ。加工作業に取り組んでまさぁ)
見張りは扉を開け、ホブと物見を通した。
「Goa」
(全く仕事熱心な事だ)
ホブは呟きながらも奥へと進んで行く。
扉を潜った先は、更に広めの空間と居住区や何らかの役割を持った場が設けられていた。
入り口側以上の上質な家具や木箱が積み上げられ、そこに住むゴブリン達は見張りと同等の体格をした中型種ばかりだった。
そして加工道具、何やら道具を作成しているのだろうか。
木槌で革張りの板らしき物を丹念に叩き上げる者、何かを鍋に煮込み、それを取り出し乾燥させている者、実に多用だ。
何かを作っているのだろう。
それ位は理解出来るが、作業の質がまるで違う、違い過ぎる。
作業場の壁面には、紙が張られていた。
よく見てみると、絵や文字が羅列されており、恐らく何らかの道具の作り方が記されているのだろう。
その紙を凝視して深く考え込む者、意見を交わす者、木箱の書物を読みあさる者。
何だ?何なのだ、この異様な光景は?
学んでいるのだ。
略奪と蹂躙する事を生業とする、我等小鬼族が何かを作り上げ学び、誰一人怠ける事無く従事している。
本当に同胞なのか、こいつ等?
周りのゴブリン達が此方に視線を向ける。
皆が鋭い目つきをしていた。
間違い無く今の自分よりも強く賢いだろう。
シャーマンではないようだが、一体一体が巣穴の長となっても不思議ではない迫力がある。
その集団を率いる黒き同胞……、何者なのか?
困惑の度合いを強め奥へと進むと、香ばしく抗い難い匂いが鼻腔をくすぐった。
一つの横穴に設けられた広場から来る匂いは、肉や臓物を焼いた物や鍋で煮込んだ物の匂いだった。
その空間は、ゴブリン達が営む調理場だった。
何の肉か分からないが、鉄板や金網の上で直火で焼き、大鍋で煮込んだ物を食器に盛り付けていく。
そう、事もあろうにゴブリン達が調理を行っているのだ。
異様な光景を何度も見せ付けられて来たが、自分の知る食事事情は、奪った物や殺した者をそのまま食すのが普通だ。
粗雑に火で炙る事はあっても、器具を使い調理する事など、襲撃した人族の村でしか目にした事が無い。
だが物見の困惑よりも貪欲な空腹が勝り、自然と足が調理場へ向こうとする。
「Guobu」
(食いたいか?気持ちは分かるが我慢しな。儀式と案内が済んでからだ)
ホブが諌め足が止まる。
案内は分かるが、儀式とは何なのか?
直ぐに分かるとだけ返し、止まる事無く進むホブ。
やがて一際頑丈で大きな扉に差し掛かった。
大扉の奥からは、金属を叩く音が聞こえて来る。
そして扉の前にまたもや見張りが一体。
その見張りは、眼前のホブと勝るとも劣らない身長で、少し細めだ。
背中には長弓を携えている。
見張りではあるが、腕を組み壁にもたれ掛かっていた。
「Gwabo!」
(ボスは奥だ、貴様の為に働いて下さってお出でだ。感謝しろ新入り!)
その見張り、長弓ゴブリンは物見を一睨みし扉を開く。
その眼力は強さと経験を兼ね備えた強者に宿る、独特の迫力がある。
その眼光と迫力に気圧される物見。
だがそんな一睨みも意に介さず、皮肉で返すホブ。
「Gelua」
(相変わらず媚びてやがるのか?真面目な事で)
「Guuoo!」
(貴様、調子に乗るなよ!ボスに代わって私が始末してやろうか?)
急激に空気が張り詰め一色触発の状態に陥り、長弓とホブを交互に見回す物見。
「Gruoa!」
(よせ!ボスがお待ちだ、勤めを果たせ!)
奥から聞こえて来た他のゴブリン達の言葉に矛を収める両者。
ホブと物見が扉を抜けた空間には、長弓ゴブリンと同等の大柄な体躯のゴブリンが2体。
そして自分を引き抜いた、あの黒き同胞。
玉座に座り偉そうに踏ん反り返っているのかと思ったら、よもや自らが働いているとは。
物見は黒き同胞の手にしている物を見た。
それは、此処に辿り着くまでに何度も目にした肩当てだった。
物見は改めて驚愕する。
まさかあの肩当ては、全てこの黒き同胞の自作であった事実に。
「Guoo」
(今しがた、完成したところだ。玉座にて、洗礼の義を執り行う。続くがいい)
黒き同胞の言葉に側近達が従い、ホブも渋々従う。
側近のゴブリン達も言い様の無い迫力だが、黒き同胞は桁が違う。
この巣穴でのし上がり支配してやろうと思ったが、とんでもない思い上がりだったと改めて自覚した。
言われるがままに玉座に向かう物見達。
玉座の設置されている広場に案内された物見。
金属で装飾された、上質の木造仕立ての玉座に黒き同胞が鎮座する。
その前に膝を着き、頭を垂れる側近のゴブリン達。
一応ホブも従っている様だ。
やはり様になっている。
玉座の両脇には、黒い鳥のトーテムが立て掛けられており、玉座の後方には石造りの巨大な黒い鳥の彫像が安置されていた。
物見自身の見慣れた、骨作りの椅子に偉そうにしていたシャーマン王座の何と陳腐で滑稽な様相だったことか。
周りは汚物と腐敗物が散乱し、血と汚泥の腐臭が支配していたあの空間とは何もかもが違っていた。
壁面は壁掛け松明で照らされ、不思議な事に汚物や腐敗物が一切存在していなかった。
――その匂いさえも。
「Guoaaa!」
(これより、ソウルによる洗礼の義を執り行う!)
”物見よ、前へ!”高らかな宣言と共に、拙いながらも恐る恐る玉座の前へと歩み出る物見。
そして頭を垂れる物見の頭上に手を置く黒き同胞。
「Gruu」
(楽にせよ、一瞬で終わる)
静かに、だが同時に重みのある言葉で物見に語りかけ、瞬間的に何かが頭から体全体に流れ込み、隅々にまで満たしてゆく。
…
……
………
一瞬何が起こったのか分からなかった。
意識が飛び、一秒と満たない内に何かが体に流れ込んで来たのだ。
不思議な感覚だった。
熱く、満たされ、みなぎる、そして薄れゆくこれまでの取るに足らない雑多な欲求。
何だこれは……?
「Guoobu」
(ソウル、万物の根幹と成すもの)
黒き同胞が、物見の疑問を察し短く答えた。
素晴らしい!これ程満たされた事が今まであっただろうか。
意識が高揚する。
否、意識だけではない。
肉体も変異を起こしていた。
全身の筋肉が膨張し且つ凝縮され、力が沸き上がる感覚に見舞われた。
気が付けば、物見の体は一回り成長していた、ソウルによって。
「Gorbu」
(気に入って貰えた様だな、後はこれ等を身に纏うと良い)
手渡されたのは、只人青年ほどの布製の服一式とターバンに靴、そして鳥の紋様が彫られた肩当てと新しい遠眼鏡。
全て自作という訳ではないが、それらの装備を手渡された物見は、意気揚々と装着していく。
壁面に設置されていた古びた鏡で自分の姿を確認する。
その姿を目にし、喜びに打ち震える物見ゴブリン。
「Guobu」
(似合うぞ、物見よ。この瞬間を持って貴様は、我等の一員となった)
――歓迎しよう、盛大にな!――
後ろから掛けられた黒き同胞の言葉に今度は、深く頭を垂れ忠誠の意を示す物見ゴブリン。
「Gruoaa!!」
(これにて洗礼の義の終了を宣言する!……後は適当に何か食わせてやれ)
その後物見ゴブリンは、満足するまで調理された食事にありついた。
フォークやスプーンといった食器を使う事に些かの窮屈を覚えたが、この食事を思えば充分に我慢出来た。
食事の後、物見は別のゴブリンに巣穴を案内される。
案内役は先ほどのホブではなく、長弓を背負ったあのゴブリンだった。
この長弓ゴブリンはホブとは違い、黒き同胞に対しての忠誠心が厚い。
だが今なら理解できる、洗礼の義によってソウルの恩恵を授かった今なら。
恐らくこの同胞達もソウルの恩恵を授かったのだろう。
此処とは違う横穴を通り、下り道に差し掛かった。
巣穴自体中規模と思っていたが、予想以上に奥行きがあるようだ。
ある空間に案内された。
地面には取っ手の付いた木の蓋が有り、そこから激しく水の流れる音が聞こえて来る。
長弓ゴブリンが蓋を開けると、水が地下に向けて勢い良く流れていた。
「Geaoo」
(いいか、排泄行為が許されるのは此処だけだ。もう気付いたと思うが、ボスは汚される事を非常に嫌う)
長弓の説明に納得がいった。
道中巣穴に全くと言っていいほど、汚物や腐敗物が散乱していなかったのは、その為か。
長弓の説明は続く。
万が一汚した場合は自力で後始末せよ。
それすらも怠った者や規律を乱した者の末路をこれから案内すると言う。
洗礼を受けたばかりで、懲罰されては敵わない。
物見はこの場を借り、排泄を済ませておく事にした。
下り通路を抜け、かなり広めの空洞に出た。
自然に出来上がったものではなく、手を加えられた痕跡が在る。
見れば多数のゴブリン達が掘削作業に勤しんでいたが、このゴブリン達は肩当てや共通の装備を纏っておらず、見慣れたゴブリン達だった。
更に周囲を見渡すと、首輪や枷を着けられた同胞達が殆どだ。
物見は直ぐに察した。
こいつ等は何らかの懲罰を背負わされている、云わば囚人達なのだろう。
「Guoo」
(流石はボスが見込んだだけの事はある。物分りが良い。こいつ等は規律を乱し、愚かしくも我等が巣穴とボスに挑んだ奴等の末路よ)
珍しい事ではない、力在る者が巣穴を乗っ取り新たな支配者となる。
力を尊ぶ、我等混沌の勢力なら至極当然の法。
只力量を見誤り、返り討ちに遭っただけの事だ。
その結果が眼前に広がる、愚かで哀れな者達なのだろう。
作業を強制され、奴隷として扱われる、寧ろ健全なシステムではないか。
「Guoaa」
(だがボスは変わっていてな。来る者拒まず、去る者追わずの方針を取っている。あれを見ろ)
長弓ゴブリンが指差した先には一つの大きな穴が存在していた。
その穴に息も絶え絶えで、逃げ出して行く囚人のゴブリン達。
長弓の説明によると。
懲罰に耐えられないゴブリンは、あの穴から地上に逃れて去って行くそうだ。
つまり逃げたければ、何時でも去って良いのである。
またもや驚愕する物見ゴブリン。
”それでは何れ誰も来なくなるのではないか?”と。
長弓は否定した。
それでも尚、この巣穴を目指す同胞は後を絶たない。
皆、本能で理解しているのだ。
この巣穴は何かが違う。
最底辺のゴブリン達でさえこの巣穴の一員になれば、装備や生活、何より力を有する事が出来る。
たとえ懲罰を受けようとも、一定期間耐え抜いた者は此処の一員として復帰出来る。
思惑は様々だが逃げ出して尚、この巣穴に出戻るゴブリンも居るくらいだ。
我等が一員の中には懲罰を耐え抜き、戻って来た者達も少なからず存在する。
長弓に案内され、別の囚人区へ着いた。
牢獄の様だ。
人族に比べれば粗雑な造りだが、鉄製の格子が張り巡らされている。
牢の中は物見にとって、非常に見慣れた光景が広がっていた。
配給された食糧を奪い合い、同族争いする同胞達。
その食糧は、生き物から解体した手足や臓物といった類の物だが、過去の自分にとっては囚人の食事でさえ、高待遇に思えてしまう。
流石に牢獄の中は、普段通り血や腐敗物や汚物が散乱していたが。
しかしこんな仕打ちでは心が折れまい、別視点で観れば普段の生活水準にしか見えないのだが?
首を傾げる物見に、長弓が奥へと誘う。
”心折れる最大の要因は他にある”と。
更に奥深く足を踏み入れた先も、広い空洞が広がっていた。
上層部や牢獄に比べ松明の数が多い、何の為の場だ?
広場の中央部は、大きく広く刳(く)り抜かれ、その先は四角い舞台が設けられていた。
舞台の周りには多くの囚人ゴブリン達や、肩当てを装備したゴブリン達が興奮した様子で賑わっていた。
程無くして舞台に、首輪を着けられ粗末な武器を与えられたゴブリン達が複数、強制的に登場させられる。
そして反対側からは、鎖で引き摺られた明らかに異種族の醜悪な怪物。
――オークだ!
オーク、豚を更に醜悪にした様な頭部に、贅肉と筋肉が混在した肥満体を持つ、二速歩行の異形。
最下級の通常種でも、ホブゴブリンに並ぶ体格と膂力を誇り、耐久力と攻撃力に優れている混沌側の住人。
ゴブリンと同じく悪辣な精神性で、近隣の村を襲撃したり略奪したりする、怪物共である。
ゴブリンに次いで生息数が多く、種族の位置付けとしてはゴブリンよりもやや上と言ったところか。
だが動きそのものは単調で鈍重、力任せに武器を振るうのが大半である為、経験を積んだ冒険者なら充分討伐可能。
とは言え、その生命力と腕力はゴブリンを凌駕し、決して侮れない種族でもある。
またオークも人族の女を好んで攫い、孕み袋や性欲を満たす玩具として扱うが、オークには雌も一応存在する為、ゴブリンに比べて女関連の被害報告は少ない。
あくまで、ゴブリンに比べての基準だが。
眼前の存在に声を上げて驚く物見ゴブリン。
ゴブリンの住処に異種族のオークが何故?
自分達よりも上位に位置付けされるオークをゴブリンが捕らえているのである。
物見ゴブリンの疑問を余所に、頭蓋骨で拵(こしら)えた太鼓を叩く音が響き渡る。
開始合図と同時に鎖で繋がれた、オークが舞台上のゴブリン達に襲い掛かった。
オークは怒りと屈辱に満ちていた。
最下級の小鬼の分際で、よくも捕らえてくれたな!
先ずは溜まりに溜まった鬱憤晴らしに、眼前のゴブリン達に襲い掛かる。
咆哮を上げるオークの迫力に気圧されて、恐慌状態に陥る囚人のゴブリン達。
手にした棍棒を振るい、ゴブリン達を叩き潰していくオーク。
だがゴブリン達も無抵抗ではなく、刃毀れした短剣を振るいオークに反撃する。
試合結果は、ほぼ相打ちで辛うじてオークが生きていたものの、程無くして失血死した。
その結果にゴブリン達の歓声が湧き上がる広場。
そう、此処は闘技場だったのだ。
舞台で絶命したゴブリンとオークの死体は、奥で解体され牢獄の方角に運ばれて行った。
囚人達の食糧はオークや同族の死体だったのだ。
それにしても、上位種族のオークを捕らえるゴブリン集団など聞いた事がない。
逆は、あり得る話なのだが。
襲撃して来たオーク共を返り討ちにしたのだろうか?
長弓ゴブリンに質問してみた。
「Guaea」
(その通り。これも全て偉大なボスの、お力あっての事だ)
”最後の懲罰区に案内する”そう言い、長弓は歩き出し物見も後に続く。
どうやら此処が最奥の様だ、此処から先に通路は見当たらず、幾つもの牢獄が設けられている。
その中で松明に照らされながら、蠢く物体が複数。
複数の囚人ゴブリン達と、オークだった。
しかしオークは、先ほどの闘技場の固体とは違う。
そのオークは何と雌のオークだった。
オーク自体が醜悪な為、雄との見分けが付き難いが、所々雌の特徴が見て取れる。
雌のオークは拘束され、囚人ゴブリン達は看守に鞭打たれながら、涙目に悲鳴を上げ交配している。
いや、正確には、交配させられていると言った方が正しいか。
本来雌が存在しないゴブリンにとって、雌との交配は子孫を残す上で、重要な種族繁栄の手段。
それ以外に性欲を満たし、弄び、反応を愉しむ、といった娯楽の意味合いも含まれており、数少ない大きな『お愉しみ』の一つでもある。
――が、それらも美しい只人や森人の女だからこそ、成立する。
愉しみな筈の行為も、醜悪極まりない雌オークと交配するなぞ、拷問以外の何者でもない。
小鬼族の間でも前代未聞だ。
どうやらゴブリンの美的価値観は、人族に近い様だ。
(因みに大半のゴブリンは、自分達をイケてると信じて止まない)
看守に鞭打たれ強制的に交配させられる囚人達、反対に悦びの声を挙げ拘束されながらも悦に浸る雌オーク。
正直目と耳を塞ぎたくなる、異質な光景だった。
よく見れば看守担当のゴブリンも、顔を顰(しか)めている。
心中お察しする、自分だって嫌だ。
見るのも、聞くのも、するのも、させられるのも。
これは折れる、心が根元からボッキリと。
糞団子を投げ付けられている方が、天国に思えてきた。
「Gueeaa」
(堪能して頂けたかな?)
声のする方へ振り返ると、黒き同胞が側近を伴い立っていた。
「Gaoo」
(主格のオークウォーリアーが暴れ出しそうです)
「Guoobu」
(分かった、地稽古だ。闘技場に放て!責任は俺が取る)
「Gube」
(御意)
どうやら闘技場に向かうようだ。
会話の内容からオークと、しかも戦士階級のオークと戦う様だが。
長弓ゴブリンが物見の肩に手を置く。
「Gueeaa!」
(お前は運が良い。ボスの戦いを間近で見れるのだからな!)
黒き同胞に続き、再び闘技場に向かう長弓と物見。
闘技場に詰め掛けている多数のゴブリン達。
先程とは比較にならない数のゴブリン達だ。
肩当てをしていない囚人ゴブリン達が大半を占めていたが。
四角い土手を持っただけの舞台に、黒き同胞と拘束具を引き千切らんばかりの大柄なオークが、対峙する。
オークの中でも、戦闘力が高いオークウォーリアー。
贅肉だらけのオークとは違い、膨張した筋肉から繰り出される攻撃は強力無比の一言。
直撃すれば全身甲冑の重装騎士でさえ、無事では済まないだろう。
オークの地位では、ホブゴブリンに相当するのだろうか?
闘技開始の合図と共に、オークの拘束具が力尽くで千切られ、抑えていたゴブリン達を吹き飛ばす。
それと同時に手にしている石材の大刀で、黒いゴブリンに飛び掛った。
その形相は怒りに満ち溢れており、単純に叩き潰したのでは治まらない。
原形も留めないほどの肉塊に変えてやる。
感情の赴くがまま、力任せに大刀を叩き付けた。
「Goobuu!」
(さぁ、怒りと心を込めて打って来い!)
黒いゴブリンは台詞と同時に、難なくかわす。
地面を叩き付けた大刀はめり込み、破片が周囲に飛び散る。
激昂したオークは連続で大刀を何度も振り下ろすが、全て身を翻し回避されてしまう。
腕力には優れているが所詮それだけだ。
いや優れているからこそ、力のみを頼りに生き抜いて来れたのだろう。
技や駆け引き、知性など不要だったオークウォーリアー。
だが戦闘の経験はそれなりに備わっている。
右袈裟切りを浅めに振るうオーク。
当然それも避けられるが想定済みだ。
一気に踏み込み腰を回転させ、一回転横薙ぎ切りの全包囲攻撃を仕掛けた。
これを当てれば、黒いゴブリンとて一撃で倒せる。
黒いゴブリンは動く事もしない。
――よし!どうやら俺の必殺技に、対応出来ないようだな!
勝利を確信したオーク。
だが突如として両腕に鋭い振動が走る。
視線を向ければ、大刀の腹が地面を叩いていた。
何が起こったのか鈍い頭では、理解が追いつかないオークウォーリアー。
大刀が黒いゴブリンを捉える直前、両腕を組み真上から大刀を叩き落したのである。
所謂、ハンマーナックルを使用したのだ。
オークにとっては予想だにしていなかったらしく、無防備な隙を眼前に曝け出す。
その隙だらけなオークに飛び上がった黒いゴブリンは、顔面に右、左、右の空中三段蹴りを見舞う。
当然全ての蹴りがオークの顔面を捕らえるが、持ち前の耐久力の前には効果が薄かった様だ。
「Buhyeeee!」
(効かねぇなぁ!ゴブリン如きがぁ!)
己が有利を確信し、間合いを詰めるオーク。
だが黒いゴブリンも臆する事無く、その顔には悦びすら見て取れる。
「Guoobu!」
(そうだ、貴様の生命力が我が糧となる!)
手の平を開け、腰を深く落とし構える。
オークは相手の意図など歯牙にも掛けず、大刀を上段から振り下ろした。
黒いゴブリンはその単純な大刀を、装備した手甲の裏拳でパリィング。
軌道を削がれた大刀は又も地面を叩くのみで、黒いゴブリンは瞬時に自分の間合いに入る。
我が距離だ!
透かさずオークの開いた腹に、手刀を突き入れた。
「――Bhuy?!」
何が起こったのか把握出来ないオーク。
しかし手刀を突き入れただけではない。
突き入れた手はオークの内臓を掴み取り、腹から無理矢理引き抜いた!
「――Buhyaaeeee?!!」
悲鳴に成らない悲鳴を上げ、激痛に喘ぐオークウォーリアー。
そこからは一方的な殺戮だった。
次々と臓腑を引き抜かれ、オークウォーリアーは断末魔の絶叫を上げ死んだ。
オークの鮮血を全身に浴び佇む、黒いゴブリン。
その様を見て歓声が湧き上がる闘技場。
黒いゴブリンの手から炎が吹き出て、オークの死体を焼いていく。
「Guoob!」
(焼いた死体は囚人に食わせておけ!俺は身を清める)
側近に命令し、闘技場を後にした。
「Goobu」
(黒野郎が、出しゃばりやがって。戦いは俺様に任せ解きゃいいんだよ!)
何時の間にか隣で観戦していたホブが、舌打ちをしていた。
巣穴を一通り案内され現状を知った物見は、上層部へ戻って来た。
どうやら自分の階級は、側近ほどではないが中級程度と言ったところらしい。
「Gyobua」
(いいか、これが最後の説明だ)
長弓が最後の説明を始める。
これから装備を新調したければ、加工場で自分で学び自分で行え。
何時でもソウルの恩恵を授かる訳ではない。
力を欲すならば自ら修練に励み、自分自身を鍛え上げよ。
孕み袋の持ち帰りはボスの許可が要る、不必要に巣を汚されるのを非常に嫌うからな。
食事は基本的に自由だが、汚すなよ。
ボスに意見するのは構わんが、単純な反発は規律を乱す要因となる、留意しておけ。
明日から働いて貰う、今は自由時間だ。好きに過ごせ。
説明は以上だ。
説明を終え、物見はこの巣穴の一員となった。
ソウルの恩恵……。
今だ体内に残る、満たされたあの感覚、高揚感。
あれを一度知ってしまえば、女や食糧といった執着も薄れてしまう。
生物として必要ではあるが、それだけだ。
良いだろう、ここで働き手柄を立てれば更なるソウルを授かる事も出来よう。
物見は奮起し、割り当てられた寝床で就寝に就くのだった。
誰も居ない玉座の間で、返り血を洗い流し巨大な鳥の彫像を一人眺める黒いゴブリン。
「全ては、黒い鳥の意思のままに……」
その言葉は、人族の言葉だった。
このゴブリンは、人族のギルドの間でこう呼ばれる。
――ダークゴブリン――と。
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黒い鳥の肩当て。
黒い異端児の小鬼自ら作成した肩当て。
皮をベースに金属や木材で補強し防具としても、そこそこの効果があり
中央には黒炭で染められた、鳥の紋様が彫られている。
その異端児は、ある神に生み出され、黒い鳥を崇め信奉する。
何もかも焼き尽くした後に告げられる、新たなる秩序。
ある神々は世界を救わんと手を差し伸べる。
ならば成し遂げよう。
『生命に黄金の時代を――』。
如何だったでしょうか。
冒頭の黒い鳥の記述に関しては、あのフロムゲームを元に少々アレンジを加えました。
それにしても、ゴブリン視点で丸々一話費やしてしまった。
しかもゴブリンの心理状況や、生活様式なぞ一切知らんので、どう書いて良いかさっぱりでした。( ̄□ ̄;)
こんなのゴブリンじゃねぇ!そう思う方もいらっしゃるかも知れません。
自分でもそう思います。( ̄ω ̄;)
真面目なゴブリン達が多すぎる。
所詮チラ裏レベルなので、本気に受け止めず「ふぅん」程度に受け止めといて下さい。
筆者「真面目なゴブリン達も探したら居るかも?!」
ゴブスレ「黙って殺されるゴブリンだけが真面目なゴブリンだ!(キリ)」
楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/