ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 暑い日になったり寒くなったりと、気温差の激しい日が続きます。

皆様方、如何お過ごしでしょうか。

体調には気をつけましょう。

投稿致します。
多機能も少しずつ使っていこうと思っています。


第22話―深淵のダークレイス―

 

ダークソード

 

 闇に滅んだ古い小国の生き残り

 ダークレイスの漆黒の直剣

 

 彼らは最古の、赤い瞳の侵入者であり

 肉厚で幅の広い刃は、独特の剣技を生んだ

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 朱と緑の異なる月明かりが、牧場の草原を照らす。

 

雲一つ無い紺色の晴れ夜空に、肌を優しく撫でる微風、穏やかで静かな世界。

 

何と平穏な空間だろう、もし一組の男女がその場で、愛の一つでも語ろうものなら忽ちロマンスが芽生えていただろう。

 

実際に男女は存在していた。

 

男三人女一人に、亡者一体?

 

一人は傷付き命は有るものの斃れ、一人はそんな彼を気遣い、一人は困惑し――。

 

――一人の男と一体の亡者は、互いに剣を構え様子を覗っている。

 

どこから見ても愛など語れる光景ではなく、命のやり取りが行われていようとしていた。

 

 

 

――!!。

 

 

 

同時に男と亡者が突撃し、剣と剣をぶつけ合う。

 

そう、火の無い灰とダークレイスの死闘が切って落とされたのだ。

 

灰のブロードソードとダークレイスのダークソードが、火花を散らし鍔競り合う。

 

僅かにダークレイスの膂力が勝っているのだろうか。

 

灰の剣を押し始めた。

 

力比べを不利と悟った灰は、咄嗟に相手の剣を払い退け、自分の間合いに位置取る。

 

即座に踏み込み、上段からの振り下ろし、右逆袈裟切り、左横薙ぎの3連撃を仕掛けた。

 

しかしダークレイスもこの3連撃に対応し、全て剣で受け切る。

 

灰の横薙ぎを防いだ直後、灰の剣を振り払い反撃に転じた。

 

素早く剣を肩に担ぎ、灰の頭目掛けて打ち下ろす。

 

灰は半身を捻り紙一重で躱し、敵の首を狙い剣を薙ぐが、ダークレイスは体を回転させ後退する事でこれを回避。

 

休む事無く灰に踏み込み、下段からの振り上げ攻撃を仕掛ける。

 

灰は足を小円に描く体裁きで振り上げ攻撃を避けるが、続けさまに上段から剣が迫る。

 

その上段の攻撃を剣で垂直に受けるが受けた瞬間、剣の角度を変え相手の剣を地面に受け流す。

 

ダークレイスの上段攻撃は受け流され、剣は地面に深くめり込んだ。

 

敵に隙が生じる。

 

時間にして僅かコンマの間隙だが、灰はその僅かな瞬間を縫う様に軸足を踏み込み、右横薙ぎの一閃を仕掛けた。

 

灰の一閃を胸部に受け、黒い鎧が切り裂かれダークレイスの体から濁った体液が飛び散る。

 

だがダークレイスは、そんな一撃にも動じず、剣を振り上げ灰を叩き切らんとする。

 

横一閃に振り抜いていた為、灰の回避は間に合わず、剣で防御するしかなかった。

 

防御には成功したものの、受け流すでも捌くでもない剣を盾に見立てた、只の初歩的な防御。

 

上段振り下ろしを剣で受け、その衝撃で灰の足は地面にめり込む。

 

ダークレイスの攻撃はこれで止む筈もなく、2撃3撃4撃と何度も何度も剣を叩き付けて来た。

 

まるで灰の防御など意に介さず、防御ごと粉砕せんとばかりに。

 

剣を盾代わりに耐え忍ぶ灰。

 

重厚な撃ち付ける金属音が、何度も紺色の虚空に木霊する。

 

 

 

――何て剣圧だ!守りに徹すれば、一気に潰される!!

 

 

 

相手は飢えた亡者。

 

命を奪い、魂を奪い、人間性を奪う事しか頭に無い、憐れな深淵の到達点。

 

攻撃を止める意識など欠片も無い。

 

守りの不利を悟った灰は、敵の剣を振り下ろす瞬間を見切り、剣で弾く。

 

攻撃に専念していたダークレイスは、唐突の弾きを予期出来ず、猛攻が止んでしまった。

 

灰は一気に後方へと飛び、距離を開けた。

 

そして空いた手を剣に翳し、炎を宿す。

 

 

 

『カーサスの狐炎』。

 

 

 

呪術の火の一つで、己の武器に火を宿し攻撃力を高める火の恩恵。

 

火を付与し間髪入れず相手に全力疾走し、一足一刀の間合いに入るや否や、高速体術で瞬時に踏み込み切り掛かった。

 

ダークレイスも負けじと踏み込み、迎え撃つ。

 

両者は互いに、連続で剣を激突させる。

 

1合2合3合と刃がぶつかり合い。

 

――瞬き一つで確実に頭を割られる。

 

4合5合6合と剣同士が打ち合い。

 

――一太刀合わせる毎に骨が軋む。

 

7合8合9合と互いの武器が削り飛ぶ。

 

――受け止められる剣圧じゃない!

 

炎を宿した剣と漆黒の重厚な剣が何度も何度も、激しい金属音を奏でた。

 

ダークレイスの尋常ならざる剣圧に、僅かずつ負担が増してゆく灰。

 

お互いが切り返しで、30合ほど打ち合っている。

 

時間にして10秒前後だが、既に何十合と切り結んでいるのだ。

 

ガァン!ガァン!と両者の剣が、ぶつかり合う度に火花を撒き散らせ、拮抗状態が続く。

 

但し何度も何度も同じ動作で剣をぶつけ合おうものなら、その動きに慣れ対応してしまえるのは必然。

 

――ここだ!!

 

突如、ダークレイスの切り返しを避ける事で隙を作る。

 

ほんの僅かな隙を見出し、灰は上段の切り下ろしを仕掛けた。

 

ダークレイスは咄嗟に剣で受け止める。

 

だが受け止められ様と臆する事無く、灰は剣を降り抜き瞬時に右薙ぎ、左薙ぎ、右袈裟、左袈裟、一回転袈裟切りからの踏み込み切りを仕掛けた。

 

灰の得意技の一つである、猛連撃によって防戦に徹せざるを得ないダークレイス。

 

ダークレイスは全て剣やダークハンドで猛連撃を防いでいたが、完全に攻撃をカット出来ずダメージが徐々に、体内に蓄積されていく。

 

戦局は攻めに転じた灰に傾いた。

 

ダークレイスにも個体差があり、亡者となる前の生前の技を記憶している。

 

どうやらこのダークレイス、攻撃は得意だが守りを覆し、反撃に転じる術には乏しい様だ。

 

灰は二度と攻めのリズムを崩すまいと攻撃速度に緩急をつけ、息切れしない様攻め続ける。

 

次第にダークレイスの体制は揺らぎ、防御が荒くなる。

 

灰は更に深く踏み込み、左右の切り返しで切り裂いた。

 

そのダメージに堪らず数歩下がり、膝を突くダークレイス。

 

――勝機!

 

ここぞとばかりに間合いを詰め、一気に勝負を決めんとする灰。

 

――?!

 

しかし灰は反射的に飛び退き、間合いを離してしまった。

 

灰はダークレイスを注視する。

 

ダークレイスの手には、見覚えのある剣が握られていた。

 

握られた武器は数打ちを刷り上げ、中途半端な長さの剣。

 

それは今倒れている、鎧戦士の剣だった。

 

ダークレイスは立ち上がり、ダークソードと鎧戦士の剣の二刀流の構えを取る。

 

攻めを挫かれ戦局は、振り出しに戻る。

 

 

 

 

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

 倒れた鎧戦士に寄り添い、声を掛ける牛飼い娘。

 

「ぅうぅ……、あぁ……」

 

 殆ど反応らしい反応も見せず、呻き声だけを上げ続ける鎧戦士。

 

動ける状態ではなかったが、彼は激しい戦いを繰り広げている方角を必死で見つめていた。

 

「……これはいかんな、外傷らしき傷は見当たらないが、衰弱し切っている。何をされたんだ?」

 

 牧場主は彼の様子を(つぶさ)に見やり、可能な限り分析するが完全に未知の領域だった。

 

試しに姪でもある牛飼い娘に訊いてみるが、明確な答えは返ってこなかった。

 

「後はフード付きの彼しか居ないか……」

 

 牧場主も戦いの現場に視線を向ける。

 

視線の先では灰とダークレイスの戦いが、激しさを増しつつあった。

 

 

 

ダークソードと彼の剣で、灰に襲い掛かるダークレイス。

 

一方灰も、炎を纏ったブロードソードと開いた手にシミターを持ち、二刀流で対抗した。

 

再び激しい連撃の応酬が繰り広げられる。

 

ダークソードをシミターで捌き、ブロードソードが彼の剣で打ち払われた。

 

両者は攻撃の意思を緩めず、剣と剣を繰り出しては引き、引いては繰り出す事を何度も繰り返す。

 

互いの剣が打ち合い、ぶつかり合い、その度に刃を少しずつ削り取っていく。

 

派手に火花を飛び散らせ、紺色の夜空に激しくも美しい彩を与えた。

 

この現場に吟遊詩人が居たならば、確実に詩にされていたであろう。

 

美しくも、激しい死闘。

 

 

 

飛び上がったダークレイスが二本の剣を同時に打ち込んだ。

 

灰も両方の剣で受け止めるが、重力の助けを借り勢いを付けた衝撃を完全には止められず、数歩下がってしまう。

 

灰の様子に余勢を駆ったダークレイスは、更に追撃を加えていく。

 

ダークソードで袈裟切り、彼の剣で逆袈裟切り、ダークソードでの突き攻撃と3段攻撃を掛ける。

 

不安定な体制のまま剣で受けるが、最後の突き攻撃で防御ごと吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐはぁっ!」

 

何とか宙返り両足で着地するが、気付いた時にはダークレイスが間合いを詰めていた。

 

焦る灰を余所にダークソードで十文字に切り付ける。

 

灰もブロードソードで十文字切りを防ぐが、敵が手にしている彼の剣が振り下ろされた。

 

彼の剣を辛うじて躱すが、ダークソードが下段から打ち上げられ、灰は質量に劣るシミターでこれを防御。

 

しかしダークレイスの剣圧を相殺し切れず大きく仰け反ってしまった。

 

打ち上げ攻撃ごと跳躍したダークレイスは、灰を踏みつけんとする。

 

「――ぐぅっ!」

 

 踏みつけ攻撃をブロードソードで防ぐが、ダークレイスはそれを足場に更に高く跳躍。

 

跳躍と同時に、二本の剣を自重と自由落下の勢いを上乗せした、強力な一撃が灰を両断せんと迫り来る。

 

灰はこの打ち降しを後方宙返りで紙一重で回避したが、敵は尚も踏み込んで来る。

 

すぐさま灰に、彼の剣で頸元を攻撃。

 

灰は上体を逸らし、刃は空を切るが、追加で繰り出したダークソードの横薙ぎ攻撃が、灰を遂に捕らえた。

 

咄嗟の判断で剣の防御が間に合ったが、敵の桁外れな剣圧をまともに受け、灰は激しく吹き飛んだ。

 

「ぐぁはぁ……っ!!」

 

 受身も取れないまま地面を転がる灰。

 

地面が柔らかい草原であった事が幸いした。

 

灰は直ぐに立ち上がり、戦闘の構えを解く事は無かった――が。

 

「……くそ!肋骨を少しやられたっ!」

 

 胸部に走る重く鈍い苦痛に、顔を歪ませた。

 

極短時間だが、濃密で激しい剣戟での戦闘は、確実に灰を不利にしていった。

 

今や真っ当な生者として生まれ変わった灰。

 

一方は亡者のままこの世界を彷徨い続ける深淵の眷属。

 

亡者は、自身の消耗や損傷など歯牙にも掛けず、限界まで戦い続けるが、そうは行かないのが生者。

 

徐々に呼吸が荒くなり、筋肉が疲労し重くなりつつある。

 

カーサスの狐炎は、まだ持続している様だが。

 

「攻め切り短期決戦で、仕留める!」

 

 一度シミターを脇で挟み、呪術の火『内なる大力』を行使した。

 

防御を捨て、攻撃に重きを置く戦術。

 

このまま長期戦になれば自分が倒され、目の前の善良な人々に危険が及ぶのは自明の理。

 

「覚悟はいいか?ダークレイス……!!」

 

 意を決した灰は、目を見開き一気に突撃を敢行した。

 

全力疾走と高速体術の併用で、凄まじい勢いを乗せたままブロードソードの逆袈裟切りを仕掛ける。

 

あまりの剣速にダークレイスは、剣で受け止めるが防御を弾かれてしまった。

 

防御を弾かれ隙を見せたダークレイスに、シミターで切り掛かる。

 

ダークレイスは彼の剣でシミターを防御するが、『内なる大力』で強化された一撃に、これも弾かれた。

 

がら空きとなった防御だが、灰は更に踏み込みショルダータックルを加え、ダークレイスを大きく仰け反らせた。

 

ふらつき頼りなく後ろへと体制を崩すダークレイス。

 

この機を見逃す手は無い。

 

灰は即座に間合いを詰め、シミターで上段から切り付ける。

 

ダークレイスはそれをギリギリで回避するが、灰は返す刃で逆袈裟切りを喰らわせた。

 

腰から肩口まで切り裂かれたが、ダークレイスの鎧が強固な為、致命打とはならない。

 

だが灰にとってこれは、本命の攻撃では無い。

 

間を置く事無くブロードソードで追撃を掛け、攻めを緩める事が無い。

 

灰は左袈裟切りを仕掛けるが、敵もしぶとく半身を捻り何とか躱す。

 

しかしこの攻撃も切り返し、ダークレイスの湧き腹目掛けて剣を薙ぐ。

 

ダークレイスは無理矢理ダークソードで灰の剣を流した――。

 

――が、それも灰の想定内。

 

灰は左手のシミターを捨てブロードソードを両手に持ち替える。

 

そして軸足を踏み込み足から腰へ、腰から肩へ、と全体重を乗せ渾身の全力回転切りを仕掛けた。

 

ダークレイスは、彼の剣で防ごうとしたが防御ごと吹き飛ばされ、彼の剣を振り落とす。

 

吹き飛ばされ地面を転がるが、後方ローリングで直ぐに体制を整えたダークレイス。

 

即座に灰に視線を戻すが、其処に灰の姿は無い。

 

気が付いた時には、眼前に灰が間合いを詰め、両手持ちの剣を振り下ろす寸前だった。

 

ダークレイスは咄嗟のダークハンドで苦し紛れの防御で凌いだ。

 

だがダークハンドは、純粋な物理を遮る防御には適しておらず、かなりのダメージを手に負った。

 

「グゥゥ……」

 

 初めて呻き声らしき声を漏らすダークレイス。

 

防いだ腕をダラリと下げたダークレイスに、灰は更なる追撃を加えた。

 

敵の頭部目掛けて剣で切り掛かるが、辛うじてこれを躱す。

 

ダークレイスも負けじと剣を横に薙ぐ。

 

灰も上体を深く逸らし、これを回避し回転切りの反撃を見舞う。

 

ダークレイスの剣はこれを受け止め、鍔迫り合いの形に(もつ)れ込んだ。

 

本来ならダークレイスの膂力が勝っていたが、『内なる大力』で強化された灰との膂力は互角だ。

 

鍔迫り合いの体制も、そう時間を要する事無く、両者との間で再び激しい連撃がぶつかり合う。

 

刃を合わせる度に火花を散らせながら、ダークレイスに僅かな変化が起こった。

 

「ソウルヲ……ヨコセェ……」

 

 くぐもった声で呻きながら、大雑把な動作で剣を振り被る。

 

あまりに隙だらけで、予期し易い予備動作。

 

中々ソウルが手に入らない為、痺れを切らしたのだろうか?

 

灰目掛けて振るわれた攻撃は、型も何も成立しておらず容易に弾き飛ばされ、ダークソードが手元から離れてしまった。

 

だがそんな事に意識が向かないのがダークレイス。

 

開いた手で再度、ダークハンドを発動させ灰を掴もうとする。

 

「――愚かな!」

 

 相手が初見の冒険者なら通じたであろう、しかし眼前に対峙するのは火の無い灰。

 

何度も何度もダークレイス相手に、命を奪われその度に繰り返し学習してきた。

 

ダークハンドにも苦労させられた。

 

ダークハンドを仕掛けた手首を掴み、灰は呪術の火を行使する。

 

 

 

『浄化』!!。

 

 

 

手首から内部を焼き尽くされ、苦悶の声を挙げるダークレイス。

 

「火のソウルだ、とくと味わえ!」

 

 そして後ろに回り込み、ダークレイスの首を刎ねた。

 

火に焼かれながら、地面に崩れ落ちるダークレイス。

 

深淵に墜ちし憐れな眷族の業は、今開放されたのだ。

 

想像を絶する刻を跨いで。

 

「ふぅ、はぁ、終わったか……」

 

 完全に絶命した事を確認した灰は、息を乱しながら剣を納めた。

 

 

 

 

 

ダークレイスとの戦いは終わった、後は彼、鎧戦士の容態だ。

 

鎧戦士に駆け寄り、彼を注意深く確認する。

 

どうやら外傷は大した事無い様だが――。

 

「あの、彼はどうなんでしょう……?」

 

 牛飼い娘が遠慮がちに聞いてくる。

 

灰は徐に鎧戦士の鉄兜を丁寧に外した。

 

 

 

「「「?!!」」」

 

 

 

兜を外した鎧戦士の素顔を確認し、3人は驚愕のあまり声も出ない。

 

「こ、これは?!」

 

「うっ……!」

 

 牧場主は顔を青ざめ、牛飼い娘は顔を背けた。

 

鎧戦士の顔は、(しわ)だらけの老人の様に変貌し、干乾びたアンデットの様な顔付きと変わり果てていたのである。

 

過去に灰自身がそうであった姿。

 

亡者の顔だった。

 

実際には亡者ではなく、単に老人の様な見た目になっていただけなのだが。

 

因みに鎧戦士は、老人ではない。

 

実年齢は成人したばかりの青年だ。

 

「やはりな。ソウルを吸われている」

 

 後数秒到着が遅れていたら、彼の命は無かっただろう。

 

「ソウル?」

 

 訊いて来た牛飼い娘と牧場主に、ソウルについて簡単に説明した。

 

 

 

「つまりあれは吸血鬼ならぬ、吸精鬼と言った所か?」

 

「ご明察です」

 

 牧場主の推測を相づちで返し、取り合えず彼を抱かかえ様とした所で手が止まった。

 

「この異質のソウルは――?」

 

 ソウルの方角に目をやる灰。

 

 

 

黒い人影が佇んでいた。

 

凝縮された筋肉、豊かな金髪、紅い眼。

 

「あの黒い奴、まさか……?」

 

 灰には見覚えがあった。

 

『灰の墓所』で戦い、歯が立たず逃げられてしまった黒い異形。

 

 

 

「ダークゴブリン!」

 

 

 

 ギルドで新たに呼称される事となった、黒い異端の小鬼。

 

「ほう……、俺は人族の間で、そう呼ばれているのか?」

 

 流暢な言葉で黒い異形『ダークゴブリン』は、返す。

 

牛飼い娘も牧場主も、ダークゴブリンを見るが理解が追いつかず、殆ど呆けていた。

 

「まぁ、そんな事はどうでも良い。目的は此処に漂う深淵のソウルを頂く事だ!」

 

「貴様もソウルが目的か?」

 

 灰が身構える前に、ダークゴブリンは虚空に手を翳す。

 

空中に漂っていたダークレイスのソウルは、見る見る間に流れを変え、手に吸い込まれていく。

 

「……実に美味。深淵の味も中々に乙なものよ!」

 

 ソウルを吸収し、余韻に浸るダークゴブリン。

 

「そうか、こいつもソウルを吸収出来るのだったな」

 

 何故ゴブリンがソウルの業を扱えるかは、定かではない。

 

しかしゴブリンが関る以上、一つだけ言えるのは――。

 

 

 

      ”碌な事ではない”

 

 

 

これだけは事実だ。

 

何かに気付いたダークゴブリンは、地面から或る物を拾い上げた。

 

「……ふむ、この黒い剣。俺に相応しいな」

 

 先程倒したダークレイスの剣を拾い上げていた。

 

「ダークソードを――」

 

「ほう、この剣。ダークソードと言うのか?折角だ貰っておこう」

 

 ダークレイスからダークゴブリンへと、持ち主を替えたダークソード。

 

黒い剣を見つめ、上機嫌なダークゴブリン。

 

灰は静かに剣を抜き、何時でも戦える体制を取る。

 

「いいのか?俺と戦える余力があるとは思えんがな?」

 

 ダークゴブリンは構えもせず、余裕の体制を崩そうとしない。

 

「ゴ、ブリ、ン、共は、みな、ごろし……だ……」

 

 震える手を必死に支え、立ち上がろうとする鎧戦士。

 

「き、君!やめるんだ!」

 

「無理しちゃ駄目だよ!」

 

 牧場主と牛飼い娘が、慌てて彼を寝かせようとする。

 

「おやおや、その冒険者は瀕死ではないか?」

 

 余裕の態度で己が優位性を示すダークゴブリン。

 

 

 

「……なら行け!」

 

 

 

 (しゃく)だが相手の優位を認め、灰は武器を納めた。

 

これが普通のゴブリンなら、即座に飛び掛って来るだろう。

 

だが目の前のゴブリンは、異端中の異端。

 

此処で戦い、下手に消耗する愚を犯すとは思えなかった。

 

「貴様等を殲滅する事は容易い。だが今宵は気分が良い、見逃してやる!」

 

 そう言った刹那、ダークゴブリンは姿を消し、何処へと去って行った。

 

ダークゴブリンのソウルが離れ、感知出来なくなったのを確認し、大きく息を吐き出す灰。

 

「正直危なかった」

 

 戦う事は出来たが、周りの人達を守り切れる保障はどこにも無かったのだ。

 

踵を返し鎧戦士の元へ戻る。

 

「兎に角、彼を休ませないと。都合がつく場所はありますか。」

 

 牧場主に尋ねたところ、近くの納屋を貸している事を聞き、鎧戦士を担ぐ前に腰の雑脳から布シーツを取り出し、牛飼い娘に投げて寄越した。

 

「?あの、これは……?」

 

 渡された理由も解らず、首をかしげ灰に尋ねる牛飼い娘。

 

「目のやり場に困る」

 

 彼女から顔を背け、短く応える灰。

 

牛飼い娘は自分の服装を改めて見つめ、瞬く間に顔を紅く染め上げた。

 

シャツは大きく肌蹴(はだけ)、豊かな胸元を顕にしてしまい、下着も着けずに飛び出した事が災いした。

 

更に陰部まで曝け出していた事から、衣服の役目を果たしておらず、全裸同然の格好で外出してしまったのだ。

 

人目の付かない夜の時間帯だった事が、せめてもの救いだろうか。

 

顔を真っ赤に染めながら、慌ててシーツを纏う牛飼い娘。

 

見ず知らず赤の他人に肌を晒してしまった事で、恐る恐る灰の方に向き直るが、既に鎧戦士を抱き抱え、牧場主と共に納屋へと向かっていた。

 

「ま、待って。置いてかないでよ……!」

 

 二人の跡を慌てて追う牛飼い娘。

 

二つの月明かりが照らす草原に、静寂が舞い戻った。

 

まるでこれまでの戦いが無かったかのように――。

 

 

 

 

 

 古びた納屋の床に、干し草や藁などを積み上げ土台とし、その上に布シーツや毛布を敷き簡易的な寝台を作成していく。

 

即席の寝台に鎧戦士を寝かせた。

 

防具は全て取り外してある。

 

火の無い灰が手際良く動く為、手伝える事が何も思い付かない牛飼い娘。

 

黙ってその光景を見つめる事しか出来なかった。

 

「エスト瓶だ、ゆっくりと飲め」

 

 ソウルを吸われ、衰弱した彼にエスト瓶と灰瓶をゆっくりと口に流し込んだ。

 

「……う、うぅ、は……灰よ……」

 

 多少なりとも効果があったのだろう。

 

鎧戦士は呻き声を上げ、力無く灰を見上げる。

 

その様子に牛飼い娘も彼に寄り添う。

 

「あの……、彼は大丈夫なんでしょうか?」

 

 牛飼い娘の質問に灰は、”命の心配は無くなった”とだけ伝えた。

 

その言葉に少しだけ安堵する。

 

だが生命の根幹と成す、ソウルその物を吸われているのだ、これ以上の有効策を見出す事が出来なかった。

 

篝火を起こす事も考えたが、現状の所持品では不完全な篝火しか起こせない。

 

特効薬になり得るかは未知数だった。

 

更に古びた木造の納屋。

 

随分乾燥している。

 

下手に床に火を起こそうものなら、火事になる可能性すら有り思いとどまった。

 

「何か手伝える事は、有りませんか……?」

 

 この緊急時に何も出来ないのが、居た堪れないのだろう。

 

牛飼い娘は自分に出来る事を探そうとしている。

 

真っ直ぐと見つめる視線に、強い意思を感じ取った灰。

 

「水を大量に用意しておいてくれ、それと厨房を使える様に準備も頼む」

 

 彼は当分動く事が出来ない。

 

排泄にせよ、清拭にせよ今後は、彼女が介護しなければならない。

 

その為には水が大量に必要となる。

 

栄養のつく食事も必要になるだろう。

 

有効策が見出せない今、彼の生命力と自然回復力に頼らざるを得ない。

 

周りの人達が出来るのは、精々環境を整えてやる事位だった。

 

牛飼い娘は、快諾し厨房の方へと向かって行く。

 

 

 

 

 

――こんな事なら、火継ぎの世界でソウルの概念をもっと学んでおくんだった!

 

後悔先に立たず――。

 

過ぎ去ってしまった過去を悔やんでも意味が無い。

 

今は出来る事に最善を尽くす事だ。

 

誰の教えだっただろうか?

 

少なくとも火継ぎの時代では、こんな事は誰も教えてくれなかった。

 

もしかしたら不死人になる前に、誰かが教えてくれたのだろうか?

 

もう思い出す事の出来ない、不死人以前の記憶。

 

元の自分が何者だったのか、家族と呼べる誰かが居たのか、何をして暮らしてきたのか、本当の名前は、それすら思い出せないのが今の自分。

 

火の無い灰――。

 

それが自分だ。

 

ロードランで、ドラングレイグで、そしてロスリックで――。

 

火継ぎを繰り返し、身も心も亡者となりながら、最後は火を消し自らも消滅した。

 

そして今に至る。

 

白磁等級の駆け出し冒険者、火の無い灰。

 

「厨房、何時でも使えますよ!」

 

 牛飼い娘が準備を終え、納屋に戻って来た。

 

流石に着替えた様だ。

 

「ああ、早速使わせて頂く。彼を頼む」

 

 鎧戦士の看病を彼女に任せ、灰は厨房へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

僅かに地平線の向こうが、明るみを増し始めた。

 

そう時間を要しない内に夜が明けるだろう。

 

ゴブリンスレイヤーも火の無い灰も、戦いの物語はまだまだ続く。

 

二人の物語の先に何が待ち受けるのか?

 

その物語の先に答えはあるのか?

 

それは盤上の神々でさえ、予想もつかなかった。

 

 

 

 

 

 




如何だってでしょうか?

何度書いても戦闘描写は難しい。

皆様方に美味く伝わっていると良いのですが。

ゴブリンスレイヤーTRPG購入しました。

すごい情報量です。

四方世界側の敵や技能などが、豊富に記載されてます。

更に今後の展開が捗りそうだ。

感想、評価お待ちしています。

デハマタ。

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