ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 あ~だこ~だしている内に六月、早いものです。
暑いです、かなり。

それでは投稿します。


第24話―廻る世界で、変わっていくモノ―

 

 

 

 

 投石紐

 

片方の端が輪になった布製の紐。指を輪に通し、石を巻き付けて振り回す。

手を緩める事で生じた遠心力を利用し、目標に石を投射する武器。

使用者によっては、手投げよりも絶大な効果を発揮し、戦士職以外でも行使する事が出来る攻撃手段。

別名、スリングとも呼ばれる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「承りました。今回は、3件ですね!」

 

 髪を後ろに三つ編みで纏め、最小限の薄化粧で身繕いした、新人の受付嬢。

 

依頼を3件纏めて請け負った一人の冒険者に、応対する。

 

内容は全て、ゴブリン退治。

 

受付嬢は、いつも通りの手順で処理してゆく。

 

変わらぬ日々、普段通りの日常。

 

依頼張り出しと同時に、血気盛んな冒険者達が、我先にと依頼を掻っ攫って行く。

 

危険度と報酬が釣り合わない、新人向けの残り物の依頼――。

 

”ゴブリン退治”

 

―ゴブリンだ―。

 

いつもの短い言葉と共に、ゴブリン退治だけを受ける、一人の冒険者。

 

変わらぬ日常で、一つだけ変わったモノ。

 

彼女の目の前に居るのは、薄汚れた皮鎧に、角が片方だけの古びた鉄兜。

 

中途半端な長さの剣を装備した、冒険者――ではなかった。

 

ゴブリン退治を引き受けるは、深緑のフードマントを羽織った、細身の駆け出し冒険者。

 

其れは、火の無い灰。

 

唯一つだけ変わったモノ。

 

”彼は倒れた”

 

”私が引き継ぐ”

 

昨日灰が伝えた言葉通り、鎧戦士は来なかった。

 

灰の言葉に偽りはなかったのだ。

 

「お気を付けて、行ってらっしゃいませ!」

 

 背を向けギルドの扉を潜る、灰に言葉を掛ける受付嬢。

 

灰がギルドを出た後、彼女は一人ごちる。

 

「……本当に来なかったな、あの人」

 

 思い浮かべるは、鎧戦士。

 

灰の報告によれば、命に別状はないが、暫くの療養が必要との事だった。

 

生きていると分かっていても、そう簡単に割り切れず、その表情は何処と無く沈んでいた。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

頼んでおいた馬車に乗せて貰い、現場まで移動する。

 

徒歩で向かってもいいが、時間を掛ければそれだけ村の被害が増す。

 

多少金が掛かっても、時間的余裕は成功率を引き上げる要因となる。

 

早いに越した事はない。

 

馬車内で装備の確認をしながら、戦いに備えた。

 

 

 

村に到着した灰は、依頼人から詳細を聞く。

 

ゴブリンに家畜の豚を3頭食い荒らされると言う、内容だった。

 

豚は食用肉として、時に収入源、時に食糧事情を賄う重要な資源だ。

 

更に直に接して育ててきた為、愛情もあっただろう。

 

それが3頭も一度に失う――。

 

村にとっては大きな痛手だ。

 

早急に対処する必要がある。

 

依頼人である村長の判断力が、優れていたのだろう。

 

被害が確認されるや否や、ギルドに対応を求めた。

 

その甲斐あって家畜以外の被害は出ていないが、時間を掛ける理由にはならない。

 

ゴブリンの来た方角を教えて貰い、痕跡を丹念に調べ上げる。

 

くっきりと足跡が残されていた。

 

分かり易過ぎて、罠かと勘ぐってしまう位だ。

 

灰は敢えて『ソウルの感知』を行わず、これまで得た知識を基準に、ゴブリンの住処を探索する。

 

茂みに覆われた道とも呼べない、獣道を通る。

 

”身を持って学んだ事がいずれ実を結ぶ”

 

鎧戦士の言葉が思い出される。

 

 

 

一刻ほどで巣穴を見つけた。

 

草むらに身を隠し、遠眼鏡で確認する。

 

2体の見張りがいるが、一匹は転寝状態でもう一匹もやる気が無いのか、ボーっとしている。

 

「ついてるな、早速取り掛かるか」

 

 直ぐに弓の準備に取り掛かった。

 

見張りとの距離は約50メートル前後。

 

灰は背負っていた長弓を取り出し、矢を番える。

 

長弓の素材自体は、単一の素材を用いた単弓だが、大型で充分引き絞られ放たれる矢は、射程距離と威力に優れる。

 

主に『イチイ』と呼ばれる、粘りと弾力性に優れた針葉樹で造られている。

 

大型で威力に優れる分、引き絞るにも充分な筋力と技術が要求されるのが、長弓。

 

だがこれだけ距離が近ければ、灰の腕前でも充分通用するだろう。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

盤上の神々は、灰に対して久々に骰子を振ろうと活き込みました。

 

自分の思考を持ち、骰子を降らせない者の一人であるが、幾らかの影響を受ける事を知った神々は骰子を振る事に意欲的です。

 

今回左右させる要素は、単純な命中判定ではなく、それを影響させる天候や環境と決まりました。

 

1d6を振り、出目が良い程、灰に有利な環境となります。

 

さぁ、誰が骰子を振るのか、抽選で決めましょう。

 

抽選の結果、『蛇の神』が骰子を振る事となりました。

 

その結果に狂喜乱舞する蛇の神様。

 

狙う出目は1。

 

歯茎を剥き出し、意気揚々と骰子を転がす蛇の神様。

 

矢を番える灰の意識の中で、カランコロンとあの音が鳴り響きます。

 

結果は 5 。

 

「……」

 

天気は快晴、肌心地の良い微風が、優しく生命を包んでくれます。

 

最早、冒険の環境ではありません。

 

神様の誰かが言いました。

 

「まるでピクニックだな」

 

 絶好のピクニック日和です。

 

蛇の神は、泡を吹いて盛大にぶっ倒れました。

 

ああ、闇に黄金の時代を。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

灰の放った矢は、見事に見張りのゴブリンに命中。

 

しかし、純粋な技量に問題があるのか、狙った頭部に命中せず胴体部を射抜き、岩盤に縫い付けたのだった。

 

結果見張りは即死せず、絶叫を上げもう一体の見張りは何事だと、慌てふためく。

 

しかしゴブリンの頭脳では、論理的思考を上手く纏める事が出来ず、右往左往するのみ。

 

灰は慌てる事無く、次の矢を番え弦を充分に引き絞り、もう一体に狙いを定める。

 

見張りが灰を視界に捕らえ、喚き散らすと同時に動きが止まった。

 

その瞬間を狙い灰は矢を射った。

 

矢自体は、木で作られた安物で弾道も安定しないが、数を容易に揃える事が出来る。

 

更にこの距離なら木の矢でも、問題とはならない。

 

録に防具を装備していないゴブリンだ。

 

どこに当たっても、傷を負わせ戦闘不能に追い込む事が出来る。

 

矢は見事ゴブリンの頭に命中。

 

そのゴブリンは即死し、縫い付けられたゴブリンも間も無く失血死した。

 

だが見張りが喚き散らす音で、巣穴の小鬼たちが次々と出て来た。

 

本来なら警戒すべき事だが、灰の主武装は弓。

 

野戦の方が好都合だった。

 

再び茂みに身を隠し、攻撃準備に移る灰。

 

巣穴から出て来たゴブリン達は、倒された見張りを見て怒りに駆られるが、灰を完全発見出来ずにいた。

 

隙を見計らい、突然茂みから矢を番えたまま姿を現し、矢を射る。

 

灰は短弓に持ち替えていた。

 

短弓は100センチ前後の、小型の弓で威力も射程も劣るが、扱うのに必要な筋力や技量が低くて済む。

 

加えて連射や素早い速射に向き、茂みから姿を現しては矢を放ち、放っては姿を消し、場所を変えながらそれを繰り返す。

 

灰の戦術にゴブリン達は翻弄され、6匹のゴブリンを仕留めた。

 

巣穴から出て来た敵は20体。

 

倒した内、見張り2体、出て来た6匹を倒し計8体で、残り12体。

 

残ったゴブリンは、茂みを包囲し追い詰めようとする。

 

そろそろ茂みでの射撃戦には限界が生じていた。

 

茂みから姿を現した直後更に一体を仕留め、素早い動きで包囲網の一点を突破。

 

ゴブリン達は灰に追いすがり、粗末な武器を片手に突撃。

 

間合いを詰めて来るゴブリンから一体一体、短弓で仕留めていく。

 

その内の何体かは、接近に成功し武器を振るうが、灰は常に動きながら矢を射る。

 

軽く取り回しに優れる短弓ならではの、利点だった。

 

動きながらの射撃は、姿勢も崩れ体制も崩れる。

 

まともな命中や威力など期待出来ない。

 

だがゴブリンとの彼我の距離は、精々10メートル程度。

 

弾道は安定しないが、殆ど外す事も無い、近距離射撃戦。

 

コブリンの拙い攻撃を躱しつつ、矢を射る。

 

時にステップで、時にローリングで、距離を開け相手の機先を制し、一体また一体と確実に仕留めていった。

 

最後に一体が生き残ったが、巣穴に逃げ込んだ。

 

まだ生き残りが居るのだろう。

 

一応ショ-トソードを持って来たが、敢えて弓装備のまま巣穴に侵入する。

 

今回の依頼は修練の意味合いも含まれている、不利な状況で不利な武器を用い、切り抜ける。

 

それが出来ない様では、今後生き残る事は厳しいだろう。

 

松明を弓に括りつける。

 

これで視界は確保出来た。

 

後は至近距離までに敵を発見し次第、確殺する。

 

即ち、見敵必殺だ。

 

警戒しながら、ゆっくりと慎重に歩を進めて行くが、罠も奇襲も無かった。

 

少し拍子抜けしながらも、横穴を警戒しながら奥へ辿り着く。

 

奥には、一回り体格の大きなゴブリンが武器を構えていた。

 

ホブゴブリンほどではない、中型種と言った所か。

 

――一匹逃げた筈だが、何処かで奇襲を狙っているな。

 

道中横穴は無かった、もし逃げるつもりなら、最初から巣穴に逃げ込んだりはしない。

 

灰は弓を構え、リーダ格のゴブリンに狙いを定める。

 

――途端、中型種は慌てふためき喚き散らした。

 

その喚き声に呼応した、先程撤退したゴブリンが、岩陰から飛びかかって来る。

 

しかし飛び掛って来た方向は、灰のほぼ正面。

 

恐らく灰が自分に接近すると踏んで、前後からの挟撃を狙ったのだろう。

 

だが灰が装備していたのは、弓だった。

 

「こいつ、私の装備を報告しなかったのか、もしくは剣に持ち替えると思っていたのか、目論見が外れたな!」

 

 灰は容赦無く矢を射る。

 

先ず中型種の頭部を射抜き、二射目でもう一体を処理する。

 

距離は精々数メートル、流石に外しようも無かった。

 

「残敵無し、人質無し、幼体無し……、よし、これにて殲滅完了!」

 

 周囲に何も無い事を確認した灰は、巣穴を出た後出口を封鎖する。

 

ゴブリン達が再利用出来ない様に。

 

村に戻る途中、幾つか洞窟らしきものを発見したが、幸いにもゴブリンは棲みついていなかった。

 

全ての入り口を封鎖しても良かったが、中にはかなり大きな洞窟もあり、時間が掛かり過ぎる為、棒に布切れを巻き付け地面に刺し目印としておいた。

 

後で村人達に、報告しておくとしよう。

 

村に着いた灰は、ゴブリンの巣穴を潰した事と周りの洞窟の存在を伝えた。

 

村から熱烈な歓迎を受けたが、そんな事に現を抜かしている場合ではない。

 

簡単なゴブリンの対処法を村人達に伝授する。

 

先ず柵だが、2重3重と設置するだけでも、ゴブリンの侵入速度を大幅に遅らせる事が出来る。

 

首尾良く早期に発見出来た場合には、投石で牽制する事も有効だ。

 

人間の最も優れた能力、それは物を投げ付ける、投射能力だと言う。

 

只の石ころでも、ほぼ半裸のゴブリン。

 

体のどこに命中しても、傷を負わせる事が出来るだろう。

 

石ころを投げる。

 

弾はそこら中に落ちているし、子供でも女でも出来る。

 

それでも接近する様なら、長い棒で叩く或いは先端を尖らせて、突き刺す等も有効だろう。

 

下手に接近などせず、距離を開けつつ攻撃する、それが重要だ。

 

それを多人数で、実践すると効果は増すだろう。

 

ゴブリンは必ずと言っていいほど群れを成し、戦術とする。

 

なればこそ、人も然りだ。

 

その他にもゴブリンの特徴を、村人達にも理解出来る範囲で、教えていく。

 

これで少しでも被害が軽減出来れば、重畳だ。

 

灰は矢を補充する為村から木材を購入し、村の荷馬車に載せて貰い、次の現場付近へ送ってもらった。

 

灰は次の現場でも、長弓や短弓でゴブリン達を仕留めていく。

 

わざと不安定な岩崖に陣取り、長弓での狙撃戦を仕掛けたり。

 

ゴブリンを巣穴から燻り出し、自ら包囲網に飛び込む。

 

その状況で短弓による、近距離射撃戦を挑んだりもした。

 

端から見れば無謀極まりない、まさしく”愚策”とも言えるだろう。

 

だが灰にとっては、意味のある戦法だった。

 

実践に勝る鍛錬無し。

 

誰が言ったか定かではないが、兎にも角も自分を敢えて追い詰め、その上で闘技を磨き上げる。

 

これから先、何が起こるか分からない。

 

得意な武器をいつ何時、封じられるかも知れないのだ。

 

少しでも実用に足る、戦術を増やしておきたかった。

 

3件目のゴブリン退治の終盤で、灰はゴブリンからの奇襲攻撃を頭部に喰らってしまった。

 

皮造りのフードとアイアンヘルムの相乗効果のお陰で、ダメージは無いに等しいが、衝撃で頭が少し揺れる。

 

奇襲したゴブリンは、布に拳大ほどの石ころを巻き付け振り回し、布を緩め生じる遠心力で石を投射する、攻撃方法を用いたのだ。

 

半ば反射的に応射で仕留めたが、あの様な攻撃法は火継ぎの世界では、お目に掛かる事は無かった。

 

所謂初見で、敵の狙撃を許してしまったのである。

 

「防具に助けられたか、私もまだまだ甘い。あの投射法、ギルドで聞いてみるか」

 

 後にゴブリンが使っていたのは、スリングと呼ばれる攻撃手段である事が判明する。

 

手投げの石ころよりも遥かに威力が高く、決して侮ってはいけない。

 

ゴブリンを完全に殲滅させた灰は、村人達にゴブリンの対処法を伝え、ギルドへ帰還するのだった。

 

 

 

 

 

「ゴブリン退治、完了」

 

 ギルドへ到着するなり、結果のみを先ず伝える灰。

 

「ア、アハハ……お、お疲れ様です!それでは詳細を――」

 

 そこで漸く、事の顛末を報告していく。

 

ゴブリンの数、規模、巣穴の位置、所持していた武器等々。

 

「それと――」

 

 灰は終盤戦で喰らった、ゴブリンの投射攻撃について尋ねてみた。

 

「ああ、それはですね――」

 

 受付嬢から語られる投石紐、俗にスリングと呼ばれる道具の事を詳しく聞けた。

 

「スリング……試す価値はある」

 

 この攻撃方法を体得すれば、村人達に伝える事も出来る。

 

少々修練は必要になるだろうが、手投げより遥かに効果が大きく、村の防衛力強化にも役立つだろう。

 

「貴重な情報、痛み入る」

 

「いえいえ、どう致しまして。既に依頼人から報告が来ておりますので、報酬は此方になります」

 

 灰が戻る前に依頼人達は、一足先に報告に来ていたようだ。

 

灰は直ぐに報酬を受け取る事が出来た。

 

「これからどうされますか?」

 

「先に依頼だけ受けて置くが、出発は明日にする」

 

「はい!ゴブリン退治ですね?」

 

 無言で頷き、更なるゴブリン退治の依頼に目を通す。

 

今日受けた依頼は、3件とも人質無しのゴブリン退治だったが、次に引き受けたのは全て人質ありの依頼だった。

 

「人質あり……4件も?大丈夫ですか?」

 

 流石に戸惑う受付嬢。

 

「本音で言えば今直ぐにでも行きたいが、私にも準備や休息が必要だ」

 

 こうしている間にも攫われた女性は、理不尽に痛め付けられ、筆舌に尽くし難い目に遭わされているだろう。

 

だが灰も人、備える必要も休む必要も生じる。

 

不死人のままであれば話は違っただろうが――。

 

「分かりました。承認手続きに移ります」

 

 受付嬢は依頼用紙に承認のサインを記入していく。

 

「手続きを完了しましたが、あまり無茶をしてはいけませんよ?」

 

「承知した。後、修練所をお借りしたい」

 

「閉店までにはお戻り下さい」

 

 灰は使用料金を払い、ギルドを出た。

 

「またのお越しを!……ふぅ……」

 

 灰の件で一段落つき、横から監督官候補の受付嬢が小声で話し掛けて来る。

 

「ねぇ、貴方から観て、どう?彼の印象……」

 

「う~ん。私から見ても無茶しているのが、判りますね」

 

「やっぱり?」

 

「ええ、今まで似た様な人を相手にしてましたから」

 

 火の無い灰が腕の立つ冒険者である事は、自分でも理解出来た。

 

鎧戦士や他の冒険者達からの報告。

 

ゴブリン退治から、ロスリックの探索やダークレイスの件。

 

灰がダークレイスを持ち帰った直後、他の冒険者から、その戦いの様子が報告された。

 

牧場付近で、目撃されていたのだ。

 

灰と黒い亡者騎士が、壮絶な戦いを繰り広げていた事を。

 

これだけ証言が揃うと信憑性が、桁違いに跳ね上がる。

 

しかし彼も人なのだ。

 

あの鎧戦士と何処と無く、似ている――。

 

「こぉら、仕事はまだ終わってないわよ?次の冒険者さんが来たわ、戻った戻った!」

 

 不意に先輩嬢から窘められ、其々の持ち場に戻る職員達。

 

 

 

人も疎らな修練場で、動かぬ的に狙いを定め、スリングの練習に励む火の無い灰。

 

力加減や布を緩めるタイミング、それらが上手く噛み合わず、的には中々命中しない。

 

「えぇい、クソ!我ながら下手糞だな。ゴブリン以下だ!」

 

 奇襲したゴブリンでさえ、初弾で命中させていた。

 

ましてや練習している的との距離は、その半分以下だというのに――。

 

「今日の弓矢も、3発に1発は外していたな。……まだまだ到達点は、遠い」

 

 夜が更け閉店の知らせが届くまで、灰は只管投射訓練に明け暮れた。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 それから約6日間。

 

街外れの近場から別辺境間際の遠方まで、灰はゴブリンを狩りまくった。

 

弓矢を使い、ゴブリン達の射程外から殲滅した。

 

スローイングナイフやスリング等の投射武器で、優位に立ち回った。

 

人質が死なない程度に、煙で燻り出し巣穴から出て来たところを、格闘術で叩きのめした。

 

ロングソードやスピアを購入、洞窟内で振り回し、引っ掛けない距離を測りつつ討ち取る。

 

丈夫な弦や細いロープで網を作り、罠としてゴブリンを翻弄、動きや陣形を封じ、呪術の火で焼き尽くす。

 

自分なりの知識と技術を使い、敢えて不利な武器で、戦術で、罠や術を駆使し、戦術の幅を拡大しながら、次々とゴブリン退治を達成していった。

 

 

 

「ゴブリン退治完了」

 

「依頼達成ご苦労様です!」

 

 救出出来た女性達もいれば――。

 

「人質10名の救助成功。内一人は、神殿の保護を希望――」

 

「承知しました。お疲れ様です!」

 

 別の日の依頼で、助けられなかった人も存在した。

 

「人質6名の内、2名が犠牲になった。一人は時間が立ち過ぎた為。もう一人は、私の前で人質を取り激昂し、首を切られ失血死。……申し訳ない、もっと熟考すべきだった」

 

「……貴方は、それ以上の人達を救っています。早々出来る事ではありませんよ」

 

 全てが順風満帆に行かぬも、世の常。

 

灰は失敗を糧にし、更なる確実さと迅速性をもってゴブリン退治を成し遂げていく。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

ギルドから火の無い灰が戻って来た。

 

深緑のフードマントは、ゴブリンの返り血が付着している。

 

このフードマントは、防水加工が施されている為、血が付着しても水で浸しサッと払うだけで9割がた落ちるのだが、度重なる戦闘で劣化し限界が生じていた。

 

戻って来た灰に対し周囲の冒険者達は、奇異の目を向け陰口を叩く。

 

「あの変なのはどうしたんだ?」

 

「死んだらしいぜ、それでアイツが――」

 

「変なの2号って訳か」

 

「怪しいし、汚ねぇ格好だな!」

 

「強いって噂らしいが、ゴブリン限定だろぉ?」

 

「俺だったら10秒でアイツ倒せるぜ!」

 

「止めなさいよ、アンタ鋼鉄等級でしょ?新人相手に大人気無いわよ?」

 

 各自が無責任で身勝手な事を口走る。

 

だがそれも無理らしからぬ事。

 

彼等は事情を知らないのだから――。

 

言葉で牽制し、自分の精神的優位を保ちたい――。

 

そんな思惑もあるのだろう。

 

もしくは、灰を潜在的に恐れているのか。

 

――かと言って、全ての冒険者が灰を敬遠している訳ではない。

 

「灰のヤツ、好き放題言われて何で黙っているんだよ?!」

 

 周囲の心無い言葉に反発したのは、同期戦士だった。

 

白磁の冒険者に、好き勝手言葉を投げ掛ける冒険者達に、挑みかかろうとする同期戦士の肩を何者かが掴む。

 

「よせ!アイツはアイツなりの覚悟で、やってるんだ。察してやんな!」

 

 同期戦士を引き止めたのは、槍使いだった。

 

「新人が暴れても、懲罰対象になるだけだ。俺達のやるべき事は実績を積み上げていく事さ!」

 

「あの人強いですね……、私だったら、とっくに折れてます……」

 

 後方に居た、重戦士や圃人の巫術士も同調する。

 

ロスリックで苦難を共にした彼等は、灰に悪感情を抱いていなかった。

 

「さて俺達も行くか!」

 

 重戦士を始めとした、其々の一党も依頼を達成する為、冒険へと旅立つ。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 その冒険者一党は、街からやや離れた小さな遺跡の探索を終え、帰路に就いていた。

 

これといった目ぼしい宝も見付からず、精々古びた石碑を発見出来た程度だった。

 

敵も、素手の骸骨が数体。

 

只それだけの冒険だ。

 

白磁の新人一党の頭目を勤める、若い戦士――同期戦士は、仲間の一人である半森人の少女野伏に話し掛けられた。

 

「今回の遺跡探索、どうだった?」

 

「ん、ああ……そうだな」

 

 そう言いつつも彼は、前回の集団探索――「ロスリックの遺跡」探索を思い出した。

 

あの亡者だらけの魔界の様な冒険に比べれば、今回の探索は実に慎ましい冒険だったと言えよう。

 

「まぁこんなもんじゃねぇかな。俺達の等級では――」

 

 自分達は白磁の新人。

 

恐らくこれが普通なのだろう。

 

――異常極まりなかったのだ、ロスリックの探索が。

 

亡者兵士にロスリック騎士、冷たい谷のボルド。

 

あんなのを相手取れば、素手の骸骨なぞ居ないも同然だった。

 

――比べる事自体、異常なんだけどな。

 

苦笑し気が付けば、街の門を潜っていた。

 

「ねぇ、次の依頼はどうするの?また遺跡探索」

 

 再び少女野伏が聞いてきた。

 

「ワシとしては、もう少しスリルがある依頼でもいいんじゃが、どうするんだ頭目」

 

 鉱人の斧戦士も同調してきた。

 

「フフフ…、実もう決めている…」

 

 不敵に笑う同期戦士。

 

「ドラゴン退治だ!!」

 

 得意気な顔(ドヤ顔)で、宣言する同期戦士。

 

「「ドラ……ゴン……!」」

 

 少女野伏と鉱人斧戦士は、言葉を詰まらせる。

 

二人の脳裏に思い返されるのは、灰色の巨大なドラゴン。

 

ロスリックの高壁で、陣取った規格外の古き飛竜。

 

「駄目です!私達は、一党を組んでから遺跡探索を数回こなしましたが、経験の浅い新人です!」

 

 禿頭の僧侶が、突如声を荒げ一喝した。

 

「白磁の新人がドラゴン退治など……完全に死人が出ますよ!」

 

 僧侶と同期戦士の視線が交差する。

 

「あ、あたし達にドラゴン退治は難しそうだよね」

 

「ま、まぁワシはドラゴンでも別に構わんが、もう少し簡単なのにしてもいいかもな」

 

 緊迫した空気感の中で、野伏と斧戦士は狼狽える。

 

「……」

 

「……」

 

 僧侶と同期戦士は、暫く沈黙し合っていた。

 

「――ふっ、ハハハハハ……!本気にするな、冗談に決まってるだろ!」

 

 突如笑い出し、場の空気が一気に緩む。

 

「あんなドラゴンを目にしたら、挑む気なんざ失せるわ!」

 

「そ、そうでしたか。分かって頂けたら良いのです」

 

 胸を撫で下ろし矛を収める僧侶。

 

「俺達には、俺達の身の丈に合った、怪物退治がある――。そうだろ!」

 

 同期戦士は、皆に向き直った。

 

 

 

――以前の俺だったら、どうだった?こんな事を口走っただろうか?

 

 

 

彼はロスリックを思い返し、一人の剣士『火の無い灰』を思い浮かべた。

 

実質彼に命を救われ、凄まじいまでの戦いを見せてきた、命の恩人も同然。

 

明らかに自分との実力差は、歴然としている。

 

そんな彼でさえ、身の丈に合った依頼を文句一つ言わずに、成し遂げているのだ。

 

――アイツに並べなくとも、この剣に見合う実力を身に付けてぇな!

 

同期戦士は腰に納められている、『アストラの直剣』に視線をやった。

 

「っま!依頼だけ受注して、今日はしっかり休み、備えますか!」

 

「「「おう!」」」

 

 同期戦士の提案に皆同意し、軽やかな足取りでギルドに向かう。

 

「冒険者ギルドへようこそ、どういったご用件でしょうか?」

 

 セミロングの受付嬢が対応し、同期戦士らを迎える。

 

「ああ、怪物退治の依頼を受けに来た」

 

 彼は大きく息を吸い込み――。

 

「――ゴブリン退治だ!!」

 

 

 

――翌日。

 

ギルドは冒険者達による依頼の争奪戦が、勃発していた。

 

次々と依頼用紙を剥がし、受諾手続きを終え、出立して行く。

 

変わらぬ日々、喧騒が落ち着くのを長椅子に座り、待ち続ける灰の無い灰。

 

――すっかり馴染んでしまったな、この光景にも状況にも。

 

職員達の作業が一段落つき、灰もカウンターへ向かう。

 

いつも通り――。

 

ゴブリン退治だ。

 

「ゴブリン退治を……」

 

「畏まりました」

 

 短いやり取りで、互いの意思疎通を交し、手続きに入っていく。

 

最早余計な手間は不要な程、日常と化していた。

 

「あの…、少し宜しいでしょうか?」

 

 新人の受付嬢が遠慮がちに聞いてくる。

 

”何事か?”と灰は返す――。

 

「あれから一週間、あの人はどうしているんでしょう?」

 

 彼女は例の鎧戦士についての、現状が気になるらしい。

 

「……もう一週間か、早いな」

 

 ダークレイスの戦いから、ゴブリン退治を引き継ぎ、気が付けば一週間。

 

彼は未だ復帰していない。

 

「あの人が順調に回復しているのか、難航しているのかさえ、分かりません――……、あ、手続き完了しました。今日は5件、貴方も無理をしてはいけませんよ?」

 

「勿論だ」

 

 依頼の詳細は聞き、確認作業へと移る両者。

 

既に彼女も数多くの作業を経験し、新人の域を脱しつつあった。

 

「――だが私は、これで良いのではないかとさえ、思う」

 

 灰の言葉に作業の手を止め、言葉を待つ受付嬢。

 

「……どういう事でしょうか?」

 

 自分でも驚く位、冷めた声音となってしまった。

 

彼女は決して怒っているのではない。

 

単純に知りたいのだ、灰の言葉の真意を――。

 

「傷が癒え冒険者として復帰すれば、彼は当然ゴブリン退治に専念するだろう。彼に復帰してもらえれば、ゴブリン退治の効率も上がる。――しかしだ――!」

 

 灰は、言葉を続ける。

 

ダークレイスとの戦いで彼が倒れ、彼の傍らに居る身近な親しい人達の存在を知った。

 

冒険者を続ける以上、常に身の危険を晒す事になる。

 

万が一彼が倒れる可能性も、否定し切れない。

 

戦うとはそう言う事――。

 

彼が命を落とし、残された人達は何を支えにして、生きて行くのだろうか。

 

――特に彼女はな。

 

彼に寄り添う、牛飼い娘。

 

彼を精神的支柱としているのは、鈍い灰でも理解出来た。

 

このまま牧場に留まり、一人の民として、平穏な生を歩む。

 

そんな選択肢も存在するのだから。

 

「だからこそ私は、敢えて言いたい――!」

 

 

 

          ――彼にも幸せになる権利がある――

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 灰の言葉に暫し沈黙が流れる。

 

喧騒も治まっている為、監督官候補を始めとした職員達が灰と新人受付嬢に、視線を注ぐ。

 

「確かに、一理ありますね」

 

 彼女は微笑み、深く頷く。

 

それは業務で培われた笑顔ではなく、心底の感情からやって来る微笑だった。

 

「正直に言えば、あの人に復帰して貰いたいと言う、願望はあります。だけど、彼には彼の人生がある、平和に生きてもらうのが一番ですよね!」

 

 受付嬢の言葉に灰も頷き、依頼の受諾作業を終えた。

 

 

 

          ――当分、先になるだろうな――

 

 

 

突如ギルドの開閉扉が開かれ、聞き覚えのある声と共に一人の男が入って来た。

 

薄汚れた皮鎧、片方の角が折れた鉄兜、丸い小型の盾、中途半端の長さの剣。

 

忘れる筈も無い、ゴブリンのみを請け負い、淡々とゴブリン退治だけを引き受ける冒険者。

 

鎧戦士(後のゴブリンスレイヤー)だった。

 

「ゴブリン退治を引き受けに来た」

 

 何一つ変わらず、昨日まで当然の様にゴブリンを退治していた、そんな口調だ。

 

「あ、え、え…と……」

 

 不意を突かれたかの様に、しどろもどろになりながら、困惑する受付嬢。

 

まだまだ想定外には、弱いと見える。

 

「全快――とまではいかないか。若干ふら付いているな」

 

 灰は鎧戦士の頭部から爪先までを眺める。

 

「ああ、だが少しずつ慣らしていかんと意味が無い」

 

――てっきり、問題ない、と言うと思っていたのだがな。

 

「分かった。だが依頼はこちらから、選出させて貰うぞ?」

 

 リハビリを兼ねているなら話が早い。

 

灰は、五件受けた依頼の内一件を示した。

 

「近隣の農村が、作物や家畜を攫われる被害に遭っている。これは私も同行するが良いな?」

 

 灰が提示した依頼、鎧戦士には一件だけ受けて貰う事にした。

 

街からそう離れていない小さな農村で、作物や家畜が被害に遭い、退治してくれと言う内容だった。

 

目撃された数は6匹前後、巣穴は確認されていない様だ。

 

「倍、生息していると観て良い。家畜を盗んでいるのは偵察を兼ねているんだろう。見知らぬ所で合流されてる可能性が極めて高い」

 

「……ほう、驚いたな。そこまで分析するとは――」

 

 憶測だが、灰の分析に感心する鎧戦士。

 

「私とて、単純にゴブリンを討って来た訳じゃない。何事も勉強だ」

 

「いいだろう、お前に従おう」

 

 鎧戦士は、灰の提案に素直に従う。

 

「受付さん、依頼の一部修正を――」

 

「はい!承りました。……これで良し!」

 

 火の無い灰、鎧戦士、彼等二人はゴブリン退治へと向かう。

 

「お気を付けて行ってらっしゃいませ!!」

 

 ギルドを後にする二人に、受付嬢の本心からの声援を受け外へと出た。

 

彼女は心なしか、表情が晴れやかだった。

 

「ねぇ、何時の間にかさ、灰の方と彼の立場逆転してない?」

 

 監督官候補の受付嬢が話し掛けて来た。

 

「言われてみれば……」

 

 新人の受付嬢は、帳簿に記載された、依頼達成の記録を確認する。

 

「あっ!灰の人の方が上回っているわね」

 

 先輩嬢も参加してきた。

 

僅差だが、灰の依頼達成数が鎧戦士を上回っていたのだった。

 

「――そろそろ灰の人には、ゴブリン以外の依頼も受けて貰わないとね」

 

 監督官候補が言うには、神殿からの依頼が舞い込んでいるらしい。

 

『火の無い灰』の指名付きで。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

街を出発し、現場の村へと近づいて来た、灰と鎧戦士。

 

彼等の思いは同じ――。

 

 

 

 

 

          ――さぁ、ゴブリン退治を始めよう!――

 

 

 

 

 

 




 剣以外の戦闘描写、まだまだ勉強不足です。
そしてゴブスレさん復活。
時間軸としては、コミック版イヤーワン第6話の終わり頃でしょうか。
やっと此処まで来た。

如何だったでしょうか?

これからも頑張って行きます。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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