ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 投稿します。
挿絵を追加しました。
序章に貼ってあります。
非常に拙いクオリティなので、イメージが崩れる方は、見ないことをお勧めします。


第26話―夜が動く―

 

 

 誓約『太陽の戦士』

 

 

  万歳を捧げる「太陽の戦士」の誓約者。

 

  太陽の戦士は、輝ける協力者であり

  それを求める誰かのために、黄金のサインを書き

  召喚者を成功に導く使命があるのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「Globu」

(ボス、物資の所定位置への運搬作業、滞り無く完了致しました)

 

 大柄で細身の体躯が特徴の、長弓ゴブリンが跪き報告する。

 

「Gobu」

(ご苦労)

 

 短く応え、玉座に鎮座する黒き異端のゴブリン。

 

名をダークゴブリンと言う。

 

嘗て豪華な家具や装飾品で彩られた内装は、すっかり様変わりし玉座と僅かな木箱が点在するのみだった。

 

閑散とした広間は、トーテムすら存在せず玉座の後ろには、巨大な鳥の彫像さえも無い。

 

「Gyaoo」

(御命令通り囚人共を使わず、正規員のみで運搬を行わせましたが、一部の兵に不満の声が噴出しております)

 

 普段ならば、この様な雑事は囚人に行わせるのだが、今回の運搬作業に囚人は一切使わず、情報すら与えていない。

 

「Gyeea」

(前にも説明した筈だ。人族が我らに目を向け始めた)

 

 ダークゴブリン率いる集団の巣穴――。

 

この巣穴は、ロスリック近隣の山地奥深くに、存在する。

 

しかし、ここ最近になって、冒険者が頻繁に徘徊する様になっていた。

 

当初はロスリック探索の為の冒険者だと判断し、警備態勢を強化するだけに留まっていたのだが、どうにも様子がおかしい。

 

注意深く観察すると、ゴブリンを積極的に攻撃していたのだ。

 

攻撃対象となったゴブリンは、この巣穴の懲罰に耐えられず逃亡した、はぐれゴブリン達のみに絞られていた為、当時は事無きを得たのだが――。

 

その後も冒険者達の徘徊は尽きる事は無く、次第に襲撃の頻度が増しつつあった。

 

ダークゴブリン率いる集団の力を持ってすれば、撃退は容易い。

 

しかし、下手に力のみを振るい続ければ、更なる強力な冒険者が派遣され、いずれは押し切られてしまうだろう。

 

良くも悪くも、力を振るい過ぎてしまったのだ。

 

そして、人族の底力を決して侮ってはならない。

 

住処を変える必要性に、迫られていた。

 

しかし、単純に変えるだけでは、人族の注意を逸らせる事は出来ない。

 

騙して悪いが、同胞達の中から身代わりを添える必要が生じた。

 

そこで身代わりは、懲罰区の囚人を使う事にしたのだ。

 

「Gruobu」

(囚人共に気取られては、計画に支障が生じるのでな――)

 

巣穴の大半の物資を移動させたのは、所謂引越しである。

 

しかし囚人共には、人族の目を欺く為に自分を含めた身代わりを担ってもらう。

 

「Gyuuubo」

(ボス。身代わりの選定が、完了致しました)

 

 玉座の間の扉を開け、入室してきたのは、ホブゴブリンほどの身長を誇る大柄なゴブリン。

 

ローブに身を包み、木製の杖を携えた呪文使い。

 

大シャーマンだった。

 

「Gueooo」

(ふむ、ここまでは順調だな)

 

「Guobu」

(ボス、偵察の近況報告です)

 

 続いて、上品な衣服に身を纏い書物とペンを常に携えた大柄なゴブリン、書記ゴブリンも入室する。

 

書記ゴブリンの報告によると、上流階級の人族が所有する、物資集積地帯の護衛が手薄になっていると言うのだ。

 

――人族に大きな動きでもあったか?

 

急な状況の変化に、短く思案に耽るダークゴブリン。

 

「Goruea」

(あちきからも報告がありますぜ!ボス)

 

 颯爽と入って来たのは、頭をバンダナで覆い、集団でも随一の身軽さと俊敏さを誇る、細身の高身長なゴブリン。

 

バンダナゴブリン。

 

どうやら人族の所有する金鉱山に、嘗て無いほどの規模で冒険者が終結しているらしい。

 

恐らく鉱山に巣食う怪物を討伐する為だろう。

 

 

 

本来厳重な警備体制が敷かれている筈の倉庫地帯――。

 

倉庫地帯の唐突な警備体制の弱化――。

 

冒険者達の大規模な鉱山への集結――。

 

 

 

「Gruub」

(……関連性はあるな)

 

 徐に立ち上がり、ダークゴブリンは側近達に号令を掛ける。

 

「Guoobuaa!」

(召集だ!囚人を除いてな!)

 

 

……

 

………

 

「GUruoo!」

(――説明は以上だ、解散!)

 

 ダークゴブリンの号令に、配下のゴブリン達は一斉に行動を開始する。

 

突如の作戦の変更に不満を零すゴブリン達も居たが、作戦前の大判振る舞いに、その様な不満は些細な事となった。

 

虜囚にしていたオークは、瀕死体を全て処分し食糧として部下と囚人に振舞い。

 

壮健な固体は野に放ち、冒険者達の目を欺かせた。

 

捕らえてあった人族の女達は、孕み袋として部下達に与えた。

 

但し、冒険者共にこの巣穴を襲撃してもらう為、使い終わった後は、我が戦力と巣穴の場所の欺瞞情報を与え、殺さず放逐する。

 

下っ端や解放した囚人達には、調子に乗り女を殺してしまわぬ様、厳重に監視をつけておく。

 

選定した囚人以外にも全て恩赦を与え、自由に振舞わせてやった。

 

この巣穴に居座らせる為に――。

 

 

 

そして玉座の間では選定した囚人ゴブリンが集められ、ダークゴブリンから世辞が飛ぶ。

 

 

 

今日までの懲罰に、お前達は良く耐えた。

 

従って、お前達にこの巣穴を任せる事にする。

 

お前達は選ばれたのだ!

 

 

 

その言葉を聞いた10体の囚人は狂喜し、はしゃぎ回った。

 

その内の一体は、体も通常種に比べ一回り大きい中型種であった。

 

ダークゴブリンはその中型種に、王冠とマントを与え、他の囚人にも装備を与えた。

 

――肩当て以外の装備を――。

 

 

 

そして出撃の時は来た。

 

ダークゴブリン率いる集団は、全て巣穴から出払う。

 

もう戻って来る事は無いだろう。

 

 

 

巣穴に残され、王冠を被った一体の中型種は新たな王として、この巣穴に君臨した。

 

同じく残された部下のゴブリン達に命じ、嘗て巣穴から逃亡し今も周辺を徘徊している、はぐれゴブリン達を呼び戻す。

 

更なる勢力を増強する為に。

 

次々と巣穴に集まる雑多のゴブリン達に気を良くし、ダークゴブリンの残した王座に腰を下ろした。

 

その総数は、60匹を超える規模だった。

 

ふと傍に置いてある壷に気づき蓋を開けてみる。

 

中には、木炭を削り粉末状に砕いた、黒い墨が詰まっていた。

 

その中型種は、それを全身に塗りたくり、体を黒く染め上げた。

 

そして部下達と共に喝采を挙げる。

 

 

 

――奴もこの粉を使い黒く染めたに違いない、ちょっと黒いからって調子に乗りやがって!

 

 

 

新たな住処を手に入れ景気付いたゴブリン達は、巣穴の至る所に糞尿を撒き散らし、瞬く間に本来のゴブリンらしい住処へと変貌する。

 

自分達が冒険者の目を欺く為の、囮として使われた事も知らずに……。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「ロックイーターの退治依頼は、こちらで受け付けてま~す!」

 

 髪を三つ編み状に編んだ、受付嬢が大きな声で冒険者達に呼びかけを行う。

 

金鉱山に居座る怪物、ロックイーターを退治する為の依頼だ。

 

この討伐依頼には、参加資格の等級制限が無い為に、多数の冒険者がこぞって参加を申し込んでいた。

 

不慣れな手つきながらも、四苦八苦しながら処理を終え、一息つく。

 

カウンターに突っ伏した彼女の表情は、影を落し何処と無く暗い。

 

――やっぱりヘコむなぁ……。

 

自分が斡旋した鉱山のブロブ退治。

 

その依頼を請けたのは、同期戦士の一党だった。

 

そして形はどうであれ、結果は一党の壊滅及び解散。

 

依頼を請けるのは冒険者側の自己責任。

 

頭では割り切っていても、自分の斡旋した依頼で誰かが傷付き倒れていくのを平然と見ているほど、彼女の心は順応し切れていなかった。

 

落ち込んだ彼女を見兼ね、先輩嬢に激励されながらも職務に戻る。

 

カウンターに一人の冒険者が、ロックイーターの退治依頼を申し込みに来た。

 

「……受付さん!」

 

「え、わ、は、はいっ」

 

 突然の強い口調で呼び掛けられ、受付嬢は慌てて対応する。

 

「俺も……行く、行かせてくれ。受付さん!」

 

 目の前の冒険者は、過去に自分が斡旋したブロブ退治を請け負った一党の頭目。

 

若い男の、同期戦士だった。

 

彼の決意の篭った口調、しかし目は何処か中を彷徨い、焦点が定まっていない様に見える。

 

彼女はまだ新人の域を出ていないが、これでも多くの冒険者達に関わってきた。

 

目の前の冒険者がどういう状態かは、拙いながらも理解出来た。

 

彼は迷っているのだ。

 

迷いながら、覚悟も定まっていないまま、此処まで来たのだろう。

 

彼は恐怖に駆られながら参加しようとしている。

 

「え、ええと……」

 

 彼女は視線を彷徨わせた。

 

言うべき事は山ほどあるのだが、何を言っていいか言葉が上手く浮かんでこない。

 

だからと言って、何も言わず承認するのは一人の職員として、無責任過ぎる気もする。

 

今の彼は、迷い、恐怖に支配されてすらいる。

 

ましてや一党が壊滅し、現在は単独。

 

「大丈夫ですか……?」

 

「……分からない……」

 

 眼前の彼に視線を通わせる。

 

体が小刻みに震えていた。

 

無理も無い、件のロックイーターに直面し、一党が壊滅する被害を被ったのだから――。

 

 

 

――行かせるべきではない――

 

 

 

彼女の脳裏に過ぎる、そんな言葉。

 

だが口には出せず、二人の冒険者を思い出す。

 

彼等は今も何処かで戦っているのだろうか?

 

ゴブリンを相手に一人戦い続ける鎧戦士。

 

そんな彼を支え引き継いだ、物静かな剣士。

 

彼等の時は一人で送り出したのに、この若い戦士は駄目だと言うのか?

 

本来ならあの二人にも、一人で戦わせる事はしたくないのだ。

 

「……今の貴方は単独なんですよ?」

 

「……俺は……」

 

 受付嬢の目をまともに見れず、顔を背けてしまう同期戦士。

 

彼は完全に尻込みしてしまい、最早まともに戦える状態ではないだろう。

 

「……俺は……」

 

 それ以上言葉が続かず、苦悶の表情を浮かべ立ち尽くす。

 

「……俺はハァアッ?!」

 

 突如として彼の頭に空の酒瓶が振り下ろされ、素っ頓狂な声を上げながら、頭を摩る。

 

「……しっかりしてよね!仮にも貴方は、一党の頭目なんだから!」

 

 彼が振り向くと、そこには半森人の少女野伏が立っていた。

 

「……お、お前……?」

 

 彼の言葉を余所に少女野伏は、受付嬢にロックイーターの退治依頼を申し込む。

 

「この人と二人なら一応、一党の最低条件は満たせますよね!」

 

「は、はいっ。大丈夫……です!」

 

 受付嬢は、野伏の顔を見た。

 

額には大きな傷跡があり、眉間にまで達している。

 

可憐な彼女の容姿、それと相反するかの様な傷跡。

 

恐らくその傷跡は一生残るだろう。

 

だが野伏の表情は、一転の迷いも無く晴れやかで、前に進む決意に満ち溢れていた。

 

完全に隣の同期戦士とは、正反対の状態であった。

 

「…お前は、良いのか?……俺の所為で、お前と仲間達は……」

 

「貴方と組む時、あたし言ったよね?」

 

 

 

 ――一緒に頑張ろう――って。

 

 

 

「貴方が居なくなったら、あたし一人で冒険者続けないといけないのかな?」

 

 彼は彼女と初めて出会った時を思い出した。

 

その当時は同期戦士の方がやる気と決意に満ち溢れ、彼女の方が自信無さ気で不安を抱えていた。

 

だが同期戦士は、彼女に自分の夢や将来について熱く語り始め、互いに行動を共にする事にしたのだ。

 

「正直まだ不安、あたしも……でもね――」

 

 彼女は、にこやかに彼を見つめた。

 

 

 

真正面から。

 

 

 

「貴方がもう一度奮起してくれるのなら……、あたしも頑張れるよ!」

 

「――!!」

 

 その言葉が彼の何かを弾き飛ばした。

 

彼の目尻に一滴の涙が零れ落ちる。

 

「受付さん……」

 

 同期戦士は受付嬢に向き直る。

 

「受付さん、お願いします!」

 

 深く頭を下げ――。

 

「――冒険者としての、ケジメを付けさせて下さい!!」

 

 彼の目は迷いを断ち切り、決意と覚悟に満ち溢れていた。

 

「わかりました。お気を付けて!」

 

 受付嬢も頭を深く下げ、応対する。

 

こうして同期戦士と少女野伏の要求は、見事受諾され討伐に参加出来る事となった。

 

 

 

「……手間が省けちまったか……」

 

 彼等の後方で様子を覗っていた重戦士とその一党。

 

「あの男が一人のままだったら、臨時で引き込むつもりだったのだろ?お人好しめ!」

 

 隣の女騎士に茶化される。

 

「ふんっ、よく言うぜ!提案したのはお前だろ!」

 

 二人の口論に、やれやれと見守る残りのメンバー達。

 

こうしてロックイーター討伐に向けて、ギルドの冒険者達が動き出す。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

「……僕に、動いて欲しいと?」

 

「お願いします。貴方の様な聖職者は、早々居るものではないのです!」

 

 地母神神殿の応接室にて、男神官と数人の冒険者を伴ったギルド職員が、向かい合っていた。

 

「ロックイーターは危険な怪物。参加の冒険者達は、経験の浅い新人達が大半を占めています」

 

 お供の冒険者の内、一人が事情を説明する。

 

此度の怪物ロックイーターは、魔神や竜ほどでの脅威ではないにしても、危険な怪物である事には変わらない。

 

恐らく、多くの死傷者が出る事は、容易に予測が着く。

 

嘗ての仲間が犠牲になり瀕死の重傷を負いながらも、ロスリックの探索から只一人帰還した男神官。

 

受けた傷も完全に癒え、現在は治療士や他の雑用などに従事し、神殿の運営を支えていた。

 

元々彼は、『辺境最有望』と評された青玉等級の冒険者でもあり、極めて高い実力を持つ。

 

今でも6種類の奇跡を一日5回使用出来る等、西のギルド全体で見回しても彼ほどの実力者は、そう多くは無い。

 

彼はそれ程の史上稀にみる逸材なのだ。

 

嘗て彼の仲間達が頻繁に問題を起こす為、青玉等級止まりであったが、実際は彼だけでも銅等級に引き上げる案が浮上した位だ。

 

事実、何処の一党も彼を引き込みたがっていた。

 

「……分かりました。僕の力でも皆様のお役に立てるのであれば、協力させて下さい!」

 

 少しばかりの逡巡の後、彼はソファから立ち上がり、協力を約束する。

 

癒し、守り、救う。

 

地母神の教義を今こそ実践する時が来たのではないだろうか。

 

真の意味で。

 

「本当ですか?有り難う御座います!」

 

「『辺境最有望』!その実力、頼りに致しますぞ!」

 

 ギルド職員達が彼に深く礼を言い、部屋を立ち去って行く。

 

職員達が去った後、自分の持ち物である錫杖を見つめた。

 

「本当の意味で信徒としての真価が、問われようとしているのかも知れないな……」

 

 彼も徐に立ち上がり、旅支度を始めた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「うん、しょっと!」

 

 寺院の外壁の僅かに開いた穴から、ひょっこりと顔を出した少女が一人。

 

所々が跳ねた長い黒髪に、腰紐で括られた短衣を身に纏っている。

 

その日は院長先生から外に出てはいけないと言われていたけど、彼女の好奇心はそれに勝ってしまった。

 

目指すは、防護柵の向こう側だ。

 

少女は村の防護柵に向かって走り出す。

 

目的は今日村に訪れると言われている、『冒険者』を一目見る為だった。

 

ここ最近、彼女は退屈していた。

 

先生は”遊ぶ位なら勉強しなさい”と小言をよく言われる様になった。

 

更に酷い事に近頃はゴブリンが出るとか言って、殆ど寺院の敷地から出して貰えなくなってしまったのだ。

 

あれこれと考えを張り巡らせているうちに、荷馬車が一台此方に向かって来た。

 

「おお?!あれに冒険者さんが乗っているのかな?」

 

 少女は目一杯背伸びし、馬車を見やった。

 

少女の近くで馬車が停車し、御者が尋ねてくる。

 

「お嬢ちゃん、此処が例の開拓村だね?」

 

「うん、そうだよ!」

 

 元気良く答えた彼女は、村の寺院を案内するついでに馬車に乗せて貰う。

 

村から出た事の無い彼女にとって馬車に乗れる事など、生まれて初めての出来事であり、すっかり舞い上がった彼女は、院長の言いつけを守らなかった事など完全に忘れ去っていた。

 

「これ!外に出るなとあれほど言ったでしょう!」

 

「だって道案内した方が良いかなっって……」

 

「道に迷うほどの村ですか!」

 

 頭をぴしゃりと叩かれ、少女はワンワンと泣き出した。

 

「部屋に戻ってなさい!」

 

 院長に怒られ、年長の孤児に連れられ、その場を後にしていった。

 

「お見苦しい所をお見せしました」

 

 院長が二人の冒険者に頭を下げる。

 

「いや」

 

「気にしてはおりません」

 

 鎧戦士と灰は、特に気にした様子も無く、院長に事情を説明した。

 

「それでは貴方達二人だけでゴブリン退治を――?!」

 

 驚いた院長は目を丸くした。

 

普通、冒険者は徒党を組んで活動する。

 

大抵は3~6人辺りが相場だった。

 

本来ならゴブリン退治を引き受けたのは鎧戦士一人だけで、灰自身は全くの無関係である。

 

だが敢えて、その事は口には出さず、彼もゴブリン退治に参加するつもりでいた。

 

「それと、この手紙を――。司祭長様より預かって参りました」

 

 地母神神殿の司祭長より預かった手紙を彼女に渡す。

 

「まぁ!あの方から?!わざわざお手数をお掛けしました」

 

 院長は手紙を受け取り、二人を応接室へ案内する。

 

この村の寺院は交易神の小さな神殿で、院長を勤める彼女は交易神の信徒だった。

 

――にも拘らず、司祭長と院長は旧知の間柄で、古くからの友人関係を築いていたのだった。

 

応接室で、村の実情とゴブリンの現状について話を聞く。

 

今の所ゴブリンによる実害は畑の作物のみに留まっていたが、被害が拡大するのも時間の問題だろう。

 

村の周囲は簡単な柵が設置されていたが、充分とはいえない。

 

巣穴については、よく分からないとの事で、後で村人達に聞き込みを行う事にする。

 

二人は数日、村に滞在するつもりで宿泊費として銀貨を数枚支払おうとしたが、院長は受け取らなかった。

 

どうやら馬車に積まれていた支援物資は、食糧や衣類を始めとした生活物資や孤児達用の学問書等に加え、現金も小額だが含まれていたのである。

 

これ以上欲を出せば神罰が下ると、彼女は判断したのだろう。

 

ゴブリン退治の間、無償で泊めてくれる事となった。

 

応接室を出た二人は、さっきの少女と出会う。

 

院長に怒られたばかりだというのに、すっかりケロッとしていた。

 

改めて、まじまじと二人に視線を這わせる。

 

「二人とも変な格好だなぁ」

 

 一人は薄汚れた鎧兜に、中途半端な長さの剣。

 

もう一人は、体の殆どがフードマントで隠れた剣士。

 

それが彼らに対する第一印象だった。

 

――間違いない、この子から感じるソウル。

 

村に向かう途中から灰が感じ取っていた、夜明けに似た暁のソウル。

 

 

 

――俺もいつか、あんな風にでっかく熱くなりたいんだよ……――

 

 

 

彼の言葉が唐突に、灰の心を過ぎる。

 

「ん?ボクの顔に何かついてる?」

 

 フードで顔は隠れていたが、灰の視線に気付いた少女は不思議そうな顔で覗き込んで来た。

 

「…太陽は偉大だ。素晴らしい父のようだ」

 

 それだけ答え、灰と鎧戦士はゴブリンについての情報収集を開始する。

 

「んんっ?!太陽?!ボクこれでも女だよ!」

 

 少女は首を傾げ、二人の背中を見送った。

 

 

 

この村は小さな開拓村だった。

 

十数件の家が寄せ合い、畑や山での野良仕事で生計を立てるだけの寒村。

 

そんな村に、怪しい男が二人――。

 

村の周囲を行ったり来たりしている。

 

妖しい男二人とは勿論、鎧戦士と火の無い灰の事を指していた。

 

そんな二人を遠巻きに見守る村人達。

 

彼等が期待していたのは5~6人で構成された一党の冒険者で、みすぼらしい戦士二人組みではなかったのだ。

 

その視線はあまり好意的とは言えず、正直期待外れと言うのが本音だった。

 

「ソウルが四方八方に点在している。数は凡そ40前後、見事にバラけているな」

 

「村の木こりの話に寄れば、近隣に巣穴は存在しないらしい。間違い無く、渡りだな」

 

「下手に動けば隙を突かれ、村を襲撃される可能性もあるか……」

 

「迎撃戦術に切り替えるか」

 

 ゴブリンを討ちに出るか、村で迎撃に専念するかを決めかねていたが、結局守りの戦術を取る事にした。

 

「俺は柵の準備に取り掛かる」

 

「私は罠の作成に取り掛かろう」

 

 方針が決まった二人は、即座に行動に移す。

 

鎧戦士は金を払い、木材と加工道具を村から購入し、早速防護柵の作成に取り掛かる。

 

ゴブリンの襲撃方向を限定させ、迎撃し易くする為だ。

 

灰も村から、木材やロープ等を購入する為、金を払う。

 

それらと植物の弦を利用して、ゴブリンの進行速度にバラつきを生じさせる為の罠を作っていく。

 

それを不思議そうに見守りひそひそと話し始める村の農夫達。

 

「金を稼ぎに来とる筈の冒険者が、逆に金を払うとはの…」

 

 どの様な経緯であれ、ギルドからは『信頼の置ける冒険者達』とのお墨付きを頂いている。

 

見た目は怪しい冒険者達だが、この二人ならやってくれるかも知れない。

 

村人達の見る目は変わりつつあった。

 

 

……

 

………

 

――やり難い……――

 

それが正直な感想だった。

 

植物の弦を編み、その端に小石を括りつけ、即席の網を作り上げる。

 

ゴブリンの頭上から、この網を絡み付かせ、動きと攻撃力を鈍化させる為の道具だ。

 

効果時間葉は、さほど期待は出来ないだろう。

 

時間にして精々数秒~十数秒が関の山か――。

 

だが、たったそれだけの時間でも、動きが止まれば灰にとっては格好の的に過ぎないのだ。

 

灰がやり難さを感じているのは、道具の作成自体にではない。

 

先程から寺院の子供達が、道具の作成に勤しんでいる灰の周りを、物珍しそうにウロウロしているのである。

 

だが、それも無理は無い。

 

村の子供達にとっては冒険者が居るだけでも珍しいのに、なにやら道具をせっせと作っているのは、非常に好奇心をそそる光景なのだ。

 

「ねぇ、これは何?」

 

「ドラゴンって見たことあるの?」

 

「冒険のお話聞かせてよ?」

 

 矢継ぎ早に次々と質問が、尽きる事無く飛んで来る。

 

最初は適当に応えていた灰だが、次第に面倒になったのか、腰の雑嚢から或る物を取り出す。

 

「……これをあげるから、大人しくしてるんだ」

 

 子供たちに差し出したのは、『七色石』だった。

 

地面に落せば七種類の色に輝き道標として、高所から落せば音の大きさで高さを測る為の道具としても使える。

 

「わぁ!七色石だぁ!!」

 

 街では幾らでも手に入る代物だが、子供達にとっては宝石の様に珍しい珍品なのだろう、大はしゃぎした子供達は一斉に寺院の中に引き返していった。

 

「ふぅ……手間の掛かる……」

 

 作業を再開した灰だったが、30分程経った辺りで一人の子供が近寄って来た。

 

「あの、お兄ちゃん……」

 

 声の主は村の入り口で出会った、あの黒髪の少女だった。

 

「ボクにも頂戴、あの綺麗な石……」

 

 どうやら人数分行き渡らなかったらしい。

 

この少女だけ手にしていない様だ。

 

よく見れば彼女の表情は沈んでいる。

 

……どうする?

 

『七色石』はもう無い。

 

「何か、代わりになる物は――」

 

 自分の懐を弄り、或る物を彼女に手渡した。

 

「んん?これってお金?」

 

 灰から手渡された物を見て、少女はお金と判断した様だ。

 

確かにそれは金貨と似ているが――。

 

「お金じゃない。それは『太陽のメダル』と呼ばれる物なんだ」

 

「わぁ…ホントだ。お日様が描いてある」

 

 少女は不思議そうにメダルを見つめている。

 

「今は時間が無いから、少しだけ聞かせてあげよう」

 

 

 

    ――偉大な太陽の戦士(ソラール)の物語を――

 

 

 

「――それと祭りの準備だ」

 

「祭りの準備?」

 

「業腹だが今日と明日の夜までは、奴らの好きにさせる」

 

 ゴブリンに村の状況が変わった事を悟らせない為の措置だった。

 

兎に角ゴブリンには、此方を侮ってもらわねば困るのだ。

 

鎧戦士は村長に作物の収穫を早めて貰い、用水路の水かさを上げて貰う様に頼み込む。

 

「杭も必要だな」

 

 やるべき事は多い。

 

鎧戦士と灰は、夕暮れになるまで村の迎撃準備にかかり切りだった。

 

夕日が沈み行く頃、柵を村一周分設置し終えた鎧戦士。

 

小高い丘で柵の出来具合を一望する。

 

「……柵、終わったんだな」

 

 灰も丘に登って来た。

 

「ああ、お前の方は?」

 

「ゴブリンの動きを抑制する網を作成し終えた」

 

 鎧戦士は夕日を見つめ――。

 

「……雨が降るな」

 

「天候が読めるのか?」

 

 鎧戦士が天候を読める事に、少し驚く。

 

過去に教わったとの事だった。

 

良く見える夕日は、晴れ。

 

ぼやけて赤黒く見える夕日は、雨。

 

彼はそう言った。

 

「――となれば、雨天では匂いで誘引する作戦は使えないな」

 

 灰は過去に宿場村での迎撃戦を思い返す。

 

あの時はゴブリンの好物と思わしき匂いを地面にばら撒き、襲撃方向を限定出来たのだが――。

 

雨が降っては、その匂いも掻き消されてしまうだろう。

 

――考えろ。状況を最大限に有効活用するんだ!

 

暫く思案に耽っていたが、考えが纏まった様だ。

 

「雨を味方に着けよう」

 

「??」

 

 鎧戦士は灰の言葉の真意を測りかねていた。

 

「だが、実行に移すのは明日でいい。念の為、今夜は交代で夜警に着き、襲撃に備えよう」

 

「分かった」

 

 その日の夜は、交代で村人と協力しながら村の警戒に当たったが、ゴブリンが襲って来る事は無かった。

 

灰の休憩中、黒髪の少女に『太陽の戦士(ソラール)』や『火継ぎの時代(ダークソウル)』の物語を聞かせてくれる様、嫌と言うほどせがまれ寝不足に陥ったのは余談である。

 

 

 

 

 

「泥……だと?」

 

「そうだ、泥濘(ぬかるみ)を利用し奴等の脚を鈍らせる」

 

 翌日、灰が考案したのは、泥を利用した罠の設置だった。

 

近日中、天候が雨天である事を利用し、粘土に雨水を含ませ泥濘んだ泥の罠を設置する。

 

ある程度の深みを拵える事で、ゴブリンは足を捕られ脱出に時間と労力を要するだろう。

 

使い所さえ間違わなければ、時間稼ぎや戦闘力の減衰にも効果を発揮する筈だ。

 

冷たい谷のボルドや農村のゴブリン退治で、半森人の少女野伏が使用した精霊魔法『泥罠(スネア)』から閃いた戦法だった。

 

「確かに有用ではあるが――……」

 

 鎧戦士は、効果を認めつつも語尾を詰まらせた。

 

その理由は灰自身も良く理解している。

 

「ああ、分かっている」

 

 必要以上の水分を含ませれば、泥は薄れ流れ出てしまう。

 

逆に水が足りなければ、柔らかい土を盛っただけに過ぎない。

 

範囲を広めに設置してしまえば、泥罠に自ら入り込みゴブリンに止めを刺しに行く必要性が生じる。

 

使い所と労力に制限が掛かる戦術でもあった。

 

「即席の泥罠は、私が全責任を負って設置する。君は自身の準備に専念してくれ」

 

「ああ」

 

 鎧戦士が柵を設置し、わざと付けたゴブリン様の侵入路の前後に、粘土を盛り付け幾許かの水で粘りを与えた。

 

後は降水量次第だろう。

 

そして灰自身、薄々と感じ取っていた。

 

運に左右される事柄には、大抵『あの音』が聞こえて来るのだ。

 

頭の脳裏に響く、硬い何かを転がしたあの音が――。

 

――それがどうした?

 

いつも通りやるだけだ。

 

全ての知識、技術、能力を駆使し、脅威を排除する。

 

今までも……。

 

そして、これからも――。

 

「いつも通りに動く。――それだけだ!」

 

 作業に一段落着けた灰は、昨日の寝不足を補う為、その場で座り込み仮眠を取った。

 

その頃、柵の設置を終えていた鎧戦士は、農業に使う用水路の水嵩を増してもらい、杭の設置に勤しんでいた。

 

作業中、黒髪の少女に付き纏われていたが、今日は鎧戦士が被害にあったようだ。

 

 

 

 

 

防護柵は設置した。

 

罠も設置し終えた。

 

村の収穫は完了し今は祭りで、冒険者二人を除き、村人全員が楽しんでいる。

 

休息の時間も充分に取れた。

 

馬車での移動が、時間の余裕を獲得出来たのだ。

 

準備は整った。

 

日が沈み行く頃、黒味掛った灰色の雲が空を覆い尽くしていく。

 

もうすぐ雨が降る。

 

灰にとっては降って貰わなければ困るのだが……。

 

彼の頭の中であの音が鳴り響く。

 

 

 

カランコロン。

 

 

 

何かを転がすあの音が――。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

さぁ、骰子を転がす時間がやって来ました。

 

盤上の神様達は、意気込みます。

 

抽選の結果、骰子を振るのは『至高神』となりました。

 

彼女は骰子を転がします。

 

カランコロン。

 

出目は、4。

 

この判定は出目が6に近いほど、冒険者側に有利に働く判定ですが、結果は4でした。

 

一応天候は雨――。

 

普通過ぎる結果に盤上の神々は、少しつまらなそうです。

 

そこで『蛇の神』が一計を講じ、一つの駒を盤上に追加しました。

 

その駒は決して強過ぎず、かと言ってゴブリン程度に後れを取るほど弱くも無い、駒。

 

四方世界側の冒険者達でも、状況次第で充分対抗できるレベルの駒。

 

”これで少しでも盛り上がれるのなら”と反対する神々は居ませんでした。

 

これを切っ掛けに、そろそろ動かしていくか。

 

蛇の神はその駒と、奥に控えてある幾つもの駒に視線を通わせます。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「予定通り降ってくれたか」

 

 夜も近い時間帯だ。

 

少々弱いが、一応雨は降ってくれた。

 

空一面に雨雲が懸かっている。

 

直ぐに止む事は、まず無いだろう。

 

粘土で盛り上げた土手は、無駄にならなかったようだ。

 

収穫した作物は寺院の地下倉庫に運び込み、村人達には寺院に非難してもらった。

 

守るべき対象が一箇所に集まってもらった方が、防衛には都合が良い。

 

各々が民家に立て篭もり、分散されては守り辛くなる。

 

鎧戦士は北側。

 

灰は南側を担当する。

 

鎧戦士は、柵付近の草むらに身を隠し息を潜め襲撃に備え。

 

灰は、侵入口付近の木の幹を壁に見立て、身を隠し短弓を装備する。

 

ソウルが全方位からじりじりと村に接近して来た。

 

間違い無く今夜、一斉に襲撃する勢いだ。

 

灰と鎧戦士に一切の迷いも慢心も無い。

 

必ず村を守り切り、敵を一匹残らず殲滅する。

 

 

 

「「ゴブリン共は、皆殺しだ!」」

 

 

 

両者の目に怪しい光が灯る。

 

 

 

 

 

 




 如何だったでしょうか?
挿絵は余裕があればこれからも追加していこうかと考えています。
(尚、クオリティは期待しないで下さい)

デハマタ。( ゚∀゚)/

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