ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 投稿します。

気候が不安定で、突然の夕立に見舞われたりと大変な思いをしております。

気付けば、UA数もかなり伸びてまいりました。

既に1万突破。

チラ裏レベルのこんな作品を読んで下さって、本当に有り難う御座います。


第27話―交差する影と想い―

 

 

 鷲柄の短刀

 

野伏だった男の形見の品。

父親でもあった男から子らへと受け継がれる。

突然の小鬼の襲撃。

その短刀は小鬼の物となった。

 

女は嬲られ弄ばれ意識を手放す最後の瞬間、渾身の抵抗を見せる。

か弱い女が見せた最後の抵抗。

それは気高い鷲の如く、今の持ち主の心に深く刻まれている。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅い月に続き、緑の月も空に昇る。

 

紺色の空を染め上げる二つの月明かりは、地上に降り注ぐ事は無かった。

 

月明かりは厚い雨雲に遮られ、雷電を迸らせながら轟音を撒き散らす。

 

地上は、暗闇に覆われ雨が降り注いでいた。

 

雨音に紛れ、草むらから悪辣な異形、ゴブリンが次々と姿を現した。

 

 

 

全く人族共め、こんな所でヌクヌクとしやがって!

 

俺達が野晒しで必死に生きているというのに、貴様らときたら!

 

食いモンだって、自然に出てきたモンだろ?

 

だったら俺達が好きにしたって良いよな!

 

自然発生したんだ、既に俺達のモンだ!

 

 

 

村人達が造った作物や農作業の苦労など露知らず、身勝手な被害意識を拡大させ、妬み嫉みの感情を顕にギラついた目をしながら、村に近付いて来る。

 

村周辺にまで辿り着き、ある異変に気がついた。

 

梯子を横倒しにしたような防護柵が設置されていたのだ。

 

何故だ?少し前までは無かった筈だ。

 

偵察担当のゴブリンは必死に弁明するが、全ての責任を擦り付けられ数秒後には袋叩きにされ、敢え無く絶命する。

 

実にゴブリンらしい、身勝手で欲望に忠実な、極めて健全で模範的な連中である。

 

ゴブリンは柵の登攀を試みるが、絶妙に幅を調整された柵をよじ登る事は出来なかった。

 

加えて雨天である、雨に濡れたゴブリンの手足と柵が滑り合い、尚の事登攀を妨げていたのだ。

 

天候は冒険者側に味方した。

 

舌打ちしたゴブリンは柵を周り、用水路に辿り着く。

 

一体のゴブリンが、用水路に飛び込むが、その瞬間、設置された杭で串刺しになる。

 

事前に鎧戦士が拵えた木製の杭である。

 

渡河を諦めたゴブリン達は、更に防護柵の穴を見つける為探索を再開した。

 

そして発見した、通れそうな柵の隙間が。

 

馬鹿な奴らよ!

 

人族共の慌てふためく顔を見ながら蹂躙出来るかと思うと、暗い情欲が湧き上がって来る。

 

この村には、食べ物も女も玩具もある。

 

新しい巣穴を見つけるまで、ちょうど良い収穫になる。

 

ニタリとほくそ笑み、柵の隙間をこじ開け侵入を試みた。

 

次々と侵入を果たし、柵を抜けた事にゲタゲタと笑い飛ばすゴブリン達。

 

さぁ!略奪の時間だ!

 

勢い付き走り出した刹那――!

 

ゴブリン達が腰まで沈み込んだ。

 

ネットリと重さを感じさせ、体中に纏わり付くそれは、泥だった。

 

柔らかく粘着性の高い粘土を窪みに盛り付け、雨天により多量の水分を含んだそれは、ゴブリンの体に絡み付き動きを鈍らせる。

 

それは、火の無い灰が考案した即席の『泥罠』だった。

 

あまりの想定外の出来事に、気が動転し脱出を試みる為に身をよじる。

 

しかし慌てれば慌てるほど泥は絡み付き、ゴブリン達のスタミナを奪ってゆく。

 

纏わり付くそれが泥だと理解した頃には、ゴブリン達は投げナイフの良い的になっていた。

 

草むらに身を隠していた鎧戦士は、次々とナイフと投擲する。

 

肩に、胸に、顔に、頭に、至る所に突き刺さるナイフ。

 

脱出もままならず4匹のゴブリンが投げナイフの餌食となり、命を落としていく。

 

ゴブリンの亡骸を盾や踏み台とし、漸く脱出を果たしたゴブリン達。

 

”良くもやってくれたな”と言わんばかりに、鎧戦士に襲い掛かろうとするが、足元に何かが引っ掛かった。

 

引っ掛かったそれは細い紐で、ゴブリンの体重でも作動する罠のスイッチだった。

 

支えていた紐が外れ、仕掛けが作動し、ゴブリンの頭上から弦で編み込まれた網が覆い被さる。

 

泥罠で体力を消耗し、絡み付いた仕掛け網で更に消耗していくゴブリン達。

 

網を振り解こうと暴れ回るが、隙だらけの無防備なゴブリン達を見逃す様な彼ではない。

 

「終わりだ」

 

 彼は剣を振り翳し、敵の頭部目掛けて切り付けていく。

 

そこに慈悲の欠片もない。

 

何故なら彼はゴブリンをスレイする者だからだ。

 

6体を始末し、計10体のゴブリンを倒した。

 

「灰の話だと、全部40体。恐らく北と南に二手に分かれた筈だ」

 

 ――となれば此方に進入して来たのは、約20と観て良いだろうか。

 

更に後続のゴブリンが侵入して来た。

 

泥罠もゴブリンの死体を踏み台にして乗り越えて来る。

 

網の罠も使い切った。

 

後は自力で相手をしなければならない。

 

――接近される前に数を減らす。

 

彼は残りの投げナイフで4体のゴブリンを片付けた。

 

残り6体。

 

しかし、数を減らしている間に包囲されてしまった。

 

6体の中で、一回り大きな体躯のゴブリンが指揮を執っていた。

 

「指揮官か。ホブではないな」

 

 ホブゴブリンほどの大きさは無く、所謂中型種に分類されるだろう。

 

だがそのゴブリンは他と違い、装備品の質が良かった。

 

汚れた皮の軽鎧に古びた鉄の小盾、鉄鋲の皮兜を被り、血で汚れた短めの剣と腰に帯びた鞘の無い短剣。

 

何処と無く、今の自分とよく似ている。

 

更に腰に帯びていた短刀に見覚えがあった。

 

何処かで見ただろうか?

 

直ぐに記憶から呼び起こす事は出来なかったが、今は戦いに集中する事にした。

 

既に囲まれている状態で受身に回れば、瞬く間に殺されてしまうだろう。

 

彼は最期に一本残ったナイフを後方のゴブリンに投げ、一体を倒す。

 

それと同時に走り出し、ゴブリンが動き出す前に正面の鎧ゴブリン目掛けて突撃した。

 

反応した鎧ゴブリンは剣を構え迎え撃とうとするが、彼は突然進路を変え、左のゴブリンへと標的を変えた。

 

完全に批評を突かれ、隙を見せたゴブリン達。

 

標的となったゴブリンは、喉を剣で貫かれ絶命する。

 

「残り5!」

 

残りのゴブリンが、後方から飛び掛って来た。

 

一匹が折れた剣を振り下ろす。

 

彼は盾でそれを受け流し、引き抜いた剣で頸部を切り裂き倒す。

 

更に2体同時にゴブリンが襲って来た。

 

彼は振り向き様に盾の金属縁でゴブリンの顔面を切る。

 

痛みにのた打ち回るが、暫くは動けまい。

 

止めは後回しにし、もう一匹を相手取る。

 

その一匹は石槍で突いて来たが、先ずはこれを交す為身を捻る。

 

――が!

 

身を捻った瞬間支えていた足が滑り、バランスを崩した。

 

此処に来て、雨が不利に働いたのだ。

 

不利な体制で石槍を躱し切れず、鎧の隙間部分を突かれた。

 

突いた手応えに、ニヤけつくゴブリン。

 

しかし彼は即座に反撃し、ゴブリンの額に剣を突き入れ倒した。

 

信じられないと言った表情で、疑問を浮かべたまま生涯を終えたゴブリン。

 

彼は鎧の下に鎖帷子を着込んでいた。

 

最初のゴブリン退治で、今の鎧は刺突に弱い為の対抗策だった。

 

「残り3」

 

 残った3体のゴブリンは、慎重に間合いを詰める。

 

普通の集団なら一目散に逃げ出す筈だが、鎧ゴブリンの指揮能力だろうか?

 

戦意を失っていない。

 

尤も、見逃してやる気など毛頭ないのが、彼だが――。

 

3体が左右と正面から3方向同時に襲って来た。

 

動きを止めれば的になるだけだ。

 

彼は最も装備の軽い、左のゴブリン目掛けて剣を投射。

 

喉元に突き刺さり一匹を仕留め、瞬時に逆方向の小型種に肉薄する。

 

振り被る棍棒を掻い潜り、首を掴んだ。

 

振り解こうと暴れるゴブリンだが、只人の子供ほどの体躯では体重も、たかが知れている。

 

苦も無くゴブリンを持ち上げ、迫って来た鎧ゴブリンの剣を、そのゴブリンで受け止めた。

 

剣は深々とゴブリンを切り裂き、絶叫を上げるゴブリン。

 

彼はそのゴブリンを鎧ゴブリンに投げ付け、相手は投げ付けられたゴブリンを剣を突き刺し止めた。

 

ゴブリンは完全に事切れ、残りは鎧ゴブリンのみとなった。

 

彼と敵は互いに睨み合い、様子を覗う。

 

しかし彼には武器が無い。

 

剣は先程投げてしまい、拾うにはやや距離が離れていた。

 

迂闊には動けない。

 

暫しの対峙の後、敵から仕掛けて来た。

 

敵は剣を上段から振り下ろす、素人の速度ではなく小型種に比べて遥かに速い。

 

碌に剣を握っていない白磁の冒険者よりも、剣速が優れている。

 

しかし真正面からの攻撃だ。

 

彼は落ち着き、敵の剣をタイミングよく盾で弾く。

 

パリィングと呼ばれる技術だ。

 

剣を弾かれ隙を見せた敵の顔面目掛けて、右ストレートを放つ。

 

だがそのパンチも、敵の盾にパリィングされ、彼自身も隙を作ってしまった。

 

曝け出した隙を狙い、敵の前蹴りが飛んで来る。

 

彼は後方にローリングする事でこれを躱し、一旦距離をとった。

 

何とか武器を手にしなければ。

 

――その瞬間!

 

大腿部に、焼け付く様な激痛が走った。

 

ローリング後の隙を狙い、敵が腰に帯びた短刀を投げてきたのだ。

 

まさか自分が投射される側になろうとは――。

 

だが同時に彼にとっては、僥倖だった。

 

刺さった短刀を引き抜く。

 

傷口から血が吹き出るが、気にするのは後だ。

 

血が足りなくなる前に、決着をつければ良いだけの事。

 

引き抜いた短刀が視界に入り、彼は目を見開いた。

 

その武器は、柄頭に鷲の頭を模した短刀だった。

 

忘れもしない――。

 

5年前、故郷をゴブリンに襲撃され、囮となってくれた唯一の肉親である姉から、授かった物。

 

顔も知らない父の残した短刀だった。

 

――こいつが持っていたのか。

 

彼は短刀を構え、鎧ゴブリンを見据える。

 

雨脚が僅かに弱まり、ある事にふと気が付いた。

 

あの鎧ゴブリンの顔にも見覚えがあるのだ。

 

「……」

 

「……そうか……貴様……、あの時の……」

 

 5年前、姉を直接襲ったあのゴブリン――。

 

嬲られ蹂躙されながらも、最後の最後で抵抗を試みた姉。

 

割れた水瓶の破片で、組み伏せるゴブリンの顔を切り付けたのだ。

 

命が失われようとする人間最後の、渾身の反撃だった。

 

床下に匿われ息を潜めながら一部始終見ていた彼は、その光景を一度たりとも忘れた事は無かった。

 

「そうか……、ソウカ、SOUKA……」

 

 

……

 

………

 

「くっくっくっく…、ハハハハハ……、あぁっはっはハハ!!」

 

 急に気狂いでも、起こしたかの如く哂い出す鎧戦士。

 

「みつけたぞ」

 

 

 

         ――コンナ、トコロニ、イタノカ――

 

 

 

彼の双瞳が、より一層紅味を帯び、仇を睨み付ける。

 

同じく相対する鎧ゴブリンも、双瞳が黄色く輝く。

 

刹那、両者は同時に地を蹴った。

 

敵の剣と彼の短刀が、激突し鍔迫り合いに縺れ込む。

 

更に小盾同士をぶつけ合い、力比べを始めた。

 

しかし勝負が長引けば、今も血を流し続けている彼が不利になる。

 

彼は透かさず敵の足元目掛けて、スライディングを仕掛け転倒させた。

 

彼は逸早く起き上がり、転倒した敵に圧し掛かろうとするが、腹を蹴られ吹き飛ばされた。

 

素早くローリングする事で受身を取り立ち上がるが、敵のシールドチャージで体当たりを食らう。

 

よろけた彼の首元に、敵の剣が迫る。

 

紙一重でこれを避け、短刀で下段からの切り上げで反撃。

 

鎧越しとは言え、胸元を切り裂かれ仰け反る敵。

 

そのまま手首を返し、短刀を振り下ろすが、敵の剣で受け止められた。

 

敵はそのまま脚払いを掛け、彼を転倒させた。

 

今度は敵が彼に剣を突き立て肩の付け根に刺さり、同時に彼の短刀が敵の腹を深く抉る。

 

「Gyaabu!」

 

「ぐうぉぉぉ……!」

 

 両者とも痛みで、のた打ち回るが、彼が一瞬だけ早く動き、敵に馬乗りになる。

 

彼は、紅く輝く双瞳で敵を睨み付ける。

 

「楽には殺さん……!」

 

 そして短刀を敢えて投げ捨て、両の拳で敵の顔を殴り付ける。

 

何度も、何度も、何度も、何度も……――。

 

 

……

 

………

 

グシャっ、グシャっ、と肉が歪み血が滴り落ち、どの位殴り続けただろうか?

 

「ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 息を切らせスタミナの続く限り、殴り続けた。

 

微動だにしない物言わぬゴブリンだった物に一瞥をくれると、漸く馬乗りを解き深く深呼吸をする。

 

「……討ったのか……」

 

「俺が…、姉さんの仇を、取った、のか……」

 

「……そうか……」

 

「そうか」

 

 ……何も感じなかった。

 

仇を討ったのに――。

 

念願を果たしたというのに――。

 

ゴブリンを殺したというのに――。

 

感慨などとは縁遠く、胸に去来するのは唯々――。

 

 

 

――ゴブリンを殺した――。

 

 

 

この事実だけだった。

 

彼は、尚も降り続ける雨の中、夜空を見上げた。

 

――何も、感じない。

 

――……どうしてだろう?……姉さん。

 

――……いや、分かっているんだ。

 

――……俺は、とっくに……。

 

 

 

――壊れていたんだ――

 

 

 

――その瞬間!!

 

彼の鉄兜が激しく揺さぶられる。

 

「――っ?!」

 

 一瞬何が起こったのか把握出来ずに対応が遅れてしまった。

 

ドサリと、何かが足元に落ちる。

 

それはゴブリンの死体だった。

 

さっきの戦闘で盾の金属縁を用いて、顔を抉ったゴブリンだ。

 

既に絶命している。

 

そしてゴブリンの死体の上に、角が落ちているのも確認できた。

 

投げ付けられた衝撃で、自分の鉄兜の角が折れたのだろう。

 

馴れない重量バランスに、頭が左右に揺れる。

 

――が、問題はそこではない。

 

ゴブリンを投げ付けたのは何者だ?

 

投げられた方角に目をやると同時に、彼の視界が一瞬だけ真っ白になる。

 

同時に頭部に重い衝撃を受け、彼は吹き飛ばされてしまった。

 

染み付いた反射神経で、すぐさま立ち上がり身構えた。

 

彼が捉えた視界の先には、顔面を歪に変形させた血塗れの鎧ゴブリンが立っていた。

 

どうやら彼は頭部に跳び蹴りを、受けてしまったらしい。

 

「……まだ、生きていたのか?」

 

 彼は再び闘志を滾らせる。

 

それと同じくして――。

 

「アノ雌は、ウマカッタゾ!」

 

 鎧ゴブリンがしゃべった。

 

人族の言葉で。

 

鎧ゴブリンのその言葉で、彼の意識の中で何かが弾け飛んだ。

 

その瞬間彼は目を見開き、敵に突撃。

 

渾身の右ストレートを仕掛けた。

 

だが敵は身を屈め、カウンターのアッパーカットで彼の顎を打ち抜く。

 

その衝撃で視界が歪み、膝を突く彼。

 

出来上がった隙を利用し、何処へと逃げ去ってしまう、鎧ゴブリン。

 

「復讐シテヤル!」

 

 そんな言葉を言い残して。

 

――いいだろう……!何度でも、復讐してやる!

 

――何度でも、何度でも……!

 

混濁する意識の中で、目に焼き付けた――。

 

 

 

    ――仇に向かって――。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「こんなものか」

 

 一方村の南方面では、火の無い灰がゴブリンの殲滅を終えていた。

 

「剣を使うまでも無かったな」

 

柵の隙間から侵入を試みるゴブリンを、ショートボウで半数を仕留め。

 

残りは見事罠に掛かり、動きが鈍った所を弓で始末した。

 

実に呆気無くゴブリンは全滅した。

 

「ゴブリンのソウルは感じない。彼の方も終わったか」

 

 一度鎧戦士と合流しようと、歩き出そうとした、その時――。

 

「何だ?このソウル――」

 

 この村に接近する新たなソウル。

 

そのソウルは何処と無く覚えがあった。

 

深く、暗く、淀み、何かを渇望するソウル。

 

――あの子のソウルとは正反対だ。……かと言ってダークレイスとも違う、間違い無く人のソウル。

 

村で感じ取った、あの少女の『夜明けに似たソウル』とは真逆の、暗いソウル。

 

ソウルの動きを辿ると、村の寺院に向かっているようだ。

 

この暗いソウルを放置するのは危険と判断した灰。

 

彼との合流は後回しだ。

 

灰は護衛対象である村の寺院に向かう。

 

再び雨脚が強まり、灰のフードマントを間断無く叩き付けた。

 

雷鳴が轟き、稲光が頻繁に黒い空を一瞬だけ染め上げる。

 

その雷光は陽光と違い、冷たく鋭い刃の様に、彼の目蓋を打つのだった。

 

 

 

 …何だか寝付けない。

 

お友達も村の皆も一緒にいるのに、何となく不安だ。

 

ゴブリンの襲撃から万が一を想定して、広い大部屋に非難して来た村人と寺院の孤児達が一緒になって就寝に就いていた。

 

扉には、比較的大柄な大人達が交代で、見張りに着いている。

 

松明も設置され、暗闇に怯える必要は何処にも無いと言うのに。

 

不安だ――。

 

少女は寝付けず、何度も寝返りを打つ。

 

コン、コン。

 

突如として扉をノックする音が聞こえて来た。

 

誰だろうか、こんな夜更けに?

 

「どちら様です?」

 

 起きていた院長が、扉越しに対応した。

 

しかし返事は無い。

 

もう一度扉をノックする音が、聞こえて来る。

 

冒険者だろうか?

 

もうゴブリンを退治出来たのだろうか?

 

村人は全員この部屋に避難している為、他に居るとすれば冒険者以外考えられない。

 

「院長先生、ワシが……」

 

 不審に感じた村人が、木製の扉をゆっくりと警戒しながら開いた。

 

「……」

 

「……どなたかのぅ?」

 

 扉の向こうから姿を見せたのは、見知った二人の冒険者ではなかった。

 

松明にうっすら照らされたのは、白い衣服に身を包み、金色に鈍く輝く柔和な女性の仮面を被った一人の人物だった。

 

旅の者だろうか?

 

「もしや道に迷ったのですか?」

 

 その人物は答えない。

 

話す事が出来ないのだろうか?

 

それなら、首を縦に振るなり、何らかの反応を示しても良い筈だが――。

 

仮面の人物は、無遠慮に部屋の奥へと踏み込んだ。

 

「お、おい。アンタ?!」

 

 村人の静止も聞かず、ズカズカと一人の少女へと歩み寄り、足を止めた。

 

目の前には、長い黒髪の少女。

 

「……ボクに何か用?」

 

 簡素な藁の寝台から起き上がっていた少女は、不安ながらも真っ直ぐに仮面の人物を見つめた。

 

仮面の人物は何も答えない。

 

村人が痺れを切らし、仮面の人物を少女から引き離そうと歩み寄った矢先――。

 

仮面の人物は片手にボンヤリと光を纏わせ、少女の頭部を掴もうと、ゆっくり手を伸ばす。

 

「回収する」

 

 男の声だった。

 

柔和な女性の仮面を着けているが、その声は男の声そのもので、この人物は男という事になる。

 

仮面の人物の手が、少女に触れようとした瞬間――。

 

「――その子をどうする気だ?」

 

 大部屋の扉に、火の無い灰が到着していた。

 

「ああ…、剣士さん……」

 

「冒険者さん……」

 

 起きていた村人や院長が安堵した声で、灰に視線を向けた。

 

「皆は下がって下さい、早く!」

 

 部屋の全員を下がらせ、警戒を促す。

 

事の異常に全員が目を覚まし、灰と仮面の男に視線が集中する。

 

「今一度問う!その子をどうする気だ?」

 

 仮面の男と少女に歩み寄り、もう一度質問をぶつけた。

 

聞くだけ無駄だという事は分かり切っていたが――。

 

「ククク。質問に答える前に、先ずは殺し合いをしないか?」

 

 仮面の男は即座に剣を抜き放ち、軽く跳躍しながら灰に襲い掛かった。

 

灰が剣を抜くより速く、仮面の男が剣を突いて来た。

 

その剣は、幾重にも枝別れした刃と棘でで構成され、上半身を逸らして躱した灰の胸を僅かに掠めた。

 

枝分かれした刃は、出血を促す造りをしており、掠めただけで血が噴出する。

 

「ぐっ!」

 

僅かに呻くが出血も気にせず、灰は透かさずシミターを抜き、敵の剣を払いながら間合いを取る。

 

下手に勝負が長引こうものなら、村の住人に巻き添えが出るだろう。

 

迂闊な動きは出来ない。

 

このタイミングで住人達が動き回るのは、都合が悪い。

 

今の所は固唾を呑み、皆が灰と仮面の男を見守っていた。

 

敵の後方には、木窓が設置されている。

 

深夜の雨天で窓は閉められているが、外に繋がっている筈だ。

 

灰は即座に動き、敵に肉迫しながらシミターを薙ぐ。

 

敵は当然、剣でそれを受けるが、灰は敵に反撃の暇を与えず、縦横無尽に剣の連撃を浴びせた。

 

振り上げ、切り下ろし、左右の逆袈裟、三連突きと、多様な型から繰り出される連続攻撃。

 

軽量で取り回しの効くシミターならではの、流れる様な剣技。

 

敵は全て剣で防ぐが、防戦一方となってしまった。

 

その隙を突いた灰は跳躍し、上段からの二連縦回転切りからの、振り上げ切りに繋ぐ。

 

上段と下段からの重い剣撃に、敵の体制は崩れ後ずさった。

 

――好機!

 

灰はシミターを両手に持ち替え、戦技『回転切り』を見舞う。

 

体を捻った1回転切りから、勢いを殺さず追加の連続回転切りを仕掛ける技である。

 

尤も火継ぎの時代を、イヤと言う程繰り返した灰にとっては、直剣だろうと刀であろうと関係無く使用出来るのだが――。

 

「ぐうぅぅ…!」

 

流れる様な灰の連続攻撃に防御に専念していた敵は耐え切れず、防御を崩してしまい大きな隙を曝け出した。

 

――今しかないっ!

 

シミターの柄で敵の腹部を打ち、蹲った顔面を掴み窓から外に放り投げた。

 

閉じていた木窓は、扉が粉々に砕けてしまったが、些細な事は気にしていられない。

 

敵の顔面を掴んだ瞬間、呪術の火『浄化』を行使しても良かったが、室内では火事になる恐れがある。

 

敵を外へ投げた後、灰も直ぐに後を追う。

 

室外は未だ雨が降り続いていた。

 

「お兄ちゃん?!」

 

 黒髪の少女が後に続こうと、壊れた窓によじ登るが院長に止められた。

 

灰が外に出た隙に、仮面の男は手持ちの『エスト瓶』で受けた傷を、完全回復させていた。

 

「向こうもエスト瓶か。回復されると厄介だな」

 

――あれを使うか。

 

灰は密かに、腰のポーチに手を伸ばす。

 

「くっくっくっ。さぁ、第二幕だ」

 

 態勢を立て直した敵は、枝分かれした剣と、もう片方の手に木の枝を出現させた。

 

――ちっ!向こうはソウルの変換が出来るのか!

 

物質をソウルに変換させる事で、持ち物の重量や体積に関係無く、所有者の体内に収納する事が出来る能力。

 

火の無い灰は、この能力を喪失して随分久しい。

 

敵は枝を翳し、自分の周囲に暗い紫色の塊を五つ出現させた。

 

敵が行使したのは、闇の魔術『追う者たち』。

 

人間性の闇に仮初めの意思を込め、対象に放つ魔法。

 

その闇の塊は、対象を追尾し触れた者を蝕んでゆく、禁忌の魔術。

 

敵は、『追う者たち』を灰に放ち、更に同じ術を行使――。

 

闇の塊に追従する様に、剣を構え灰に迫った。

 

『追う者たち』は、灰目掛けて突撃して来る。

 

恰も(あたかも)命持つ灰を、喰い尽くさんとばかりに……。

 

「――厄介な術を!」

 

 闇の塊を高速体術で全て避け切るが、その隙を狙い敵の剣が迫って来た。

 

灰は透かさず、マウントさせたスモールシールドで剣を防御する。

 

しかし敵は既に新たな『追う者たち』を出現させており、僅かに硬直した灰に塊をけしかけた。

 

「ぐぅあぁぁ……!!」

 

五個全ての『追う者たち』が、闇の波動で灰の体を蝕んでゆく。

 

仮初めとは言え意思を得た人の闇が、命持つ生者に群がり、その生命を貪り喰らっていくのだ。

 

生命を喰らい尽くされ、全身の力が抜け落ち膝を突いた。

 

反撃は疎か戦闘態勢すらも解いてしまい、敵の前で無防備に跪くのみだった。

 

「無様だな、冒険者」

 

 ゆっくりと灰に歩み寄って来る。

 

降り頻る雨で濡れそぼった草を一歩一歩踏みしめながら、勝ち誇ったかのように悠然と近寄る。

 

「しかし意外だったな」

 

 剣をソウルに返還して体内に仕舞い込む。

 

「只の駆け出し冒険者が、特殊なソウルを……」

 

 開いた手に鈍い光『ダークハンド』を纏わせる。

 

「微かに覚えがあるのだが、まぁいい。……思わぬ収穫だ、回収するとしよう」

 

 跪いた灰の頭部を掴み、ソウルを奪おうと手をゆっくりと伸ばす。

 

「――大発火!!」

 

 突如眼前に激しい火の壁が展開され、敵の腕ごと全身を焼かれた!

 

「――ぬぅうぉああぁあ!!」

 

 完全に慢心である。

 

灰の行使した『大発火』の直撃を受け、敵は全身に燃え上がる火を消そうと必死に濡れた草むらの上を転げ回った。

 

幸い雨に加え濡れた草のお陰で、直ぐに火は消え去った。

 

時間にして僅か数秒だが、その間に灰はエスト瓶で回復を図り、或る道具を敵に投げ付けた。

 

その道具が命中した途端、白い粒子の様な霧が敵を包み込む。

 

「くくくく、まさか此方側(ダークソウル)だったとはなぁ……」

 

 消火を終えた敵が、よろよろと立ち上がる。

 

そして徐に所持していたエスト瓶を飲もうとする――が。

 

「な、何故だ?!」

 

 エストが瓶から流れて来ない。

 

瓶に封入されたエストの火が固着したかの如く、瓶に張り付いたままだった。

 

体内にエストが流れなければ、如何に『エスト瓶』と言えども只の瓶だ。

 

「き、き、貴様……、な、何をした……」

 

 ワナワナと全身を震わせ、灰に問い詰める。

 

その震えは怒りか、それとも想定外に直面したが故の恐怖か。

 

「不死狩りの護符」

 

 短くも、はっきりと応える灰。

 

『不死狩りの護符』。

 

 不死狩りを生業とする者達が作り上げた投擲道具。

 

エストを停滞させる不思議な粒子が、不死人の宝である『エスト瓶』の作用を封じ込める効果がある。

 

「ロスリックで拾った物だが、こんな所で出番があるとはな――」

 

 ゆっくりと立ち上がった灰は、再びシミターを手に構えを取る。

 

そして灰の双瞳がエスト色に激しく宿り、行使する。

 

『カーサスの弧炎』。

 

呪術の火が、灰のシミターを燃え盛る炎で包み込んだ。

 

「……覚悟はいいかっ……!!」

 

「きぃっ、貴ぃ様ぁぁぁ……!!」

 

 逆上した敵は、瞬時に剣を展開させ、感情に任せた怒りの一撃を振り下ろす。

 

「……容赦はせん!」

 

 灰も敵を凌ぐ速度で肉薄し迎え撃つ。

 

灰の剣技は、敵を遥かに圧倒している。

 

流麗さと激しさを兼ね備えた、灰の猛連撃が敵を無慈悲に攻め立てた。

 

敵は、またもや防戦一方となり、枝を待っていた手を鉤爪に変更し、剣と鉤爪で防御に徹する。

 

だが火で付与された剣に加え、激しい連続攻撃に晒され、瞬く間に防御の上から傷を負わされていく。

 

敵の纏った白いローブは、刃で切り裂かれ、火で焼かれ、流れ出る血液で、何とも言えぬ混沌とした色に染め上げていく。

 

切り下ろし、切り上げ、薙ぎ払い、袈裟懸け、あらゆる攻撃が上下左右、四方八方、縦横無尽に襲い掛かり敵を完膚なきまでに追い詰めていった。

 

「ひっ、ギャッ、けっ、ごっ、た、たっ、たしゅっ、けっ、ひゃっ、やめっ、てっ、てて?!」

 

 遂に敵の防御は正面から崩され、最早言葉に成らない音を口から発しながら、尻餅を着き何とも情けない格好で後ずさった。

 

追い詰めた灰は、敵の喉下に燃え盛るシミターの切っ先を向けた。

 

「ひっ、ひっ…、ひぃぃ……、た,タスケッ……」

 

 恐怖に打ち震えながらも、被った仮面は微笑む女性の顔のままだ。

 

そこに先程の立ち振る舞いは微塵も感じられず、滑稽でさえあった。

 

「……二度とこの村に来るな!」

 

 地の底から沸く様な低い声音で、灰の警告が飛ぶ。

 

橙色に宿る双瞳の光は、まるで亡者の警告の様に思えた。

 

敵は慌てふためき何度も首を縦に振りながら、『帰還の骨片』を使用し姿を消した。

 

去り際に「ざ、残酷な亡者めぇ……!!」と捨て台詞を吐きながら。

 

「……どっちがだ」

 

剣を納め、息を吐く。

 

実際のところ、あのまま敵をバラバラに切り裂く事も出来た。

 

だが、敢えてしなかった。

 

理由は、後ろから送られて来る視線が、彼を思い止まらせたのだ。

 

寺院の壊れた窓から一人の少女が、灰と仮面の男との戦闘を一部始終見ていた。

 

 

 

院長の制止も聞かずに――。

 

――そう、まだ幼い彼女には見せたくなかったのだ。

 

 

 

 

 

残酷な殺し合いを――。

 

 

 

 

 

「こんな所に居たんだね、薪の王……」

 

 ふと声を掛けられ、声の方に顔を向けた。

 

――一体いつの間に?!

 

警戒し身構えながらも、声の主を注視した。

 

その姿には見覚えがあった。

 

アストラの上級騎士の鎧一式で身を包んだ騎士が、雨の降り頻る暗闇の中佇んでいたのだ。

 

「本来の任務を忘れソウルの回収に固執し、あまつさえ無様に敗退するとは『ロンドールの白い影』の資質が問われるね」

 

 若い女性の声で話し出す騎士。

 

「その声……、まさか……」

 

 上級騎士の声に聞き覚えがあった。

 

「生者となった君は、僕よりも年下だったんだね」

 

 兜越しの口元に手を当て、くすくすと控えめに笑う。

 

その仕草は、間違い無く女性のものだろう。

 

「アンリ……」

 

 灰の口から紡がれる上級騎士の名。

 

「アストラのアンリ」

 

 灰は繰り返し、名を口にした。

 

「貴公……、ロンドール側なのか……!」

 

 上級騎士、否、アストラのアンリは先程ロンドールの名を口に出していた。

 

その時点で無関係ではないのだろう。

 

「……そうだよ。アストラのアンリは死んだ……。……此処に居るのは、『闇の王』の妻」

 

 

 

            ――ロンドールのアンリ――

 

 

 

二人の間に流れる沈黙。

 

尚も降り続ける雨と風、雷が激しく轟き荒れ狂う。

 

「この村に何しに来た?」

 

 アンリが、何の目的でこの村にやって来たのかが分からない。

 

ソウルの回収が目的なら、『ロンドールの白い影』と共闘すれば達成し易かった筈だ。

 

「……村に用は無いよ。僕は君に会いに来たんだ」

 

 アンリは答え、灰にゆっくりと近付いていく。

 

「会いたかったよ……、本当に……」

 

 そして、互いに手を伸ばせば触れられる距離で、歩を止める。

 

「君に対してやり残した事があったんだ……、嘗て共闘した『アストラのアンリ』として……」

 

「……やり残した事……?」

 

 火継ぎの旅で、アノールロンドの宮殿でアンリのサインに呼応し、彼女の世界に侵入した。

 

其処で『神喰らいのエルドリッチ』を討ち果たし、彼女の使命は全うされたのだった。

 

その後、火継ぎの祭祀場でルドレスから彼女の剣を受け取り、彼女は何処へと姿消したのだと知らされた。

 

”追う必要は無い”。

 

そう釘を刺されたが、どうしても彼女の動向が気になり、灰は彼女の行方を追った。

 

心当たりはあった。

 

『カーサスの地下墓』、更に続く最下層の『燻りの湖』に彼女は居た。

 

彼女の無二の友『沈黙のホレイス』の墓の前で――。

 

完全な亡者と化していた。

 

完全な亡者と化したアンリは、灰の言葉も届かず闇雲に『折れた直剣』を振り回す存在に成り果てていた。

 

……後を追わせてやるべきだったのだろうか?

 

結果的に灰は手を下す事無く、その場を後にした。

 

「ヴウゥォォァァアアアオオオオオ……!ボ、レ゛、イ゛、ズゥゥぅぅぅ!!」

 

 彼女の断末魔の絶叫を浴びながら――。

 

 

 

突如我に返った灰は、自分の腹部を見る。

 

腹部から背に貫通する刃が目に映った。

 

「ホレイスの……、分だよ……!」

 

 灰の腹は、剣で刺し貫かれていた。

 

「――!!……っうぅぼぉわげぇっ……!!」

 

 数歩後ずさり、おびただしい量の血を腹部と口から吐き出しながら、跪く。

 

「あ…、アンリ…、聞いてくれ。……か、彼は既に……――」

 

 吐血しながらも弁解する。

 

どんな形であれ、ホレイスに手を下したのは、他でも無い自分自身だ。

 

今更ながら見苦しい言い訳だとは、重々承知している。

 

それでも事の真偽だけは、伝える必要があるだろう。

 

「……知ってるよ、全部。……それでも手に掛けたのは、君だ」

 

 淡々とした口調で語るアンリ。

 

「だけど、貴方のお陰で使命を果たせたのも曲げ様の無い事実なんだ。……だから、君を恨みたくなんてない。……それでも落とし前だけは付けたかったんだ……」

 

 兜越しでは、その表情は覗えない。

 

――その時。

 

「――や、やめて!これ以上、お兄ちゃんを傷つけないで!」

 

 灰とアンリの間に割って入って来たのは、長い黒髪の少女だった。

 

彼女は雨に濡れるのも構わず、院長や村人の制止を振り切り、なりふり構わず此処までやって来たのだった。

 

アンリと少女の目が交差し合う。

 

少女の目は何処までも真っ直ぐだった。

 

まだ10才になるかどうかの年齢だが、怯む事も怯える事も無く、上級騎士装備を纏ったアンリに一歩も引く事無く、両腕を目一杯広げ、火の無い灰を守ろうとしている。

 

灰の血が付着した剣を振り払い、鞘に納めるアンリ。

 

暫し少女を見下ろす。

 

そして……。

 

「アストラの国では、太陽の信仰が盛んだったんだ」

 

 唐突に何を言われたのかも理解出来ず、困惑する少女。

 

「君の目は何処か……、太陽に似ているね」

 

 鞘に納めた剣を地面に置く。

 

まだ幼い少女にその不可思議な行動は、理解が追い付かないのも無理からぬ事だった。

 

「……此処に捨てていくよ。『アストラのアンリ』を……」

 

「ま、待て。アンリ……!ロンドールから手を引くんだ!」

 

 アンリは腰のポーチから『帰還の骨片』を取り出した。

 

「亡者の世界に未来など無い、考え直せ……!!」

 

 尚も彼女を引き止めようと灰は説得を続ける。

 

「……今更僕に居場所なんて無いさ……。契りの儀式で『暗い穴』も無くなり、生者でも無く亡者にも成り切れない中途半端な存在……」

 

 

 

”不死人なのだから”

 

 

 

まるで感情など何処かで置き忘れてしまったかのような、乾いた声――。

 

「……さようなら」

 

 その言葉と共にアンリは消え去った。

 

後に残るのは、雨に打たれ続ける彼女の残して行った直剣――。

 

『アンリの直剣』だけが稲光に晒され続けた。

 

――私の、所為なのか……。

 

 

 

「アンリ……」

 

 

 

傷口を押さえ、ゆっくりと立ち上がる灰。

 

少女と傷付いた灰に村人達が集まって来る。

 

「あ、アンタ!大丈夫かい?!酷い怪我だ!」

 

 村人の一人が肩を貸そうとするが――。

 

「大丈夫だ。それより彼が気になる、合流しないと……」

 

 感じ取れるソウルを頼りに鎧戦士と合流を図ろうとした。

 

「……俺なら此処だ……。……終わった……、……一応な……」

 

 北方面でゴブリンと戦っていた鎧戦士も、片腕をダラリと下げ、脚を引き摺りよろめきながらも此方へと歩み寄って来る。

 

彼もかなりの重傷を負っていた。

 

激しい戦闘だったのだろう。

 

「こ、こりゃ大変だ!みんな!手伝ってくれぇ!」

 

 傷付いた二人の冒険者達の様子を目の当たりにして、深夜の雨天にも構わず、村人達は大慌てで彼らを寺院へと運んでいった。

 

黒髪の少女は、残されたアンリの直剣をじっと見つめ手に取った。

 

――あのお姉さん、何処か寂しそうだったな……。

 

アンリの直剣を只管に抱き抱え、未だ雷雨の夜空をずっと見上げていた。

 

院長に連れ戻されるまで――。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「すまん。一匹打ち漏らした」

 

 自分達に割り当てられた寺院の一室で、囲炉裏を囲みながら、鎧戦士は事の顛末を灰に報告する。

 

二人とも手当てが施され、体中の至る所に、薬草や軟膏が塗りたくられ包帯が巻かれていた。

 

尤も深い傷は、灰の奇跡で予め治療してしまったのだが――。

 

打ち漏らしてしまったのは自分に良く似た武具を装備した、中型のゴブリン。

 

灰はソウルの感知で探ってみるが、感じ取る事は出来なかった。

 

かなりの遠方に逃げ出したのだろう。

 

あのゴブリンは、鎧戦士に復讐を誓っていた様だ。

 

狙いを絞るのは村ではなく、鎧戦士に向けられるだろう。

 

「村の後始末もある。私はこのまま夜を過ごすが、君は?」

 

「俺も残る。念の為、増援にも備えたい」

 

 両者は村で一夜を明かす事にした。

 

 

 

黒髪の少女は、院長に酷く叱られる事を覚悟していたが、咎められる事はなかった。

 

只々抱きしめられ、寝床へと優しく案内されたに留まる。

 

院長の意外な対応に戸惑いながらも、少女は眠りに就く。

 

ゴブリンは退治され、村を脅かす怪物は居なくなったのだ。

 

不安材料の無くなった彼女は、ぐっすりと眠りに就いた。

 

彼女は夢を見た。

 

煌びやかな鎧に身を包み、聖剣と直剣を携え、まだ見ぬ多くの人々達と邪悪な存在を打ち破っていく夢を――。

 

仲間達の中には、太陽に向かって両手を広げ仰ぐ者が何人か居た様だが、院長から叩き起こされる頃には綺麗さっぱり忘れ去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 次第に雨も弱まり止んでゆく。

 

夜空にはうっすらと明るみを帯び始め、草木は雨露を滴らせながら静かに夜明けを待つ。

 

未だ薄暗い夜明け前の空は晴れ間が見え、ゴブリンの襲撃もロンドールの刺客も無かったかのように静寂さを取り戻していた。

 

そして寺院の物置で、無造作に置かれている『アンリの直剣』。

 

その剣が日の光を浴びるのは、まだまだ先の物語。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 モーリオンブレード

 

黒教会の尖塔を模した異形の剣。

八つの枝刃と無数のトゲを持ち、出血を強いる。

また黒教会の祝福は使用者の危機を喜ぶといい、HPが大きく減ると、攻撃力を一時的に高める。

異形の姿に相応しい、呪われた剣であろう。

 

 

 

 

 




 アストラのアンリについては、色々考えさせられる事が多々あります。

彼女は本当にアストラ出身なのか?

何故、彼女はロンドールと関わりがあったのか?

エルドリッチとの関係は?

等々。

彼女にもスポットを当てていきたいですが、私の文才で美味く書ければ良いのですが・・・・・・。

そして勇者ちゃんには、『アンリの直剣』。

何番煎じかも分からない設定ですが・・・・・・まぁ、うん。

鷲の頭を模した柄頭の短刀。

それっぽくフレーバーテキストを書いてみたのですが、他の人の様にはいかなかったようです。

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

感想、評価、誤字脱字の指摘、お気に入り登録、そして呼んで下さった方々本当に有り難う御座います。<(_ _)>

デハマタ。( ゚∀゚)/

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