ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 投稿します。

雨が降ったかと思えば、ジリジリと来る暑さ。

湿度と気温で、あっという間に汗だくになり、ジッとしているだけでスタミナがじわじわと削られていきます。

昼間は暑過ぎて集中力が直ぐに途切れ、執筆どころでは有りません。

もっぱら夕方か夜間に、少しずつ執筆しています。(゚ρ゚*)


第30話―戦慄、ボルドの脅威―

 

 

 

 

物探しのロウソク

 

 探そうとする物品を強く思い浮かべると、ロウソクの火が揺らめく。

 目的に近付く程揺らめきは激しくなり、探索の助けとなる。

 ロウソクの火は、風では消える事はないが、一時間前後で消えると言われている。

 値段は、地方や品質によって若干の差異があるが、一律金貨25枚前後。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 街道を走る一台の荷馬車。

 

必要最小限の積載量しかないが、持久力と巡航速度に優れた小型の馬車に乗っているのは、槍使いの青年と魔女だった。

 

「おい、『物探しのロウソク』は機能しているか?」

 

 馬を巧みに操る槍使いは、荷台に乗る魔女に尋ねる。

 

「ええ、ちゃんと、してる、けど……」

 

 ハッキリしない態度で応える魔女は、他にも言いたい事がある様だ。

 

「これ、物探し、で、者探し、じゃ、ないの」

 

 彼女が言うには、『物探しのロウソク』は、探したい物を強く思い浮かべ火を点ける事で、目的に近付く程火が揺らめく魔法の道具だ。

 

火の無い灰が向かった先は大体見当が付いていたが、精度を高める為に『物探しのロウソク』の使用に至った次第である。

 

「物に、反応する、けど、彼、には、反応、しないわ」

 

 魔女がそう訴えるも、槍使いは一蹴する。

 

「頭を使え、頭を!アイツが、肌身離さず持っているのは何だ?!」

 

 槍使いの冷徹な言葉に、少しムッとしながらも灰が頻繁に使っていた、ある道具を思い浮かべた。

 

「…あっ、エスト、瓶、ね」

 

 ロスリックの高壁で、灰が回復に使っていた奇妙な道具『エスト瓶』――。

 

槍使いは、それを思い浮かべる事により、灰の位置を割り出そうとしていたのだ。

 

「少しずつ、熱く、揺らめいて、いるわ。確実に、近付いて、いるわね」

 

「よっしゃ、順調だ!掴まってろ、飛ばすぞ。……ハァッ!」

 

 そう言うと槍使いは、ピシィッと手綱を振るい馬の速度を速め、目的地へと馬車を走らせた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 辺境の開拓村にて、ゴブリンを迎撃する為に拵えた罠や用水路の杭の後始末を終えた灰と鎧戦士。

 

世話になった寺院の正門で、二人を見送る村人達。

 

昨夜、寺院内の戦闘で壊してしまった窓は、有り難い事に村人達が修理してくれるらしい。

 

見送る村人達の中には、当然寺院の子供達も含まれており、あの黒髪の少女も居た。

 

「世話になった、院長」

 

 鎧戦士の言葉に、”いえいえ、世話になったのは此方の方です”と慌てて頭を下げる院長。

 

「柵は、あのままで良かったのですか?」

 

 灰は鎧戦士の設置した防護柵について処遇を尋ねたが、撤去の必要は無い、との回答が返って来た。

 

確かに今後ゴブリンが現れないとも限らない。

 

そのままにして置いた方がゴブリンの対応も、何かと都合が良いだろう。

 

「お兄ちゃん達、またね!」

 

 黒髪の少女が、明るい笑みで二人を見送る。

 

両手を目一杯挙げて――。

 

「お日様万歳!」

 

 太陽賛美のポーズを送った。

 

「「……」」

 

 鎧戦士と灰は、そのポーズに困惑した。

 

いや、正確には困惑したのは、火の無い灰だけだった。

 

なぜならその太陽賛美のポーズは、腕の挙げ方が微妙に違っていたからだ。

 

正しい太陽賛美は、両手を左右対称斜め上に振り上げる。

 

しかし彼女の場合、片方を真上に挙げ、もう片方を真横に傾けていたのだ。

 

――こんな事は教えていない筈だが……。

 

灰は透かさずソソクサと彼女に近付き、両手を斜め上に直す。

 

「あれ?こうだっけ、オカシイなぁ…」

 

 あまり気にしていない彼女だったが……。

 

――こんな光景、彼が見たら発狂するかも知れんな……。

 

内心苦笑いを浮かべながら、村人達に別れを告げ、寺院を後にするのだった。

 

「さよ~なら~!また遊びに来てねぇ~!!」

 

 背後から少女の声が聞こえて来る。

 

あの少女からは、只ならぬソウルが感じ取れた。

 

もしかしたら彼女は、冒険者を目指すのかも知れない。

 

だがそれは、灰自身が直接関与する事では無い。

 

彼女の人生は彼女自身のもモノであり、決めるのも歩むのも彼女自身なのだから――。

 

だが、現在の灰自身も予期していなかった。

 

今後、幾度も彼女と運命を共にする事など……。

 

 

 

二人は村の入り口を抜け、街道に差し掛かる。

 

迎えの馬車を寄越していない為、少々時間は掛かるが徒歩でギルドへと帰還する積もりでいた。

 

突如前方から荷馬車が、かなりの速度で此方に迫って来る。

 

「――何だ?一体……」

 

 鎧戦士が唐突の出来事に一瞬身構えるが、馬車には見覚えのある二人が乗っていた。

 

「お~~い。俺だぁ!」

 

 馬車に乗っていたのは、槍使いと魔女の二人だった。

 

「どぅっ!どぅっ…!」

 

 槍使いは手綱を引き、二人の傍で馬車を止める。

 

「――説明は後だっ!乗ってくれ!」

 

 緊迫した表情で、槍使いは搭乗を促す。

 

一体何があったと言うのだろうか。

 

灰と鎧戦士は分けも分からず、取りあえず彼の言う通りに馬車の荷台に乗り込む事にした。

 

二人が乗り込んだのを確認すると、槍使いは即座に馬車を再発進させた。

 

 

 

槍使いの駆る荷馬車が、時折大きく揺れながらも街道を疾走する。

 

「そろそろ説明してくれないか、何があった?」

 

 馬車が金鉱山を目指す中、灰が説明を要求する。

 

「ボルド、出た、の」

 

 横に居た魔女が『冷たい谷のボルド』の名前だけ出す。

 

「……承知した!」

 

 ボルドの名前だけで全てを察した灰は短く頷き、ボルド討伐の決意を固める。

 

「へっ!流石だな。話が早くて助かるぜっ!」

 

「……ボルドとは何だ?」

 

 槍使いの言葉の後に、鎧戦士が『冷たい谷のボルド』について尋ねてくる。

 

「そう言えば話してなかったな。ボルドと言うのは……」

 

 灰は、ロスリックとボルドについて、簡単に要点のみを伝える。

 

「……ゴブリンではないのだな」

 

「……ハァ……、お前って野郎は……」

 

 鎧戦士の返事に、心底感心するやら呆れるやらの槍使い。

 

「……お前、まさか”ゴブリン意外と戦う気は無い”って、放棄する気か?」

 

「その積もりだ」

 

 槍使いの含みを帯びた問いに、本心を伝える鎧戦士。

 

暫し馬車が揺れ街道を走る音のみが、搭乗者達の耳を打つ。

 

「――そうかよ!……この際だから、はっきり言っておくぜ!俺はてめぇが気にいらねぇ!……だがな、気に入らないお前でも武器を持てば、それだけで戦力なんだ!俺も含めて皆が、お前程度でも戦力としてアテにしてんだよっ!」

 

「お願いよ、助けて、ほしい、の」

 

 槍使いと魔女が鎧戦士に言葉を掛ける。

 

「安心しろ。ゴブリン以外に用は無いが、戦わないとは言っていない。そのボルドとやらを放置すれば、遅かれ早かれ街にも被害を及ぼすだろう。そうなれば、ゴブリン退治どころではなくなるのでな」

 

「ったくっ!素直に戦うと言いやがれ!」

 

「あり、がとうね」

 

 鎧戦士の言葉に、僅かな笑みを作る槍使いと魔女。

 

「……期待するなよ」

 

 少しして鎧戦士が返した。

 

「それにしても参ったな。もう少し、強力な武器を用意しておけば良かった」

 

 灰は苦い表情で、腰のシミターに視線を送る。

 

ボルドに有効とされる『深みのバトルアクス』は、ギルドに預けたままだった。

 

今から取りに行っている時間は無いだろう。

 

「その辺なら心配いらねぇぜ。あの野郎が、ギルドに掛け合っている頃だろうさ!」

 

 槍使いは、もう一台の荷馬車に搭乗している、同期戦士と少女野伏の事を説明した。

 

槍使いが灰を迎えている間、同期戦士達はギルドに戻り、受付嬢に事情を説明し、斧と盾を受け取る手筈となっていた。

 

「――ま、アイツ等が仕事をこなしてくれればの話だがな」

 

 ――頼むぜ!一応お前らを信用してんだからよ……!

 

皮肉を込めた物言いだが、槍使いは内心、同期戦士達に期待を寄せていた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

辺境西のギルドにて、受付嬢達は当惑していた。

 

「……あの、急に言われましても……」

 

 監督官候補の受付嬢は、突如戻って来た同期戦士と少女野伏の言葉に、苦慮していた。

 

『冷たい谷のボルド』の事は、勿論ギルドにも情報が届いている。

 

火の無い灰や重戦士達だけでなく、王都の正規部隊や他の冒険者達からの目撃例が、相次いでいるのだ。

 

同期戦士達の報告に、虚偽は無いだろう。

 

実際、密かに行使した奇跡『嘘発見』にも、噓は無いとの判定が出た。

 

問題は、ギルドが定めた規則が、邪魔をしていた。

 

「申し訳ありませんが、規則では御本人様の、承諾の意思を確認出来る物が無い以上、お渡しするわけには参りません」

 

「そ、そんな…!」

 

「お、お金なら幾らでも出します!こうしてる間にも、犠牲者が増える一方なんです!」

 

 受付嬢の言葉に、何とか食い下がろうとする二人。

 

わざわざ戦線離脱をしてまでギルドに戻って来たのだ、手ぶらで帰っては皆に合わせる顔が無い。

 

「そこを何とかっ!お願いします…!!」

 

 深く頭を下げ、同期戦士は尚も懇願する。

 

「……万が一紛失した場合、貴方達でどうやって責任を取るお積もりですか?」

 

「……」

 

 返す言葉が見付からず、同期戦士は視線を外し口を閉ざしてしまう。

 

――チクショウッ…!どうにもならないのかっ……!

 

同期戦士は悔しそうに顔を顰め、少女野伏は落胆の表情を見せ、半ば諦めの色を滲ませた。

 

『……え?宜しいのですか?……分かりました、ではその様に』

 

 隣に居た先輩の受付嬢が、机の引き出しから書類を取り出し、声高々に叫ぶ。

 

「皆さぁん!金鉱山の討伐戦で、戦力が不足しています!緊急で追加の募集を致しますので、参加希望の冒険者は、此方のカウンターにて受け付けます!」

 

「……受付さん?」

 

 突如の呼び掛けに、当惑する同期戦士達を余所にカウンターには、次々と冒険者達が参加の手続きの為に集まり出した。

 

「実は準備に戸惑って参加しそびれたんだよな!ちょうど良い機会だ!」

 

「折角鋼鉄等級に昇格したのに、バケモノ退治に生かさないで何処で生かすんだって話だ!」

 

「よ~し!この依頼で、経験点を稼ぐわよ。皆、準備は良い?」

 

「あたし達も参加しましょ!鉱山の皆が助けを待っているんでしょ!」

 

 気が付けば20名前後の冒険者達が、ボルド討伐戦の参加を表明していた。

 

「あ~、其処の君達――」

 

 不意に声を掛けられる同期戦士達。

 

その声は、男性のものだった。

 

声の方角に振り向くと、監督官候補の受付嬢の隣に上品なスーツに身を包んだ初老の男が立っていた。

 

「君達の要求しているのは、これ等かね?」

 

 男はカウンターに、斧と盾を並べていた。

 

それは、火の無い灰が『ロスリックの高壁』で使っていた『深みのバトルアクス』と『銀鷲のカイトシールド』であった。

 

「……あの、これは一体……」

 

 殆ど諦めていたのに、いきなり目的の物が目の前に並べ立てられ、戸惑う同期戦士達。

 

「ギルド長?!」

 

 監督官候補が、突然の出来事に隣のギルド長を見る。

 

 その男はこのギルドを取り仕切る役職を担っている、ギルドの長であった。

 

「責任は私が取ろう。それにこのまま規則に則った所で、犠牲者が増えるのはギルドのとっても大きな損失だからね」

 

 今現在、『ロスリックの遺跡』探索や怪物退治で、腕の立つ冒険者達が続々と帰らぬ人となり、新たに登録する冒険者よりも、命を落としたり引退する冒険者の数が勝り始めて居るのだ。

 

この現象は、このギルドだけに限った事ではなく、他のギルドでも同様の現象が発生していた。

 

ギルド側としても、これ以上の大人数の損失は避けたいのだろう。

 

丁寧に布で包まれた斧と盾を受け取る同期戦士達。

 

「有り難う御座います!ギルド長!!」

 

 深々と頭を下げ礼を言う、同期戦士達。

 

「君達も無事に生き残ってくれ給え。期待しているよ」

 

 ギルド長の言葉を受け、二人は早速ギルドを飛び出し馬車に搭乗する。

 

「俺達が到着するまで、持ち堪えてくれよ!みんな…!!」

 

 そして勢い良く荷馬車を走らせ、再び鉱山へと赴くのだった。

 

彼等の馬車に続き、二台の馬車が後に続く。

 

その馬車には、追加で参加を希望した冒険者達が乗り込んでいた。

 

鋼鉄等級が2党8名。

 

黒曜等級が1党5名。

 

白磁等級が2党9名。

 

合計5党22人の冒険者達が同期戦士の馬車に追従しているのであった。

 

「これだけの戦力が有れば、何とかなるかも知れねぇ!」

 

「うん!きっと皆、待ってる筈だよ。急ごう!」

 

 馬車は勢いを増し、只管に鉱山を目指す。

 

――頼むぜ、皆を犬死させないでくれよ!火の無い灰…!

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「弩砲の発射準備、整いました!」

 

「よしっ!撃てぇいっ!」

 

 前線で直接戦っている銅等級冒険者に代わり、配下の男冒険者が弩砲の射撃を指示する。

 

弩砲から放たれた黒鉄の矢は、ボルドの頭部目掛けて高速で飛来する。

 

しかしその矢は、頭部を穿つ事無くボルドの手に掴まれ、それを放り投げた。

 

「おのれ!正面から撃っても駄目か!」

 

 頼みの綱である弩砲の射撃も、眼前の怪物ボルドには通用しなくなっていた。

 

強固なボルドの甲冑を貫く攻撃が出来るのは、ほんの数名の熟練冒険者達だけだった。

 

だが下手に張り付き攻撃を加えようものなら、ボルドの纏った冷気に晒され、体温を急激に奪い去ってゆく。

 

接近した者は、凍結し攻撃どころではなくなり、直ぐに攻撃を中断し離れざるを得なくなる。

 

飛び道具の弓矢では、ボルドの甲冑を貫く事は出来ず、呪文攻撃では使用回数が限られてしまい、継戦能力に劣ってしまう。

 

そしてボルドの、強烈な反撃。

 

巨大な戦鎚の薙ぎ払いに、屈強な戦士が数名同時に吹き飛ばされ、或る者はそのまま絶命、運が良くても重症を負い戦闘不能に追い込まれていく。

 

こうして徐々に冒険者側の被害が拡大し、気が付けば過半数の冒険者達が戦線離脱を余儀なくされた。

 

まともに戦える冒険者は、既に二十数名と化していた。

 

唯一の救いといえば犠牲となったのは、大半が駆け出しの冒険者達ばかりだったのが、不幸中の幸いだろうか。

 

戦力の低下は、比較的緩やかと言えよう。

 

とは言え、戦況は圧倒的に不利で、味方側の陣営は敗色が濃厚となりつつあった。

 

「戦士職の皆は、ボルドの脚を狙え!先ずは機動力を削ぐ!」

 

 銅等級冒険者の指示が飛ぶ。

 

「もうチャンスは何度も無いぞ。これを成功させないと……!」

 

 重戦士が先陣を切り突撃すると同時に、他の戦士達も後に続く。

 

戦士達の武器が、ボルドの脚目掛けて振り下ろされるが、武器は虚しく空を切り地面を叩くのみだった。

 

「――なに?!消えたっ?!」

 

 忽然と視界から姿を消すボルド。

 

「上だ!」

 

「跳躍したんだっ!」

 

 巨体とは思えない跳躍力で跳び上がり、前衛の戦士達を楽々と飛び越すボルド。

 

「お、おい!こっちに来るぞ!」

 

 自由落下の速度を駆り、大上段から戦鎚を後衛職の魔法使い達へと叩き付けた。

 

その凄まじいまでの攻撃は大地を深く抉り、運悪く戦鎚が直撃した者は、言うに及ばず肉塊と化す。

 

恐らく痛みすら感じる暇も無かっただろう。

 

それだけではない。

 

叩き付けた戦鎚は、周囲に岩石の破片と衝撃波を無秩序に撒き散らし、多くの呪文使い達をも巻き込んだ。

 

「ぐわぁぁぁっ……!」

 

「きゃあぁぁっ……!」

 

 衝撃波に吹き飛ばされる者。

 

岩石の破片をまともに喰らい、絶命する者。

 

とうとう陣形は崩壊し、戦線は壊乱状態となりつつあった。

 

「くそったれ!こんな奴に勝てるわけねぇ……」

 

「早く…、速く逃げましょうよっ!」

 

 最早、味方の士気は総崩れとなり、戦意を喪失する者が続出し始めていた。

 

「無念だ、此処までか……」

 

 これ以上の戦闘続行は不可能と判断した銅等級冒険者は、歯軋りし撤退の旨を伝えようとする、――その時。

 

ボルドが大きく息を吸い込む姿勢を見せ、何やら準備に移る。

 

「……?何だ?ボルドの奴、何をする気だ……?」

 

 女騎士が怪訝な顔で様子を覗う。

 

「……まるで、ドラゴンが息を吸い込む感じにも見えますね」

 

 半森人の軽戦士がボルドの予備動作について推察する。

 

「……あの、それってまさか……」

 

 圃人の巫術士は不吉な予感を口に出し――。

 

「皆さん!気を付けて下さい!ブレスが来ますっ!!」

 

 男神官が叫び、周囲に警告を喚起した。

 

それと同時にボルドの口部から、全てを凍らせ粉砕してしまわんばかりの凍て付くブレスが吐き出された。

 

「盾持ちは防御!そうでない者は、可能な限り距離を開けよ!」

 

 銅等級冒険者を始め、盾持ちは各々防御体制に入り、後衛職の者は距離を取ろうとする。

 

だが、ボルドはブレスを吐くだけではなく、体を回転させブレスを全方位に撒き散らした。

 

「ぐうぅぅ……、これしき……」

 

「うぅぅ……、こ、凍え、る」

 

 全方位に撒き散らされたブレスは、周りの冒険者達を容赦無く浴びせ凍り付かせていく。

 

だがボルドの攻撃はブレスで途切れる事は無く、戦鎚を両手に持ち替え大きく振り被った。

 

そして、再び体を回転させながらの戦鎚による全力フルスウィングで、追撃を加えたのだ。

 

常識を遥かに凌駕した暴力的とも取れる一撃は、周囲の冒険者を無慈悲に吹き飛ばす。

 

盾持ちで防御していた者達は、防御ごと吹き飛ばされ、或る者は腕を圧し折られ、或る者は壁面に叩き付けられ気を失った。

 

だが彼等は、まだ運の良い方である。

 

氷のブレスをまともに受け下半身を凍らされた者は、身動きが取れずボルドの戦鎚が直撃し、上半身と下半身が泣き別れし、そのまま絶命した者も存在していた。

 

 

 

勝敗は決した。

 

 

 

「う…、うぅ……」

 

「た、たす、助け……」

 

「ちくしょう……、かえり、てぇ……」

 

 満身創痍の冒険者ばかりが、無残に横たわる光景が拡がっていた。

 

まともに動けるのは、重戦士の一党、男神官、銅等級冒険者と弩砲を操作する数名、ボルドの射程外に居た呪文使い数名のみであった。

 

「ハァ…、ハァ…、最早これまで……総員撤退っ!皆生きよっ!!」

 

 銅等級冒険者は、撤退を周囲に呼び掛ける。

 

しかし周りの反応は思いの外鈍く、撤退すらままならぬ状況にまで追い込まれていた。

 

「遅かったか……、ロスリックの怪物がこれ程までとはな……」

 

 ボルドが銅等級冒険者に狙いを定め、ゆっくりと歩み寄って来る。

 

「そこの貴殿!残りを率いて撤退せよ!」

 

 傍らに居た重戦士に指揮権を委ね、撤退を指示した。

 

「……はは、もう……、手遅れですぜ……、ダンナ……!」

 

 重戦士の顔は恐怖に引きつっていた。

 

既にボルドの戦鎚は、大きく振り上げられ、彼等の周りに薄暗い影を形成している。

 

「これも敵を見誤った、私の落ち度かっ……!……皆、済まぬっ!」

 

 銅等級冒険者の謝罪の言葉が、虚しく空を漂う。

 

もう回避は間に合わない。

 

出来る事と言えば、自分達の命を奪うであろう頭上の戦鎚を睨み付ける事だけだった。

 

そして何の前触れも無く振り下ろされる、ボルドの戦鎚。

 

迫り来る戦鎚が非常に緩慢に感じ取れる。

 

”このまま回避出来るのではないか”そう思わせる程に、ゆっくりと迫り来る戦鎚。

 

しかしどういう訳か、体はピクリとも動かない。

 

――意外と呆気なかったな。

 

重戦士の周囲から、女騎士やら何やら騒ぎ立てる声が聞こえて来るが、耳にも頭にも入って来ない。

 

彼は目を瞑り、これから訪れるであろう結末に、身を任せる事にした。

 

 

……

 

………

 

だが何時まで経っても、痛みも何も感じる事はなかった。

 

もしや痛みさえ感じ取る事も出来ない程に、瞬時に死んだのだろうか。

 

幾分冷静さを取り戻した重戦士と銅等級冒険者は、視界に飛来する火球が映り込んだ。

 

その火球を目で追う暇も無く、それはボルドに命中し、ボルドの注意は完全に重戦士達から逸れていた。

 

火球の飛来して来た方角に目をやると、数台の馬車が到着していた。

 

成る程、周りの連中が騒ぎ立てていたのは、これが原因か。

 

暫し呆けていた重戦士に、女騎士から喝が飛んで来た。

 

「何をしている!早く後退しろ!!」

 

 彼女の一喝に漸く我に返った重戦士は、ボルドから距離を取り後退する。

 

「……あの馬車は、まさか……」

 

 凝視していた数台の馬車から見覚えのある者達が、颯爽と降りて来る。

 

槍使いと同期戦士達だった。

 

「どうやら、間に合ったみてぇだな。待たせやがって……!」

 

 

 

 

 

 

 

「大分、やられたな……」

 

 少し間を空け戻って来た槍使い。

 

現場は、ほぼ壊滅といっても差支えない程に、荒れ果てていた。

 

「これは酷い……」

 

 続いて馬車の荷台から降りた灰も、半ば崩壊した戦線に顔を顰めた。

 

「……あれがボルドか、デカイな」

 

 鎧戦士と魔女も後に続く。

 

「お~い、灰のっ!これを使ってくれ!」

 

 別の馬車から降りた同期戦士が、斧と盾を灰に投げて寄越す。

 

『深みのバトルアクス』と『銀鷲のカイトシールド』を受け取り、ボルドへと向かう。

 

火の無い灰を()()()()の住人だと認識したのだろうか。

 

ボルドも他の冒険者達に攻撃を加える事は無く、注意を灰にのみ絞っていた。

 

――予想以上に被害が大きい。

 

周囲を見回すと其処彼処に犠牲となった、冒険者達の遺体が散乱していた。

 

酷いものは、元が何だったのか判別すらも付かない。

 

「……仇は討つぞ、皆……!」

 

 ――今度こそ、取り逃がした責任を果たす!

 

「Grululululu……!」

 

 低い唸り声を轟かせ、灰とボルドは互いに睨み合う。

 

「動ける者は負傷者を下がらせ、体制を整えるんだ!私が奴を引き付ける!」

 

 誰に向けるでもなく、灰は周りに指示を飛ばす。

 

「よっしゃ、任せろ!」

 

 重戦士が即座に動き、可能な限り負傷者を担いで、その場から退避した。

 

少し遅れて動ける戦士職の冒険者達も、負傷者を担ぎボルドから離れていく。

 

「君はこれで、彼等の治療を――!」

 

 灰は男神官に、『エスト瓶』と『エストの灰瓶』が入ったポーチを投げて寄越した。

 

「……お気を付けて……!」

 

 男神官は灰を気遣い、彼も無言で応える。

 

――あれが、例の剣士。…あの佇まい、纏った雰囲気……、本当に白磁の新人か?只者では無い……!

 

銅等級冒険者は、ボルドと対峙し且つ指示を飛ばす灰に目が離せないでいた。

 

「……一旦下がりましょう、頭目。何者かは知りませんが、態勢を立て直す機会は、今を置いて有りません!」

 

「……そう、だな……」

 

 追加で大勢の援軍まで来てくれた事が、彼の心に余裕を生んだのだろうか。

 

彼の仲間で部下でもある、男の戦士に連れられ、彼等も一旦その場から離脱した。

 

――よし、周りには誰も居ない。これで存分に、戦える!

 

周囲に人が居ない事を確認した灰は斧と盾を構え、ボルドに備えた。

 

両者の間に、言い様の無い独特の空間が形成されていく。

 

 

 

「お前さんにしちゃ、良い仕事したじゃねぇか。追加で援軍まで連れて来るとはよ!」

 

「……いや、悔しいが俺の力じゃねぇよ。殆どギルド長の、お力添えだ」

 

 槍使いに対し、同期戦士はギルドでの出来事を話す。

 

結局、同期戦士達の説得では、何一つ状況を打開させる事は叶わず、現状を察したギルド長が権限を行使し、機転を利かせてくれたのだった。

 

「……それでもよ、お前が連れて来た事に変わりはねえ。これはお前の実績だ!」

 

 ”少しは誇りな”と言葉を加え、彼の無念を軽く小突いた槍使い。

 

「ああ。だが先ずは、負傷者の手当てが先だな」

 

「あの人の事だから、暫くは大丈夫だよ。きっと!」

 

 同期戦士と少女野伏は、後方に運ばれた負傷者の治療に当たった。

 

「手持ちの道具が足りればいいんだが……」

 

 槍使いと魔女も、二人に続き手助けに入る。

 

 

 

「何だ?!あのバケモノは……?!」

 

「ロックイーターじゃないのね」

 

「こりゃ一筋縄じゃいかねぇぜ…!」

 

「これが、ロスリックのバケモノ……!」

 

 他の馬車から降車した、別の冒険者達も『冷たい谷のボルド』を目にし、驚愕の念を禁じ得ない様だ。

 

「わ、私達は、後方支援に徹しましょ?!」

 

 黒曜等級の一党は、負傷者の治療行為に専念する事にし、行動を起こす。

 

5人中3人が、治癒の奇跡を授かっていたのが、幸いした。

 

「とにかく、態勢を立て直さないとな」

 

 他の集団も、荷馬車から必要な道具類を取り出し、各自の意思で動き出す。

 

 

 

「成る程、数打ちの剣では歯が立たんか」

 

 ボルドの甲冑を目にし、一人分析を始める鎧戦士。

 

武器が居る。

 

奴に通用する武器が。

 

辺りを見回し、自分に見合った武器を探す鎧戦士。

 

取り回しと、威力に優れた武器。

 

「……使わせて貰うぞ」

 

 恐らくボルドの犠牲となった冒険者の物だったのだろう、落ちているそれを拾い上げ、自分の武器とした。

 

鋼の刃と金属で持ち手を補強した、程よい大きさの手嘴を。

 

 

 

「――ぬん!」

 

 地を蹴り、ボルドに疾走する火の無い灰。

 

「Guoaa!」

 

 戦鎚を振り被り、灰を叩き潰さんとするボルド。

 

両者が同時に動き、ロスリック以来の戦いの火蓋が、再度切って落とされた。

 

ロスリックを駆り返し、何度も何度も激突した、灰とボルド。

 

今度は、舞台を四方世界へと移し、両者の死闘が始まる。

 

ボルドの戦鎚が、灰の頭上から迫り来る。

 

その攻撃を灰は難なく潜り抜け、自分の間合いに持ち込む。

 

そして間髪入れずに、ボルドの頭部へ『深みのバトルアクス』を叩き込んだ。

 

 

 

 

 

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エスト瓶

 

 いつだれが作ったのか知れぬ緑色の硝子瓶。

 篝火でエストを溜め、飲んで生命力を回復する。

 不死の世界に灯る篝火と大きな関わりがあるようだが、その意味はとうに失われている。

 

 それでもなお、これが不死の宝であることに変わりはない

 

 一般には知られていないが、四方世界にも極少量出回っており、魔術の学院や研究機関は勿論

 邪教団が、研究の為に持ち歩く事すらある。

 

 不死の宝とは言ったが、実際には生者にも効果が確認されている。

 

 

 

 




 如何だったでしょうか?

後の勇者ちゃんの『太陽賛美』のポーズですが、フロム作品の獣を狩るゲームの例のポーズが、元となっています。

某太陽の騎士さんが、あのポーズを目撃したら、どんな反応を示すのやら。
「うわっはっは!」と、笑い飛ばして気にしないのか、雄叫びを上げて絶望するのか
彼の心中や如何に?

この作品で、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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