ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 気が付けば、『お盆』も過ぎ、8月も下旬に差し掛かろうとしています。
強い日差しやら台風やら、慌しい時期ですが皆さんどうお過ごしでしょうか。
私はダウンしながら、日が陰る夕方頃から少しずつチビチビと執筆しています。
(本当にチビチビとです。一日、千文字前後のペースで)

今回は2話一度に投稿します。


第32話―VSゴブリン軍団―

 

 

 

 

 

フォース

 

 武器を持つ聖職者の初歩的な奇跡。

 衝撃波を発生させる。

 

 直接的なダメージを与えるものではないが

 周囲の敵を弾き飛ばし、よろめかせ

 また飛来する矢を防ぐ効果もある。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 青々と晴れていた空の雲行きが怪しさを増し始めた。

 

重く暗い灰色の分厚い雲が、青空を染め上げてゆく。

 

まるで崖の上に佇む、異端の小鬼に呼応するかの様に――。

 

「何だよ?あの黒い奴・・・」

 

「あれ・・・、ゴブリン、よね?」

 

「ゴブリンって、緑色じゃなかったか?」

 

 周りの冒険者達が黒いゴブリンに、眼が離せないでいた。

 

「ダークゴブリン・・・!何故此処に・・・?!」

 

 灰の『ダークゴブリン』と言う言葉に皆が反応する。

 

成人の只人程の身長。

 

引き締まり、凝縮された筋肉。

 

豊かな金髪。

 

深紅の双瞳。

 

全身黒い体表。

 

整った装備と黒い鳥を彩った肩当て。

 

何もかも従来のゴブリンとは一線を画していた。

 

「あれが、ダークゴブリン」

 

「まさか本当に実在していたとは」

 

「ただの見間違いだと思っていたわ」

 

 皆が動揺を隠し切れないのも、無理は無い。

 

黒いゴブリンなど過去の記録と照らし合わせても、まるで前例など無かったのだから。

 

「お、おい見ろよ。他にもゴブリン達が・・・・・・!」

 

 冒険者の一人が言葉を発する直後、ダークゴブリンを中心に複数のゴブリン達が姿を現す。

 

ホブゴブリン3体、ホブ並みの大型種3体、中型種9体、通常種30体の、ダークゴブリンを含め計46体。

 

数だけを観れば中規模といった所か。

 

だが質がまるで違う。

 

ダークゴブリンだけでなく大型中型種は無論の事、雑兵に当たるであろう通常種に至るまで、ゴブリン全てが完全装備に身を纏っている。

 

突如現れたゴブリン集団に皆が困惑する中、大半のボルドのソウルがダークゴブリンに吸収された。

 

「よもやこんな所で、異形のソウルを入手出来ようとはな。予定外は唐突に訪れるものよ」

 

 流暢な只人の言語で、話すダークゴブリン。

 

「・・・・・・!?しゃ・・・、喋った?!」

 

 重戦士が、驚愕する。

 

――否、彼だけでなく大半の冒険者達が、同様の反応を見せていた。

 

皆が認知しているゴブリンは、独特の言語で意思疎通を交す。

 

稀にゴブリンの上位種が人族の言語を理解する事もあり得るが、大抵は拙い片言や単純な単語を幾つか述べるのみであった。

 

だが眼前の黒いゴブリンは、まるで日常でもあるかのように人の言葉を発したのだ。

 

「私達のソウルが目的か?ダークゴブリン!」

 

 動揺する冒険者達の最前列に陣取り、言葉を放つ火の無い灰。

 

「その通り。そして混沌は君臨する!貴様等は、我等が跋扈を恐れておるのだ!!」

 

 その言葉に灰を含めた冒険者達は、警戒態勢に移る。

 

無論、鎧戦士も含めて。

 

「我らに歯向かうか。戦いは偽りを炙り出す!」

 

 ダークゴブリンの言葉に呼応するかの様に、周囲のゴブリン達も武器を抜き、臨戦状態に移行した。

 

両陣営に緊張感が増す。

 

その張り詰めた空気に比例するかの如く、青かった空は今や暗い灰色に染まり、重く低い雷鳴が静かに芽吹き出す。

 

「今日この日を以て、貴公等人族は我等を深く刻み込むだろう。・・・・・・己が魂にっ!!」

 

 その言葉を終えると同時に、片手を振り上げるダークゴブリン。

 

「GUOoob!」

(弓隊構え!)

 

 今度はゴブリン自身の言葉で、側近の一人である長弓ゴブリンに命令を下す。

 

その命令通り長弓ゴブリンを筆頭に、弓を装備したゴブリン達は一斉に矢を番え、射撃体勢に移行した。

 

「ぬっ?いかん!今の我々は、ボルド戦で消耗している。今矢を射掛けられては・・・・・・!」

 

 一斉に弓矢を構えたゴブリン集団に、苦悶に顔を歪める銅等級冒険者。

 

 

 

――奇跡の回数は残り一回。一枚のプロテクションで、凌ぎ切れるか・・・・・・?!

 

男神官が錫杖を構え、皆の前に出ようとするのを、灰が手で制す。

 

「私が矢を防ぐ。もしもの為に奇跡は温存しておくんだ」

 

 灰は更に前へと歩を進め、自ら矢の的となる。

 

「――!?よせっ!自ら死にに行く気か?!」

 

 同期戦士が灰を静止させようとする。

 

「信用しろ!」

 

 灰は仁王立ちになり、腰のタリスマンを掴む。

 

その様子に固唾を呑む冒険者達。

 

「GRuOooo!」

(良かろう、先ずあの男から始末せよ。放てっ!!)

 

 ダークゴブリンの射撃の合図と同時に、引き絞られた矢が一斉に放たれた。

 

弓そのものも、今までの雑多なゴブリン達が拵えたそれとは違い、充分実戦に耐え得るべく造られている。

 

加えて鏃は、粗末な石や木材を削った簡素な物ではなく、鉄を鍛え加工された本格的な代物だった。

 

当たれば薄い鎧など簡単に貫くだろう。

 

そんな矢が数十本、灰目掛けて飛来してゆく。

 

更に武器の質だけでなく、錬度も熟達した領域だった。

 

灰目掛けて射られた矢は、寸分の狂い無く彼を射抜かんとする。

 

「ダメッ!」

 

 一部始終を目撃していた圃人の巫術士は、後の光景を容易に想像し目を瞑り顔を背けた。

 

矢が灰を射抜くその瞬間――!

 

 

 

「――フォース!!」

 

 

 

 叫び声と共に彼の周囲が突然、不可視の衝撃波で満たされた。

 

一瞬で発生した不可視の衝撃波は、全ての矢を弾き飛ばし、彼に命中した矢は一本たりとも存在しなかった。

 

「おお・・・!今のはっ?」

 

「矢が全て・・・・・・」

 

 見守っていた冒険者達が、驚きの声を上げる。

 

「今のは奇跡・・・?しかし、あんな奇跡など、僕は知らない」

 

 男神官も、初めて目の当たりにする奇跡だった。

 

それもその筈。

 

灰が行使した奇跡は、本来この世界には存在し得ない『白教の奇跡』。

 

発動と同時に一瞬だけ自分の周囲を衝撃波で包み、対象物を吹き飛ばす効果がある。

 

衝撃波自体に殺傷力は無く、防御型の奇跡に分類されるだろうか。

 

尤も、使い方次第では攻撃に転用する事も可能だが。

 

 

 

名を『フォース』と言う。

 

 

 

「GuoBu!」

(諸君、派手に行こう!全軍、攻撃開始!!)

 

ダークゴブリンの命に、弓部隊とダークゴブリン本人を除いた集団が崖を滑り降り、冒険者達に攻勢を仕掛けた。

 

「怯むなぁっ!総員迎撃せよ!戦えぬ者は下がれ!」

 

 銅等級冒険者の指揮の下、冒険者側も武器を抜き、ゴブリン集団の襲撃に備えた。

 

「ついて来た甲斐があったな。・・・・・・ゴブリン共は、皆殺しだっ!」

 

 鎧戦士は、手嘴と剣の二刀流で迎え撃つ。

 

「ボルドならともかく、小鬼如き恐るるに足らず・・・ってな!」

 

 不敵な笑いを浮かべ、『ロスリックの長槍』を構える槍使い。

 

「油断するなよ!こいつ等、装備も動きも何かが違うぞ!」

 

 大剣を構え、慎重にゴブリンの出方を覗う重戦士。

 

「農村で戦ったゴブリンとは比較にならんだろうな。・・・お前は後方から弓で援護してくれ!」

 

 『アストラの直剣』を両手に持ち替え、少女野伏を下がらせる同期戦士。

 

「ゴブリンなんざ、直ぐに倒してやる!全員準備はいいかぁ!」

 

「新人の後衛職は、サポートをお願い!」

 

 皆が皆、互いを激励し合い、消耗した体に奮起を施す。

 

程無くして両陣営がぶつかり合い、激しい戦闘が開始された。

 

 

 

「Gyoob!」

 

 槍使いに、4体のゴブリンが立ちはだかった。

 

中型種1、通常種3の構成だ。

 

恐らく一つの班なのだろう。

 

何時ものゲタゲタとニヤケた笑みを浮かべ・・・・・・る事は無く、鋭い眼光で槍使いを睨み付けるゴブリン達。

 

彼にとってゴブリン退治は精々、1、2度程度だが、これまでとは何かが違う違和感を本能的に感じ取っていた。

 

「・・・・・・何だよ、こいつ等っ!気味悪ぃ・・・・・・!」

 

 これ以上ゴブリンを視界に捕らえたくないと言わんばかりに、槍を突き出す。

 

鋭い槍の突きは狙い過たず、中型種の顔面目掛けて迫る。

 

「――な?!」

 

 しかし、槍は顔面を捉える事無く、盾で受け流され容易く回避されてしまった。

 

動揺から生まれた僅かな隙を突き、残りのゴブリンが槍使いに突撃する。

 

「Goob!」

 

 3匹のゴブリンは、其々槍使いの脚、胴、頭に狙いを定め、小剣を振るった。

 

その剣は、刃毀れも錆びも無く、真新しい鉄で出来た剣。

 

当たれば無事では済むまい。

 

「ちっ!」

 

 槍を手放すわけにもいかず、片方の腕で上段の剣を防御し、片足を上げる事で下段の剣を躱せたが、中段の剣は回避し切れず横腹を切られてしまう。

 

「ぐぉっ・・・!」

 

 切られた箇所から出血したが、幸いにも鎧に守られた傷は浅く、戦闘に支障は無かった。

 

――が。

 

その内の一体が、そのまま後方の魔女に向かって距離を詰めた。

 

「――やべ!おい行ったぞ!」

 

 後方の魔女に警戒を呼び掛ける槍使い。

 

「任せて。サジタ、ゲルタ・・・」

 

 すぐさま呪文の詠唱に移る魔女。

 

「ラディウs、あうっ?!」

 

 だがその詠唱は最後まで紡がれる事なく、中断された。

 

魔女の肩は、剣の刃が抉り込んでいた。

 

彼女が詠唱を終える直前、ゴブリンは剣を投擲し、呪文の詠唱を止めたのだ。

 

予期せぬ激痛に、肩を庇い蹲る魔女。

 

「う、うぅ・・・・・・」

 

 その無防備な隙をゴブリンは見逃す筈も無く、更に疾走し魔女に詰め寄る。

 

「・・・い、や、来ない、で・・・・・・」

 

 苦痛と恐怖で整った美貌が歪み、目尻に涙を浮かべる魔女。

 

彼女の肢体は、非常に肉感的だ。

 

世の男性のみならず、迫り来るゴブリンにとっても魅惑的に映るのだろう。

 

後衛職の彼女が、格闘戦など出来よう筈もなく、組み伏せられた後何をされるのかは火を見るよりも明らかだ。

 

「クソっ、お前等退きやがれっ!!」

 

 槍使いが助けに入ろうとするも、残りのゴブリンに邪魔をされ、思う様に動けない。

 

「いや、だ、れか・・・・・・」

 

 助けを懇願するも虚しく、彼女はゴブリンに接近を許してしまった。

 

だが、そのゴブリンは彼女の陵辱が目的ではなかった。

 

透かさず、彼女の後方へ回り込み、チョークスリーパーの要領で両腕両足を使い、彼女の首を締め上げた。

 

そう、このゴブリンは、最初から仕留める事を目的としていたのだ。

 

「う、ぐ、ぐぇ、げぁ・・・・・・」

 

 器官を締め上げられ、呼吸が奪われ、尚も酸素を求めようと瞳が宙を泳ぐ。

 

「くそ!くそぉっ!!」

 

 槍使いが必死に駆け寄ろうとするも、やはり邪魔が入り事態は悪化するばかりか、焦りが自身を疎かにし、自らもゴブリンの攻撃に身を晒してしまい、余計なダメージばかりを負う。

 

彼女の意識が次第に遠のき、脱力状態に陥り失禁してしまう、刹那。

 

彼女を締め上げていたゴブリンの頭部が、砕け散った。

 

「ゲェホッ!グホォッ!がはっ、ハァ・・・、はぁ、・・・は・・・」

 

 ゴブリンの拘束から解き放たれた魔女は、激しく咳き込みながら呼吸を整える。

 

「下がっていろ」

 

 彼女を救ったのは、自身も良く知る冒険者、鎧戦士だった。

 

彼は魔女に一瞥を暮れる事もなく、槍使いの救援に向かう。

 

槍使いはどうにか持ち堪えている様だが、分が悪い。

 

たった一匹のゴブリンでさえ、桁違いの錬度を誇る上に、それが3匹。

 

まだ善戦している方だろう。

 

鎧戦士は、一体の通常種に狙いを定め、手嘴を振るった。

 

だがゴブリンは即座に反応し、剣でそれを防御する。

 

彼はそんな結果に臆する事無く、もう片方手にした剣を横に凪ぐ。

 

剣は脇腹を掠め、傷を負わせたが些か浅かった。

 

彼は止めを刺そうと詰め寄るが、もう一体の通常種が小盾で庇う。

 

「ぬぅっ・・・!」

 

 彼は僅かに呻きながらも、押し合いの状況に持ち込んだ。

 

「Guruo!」

 

 槍使いと戦闘中の中型種が何やら叫び、傷を追っていた一体のゴブリンは何処かへと逃走してしまった。

 

「こいつ等、味方を庇いやがった。・・・・・・ゴブリンの癖に!」

 

 驚愕する槍使いの言う通り、ゴブリンは傷付いた仲間を庇い、撤退を促したのだった。

 

本来なら同胞が傷付こうが死のうが、嘲る様なゴブリンが仲間を庇う。

 

こればかりは、槍使いも初の経験だった。

 

「こいつ等はどう言う訳か仲間意識が強く、俺達の常識を簡単に覆す。これまでの小鬼と一緒にすると痛い目を見るぞ!」

 

「けっ!まさか、お前に助けられるとはよ・・・・・・!」

 

 鎧戦士の救援に悪態を吐きながらも、残り2体のゴブリンと対峙する槍使い。

 

「GuooBu!」

 

 しかし何を思ったか、2体のゴブリンは警戒しつつ逃走してしまった。

 

「なっ?!・・・こいつ等逃げやがった!」

 

「引き際も心得ているのか。想像以上に出来るぞ、このゴブリン共」

 

「チクショウ!一匹すらまともに倒せねぇとはっ・・・!」

 

 やられるだけやられて、逃げられてしまった現実に歯軋りする槍使い。

 

「俺は他の救援に回る。お前は、あの女を診てやれ」

 

 鎧戦士は淡々とそう告げ、去って行く。

 

「――るせぇっ!俺に指図するんじゃねぇ!!」

 

 余程悔しかったのだろう、既に視界から消え去った鎧戦士に怒鳴り散らしながらも、魔女の元へと駆け寄った。

 

 

 

冒険者とゴブリンの乱戦は尚も続いている。

 

巫術士と少年斥侯の前に立ちはだかり、半森人の軽戦士がゴブリン集団相手に剣を振るっていた。

 

ゴブリン達の高い錬度に、苦戦する軽戦士。

 

次第に追い詰められ、中型種が彼の剣を弾き、二体の小型種が圧し掛かった。

 

「ぐっ?!このままではっ!」

 

 地面に引き倒され動きを封じられた彼の眼前には、剣を構えたゴブリンが顔面目掛けて突いて来た。

 

軽戦士に刃が突き刺さる寸前、飛来した手嘴がゴブリンの肩に直撃し、苦痛で堪らず軽戦士から離れる羽目になった。

 

救援に駆け付けた鎧戦士が、手嘴を投擲しゴブリンを攻撃したのだ。

 

鎧戦士は、そのままの勢いで剣を薙ぎ、軽戦士を押さえていた一体のゴブリンを切り付け、振り向き様にもう一体を切った。

 

拘束から解かれた軽戦士は、直ぐに起き上がり武器を拾い上げながら構えなおす。

 

「・・・・・・礼を言います」

 

「まだ仕留め切れていない」

 

 傷付きながらも、此方を睨み付けるゴブリン集団。

 

その集団に対峙する、鎧戦士と軽戦士。

 

睨み合いが続く中、突如ゴブリン達はその場を去ってしまった。

 

「な?・・・・・・逃げた?!」

 

 後ろに居た少年斥侯が叫ぶ。

 

「矢張り撤退か。こいつ等の真意が読めん」

 

 不利と見るや我先に逃げ出す従来のゴブリン達とは違い、この集団は事前に打ち合わせしていたかのような動きで、戦場から去ってしまった。

 

これは完全に敗走ではなく、戦力の温存を意識した撤退だった。

 

その証拠に、崖の上で指揮を執るダークゴブリンは、それすらも視野に入れているのか、目くじら一つ立てる事はなかった。

 

「攻めるのが目的ではないのかも知れません」

 

「では、奴等の目的は何だ?」

 

 結局ゴブリン集団の真意が読めず、軽戦士も鎧戦士も押し黙ってしまった。

 

 

 

上品な服装に身を包んだ大柄のゴブリン、書記ゴブリンは導火線に火を点けた道具を冒険者の集団に投擲した。

 

「な、何だ?!・・・煙が・・・、ゴホッ、ゲェホッ・・・・・・!」

 

 投擲した道具から濃密な煙が引き出し、激しく咳き込む冒険者達。

 

「こ、この臭いは、硫黄と松脂の混合物かっ!」

 

 咳き込んだ冒険者の一人が、煙の正体に気付く。

 

書記ゴブリンが投擲したのは、硫黄と松脂を混合させた固形物に火を点け、其処から発生する煙は人体に悪影響を及ぼし、広範囲に渡り視界と呼吸を阻害する。

 

咳き込み、碌な動きも取れない冒険者達。

 

その隙を縫う様に書記ゴブリンは、一体のホブゴブリンと数体のゴブリンを引き連れ、弩砲目掛けて走り出す。

 

書記ゴブリン達は、弩砲を強奪しようとしていた。

 

因みに即席の布マスクで口元を覆っている為、ゴブリン達に毒煙は殆ど影響が無い。

 

筋力に優れるホブゴブリンが弩砲を担ぎ上げ、書記ゴブリンと数体の通常種が弩砲の矢を持ち運び、早々と戦場から離脱してしまった。

 

「く、くそ。貴重な弩砲が――」

 

 持ち去られた弩砲を取り返そうと、追い駆けようとする冒険者達。

 

「馬鹿モン!弩砲なぞ、放っておけ!今は戦列に参加せよ!」

 

 前線で戦う、銅等級冒険者からの怒号が飛んで来た。

 

彼は、重戦士と女騎士と共に、格闘術を駆使するホブゴブリンと死闘を繰り広げていた。

 

彼等の巧みな剣術で格闘ホブを攻め立てるが、両腕に装備されたバックラーで受け流され、ホブとは思えない軽快なフットワークから繰り出されるパンチのコンビネーションに翻弄されていた。

 

「格闘術を使うホブゴブリンだと?!聞いた事が無いぞ!」

 

 女騎士は、ホブの格闘術に押され気味だった。

 

「ゴブリンにこれ程手こずるとは、私が未熟なのか奴等が特別なのか・・・・・・!」

 

「防戦一歩じゃジリ貧ですぜ!何とか反撃しないと!」

 

 銅等級冒険者と重戦士が反撃を試みるものの、効果の程は薄い。

 

銅等級冒険者の手数の多い刺突剣で牽制し、隙を突いた重戦士の大剣で致命傷を狙うが、格闘ホブは予め読んでいたのだろうか?

 

手数のみの刺突剣を殆ど無視し、威力に優れた大剣の一撃を警戒し、バックラーで受け流す。

 

更に女騎士が攻め込むが、格闘ホブは身を捻りカウンターの裏拳で彼女を吹き飛ばした。

 

「くそっ!手強い・・・!」

 

 事態が好転せず、歯痒い思いをする3人。

 

別の場所では、鋼鉄等級や黒曜等級の集団が戦闘中だったが、正直攻め手に欠いていた。

 

火の無い灰も冒険者達の援護に入ろうとするも、長弓ゴブリン達の弓矢と大シャーマンの呪文に妨害され、分断されてしまう。

 

加えて残りのゴブリン集団の集中攻撃に遭い、凌ぐので精一杯だった。

 

「どうにかして流れを変えないと、なぶり殺しに遭うだけだ」

 

 負傷させればゴブリン達は撤退するが、その前に消耗や疲労で味方側が斃れるだろう。

 

ロスリックのボルド戦と言い、この戦闘と言い、仲間を気遣いながらの戦闘に気持ちばかりが焦る灰。

 

 

 

崖の上から、戦況を見ているダークゴブリン。

 

その後方から突如、色付きの煙と破裂音が耳を打つ。

 

それは偵察を専門とした、物見ゴブリンが発射した信号弾だった。

 

――頃合か。

 

信号弾を確認したダークゴブリンは、地を引き裂かんばかりの雄叫びを上げた。

 

 

 

「GUuOooooBu!!」

(全軍に通達!我等が計、成就セリ!繰返す!成就セリ!!)

 

 鉱山全域に轟かんばかりの咆哮に、ゴブリンだけでなく、冒険者達も反応した。

 

「何だ?今の雄叫びは・・・・・・」

 

「「「「「「GYOoooooBuu!!!」」」」」」

 

 冒険者達の反応を余所に、ゴブリン達の間から鬨の声が一斉に湧き起こる。

 

皆一斉に武器を振り上げ、歓喜に身を委ねているのだ。

 

「GruOoaa!」

(これより、殿はこの俺が引き受けん!・・・・・・大シャーマン!!)

 

 殿を買って出たダークゴブリンの命を受け側近の一人、大シャーマンが呪文の詠唱を始める。

 

ダークゴブリンの咆哮と、その他のゴブリンの勝ち鬨に、冒険者達は思考が追い付かない。

 

そうこうしている内に大シャーマンが詠唱を終え、呪文を行使した。

 

何も無い空間から突如風が巻き起こり、崖から眼下の冒険者達に激しい風が吹き荒れる。

 

「・・・・・・!。たかだか風を巻き起こした程度で、それが何だ?!」

 

 大シャーマンが行使したのは、真言魔法『突風《ブラストウィンド》』。

 

対象の範囲内に風を巻き起こし、範囲内を影響下に置く呪文だ。

 

高位の使い手にになると、直接風圧で傷を負わせる事も可能になる。

 

細かい砂粒が巻き上げられ、半ば砂嵐となって冒険者達の視界と動きを遮った。

 

「ぐわぁぁぁ・・・、め、目がぁ・・・・・・」

 

 冒険者達の中には運悪く、荒れ狂う風の中で砂粒が目に侵入し、痛みにのたうつ者さえ現れた。

 

その大混乱の最中、ゴブリン達は事前に用意しておいた布マスクで顔を覆い、定められた経路で逃走を終えていた。

 

「に、がす、か・・・、ゴブリン共・・・・・・!」

 

 遮られた視界の中で、鎧戦士だけは執拗にゴブリンを追撃しようとする。

 

「GUOBU」

(させんよ、鎧の冒険者!)

 

 ダークゴブリンはその動きを見逃さず、大きく息を吸い込む。

 

その後吐き出されたそれは、大シャーマンの起こした風に乗り、眼下の冒険者達を蝕んだ。

 

「うをあぁぁ・・・っ!」

 

「ぐぎぃゃやあ・・・・・・!」

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

 濁った茶褐色に染められた砂塵の中から、冒険者達の悲鳴が木霊する。

 

「うおぉお?!何だこれはっ?!」

 

「か、体中が痛えぇっ!!」

 

「ぐごぉおお・・・・・・!」

 

 中には重戦士や槍使い達の悲鳴も混じっていた。

 

 

 

――こ、これは。大喰らいの結晶トカゲのブレス――!

 

 

 

火の無い灰だけは、体を蝕み傷を負わせる正体に勘付いていた。

 

ダークゴブリンが吹き付けたのは、魔力の属性を持つブレス攻撃。

 

『灰の墓所』で、『大喰らいの結晶トカゲ』を滅ぼしソウルを奪ったのである。

 

このブレス単体では影響範囲に乏しい為、風の呪文で追い風とし、ブレス範囲を拡大させたのだった。。

 

やがて砂塵が晴れ視界が戻る頃には、立っていられた冒険者は極僅かだった。

 

大半の冒険者は地に倒れ伏し、最早戦える状態ではない。

 

風によって範囲拡大されたブレスは、皮肉にも代償として威力をも拡散させる結果となり、死者そのものは皆無だった。

 

それだけが、せめてもの救いだろうか。

 

「うぅぅ・・・」

 

「ぐ・・・、あぁぁ・・・」

 

「ハァ・・・、ハァ・・・」

 

 息も絶え絶えに苦痛に喘ぐ冒険者達。

 

「・・・まさか、この俺がゴブリン共に――!」

 

 鎧戦士も、戦闘不能に追い込まれていた。

 

そして崖から一気に飛び下り、瓦解した冒険者達に立ち塞がるダークゴブリン。

 

「混沌は君臨する。・・・・・・我等の軋轢は、逃れ得ぬものだ!」

 

「・・・・・・知った事かよ・・・・・・!」

 

 剣を支えに立ち上がる冒険者が、一人――。

 

火の無い灰だった。

 

「最後の・・・・・・回復だ・・・・・・」

 

 残り少ない集中力でタリスマンを握り締め、奇跡『回復』で傷の回復を図る。

 

――緑化草を温存しておいて正解だったな。

 

残り一つの『緑化草』を咀嚼し、スタミナ回復も図る。

 

――まともに戦えるのは、最早俺一人だけか。

 

恐らくこれが最後の抵抗となるだろう。

 

――その時!

 

「頭目ぅ~~!!」

 

 後方から早馬に乗った冒険者が一人駆け付けた。

 

「助っ人・・・じゃねぇな・・・」

 

 最後の体力で辛うじて立っていた、同期戦士は駆け付けた冒険者に視線を向けるが、直ぐに援軍の為にやって来たのではないと確信する。

 

なぜならその冒険者も、重傷を追っていたからだ。

 

「・・・・・・何事だ!戦闘中なるぞ!」

 

 一応立っていた銅等級冒険者は、傷だらけの彼を窘める。

 

彼自身にも他人を気遣える余裕は、残されていないのだ。

 

「倉庫地帯が・・・・・・、・・・・・・襲撃されました!!」

 

「――・・・・・・何、だと?!」

 

 負傷した冒険者の報告を聞き、驚愕の余り目を見開く銅等級冒険者。

 

彼の報告は――。

 

銅等級冒険者の留守中、依頼人の所有する物資集積所が襲撃された事。

 

その犯人は、小規模なゴブリン集団であった事。

 

ゴブリンの戦闘力と機敏さが異様に高く、自分を残し全滅した事。

 

そのゴブリン達は、皆が共通して、黒い鳥の紋様を彩った肩当てを身に着けていた事だった。

 

「・・・・・・黒い鳥の肩当て・・・・・・」

 

 報告を聞いた銅等級冒険者は、眼前のダークゴブリンを見やる。

 

「こいつも・・・、黒い鳥の肩当て・・・・・・、まさか・・・、ま・・・さ・・・か・・・・・・」

 

 ある事実に気付いてしまった彼は、愕然とする。

 

認めたくはなかった。

 

――が、起こり得た現実は変え様が無い。

 

ダークゴブリンの目的は、襲撃ではない。

 

あれだけの質と戦術を駆使する程の、統率力と知性を滲ませた、ダークゴブリン率いる集団。

 

そして、手際の良い撤退戦術。

 

眼前の黒いゴブリンの目的。

 

「我々の目を引き付ける、陽動と囮が目的・・・だったのか・・・・・・!」

 

 そう、この集団の目的は、襲撃と見せ掛けておいて、かなりの実力を持つ銅等級冒険者の集団を鉱山に引き付けて置く事が目的であった。

 

その隙に別働隊が、防備の手薄となった倉庫地帯を襲撃。

 

短時間で終わらせる為、別働隊の指揮は、身軽さと俊敏さに長けた『バンダナゴブリン』が率いる事なった。

 

結果作戦は大成功を収め、物見ゴブリンの信号弾を合図に全軍撤退を指示したダークゴブリン。

 

唯一の想定外は、『冷たい谷のボルド』の乱入だった。

 

しかしダークゴブリンにとってそれは、嬉しい誤算となった。

 

戦力の消耗を抑える事が出来た上に作戦の成功率は上昇、加えてソウルを入手出来たのだから――。

 

「お・・・、ノ、・・・れぇ・・・、ごブリん風情ガぁっ・・・・・・!!」

 

 耐え難い程の屈辱と怒りで、疲労も苦痛も無理矢理塗り替える銅等級冒険者。

 

依頼人の信頼を失い、仲間を失い、苦労と時間を掛け築き上げてきたものが、たった一日で崩壊したのだ。

 

 

 

            ――ダークゴブリンによって――。

 

 

 

「――ゴブリン風情がぁっ!!!」

 

 完全に逆上した彼は、盾を投げ捨て両手に持ち替えた刺突剣をダークゴブリンに突き出す。

 

「認めよ。混沌こそ世界の意思!」

 

 渾身の力で突き出された刺突剣を掻い潜るダークゴブリン。

 

「フンッ!!」

 

 カウンターで繰り出された膝蹴りが、彼の鳩尾にめり込む。

 

「ゲボォァッ?!」

 

 瞬時に呼吸が止まり、胃液を吐き出し、武器を落としてしまった。

 

「セッ!」

 

 追撃の重いフックが彼の顔面を捉え、近くの馬車まで吹き飛ばす。

 

馬車の幌に激突し、彼も戦闘続行不能となった。

 

「冒険者共よ、心せよ!世界は混沌より生まれ出でしもの!」

 

 ダークゴブリンの深紅の目が、冒険者達に向けられる。

 

「な、何よ・・・。反則でしょ。このゴブリンの強さ」

 

「終わる時は、意外と呆気無いものだな・・・・・・」

 

 少女野伏や女騎士は、半ば心が折れかかっていた。

 

「くそぉっ、もう立つ力が・・・・・・」

 

「クソッタレがぁ、俺達の最後はゴブリンかよ。・・・よりによって!」

 

 重戦士や槍使いは、必死に立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

 

後方に居た呪文使いや、聖職者達は比較的傷が浅かったが、完全に戦意を喪失し使い物にならないだろう。

 

そんな中、ただ一人剣を構え、ダークゴブリンに立ちはだかる者が一人――。

 

「そんなに混沌がお気に入りなら、塵芥に・・・・・・イザリスに帰してやる。ダークゴブリン!」

 

 スモールシールドを前に突き出し、シミターを腰溜めに据え、睨み付ける。

 

深緑のフードマントは、ブレスの影響を受けたのか既にボロボロ、ほつれた隙間からアイアンヘルムが見え隠れする。

 

「・・・矢張り貴公が立ち塞がるか、灰とやら」

 

 ダークゴブリンも漆黒の剣を抜く。

 

嘗て、牧場にて灰が倒した『ダークレイス』の剣――。

 

『ダークソード』を。

 

「お前が何を望み、何を成さんとしているかは、定かではない。・・・・・・だが、全てが思い通りなるとは思わない事だ!ダークゴブリン!」

 

 構えながら少しずつ、間合いを詰めて行く灰。

 

「全ては救済よ!」

 

「世迷言を!!」

 

 両者の足が地を蹴り、火の無い灰とダークゴブリンの剣が激突する。

 

地に倒れ伏した者、辛うじて立っている者含めて皆、両者の戦いを見守っている。

 

今此処に、鉱山最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

緑化草

 

 大輪の花のような緑の草。

 一時的にスタミナの回復速度を上げる。

 

 住んだ水辺に自生するという一年草。

 ファランの不死隊がこれを用い大剣を縦横に振るったことで知られている。

 

 

 

 

 

 




 それにしても、戦略視点で描く事の何と難しい事か。

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