ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 随分と長い鉱山での戦いになってしまった。

予定ではもう少し短くするつもりだったのですが。


第33話―ゴブリンスレイヤー―

 

 

 

シミター

 

 小型の曲剣。

 軽快な動きと連撃に真価を発揮する。

 

 鋭い刃で敵を切り裂く斬撃攻撃は

 金属鎧や硬いウロコなどに効果が低い。

 

 戦技は「回転斬り」。

 大きく回転しながら敵を斬りつけ

 またその勢いのまま、回転縦斬りの強攻撃に繋げられる。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 雷鳴轟く暗雲が、雨粒を地に落とし給う。

 

 

 

それは激しさを増し、気候は雨天へと塗り替えられた。

 

まるで辺境開拓村の夜間戦闘を髣髴とさせる。

 

火の無い灰、ダークゴブリン、両者の剣が激突し火花を散らす。

 

「ぬあぁぁぁ・・・・・・!」

 

「GRooB・・・・・・!」

 

互いに一歩も譲らず、拮抗状態を維持しているかに見えた。

 

突如、ダークゴブリンが力尽くで鍔迫り合いを解き、灰に向かって剣の連撃を見舞う。

 

左右の切り返しから横薙ぎ、切り上げ、一回転切りへと繋いだ。

 

灰は、その連撃を全て剣で裁き、一回転切りを受け止める。

 

しかしダークゴブリンは、その勢いを消す事無く、更にもう一回転切りを繰り出した。

 

灰はその回転切りも見切り、小円を描く体捌きで、それを避ける。

 

彼も体捌きの勢いを借り、回し蹴り、横薙ぎ、回し蹴りの連携で反撃した。

 

ダークゴブリンは蹴りを避け、横薙ぎを剣で流しながら最後の回し蹴りを屈んで回避する。

 

そして即座に灰の足下を狙った、下段切りを見舞った。

 

灰は脚を上げ、下段切りを回避すると、続け様に回転切りが迫る。

 

その攻撃を剣で受け、再び鍔迫り合いに縺れ込んだ。

 

灰とダークゴブリンは再び睨み合うが、間髪入れずに蹴りを見舞うダークゴブリン。

 

灰は蹴りを躱し、突きで反撃するが、それは剣で止められた。

 

ダークゴブリンは透かさず灰の手元を蹴り上げ、僅かに生じた隙を突き、彼の胸部に回し蹴りを食らわせた。

 

「うぐっ?!」

 

 その蹴りを胸元に受け、数メートルずり下がる灰。

 

膝を着き見上げた時には、頭上からダークゴブリンの剣が迫っていた。

 

灰は咄嗟に後方にローリングする事で辛うじて回避し、ダークソードは地面を抉るが、灰の体勢は依然として整っていない。

 

「――GooBっ!!」

 

 ダークゴブリンは声を上げながら、灰に向かって剣の疾走連撃を繰り出し、更に跳躍しながらの錐揉み回転切りを見舞った。

 

ダークゴブリンの疾走に合わせるかの様に、灰も後退しながら怒涛の連撃を捌き凌いでいく。

 

ダークゴブリンの攻めは続き、灰は後方の岩場に追い詰められ、逃げ場が無くなった。

 

背面には岩場、追い詰められた灰にダークゴブリンの容赦の無い攻めが襲い掛かる。

 

ダークゴブリンの2連袈裟切りを剣で捌き、渾身の横薙ぎを屈んで避けた後、背面の岩場を利用した三角跳びでダークゴブリンを飛び越えた。

 

位置関係が逆転した事で、反撃に転じる灰。

 

ダークゴブリンも即座に対応し、両者の激しい連撃がぶつかり合う。

 

灰の苛烈で流麗な猛連撃、ダークゴブリンの粉砕が如くの重連撃――。

 

灰のシミターが、敵のダークソードが、斬撃と刺突の混在した縦横無尽の刃が合わさる度に火花を激しく散らせ、何度も何度も激突する。

 

互いの刃が合わさる度に、重い金属音と両者の掛け声のみが、鉱山を支配していた。

 

その激しい剣戟を半ば放心状態で見守る冒険者達。

 

鎧戦士を含め灰の戦い振りを知っている冒険者達はともかく、灰をよく知らない冒険者集団は唖然とした様子で見守る事しか出来なかった。

 

何十合と続く剣のぶつかり合いに言葉すら浮かばず、無言で固唾を呑む彼等。

 

両者とも実力は伯仲しているだろうか。

 

――否。

 

僅かずつではあるが、ダークゴブリンが押し始めた。

 

激しい連撃の応酬の後、灰の突き攻撃を剣で弾くダークゴブリン。

 

その生じた隙をダークハンドを纏った掌底で、灰の水月を穿った。

 

闇のソウルを纏ったダークハンド。

 

ダークハンドは防御、吸精だけでなく、攻撃にも転用出来る。

 

その威力が上乗せされた掌底突きの直撃を貰い、腹を手で庇い咳き込む灰。

 

「ゲホッ、ガホッ、ガフッ・・・・・・、はぁ、はぁ、相変わらず桁違いの戦闘力だ・・・・・・!」

 

 よろめきながらも立ち上がり、再び構える灰。

 

しかし、その隙に付け込んだダークゴブリンの剣が、灰の胸部を捉えた。

 

横一閃に振り抜いたダークソードは、灰の胸元を切り裂く。

 

皮の胸当てごと切り裂かれ、紅い鮮血が噴出した。

 

「あぐぁぁっ・・・!」

 

 胸元を手で押さえ、数歩引き下がる灰は、苦悶の表情を浮かべた。

 

「無様だな、灰とやら。最後に残った貴公でその程度か。尤も成長途中の貴公が粋がった所で結果など見えていたがな。・・・・・・これで理解しただろう、この世界を救済するのは混沌。――その混沌より生まれ出でし我らゴブリンのみが、この腐り切った世界を浄化出来るのだ!」

 

 圧倒的優位に立ったダークゴブリンは更に間合いを詰め、情け容赦の無い攻撃で追い詰めてゆく。

 

腕を、大腿部を、肩口を、腹部を、体中至る所にダークソードの刃が刻まれる。

 

その連続攻撃は、致命傷とは成らずとも、灰の活力と生命力を徐々に削ぎ、確実に死へと誘われつつあった。

 

全身から血を流し、雨水と血が交じり合った水溜りを地面に形成していく。

 

 

 

 一人の冒険者が傷付いた体に鞭打ち、戦局を打開させんと案を巡らせていた。

 

 

 

――僕の奇跡は後一回。・・・・・・何を行使すれば良い?!どの奇跡が彼とって必要だ・・・・・・!

 

 

 

地母神の男神官は、眼前の戦いを注視しながら、残り一回の奇跡をどう使うかを決めあぐねていた。

 

ホーリスマイトやホーリーライトは、ダークゴブリンごと灰も巻き込むため除外。

 

プロテクションも敵の敏捷性を見れば、有効策とは言い難いだろう。

 

彼が考えれば考えるほど時間ばかりが経過し、その度に灰が不利に追い込まれていく。

 

「・・・・・・くそっ!どれが有用だ?!――どの奇跡が・・・・・・!」

 

 錫杖を握る手に、力が無駄に込められる。

 

「・・・・・・其処の神官、奇跡は後何回だ?」

 

 ふと傍らから声が聞こえて来た。

 

声に視線を向けると、傷付いた鎧戦士が無理にでも立ち上がろうとしていた。

 

「・・・・・・後何回だ・・・・・・?」

 

 彼の声は弱々しく掠れがかっている、恐らく消耗が激しいのだろう。

 

「残り一回です」

 

「治癒の奇跡を頼めるか。動ける程度で良い・・・・・・」

 

 此処で彼一人が動いたところで、どれ程の成果が見込めるのか。

 

正直不安はあったが、このまま手をこまねいているよりは遥かに良い。

 

男神官は彼に奇跡を行使する事に決めた。

 

「・・・いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れ下さい・・・」

 

 全神経を集中させ、残り一回の治癒に全てを賭けた。

 

どうせなら徹底的に回復してもらいたいものだ。

 

男神官の脳裏に、何かを転がす音が聞こえた気がした。

 

乾いた何かを転がす音に意識を向ける暇も無く、鎧戦士に触れた手が激しく輝き、聖なる光が包む。

 

次の瞬間、鎧戦士の傷と男神官自身の傷も同時に回復していた。

 

「・・・・・・これは?」

 

 普段起こり得ない現象に戸惑う男神官。

 

それもその筈。

 

彼が奇跡を行使する時、盤上を見下ろす神々も2個の骰子を降っていたのだ。

 

その時の出目は、二つとも6。

 

クリティカル判定だった。

 

その結果、両者の生命力はほぼ全快にまで回復し、戦闘前の状態に戻ったと言って良い。

 

「・・・・・・驚いたな、これ程に回復するとは・・・・・・」

 

 ほぼ全快した体を見回す鎧戦士。

 

「運が良かったのでしょう。普段以上に効果を発揮してくれました。・・・・・・それよりも、何か打開策は無いのですか?」

 

 鎧戦士に尋ねるも”これから探す”という言葉に、些かの失望を覚える男神官。

 

「だが動けなければ、何一つ変える事は出来ん。考え、行動し、事を成す。重要なのは其処だ!」

 

 彼は断言した。

 

嘗て彼の師から教わった、過酷とも切り離す事の出来ない教え。

 

常に考察し、行動に移す――。

 

その教えが彼を今日まで生き延びさせた。

 

そしてこれからも、それは変わらない。

 

「荷馬車でこれを拾った」

 

 男神官に見せた小型の壷。

 

「・・・・・・ん?油壷・・・ですか・・・・・・」

 

 彼の言う通り、それは獣油の詰まった『油壺』だった。

 

「油は良く燃える、水で消火出来るものではない」

 

「・・・・・・それは分かりますが、もう一手欲しい所ですね」

 

「動けるなら、探す。手を貸せ!」

 

 時間を掛けてる余裕は無いが、動かなければ状況は永遠に好転しない。

 

二人は即座に動き、使える物や打開出来る物を探し始めた。

 

 

 

「うぅおぉぁぁっ!!」

 

 ダークゴブリンと灰に突如割って入る同期戦士。

 

残り少ない体力を振り絞り、渾身の力を持って剣の連撃を振るった。

 

「・・・・・・何だその粗末な技は・・・・・・!」

 

 移動する事も無く、全て避け切るダークゴブリン。

 

同期戦士自身も、ある程度の剣技に覚えがあった。

 

全て、冒険者と成ってからの後付けではあったが。

 

だが灰に比べて予み易い剣筋は、掠る事も無く容易に回避され、傷を負わせる事すら出来ずにいた。

 

「まぁいい、お遊びに付き合ってやろう」

 

 ほくそ笑んだダークゴブリンは、同期戦士の剣を捌き、攻守を瞬時に入れ替えた。

 

「ぐっ!ひっ!がっ!あぐっ!」

 

 彼を傷つけないように、丁寧で労わるかの様な慈悲に満ちた剣技で、同期戦士を弄ぶ。

 

彼は必死で攻撃を防ぐが、ダークゴブリンの剣圧を受け切れず、防御ごと体力を削られてゆく。

 

「貴公、しっかり受け止め給えよ!」

 

 わざわざ予測し易い大袈裟な予備動作で、大上段に構えるダークゴブリン。

 

「ぬんっ!」

 

 そして単純に片手で剣を振り下ろす。

 

「ぐうぉ?!」

 

 既の所で剣を受け止めたが、余りの威力に腕をダラリと下げてしまった。

 

彼にはダークゴブリンの剣圧を受け切る事は出来なかったのだ。

 

「ぁぁあああぁぁっ・・・・・・」

 

 痛みに悶え、膝を着く同期戦士。

 

幸い腕の骨に亀裂が入っただけで済んだが、直ぐ其処にダークゴブリンが悠然と歩み寄って来る。

 

「・・・・・・さぁ、どう料理して欲しい?」

 

 場違いに穏やかな口調で言葉を掛けられ、恐怖で身動き一つ取る事が出来ない同期戦士。

 

「終わりだ」

 

 その言葉と共に、幕を下ろさんと再び剣を振り上げるダークゴブリン。

 

「――Gro?!」

 

 その時、ダークゴブリン目掛けて矢が飛来する。

 

「――GUBッ!」

 

 空いた手で、飛来した矢を掴む。

 

矢の方角に視線を向けると、半森人の少女野伏が次の矢を番えていた。

 

「あたって!」

 

 透かさず矢を射るが、ダークゴブリンも掴んだ矢を投げ、矢を矢で打ち落とす。

 

「――そんな・・・!」

 

 普通なら有り得ない芸当に、戦慄を覚える少女野伏。

 

「サジタ、インフラマエ・・・・・・」

 

 そのままダークゴブリンは、野伏せに向かって手を翳し、呪文の詠唱に入る。

 

「返礼だ、ラディウス!!」

 

 掌から真言呪文『火矢《ファイアーボルト》』が放たれた。

 

しかし、その火矢は、十数本から成る散弾状で打ち出され、彼女に回避場所すら与えない面制圧を以って打ち返した。

 

所謂ショットガンとして射出したのである。

 

「あぁぁぁ・・・・・・!」

 

 散弾状の内、二発は彼女の手足に命中し、行動不能に至らしめた。

 

本来なら火矢の呪文は、単発で敵を焼きながら射抜く、威力重視の呪文である。

 

しかしダークゴブリンは有り余る魔力で、火矢を拡散させ、威力を代償に面制圧重視に細工したのだった。

 

 

 

――これもソウルの成せる業か――。

 

 

 

「・・・何と他愛無い、鎧袖一触とはこの事よ!」

 

 少女野伏の体中到る所が火傷に見舞われ、彼女は蹲る。

 

「貴ぃ様ぁっ!!」

 

 激昂した同期戦士は、痛む腕を無視し剣を拾い上げ、怒りに任せた攻撃を繰り出す。

 

「俺も手を貸すっ!」

 

 何時の間にか槍使いも立ち上がり、攻撃に参加した。

 

荒削りだが、二人の激しい連続攻撃がダークゴブリンに向けられる。

 

「どうした?せめて掠める位したらどうだ」

 

 鋭さを増した同期戦士と槍使いの連続攻撃も全く通用せず、いとも簡単に躱わされてゆく。

 

攻撃の隙間を縫い、剣の腹で二人を殴り付けるダークゴブリン。

 

「ぐはっ!」

 

「げぇあっ!」

 

 同期戦士と槍使いは吹き飛ばされ、雨と泥で濁った水溜りに落とされる。

 

「な、何だよ・・・・・・、強過ぎるだろ。コイツ・・・・・・!」

 

「これだけ攻めても、当てる事さえ出来ないとは・・・・・・」

 

 二人は息を切らせながらも立ち上がり、再び武器を構えた。

 

 

 

「・・・・・・作戦は、以上、よ。いける?二人、とも」

 

 鎧戦士と男神官に確認を取る魔女。

 

「問題ない」

 

「同じく」

 

 二人は同時に返事を返す。

 

前方では、二人の戦士とダークゴブリンが未だに戦いを繰り広げていた。

 

しかしそれは戦いとは呼べず、一方的に弄ばれ痛め付けられている二人の戦士。

 

後衛職の魔女から見ても、それは明らかだった。

 

このまま長引けば、二人は確実に嬲り殺しに遭うだろう。

 

最早一刻の猶予も無い。

 

「よし、始めるぞ!」

 

 鎧戦士の合図と共に、男神官が油壺を投げ付けた。

 

「――Gu?・・・・・・性懲りも無く!」

 

 ダークゴブリンは即座に気付き、剣で壷を薙ぎ払った。

 

陶器で作られた壷が剣に耐えられる筈も無く、無惨に砕け散る。

 

しかし、砕け散った壷から獣油が撒き散らされ、ダークゴブリンの体中に降り掛かった。

 

「油だと?・・・・・・ちっ!そう言う事か・・・・・・!」

 

 壷の正体が油壺と知り、舌打ちするが時既に遅し。

 

「サジタ・・・、インフラマエ・・・、ラディウス!」

 

 既に詠唱を終えていた魔女のファイアーボルトが、ダークゴブリン目掛けて射出された。

 

「させんよ!」

 

 ダークゴブリンは、片手に赤黒い光を宿し呪文を防ぐ。

 

それはダークハンドで、魔力に対しての盾としても機能する。

 

魔女の放った呪文はダークハンドにより防がれたが、僅かな余波が付着していた油に引火し、ダークゴブリンの身体は瞬時に燃え広がった。

 

「ぬぅっ!・・・・・・何のこれしき・・・・・・!」

 

 幾ら雨天とは言え、油で燃え広がった火は、水で鎮火する事は無い。

 

寧ろ高温に達した油が水を膨張させ油を弾き飛ばし、霧散した油に火が燃え広がり、爆発的に火が拡大してゆく。

 

拡大した火に焼かれながらも耐え忍ぶダークゴブリン。

 

此処に来て初めてのダメージを負う事に成った。

 

「ぐぅぉぉっ・・・水では消えんか・・・、ならばっ!」

 

 ダークゴブリンは、全身から或る気体を噴出させた。

 

「・・・・・・あれは、ボルドの冷気・・・・・・」

 

 混濁した意識を必死に保ち、視界にダークゴブリンを捉え続ける灰。

 

ダークゴブリンが全身から噴出した気体は、『冷たい谷のボルド』が纏っていた冷気だった。

 

ボルドのソウルを奪った事で、その能力の一部を行使出来る。

 

激しく冷気を噴出し続ける事で、全身に炎上していた火は忽ち消え失せ、数秒後には何事も無かったかのように鎮火してしまった。

 

例え油で燃え続けようとも、発火点を大きく下回れば火は消え去ってしまう。

 

通常の自然条件下では先ず有り得ない現象だが、『冷たい谷のイルシール』がもたらす異常な冷気が、それを可能にしたのだ。

 

「・・・・・・この能力が無ければ、少々危なかったやも知れぬ。少しは出来る様だな、冒険者共よ」

 

 全身から煙を立ち上らせながらも、天から降り注ぐ雨水を浴び、火傷を癒すダークゴブリン。

 

「だが、些か詰めが足りなかったな。・・・・・・気が変わった。先に貴様等から始末してやろう」

 

 不適に哂い、ゆっくりと距離を詰めた。

 

「・・・・・・?!」

 

 時を同じくして、ダークゴブリへと歩を進める鎧戦士。

 

手には丸く包まれた一枚の紙が握られている。

 

「・・・・・・何か策が有る様だが、その前に貴公のソウルを吸い尽くしてやろう!」

 

 左手にダークハンドを宿し、油断する事無く備えるダークゴブリン。

 

「――頂く!」

 

 地を蹴り、鎧戦士に向かって肉薄した。

 

「――良く喋るゴブリンだ!」

 

 その瞬間、鎧戦士の手にした何かから、閃光と轟音が奔った。

 

「――これは、まさか?!――しっ、しまっ・・・!!」

 

 その異常性に気付いたダークゴブリンだったが・・・・・・。

 

閃光と轟音が止む頃、地に膝を突くダークゴブリンが痙攣を起こしながらも眼前の鎧戦士を睨み付けていた。

 

「Gurrr・・・・・・、・・・・・・これは・・・電撃・・・・・・かっ!」

 

 ダークゴブリンの全身に青白い電流が所狭しと乱流し、感電現象を引き起こしていた。

 

「貴様・・・・・・!スクロールを所持していたかっ・・・・・・!」

 

「そうだ」

 

 感電に見舞われ苦悶の表情を浮かべるダークゴブリンとは対照的に、淡々と短く応えた鎧戦士。

 

彼が行使した打開策――。

 

それは呪文を宿した『スクロール』を使用する事だった。

 

「貴様の敏捷性では、避けられる可能性が有る。――故に、油壺を引火させ痛痒と運動力の減衰を謀らせた」

 

「・・・・・・矢張り人族とは、侮り難し。この俺が追い詰められるとはな・・・・・・!」

 

 スクロールから開放された電撃は、尚もダークゴブリンを攻め立てる。

 

「そうだ、お前は此処で死ぬ。・・・・・・ただそれだけだ」

 

 鎧戦士は剣を引き抜き止めを刺すべく、ダークゴブリンへと歩み寄った。

 

 

 

 

 

 あれから二人は使える物を探し回った。

 

――結果、鎧戦士は紐で括られた一枚の『スクロール』を――。

 

男神官は、『治癒の水薬』を何とか探し当てた。

 

必死に探し回った結果が水薬という成果に、落胆の念を禁じ得なかった男神官。

 

「おね、がい。水薬を、わた、しに・・・」

 

だが、その水薬は魔女の目に留まり、彼女に飲ませる事となった。

 

肩を負傷していた彼女は回復し、鎧戦士の見付けた『スクロール』は、稲妻《ライトニング》が封印されている事を見抜く。

 

同じ稲妻の呪文でも最上位に近い、上質の『スクロール』だ。

 

だが、『スクロール』という性質上一度使用すれば、それ自体は消失し再使用は出来ない。

 

つまり一度切りの使い捨て品であり、発動タイミングを見極める必要がある。

 

先ずは油壺を投擲し、ダークゴブリンに油を付着させる。

 

それを魔女の魔法で引火させ、注意を引くと同時に火傷による回避率の低下を狙う。

 

炎上させれば大抵の敵は本能的に消化行動に移る筈だ。

 

更に降り注ぐ雨で、少しでも火傷を癒そうとするだろう。

 

全身が濡れそぼった時が、最大の好機。

 

純水ではない雨水は、電気を良く通す。

 

最後は『稲妻のスクロール』を発動させ、感電に追い込む作戦だ。

 

如何に強大な戦闘力を誇るダークゴブリンと言えど、電撃を防ぐ事は困難だろう。

 

 

 

 

 

「・・・・・・ゴブリンは、皆殺しだ!」

 

 鎧戦士の剣が、ダークゴブリンの頭部を抉るその瞬間――。

 

「・・・・・・詰めが足りぬと言った筈だっ!」

 

 透かさずダークゴブリンの口から、魔力のブレスが吐き掛けられた。

 

「ぬぉあ?!」

 

 不意に仕掛けられたブレス攻撃に、思わず小盾で防御体制を取った鎧戦士。

 

「あれだけ痛痒を与えて、尚動けるのか?!」

 

 幸いブレス攻撃は一瞬で終わったが、彼に僅かな隙が生じ、態勢を立て直す頃には間合の外に退避されていた。

 

「貴公の事は、我等の界隈で噂になっている」

 

「・・・・・・」

 

 間合いの外に退避したダークゴブリンは、鎧戦士に向け言葉を投げ掛ける。

 

「・・・・・・そう、我等ゴブリンを殺す者――」

 

 

 

 

 

           ――ゴブリンスレイヤー――

 

 

 

 

 

「・・・・・・これだけ大勢の人族が集結しているのだ。大量のソウルを頂く予定ではあったのだが・・・・・・」

 

 言葉を途切らせ、周囲に目をやるダークゴブリン。

 

「お陰様で、随分休ませて貰ったぜ!」

 

 重戦士達一党が立ち上がり。

 

「ゴブリン風情が、覚悟はいいかっ!」

 

 銅等級冒険者一党も、怒りの形相で武器を構える。

 

「鋼鉄等級が休んでたんじゃ、格好が付かないからな!」

 

「私達も、まだ戦える!」

 

 他の一党達も、体制を整えていた。

 

どうやら行動不能に陥っていた、冒険者集団がダークゴブリンを包囲していた様だ。

 

「完全に取り囲まれてしまったか。・・・・・・潮時だな!」

 

 包囲され退路を遮断されたにも関らず、余裕を崩さないダークゴブリン。

 

 

 

「心するが良い、冒険者共よ!世界は炎を欲す!混沌こそが世界の意思!全てを焼き尽くす炎を持ちて、世界を浄化し救済するは、我等がゴブリンを置いて他には存在せぬ!!」

 

 声高らかに宣言し、手を上空へ掲げた。

 

「カリブン、クルス、クレス、クント・・・・・・」

 

 呪文の詠唱と共に、掌から火が宿る。

 

「気を付けろ!火球が来るぞっ!!」

 

「――!!こいつ、この期に及んでまだ・・・!」

 

「かまわねぇ!一斉に攻撃して、呪文を阻止しろ!」

 

 包囲した冒険者達は一斉に突撃し、止めを刺そうとした。

 

「愚か成り!人族共っ!!」

 

 ダークゴブリンは、尋常ならざる脚力で空高く跳躍する。

 

「――ヤクタァっ!!」

 

 冒険者達の決死の突撃も虚しく、ダークゴブリンから火球が投射された。

 

空中から、直径5メートルを超える大火球が迫り来る。

 

「くそったれ、でかいぞ!」

 

 出鼻を挫かれ、火球に有効策が見出せない冒険者達。

 

慌てふためく彼等に無情にも、火球が炸裂しようとしていた。

 

 

 

――灰の墓所で見た時より、遥かに大型だ。もう奇跡も呪術の火も行使出来ない。

 

灰も必死で起き上がり、或る物を拾い上げる。

 

――人族の底力を見せてやる!

 

「――そこだぁ!!」

 

 火球目掛けて、掛け声と共に拾い上げた、()()()投擲した。

 

それと同時に、全身から血が一度に噴き出す。

 

それは狙い過たず炸裂し、火球は其処で爆発。

 

辺り無秩序に、熱波を撒き散らした。

 

空中で爆発したとは言え、荒れ狂う熱波は周囲を焼き焦がす。

 

「ぐうぉぉぉっ・・・・・・!」

 

「あ、あつ、い・・・・・・!」

 

「きゃぁぁぁぁ・・・・・・!」

 

 熱波に耐える冒険者達の衣服は焼かれ、火が燻っていた。

 

だが雨天が幸いし、熱波の影響も直ぐに収まる。

 

そして、ガランッ、と音と共に、黒く変色した()()()地面に落下した。

 

焼け焦げ黒ずんだ隙間から僅かに覗かせる、銀鷲の紋章。

 

灰が拾い上げ投擲したのは、『銀鷲のカイトシールド』だった。

 

奇跡も術も行使出来ないほどに、消耗し切った彼に出来る唯一の相殺方法。

 

頑丈な金属物をぶつけ、少しでも被害を減らす――。

 

それしか、思い付けなかった。

 

嘗て鎧戦士がゴブリンシャーマンの『雷矢』を投擲で凌いだ、あの戦術を此処で生かしたのだった。

 

それが功を成し、被害は最小限に食い止められた。

 

尤も、その混乱に乗じて、ダークゴブリンは逃走してしまったが。

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

「・・・・・・終わったのか?」

 

「もう、敵は居ない・・・」

 

「俺達、生き残ったんだ・・・・・・」

 

 戦いが終わり生き残った事実に、歓声を上げる者。

 

「おのれぇっ!これだけの犠牲に報いる事も出来ないとはっ・・・・・・!」

 

「ゴブリン如きに、いい様に翻弄されるなんてっ!」

 

 ダークゴブリン率いる集団に翻弄され、悔しさを噛み締める者。

 

「・・・・・・後始末が大変だな・・・・・・」

 

「負傷者達を手当てしなくっちゃ・・・・・・」

 

「荷馬車も、かなりやられたな・・・・・・」

 

 冷静に後処理に勤しむ者。

 

皆が皆、様々な反応を見せていた。

 

 

 

「ダークゴブリン、そして奴、・・・・・・必ず俺の手で――」

 

 降り頻る雨の中、鎧戦士はあの村で遭遇した、姉の仇でもある『鎧ゴブリン』とダークゴブリンを討つべく、静かに闘志を漲らせていた。

 

 

 

そして、決意を新たにする剣士が、もう一人。

 

「・・・・・・ロンドール一派、流れ着くロスリック、法王サリヴァーン、そして・・・ダークゴブリン・・・・・・」

 

 途切れそうになる意識を必死に保ち、弱々しくも言葉を紡ぐ。

 

火の無い灰だった。

 

「ハァッ・・・、ハァッ・・・、ハァッ・・・・・・、片付ける問題が・・・・・・、山積みじゃ・・・・・・、ないか・・・・・・」

 

 剣で何とか体を支え踏み止まり、ロスリックの方角に視線を向ける。

 

尚も全身から血が止まらず、纏っていた衣服は赤黒く染め上がり、既に彼の肌は青ざめていた。

 

「必ず・・・、成し遂げてやる・・・・・・!やり、残した使命を、・・・・・・果たし、抜くま、で・・・、俺は・・・・・・、死ね、ん・・・・・・」

 

 急激に目蓋の重みを感じ、彼の意識はそこで完全に途切れた。

 

その様子に気付き、慌てて駆け寄る鎧戦士達。

 

 

 

 

 

――見ていてくれ、火防女よ・・・・・・。

 

 

 

 

 

最後に一人の女を思い浮かべながら、彼の精神は深く闇に沈む。

 

 

 

 

 

こうして鉱山の戦いは幕を閉じた。

 

決して少なくは無い犠牲を出しながら。

 

 

 

 

 

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魔法のスクロール

 

 封を開放するだけで、誰でも行使出来る呪文が一つ封印されている。

 特殊な製法で作成された、魔力紙に熟練の魔導士達が呪文を込める事で完成する。

 

 一般には、その製法は失われたロストテクノロジーとされているが、実際は悪用や乱用を防ぐ為に、国家機密として情報の漏洩を徹底的に管理されている。

 

 故に非常に希少品で、運良く入手した冒険者達は大抵売り払い、資金源としているのが現状である。

 

 

 

 




 もう少し、その他大勢の冒険者達を活躍させても良かったかな?と、思っています。

指揮官という立場上、銅等級冒険者の出番は、割と増えた気もしますが。

これで鉱山編は終了です。

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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