ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 サブタイトルでバレバレですが、あの人が登場します。

時間軸としては、西方辺境の鉱山で灰達が『ボルド』や『ダークゴブリン』と戦っていた時期と被ります。

ちょっとオマケで、あの人も登場します。

もしかしたら、重大なキャラ崩壊を招いているかも知れません。

もし気分を害される方は、読まない事をお勧めします。m(_ _;)m

では投稿致します。

今回は、纏めて3話分投稿します。

その方が話の流れとして纏まりが良かったので。


第33.5話―エピソード オブ ソラール―

 

 

 

 

白いサインろう石

 

 乳白色のろう石。

 召喚サインを書く。

 

 サインから他世界へ霊体として召喚され

 召喚されたエリアの主を倒すことができれば

 人間性を得ることができる。

 (召喚は亡者では行えない)

 

 時の流れの淀んだロードランの地で

 不死人たちがお互いを助け合うための手段。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 淀みと陰鬱、湿り気と異臭の漂う洞窟。

 

醜悪な笑みを浮かべる緑色の異形、ゴブリン。

 

それに対峙するは、数名の冒険者達。

 

暗闇に支配された空間を照らすのは、数本の松明だけだった。

 

夜目の効くゴブリン。

 

本能的に、闇を恐れる人族。

 

加えて洞窟は、ゴブリンの領域。

 

どちらに分が有るかは、自明の理である。

 

 

 

――しかし――。

 

 

 

「あまいっ!」

 

「ふんっ!」

 

「奇跡、援護するわ!」

 

「ケツ取られるなよ!」

 

「ゴブリンってこんなもの?!」

 

「ウワハハハっ!」

 

 結果は冒険者側が圧倒していた。

 

ゴブリン達は必死の抵抗を見せるものの、一体また一体と確実に屠られ、瞬く間に数を減らす。

 

銀等級の戦士を頭目とした一党に、ゴブリン達は成す術が無かった。

 

銀等級戦士、銅等級斧戦士と女司祭、紅玉等級男魔法斥侯、白磁等級少女斥侯、同じく白磁等級の桶兜の騎士。

 

彼等は西方面の要衝『水の都』にて、ゴブリン討伐の依頼を請けた冒険者達であった。

 

経験豊富な頭目が指揮する中、一切の躊躇や慢心を生む事無く、ゴブリンを確殺する。

 

不利を悟ったゴブリンは我先に逃げ出そうとするが、一党の巧みな戦術で退路を完全に遮断され、逃げる場など何処にも無かった。

 

そして残すは、王冠とマントを装備した巣穴の長らしき、黒いゴブリン――。

 

近年噂になっていた、『ダークゴブリン』と呼称される異端の小鬼だけだった。

 

「残るはコイツだけか!」

 

「戦女神を信仰する司祭の私としては、少々憐憫の念を禁じ得ませんが・・・・・・」

 

「ゴブリンに情けは無用!」

 

 油断無く武器を構え、包囲する。

 

退路を絶たれ、自らの死を悟った黒いゴブリンは、発狂しながら鉄斧を手に襲い掛かって来た。

 

「ゴブリン死すべしっ!!」

 

 冒険者達の無慈悲な一撃で首を刎ねられ、黒き長は呆気無くその生涯を閉じた。

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

「討伐数60。数は合うな」

 

 討伐数を確認し依頼の遂行を確信した一党は、洞窟の外へと出た。

 

証拠品として、ダークゴブリンの首だけを持ち帰り。

 

「ふぃ~・・・、やっぱ外の空気は最高だ!」

 

 地上に出て深呼吸をする、男魔法斥侯。

 

洞窟内の異臭と淀みを帯びた空気とは違い、清浄な大気が肺を満たす。

 

新鮮な朝露が草木の先から滴り落ち、地平線から覗かせた太陽が朝露のレンズに光を通す。

 

心地良い微風が冒険者達を労うかの様に肌を撫で、彼等は身を委ねた。

 

彼等の眼前にはこの国最大の遺跡群、『ロスリックの遺跡』が佇んでいる。

 

「分からぬでも無い。異臭だらけの巣穴など、好き好んで長居などしたくないからな」

 

 男斧戦士も同意する。

 

「噂程じゃなかったわね、ダークゴブリン」

 

 軽く伸びをしながら、緊張を解す少女斥侯。

 

「気を抜くのは早いぞ。依頼主に成功の旨を報告するまでが任務だ」

 

 真面目な銀等級戦士は、皆に気の引き締めを促す。

 

「今回の依頼主は確か・・・・・・、都の大司教様でしたかな?」

 

 太陽を眺めていた桶兜の騎士は、依頼人について尋ねた。

 

「そうです。水の都の最高指導者にして、至高神の大司教様――」

 

「通称『剣の乙女様』だ」

 

 女司祭と銀等級戦士が同時に応えた。

 

「しかし『剣の乙女様』は、何故にゴブリン退治の依頼なぞを・・・・・・」

 

 ”デーモンの討伐や古代遺跡の探索やら難度の高い依頼が他にもあるだろうに”男斧戦士が、ふと本音を漏らす。

 

「無礼よ。『剣の乙女様』直々の依頼を御受け出来る。大変名誉な事なのですから」

 

「その通り。ゴブリン退治とは言え、それだけの難度を誇る案件だったという事だ」

 

 女司祭の意見に銀等級戦士は激しく同意する。

 

「それにダークゴブリンと言えば、近隣の行商や集落等を立て続けに襲撃し、物資の流通に影響を及ぼす程の被害が相次いでいた。ゴブリンとは言え、無視出来るものでもなかったんだろうさ!・・・・・・まっ、俺等の敵じゃなかったがな!」

 

 男魔法斥侯の分析に、皆が同意する。

 

――アタシは、ゴブリンに少々拘り過ぎな気がするんだけどなぁ・・・、あの『剣の乙女』って人。

 

少女斥侯は、『剣の乙女』に対し違う印象を抱いていた様だが。

 

「まぁ何はともあれ、任務完了だ。皆戻るぞ!」

 

 頭目でもある銀等級戦士の指示で、都への帰路に着く一党。

 

「おい、其処の新人!いつまで太陽を拝んでる!協調性の無い奴は、審査に引っ掛かるぞ!・・・・・・今回の冒険は、お前の昇給審査でもあるんだからな!」

 

 頭目に窘められる迄、朝日を見つめ両手をY字に上げる桶兜の騎士。

 

「?!いやぁ、スマンスマン。太陽にこうするのが俺の流儀でな。気を悪くせんでくれ、他意は無いからな。うわっはっはっは!」

 

 太陽の如く豪快に笑いながら、桶兜の騎士は少し遅れてメンバー達に追従する。

 

「・・・・・・お前は臨時で一党に加わった身だ。申し訳無いんだが、ギルドへ戻ったらお前は一党を解く」

 

「・・・む?!それは少々残念だが、仕方あるまいか・・・・・・」

 

 銀等級戦士の通告に、若干の落胆を見せる桶兜の騎士。

 

彼自身この一党に留まる積もりでいた為、それをきっぱりと拒否されてしまったのである。

 

「宜しいのですか?新人とは思えぬ働きを見せますよ、彼」

 

 女司祭は、”彼の処遇を再考してみては?”と、進言するが、結果は変わらなかった。

 

「それじゃあさ」

 

 その様子を見ていた少女斥侯は、落胆した彼の傍らに寄り添い。

 

「アタシは騎士さんに付こうかな!」

 

 満面の笑顔で、彼の兜を覗き込んだ。

 

「お、おい。本気かよ?この一党でやってくんじゃなかったのかよ?!」

 

 少女斥侯の言葉に反応し、彼女に詰め寄る男魔法斥侯。

 

「・・・・・・一応アタシも臨時な訳だし、そっちには経験豊富なのが一杯居るでしょ!だから決めた!アタシはこの人と行く!!」

 

 彼女は明確な意思を持って、きっぱりとそう告げた。

 

「・・・・・・ちっ!ああ、そうかよ!俺等(俺)よりも、そっちの奇人変人が良いって言うんだなっ!・・・・・・けっ!!」

 

 男魔法斥侯は、あからさまに不満げな表情で二人を睨み付け、早足で早々に下山してしまった。

 

「やれやれ、あ奴もまだまだ若い」

 

 拗ねた彼を見かね、男斧戦士が頭目に許可を貰い後を追った。

 

年長者ならではの配慮だろうか。

 

「・・・・・・済まぬ。気を使わせてしまったか?」

 

 ちょっとした些細な諍い事だが、原因の一端が自分にあるとして申し訳無さそうにメンバー達に頭を下げた、桶兜の騎士。

 

「・・・・・・そう思うのなら、今後はあれを少しは控える事だ。お前にとっては普通でも、周りから見れば奇行として映る事もある」

 

 彼の言う通り、桶兜の騎士が太陽に向かって決めていたポーズは、都でもちょっとした話題となっていた。

 

人目の付かない所で、ひっそりとやってくれるなら何も言及される事は無かったのだろう。

 

だが彼の場合、周りに人が居ようが居まいがお構い無しである。

 

都の住人や衛兵は言うに及ばず奇異の目で見られ、影響を受けた一部の子供達は、真似をする光景がチラホラ。

 

「ぬぅ・・・・・・、これでも自覚はしているのだが、俺にも譲れんものあってな」

 

――これが無ければ、固定で組んでも良かったんだがな。

 

銀等級男戦士は口には出さず、一行は都へと帰路に着く。

 

 

 

 

 

          ―水の都―

 

 

 

 

 

 西方辺境の街から広野を二日程向かった先に、その都市は存在する。

 

鬱蒼と茂る森林の中、幾つもの支流を束ねる巨大な湖の中央にそびえ立つ、白亜の城塞。

 

水在るところに生命在り。

 

神代の砦の上に築かれたこの都市には、その立地から多くの人々が集い交流が育まれていた。

 

船が行き交い、商人と商品で溢れ、様々な言語と種族が入り乱れ、その様は華やかで、また混沌でもあった。

 

水の都は中央の西端、西方辺境の東端。

 

そして辺境西の最大の都市でもある。

 

一台の荷馬車が跳ね橋を通り過ぎ、巨大な正門を潜り抜ける。

 

近場の駐留所で馬車を停め、幌の中から冒険者達がゾロゾロと姿を現した。

 

先程、ロスリック近隣の山岳地帯に存在する洞窟にて、ゴブリン退治を達成した冒険者達であった。

 

「よし、此処からは徒歩で神殿に向かい報告を済ます。各員、くれぐれも粗相の無い様にな!」

 

 一党の頭目を勤める銀等級男戦士の指示の下、一行は神殿へと向かう。

 

その神殿は法と秩序を司る、剣と天秤を組み合わせた善なる神の象徴。

 

偉大なる至高神を祀った、巨大な神殿だ。

 

その神殿には、昼夜問わず数多くの人々が往来し、安全や豊穣を祈願する。

 

だが、それだけではない。

 

法と秩序を司る、即ち司法を担う役割も課せられているのだ。

 

細やかな日常の揉め事から、人の生死に関わる事まで。

 

神の威光を以って裁いて貰おうとする者は、後を絶たない。

 

その様な人々が集う待合室を抜け、広大な礼拝堂に辿り着く一行。

 

その聖域の中央にて、一人の若い女性が神を模した彫像に、祈りを捧げていた。

 

流れる様な美しい金の髪、豊かで女性的な体、眼帯で目を覆っているものの端正な顔立ち。

 

彼女こそが、この神殿最高位の大司教、『剣の乙女』その人であった。

 

到着した冒険者達にゆっくりと振り返る彼女。

 

「お疲れでしょう。楽になさって下さい」

 

 彼等を労う彼女の言葉は、法を司る神の信徒とは思えぬほどの穏やかで慈愛に満ちていた。

 

その言葉に皆は緊張を解きほぐし、頭目の戦士だけが前に出る。

 

布に包まれたダークゴブリンの首を持って。

 

「依頼通り、件の『ダークゴブリン』討伐完了を此処に宣言致します!」

 

 頭目の戦士は、磨かれた石造りの台座の上に首を置き、包まれた布を解こうとするが。

 

「それには及びません。貴方達の働きは既に確認しております故、後ほど私で検分致します」

 

 剣の乙女は、彼を手で制し報告の詳細を聴く。

 

 

 

――一瞬ソウルが揺らいだな。ゴブリンに対して何か思う事が・・・・・・。

 

 

 

首を台座に置いた瞬間、態度にこそ現さなかったが、ほんの一瞬ソウルの乱れを感じ取った桶兜の騎士。

 

そして一通りの報告が終わる。

 

「依頼の達成、誠に感謝しておりますわ。報酬はギルドにてお受け取り下さい。皆素晴らしい、ソウルをお持ちですね。貴方達は、きっと大成するでしょう」

 

 一同は深い一礼で応え、礼拝堂から去った。

 

そして一人跪いたまま礼拝堂に残る、桶兜の騎士。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 礼拝堂に暫しの静寂が支配する。

 

「・・・・・・太陽のソウルを携えた方。・・・・・・太陽では、私の心を救っては頂けないのでしょうか?」

 

 先に口を開いたのは、彼女の方だった。

 

「貴方様は、ゴブリンに対し何やら凄絶な過去がおありの様だ。誠に残念ですが、私には貴方を救って差し上げる術が有りませぬ。・・・・・・何故ならば――」

 

 

 

 ――私も救われた側なのだから――。

 

 

 

「もしや、貴方もゴブリンに・・・・・・?」

 

 剣の乙女は、彼に尋ねるが静かに首を振り、否定する。

 

騎士は、少しだけ己の過去を語る事にした。

 

冒険者となる前、何をしていたのか。

 

どの様な旅路を辿ったのか。

 

何を目指し、何に絶望し、そして何に救われたのか。

 

彼は語る。

 

自らの目標とした太陽を探し出す為に歩んだ、巡礼の旅を。

 

結局求める太陽は見付からず、行き着いた先が、光を放つ寄生虫であった。

 

結果、彼はその虫に寄生され、乗っ取られ、理性が崩壊しながら名も知らぬ一人の旅人(不死人)に襲い掛かったのだった。

 

その旅人は自分の様を見て、覆いに嘆き悲しみ、避けられぬ戦いを繰り広げる事となった。

 

見付からぬ目的に業を煮やし、余りに歪な希望に身を委ねた先の答えが――。

 

 

 

          ――絶望だった――

 

 

 

「…う、う、うううううっ…」

 

「…ついに、ついに、手に入れたぞ、入れたんだ…」

 

「…俺の…俺の太陽、俺が太陽だ…」

 

「…やった…やったぞ…」

 

「…どうだっ…俺は、やったんだ…」

 

「…お、おお…」

 

「…おおおおおおおおっ!」

 

 彼は偽りの希望に乾いた狂喜を浮かべ、剣を振るい奇跡を解き放つ。

 

だが理性と大志を失った彼の技は、悉く見切られ、激戦の末に敗れ去る事となる。

 

旅人の剣が彼を深く切り刻む。

 

「うぐぉっ・・・!」

 

 胴体部から夥しい量の血を流し、彼の意識が徐々に薄れゆく。

 

「…ああ、ダメだ…」

 

「…俺の、俺の太陽が、沈む…」

 

「…暗い、まっくらだ…」

 

 視界が歪み目の前が真っ暗に沈み行く瞬間、彼は髪を引っ掴まれた。

 

突然の不可解な行動に彼は、僅かながらも理性を取り戻す。

 

「うぅおぉぉあぁぁぁっ!!」

 

 旅人が雄叫びを上げる。

 

 ――その瞬間、彼の頭部に想像を絶する爆痛が襲い掛かった。

 

「~~~~ッッ?!!」

 

 彼の頭部から鮮血が噴出し、小刻みに痙攣する。

 

旅人は、彼に寄生した太陽虫を無理矢理引き剥がしたのだ、力尽くで。

 

その痛みで意識を取り戻した彼は、余りの痛みで地面を転げ回る。

 

「ぐぎゃああああぁぁぁぁァ~~~・・・・・・!!!」

 

「・・・・・・あ・・・、ああ・・・、・・・あ・・・、あぁ・・・・・・」

 

・・・

 

・・・・・・

 

「すべて、嘘だったのか… 俺は、ずっと、ずっと、そのためだけに…」

 

「ああ、俺の太陽…どうしたらいいんだ…どうしたら…」

 

「…太陽、俺の太陽よう…」

 

 漸く探し当てた希望も偽りに過ぎず、絶望と迫り来る死に抗う気力すら消え失せていた。

 

 

 

――もう良い。もう、疲れた・・・・・・。

 

 

 

目蓋を閉じ、そのまま闇に身を委ねんとしたその瞬間――。

 

「――ぼぐぅっ?!」

 

 失せ始めた感覚、自分の頬に鋭い痛みを感じ、またもや吹き飛ばされてしまう。

 

どうやら旅人に殴り飛ばされてしまったらしい。

 

「・・・・・・太陽よ・・・・・・、俺の・・・・・・、偉大、な・・・、太陽よぅ・・・・・・」

 

 そして彼は遂に意識を手放す。

 

暗闇に意識を任せ、このまま亡者と成り果てるのを待つばかりだった。

 

 

 

 

 

・・・・・・どの位、意識が飛んでいたのだろうか。

 

 

 

 

 

彼が再び目を覚ましたのは、見覚えのある篝火などではなく、太陽虫に寄生され旅人に敗北した場所だった。

 

「・・・・・・生きてる・・・・・・?!、・・・・・・亡者ではない・・・・・・」

 

彼は自分の体を確かめた。

 

鎧兜は丁寧に外され、受けた傷は綺麗に完治していた。

 

傍らには篝火ではない普通の焚き火が起こされ、彼自身は御座の上に寝かされていたようだ。

 

彼は亡者化していなかった。

 

それどころか、死んですらいなかったのだ。

 

尤も彼自身は不死人であるが故、基本死ぬ事は無いが、完全に絶望し何の支えも失った状態で命を落とせば、一気に亡者化が進行するのは目に見えていた。

 

だが彼は亡者と成っていない。

 

つまり死んではおらず、助かったのだ。

 

否、助けられたのだ。

 

旅の道中で出会った名も知らぬ『あの旅人』に。

 

彼は意識を集中させ、自らに流れる体内のソウルを感じ取る。

 

どうやら自分が意識を手放す瞬間、旅人に『エスト瓶』と『回復の奇跡』を施され、治療してくれていたらしい。

 

「そうか・・・・・・」

 

「俺は、助けられたんだな・・・・・・、あの男に・・・・・・」

 

 だが助かった所で、今更どうだと言うのか。

 

気付いてしまったのだ。

 

最早、捜し求めた希望など、何処にも無いのだと言う事実に。

 

「なぜ、これほどに探しても…見つからないんだ…」

 

「すべて、嘘だったのか… 俺は、ずっと、ずっと、そのためだけに…」

 

「ああ、俺の太陽…どうしたらいいんだ…どうしたら…」

 

「…なぜだ…なぜだ?」

 

 うわ言の様に呟き、ジェスチャー『丸くなる』で、完全にうずくまってしまった。

 

暖かな焚き火の熱が彼の体に伝わる。

 

だが、彼にはそれが却って辛かった。

 

あのまま亡者化した方が、どれだけ楽だったろう。

 

苦しい、本当に苦しい。

 

誰か、助けてくれ。

 

誰でも良い。

 

俺を、どうか俺をこの絶望から救い出してくれ。

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

何も起こらなかった。

 

誰も訪れず、時間ばかりが無情に過ぎ去って行く。

 

 

 

世界は残酷だ。

 

 

 

「・・・・・・」

 

 彼は丸まった体制を解き、偶然にも地面に描かれた文字に目が止まった。

 

「何か書いてある」

 

 焚き火に照らされた白い文字列。

 

その文字列は『白いサインろう石』で書き綴られていた。

 

「・・・・・・」

 

 言葉を発する事無く、無言でそれを読み上げる。

 

「あ・・・・・・、ああっ・・・!!」

 

 彼は涙を流す。

 

先程絶望に苛まれた時でさえ、涙一つ流れなかったというのに。

 

「ああぁぁぁぁあああ・・・・・・・・・!」

 

 彼は泣いた。

 

大粒の涙を零しながら・・・・・・。

 

地面にはこう書かれていた。

 

 

 

――太陽は貴方と共にある――

 

――貴方こそが太陽なのだ!――

 

――私は貴方の中に太陽を見出した――

 

――貴方と出会えた奇跡こそが、太陽なんだ――

 

――最初から太陽は存在していた――

 

――貴方の中に!――

 

――誰が何と言おうと、貴方こそが真の太陽だ!!――

 

 

 

 

 

 

 

「うわああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 彼は泣いた。

 

わき目も降らず。

 

ただ、ただ。

 

只管に泣いた。

 

彼は全ての感情を吐き出した。

 

怒りも。

 

悲しみも。

 

喜びも。

 

嬉しさも。

 

何もかも、あらゆる感情を全て吐き出した。

 

その様は、まるで幼子そのものだった。

 

だが、そんな彼を一体誰が哂えるというのか。

 

 

 

代償も見返りも求めず、ただ純粋に目標へと突き進んだ、誇り高き高潔な勇者を。

 

 

 

どの位泣いただろうか。

 

気が付けば彼は、再び武具を纏っていた。

 

「・・・・・・そうだ。俺はあの時誓ったんだ。太陽の様にでっかく、熱い男に成りたいんだと」

 

 そして立ち上がる。

 

このままではあの男に笑われてしまうな、しっかりせねば。

 

彼はいつも通りのポーズを取る。

 

名も知らぬ旅人が起こしたであろう、既に燻っている焚き火に向かって。

 

「太陽万歳!!うわっははははっ!」

 

 彼は再び歩み出す。

 

彼自身の使命を全うする為に。

 

「今度は俺が助けになる番だな!木漏れ日の様なソウルを持った旅人よ、待っててくれ!」

 

彼はその地を後にした。

 

地面に描かれた文字だけが、暗闇に淡く光を放っている。

 

淡い木漏れ日の如く。

 

 

 

彼は語り終えた。

 

その物語りが、遥か古き火継ぎの時代である事と、嘗て自らが不死人であった事実を伏せながら。

 

再び礼拝堂の中に沈黙が、場を支配する。

 

「うっ・・・、ぐすっ・・・」

 

 桶兜の騎士が気付いた時、眼前の『剣の乙女』は眼帯から涙を零していた。

 

「おぉう?!だ、大司教様?!」

 

 彼は素っ頓狂な声を上げ、オロオロと狼狽えるばかりであった。

 

「いえ、御免なさいね?貴方の過去を聞いて、つい・・・・・・」

 

 微かな笑みを浮かべた彼女は、次の瞬間には元の状態に戻っていた。

 

「そう言う訳なので、私には貴方様を救って差し上げる術が有りません。――故に・・・・・・」

 

 彼は懐から一枚の小さなメダルを取り出し、それを彼女へ手渡した。

 

「これは『太陽のメダル』。太陽の戦士が、誰かを助けそれを達成した証」

 

 金に輝き、太陽のシンボルが描かれたそれを手に取り、不思議そうに見つめる剣の乙女。

 

「僅かな熱を帯び、不思議な魔力を感じますね。このような貴重な物を私に・・・?」

 

「構いませぬ。私に出来る事はこれが精一杯なのですから。少しでも貴方様の心を癒せれば、それも無駄にはなりませぬ!」

 

――30枚以上も所持してます!とは言えんな、こりゃ。

 

「ですから貴方様の御心を御救い出来るのは、太陽そのものではなく、木漏れ日の如きソウルの持ち主なのでは無いでしょうか?私には、そう思えて成りません」

 

「木漏れ日の様なソウル・・・・・・。出会えるでしょうか?その様な御方に!」

 

 剣の乙女は、食い付く様に尋ねる。

 

本音で言えば、今直ぐにでも克服したいのだ。

 

ゴブリンによって、心身ともに負わされた傷を――。

 

「正直な所、確証は持てませんが大事なのは希望を捨てぬ事、それこそが肝要と心得ます」

 

 我ながら無責任な発言だと知りながら、出来得る限り彼女を支えようと言葉を選んだ。

 

「願わくば、貴方様にとっての太陽が有らん事を!」

 

 剣の乙女に向かって彼は、お馴染みのポーズを取る。

 

 

 

         ――太陽万歳!――

 

 

 

「有り難う、太陽の騎士殿。少し心が、軽くなった気がします。・・・・・・さぁ、もうお行きなさいませ。お仲間の方々が首を長くして待ち望んでいますよ」

 

 クスクスと笑った彼女に指摘され、後ろに振り向くと一党のメンバー達が礼拝堂の入り口近くで待機していた。

 

「ぬぉ?!き、貴公等?・・・・・・もしや、さっきの話・・・・・・」

 

 驚いた彼は、メンバー達に恐る恐ると聞いてみた。

 

「うぅ、貴方にその様な過去が・・・・・・」

 

 少女斥侯と女司祭は涙ぐみ。

 

「良い話だ、拙者は感動したぞぉ!」

 

 男斧戦士は、感動の余り男泣きしていた。

 

「お前さん・・・・・・、そんな過酷な旅を・・・・・・」

 

 頭目の戦士は申し訳無さそうな表情をし、男魔法斥侯はそっぽを向いていた。

 

「うぬぬぬ・・・、お、俺は先に行くぞっ・・・・・・!」

 

 気恥ずかしくなったのか、桶兜の騎士は颯爽と神殿を立ち去り早足でギルドへと向かってしまった。

 

剣の乙女、彼女の心が真に救われるのは、まだ時間が掛かりそうである。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

ギルドへと戻った一行は、成功報酬金貨一袋分を一人一人受け取る事となった。

 

一袋に付き、金貨40枚という破格の報酬額だった。

 

これで一党は一度解散と言う事になり、桶兜の騎士は予定通り彼等から外れる事となった。

 

女司祭は、彼を留まらせてはどうかと、再度具申したが結果は変わらなかった。

 

彼の過去を聞き、彼女も些かの情が沸いていたのかも知れない。

 

しかし頭目の戦士は、”あれだけの壮絶な旅をして来たんだ。尚更相応しい相手が見付かる筈だ”と、その具申は却下された。

 

尤も彼の評価は、『奇人変人』から『高潔な騎士』へと評価が、がらりと変わっていたのだが。

 

桶兜の騎士は、一時期とは言え世話になった一党に別れの挨拶を済ませ、昇給審査の場へと向かう。

 

結果として、所構わず『太陽賛美』のポーズを取る事以外はマイナス面が無く、概ね高評価を受け、無事『黒曜等級』へ昇進する事となった。

 

黒曜石で出来た認識票を受け取り、彼はギルドの一階へと降りて来る。

 

「昇進おめでとう!」

 

 少女斥侯が、彼の昇進に祝いの言葉を掛ける。

 

「うわっははは!貴公の力添えも在っての事だ、感謝するぞ!」

 

 豪快に笑い、彼女に応える桶兜の騎士。

 

「それにしても・・・、ほんとに良いのか?俺について来る事になって」

 

 念の為、少女斥侯に確認を取る。

 

黒曜等級に成ったとは言え世間一般では、まだまだ新人の域を出ない冒険者。

 

名声や富を得る事を考慮すれば、ベテランの彼等に付く方が何かと都合がいい筈なのだ。

 

普通に考えれば。

 

「勿論だよ!アタシは貴方が気に入ったの!それに・・・ほら、あの人達だと階級が違い過ぎるでしょ、なんか余計浮いちゃってさ」

 

 つまり等級の近い自分と居た方が、気兼ね無く活動出来る意味も含まれているのだろう。

 

「・・・それとも・・・さ・・・・・・」 

 

 彼女の語尾が急に弱まる。

 

「アタシじゃ迷惑かな?どうしても駄目って言うんなら、無理にとは言わないけどさ・・・・・・」

 

 少し沈んだ表情で、彼に視線を送る少女斥侯。

 

突如彼は、彼女の肩に手を置き――。

 

「何を言ってるんだ?俺の方からお願いしたい位だ。こんな変人の俺だが、どうか宜しく頼めるか?」

 

 頭を下げ、深く一礼をする彼。

 

少女斥侯は慌てて、それを遮る。

 

「そそ、そんな、畏まらないで!すばしっこいだけが取り得のアタシだけどさ、・・・・・・此方こそ宜しくお願いします!」

 

 寧ろ少女斥侯が畏まり、彼に深々と頭を下げた。

 

「ああ、良いとも!お互い切磋琢磨しつつ、目的を達成しようじゃないか!」

 

 彼女を快く受け入れた、桶兜の騎士。

 

こうして彼と彼女は、固定の一党を組む事になる。

 

「それはそうと、何だか腹が減ってきたな。飯にしようか。たまにはギルド以外の店でもどうかな?」

 

 桶兜の騎士の提案に少女斥侯は乗り気で。

 

「じゃあ、アタシが案内してあげる。これでも良い店、知ってるんだよ!」

 

 上機嫌で、彼の手甲越しの腕を引っ張り、ギルドを後にした。

 

外は日差しが強く、太陽はちょうど直上を上り詰めていた。

 

時刻は、昼真っ只中だった。

 

 

 

――名も知らぬ不死人よ、見ているか?俺は、俺の太陽を見付けたぞ!願わくば、貴公も同じ空に繋がらん事を――。

 

 

 

兜の庇に照り付ける陽光を手で遮断しながら、直上の太陽を眩しげに見上げる、桶兜の騎士。

 

「・・・・・・太陽を見付けたのだ。後は、己が太陽の究極を目指すのみ・・・・・・!」

 

 新たな目標を目指し、誓いを決意に変え、只管に突き進むだろう。

 

「お~い、置いてっちゃうよぉ~!」

 

「ああ、スマン。すぐ行く!」

 

 何故なら彼は『太陽の戦士』。

 

太陽を目指し、太陽の様にでっかく熱い男に成る為に、旅を始めたのだから。

 

疾の昔に亡国となった、『アストラ』では太陽信仰が盛んだったと言う。

 

だから彼も其れに習った・・・のではない。

 

彼は己の意思で、太陽に心惹かれる『何か』を見出し、太陽を目指すのだ。

 

 

 

 

 

       ――汝の名は『ソラール』――

 

 

 

 

 

    ――『太陽の騎士ソラール』、別名『アストラのソラール』――

 

 

 

 

 

『ソラール』は行く。

 

己が信念に従い。

 

『太陽の騎士』は行く。

 

己が太陽の究極を目指し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

決して広くは無いが、小奇麗な椅子とテーブル。

 

風当たりの良い、立地場所。

 

小高い丘の上に建てられ、大きな湖が見渡せる、洒落た店だった。

 

どちらかと言えば、年頃の若い女性達に人気が高かった。

 

そんな店で互いに向き合い座る、一組の男女。

 

「あの者達ではなく、俺を選んだ理由。他にも有るのではないかな?貴公」

 

 桶兜を外し、運ばれた食事を口に運びつつ、他愛の無い質問を少女斥侯に向けた。

 

「そう言う所だけは、聡いね。バディは」

 

 彼を『バディ』と呼ぶ事に決めた、少女斥侯。

 

向かいの席に座り、同じく食事に舌鼓を打つ。

 

彼女が曰くには、あの男魔法斥侯のガッツク対応が、どうしても受け付けなかったのだ。

 

――生理的に――。

 

その点、現バディとなった『桶兜の騎士ことソラール』は、奇妙な行動が目立つものの、相対的に観れば表裏が無く親しみ易さを感じたのだと言う。

 

要するに、『気に入った』のである。

 

文字通り。

 

「フム、そんなものかね?」

 

「バディは、もう少し女心を勉強した方が良いよ。先ずアタシでさっ!」

 

 彼女は、片目を閉じウィンクする。

 

ストレートロングの赤毛に、青い瞳が一層映え渡る。

 

幼さを残した童顔だが、快活さと清楚さの奇妙に同居した不思議な魅力がある。

 

「う、うむ・・・。努力して、みよう・・・・・・」

 

 咳払いをしつつ、顔を背けた桶兜の騎士。

 

悪戯っぽく笑う彼女。

 

賑やかで平穏な時間が、洒落た店内に流れて行く。

 

 

 

これは太陽を目指し過酷な旅を潜り抜けた、とある騎士のお話。

 

 

 

西方辺境の鉱山での戦いと、時を同じくした物語である。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「Gooob・・・・・・」

(必ず生き延びてやる・・・・・・)

 

「Grobu・・・・・・」

(俺は、あんな無様な死に方はせんぞ・・・・・・)

 

偽りの王冠とマントを与えられ、馬鹿みたいに踏ん反り返っていた、あんな間抜けな王モドキの様には――。

 

俺は学んだ。

 

あの黒い同胞から、学習する事の重要さを。

 

俺は知った。

 

造り出す事で、更なる力を得る事を。

 

俺は辿り着く。

 

いつか王に成り、世界に君臨するのだ。

 

そして、いつの日か必ず。

 

 

 

――あの黒き同胞に成り代わってやる――

 

 

 

血と死肉が蔓延する洞窟で、一匹のゴブリンが瀕死の重傷にも関らず、立ち上がった。

 

仲間の屍から装備を剥ぎ取り掻き集め、布切れで止血を施す。

 

首の無い、偽りの黒き同胞の死体。

 

傍らには体を黒く染めたであろう壷が、転がっていた。

 

蓋が外れ、粉末状の木炭が零れ出ている。

 

 

 

馬鹿な奴だ!

 

本物の黒き同胞に踊らされ、呆気無く死にやがった。

 

間抜けな奴だ!

 

この巣穴を任された時点で、おかしいと思わなかったのか?

 

そして許さん!

 

この俺を謀り、騙した罪。

 

必ず超える!

 

俺は、偉大な王として世界を席巻するのだ。

 

 

 

 

 

        ――ゴブリンロードとして――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

太陽虫

 

 廃都イザリスに蠢く不気味な寄生虫。

 まったく動かないが、完全に死んではいない。

 

 頭にかぶることができ、かぶるとまぶしい光を放つ。

 太陽虫の名はその光に由来するものだ。

 

 とある騎士は、これに太陽を見出し縋った。

 探せども見付からず、絶望の果てに辿り着いたその騎士を、一体誰が哂え様か。

 

 

 

 

 

 




 ちょっとしたオマケのエピソードなのに、何故か長くなってしまった。

彼の名前が判明するまで「桶兜の騎士」と表記してあります。
別に『バケツヘルムの騎士』でも良かったのですが、個人的に語呂が悪い気がして。

それにしても、寄生された『太陽虫』を無理矢理引き剥がすと、脳髄ごと取り除き、
その場で即死する様な気がする。
ま、『こまけぇ事ぁ、良いんだよ』的な思いで、その辺は適当に流して置いて下さいな。( ̄ω ̄;)

ソラールさんの今後の表記についてですが、素直に名前で表記した方が良いでしょうか?
それとも、ゴブスレ世界の特徴を反映して『桶兜の騎士』や『太陽の騎士』と別表記にした方が良いでしょうか?

もし宜しければ、感想にでも返して頂けると、有り難いです。m(_ _;)m

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

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