ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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漸く、原作イヤーワン一巻分まで来たか。

長かったなぁ・・・・・・。

では投稿します。


第34話―灰の剣士―

 

 

 

 

 

楔石の欠片

 

 武器を強化する楔石の欠片。

 武器を+3まで強化する。

 

 それは神の原盤から剥がれた薄片であるといわれ。

 武器に刻むことでその武器を強化する。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 西方辺境の街に存在する地母神の神殿。

 

神殿内は、多くの人々が半ばパニック気味に右往左往していた。

 

「其処の患者さんに、止血用の包帯を!」

 

「この傷口を押さえてて頂戴!」

 

「熱菌消毒したガーゼをっ!早くっ!」

 

 礼拝堂を仮の診療所代わりとし、数多くの負傷者達が所狭しと寝かされていた。

 

本来なら正規の診療所が存在するのだが、負傷者の数が余りに多く、とても収容出来る人数ではなかった。

 

完全に、想定外の出来事である。

 

其処で簡易診療所も兼ねている、地母神の神殿にも白羽の矢が立った次第ではあるのだが。

 

神殿の治療室だけでは事足りず、急遽最も広い礼拝堂を仮の診療所としたのである。

 

長椅子を寝台代わりとし、重傷者を優先的に寝かせ、聖職者や看護専門の信徒達が、呻き声を上げる負傷者達の間を縫って、治療の為に奔走していた。

 

負傷者の大半、否、全てが冒険者達だった。

 

この様な事態を招くにも、当然原因がある。

 

金鉱山にて、生息したロックイーターとブロブを討伐するべく、多くの冒険者達が参加した。

 

しかし、思わぬ事態が発生する。

 

先遣隊がロックイーターと戦闘中、突如として『冷たい谷のボルド』が乱入して来たのであった。

 

現時点で最高難度を誇ると言われている、『ロスリックの遺跡』から逃げ出した強大な怪物だ。

 

そのボルドに、ロックイーターは瞬時に倒され、ボルドもブロブを全身に浴びるが、纏った冷気で完全に粉砕。

 

先遣隊はその隙を突き後退し、本体と合流。

 

共同で対抗するものの、力及ばず壊滅状態に追い込まれ、数多くの死傷者が続出した。

 

槍使いと同期戦士の機転で、ギルドからは増援を、もう一方から『火の無い灰と鎧戦士』が、追加戦力として参戦した。

 

灰と鎧戦士の尽力で戦線は持ち直し、皆の奮戦の甲斐あって見事ボルドの討伐に成功した。

 

勝利の喜びに浸っていたが、またもや予期せぬ事態が発生する。

 

彼等の消耗を突き、半ば眉唾物として扱われていた『ダークゴブリン』率いるゴブリン集団が、襲い掛かって来たのである。

 

従来のゴブリンに対する認識を根底から覆され、巧みな戦術に翻弄され、多数の負傷者が出てしまった。

 

灰と鎧戦士、そして僅かに残った数名の冒険者達の奮戦で、辛くも撃退に成功した。

 

 

 

「ちょっと御免なさい、すぐに熱冷ましの薬草を持って来てくれる?」

 

「あ、はい。直ぐにお持ちします!」

 

 10歳に成るか成らないかの、年端もゆかない侍祭。

 

黄金に透ける美しくも長い髪、幼いとは言え愛くるしく慈愛に満ちた細面は、慌しく駆け巡る状況の変化に数粒の汗を滲ませていた。

 

継ぎ接ぎだらけの地味な法衣は神殿の支給品。

 

その袖と裾を捲くり、決まった位置の戸棚から薬草を取り出す。

 

その薬草は、神殿の菜園で栽培された物であり、傷病者の治療には欠かせない物だ。

 

「持って来ました!」

 

「有り難う。此処はもう良いから他の人達を手伝ってあげて」

 

「はい!」

 

 先輩の神官に薬草を手渡し、彼女は再び礼拝堂内を駆け出す。

 

実はこの少女も、他の聖職者達と同じく、孤児であった。

 

約5年前、混沌と国軍との戦争の煽りで、神殿の入り口に捨てられていたのだという。

 

だが、そんな辛い過去にめげる事無く、学問に奉仕活動にと背一杯励み、他の同年代の子達よりも多くの活動に従事していた。

 

時には神殿の最高指導者でもある、『司祭長』にも一目置かれるほどであった。

 

「そこの、少女・・・・・・」

 

 不意の呼び止められ、驚いた様に脚を止めて振り返る。

 

見れば、薄汚れた鎧兜に中途半端な剣を腰に吊り下げている。

 

赤黒く血と泥で全身を汚している冒険者に、呼び止められたのであった。

 

その冒険者は、気を失ったもう一人の男を担いでいた。

 

「ハァ・・・、ハァ・・・、・・・・・・取り込み中、悪いが、こいつを・・・、診て欲しい・・・・・・」

 

 鎧の冒険者は、息も絶え絶えに担いだ男を少女に託そうとしていた。

 

かなり混雑しているが、空いた長椅子の場所はまだ余裕があった。

 

「あ、はい。此方に・・・・・・」

 

 少女は空いた長椅子に案内し、鎧の冒険者は担いだ男を寝かす。

 

「あれ?この人。・・・・・・何処かで・・・・・・」

 

 長椅子に寝かした男に、少女は見覚えが有った。

 

少女は恐る恐る、ボロボロで原形を留めていない深緑のフードを捲くった。

 

フードを捲くった瞬間、無骨な鉄兜が顕になり、少女は息を飲む。

 

「――!!・・・灰の、お兄さんっ!」

 

 両手で顔を覆い、驚愕に身を震わせた。

 

そう、寝かされた男は、少女も良く知る剣士――。

 

『火の無い灰』だった。

 

「そんな・・・、どうして・・・・・・」

 

目の前の光景に”信じられない”といった表情で、完全に狼狽えてしまう。

 

「ゼェ・・・、ハァ・・・、何とか止血には成功したが・・・、血を流し過ぎている・・・・・・、処置を、急がねば・・・、命の・・・、保障・・・が、な・・・ぃ・・・・・・」

 

「えっ?!・・・・・・あの、冒険者さん?」

 

 次の瞬間、灰を担いで来た鎧の冒険者、即ち『鎧戦士』も負傷と疲労の限界で、その場で気を失ってしまった。

 

その光景を目の当たりにした少女の絶叫が、礼拝堂に響き渡る。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 桶に貯めた水が、汚れた包帯の血で赤く濁っていく。

 

少女は、その包帯を懸命に洗っているつもりであったが、先程の生気は消え失せ目の焦点が定まっていない。

 

ただ、手を動かしているに過ぎない状態であった。

 

彼女の良く知る慕っていた男が、目の前で変わり果てた姿で帰って来たのだ。

 

――お兄さんの仕事は、司祭長様の御用意された荷物を遠方の村に届けるだけの簡単な、お仕事だった筈。

 

それが何故?

 

答えの出ない疑問だけが、頭を幾度も駆け巡っては振り出しに戻る。

 

その彼を担いで来た鎧の冒険者も、自分の目の前で倒れてしまった。

 

今迄こういった光景は遠目から見てきたが、まさか自分の目の前で起ころうとは・・・・・・――。

 

気が付けば少女の頭は真っ白になり、所構わず泣け叫び、近くに居た神官達が急遽対応する事に成ったのである。

 

完全に取り乱した少女は、先輩の神官達の配慮で、現場から離れた作業に従事させる事にし、現在に至る。

 

彼等は、きっと戦ったのだろう。

 

その位は、彼女にも理解出来た。

 

チラリと生気の無い目で、壁際を見やる。

 

其処には、長椅子に力無く横たわる灰と、壁を背にぐったりと俯いている鎧戦士。

 

その二人に数人の神官達が、必死に対応していた。

 

「あの人は、先輩の神官さん・・・・・・」

 

 その中には、地母神の男神官も混ざっていたが、何やら口論している様だ。

 

「頼む、離してくれ!鎧の彼は兎も角。灰の彼は、薬草はおろか水薬すら受け付けようとしない。・・・・・・治癒の奇跡を施さねば!――」

 

「いい加減にして下さい!貴方は奇跡を使い果たしているんですよ!限界を超えた状態で行使すれば、どういう事に成るか・・・・・・!」

 

 男神官自身も奇跡を使い果たしている上に、激しい戦闘を潜り抜けた直後だった。

 

その状態で奇跡を行使すれば、肉体の限界を超えた負担を強いる事になり、結果彼自身に危険が及ぶ事になりかねない。

 

ただでさえ、人手が足りていないのだ。

 

それに加え余計な患者を増やされては、溜まったものではなかった。

 

結局彼は、数人の信徒達に連行され、睡眠剤入りのスタミナポーションを強制的に飲まされた挙句、自室に放り込まれてしまった。

 

侍祭の少女は尚も、彼等に視線を外せないでいた。

 

――たすけて、あげたい。

 

彼女は再び手を動かし、汚れた包帯を洗い続ける。

 

濁った水を入れ替え、新鮮な水で洗い続け、また濁った水を入れ替える。

 

それらの行動を繰り返し、また繰り返し、繰り返し・・・・・・。

 

彼女自身は気が付いていない。

 

意識と行動、精神と肉体が何か別の空間に、切り離されたかの様な感覚。

 

 

 

『いいですか?よく感じ取るのですよ』

 

 意識の何処かで、司祭長の教えが蘇る。

 

――守り、癒し、救う。

 

『地母神の教えですが、もっと大事な事があります』

 

――”助けたい”と言う思い、そして実践する事。

 

『それは愛の精神』

 

――誰かを支え助けたいという純粋な思い。

 

少女の心に、力尽きた二人の冒険者が結びつく。

 

 

 

――いと慈悲深き地母神よ、どうか彼の者達の傷に、御手をお触れ下さい。

 

 

 

この時少女は、生まれて始めて奇跡を行使した。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

――いいかぁ、お前達。今日からお前達に、労働の素晴らしさを叩き込んで下さる、大地主様だ。しっかり働けよぉ!

 

――ガキ共ぉ、もっと気合入れて働けぇっ!

 

――よぅし!お前それなりに出来る様だな。今日付けで、お前は学問習得の許可をやろう。大変栄誉な事だぞ、感謝しろ!

 

――学んだ読み書き算術は、大地主様の為に生かせ!それが、お前達の繁栄に繋がるんだからな!

 

――うわぁっ!や、野党の襲撃だっ!逃げろぉ!

 

――何だこのガキぃ、気味ワリィ!切っても切っても死にやがらねぇ!

 

――判決を言い渡す。この者は不死人と断定。故に、『北の不死院』への永久幽閉の刑に処す!

 

――あれが不死人か、うわっ、こっち見やがったぞ!不吉だ、二度と出て来るんじゃねぇ!

 

――終わりじゃぁ、この世界の火は、もう終わりじゃぁ・・・・・・!

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

――そうか・・・これは・・・・・・。不死人以前の、・・・・・・私・・・・・・。

 

 

 

彼の視界にぼんやりと光が刺す。

 

全身が気だるく重い。

 

録に力が入らず、首だけを動かし現状を確認しようとした。

 

騒がしい喧騒、忙しなく駆け巡る人々、心なしか聖職者達が多い気がする。

 

他にも見覚えのある人物達が、視界に飛び込んで来た。

 

重戦士達の一党、槍使い達の一党、同期戦士と少女野伏、腕に包帯を吊り下げ何やら指示を飛ばしている男、銅等級冒険者だったか。

 

「・・・彼は?・・・」

 

 自分にも聞き取れるかどうかも怪しい、弱々しい声で呟き、鎧戦士の姿を探す。

 

ややあって、壁際に力無く俯いている鎧戦士を発見し、安堵する。

 

安堵した途端、再び睡魔が襲い掛かり、彼は抵抗する事無く受け入れた。

 

そして、意識を深い闇の底に委ねる。

 

誰にも気付かれる事無く、火の無い灰は眠りに就いた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 背中に感じる柔らかく暖かな感触。

 

意識が徐々に覚醒していく。

 

ゆっくりと目を開き、自分の置かれた現状を認識しようとした。

 

気が付いた時、彼は固い長椅子ではなく個室に設けられた寝台に、寝かされていた。

 

「・・・・・・此処は・・・・・・?」

 

 何気無く口に出す。

 

「地母神の神殿だ」

 

『火の無い灰』の質問に答えてくれたのは、隣に居た重戦士だった。

 

――神殿・・・、地母神の。

 

灰は無理にでも体を起こそうとするが、全身に痛みが奔る。

 

身体の外からも中からも、激痛が容赦無く駆け巡り、とても動ける状態ではなかった。

 

「無理をするな。数ある冒険者の中で、お前の傷が最も酷かったのだからな」

 

 重戦士の隣に居た女騎士が、灰の具合を説明してくれた。

 

首だけを動かせば重戦士一党全員が、部屋に居る。

 

正確には彼等だけでなく、槍使いや同期戦士達の一党の存在も確認できた。

 

そして二人の人物。

 

鎧戦士と涙目に此方を覗う、灰も良く知る侍祭の少女。

 

彼等は、灰を気遣い見舞いに訪れてくれていたのだった。

 

灰は尋ねる。

 

どの位眠っていたのかと。

 

「丸二日だ」

 

 短く答えてくれたのは鎧戦士。

 

「大半の冒険者は傷が癒えちまったからな。神殿に残っているのはアンタだけだ」

 

 槍使いも言葉を付け加える。

 

そんなに眠っていたのか、私だけ・・・・・・。

 

「・・・・・・スマン。後始末にも参加出来ず、私だけ寝てしまって・・・・・・」

 

「馬鹿言うな!アンタが居なければ、俺達はこうして生きていたかどうかも分からなかったんだ。アンタが最大の功労者なんだぜ!」

 

 謝罪の意を向ける灰に、同期戦士が一喝する。

 

直後、声が大きいと少女野伏に怒られてしまったが・・・・・・。

 

だが、同期戦士の言った『最大の功労者』については、皆が納得していた。

 

灰が居なければ、『ダークゴブリン』はおろか『ボルド』にさえ、全滅していたかも知れないのだ。

 

「あれからどうなった?」

 

 灰は、自分が倒れた後について尋ねてみる。

 

「私が説明しましょう」

 

 重戦士の一党の一人でもある、半森人の軽戦士が説明してくれた。

 

このメンバー中では、最も論理的に言葉を纏め、相手に伝える事に長けている彼。

 

彼の説明によれば。

 

ダークゴブリンが撤退した後、動けるメンバーだけを掻き集め、坑道内に再侵入したとの事だった。

 

想定外の介入はあったものの、本来の討伐目標である『ロックイーター』と『ブロブ』の亡骸を確認する為であった。

 

案の定、ロックイーターの頭部は砕け散り、完全に絶命。

 

ブロブに至っては、綺麗さっぱり欠片すら消え去っていた。

 

念の為ブロブの残滓を捜索してみたものの、それらしき痕跡は見付からず、その時点を以って『依頼達成』を宣言したのである。

 

「これがアンタの特別報酬だ」

 

 重戦士が、寝台付近の棚に報酬の入った袋を置く。

 

「・・・・・・私は正式に依頼を請け負った訳じゃない。受け取る訳には・・・・・・」

 

「そう言うと思ってな、中身を見てみな!」

 

 受け取りをやんわり否定する灰に、重戦士が中身を見てみろと促した。

 

”ちょっと失礼しますね”と、起きられない灰に変わり、侍祭の少女が袋から中身を取り出した。

 

少女の手から何やら、ごつごつとした感触が伝わって来る。

 

「・・・?何ですこれ?石ころ・・・・・・?」

 

「楔石の欠片」

 

中身を取り出し、首を傾げる少女に灰が答えた。

 

中身は一つだけでなく、大小複数の『楔石の欠片』や数種類の『貴石』等も詰まっていた。

 

「これだけの楔石、一体どうやって?」

 

 ロスリック内ならば幾らでも入手出来るのは分かるが、まさか鉱山内で入手出来ようとは。

 

彼等の説明によれば、ロックイーターの外殻に大量に含まれていたそうだ。

 

ロックイーターは、名前に違わず岩石をも食糧とする。

 

岩石の層を掘り進んでいる内に、楔石を大量に含む層に到達したのだろう。

 

かなりの数が手に入った為、生き残った冒険者達に行き渡る事となったのだ。

 

「アンタの事だ、どうせ金は受け取らないと思ってな。こっちにしたって寸法だ」

 

「気を使わせてしまったかな。そう言うことなら有り難く、受け取る事にする」

 

 重戦士達の気遣いに、改めて礼を言う灰。

 

暫しの時間が経過した後――。

 

「伝える事がある」

 

 無遠慮に鎧戦士が語り掛けて来た。

 

起き上がれずとも鎧戦士に視線を向け、聞く姿勢に入る。

 

「ダークゴブリンが討たれた」

 

「・・・・・・」

 

 その言葉に、沈黙する灰と一同。

 

「・・・・・・詳細を」

 

 更に掘り下げた説明を求める灰。

 

「銀等級冒険者率いる一党が、ダークゴブリンの巣穴を襲撃し、殲滅したとの事だ。証拠の首を持ち帰ってな」

 

「・・・・・・そうか」

 

 鎧戦士の説明にも、灰は些か薄い反応を示した。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「「「「「「・・・・・・」」」」」」

 

 部屋に居る全員が押し黙り、全体に沈黙が漂う。

 

皆は灰を見舞いに来た、これは紛れ様も無い事実だ。

 

だが此処に訪れた真の目的は、彼自身の見解を聞く事にあった。

 

火の無い灰の見解を――。

 

本来なら鎧戦士以外は、ゴブリンに対して、然したる興味も示さない彼等ではあった。

 

しかし件の『ダークゴブリン』とその集団には、完全に別件であった。

 

従来のゴブリンとは全く異なる概念で、今までの常識を覆して来たのだ。

 

唯一真正面から肉薄していた、灰の意見を聞くのは当然の流れとも言える。

 

皆、待っているのだ。

 

灰の言葉を――。

 

 

 

「偽者だろうな。恐らく」

 

 

 

 語尾を弱めるでも強めるでもなく、言い放つ灰。

 

「理由は」

 

 鎧戦士が根拠について尋ねて来た。

 

灰曰く。

 

数名の銀等級率いる一党と50名以上から成る、銅等級率いる徒党集団――。

 

それほど開けた実力差が、あるとは思えない。

 

この目で確認出来ない以上、銀等級一党がどれ程の質かは定かではない。

 

しかし、鉱山での銅等級率いる集団も、かなりの実力を誇っていた。

 

加えて、弩砲を準備し持ち出す位の、人脈と政治力も備えている。

 

仮に万全の状態で『ダークゴブリン』集団と戦えれば、状況次第では討伐の可能性は、充分にあったと思う。

 

それに襲撃ではなく、陽動と引き付けを目的とした、ダークゴブリン集団の運用能力。

 

知力、判断力、戦闘力、統率力、それらを鑑みても数名の一党に討伐出来ると言うのは、些かの疑問符が付く。

 

あれほどの能力を備えたダークゴブリンの集団だ。

 

影武者を用意していないと、どうして言え様か。

 

「私は直接、奴と剣を交えた。だからこそ分かる」

 

 

 

              ――奴の実力が――

 

 

 

「だが、偽者か本物か。――其れを確かめる術が無い。・・・・・・証拠となる首を見れば一目瞭然なのだが?」

 

 依頼主は誰なのか?

 

灰は尋ねてみる。

 

「水の都の『剣の乙女』なる人物らしい」

 

「ええっ?!『剣の乙女』と言えば、法と秩序を司る都の大司教様にして、金等級の英雄様の一人じゃないですか!」

 

 鎧戦士の淡々とした答えとは対照的に、興奮した様子を見せる侍祭の少女。

 

一瞬鎧戦士と目が合ってしまった。

 

「・・・・・・」

 

「あ、ご、御免なさい。静かにしてます・・・・・・」

 

 彼の纏う不死人の様な出で立ちに気圧され、萎縮する少女。

 

「水の都迄、かなり距離があるな。確認しに行くのか?」

 

 女騎士の質問に、灰は首を振った。

 

「『剣の乙女』がどういった人かは判らないが、赴いた所で白磁の駆け出し相手に、まともに取り合わんだろうさ」

 

 他にやるべき事は多岐に渡る。

 

「お前の意見が聞けて良かった。今の所、奴に関する情報は以上だ」

 

「分かった、有り難う」

 

「・・・・・・ギルドからも話が有るそうだ。傷が癒えたら顔を出せ」

 

 そう言うや否や鎧戦士は、早々と部屋を去る。

 

――暫くは、潜伏するだろうな。ダークゴブリンの集団は。

 

去り行く鎧戦士の背を送り、灰の胸中に新たな予感が去来していた。

 

「やれやれ、相変わらずだな。あの変なのは」

 

「それじゃお大事にな。俺達も行くぜ」

 

 部屋に残った灰と少女以外のメンバーも、別れを言い部屋を後にした。

 

部屋に残された灰と少女。

 

少女は無言で灰を見つめる。

 

彼女の穢れの無い碧い瞳が、灰の橙色の瞳と交差する。

 

暫く無言で二人は見つめ合った。

 

「ありがとう。ずっと、ずっと傍に居てくれたのだろう。そして・・・、御免よ。こんな姿で戻って来て」

 

 徐に口を開いたのは灰だった。

 

次の瞬間、少女は灰に抱き付き顔を埋めていた。

 

「よかった・・・、よかったよぉ・・・、お兄さん・・・、お兄さん・・・・・・」

 

 余程心配してくれていたのだろう、彼女の嗚咽の混ざった声が部屋に木霊する。

 

「もう、大丈夫だ・・・・・・」

 

 灰は痛みの消えぬ手で、彼女を優しく抱き寄せた。

 

 

 

更に経過する事、二日。

 

 

 

武器工房にて、装備の新調を図る火の無い灰。

 

鉱山での戦いで、殆どの装備が使い物に成らなくなり、こうして真新しい装備に身を包んでいたのである。

 

尤も、装備品の種類自体は以前と変わらず、軽装を中心とした構成だった。

 

「おう、災難だったな。アンタ」

 

 店番のアンドレイが声を掛けて来る。

 

今日はアンドレイが当番らしい。

 

「ああ、全くだ。連戦に継ぐ連戦だったからな。・・・お陰でこっちは大赤字だ」

 

 灰は愚痴を零しながらも、真新しい装備を手際良く身に着けていく。

 

『深みのバトルアクス』と『銀鷲のカイトシールド』は、既に失われていた。

 

「・・・・・・とは言え、大量の楔石が手に入ったんだ。結果としては、大収穫だったんじゃねぇか」

 

 棚に置かれた袋から、幾つかの楔石と貴石を取り出し並べるアンドレイ。

 

袋には、楔石の欠片×15、楔石の大欠片×5、炎の貴石×2、鋭利な貴石、粗製の貴石が入っていた。

 

これだけの強化素材が纏まって入手出来たのは、火継ぎの時代でも、そうそう頻繁にお目にかかれる事ではない。

 

アンドレイの言う通り、大収穫である。

 

「確かにな、これで『螺旋の剣』の修復も少しは捗るか」

 

「おう、まだまだ大量に必要だがな。それと、老婆心ながら助言させてくれ」

 

「?」

 

 アンドレイの言葉に、灰の手が止まる。

 

「お前さん、今『シミター』を愛用しているだろう。今後も使い続けるんだよな?」

 

 灰は”是”の意思を伝える。

 

「だったら今の内に強化しときな!これだけの楔石だ、少しは自分の武器に使う事を推奨するぜ!」

 

 彼の言葉に少々逡巡したが、灰は彼の助言通り武器の強化を決意する。

 

「このまま冒険に出る訳じゃねぇんだろ?」

 

「ああ。ギルドから話があるらしい。今日はその用事だけ済ます積もりだ、もう昼過ぎだしな」

 

「ハハ!違いねぇ!だったら明日までには強化しとくぜ!」

 

「頼む」

 

 このやり取りで、シミターを強化する事にした。

 

灰のオーダーは、鋭利な貴石で派生強化し、続けて楔石の欠片で3段階強化するというものだった。

 

『炎の貴石』は二つある為、一つは自分用に取って置く事にする。

 

「よぅし!承った!しっかり強化してやるからな!」

 

 商談が成立し、灰は工房を出た。

 

そのままの脚で、併設されたギルドの扉を潜る。

 

相変わらずの喧騒は、微塵も感じられず、ギルド内は静かなもので数名の冒険者が屯している以外は、受付嬢が待機しているのみだった。

 

「いらっしゃいませ!冒険者ギルドへようこそ!――・・・っあ・・・・・・」

 

 灰の姿を見るや否や、受付嬢達が固まる。

 

特に顕著だったのは、監督官候補の受付嬢。

 

灰は、彼女の方に歩み寄る。

 

「・・・・・・もう、大丈夫なの?」

 

 灰を気遣うように、若干語尾を弱める彼女。

 

「ああ、充分動ける。今日は依頼を請ける気は無い、もう時間が時間なだけにな」

 

 灰は、自分の現状を伝えた。

 

その報告を聞き、彼女も幾許かの安堵の表情を見せる。

 

「ええ、それが賢明よ。――それで、どうしたの今日は?」

 

 彼女の問いに灰は”ギルドから話が有ると聞いた”事を伝える。

 

「ああ、その事ね。ちょっと待ってて」

 

 彼女は、カウンターの引き出しから一枚の用紙を取り出し、説明を始めた。

 

「貴方に、”昇級審査を受ける様に”との事です」

 

「昇級審査?」

 

 彼女の説明によれば灰自身、白磁の新人でありながら、其れを遥かに凌駕する社会的貢献と人的信用、そして実力を示したとの事だった。

 

実際、灰が神殿で療養していた頃、ギルド内では鉱山での戦いの噂で持ち切りだった。

 

ボルドやダークゴブリンは勿論の事、火の無い灰の戦い振りも話題の中心に含まれていたのだ。

 

また重戦士や鎧戦士達の証言も手伝い、『薄汚い新人』から『腕利きの剣士』として評価が塗り替えられたのである。

 

何故か誇らしげに話す、彼女。

 

その話を聞き、正直その場に居なくて良かったと、心底思う灰であった。

 

「明日の開店と同時に、指定の応接室に来て下さい」

 

「承知した、有り難う」

 

 礼を言った灰はギルドを後にする。

 

「しっかり休んで下さいねぇ~!」

 

 その背中を見送る受付嬢。

 

本心ではもっと話していたかったのだが、灰自身を良く見れば、何処と無く疲労が残っている様にも見えた為、敢えて引き止める事はしなかった。

 

 

 

「この宿も久し振りな気がする」

 

 普段借りていた宿屋の部屋。

 

決して高級部屋ではなかったが、ギルド御用達の冒険者用の宿である為、信用と安全性には定評があり、料金も非常に良心的だった。

 

故に灰自身も、頻繁に利用していた。

 

実際は、数日しか経っていないのだが。

 

まだ日が落ちる前の時刻だが、灰は空いた時間を休養に費やすのだった。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

ギルドの応接室には、二人の受付嬢と一人の冒険者が立会人として座っている。

 

その向かいに大き目のソファが設置され、火の無い灰が着席していた。

 

中央には監督官候補の受付嬢、そして報告の虚偽を判断する為、現監督官の先輩嬢が配置され、立会い兼護衛の冒険者は、あの銅等級冒険者だった。

 

その顔触れに、些かの緊張が走る。

 

――過去に神殿でもあったな、この光景。

 

今の状況に既視感を覚える灰。

 

彼がこの街で神殿の世話になった頃、不審物(当時の亡者の遺骨)を所持していた為、尋問を受ける羽目になったのだが、その光景に良く似ていた。

 

――まさか、この期に及んで蒸し返されるんじゃないだろうな?

 

過去の出来事がどうしても頭に過ぎり、つい力んでしまう。

 

「そんなに緊張しないで下さい。質問に噓偽り無くお答えして頂けたら、直ぐに終了致しますので。・・・・・・それでは開始致します」

 

 受付嬢の開始宣言に、無言で頭を下げる灰。

 

「ええ先ずは、貴方の経歴から・・・・・・」

 

 簡単な質問から始まり、灰も滞りなく答えていく。

 

この四方世界に転移する前の、過去に言及される事を懸念していたが、それは杞憂だった。

 

ギルド内でも、ある程度は灰の正体を把握しているのだろう。

 

「う~ん特に引っ掛かる事は無いわね」

 

 先輩嬢は『嘘発見』の奇跡を行使して虚偽が無いかを精査するが、全く反応しなかった。

 

「え~、査定は以上です。ではこれを以って、貴方の昇級は・・・・・・」

 

 受付嬢が昇級の是非を宣言しようとした、その時――。

 

「私からも質問して宜しいかね?」

 

 言葉を挟んで来たのは立会人の銅等級冒険者だった。

 

彼は受付嬢から許可を貰った後、灰に質疑する。

 

「君の高山での戦い振り、しかと拝見させて貰った。・・・・・・あれは君の実力が成せる業かな?」

 

 フードで隠れた灰の目を見据える銅等級冒険者。

 

その眼光は鋭く、流石は経験豊富な猛者と言った所か。

 

「・・・まさか。まぐれ、ですよ」

 

 灰は、はぐらかすが。

 

「今の噓ね!」

 

 唐突に先輩嬢から噓である事を告げられた。

 

「なっ?!!」

 

 余りに予期せぬ『噓発見』の行使に、灰も声に出して驚いた。

 

「法と秩序を司る至高神の名において、今のは紛れも無く噓である事を宣言致します!」

 

 先輩嬢と受付嬢の冷ややかな視線が、灰に突き刺さる。

 

「・・・・・・困るなぁ、その様なつまらん噓を申されては!」

 

「・・・・・・」

 

 流石にこればかりは、ぐうの音も出なかった。

 

灰は観念し、正直に答える事にする。

 

「・・・・・・仰るとおり、私の力です」

 

「う~ん・・・、これも噓ねぇ・・・・・・」

 

「何だと?!」

 

 正直に答えた筈が、歯切れの悪さはあったものの、噓であると判断されてしまった。

 

「待ってくれ、正直に答えた筈だ!これじゃどう答えれば良いんだ?」

 

 ”答え様が無いじゃないか!”と、感情を顕にソファから立ち上がる灰。

 

「落ち着き給えよ。貴殿の本心を聞かせてくれれば、それで言い」

 

 灰とは対照的に冷静に諭す、銅等級冒険者。

 

「・・・・・・」

 

 立ち上がっていた灰は再び腰を下ろし、深呼吸した。

 

「正直に言えば、周りの冒険者達が、各々の最善を尽くし、役割を果たした故の結果だと存じます。その上で、私の技量が遺憾なく発揮され、此度の勝利に貢献出来たかと。・・・しかし、しかしです!真に評価されるべきは、志半ばで散っていった名も知らぬ冒険者達なのでは無いでしょうか?その人達の犠牲の上に、今の私達が生かされている!・・・・・・そう思うのは、私の傲慢なのでしょうか?」

 

「「「・・・・・・」」」

 

 三人の間に沈黙が走る。

 

暫く誰もが、言葉を発する事が出来なかった。

 

「・・・・・・今のは本当みたいね」

 

 先輩嬢が噓では無いと宣言する。

 

「・・・・・・そうか。そう言って貰えると、犠牲となった彼等も少しは報われる。・・・・・・済まなかった、貴殿を試す様な真似をして」

 

 彼は、灰の肩に手を置き、部屋の出口に向かう。

 

「これは私見だが、貴殿は辺境で終わる器ではない。もしかしたら、貴殿こそが『伝説の勇者』なのやも知れぬ」

 

「それこそ、まさかですよ。私は剣士。――今までも。そして、これからも。只の剣士!」

 

「・・・・・・そうには、見えんがな」

 

 ドアノブに手を掛けた彼に、今度は灰から質問が飛んで来た。

 

「そう言えば、『ボルドの大鎚』はどうなったのです?」

 

 彼が言うには『ボルドの大鎚』は、一度『水の都』で事前調査され、正規の輸送部隊に引き継がれた後、王都に移送され封印される事が決定していた。

 

正直人の手に余る代物、万が一混沌の勢力に渡れば、新たな災厄が起こる事は必至である。

 

妥当な判断と言えよう。

 

そう答えた後、銅等級冒険者は去って言った。

 

その後、灰は『黒曜等級』の認識票を受け取り、無事昇級した。

 

序列10位から9位に昇格したのである。

 

もう白磁等級の初心者ではない。

 

下級とは言え、経験を積んだ冒険者なのだ。

 

今後、更なる期待と責任が、圧し掛かる事と成るだろう。

 

何も灰に限った事では無いが。

 

 

 

一階に下りた灰に、冒険者達の視線が注がれる。

 

好意的なものから嫌悪を含めたものまで、実に多用だ。

 

そんな中、壁際で待機していた鎧戦士と目が合う。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 互いに無言ではあったが、灰が静かに頷く。

 

無事、昇級したのだと。

 

よく見れば、鎧戦士も黒曜のプレートを下げている。

 

「昇進祝いを用意しておいた」

 

 鎧戦士が、一枚の依頼用紙を手渡す。

 

『遺跡に先行した冒険者の捜索と、ゴブリンの殲滅』

 

 即ちゴブリン退治だ。

 

「君らしいな」

 

「無理にとは言わんが、行けるか?」

 

 灰は勿論だと承諾し、黒曜等級初のゴブリン退治へと向かう事にした。

 

「お気を付けて、二人とも!」

 

 ギルドの受付嬢の言葉を背に受けながら、二人は外に出る。

 

街を出る途中、灰は鎧戦士に話し掛けた。

 

「ゴブリンスレイヤーだったか?君が最近、そう呼ばれているのは」

 

 灰がギルドに訪れる道中、そんな噂を耳にした事を伝える。

 

――そう言えばダークゴブリンも、彼の事をそう呼んでいたな。

 

「ああ。お前の事は、こう呼ばれている」

 

 

 

『灰の剣士』と。

 

 

 

 そう、鎧戦士だけでなく、灰に対しても渾名が付けられていたのである。

 

「成る程『ゴブリンスレイヤー』に、『灰の剣士』・・・か。悪くない」

 

 二人を指すのに相応しい呼び名だった。

 

 

 

 

 

二人は、行く。

 

ゴブリン退治へと。

 

再び歩み出す。

 

冒険者として。

 

各々の役割を全うせんが為。

 

この日を境に、彼らはこう呼ばれる事となる。

 

一人は小鬼を殺す者。

 

――ゴブリンスレイヤー――

 

そしてもう一人は――。

 

 

 

 

 

           ――灰の剣士――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

鋭利な貴石

 

 楔石が変質化したという貴石。

 カーサス独特の曲刀に用いられたという。

 

 武器の変質強化に使用され、鋭利な武器を作る。

 

 鋭利な武器は剣士と共にあり。

 特に技量補正が高くなる。

 

 

 

 

 

 




 これで、正式に鎧戦士からゴブリンスレイヤーへ。
灰も、灰の剣士と呼ばれる様になりましたとさ。
尤も灰については、わざわざ『灰の剣士』と表記しないと思いますが。
多分、灰で済ますと思います。

そしてシミターは地味に強化されました。

『鋭利なシミター+3』として。

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