ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

42 / 180
 投稿します。

台風の齎した風雨は、凄まじいものでした。
私の地方も幾度と停電に見舞われ、執筆途中で電源が落ちるという事態に……。
(いや、皆迄言うまい……)(゚ρ゚*)

今回はダークゴブリン視点のお話となります。
時間軸としては、灰が神殿から退院した直後辺りでしょうか。

ではどうぞ。


第37.5話―ダークゴブリンの力(前編)―

 

 

 

 

 

 

作業帽子

 

 不死街の住人たちの帽子。

 彼らは不死の解体者、また埋葬者であり

 これはその作業の儀式的正装である。

 

 尤も、いまやその意味は失われて久しい。

 畏れを抱き続けるなど、誰にもできぬことだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 鬱蒼と生い茂る森林。

 

広葉樹を中心とした木々、所謂樹海。

 

広大な樹海に囲まれ、昼夜問わず濃い霧に覆われた、山岳地帯。

 

『ロスリックの遺跡』から、少し南に位置する山岳地帯に、それは存在していた。

 

霧と森林に覆い被され、疾の昔に廃棄された集落跡。

 

昔は、石灰や粘土といった建築材料が豊富に産出出来たのだが、住人は別の都市や町へと移り住み、廃村となること20年。

 

つまりは廃村である。

 

人が居なくなってからというもの、当然手入れなどされず放置されていた廃村は、風雨に晒され荒れに荒れ果てていた。

 

無人の建造物は既に朽ち、人の気配は無い。

 

だが、人の気配は無いが――。

 

「GuorrV」

 

「Gov、Gov、Gov」

 

 ゴブリンの気配はある。

 

独特の言語を発し、意思の疎通を図る混沌の末端、ゴブリン。

 

朽ちた建造物を取り囲み、木槌や鋸と云った加工道具を手に、作業に従事していた。

 

その光景は廃村全体に及び、忙しなく動き回るゴブリンの群れの中に、明らかに目立つ一体の黒い小鬼。

 

同族からは『黒き同胞』と呼ばれ。

 

同じ集団からは、ボスと崇められ追従する、異端のゴブリン。

 

人族からは、こう呼ばれる。

 

 

 

『ダークゴブリン』と――。

 

 

 

ダークゴブリンを筆頭に、彼等は朽ちた建造物の補修作業に従事していた。

 

この集団にとっては、日常的な当たり前の光景だが、もし他のゴブリン達が見れば異様極まりないのは明白。

 

ボス自らが陣頭指揮を執りながら働き、何の疑念も抱く事無く部下が追従する。

 

本来ゴブリンとは、自分勝手な生き物である。

 

常に他者を見下し、自分と目先の利益のみを優先し、上下関係も力尽くで従わせる。

 

それがゴブリンの常で、下は上を常日頃妬み嫉み、上は日頃から部下を使い潰す。

 

だが、この集団は違った。

 

一応、力関係を重視し実力主義な一面はあるものの、部下の働きを労い恩賞を与え、学習、鍛錬、生産、技術を尊ぶ集団だった。

 

混沌の勢力に在って尚、規律と秩序を設け、それを乱す者には容赦無く懲罰と重労働を課し、集団全体に貢献した者には惜しみなく報酬を授与する。

 

それは、偏に『ダークゴブリン』の異端故の結果である。

 

ダークゴブリンが直接指示を出し、部下のゴブリン達が手際良く動き、朽ちた建物を補修していく。

 

その建物はダークゴブリンの為の住処ではなく、部下達の居住区にする為だ。

 

そう、このダークゴブリンは部下達の為に動いているのである。

 

そんな様子を見せ付けられては、本来自分勝手なゴブリン達も動かない訳にはいかない。

 

その様は、まるで人族の如く。

 

補修に使われている資材は、人族から略奪し溜め込んだ物を使用していた。

 

木材から石材まで幅広く。

 

略奪する事自体は、他のゴブリン達と何ら変わらなかったが、資材を好んで奪うゴブリンなど前代未聞だった。

 

更に奪い取った量も尋常ならざる量で、小規模な村を一つ分賄えるほどの量だ。

 

それが裏目に出た結果『剣の乙女』に目を付けられ、腕利きの冒険者を差し向けられる事態に陥る。

 

必要以上に警戒されたダークゴブリンは一計を案じ、規律を乱したゴブリンの囚人達から身代わりを用立てたのである。

 

今の所、目を欺く事に成功しているが、暫く間は派手に動く事は慎むべきであろう。

 

程無くして作業が一段落した頃に、交代の班がやって来る。

 

三交代制の24時間体制で補修作業を行っていた為、僅か一週間で数件の建物が補修を完了していた。

 

作業を終えたダークゴブリンは、小さな滝で身体を洗浄し本来の住処へと戻る。

 

この廃村は、水源地にも恵まれていた。

 

湧き水が山を伝い、小さな滝となって流れ落ちて来るのである。

 

ゴブリンと言えども、真っ当な生者には変わりない。

 

余程特殊な生命体でも無い限り、水は生命の源なのだ。

 

それはゴブリンとて然り。

 

集団は、その恵まれた条件に目を付け、次の住処としてこの廃村を選んだ。

 

集落の背には、山を掘り石材の採掘の為に出来た、坑道が存在していた。

 

本来の住人は既に去り実質廃坑と化していたが、その最奥がダークゴブリン専用の寝床でもある。

 

丹念に加工された木製の扉を開き、設置された新たな玉座へ腰掛けるダークゴブリン。

 

大きめの水筒から、飲料水を飲み干し一息吐く。

 

程無くして、扉を叩く物が一人。

 

「GruooB」

(ボス。報告が御座います)

 

扉の奥から聞こえて来た部下の声に”入れ”とだけ応え、入室を許可した。

 

静かに扉を開け玉座の間へ入室したのは、大柄の体躯に上品な衣服を纏った側近の一人、『書記ゴブリン』。

 

主に頭脳労働や記録といった、知識と考察力に長けた大型種である。

 

ダークゴブリンの前に恭しく一礼し、跪く。

 

「Grooobu」

(開発に着手していた薬の内、治療薬の開発に成功致しました)

 

「GruuV」

(宜しい。詳細を――)

 

 書記ゴブリンは現在、多種多様な薬の開発に携わっていた。

 

その中でも傷を癒す治療薬は、最優先で開発させる必要があった。

 

今までは、負傷した傷を洗浄した布や包帯などで止血するだけが、精々関の山だった。

 

治癒の水薬を使う選択肢もあったが作成法が分からず、危険を冒してまで略奪する必要がある。

 

正直危険に見合わないのである。

 

ほとぼりが冷めるまで、迂闊に動く事は控える必要がある。

 

となれば、自分達で生み出す必然性に迫られた。

 

幸い、その為の知識には事欠かなかった。

 

過去に奪った戦利品の中には、薬草学や栽培法が記された書物が含まれていたからだ。

 

ダークゴブリンを筆頭に、学習能力の高い個体は書物を解読し、薬の開発に着手したのである。

 

そして、書記ゴブリンから寄せられる報告の数々。

 

 

 

アロエ。

 

肉厚の葉には、ゲル状の物質が多く含まれており、それらを磨り潰しゲル液を抽出、その液に適量の水を加え鍋で煮沸――。

 

その際生じる”アク”を抜き取り低温でその後、抽出液を”ろ過”し冷ました後、包帯等に塗布し傷口へ巻き付ける事で、傷の治りが早まったとの事。

 

多少効果は弱まるが、患部に葉その物を貼り付け布で固定するだけでも、効果を確認出来た。

 

火傷の治療にも効果を発揮する為、火による痛痒にも効果を発揮した。

 

 

 

オトギリソウ(弟切草)。

 

多年草で、生葉や茎の汁を塗布薬として使用。

 

また日干しにして煎じたエキスは、服用液として鎮痛剤や神経痛にも効果がある。

 

名の由来は東国の古い伝承から伝わったらしいが、ゴブリンにとってはどうでもよかった。

 

 

 

バジル。

 

葉に利用法があり、一年草でハーブの一種。

 

乾燥させた葉を細かく砕き、食事などに混ぜ込む事で摂取する。

 

主に、精神の鎮静効果や抗菌作用、鎮痛にも作用する。

 

また煎じた物を茶として服用し、体温効果を高めたり強壮作用も確認された。

 

食事のスパイスとしても使用可能。

 

 

 

今の所、利用法や加工方法等、研究の余地ありと言った所だ。

 

実験台は、囚人や鉱山の戦いで負傷したゴブリン達を使い、効果を確認した。

 

 

「Gruoo」

(よくやった。引き続き、活用と栽培法に注力せよ。貴公等には後ほど、『洗礼の儀』を以て報いよう)

 

「洗礼の儀」と呼ばれるソウルの報酬に、気を良くした書記ゴブリンは深々と頭を垂れ、退出した。

 

 

 

 そして入れ替わる様に、訪れる別の側近達。

 

 

 

それぞれが、近況を報告してゆく。

 

先ずは、物資の調達法について。

 

従来の略奪や襲撃では必要以上に相手側を刺激する羽目になり、長期的に観れば此方の損失が増大する結果に陥りかねない。

 

そこで考案されたのが、『金の力』を利用するというものだった。

 

所謂、売買である。

 

過去に倉庫地帯を襲撃し、略奪した物資には『金』『銀』『銅』『宝石』と云った類の貴金属類も含まれていたのだ。

 

荷車一台分積み込み、この巣へ持ち帰った額は、小さな街を興せる程だった。

 

略奪に一定の危険を感じたダークゴブリン集団。

 

目を付けたのが人族の得意とする力――。

 

金の力で物資を得、勢力拡大を図る事だった。

 

しかし、問題が無い訳ではない。

 

懸念材料の一つとして、”どうやって人族と接触するか?”という事だ。

 

ゴブリンは当然『祈らぬ者』に属する者達で、人とは相容れない存在だ。

 

人前に公然と接触する訳にもいかず即通報を受け、冒険者達を差し向けられてしまうだろう。

 

ならば、同じ『祈らぬ者』勢力の人族――。

 

山賊や野党に代表される、ならず者達との接触を図っていたのである。

 

彼等は、我欲に対して非常に敏感だ。

 

特に金に対する執着は、尋常ならざる反応を見せ、その欲深さは小鬼達も舌を巻くほどだった。

 

唯、いくら『祈らぬ者』と言っても、相手は只人を中心とした勢力。

 

小鬼の姿で接触を図ろうものなら、忽ち物資のみを奪われ、巣を襲撃される恐れもある。

 

そうなれば、余計な敵対勢力を生むばかりだ。

 

主な接触役は、ダークゴブリン自らが担う事にした。

 

数多の醜悪な小鬼集団に在って、一人異彩を放ち、体色を除けば姿も人族に最も近い。

 

全身を衣服で覆い尽くし深めのローブを纏う事で、人との接触を図っていた。

 

無論彼一人で取引をする訳もなく、運搬係や護衛を担当する供を何人か引き連れてだが……。

 

更にダークゴブリンは、汚物や腐肉で汚されるのを嫌う。

 

定期的に身を清め部下にも徹底させるのは、単純に潔癖症だからではない。

 

小鬼独特の異臭を消す為でもあった。

 

「Gwoob」

(明日は、例の場所にて取引が行われまさぁ、ボス!……ただぁ……)

 

側近の中でも、身軽さと俊敏さに長けた『バンダナゴブリン』は言葉を濁す。

 

「Guuu」

(構わぬ、申せ)

 

 バンダナゴブリンの報告によれば、自分達の後を付ける輩が増して来たとの事だった。

 

 

 

――流石は人族、阿呆も居れば目敏い奴も居るものよ。

 

 

 

その報告に”問題ない”と応え、”既に対策法がある”とだけ返す。

 

「GruooB」

(明日は貴公も、参加せよ)

 

 ダークゴブリンは、そう付け加え、バンダナゴブリンを下がらせた。

 

 

 

次に報告を告げて来たのは、小鬼の上位種『ゴブリンシャーマン』――。

 

その上位種が、更に進化し力を付けた大柄なシャーマン、『ゴブリン大シャーマン』だった。

 

彼が担当しているのは、呪文の研究。

 

その中でも特に心血を注いでいるのは、死体を操る呪文についてだった。

 

この住処には、数多の小鬼達が門を叩く。

 

 

 

力を付けたい者。

 

お零れに与ろうとする者を始めとした『逸れ者』。

 

襲撃し巣の長に成り代わろうとする集団――。

 

 

 

常に後を絶たない。

 

だが、大半は此処の規律を乱し、好き勝手振舞おうとする輩のなんと多い事か。

 

そういった同胞達は当然、懲罰区行きである。

 

前の巣穴では雌オークを囲っていた為、囚人達と強制交配させる事で心を折っていたのだが、現在はそれも存在しない。

 

過酷な強制労働に従事させていたが、それだけでは心折れず、大抵巣を去って行くのである。

 

だからと言って囚人でもない正規の部下達に重労働を強いては、全体の士気に影響しかねない。

 

そこで、定期的な労働力の確保として挙げられたのが、死体を利用する方法だった。

 

奪った呪文書に記載されていた、『死霊術』と呼ばれる類のもので、骨や一部の肉体を媒介として蘇らせた死体を操る呪文だ。

 

敢えて語るなら、真言魔法の『クリエイトゴブリン』や祖竜術『ドラゴントゥースウォーリアー』に、近いだろうか。

 

だが、この魔法は本来表沙汰にはされない、闇に属する外法でもある。

 

現段階では同胞達の死体や骨を使い、死体の使役に成功。

 

しかし魔力の維持に限界があり、少数且つ短時間の使役が関の山で、魔力を蓄える器らしき物が必要不可欠との事だった。

 

「GruooB」

(魔力の貯蔵を可能とした器か……。ふむ、呪文使いの育成はどうか?)

 

 ダークゴブリンの確認に、大シャーマンは”順調”と返答した。

 

現時点でも、既に四体のシャーマンが誕生し、育成方面は良好と言えた。

 

「GruooB」

(暫くは、呪文使いの育成に重点を置け。魔力貯蔵の件は此方で、対応しよう)

 

方針をシャーマンの育成へと変更させ、大シャーマンを下がらせた。

 

 

 

残るは、統率力と忠誠心に優れた『長弓ゴブリン』のみとなった。

 

彼が担当しているのは、中型小型を含めた訓練全般と囚人の管理、そして孕み袋の女達についてである。

 

長弓ゴブリンの報告は”囚人に充てがっていた、孕み袋の女が全滅”と言う報だった。

 

「…GrouB」

(…72時間ともたなかったか。予想以上に早いな)

 

ダークゴブリンは更なる詳細を求める。

 

『お情け』と名目した実験で、囚人達に振舞った人族の女達。

 

鬱憤の溜まっていた囚人達は、それを晴らすかのように飛び付き必要以上に損傷を与えた。

 

その結果、新たな小鬼を出産する事なく、孕み袋としての役割を果たせぬまま息絶えてしまったのだ。

 

子孫を増やす事と、囚人達を少しでも帰順させる事を目的としていただけに、望まぬ結果と云える。

 

尤も、それは表向きの目的だが――。

 

「GruooB」

(やはり従来のやり方では、今一つ成果は出せんか)

 

「Gruuuva」

(はい。孕み袋の体調、周囲の劣悪な環境も要因の一つかと存じます)

 

元々女達は、山賊が近隣の旅人や集落の襲撃――。

 

或いは悪徳娼館から買い取った処分寸前の女達ばかり。

 

ダークゴブリンは銀のインゴット2本と引き換えに、その女達を買い取った。

 

しかし、その女達は心無い山賊によって散々弄ばれ、心身共に憔悴仕切った状態。

 

手に入れた時点で、既に”終わって”いたのである。

 

この巣穴に連れて来られた女は約十名。

 

その内の五名は、囚人に充てがった。

 

囚人ゴブリンが住まう懲罰区は、当然不衛生で不潔。

 

従来のゴブリンの巣穴と全く変わることのない、極めて劣悪な環境だった。

 

そんな環境に憔悴した女達が長期間耐えられる筈も無く、過剰な虐待によって数日で事切れたのである。

 

幸い、死体は囚人達が空腹を満たす為に捕食し、後始末には困らなかった。

 

そして残り五名の女達は、可能な限り人に合わせた環境で住まわせる事にした。

 

専用の小屋を建築し各自に部屋を割り当て、衣食住を整えた。

 

そして、当番制でゴブリン達の相手をさせるのである。

 

無論、監視付きで。

 

多少の効果があったのだろうか、此方の女達は存命中だが、そう長く持つ事はないだろう。

 

結局は、団栗の背比べに等しい。

 

「Gwoob」

(一応、新たに六体の子が誕生致しました)

 

「GruooB」

(……それがせめてもの救いか。女達は現状維持だ、どの道長くは持つまい)

 

 

 

――もう少し、頑丈な孕み袋が必要だな。只人、鉱人、圃人では所詮こんなもの。森人も多少長持ちするが、大して変わらん。……となれば、候補に挙がるのは……。

 

 

 

囚人に孕み袋を与えた本当の目的は、環境の違いによる女達の変化を比較検証する為にあった。

 

ある程度の環境を整える事で、孕み袋が多少長持ちする事は判明したが、それも根元から解決するには至らなかった。

 

人族の女では、すぐに力尽きてしまう。

 

――なら蜥蜴人の女はどうか……。……いや駄目だ。あれでは交配する意欲が失せてしまう。

 

――では、闇人の女は……?。……容易に見付からん上、入手する前に此方の損失が上回る可能性がある。

 

人族に代わる女達を次々と候補に挙げていくが、一向に解決策が見当たらなかった。

 

「GruooB」

(兵達の育成はどうなっている?)

 

「Guoob」

(此方は、問題ありません。更に考案した競技や模擬戦闘に興じさせる事で士気の低下を防いでおります)

 

草木や藁で編んだ球を使用した競技、団体を意識した模擬戦闘でゴブリン達の娯楽を用意し、勝者には特別な報酬を与える事で、士気や忠誠心の低下を防いでいた。

 

「GruooB」

(だが何れは限界が訪れよう。……新たに戦場は用意してやる、それまで兵の質を低下させるなよ)

 

その旨を聞いた長弓ゴブリンは、深く頭を下げ退出した。

 

 

 

側近全員が去り、玉座の間に一人残されたダークゴブリン。

 

玉座の後ろに安置された石造りの巨大な彫像、黒い鳥を模したそれを見上げる。

 

「偉大な我が神よ……、救済は未だ遠い」

 

 小鬼の言葉ではなく、人族の言葉で語る。

 

 

 

――虐げられし、同胞の救済。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

翌日、早朝の荒野でローブを纏った数人の人影が何やら取り引きを行っていた。

 

濃い霧が立ち込める中、一人のローブを纏った人物が布に包まれた物を差し出す。

 

数人のフードを被った人相の悪い男達が、包まれた布を取り払った。

 

「おお!……こんなに!」

 

 フードの男達は、感嘆の声を上げる。

 

布に包まれたそれは、銀のインゴット2本と金のインゴット一本が濃い霧の中、妖しく輝いていた。

 

その男達は、近隣を根城とする山賊集団であった。

 

山賊にしては数も力もそれなりを備え、襲撃で物資を奪うだけでなく人身売買にも手を着け、勢力拡大を図っていた集団でもある。

 

「へへっ、毎度あり!例の物資は、荷車に積んでありますぜ!ご確認を」

 

 フードの山賊の下卑た哂いを余所に、ローブの人物は大柄な共に命じ、積み荷を確認させる。

 

当然この大柄な人物も、全身を分厚い衣服で身を覆いローブを深く被り、全容は伺い切れない。

 

無言で荷物を検分した後、予定通りである事を手で合図する。

 

「我々はこれにて……」

 

 ローブの人物達は掠れた老人らしき声で、早々にその場から引き上げる。

 

濃い霧に覆われていた為、その姿はすぐに視界から消え去ってしまった。

 

その様子を窺っていた山賊頭は、岩場に身を隠していた部下達に命じ、後を付けさせた。

 

当然命じた彼自身も追跡組に加わり、ローブの人物達の後を追う。

 

 

 

「それにしても薄気味悪い連中ですね、頭ぁ」

 

 追跡を気取られない様細心の注意を払いながら、部下が小声で頭に話し掛ける。

 

「全くだ。恐らくあの物資の数々、村でも築く腹積りだろうぜ」

 

 一定の距離を保ち、適度に物陰を利用しながら追跡を続行する。

 

幸か不幸か、濃い霧が山賊の身を隠すのに役立ち、同時に追跡対象を見失い易くもする。

 

「だったら今の内に、奴らの拠点を把握する」

 

 山賊頭は、ローブの人物達の拠点に目星を付け、規模次第では制圧ないし殲滅を画策していた。

 

「あれだけの金塊と銀塊を所持してるんだ、大方悪徳商人ってとこだろうな」

 

「俺等の様な悪党と取引する位だ、まともな連中でない事位は分かるぜ」

 

 もしも大規模な戦力有しているようなら、このまま取り引き関係を維持し、規模に乏しい様なら此方の戦力を整え一気に制圧する。

 

――どの道、笑うのは俺等だ。

 

内心ほくそ笑み、何れ山賊から成り上がり一国に攻め入る武装集団を夢見ていた山賊頭。

 

慎重に後を付け、やがて山道に入り込もうとしていた。

 

「それにしてもあのデカい奴、一向に疲れる様子がありませんぜ?」

 

 大柄なローブの人物が実質一人で、荷馬車を曳いているが全く速度を緩める事がない。

 

本当に何者なのか?

 

俺達と取引している連中は。

 

取引相手に疑念を強めた部下の一人、それは頭を含め皆同じだった。

 

暫く山中の獣道を上っていたローブの人物達は、突如進路を変え茂みの奥へと進んで行く。

 

――?!気付かれたか?

 

後を付けていた頭は、内心焦り歩を速めた。

 

鬱蒼と生い茂る草木を掻き分け、少し見通しの良い空間へと辿り着いた。

 

だが、追跡対象は視界から消え失せ、見失ってしまう。

 

「クソ!撒かれたか!」

 

 舌打ちする山賊頭。

 

「お頭、車輪跡がクッキリと残ってますぜ!」

 

 部下の一人が荷車の車輪跡を発見し、山賊追跡組は再びその跡を辿る。

 

少し進んだところで焚火が視界に入る。

 

その傍には、帽子を被った半裸の若い女が一人。

 

「ヒュウっ!!」

 

 山賊の一人が、興奮気味に口笛を鳴らす。

 

女の背には大木の洞があり、其処で生活しているのだろう。

 

「おいおいネーチャン、こんな辺鄙な所で一人暮らしかい?」

 

 山賊頭は下心丸出しで近付き、女の隣に馴れ馴れしく座り込む。

 

当初の目的も忘れ、残りの部下も取り囲む様に女の傍に腰を下ろした。

 

「こんな所で暮らしてねぇで、俺等の所の来いよぉ!楽しいぜぇ!」

 

 下品なニヤケ面で女の肩に手を回し、ついでに薄布に隠された豊満な胸を揉みしだく。

 

更にそれだけでは飽き足らず、女の下半身にも手を伸ばし、薄っぺらい布を捲り上げながら陰部にも手を触れた。

 

女は拒む事もなく受け入れ、やがてゆっくりと立ち上がる。

 

その後、山賊頭の手を引き木の洞へと案内した。

 

「おぅっ!やる気満々じゃねぇか!こりゃ応えてやらねぇとなぁ!」

 

 女が抵抗しない事に気を良くした山賊頭は女の後に続き、ニヤケた部下達もそれに倣う。

 

 

 

程無くして山賊達の絶叫が洞から木霊し、中から血塗れの女が這い出て来た。

 

 

 

片手には、刃毀れの激しい大型の鉈の様な、刃物が握られている。

 

血の滴る刃物は、『肉断ち包丁』と呼ばれた代物だ。

 

そしてもう片方の手には、肉塊と化した山賊達を引き摺っていた。

 

片手で四人の死体を引き摺る女。

 

尋常ならざる、膂力である。

 

やがて、その肉断ち包丁で山賊達の死体を解体しては、鍋の中に放り込む。

 

その鍋を焚火に掛け、グツグツと煮込みだした。

 

事の一部始終を茂みの奥から盗み見していた、ローブの人物達。

 

「GruooB」

(あの人族が、追っ手を始末してくれる)

 

独特の言語で話し出したローブの人物は、明らかに人間ではなかった。

 

「Gwoob」

(何者です、あの女?)

 

傍らに居たもう一人のローブを纏った人物が、質問を返す。

 

人間のそれとは違う独特の言語で。

 

その言語は小鬼の使う言語であり、ローブを纏った人物達はゴブリンだった。

 

ローブに身を纏った黒い小鬼、ダークゴブリンは語る。

 

あの女は、人食いの性癖があり、各地を転々としながら獲物を待ち構える。

 

あらゆる方法で獲物を誘い込み、手にした大鉈で解体し、食す。

 

人族は無論、混沌の勢力から観ても、あの女は狂っているとしか言い様がない。

 

だが、幸いな事にあの狂女は、どういう訳か小鬼には一切の興味も示さない。

 

此方から刺激しない限り危害を加えて来る事は無く、獲物が居なくなれば住処を移すだろう。

 

「Gwoovu」

(狂ッテヤガルガ、利用価値ハアルトイウ事ダナ?黒野郎)

 

何時の間にか、荷車を曳いていた格闘ホブも会話に参加してきた。

 

「GruooB」

(そう言う事だ。お前の部下にも言い聞かせておけ。下手に手を出すな、とな!)

 

ダークゴブリンの警告に、”言われる迄もない”と返し、荷車を住処へ持ち帰る作業を再開した。

 

人喰いの狂った女の胸には、黒い穴の輪郭に火が燃え盛る奇妙な文様が浮かび上がっていた。

 

それは遠い過去に忘れ去られてしまった、不死の呪い。

 

 

 

        ――ダークリング――

 

 

 

だが、そんな事も意にも介さず、煮上がった肉を頬張る。

 

その表情は幸福に満ち溢れ、血と煮汁の混じり合った赤色の液体が、口から零れ落ちる。

 

人喰いの女『狂女イザベラ』は、恍惚とした顔を浮かべ、自らの下半身を慰める凶行に耽った。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 翌日の出来事。

 

作戦会議室も兼ねた、玉座の間は突如喧騒に包まれた。

 

「Gruwoobu!」

(貴様っ!何奴?)

 

「Gwuaaavo!!」

(曲者だ!出合え!出合え!)

 

今後の方針の為、玉座の間に集合していた側近達が、俄かに殺気立ち臨戦体制を取る。

 

それは余りにも唐突に起こり、異例の出来事だった。

 

いや、事件と言っても過言ではない。

 

玉座の間に何の前触れもなく、正体不明の侵入者が姿を現したのだから。

 

しかも、人間らしき者が――。

 

これでは、側近達が殺気立つのも無理はない。

 

黒に近い藍色のローブを身に纏い、フードを深めに被り素顔は伺い切れない。

 

文様に彩られたローブは、何処と無く聖職者を彷彿とさせた。

 

長弓ゴブリンの号令を受けた部下達が、次々と玉座の間に殺到する。

 

本来なら部下達の無断侵入は懲罰ものだが、今回は緊急事態と言えよう。

 

その侵入者は瞬く間に包囲され、逃げ場は何処にも無い。

 

だが、当の侵入者は狼狽える事なく、貴人の一礼で悠然と応えた。

 

ダークゴブリンに向かって――。

 

両者とも沈黙が続いたが、やがて侵入者から言葉を発す。

 

「貴公が、文明を育む異端の小鬼。『ダークゴブリン』で相違ないか?」

 

 発せられた言葉は、紛れも無く人族の言葉だ。

 

これで、侵入者は人族である事が確定した。

 

ゴブリン達は闘争心を露にし、武器を突き立てようとする。

 

しかし、”待て!”の命令と共に、ダークゴブリンが部下達を制した。

 

「如何にも。人族の間で、そう呼ばれている」

 

 ダークゴブリン自身も、人の言葉で返答した。

 

「流石は噂に違わぬ異端の小鬼だ!皆を巧く統率してらっしゃる!」

 

 大袈裟な手振りで両腕を広げ、敢えて盛大に振舞う侵入者。

 

その鼻に突く態度が側近を始めとしたゴブリン達をより一層、熱きり立たせた。

 

「GruooB」

(皆、武器を納めよ。どうやら来客の様だ)

 

流石にダークゴブリン直々の命とあらば、皆従わざるを得なかった。

 

部下達は渋々と構えを解き、武器を下ろす。

 

ダークゴブリンは、その場で客用のテーブルと椅子を用意させ、山賊から購入したワインをグラスに注ぎ、侵入者を持て成す。

 

「う~ん…、良い香りと味だ!まさかこの様な『御持て成し』をゴブリンの巣で受け様とは――」

 

 ワインを一頻り堪能し、陽気に振舞いながらも、言葉の端々から蔑みと皮肉が見て取れる。

 

「…此処がゴブリンの住処と知った上での来訪の様だが、何の御用かな?御客人…」

 

 ダークゴブリンの質問に、侵入者は空のグラスを置きつつ低い声音で答えた。

 

「我が偉大な主が、貴公と会談したいと命を仰せ付かったのだ。ダークゴブリンよ!」

 

 先程の陽気な振る舞いは微塵も無く、その言葉と雰囲気からは威圧さえ感じ取れる。

 

「ほう?…俺がその要求を呑むとでも?」

 

 そんな威圧など歯牙にも掛けず、ダークゴブリンの態度は平常時そのものだった。

 

固唾を飲んでいた部下達は、ダークゴブリンの変わらぬ姿勢に安心感を覚える。

 

”流石は我が統率者だ!”と。

 

「ククク、貴公は必ず呑むさ……。……これを目にすればなぁ!」

 

 再び陽気な態度を取り戻し些かの狂気を孕んだ侵入者は、ローブを開け裏地に縫い付けられた『それ』を見せ付けた。

 

 

 

「――っ?!ぬぅ…、その紋様は……!」

 

 

 

 縫い付けられたそれを目にした、ダークゴブリン。

 

目を見開き、静かに唸る。

 

「ククク、やはり反応したな。ダークゴブリン!」

 

 口元を吊り上げ、ニヤリとほくそ笑む侵入者。

 

ダークゴブリンが目にした刺繍。

 

金糸で縁取られ黒色の糸で刺繍された紋様は、『黒い鳥』を模したものだった。

 

玉座の後方に鎮座する、『黒い鳥』の彫像と全く同じである。

 

黒い鳥の信望者――。

 

まさか自分以外にも居ようとは――。

 

 

……

 

………

 

準備を終えたダークゴブリンは、別室にて待機させていた侵入者を玉座の間へと呼び戻す。

 

「お待たせした。此方の準備は完了したぞ」

 

「おお!待ち侘びたぞぉ!ダークゴブリン」

 

 普段身に着ける事の無い礼装用のマントを纏った、ダークゴブリン。

 

本来このマントは、新たな影武者を用立てる為に拵えた代物だが、まさか自らが纏う事になろうとは。

 

そんなダークゴブリンの思惑など余所に、出されたワインボトルを飲み干した侵入者はまたもや陽気な立ち振る舞いで、ダークゴブリンを迎えた。

 

万が一を想定し、供として『格闘ホブ』『長弓ゴブリン』『書記ゴブリン』を同行させる事にし、残りは住処の防衛に専念させる事にする。

 

「さて、貴公の主とやらは、どうやって会えば良い?」

 

「そう慌てるな。……これを使う」

 

 侵入者は、虚空から骨の欠片を出現させ、それを床にバラ撒く。

 

その様を見たダークゴブリンは、確かにソウルの流れを感じ取っていた。

 

――この人族も、ソウルを自在に操る事が出来るのか。

 

自分には出来ない芸当をいとも容易くやってのける人族、何者だろうか?

 

そしてこの人族が宣う『我が主』とは、一体……?

 

そうこう思案している内に、侵入者は更に小さな金属片を出現させる。

 

「ぬ?……その金属片は……」

 

 ダークゴブリン自身にも見覚えがあった、その金属片。

 

嘗て『灰の墓所』で自ら使用していた、金属の欠片。

 

「螺旋剣の破片だ」

 

 侵入者は、その破片をバラ撒いた骨片に差し込み、手を翳す。

 

 

 

          ――BONFIRE LIT――

 

 

 

その瞬間火が起こり、玉座の間に『篝火』が灯された。

 

その火を見て、驚愕する部下のゴブリン達。

 

「これは確か『篝火』だったか。こんなもので何をする気だ?」

 

「これを使い転移するのだよ。さぁ、私の肩に触れよ、出発するぞ」

 

 侵入者の指示通り、ダークゴブリンと側近達は、侵入者の肩に手を置く。

 

その刹那、侵入者とダークゴブリン達の姿が、忽然と消え去った。

 

残されたゴブリン達は、その様に慌てふためくが、大シャーマンとバンダナゴブリンによって事態を収拾された。

 

 

 

 

 

「此処が我等の居城だ、小鬼の客人」

 

 瞬時に転移したダークゴブリン達は、事態を把握するのに十数秒を要した。

 

どうやら侵入者の住まう場所に転移したらしい。

 

一瞬で。

 

「ようこそ、我等が誇る『偉大な主』が御座す城へ!」

 

 侵入者は貴人の一礼で、改めてダークゴブリン達を迎え入れた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

肉断ち包丁

 

 生贄の道に巣食う狂女の得物

 異様な大きさの包丁。

 攻撃命中時にHPを回復する。

 

 その女は、元は不死街の住人だったというが

 そこで人肉の味と喜びを覚えたのだろう。

 

 戦技は「刃研ぎ」。

 包丁の刃を撫で研ぐことで

 切れ味を高め、攻撃命中時のHP回復量を増す。

 

 

 

 

 

 




『狂女イザベラ』。
彼女、思っていたよりも影が薄いらしいです。
今後出番があるかどうかは謎。
(需要があれば出すかも)

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ。( ゚∀゚)/

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。