ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 お待たせして申し訳ありません。m(_ _;)m

今回でゴブリン視点のお話は最後です。

もう暫くお付き合い下さいな。

では、投稿します。


第37.5話―ダークゴブリンの力(後編)―

 

 

 

 

 

香炉

 

 香炉(こうろ)とは、固体状の香料を加熱し

 香気成分を発散させる目的で用いる器である。

 上面または側面に大きく開口した筒、椀、箱、皿状の容器である。

 床や机との接触を避ける目的で、殆どの物が脚を備えている。

 

 ダークゴブリンの策で、痺れ効果のある野草を数種乾燥させ、それを加熱する事で

 夢魔達の動きを鈍らせる事に成功。

 奇襲作戦の成否に貢献した。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 粘土とレンガを主原料に、木材で補強された建築群。

 

ただ無意味に存在しているのでない。

 

建物それぞれに役割が割り当てられ、全てが正常に機能している。

 

「以外にも、ちゃんとした造りなのね。皆アンタの命令――?」

 

 先導役を担うダークゴブリンの後に続く、『上夢魔』が訪ねる。

 

「俺一人だけの働きではない」

 

 部下の一人一人が、ダークゴブリンの働きに自ら追従し協力の末、得た成果だ。

 

「へぇ、つくづくゴブリンらしくないわね」

 

「……よく言われる」

 

 同胞の未来と悲願成就の為、自ら率先して動き導き続ける小鬼。

 

だからこそ、外部の同胞達からも異端呼ばわりされていた。

 

無論、現存する全ての同胞から慕われている訳ではない。

 

嫉妬や羨望と云った、極めてゴブリンらしい感情を向けられる事も、往々にある。

 

故に、物資や環境の整いつつある、この住処を狙い外部の同胞達の襲撃に晒される事も、珍しい事ではなかった。

 

尤も、格が余りに違い過ぎるが故に、この住処を制圧出来た同胞達は皆無だったが。

 

完全装備に身を包んだゴブリン達が姿勢を正し整列しながら、女魔部隊に視線を送る。

 

これが従来のゴブリン達ならば、例え魔神だろうと見た目麗しい美女達に躊躇なく襲い掛かり結果、返り討ちにされていただろう。

 

しかし此処の集団は欲情した目を向ける処か、警戒心を露にし備えている様にも思える。

 

――ふふ、多少デキる様だけど、所詮は小鬼。私達の魅力で簡単に屈服させてあげるわ。

 

魔神の眷属とて、歴とした女。

 

その容姿は、肉感的な身体つきに妖艶さと美貌を併せ持つ、抗い難い魅力を放っている。

 

魔神将の『上夢魔』は言うに及ばず、上級魔神クラスの『中夢魔』達も同様だった。

 

中級魔神クラスの『巨女魔』『下夢魔』辺りで、醜悪な悪魔と美女が混在した容姿となり、下級魔神クラスの『下女魔』辺りで悪魔の頭部と筋肉質な女の身体をしている。

 

歩く事暫し、廃坑道の入り口に着いた一行。

 

全ての女魔部隊を入れる訳にもいかず、『上夢魔』と『中夢魔』の併せて10名だけが招かれ、残りは外で待機となった。

 

待機組となった女魔達は、長弓とバンダナゴブリンに中央広場に案内され、持て成される事になった。

 

 

 

坑道の奥へと進み応接室へと招かれた女魔達は、上質の酒と嗜好品が振舞われた。

 

「あら、持て成してくれるのね。これでもゴブリンの事は、よく知っていたんだけど」

 

 自分の主君『女系の魔神王』の為、ゴブリンに体を提供した事は度々あった。

 

際限なく欲望に忠実なゴブリンは瞬く間に虜となり、容易く篭絡する事が出来たのだ。

 

その過程で記憶していたゴブリンの巣は、例に漏れず不潔そのもので品性など”何それ?”状態。

 

血と腐肉、そこら中に撒き散らされた汚物に塗れた、慎ましくも冒涜的な巣穴だった。

 

その奥で虜囚となっていた、人族の女達も多数見てきた。

 

肉体は損傷し、その生命は風前の灯火と化し、絶望し切った亡者の様な瞳。

 

そこに、生き延び反抗しようとする意思はなく、程無くして心も、諦観の内に壊死してしまうだろう。

 

同じ女として若干の同情心は拭えなかったが、只それ以上の感情を抱く事がなかった。

 

力無き者は、果てるのみ。

 

それが混沌側の理。

 

それだけだ。

 

だが、ダークゴブリンは元より部下に至るまで、此処のゴブリンは異質そのもの。

 

しかし、それも関係ない。

 

我が敬愛する主君の為に、これまで通りに篭絡するのみ。

 

早速、本題に入るとしよう。

 

「ねぇ、アンタ。アタシが欲しくない?」

 

 上夢魔は、長い金髪を掻き揚げ、色目で迫る。

 

中央の机には、金細工で装飾された『香』が炊かれていた。

 

その煙は何とも心地良く、上夢魔の意識を高揚させる。

 

「単刀直入に言うわね、アタシ直轄の部隊に入りなさい。無論見返りは用意するわよ?」

 

 ダークゴブリンの肩に手を回し、しな垂れかかる様に身を寄せる上夢魔。

 

その様は非常に艶めかしく、正しく女の武器であった。

 

”女系の魔神軍ではなく、上夢魔の私兵部隊に編入せよ”そういう要求だった。

 

あくまで上司は、上夢魔という訳だ。

 

その見返りとして、自分を含めた女魔部隊の躰を提供する。

 

それが報酬だった。

 

「女としてのアタシ達を好きに出来るのよ。その上、必要な物資も用意してあげるわ。どう――?」

 

 顔を上気させ、ダークゴブリンの頬に舌を這わせる上夢魔。

 

周りの中夢魔達も、淫靡な笑みを浮かべている。

 

「アンタ、今まで女とシた事は?」

 

 上夢魔の質問に”無い”とだけ答えるダークゴブリン。

 

「あら?初耳ね、それは。まさか…、不能?」

 

 若干驚いた様子で、彼女は質問を続ける。

 

「どう言う訳か、人族の女では俺のイチモツが反応しなくてな。交配は全て部下任せにしていた」

 

「じゃあ、アンタの血を引く子は一人も居ないわけ?」

 

「そうだ。……だが、貴公になら俺のイチモツは反応するらしい」

 

 よく見ればダークゴブリンの股間が、服越しに盛り上がっているのが見て取れる。

 

「あら、素敵!これは、OKのサインと判断していいのかしら?」

 

 上夢魔は愛おしそうに盛り上がった股間部へ手を這わせ、撫で回す。

 

「ククク…、そうだな。だが先ず、貴公の躰より先に手に入れたいモノがある」

 

 ダークゴブリンは、しな垂れかかった上夢魔の肩に手を回し囁く。

 

「フフ、何かしら?アタシの躰以上に欲しい物があるなんて……」

 

 すっかり、その気になった上夢魔。

 

完全に脱力状態となり、その身をダークゴブリンに委ねていた。

 

そしてダークゴブリンは、彼女の耳元で怪しく囁く。

 

 

 

「お前のソウルを頂こう!」

 

 

 

 

……

 

………

 

気付いた時には、既に手遅れだった。

 

無防備となった彼女の肩に回していた手は鈍く輝き、瞬く間に上夢魔のソウルを奪い取ったのだ。

 

ダークレイスより受け継いだ能力、『ダークハンド』で――。

 

上夢魔は何が起こったのか理解が追い付かず、その場に倒れ伏す。

 

異常を察した側近の中夢魔達が、ダークゴブリンに殺到しようとするが体が思うように動かない。

 

「ククク…、どうやら『香』が効いている様だな!」

 

 ダークゴブリンがほくそ笑む。

 

机の中央で炊かれていた『香』。

 

高揚作用のある『ジャスミン』を主原料とし、痺れ効果のある野草を数種類炊く事で、女魔達の動きを鈍らせる事に成功した。

 

因みにダークゴブリン側には部下が数人、団扇を扇ぐ事で、香の煙を来させない様にしていた。

 

その結果、女魔達にのみ香の効果が表れたのである。

 

「良い的だな!お嬢さん方!!」

 

ダークゴブリンは瞬時に身を翻し、残りの夢魔達に襲い掛かる。

 

幾ら魔神の眷属とて動きが鈍ってしまえば、最早的に過ぎない。

 

「ああぁぁぁ……」

 

「ち、ちか、らがぁ……」

 

「やぁ、やめろ、ぉぉ……」

 

そう時間も要する事無く、中夢魔を始めとした幹部達のソウルも奪われていった。

 

碌な抵抗もままならず、無残に横たわる女の魔神達。

 

「主力は抑えたか。残りは外だな」

 

 ダークゴブリンは部下に合図を送り、仕掛け鳴子を鳴らすよう命ず。

 

合図を受けた部下のゴブリンは、紐を揺らし鳴子を鳴らした。

 

それは坑道の外に迄繋がり、住処全体に行き渡る様に工夫されている。

 

「GruooB!」

(この魔神共を拘束しておけ!俺は外部の援護に移る!)

 

側近の一人『書記ゴブリン』に命じ、単身で外に向かうのだった。

 

ソウルの9割を奪い取られた夢魔達。

 

如何に彼女達が強大な魔神の眷属とは言え、大半のソウルを消失しては、その力は精々只人の村娘と大差はない。

 

最早彼女達は、頑丈なだけの『女』と成り果ててしまったのである。

 

「お、己ぇ……っ!小鬼風情が、こんな事をして只で済むと思っているのかぁっ!」

 

「そ、そうよっ!お姉様は仮にも魔神将…!今に魔神王様の報復を受ける事になるわ!」

 

「ダ、ダークゴブリン!拘束を解きなさい!今ならまだ間に合うわ!」

 

 上夢魔を始めとした夢魔達が口々に反抗の言葉を投げ掛けるが、当の本人は寧ろ平然としていた。

 

「おっと、言い忘れていた」

 

 不意に振り向き女魔達に語り掛ける。

 

「貴公等が訪れる前に、通達があってな――」

 

 女魔部隊が来襲する直前に『篝火』を通じて、大主教が或る事を伝えてくれたのだ。

 

ダークゴブリンは身を屈め、上夢魔の耳元で囁き掛けた。

 

 

 

「『贈り物』として捧げられたのだ。お嬢さん方」

 

 

 

 つまりは売られたのである。

 

魔神皇に――。

 

女魔達は絶句する。

 

一体何を言っているのか、コイツは……?

 

「そうやって、暫く呆けているが良い。騒動が片付けば、『天国(天獄)』を味あわせてやる!」

 

 

 

        ――混沌の愛にて……な――

 

 

 

そう伝えたダークゴブリンは、外へと部屋を去った。

 

在り得ない事態に追い込まれた女魔達は、想定外の状況に思考が停止したままだった。

 

そして、書記ゴブリンの用意した鉄糸入りの縄で、拘束を甘んじて受ける。

 

 

 

 

 

 

 

 一方外部では、激戦が繰り広げられていた。

 

「GOooV!」

(一班から五班、放てぇ!)

 

 側近の一人『長弓ゴブリン』の号令と共に、放たれる矢。

 

射手から解き放たれた矢は一斉に飛来し、中級女魔神である『巨女魔』や『下夢魔』達に殺到する。

 

「フン!小鬼風情の矢で、アタイ等をどうにかしようとはねっ!」

 

 急所である眼部を咄嗟に腕で覆い、防御態勢に移る巨女魔達。

 

上位魔神である『中夢魔』や魔神将である『上夢魔』が居ないとは言え、この巨女魔達も相当な脅威だ。

 

ホブゴブリンに勝るとも劣らない体躯に、それ以上の筋力と瞬発力を誇り、ある程度の魔術と飛行能力を備えている。

 

これ等を抑え込むのは、側近達やホブゴブリンのエース『格闘ホブ』の力を以てしても、困難を極めた。

 

故に彼等は策を講じ、接近戦を極力控え、遠距離戦を中心に立ち回っていたのである。

 

巨女魔達は刺さった矢を引き抜こうとしたが、矢が食い込み思う様に抜く事が出来ずにいた。

 

「こいつ等の矢、只の矢ではない?!」

 

 よく見れば刺さった矢の後部には、縄が取り付けられ、矢自体も返し刃を加工した『フックショット』に近い代物だった。

 

「…アジな真似をっ!ならばっ!」

 

 今度は力任せに縄を引き千切ろうとする。

 

「?!!……何故だ?何故、千切れん?!」

 

 一向に千切れる気配を見せず、焦りを滲ませる巨女魔達。

 

「無駄だ!その程度では千切れはせん!」

 

「GOooV!」

(一班から五班、第二射…放てぇっ!)

 

畳み掛ける様に、更なる追加のフックショットが放たれる。

 

本来小鬼の膂力で引き絞った弓では、魔神の硬皮を貫く事は至難の業。

 

そこで、彼等が用いたのは機械式の弩。

 

所謂『クロスボウ』である。

 

これなら筋力に関係無く、一定の速度で矢を射出する事が可能だ。

 

追加で放たれた矢は、巨女魔達の下半身を集中的に突き刺さる。

 

――よし!命中を確認した。

 

手応えを確信した長弓ゴブリンは、次の段階へと移る。

 

「GOooV!」

(投網部隊6班から9班!投射始めっ!)

 

長弓ゴブリンの号令と同時に、捕縛用の網が放たれた。

 

これも鉄糸入りの縄で編まれ、容易に引き千切る事は困難を極める。

 

更に縄事態は『麻』を原料とし、八打ちに編まれたそれは捻じれに強く、強度に優れる。

 

手投げされた投網は、巨女魔達の頭上で広がり覆い被さった。

 

それは何重にも投げ込まれ、全身に刺さったフックショットと投網弾の相乗効果で、巨女魔達はまともな攻勢に出る事が出来ずにいた。

 

既に大勢は決したも同然。

 

これが通常のゴブリン達ならば勝利を確信し、そこに慢心や驕りを生み、無残な結果に陥る事になる。

 

しかし、此処は異端の小鬼で構成される集団。

 

「GOooV!」

(第三弾に移る!10班から15班、痺れビン用意っ!)

 

此処で、”詰め”と言わんばかりに追撃を命じる長弓ゴブリン。

 

命令を受けたゴブリン達は、痺れ液が入った瓶を一斉に投擲した。

 

『イラクサ』と呼ばれる植物を擦り潰し、鍋で煮詰めた濃縮エキスをビン詰めにした物だ。

 

とは言え投擲だけでは、魔神の硬皮に阻まれ内部に侵入させる事は不可能。

 

しかし刺さったフックショットによる傷口からは、薬液が容易く侵入し、魔神達の体を蝕んでゆく。

 

ついでに言えば、中央広場で巨女魔達にも薬草茶が振舞われ、その薬草には筋肉を弛緩させる成分が含まれていた。

 

だが、仮にも魔神の眷属。

 

効力は限定的なものであり、症状が表れるのにも多少の時間を要す。

 

「GOooV!!」

(良し、後は可能な限り押さえ付けよっ!ボスが来る迄な!!)

 

長弓ゴブリンの命令で、一斉に動き出すゴブリン達。

 

ある者は縄に楔を打ち込み、ある者は縄を木の幹に括り付け、可能な限り時間稼ぎに徹する。

 

当然それを甘受する巨女魔達ではない。

 

「ゴブリン如きがぁっ!覚悟は出来てるんだろうなぁっ!!」

 

彼女達も荒れに荒れ狂い、拘束を解こうと必死に藻掻く。

 

例え全身を拘束され、十分な筋力を発揮出来ずとも、流石は魔神の眷属。

 

楔ごと振り回され、壁面に叩き付けられるゴブリンも存在していた。

 

 

 

 

 

「GuHooV!」

(流石に手強いぜ!魔神共は!)

 

下級の女魔達相手に、奮戦するのは格闘ホブが率いるホブゴブリンの集団。

 

総数僅か5名だが、多数の下女魔相手に持ち堪えていた。

 

悪魔の如き醜悪な頭部と、筋肉質な女の躰を持った魔神兵達。

 

飛行する為の翼は有していないが、人族を遥かに凌駕する膂力と、そこから繰り出される爪の一撃は、薄い金属鎧を易々と引き裂く。

 

強力な女魔達の攻撃に持ち前の討たれ強さと耐久力で耐え忍びながらも、手にした金属製の戦鎚で反撃するホブゴブリン達。

 

ホブゴブリンも、筋力に優れた小鬼の上位種。

 

その強力な一撃は、下級と言えど魔神の眷属達を吹き飛ばす。

 

吹き飛ばされた下女魔の殆どは、その場で戦闘不能に追いやられた。

 

その中でホブのエースでもある格闘ホブは、当然素手で応戦していた。

 

複数同時の下女魔達の攻撃をウィービングで翻弄し、ダッキングで潜る。

 

そして、がら空きとなった肝臓めがけてレバーブロウを叩き込んだ。

 

如何に魔神兵と言えど、身体は人型。

 

内臓の位置も非常に似通っており、痛みに悶絶する下女魔。

 

更に次の標的めがけて、顔面を狙った左右のワンツーパンチ。

 

そこから左のアッパーで、もう一人の下女魔をKOさせた。

 

怒りに震える残りの下女魔達が殺到するが、攻撃の全てをスウェーやダッキングで躱し切り、パンチの連続コンビネーションで討ち取ってゆく。

 

他のホブゴブリンは兎も角、格闘ホブは殆ど無傷で魔神兵達に勝利した。

 

――へっ!俺様も大分強くなったじゃねぇか!

 

倒れ伏した女魔達に一瞥をくれながら、確かな手応えを感じ取っていた。

 

――これも鍛錬の賜物ってヤツか?!黒野郎の言う通りなのが、ちぃとばかし気に食わねぇがな!

 

一通り自分の仕事を終えた格闘ホブは、部下のホブ達に視線を向ける。

 

他のホブ達は、傷だらけに成りつつも一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

――ちっ!まだ手こずってやがるのか!情けねぇ奴らだ!

 

その不甲斐無い様子に業を煮やした彼は、内心毒づきながらも加勢に入る。

 

「GHOooV!!」

(てめぇらっ、何やってやがる!まだやってんのかっ!!)

 

「HOooB!!」

(そ、そんな事言っても強いですぜ、こいつ等。た、助けて下せぇ、アニキっ!!)

 

 格闘ホブの怒声に怖じ気付いたホブゴブリン達は、助力を求める。

 

傲慢で粗野な格闘ホブだが、意外にも一部の部下からはダークゴブリン以上に慕われていた。

 

彼もまた、異端のホブゴブリン。

 

同胞に対して、面倒見が良いのである。

 

「GuOooV!」

(どきな!俺様が、御手本を見せてやるっ!)

 

雄叫びと共に、下女魔の残存兵に突撃して行く格闘ホブ。

 

下女魔達も反応し迎撃体制に入るが、格闘ホブの敵ではなかった。

 

巨体に似合わない軽快な足捌きと巧みな軸ずらしを織り交ぜた、接近と回避を融合させた幻惑体術。

 

その幻惑体術に翻弄され、下女魔達は致命的な空振りを繰り返すのみ。

 

隙だらけとなった身体に情け容赦の無いパンチの連続コンビネーションで、成す術も無く討ち取られてゆく下女魔達。

 

部下のホブゴブリン達が呼吸を整える頃には、女魔の雑兵達は戦力の9割を喪失していた。

 

「GwOooV!」

(へっ!粗方片付いた様だな!)

 

関節部をボキボキと鳴らし解しながら、格闘ホブは自らの戦果を確認する。

 

「Guoob!」

(流石は、アニキ!)

 

「Gwaab!」

(俺たちホブの誇りですぜっ!)

 

部下のホブ達が、称賛の声を上げながら格闘ホブに集まり出す。

 

「GUooV!」

(馬鹿野郎っ!肉シチューばっか食って鍛えねぇから、そうなるんだよっ!)

 

格闘ホブは怒鳴り散らし、体脂肪過多な部下の腹を軽く小突いた。

 

「GwooV!…GruooB!!」

(どうせこの後は宴だろうぜ。…だが、覚悟しなっ!宴が終わった後は、ミッチリしごいてやっからよっ!!)

 

「G、GuooB……」

(そ、そんなぁ……)

 

格闘ホブの一喝に部下達は情けない声を上げながら、他の援護へと回った。

 

 

 

「……ほう、予想以上に善戦してるじゃないか」

 

 長弓ゴブリン率いる兵達が、下夢魔や巨女魔達を押さえ付ける中、悠然と姿を現したダークゴブリン。

 

敬愛するボスの登場に、活気付くゴブリン集団。

 

フックショットや投網で動きを拘束され、加えて痺れ薬で神経系統まで枷を付けられた女魔達。

 

例え効果が限定的なものであれ、全力を発揮出来ない魔神達は只の獲物に過ぎなかった。

 

後は一方的にダークゴブリンの餌食となり、主要なソウルを奪われていった。

 

彼の登場により、戦局は一気に小鬼側へと傾いた。

 

 

 

そして戦いは、小鬼側の勝利に終わる。

 

 

 

「……」

 

「GuooB?」

(如何なされました、ボス?)

 

掌を只管に見つめるダークゴブリンに、長弓ゴブリンが声を掛ける。

 

「GRuOooB」

(どうやらソウルの許容量が、限界に近い様だ)

 

ダークゴブリンに驚愕の声を上げる、長弓ゴブリン。

 

「GRuOooB!」

(今後は、俺自身の鍛錬を一層に邁進せねばな!)

 

拳を強く握り、ダークゴブリンは決意を露にする。

 

――ソウルの許容量を拡大する為。今度は、小細工抜きで魔神共打ち倒す戦闘力を、獲得する為。そして何より……。

 

雄叫びを上げ、勝利の喝采に酔う小鬼達に目をやり。

 

 

 

――こ奴らの、『救済』を成し遂げんが為にっ!!

 

 

 

「そうは思わんか?」

 

 突如として人族の言葉にて語り出す、ダークゴブリン。

 

「…?は、はい?!そ…、そう思います…」

 

 ダークゴブリンの行動の意図が分からず、困惑しながらも長弓ゴブリンは咄嗟に返事を返した。

 

ダークゴブリンは、在らぬ方へと見上げる。

 

 

 

「――なぁっ!キサマらっ!!」

 

 

 

視線の先を見据え、指を指す。

 

釣られて見上げた長弓ゴブリンの視界には、一匹の黒い蝙蝠が映っていた。

 

木の枝に泊まっていた蝙蝠は、弾かれた様に霧の中を飛び去って行く。

 

「G、Guoob?!」

(ボ、ボス…?今のは、まさか?)

 

「GRuOooV!」

(ククク、窃視が好きな魔神王共だ。…ならば存分に、思い知らせてやろうではないかっ!)

 

去った蝙蝠を一瞥する事無く、虚空を見据えるダークゴブリン。

 

 

 

――我等の力をなっ!!

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

事の一部始終を水晶を通じ、視聴していた一団が在った。

 

「……まさか、魔神将相手に勝利を収めるとは――」

 

 予想外の結果に、驚くのはオーガの上位種『オーガジェネラル』だった。

 

「女系の魔神軍は、我等の中でも戦闘力に関しては、最も劣る存在」

 

 腕組み顔を顰める、オーガの魔神将『オーガキング』。

 

「とは言え、曲がりなりにも魔神将。それを覆す、ダークゴブリン。侮り難い存在です!」

 

 オーガの中でも知力と魔力に優れた『オーガメイジ』は、警戒感を露にする。

 

「……暫くは様子見に徹した方が良かろう」

 

 鬼一族を束ねる魔神王、『鬼の魔神王』。

 

「もしも奴等に接触する場合、『屈服』を迫るのではなく『共闘』を提示するのだ!」

 

 側近の鬼達に檄を飛ばす。

 

鬼の魔神軍全戦力を以てすれば、制圧は現状でも可能。

 

しかし、此方側も無傷とはいかないだろう。

 

更に小鬼相手に本気を出そうものなら此方側の沽券に関わり、他の魔神軍に侮蔑されるのは自明の理。

 

正直、『割に合わない』のも事実。

 

無策で動く事は、厳に慎むべきだ。

 

『御命令のままに』

 

部下の鬼達は、鬼の魔神王の命に従い、当分は監視に徹する事にした。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 女魔部隊の鎮圧から翌日。

 

玉座にて、一人読書に耽るは異端の小鬼『ダークゴブリン』。

 

其処へ側近の一人『長弓ゴブリン』が報告の為に入室する。

 

「GUoob」

(ボス、女魔達の割り当てが完了致しました)

 

「……Gruu」

(……聴こう)

 

長弓ゴブリンの報告を要約すると、こうだ。

 

1:生き残った下級の下女魔達は、囚人ゴブリンの相手として振舞われる。

 

下女魔は、醜悪な容姿をした女の魔神。

 

しかし、ソウルを奪われようとも躰だけは頑丈そのもの。

 

つまりは『雌オーク』の代わりとして機能する。

 

 

 

1:中級の女魔『下夢魔』は、正規のゴブリン達に当てがわれる。

 

美女と悪魔が混在した独特の容姿は、部下達に交配意欲を促進するだろう。

 

夢魔達は夢に干渉する事で真価を発揮するが、万物の根源であるソウルを失ってしまっては、只の豊満な『女』。

 

念のため監視付きで、人族に近い環境にて囲う事にする。

 

因みに巨女魔達は、ホブゴブリン専用の『孕み袋』と化した。

 

その中でも一際、野性的な美女と筋肉質な体躯を誇る個体は、本人の強い希望もあって『格闘ホブ』専属となった。

 

 

 

1:上級の女魔達。

 

10体の『中夢魔』内6体が、側近専用に割り当てられた。

 

長弓ゴブリンとバンダナゴブリンに2体ずつ。

 

大シャーマンと書記ゴブリンに1体ずつ。

 

本来なら大シャーマンと書記にも、2体ずつ割り当てられる予定だったのだが、当の本人達は技術開発や知識の研鑽に没頭し、交配意欲が低い為この様な配当となった。

 

そして残りの夢魔達はダークゴブリン専用に当てがわれていた。

 

先日の戦闘で運悪く絶命した女魔達は、労働用のアンデットとして使役される事となる。

 

 

 

「Guoob」

(それにしても……、一匹逃走を許してしまうとは想定外でした)

 

「Gru」

(ああ、あれか)

 

戦闘終了直後の出来事である。

 

ダークゴブリンにソウルを奪われた筈の夢魔達が一致団結し、最後の抵抗を試みたのだった。

 

残る僅かな全魔力を振り絞り、一人の夢魔に分け与えた。

 

その結果、彼女は辛うじて飛行出来る程度の力を取り戻し、脱出に成功したのである。

 

「GRuooV」

(あの様な未熟児、放置しても大事には至るまい。仮にそうであったとしても、我等が更なる力を蓄えれば良いだけの事)

 

逃走した夢魔は、実際精神的にも肉体的にも幼く、女としてあらゆる意味で未発達だった。

 

現代で言う『思春期』に差し掛かった少女、と言えば分かるだろうか。

 

当然男女関連の知識や技術等は無知に等しく、混沌側とは言え善悪の区別すらままならない程である。

 

夢魔達が何故彼女だけを逃走させたのかは、真相は謎のままである。

 

同族の情故か、幼き彼女に対する母性本能なのかは、本人達のみぞ知る。

 

まだ未熟で幼い夢魔が、この先生き延びられるかも怪しく、魔神軍に帰属するかも疑問符が拭えなかった。

 

「Gwoo?」

(ボス、一体何をお読みで?)

 

ダークゴブリンの読む書物が気になるのか、書記ゴブリンは徐に訊ねた。

 

「Gruo?」

(ああ、これか?)

 

ダークゴブリンは表紙を見せ、語る。

 

これは男女の営みについて記載された書物だと。

 

その本は、男女の性の営み『房中術』が詳しく記されていた。

 

そしてダークゴブリンは早速試す事にした。

 

自分だけでなく、相手の女側にも快楽中心の施しを行い、検証する事にしたのである。

 

その結果、女自らが積極的に快楽を貪るかの如く、交わりに没頭する様になった。

 

「Gruov!……GwoV!」

(奴等は、あっさりと陥落しおったわ。魔神将ともあろう女が、小鬼如きに屈するとはな!……ククク、実に愉悦!)

 

昨晩相手をした上夢魔と2体の中夢魔は、ダークゴブリンの試した快楽中心の攻めにより、容易く屈服しほぼ完全な虜囚と化したのである。

 

「GRuooV」

(少々味気無いが、これも子孫繁栄の為だ)

 

そう言ったダークゴブリンは、読んでいた書物を長弓ゴブリンに投げ渡す。

 

「GWOooB?」

(人族の女共は、まだ『使える』のだろう?)

 

慌てて書物を受け取った長弓ゴブリンは、”はい”とだけ答える。

 

かなり消耗していた人族の女達。

 

彼女達人族は、魔神とは違い非常に脆弱だ。

 

今後対応を変える事で、どの様な変化が起きるのか。

 

その比較検証も必要になるだろう。

 

「GRUooV!」

(部下を含めてお前達も試すが良い。同胞達にも徹底させておけ!)

 

「GWob」

(御意)

 

命を受けた長弓ゴブリンは、恭しく頭を下げ退出した。

 

そして玉座の間にて、一人残るダークゴブリン。

 

「どの様な子等が誕生するのか、実に楽しみだ」

 

 口元を吊り上げ、不敵に笑う。

 

人族の言葉で――。

 

 

 

 

 

 その翌日、早朝からダークゴブリンの住処は喧騒に包まれていた。

 

囚人を含めた全小鬼達が、忙しなく右往左往していたのである。

 

「Gwoob!」

(急げぇ!奴等は、直ぐそこ迄来ているぞっ!)

 

「Gyeab!」

(全員に武器を持たせろ!防具もだ!)

 

「Gooub!」

(囚人達にも装備を与えろ!これは戦なんだぞっ!)

 

怒号と罵声が飛び交う中、慌ただしくも慣れた手つきで装備を整えてゆくゴブリン達。

 

そう、戦いの前触れであった。

 

日が水平線から顔を出す頃、偵察専門の物見ゴブリンから報告が寄せられた。

 

”敵、襲来セリ”と。

 

敵の部隊構成はいつもと、そう変わらなかったが。

 

相手は、いつもの嫉妬に駆られた『同胞達』であった。

 

此方の傘下に入りたい同胞達ではないのか?

 

そう言う意見も在ったが、全員が何らかの粗末な武器を有し、ホブやシャーマンの存在が複数。

 

敵全体の総数は、100と6。

 

『質』は兎も角、数だけなら此方よりも倍近い戦力だ。

 

十中八九、略奪を目的とした襲撃だろう事は、安易に想像が付く。

 

程無くして全ての戦闘準備が整い、全ゴブリンは中央広場へと集められた。

 

頃合いを見計らったダークゴブリンは、声高らかに宣言する。

 

「GRUooV!」

(諸君!今、愚かしくも妬みに駆られた憐れなる同胞達が、我等に牙を剥こうとしている!これは真を以て悲しき事態である。本来共存すべき我ら同胞同士が、骨肉の争いを繰り広げる現実。これ等の終わらぬ連鎖――。その原因は、『力』無き我等を含めた全ゴブリンにあるっ!)

 

その言葉に、側近を含めた全小鬼達が俄かにざわつき、困惑の度合いを滲ませる。

 

「GROooV!」

(故に――!我等が率先して力を身に着け、迷える同胞達を導かねばならない!思えば我らゴブリンは、秩序側は元より混沌側からも、見下され蔑まれる存在。だからこそ、虐げられし我等は奪う事でしか己が価値を見出すしか道がなかった!)

 

その通りだった。

 

今の今迄、虐げられ略奪や弱者を踏みにじる事でしか、自らのうっ憤を晴らす方法がなかった。

 

「Gruea?GOooV!」

(しかし、今の我等はどうか?我等は、学び学習する事で道具を使いこなし、新たに生産するという快挙を成し遂げた!)

 

次第にゴブリン達の中から”そうだ!””その通りだ!”という声が混じる。

 

人族の文明に比べれば、まだまだ発展途上と言わざるを得ない状況だが、確かにこの集団は学び作り出すという概念を生み出していた。

 

其処に至るまでに、略奪を繰り返し物資を得ていたのは、この際、置いておく事とする。

 

「GUwoooV!」

(だからこそ我等が力を示し、迷える同胞達に『道』を示さねばならない!…『可能性』と言う名の『道』を!そして、ゆくゆくは力を蓄え、全ての同胞達を救おうではないか!)

 

ゴブリン達の視線は全て、ダークゴブリンに注ぎ込まれている。

 

囚人達も含めてだ。

 

「GRuuB!Gyoo――」

(我等は迷える同胞達を救済する!我々には、その『権利』と――)

 

途中で一旦言葉を区切り、拳を握り締め天高く掲げる。

 

 

 

「GBuROoB!!」

(義務がある!!)

 

 

 

同時に、咆哮にも似た雄叫びで、全てのゴブリン達に語り掛けた。

 

一瞬、無音の静寂が広場に流れ込む。

 

しかし次の瞬間、一斉に歓声が上がり、ゴブリン達の戦意は一気に高揚した。

 

「GRUuV!」

(そして囚人達よ!)

 

突如として語り掛けられた囚人達は、戸惑いの表情を見せる。

 

「GUooV。…GOoV!」

(此度の戦いに生き残り活躍した暁には、正規部隊への編入と大量の食糧を進呈しよう。……全身全霊を以て奮起せよ!)

 

ダークゴブリンの言葉に囚人達も一斉に沸き上がり、戦いへの意気込みを高めた。

 

 

 

――全く俺らしくも無い!本来なら俺自身が率先して動き、道を指し示さねばならんというのに……。これでは雑多の同胞等と何ら変わらんではないか!

 

 

 

彼個人は本来言葉で他者を動かす気質でなく、不言実行にて導く性格だった。

 

 

 

「俺自身も、まだまだ未熟という事か……」

 

 一人自嘲染みた笑みを浮かべ、自身も戦闘態勢に移る。

 

「GooB!」

(敵部隊、正門前に到達!)

 

物見ゴブリンの報告に、命を飛ばすダークゴブリン。

 

「GRooB!」

(開門し、出鼻を挫くぞ!)

 

格闘ホブを筆頭としたホブゴブリン部隊が切込み役となり、先陣を務める。

 

囚人を除いたゴブリン達全員は女魔部隊との戦闘を生き残り、特別恩賞として『洗礼の儀』と呼ばれる儀式にてソウルを授かり、戦闘力そのものを増大させていた。

 

いよいよ、同胞同士の戦が始まる。

 

ダークゴブリンは更に言葉を加えた。

 

 

 

 

 

        諸君――。

 

 

 

 

 

     ――派手に行こう――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ゴブリン用フックショット

 

 格上の敵を拘束する為、鏃に返し刃を加工させた特別製の代物。

 此度の魔神兵を拘束する為に、弩を用いて射出した。

 一度刺されば引き抜く事は容易ではなく、長時間の苦痛と拘束を強いる事となる。

 

 

 

ゴブリン用投網

 

 ゴブリンが開発した拘束武器。

 鉄糸入りのロープを組み合わせ編まれている。

 単体でも、それなりの効果があり、複数投げ付ける事で拘束効果は増す。

 魔神兵相手に、他の武器との波状攻撃の組み合わせで、充分通用する事が証明された。

 

 

 

ゴブリン用痺れビン。

 

 まだ実験段階の域を出ないが、生物に対して痺れ効果のある薬液をビンに詰めた物。

 本来は、武器に塗付する形で使用される。

 これ単体では魔人相手に、効果の程はは疑問符が拭えなかった。

 

 

 

 

 

 




 ゴブスレのTRPGによれば、現実世界の夢魔達は上位種でさえ、一般人程度の力しか発揮出来ないと記述されていましたが、此処ではそれなりの力を発揮出来る様にしてあります。

女系の魔神軍は、夢魔だけでなく他にも多種多様な種類が存在すると思います。
(かくなる上は、メ〇テンから引っ張ってこようかs……ゲフンゲフン)

女魔部隊ごとダークゴブリン集団の餌食となりましたが、女系魔神軍の部隊は他にもまだまだ存在します。

今回でゴブリン視点のお話は、当分ないと思います。

如何だったでしょうか?

感想、誤字脱字の報告、お気に入り登録、評価をして下さった方々、そして何よりもこの稚拙な作品を読んでくれるユーザーの皆様、本当に感謝しています。

デハマタ( ゚∀゚)/

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