ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

47 / 180
 オマケ話、重戦士達とのお話です。
かなり長くなったので、小分けします。
この話は余り本編とは関係ありません。
たまには、小鬼退治以外のお話も?
……と言った感じです。
では投稿します。


第38.5話A―重戦士一党とのマンティコア退治(前編)―

 

 

 

 

 

 

マンティコア

 

 人の頭(個体差有り)獅子の身体、蛇の尻尾(蠍型の尻尾の確認されている)を持つ巨大な怪物

 総じて人を捕食し、発達した筋肉による瞬発力と攻撃力は脅威の一言。

 それなりの知能も高く、呪文を使う固体や尻尾に毒をもつ個体も確認されている。

 稀に両方有した上位種も居る。

 

 英雄譚にも比較的多く登場しており、冒険者達の最初の難関として立ちはだかる事も多い。

 

 遺体からは、有用な素材が多く剥ぎ取れる為、討伐報酬は比較的高め。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 これは、火の無い灰が孤電の術士と別れてから、翌日のお話。

 

何時もの様に朝を迎え、何時もの様にギルドが賑わう、何時も通りの日常。

 

依頼が張り出される前の時間帯。

 

掲示板の前に、”今か!今か!”と、待ち受ける冒険者達。

 

珍しい事に彼等に交じり、灰の剣士こと火の無い灰も、混雑する集団に交じっていた。

 

「さぁっ!皆さぁんっ!依頼張り出しの時間ですよ!」

 

 三つ編みに髪を束ねた受付嬢が依頼書の束を持ち、声高々に叫んだ。

 

『待ってましたぁ~っ!』

 

 その言葉に呼応し、沸き上がる冒険者達。

 

――待っていたぞ、この瞬間を!

 

一人の剣士『火の無い灰』も、妙に気合を入れ待ち構える。

 

白磁等級向けの依頼は、下水道の怪物討伐や小鬼退治ぐらいしかない。

 

故に余り物でも、そこそこの数が廻って来るのだが、今の彼は黒曜等級だ。

 

全体の序列で云えば、第九位とまだまだ駆け出しの域は出ないが、請けられる依頼の種類が格段に跳ね上がる。

 

折角昇級したのだ、何も過去の様に小鬼退治ばかりを中心に受ける必要はない。

 

ゴブリンスレイヤーの様に小鬼退治にのみ拘る理由が、今の彼には存在しないからだ。

 

それに幸いと観るべきだろう。

 

ゴブリンスレイヤーと灰の剣士の活動で、ここ最近は小鬼の被害報告が激減していた。

 

彼等は小鬼退治の傍ら村の住人達に、小鬼に対する知識や対象法を教えて廻り、それ等が功を成した事も大きな要因だった。

 

そこで彼は、今の内に冒険者本来の活動に従事する事にした。

 

受付嬢の手で依頼用紙が次々と張り出され、一斉に冒険者達が掲示板に詰め掛けた。

 

『おらぁ!どけぇっ!これは俺等の依頼だ!』

 

『この依頼は、アタシらが頂いたわ!』

 

『何処か、割の良い冒険は無いか?!』

 

 冒険者達は口々に喚き合い、叫び合いながら、依頼書を剥ぎ取っていく。

 

何一つ変わらぬ日常。

 

普段は彼、火の無い灰もこの光景を遠間から眺めているだけだった。

 

しかし――。

 

今日は違う。

 

否!

 

今日からは違う!

 

 

 

――さぁ!私も参加させて貰うぞ!

 

 

 

気合を入れた灰は、ごった返す彼等の戦場に飛び込む。

 

 

 

さぁ、依頼確保の戦を始めよう。

 

 

 

      ――歓迎しよう、盛大にな!――

 

 

 

彼等の荒波に揉まれながら、掲示板へと手を伸ばす彼、火の無い灰。

 

「黒曜等級向けの依頼。どれだ?どれが、私に相応しい?!」

 

 揉みくちゃにされ、押されながらも貼り出された依頼書を吟味する。

 

 

 

         ――その瞬間は訪れた――

 

 

 

パァン!

 

正確には、”カァン!”といった音が、鳴り響く。

 

当然、騒がしいこの時間帯では、周りの彼等には聞こえる筈も無く、誰も気にしない。

 

しかし灰は確かに自分の耳で聞き、自分の触覚で振動を感じ取っていた。

 

何者かが、叩いたのだ。

 

兜越しに灰の顔を、平手打ちで――。

 

「っ?!」

 

 突如として訪れたこの衝撃に、灰の頭は揺さぶられ、愕然とする。

 

灰を平手打ちした何者かが、更なる追撃に移る。

 

それは見知らぬ、僧侶らしき少女の一撃だった。

 

更なる平手打ち。

 

灰の頭が再度揺さぶられる。

 

そして、予想外の――。

 

ガスッ!

 

――肘……だと……?!

 

「なっ?!」

 

 エルボーの追撃で、仰け反る灰。

 

 

 

          ――特に理由の無い暴力が灰を襲う――

 

 

 

戦いは終わった。

 

残された戦場に晒される、無残な屍。

 

 

 

『兵どもが夢の跡』

 

 

 

          ――YOU DIED――

 

 

 

彼は死んだ――。

 

この瞬間だけ――。

 

その姿は、嘗てのロードラン、ドラングレイグ、ロスリックで、嫌というほど繰り返した落下死の如き様相であった。

 

灰は、仰向けに大の字で横たわり、無様な姿を曝け出していた。

 

端から見れば、只の酔っ払いが寝ている様にしか見えない。

 

ギルドに残った冒険者達の視線と受付嬢の失笑が、彼に集約される。

 

彼は、新たな風物詩を誕生させたのだ。

 

依頼張り出しに参加すれば、必ずと言っていい程見られる、世にも珍しい珍百景。

 

 

 

無様な屍を晒す、灰の剣士が――。

 

 

 

依頼争奪戦に参加したのは良いものの、全方位から圧された挙句、予期せぬ”特に理由の無い暴力”が、彼に降りかかったのだ。

 

その結果、彼は依頼書を確保する事も叶わず、蚊帳の外に放り出され、今に至ったという訳だ。

 

 

 

「あのぅ……、大丈夫ですか?剣士さん……」

 

 大の字で横たわる灰に、可愛らしい少女の声が遠慮がちに掛けられた。

 

「……」

 

 徐に目を開け、声の主に視線を移すと――。

 

 

 

白だった。

 

 

 

ただ只管に、白い世界が灰の視界を支配した。

 

その白は、汚れ無き青空に漂う白雲に例えられるだろうか。

 

もしくは、あの異世界。

 

『アリアンデルの絵画世界』の白銀景色に近いだろうか。

 

そんな白さが、彼の眼前に広がる。

 

 

 

それはまさしく、絶景だった。

 

 

 

――ヌぅっ……しろイ……、サイん、ろうセきデ、メっセージを、かク、べきカ……?

 

 

 

『絶景』と。

 

 

 

何故か亡者化寸前の心境でバカな事を考えていた灰は、身体の位置を微妙にずらす。

 

よく見れば重戦士一党の一人である、圃人の少女巫術士が心配そうな表情で覗き込んでいた。

 

「……誰かと思えば貴公か?」

 

 

 

――正直、スカート姿で私の顔を跨ぐのはやめて貰いたいのだが……。……見えてるではないか。

 

 

 

不可抗力とはいえ見てしまった。

 

彼女の白い『絶景』を――。

 

だが、そんな事はお構いなしに彼女は尚も、灰を心配する。

 

「ああ。大丈夫だ、問題ない」

 

 成り行きで目の保養を終えた彼はゆっくりと起き上がり、再び掲示板へと目を移す。

 

案の定、殆どの依頼書は剥ぎ取られ掲示板に残ったのは、たった一枚の依頼書だけだった。

 

「……」

 

 灰は無言で依頼書を剥がし、内容を読む。

 

 

 

依頼内容。

 

 

 

 ――神聖で尊い神の恵み『ド・ブ・さ・ら・い』――

 

 

 

「……」

 

 

 

 ――言葉は不要か――

 

 

 

数秒間、瞬間凍結した灰は諦め半分で依頼書片手に、受付けカウンターへと向かう。

 

「ハハハッ、そっちの戦場はカラっしきだな、アンタ!」

 

 横から唐突に声を掛けて来たのは、大剣を担いだ体格の良い『重戦士』だった。

 

白磁等級時代から一党の頭目を務め、自身も優れた戦士として活躍している。

 

黒曜等級に昇格し、その才覚はますます磨かれ、一党全体としても頭角を現しつつあった。

 

彼は白い歯をニカッと剥き出し、尚も灰に語り掛ける。

 

「アンタも黒曜等級なんだ、もし良かったら俺達の冒険を手伝っちゃくんねぇか?!」

 

”ドブさらいよりは、マシだろ?”と、依頼書を見せてくれた。

 

「ん…、何々…?」

 

 依頼書に目を通す。

 

 

 

依頼内容。

 

 山岳地帯に陣取る、マンティコアの討伐。

 

 

 

「マンティコア……?」

 

 灰は、秘かに思い出す。

 

「確か資料にも記載されていたな」

 

 

 

 マンティコア

 

 人の頭部、獅子の胴体、蛇の尾を持つ怪物。

 個体にもよるが、呪文の扱いに特化したものや、尾に毒を持つ亜種も確認されている。

 稀に全てを兼ね備えた、上位種の存在も確認されており、危険な怪物である。

 冒険者達の登竜門として、英雄譚にも数多く登場している比較的認知度と生息数が高い怪物。

 脅威度:5。

 

 

 

「実際遭遇した事はないのだが、私の記憶違いでなければ『マンティコア』なる異形、かなりの強敵ではないのか?」

 

 資料の内容を思い返し、重戦士へ聞き返す。

 

「そうだ。だからこそお前にも、参加を要請してみたのだ」

 

 重戦士の代わりに、女騎士が答える。

 

「冒険者最初の難関と言われる、マンティコア討伐。本来なら、適正等級は鋼鉄等級に設定されてはいるのですが……」

 

 傍らに居た半森人の軽戦士も、言葉を付け加えた。

 

「実は俺達、もうすぐ昇級を控えていてな」

 

 既に彼等は、鋼鉄等級への昇級対象にリストアップされていたのだった。

 

「もう、昇級を?随分早いな」

 

 灰も、驚く。

 

重戦士達の一党。

 

バランスの取れた、メンバー構成。

 

優れた統率力。

 

一部を除き、等級以上の実力。

 

そして、親しみ易い人柄とモラル。

 

彼等は兼ね備えていたのだ、この時点で。

 

後に『辺境最高の一党』と呼ばれる資質に――。

 

故に今回の依頼は、昇級審査を兼ねての冒険であったのだ。

 

自分達の実力を測る為の冒険であったが、助っ人を参加させる制限までは設けられていなかった。

 

「正直誰にしようか迷っていたんだがな……」

 

 重戦士は、助っ人の選定に迷っていた様だ。

 

「ウチの可愛いお姫様の強い希望で、アンタに白羽の矢が立ったって訳だ!」

 

 誰かが灰を希望したらしい。

 

「いやぁ…、照れるなぁ…、お姫様などと……」

 

 髪を掻き揚げ、誇らし気に胸を張る女騎士。

 

「……オメェじゃねぇよ、脳筋」

 

「あ゛?」

 

 筆舌にし尽くし難い顔芸で、重戦士と女騎士は互いを睨み合う。

 

「彼女ですよ」

 

 軽戦士が巫術士を指す。

 

灰と目が合った彼女は此方に目を向けようとはせず、そっぽを向いたままだ。

 

「べ、別に良いじゃないですか、ケンシサンナラ……」

 

 何やらゴニョゴニョと口走っている様だが、灰には聞き取れなかった。

 

約一名、幼い少年斥候だけは、浮かない表情であったが。

 

折角懇意にしてくれたのだ、断る理由も無いし有難く御厚意に甘えようではないか。

 

「そう言う事であれば、頼めるか?」

 

 灰は、参加を申し出る。

 

「おう、宜しく頼むぜ!灰の剣士!」

 

 重戦士は、またもニカッと笑い快諾してくれた。

 

こうして灰の剣士を加えた重戦士の一党は、マンティコア退治に出発する事となる。

 

 

 

移動手段は荷馬車を使用する事となった。

 

しかし、人を運ぶには些か大き過ぎる荷馬車だった。

 

疑問を持った灰は、重戦士に訊ねた。

 

どうやら今回の依頼、討伐だけでなく遺体を持ち帰る事も内容に含まれているとの事。

 

討伐達成の証拠材料を兼ねて、マンティコアの身体からは有用な素材が剥ぎ取れるらしい。

 

だからこそ、遺体を持ち帰る必要がある。

 

故に、荷馬車が用意された。

 

幌の中でマンティコアのソウルを秘かに感じ取っていた、火の無い灰。

 

馬車は間違い無く討伐対象に向かっている、ほぼ確実に遭遇するだろう。

 

街から南東方角に馬車を走らせること数時間。

 

目的の山岳地帯に差し掛かり、道が幅が徐々に狭まる。

 

 

 

 

 

――南東近隣の山岳地帯――(←ボォォ~~ン《ダクソ特有のあの効果音》)

 

 

 

 

 

 そろそろ馬車での移動は厳しいだろう。

 

「よっしゃ!此処からは、徒歩で近付くぞ!」

 

 一党は下車し、馬車と別れる。

 

討伐が済み次第信号を送り、迎えに来てもらう算段だ。

 

当目である重戦士が先頭を務め、灰は最後尾を担当する。

 

どの様な得体の知れない異形が、襲って来るとも限らない。

 

念の為、背後からの奇襲に備える為だ。

 

一行は山道を進む。

 

「……」

 

――そろそろか?

 

灰は、前に居る少年斥候に小声で話し掛けた。

 

「……彼女の事で思い悩んでいるのだろう、薄々分かっていた」

 

「――っ?!」

 

 斥候は一瞬、肩をビクッと振るわせる。

 

「……」

 

 更に表情を曇らせた斥候は、歩みが少し遅れ始めた。

 

「俺……あの娘の事……気になってます……、でも……」

 

 彼は言い淀み、言葉を詰まらせる。

 

「俺……、剣士さんの様な力は無いし、どっちかって言うと……、皆の足ばっか引っ張って……」

 

 斥候は巫術士に何らかの好意を寄せているのは間違いない。

 

だが当の彼女の心は、灰の剣士に傾いている。

 

実の所、灰自身も何処と無くそれは察していた。

 

おそらくロスリック高壁での、あの励ましが切っ掛けなのだろう。

 

だが少年斥候は、その事で灰を恨んでなどいない。

 

寧ろ彼の心に圧し掛かっていたのは、己自身の実力不足が最大の枷となっていた。

 

「……貴公には、剣と投射技術の才能を見た。他にも、マッピング技術とかな」

 

「……いいんですよ、気休めなんて……。俺の実力なんて、所詮こんなもんですから……」

 

 既に何処か諦観したかの如き、光の無い瞳。

 

それは何処と無く、心折れたあの『脱走者』を思い出させる。

 

灰は語尾を強めた。

 

「本当にそう思っているのだな、貴公。……貴公は今まで、どれだけの事に挑んできた?どれだけの壁にぶつかり、どれほどの努力を積み重ね、そして自分自身を省みて来た?」

 

「……!!」

 

 両者は自然と足を止め、その場で言葉を交わす。

 

斥候は押し黙り、フードに隠れた灰の顔を見据える。

 

その瞳には、僅かだが怒りを滲ませていた。

 

「な…!何だよ!俺の気持ちなんて何も知らない癖に…!ちょっと自分が強いからって……、エラソーにっ!」

 

 激昂した斥候は精一杯の虚勢を張り、反論する。

 

「寝言を抜かすなよ、貴公!たかが十五年そこそこの少年が俺の前で、挫折を気取る気か!」

 

「うぅっ……」

 

 予想だにしない灰の圧力に、完全に委縮する斥候。

 

「ロスリックの高壁が、初めてではないのか?……自分の意志で動いたのは」

 

「――!……そ、それは……」

 

 図星だった。

 

生きる為に年齢を偽って迄冒険者となり、運良く重戦士らの一党に加わり、名目上『只人の斥候』として登録出来た。

 

しかし現実は過酷だった。

 

いざ冒険を始めてはみたものの、何をどうすれば良いかも分からず、重戦士や女騎士、軽戦士の指示を受け辛うじて動く事が出来た。

 

それは巫術士の彼女も同じだったが、彼方は精霊魔法を行使する事が可能で、要所要所で一党の援護に貢献して来たのだ。

 

その貢献度の差は、ほんの僅かなものであった為、斥候は立場の似ている巫術士に次第に好意を寄せ始めていた。

 

しかし、冒険を重ねていくにつれ、自分の不甲斐無さが次第に目立ち始めてた。

 

仲間をそれを厳しく咎める事も無く、本人も特に気にしない振りをしてはいたが、心の何処かでその淀みは確かな深みとなり、自信を浸食していたのである。

 

そして、良くも悪くも転機が訪れた。

 

故郷の流れ着く地『ロスリック』。

 

その冒険は、複数の一党で構成された、初めての大冒険と云っていい。

 

不安半分、期待半分。

 

心の何処かで”自分は変われるのではないか!”そんな淡い希望を抱いていた。

 

だが、現実は……。

 

 

 

          ――冒涜的な絶望だった――

 

 

 

荒れ果てた、砦の各所。

 

蔓延る亡者と怪物達。

 

馬鹿げた規格外のドラゴン。

 

 

 

普段自分を叱咤してくれるメンバー達でさえ、冒涜的な死の退廃に思考すら停止していたのである。

 

結局一人の見知らぬ男が実質指揮を執り、皆を導いた。

 

今目の前に居るフードの男『灰の剣士』だ。

 

ある場所で、亡者化したゴブリンに不用意に近付いた挙句、危うく腕を食い千切られる所だった。

 

それも灰の剣士に助けられ事無きを得たのだが、自分は完全なお荷物と化していたのに気付いたのは、無事ギルドの戻り打ち上げが終わった後にだった。

 

「あの状況下でも、私は見ていた。貴公の働きを――」

 

「……」

 

 斥候は言葉を返せなかったが、じっと灰を見つめる。

 

活躍の場こそ数える程度であったが、斥候は確かに役割を果たしていたのだ。

 

ロスリック騎士との戦闘後、尚も動く亡者に飛び掛かり止めを刺した事。

 

灰の指示とは言え、聖水を投げ付け亡者にダメージを与えた事。

 

そして、メンバーの踏破状況を記した記録兼マッピング。

 

どんな形であれ彼は、自分の意志で動いていたのだ。

 

斥候は押し黙る。

 

すると灰は跪き、斥候と目線を合わせ語り掛けた。

 

「貴公には自分の意志で動ける強さと、剣の才覚がある。最後まで諦めるな!」

 

「剣士…さん……?」

 

 何故だ?

 

何故、こうまで彼は気に掛けてくれるのだろうか?

 

「足腰を中心に鍛えてみると良い。運動力は、ありとあらゆる場面に有効だ」

 

「下半身を重点的に…ですか……?」

 

「そうだ。自由な位置取り、其処から生まれる状況把握、戦術移動に偵察。活用出来る事、数多」

 

「……」

 

 斥候に言葉は無かった。

 

彼は無言で灰の言に耳を貸す。

 

「そして君特有の俊足を生かした、素早い武器捌き――」

 

「素早い武器捌き……」

 

 灰の言葉を繰り返す様に呟く斥候。

 

「両手剣は向かないだろうな。どちらかと言えば、片手剣に短剣…は、無論。カタールや拳刃(ジャマダハル)なんてものも向いているかも知れない。……後は、手斧に片鶴嘴(ピック)……、そして投擲武器に軽めの弩……スリングショット……」

 

「ちょ、ちょっと!そんなに覚え切れないですよっ!」

 

 斥候は慌てて灰を制止する。

 

まだまだ知識や技術に乏しい彼には、全てを把握するのは無理からぬ話であった。

 

「そうだな、実際金銭面や技量といた現実的な問題も数多く圧し掛かるだろう。少しずつ試して積み重ねていくと良い」

 

「はッ…、はいっ!」

 

 先程の険悪とした空気は消え失せ、灰の言葉を真剣に聞く少年斥候の姿が其処にはあった。

 

「その為には、生き残らないとな。決して諦めるなよ、貴公。心折れた者から、亡者と化してゆくのだから……!」

 

「はいっ!頑張ります!……ん……?……亡者……?」

 

「……そうだ、亡者にN……」

 

 灰が亡者について説明しようとした矢先――。

 

『おぉ~い!何やってんだ、お前ら!隊列を乱すなぁっ!』

 

 遠くから重戦士の怒鳴り声が聞こえて来た。

 

「スイマセン大将!」

 

「申し訳ない、直ぐ行く!」

 

 二人は我に返り、合流を急いだ。

 

そして合流する途中――。

 

「気休めかも知れないが……」

 

「?」

 

 灰が不意に言葉を加える。

 

「貴公を見ている女の子は、他にも何人か居たぞ」

 

「ええっ?!」

 

 唐突に告げられた事実に、斥候は驚きの声を上げる。

 

「後は自分の観察眼で見つける事だ!」

 

「け、剣士さん?」

 

 どういう意味だろうと灰に問い質すが、それ以上の答えが返って来る事は無かった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

信号弾

 

 導火線に点火させる事で、色付きの煙と派手な破裂音で合図を送る、道具。

 主に遠方の味方に何らかの、意思表示を伝えるのに使用される。

 用途は非常に多様で、故に冒険者は無論、ゴブリンが使用する事すらある。

 

 クラッカーの様に紐を引っ張る事で発車するタイプや弩や銃タイプまで存在する。

 

 値段はまちまちだが、一発銀貨:2~5枚。

 

 

 

 

 

 




 気が付けば、圃人の巫術士とのフラグが建ってしまっていた?
自分でも気付かない内に、何故かそうなってしまっていたのです。

何故だ?(ギ〇ン風)

彼女本来のお相手?の少年斥候。
このまま放置しても良かったのですが、それは少し可哀想な気がしてこの様なイベントを挿入してみました。

如何だったでしょうか?

次に続きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。