戦闘がメインとなっていますが、もう少しバリエーションを持たせてみたいと願う、この頃です。
では投稿します。
ライトニング(真言魔法)
トニトルス(雷電)…、オリエンス(発生)…、ヤクタ(投射)。
術者から一方行に稲妻を投射し、射線或いは範囲上の対象全てにダメージを与える攻撃魔法。
電撃は体の内部に浸透し駆け巡り、神経系統にも影響する。
結果、一時的に麻痺に近い状態異常を引き起こす場合がある。
術者の実力にもよるが最高位の電撃魔法は、一瞬で相手を黒炭化させるという。
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灰はシミターを振るう。
迫り来るゴブリンを切り伏せ、刃を切り返し、次々と襲い来るゴブリン達を切り裂いてゆく。
同時に複数のゴブリンが粗末な武器を片手に飛び掛かるが、灰の間合いに入ったゴブリンは皆例外なく切断され、命を散らしてゆくのだ。
灰の剣士はゴブリンと戦っていた。
重戦士の一党は、マンティコア退治の為に山岳地へと踏み込んだ。
そして倒しているのは――。
ゴブリン。
実際の所、目的のマンティコアは直ぐに見付かった。
そして、絶賛戦闘中の状態であった。
一党は茂みに身を隠し、様子を窺った。
威嚇するマンティコアの近くに居たのは、皆も良く知る異形――。
ゴブリンだった。
そう、マンティコアはゴブリンと一触即発の状態で睨み合っていたのである。
「これは、縄張り争いですね」
半森人の軽戦士が分析する。
マンティコアとゴブリンの近くには洞穴があり、その居住権を巡っての争いなのだろう。
「ま、生存競争ってやつか。好都合だな、もう少し静観するか」
全員は身を屈め、暫く観察する事にした。
実の処、マンティコアは初見の相手で、どの様な動きで襲い掛かって来るか分からない。
此処でゴブリンと潰し合い、互いの消耗を狙いつつ相手の動きと特徴を観察する、まさしく好条件だった。
ゴブリン自体の質は、マンティコアに大きく劣る。
しかし、その数は30を超える。
そこそこ、もつだろう。
しかし、世の中目論見通りに事を運ぶとは、限らない。
突如ゴブリン集団の一体が鼻を鳴らし、此方に気付いたのである。
「やべっ!コッチ向いてやがる!」
重戦士は顔を顰める。
ゴブリンは叫び声を上げ、眼前のマンティコアすら無視し、一党側に襲い掛かって来たのである。
「馬鹿なっ?!何故気付かれた!」
女騎士が舌打ちし、戦闘態勢に移る。
「匂いだ、奴等は鼻が利く!奴等は貴公等、女の匂いに反応したのだろう」
腰のシミターを貫いた灰が茂みを飛び出し、ゴブリン集団の前に躍り出た。
ゴブリンに釣られる様にマンティコアも、此方にユックリと接近して来る。
「ゴブリンは私が担当する!キツイかもしれんが、マンティコアとやらは任せたぞ!」
「応っ!ゴブリン如きで死ぬんじゃねぇぞ!」
重戦士達一党は武器を抜き、にじり寄るマンティコアに備えた。
「そして其処の貴公!」
灰はナイフベルトを外し、少年斥候に投げ渡す。
「うわっととっ…!剣士さん……」
ぎこちなくそれを受け取った斥候は、灰を見る。
灰は言葉を発する事無く、無言で彼に頷いた。
「やって見せますよ!」
斥候も不敵に笑い頷き、ベルトを装着した。
「良かったな、チビッ子!しっかり働けよ!」
「チビは余計ですよ、大将!クールにこなして見せますよっ!」
意気込み眼前の敵を見据える少年斥候。
若干の怯えはあったものの、震えは止まっていた。
程無くして開始されるゴブリン集団とマンティコア相手の戦闘。
そして今に至る。
――考えてみれば当たり前か。彼等はゴブリン退治など大して興味もないからな。ゴブリンに対する知識が浅くても、致し方無いという訳か。
既にゴブリンの大半を切り伏せ残り数匹となった頃、不利を悟ったゴブリン達は逃げ出そうとするが、それを見逃す灰ではなかった。
「残念だが、死んで貰う」
得意の高速体術で跳躍、ゴブリンの前に立ち塞がり、ゴブリンに現状を認識させる暇を与えず縦横無尽に切り裂いた。
悲鳴を上げる事も無く、バラバラになるゴブリン達。
僅か数分で、殲滅を完了した。
灰はすぐさま本来の目的、マンティコアに注意を向ける。
「思っていたよりも、速い攻撃じゃねぇか!」
「噛み付かれるなよ!牙も十分脅威だ!」
「変幻自在の尻尾も厄介ですね!」
重戦士、女騎士、軽戦士の三人が前衛を努め、マンティコアの特徴を探る為に攻撃をそこそこに牽制を仕掛けていた。
相手は数メートルを超える巨体を誇り、その筋肉から繰り出される爪の一撃は協力無比の一言。
真面に食らえば無事では済まないだろう。
接近しての牙にも注意が必要だ。
強力な顎から繰り出される噛み付き、一度噛み付かれれば易々と防具ごと骨を砕き、非常に危険である。
そして予想だにしない方角から襲い来る蛇の尻尾、毒を持った個体も生息し厄介な事この上ない。
「何時までも様子見じゃ、埒が明かねぇからな!」
”仕掛ける!”と言わんばかりに重戦士が接近を開始、会わせるように女騎士と軽戦士が呼応する。
真正面を重戦士、右側面を女騎士、左側面を軽戦士が担当する。
マンティコアも当然反応し、四肢を使った攻撃で迎え撃つ。
「読み通りです!」
軽戦士と女騎士が、左右の爪攻撃をそれぞれ武器と盾で受け止め、動きを封じる。
「っしゃぁ!貰ったぁっ!!」
その隙を突いた重戦士が跳躍し、マンティコアの顔面目掛けて大剣を振り下ろす。
「GAaaa!!」
マンティコアは大剣を噛み付きで掴み、重戦士の攻撃を止めた。
「くぅっそっ!この野郎!!」
力任せに牙の拘束を解こうとする重戦士だが、マンティコアは首を振り重戦士ごと振り回した。
「ぐぅあぁあ!!」
大剣に必死にしがみ付き放すまいと、抵抗する。
「この野郎!大将を放せっ!」
激昂した少年斥候は、灰から貰ったベルトから投げナイフを抜き取り、投射を開始した。
多少距離が離れていたがマンティコア自体が巨体な為、外す方が難しい位だろう。
3本投げたナイフは全て命中し、胴体部に突き刺さる。
しかし、そんな攻撃など何処吹く風――。
マンティコアは投げナイフを無視し、重戦士を振り飛ばした。
「ぐわぁはぁっ!」
飛ばされた重戦士は、木の幹に叩き付けられる。
「クッソ……、いててて……」
頭部を強く打ったが幸い兜を被っていた為、命に別状はない。
しかしその衝撃で、意識が朦朧としている様だ。
「おいっ!呪文の援護を――」
女騎士が巫術士に向かって叫ぶ。
「準備は出来ています!」
既に彼女は呪文の行使に移っていた。
「仕事だ仕事だ、ノーム(土精)ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる!」
意識を集中させ、地面其処彼処に散乱している土や石ころを触媒に、土の精霊に語り掛ける。
「石弾(ストーンブラスト)!」
呪文の宣言と共に具現化された石の弾丸が複数、マンティコア目掛けて殺到する。
その弾丸はマンティコアの至る所に命中し、痛痒を負わせていく。
「GYAaaaOaaa!!」
「やったかっ?!」
斥候が声を上げるのも束の間、マンティコアは巫術士の方に注意を向け、重心を低く構えた。
「――させんっ!」
女騎士と軽戦士が、阻止しようと同時に飛び掛かる。
しかし二人の武器は空しく空振り、標的は其処には居なかった。
マンティコアは、異常に発達した四肢の筋肉を駆使し、巨体にそぐわぬ俊足で巫術士に襲い掛かる。
接近戦の心得など備えていない彼女は、当然反応出来よう筈も無く呪文の隙を曝け出すのみだった。
「早く退避をっ!」
軽戦士が叫ぶが、彼女は金縛りにでも遭ったかの如く、呆然と立ち尽くす。
マンティコアが、彼女の眼前に迫り巨体を振りながら、尻尾を繰り出した。
蛇の頭部が牙を剥き、無防備な彼女の喉笛目掛けて迫る。
「――伏せろ!」
その刹那、灰の剣士が彼女を庇い、蛇を自分の腕に巻き付かせた。
「――えっ…、あ…、あのっ……?」
余りに目まぐるしく変わる戦況の変化に思考が追い付かず、彼女は困惑し灰を只見つめる事しか出来なかった。
その間にも蛇が腕を伝い、彼の肩口に牙を突き立てる。
「っうぐぁっ!」
皮の胸当ては肩部までは防御しておらず、下に着込んでいた布鎧は容易に貫通され、牙は皮膚を突き破り灰の肉体を蝕んだ。
彼の血肉に牙が食い込み、容赦無く抉っていく。
「このっ!剣士さんを放せぇっ!」
「この野郎!離れろぉっ!」
巫術士が杖で殴り掛かり、斥候がナイフを投げるが効果は無い。
端から見れば、危険極まりない戦況であったが――。
「自ら隙を作ってくれるとはな――」
灰は焦る事無く、蛇を掴み更に引き寄せる。
そして間髪入れず、シミターで蛇尻尾を切断した。
「GuGyAaaOoo!!」
体の一部を失ったマンティコアは悲鳴を上げ、灰達から距離を取る。
「尻尾は封じたっ!皆、いけるか?!」
灰は、前方の戦士三人に叫ぶ。
「おうっ!助かったぜ!」
「奴の武器を一部封じた、少しは戦い易くなるな!」
三人の戦士は体勢を立て直し、灰達の前に陣取る。
しかし、マンティコアにある変化が訪れていた。
「ん?何か呟いていますね?」
軽戦士が警戒し、様子を窺う。
よく見れば、マンティコアが何やら言葉を紡いでいるのだ。
「何だ?!奴の口元から稲妻みたいなのが……」
マンティコアの様子に不信感を露にした、重戦士。
「不味い、呪文が来るぞ!稲妻(ライトニング)だっ!」
「おいっ!やべぇだろっ、それっ!!」
「不運でしたかねっ…!初見で呪文使いの個体種に当たるとは……!」
女騎士が叫び、重戦士と軽戦士が歯軋りする。
ライトニングは、威力だけならず範囲にも影響を持つ攻撃呪文だ。
更に電撃とくれば、特殊な呪文や魔法手段でなくば、防御は難しいだろう。
回避など最早間に合わず、マンティコアの口部から呪文が射出された。
青白い稲妻が扇情に拡がり、重戦士等に襲い掛かる。
「ぐうぅおぉぉぉっ……!!」
「グあぁぁぁ……!」
迸る稲妻が、彼等の躰を容赦無く荒れ狂い、細胞一つ一つに至る迄焼いていく。
耐え難い内部からの激痛に加え、電気の衝撃が動きを阻害し、彼等を実質一時的な麻痺状態に陥らせた。
「グ、ぐぉぉ……、う、ごけ、ねぇ……」
「う…、う、あ、ああ……」
危険な状態だった。
動けない彼等は、敵の獲物に過ぎない。
しかしマンティコアは彼等を無視し、標的を後方の灰に向けていた。
ゆっくりとにじり寄り、獲物を狙うマンティコア。
「狙い…、は、…私だ……、貴公等は……、退避するんだ……!」
灰は傍らに居る斥候と巫術士に呼び掛け、退避を促す。
しかし、何処と無く口調がおかしい。
「剣士さん?どうしたんですか?!」
巫術士が灰の顔を覗き込む。
よく見れば呼吸が不規則に荒く、青ざめた血の如き顔色を滲ませ異常な汗を流していた。
「も、もしか…して……」
「……毒だ……!奴の、尻尾に、毒が…、含まれていた……」
マンティコアの尻尾には強力な毒が含まれていた様だ。
尻尾の牙から灰の神経を侵し、麻痺と高熱を発症させ意識を混濁させる。
「そ、そんな!呪文と毒持ちの上位種かよ、アイツ!」
斥候が驚愕しマンティコアに視線を向けるが、既に突進を繰り出し灰に迫ろうとしていた。
尻尾を切断された報復のつもりなのだろう。
「貴公…等、早く…、にげ、ろ……間に、合わなく…な、る!」
灰は必死に言葉を絞り出し、二人に退避を命じる。
「嫌です!剣士さんを置いて逃げるなんて出来ませんっ!」
「そうですよ!俺が守ります!」
二人は逃げる気は毛頭無い様だ。
――全く、貴公等の力でどうやって私を守るというのか?
苦笑いで半ば呆れ返った灰は、彼等に促す。
「ならば…、伏せていろ…。…少し……、手荒にする……早、くっ……!」
目前に迄迫ったマンティコア。
もう退避も間に合わない。
灰は、二人になるべく伏せる様に伝え、自身は腰に括り付けてあるタリスマンを握り締める。
「やべぇ、このままじゃ、灰が喰われちまう……何とかしねぇと……」
「えぇいっ!動け、この体……!」
ライトニングの影響で、未だ本来の動きが出来ない戦士三人組。
剣を杖代わりに立ち上がるも、マンティコアを止める術は残されていなかった。
「逃げて下さい……、灰の剣士……」
軽戦士も目一杯叫ぶが、痺れの影響で上手く声が出ない。
マンティコアが跳躍し、灰を食い殺さんと牙を剥き出す。
――よしっ!ギリギリ迄引き付けるっ!
危険な状態にも関わらず彼は落ち着き、眼前の敵を見据える。
そして――。
「フォース!!」
突如彼の周囲が光を放った瞬間、不可視の衝撃波が全方位を吹き飛ばした。
「うわぁぁっ……!」
「きゃあぁぁ……!」
「GYOeeaaa!!」
斥候、巫術士、諸共、マンティコアを吹き飛ばす。
吹き飛ばされた二人は茂みに迄転がり、空中に居たマンティコアはバランスを保てないまま転倒した。
――よし、今の内だ。
その僅かな時間を利用し灰は再度、奇跡を行使する。
「治癒の涙」
再び灰の周囲が光に包まれ、次の瞬間何事も無いかのように立ち上がっていた。
彼が行使した奇跡は、毒や出血と云った状態異常を治癒する効果がある。
マンティコアの毒を完全除去した灰は、敵の前に立ち塞がった。
「さぁ、仕切り直しと行こうか?マンティコア!」
スモールシールドを前に突き出し、シミターを腰溜めに構え、敵を睨み付ける。
「GUOoooo!!」
叫び声を上げたマンティコアは、灰に飛び掛かった。
左右の爪攻撃が灰を襲う。
左の爪を盾で受け流し、即座にシミターで腕を切り裂く。
尚も構わず右の爪が飛来するが、斬撃のカウンターで切り裂かれ、敵は悲鳴を上げた。
「そんなものか、マンティコア!」
仰け反るマンティコア目掛けて疾走し、下を潜り抜けながら四肢と腹部を連続で切り付け、重戦士達の元へと駆け寄った。
「大丈夫か、貴公等?」
電撃による麻痺は僅かに残っているものの、既に彼等は回復の兆しを見せていた。
「ああ、やれるぜ!世話掛けたな!」
「恩に着ます!」
重戦士と軽戦士は武器を構え、マンティコアに向き直る。
「今度は同じ手は食わんさ!」
女騎士も立ち直り、何時でも戦える状態だ。
「私が隙を作る。攻撃は任せたぞ!」
「応っ!任せな!」
「さっきのリベンジといこうかっ!」
灰の提案に重戦士達は呼応し、一気に散開しながら攻撃を仕掛けた。
「くらえ!」
牽制とばかりに呪術の火『火球』を投げ付け、注意を此方に向けさせる。
その間、女騎士と軽戦士はマンティコアの左右に回り込み、攻撃の機会を窺った。
灰の斬撃によって四肢を損傷していたマンティコアは、動きを鈍らせている。
ここぞとばかりに灰が突撃し、損傷したマンティコアに攻撃を仕掛ける。
縦横無尽な高速体術に翻弄されたマンティコアは狙いを上手く定められず、鋭い爪攻撃も土を掘り返すだけだった。
その隙を突いた女騎士と軽戦士が肉薄し、敵の脇腹に剣を突き立てる。
「GYOAaaaa!」
深々と剣が突き刺さり、其処から鮮血が噴き出ていた。
絶叫を上げ、悶え苦しむマンティコア。
「今だっ!私を踏み台にしろっ!」
灰は重戦士に呼び掛け、剣を地面に突き立て姿勢を低くする。
「応っ!わりぃなっ!乗るぜっ!」
重戦士が全力で疾走し灰の肩に足を掛け彼を踏み台に、高く跳躍した。
「オラァァァッ!!」
マンティコアの頭上よりも高い位置から大剣を大上段から振り下ろし、全力で振り下ろす。
綺麗に体重の乗った大剣の一撃は、マンティコアの頭部を確実に克ち割った。
クリティカルヒットである。
頭部を完全に破壊されたマンティコアに生きる術などない。
声も無く倒れ伏した巨体は、地響きを立てながら横倒しに崩れ落ちた。
戦いは終わった。
程無くして、茂みから斥候と巫術士が駆け寄って来る。
「酷いですよ!俺たち迄吹き飛ばすなんて……!」
「……ちょっと痛かったです……」
灰は二人から抗議の声を受けた。
先程のフォースの件だろう。
「だから言ったではないか、早く退避しろと」
ちょっとした口論を続ける三名を余所に、軽戦士が信号弾を放ち荷馬車を呼ぶ。
マンティコアの遺体を荷馬車に乗せるのは些か苦労したが、何とか荷台に括り付け、帰路へと着く事になった。
「それにしても冒険者にしては貴公等の体力や持久力は、少し乏しい様に思えるのだが、どう言う事か?」
馬車の幌の中で灰は、斥候と巫術士の身体能力について質問を投げ掛けた。
「あ、いやぁ……それはぁ……」
「実はアタシ達……」
急に二人は口籠りだした。
「仕方がない、私が説明しよう」
代わりに女騎士が説明してくれた。
実は彼等は年齢を偽り、冒険者に登録したらしい。
登録当初は、実年齢が発覚する事は無かったが、昇級審査の際に年齢がばれてしまう事となる。
しかし、ギルド側の恩情で黒曜等級に昇格させる代わりに、成人を迎える迄以降の昇級は無しとの判断が下されたのである。
因みに巫術士の彼女は圃人だ。
圃人は、30歳で成人扱いとなる。
「成程な、道理で年齢の割に随分幼いと思った」
灰は納得する。
「だが逆に考えれば、これは鍛えるチャンスやも知れんな」
灰は更に言葉を付け加えた。
今の彼等は未成年とは言え、丁度成長期に差し掛かる年代だ。
この時期を利用し徹底的に己を磨けば、同年代を遥かに凌ぐ逸材に化ける可能性も孕んでいる。
知識にしろ技術にしろ、可能な限り吸収させ積み上げていくのは、今を置いて他には無い。
少なくとも灰はそう考えていた。
「だったら任せな。俺が徹底的に鍛えてやっからよ!」
重戦士が乗り出し、斥候の肩に手を掛ける。
「特に、お前はな!」
ギラついた眼で斥候を見据え、ニヤりと口元を吊り上げた。
「ひぇぇ……!お手柔らかにお願いしますよ、大将!」
斥候が懇願するかの様な目で重戦士にすがる。
「そうかそうか。そんなに鍛えてほしいか!そこまで頼まれちゃ、応えねぇ訳にはいかねぇよなぁ!」
「ちょっと、大将!」
『ハハハハハハ……!』
狭い幌の中で一行の笑い声が木霊し、夕暮れ時にギルドへ到着するのである。
ギルドへ帰還した彼等は、討伐したマンティコアの遺体を引き渡し、成功報酬を受け取る。
報酬を全員で折半し、一人当たり金貨2枚となった。
これでも黒曜等級としては割の良い依頼である。
その後は何時も通りに彼等は打ち上げを行い、灰も参加する事にした。
尤も彼は騒ぐタイプではなく、静かに食事と酒を嗜むのみであったが。
夜も更け、打ち上げもお開きとなり、各々が宿に戻る事となる。
そして別れ際。
「今日は実りのある依頼だった。また何か有ったら呼んでくれ」
「応っ!世話になったな、その時はまた頼むわ!」
「貴公等の昇級を心より願っている」
灰は彼等に別れを告げ宿に戻り、臨時の一党を解く事となる。
そして夜が明けた。
△▼△▼△▼△▼
翌朝、ギルドは変わらぬ戦が繰り広げられていた。
――キョ、う、こソ…は、負け…ヌ……。
何故か亡者化寸前の心境で、掲示板の最前列に陣取り、依頼用紙の張り出しを仁王立ちで待ち構える灰の剣士。
その異様な彼の気迫に、受付嬢は若干引きつりながら掛け声と共に依頼用紙を張り出してゆく。
貼り終えた途端に冒険者達が殺到し、争奪戦が開始された。
――さぁ、我等食餌の時だ――
灰も負けじと用紙を吟味する。
…
……
………
ギルド内は何時もの落ち着きを取り戻し、受付カウンターには長蛇の列が立ち並び、それぞれの手続きを済ませていく。
掲示板前には、無残に横たわる一人の屍があった。
――YOU DIED――
灰の剣士である。
またもや全方位からの、特に理由の無い暴力に晒され、その結果完全敗北を喫したのである。
大の字に横たわり、周りからの失笑を買う灰の剣士。
――マた、まケ…、た……。……ゲせ、ぬ……!
目を開け、そろそろ起き上がろうとした矢先。
突如眼前に、薄紫色の絶景が広がっていた。
しかし、その正体には直ぐに気付く事が出来た。
何者かが、灰の顔の上を跨いでいるのだ。
しかも故意に足を肩幅にまで広げ――。
「……」
「……」
灰と彼の顔を跨ぐ犯人は、互いに無言を貫く。
「貴公……、ワザとだな」
徐に灰が口を開いた。
「やぁ、ん。エッチ、ね❤あ、なた……」
その独特の口調、忘れもしない。
「……とにかく顔を跨がないでくれ給えよ貴公。流石に心が乱れる」
あからさまに顔を跨がれている為、退いて貰う様促し、灰は起き上がる。
「よか、ったわ。あなた、ちゃん、と、反応、するの、ね」
先程の相手は彼も良く知る女性の冒険者、槍使いの一党に属する魔女だった。
「うむ。薄紫色の絶景だったと言っておこう」
灰は公言した。
「やぁ…、やだっ!やめ、てよ。はず、か、しい、わ!」
顔を赤らめ、両手で覆ってしまう魔女。
――ん?予想外の反応だ。もしかして思っていたよりも純真なのかも知れん。
彼女の意外な反応に、少し面食らってしまった。
「だったら、ワザと跨ぐな!……それで貴公……、何用か?」
語尾を強めながらも灰は彼女に訊ねる。
おそらく、依頼絡みだろう事は容易に想像が着く。
「おね、が、い、したい、こと、が、あるの。手伝って?けん、し、さん」
魔女は灰に懇願した。
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治癒の涙
カリム大司教の使徒モーンが伝えた奇跡。
モーンは女神クァトの従者としても知られ
これは彼女を巡る死の物語であるという。
時は流れ、白教などは今や古文書に名を残すのみとなったが、
この国の何処かでは今も、ひっそりと信徒が存在しているという。
TRPGでは、稲妻の真言魔法は麻痺の追加効果が備わっていませんが、少々アレンジを加えて短時間の麻痺効果を足しています。
もうちょっと、原作でのマンティコアが登場するお話を読んどけば良かった。
そして、掲示板の前で(特に理由の無い暴力)に晒されている灰の剣士ですが、彼が無抵抗なので毎回倒れています。
反撃しようものならエライ事になってしまうので……。
次もオマケ話です。