ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 後半です。
インプの体色が原作では言及されていなかったので、オリジナルで決めさせて頂きました。

では投稿します。


第38.5話C―同期戦士一党との小悪魔退治(後編)―

 

 

 

 

 

突風(ブラストウィンド)(真言魔法)

 

 ウェントス(風)…、クレスクント(成長)…、オリエンス(発生)

 

 範囲内に突風を巻き起こす魔法。

 術者の力量次第で、風そのものに殺傷力を持たせる事も可能。

 風圧で吹き飛ばしたり、生じる真空波で切り刻む事も出来る。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ちっ!インプとは比べモンにならんぜ!」

 

「まさか、レッサー種とは言え本物のデーモンとは――」

 

「何とか隙を作らないと!」

 

 先程のインプが上げた雄叫びで、増援が表れた訳だがレッサーデーモン2体に加え、紅いデーモンが一匹。

 

恐らく、赤いデーモンが今回の指揮官に違いない。

 

同期戦士、獣人魔術師、少女野伏の三人が一体のレッサーデーモンを相手取り、残りは灰が対応していた。

 

レッサーデーモンが強靭な筋力を生かし、鋭い爪を繰り出して来る。

 

同期戦士はそれを剣で受け止め、野伏が弓で射撃。

 

矢は、デーモンの胸部に刺さるが自身は気にも留めていない。

 

 

 

「あの二人はあまりアテになんないし、アタシがどっちかを加勢しないと!」

 

 森人僧侶と鉱人斥候に一瞥した銀髪武闘家が、同期戦士達か灰の剣士かどちらに加勢するかを決めあぐねていた。

 

「あまり面識はないけど、剣士さんの方だよね!」

 

 同期戦士達は三人で一体のデーモンと対峙していたが、灰の剣士は、一人で赤いデーモンとレッサーデモンを同時に戦っている。

 

彼女は灰の方に向かう。

 

 

 

レッサーデーモンの左右の爪攻撃が灰に繰り出される。

 

その攻撃を盾でいなし、剣で裁きながら懐へ踏み込む。

 

しかし懐へ入った灰を蹴り上げで対応するが、彼はローリングで更に接近。

 

軸足の腱をシミターで切り裂く。

 

痛みでバランスを崩し、悲鳴を上げるレッサーデーモン。

 

灰は止めを刺そうと剣を振り翳すが、上空から火球が飛来し出鼻を挫かれる。

 

――上空からの援護か!厄介だな!

 

その隙にレッサーデモンは体勢を立て直し、翼で空中へと飛び上がる。

 

そこへ銀髪武闘家が駆け付けた。

 

「手を貸すよ、剣士さん!」

 

 彼女は意気込むが灰は静かに首を振る。

 

「違う、私じゃない。まず彼等のデーモンを倒すんだ!」

 

「えっ?!ど、どうして?!」

 

 灰の指摘に”意味が分からない”と彼女は返す。

 

「君が一人加わった所で、戦況は然程変わらないだろう。それよりも、彼等と共闘し早急に向こうのデーモンを仕留めてくれ。その分味方を此方に集中させる事が出来る。……頼む!今、自由に動けるのは君だけだ!」

 

「……」

 

 灰の言葉に彼女は暫し無言でいたが、やがて手決意を露にし――。

 

「わかった!アタシに任せて!」

 

 彼女は踵を返し、同期戦士達の方へと走る。

 

「依頼取り合いの時みたく、死んじゃ駄目だよっ!!」

 

 何故か早朝の出来事を持ち出し、彼等に加勢する。

 

――……一言多い……。

 

彼は再び、上空に退避したデーモン達に構える。

 

 

 

「中々隙を見せねぇなコイツ……!」

 

 同期戦士達は慎重に隙を窺うが、それはデーモン側も同様だった。

 

両者の間に睨み合いが続く。

 

「せやぁっ!」

 

 突然デーモンの背後に、衝撃が入る。

 

「もう一発!」

 

 駆け付けた銀髪武闘家が跳躍し、延髄に蹴りの追撃を食らわせた。

 

「今の内だよっ!早く!」

 

 剣なり呪文なり、追撃してくれと言わんばかりに催促する。

 

「では…。ウェントス…、クレスクント…、オリエンス…!」

 

 獣人魔術師が風の真言魔法を行使し、突風をデーモンにぶつける。

 

威力が低い為、直接痛痒には至らないが、デーモンは身体全体を手で覆い、風に抗している。

 

「今よ!いけぇっ!」

 

 少女野伏が矢を放ち追い風に乗ったそれは、デーモンの頭部に深々と突き刺さった。

 

頭部を庇うようにデーモンは、頭を低くし翼を広げる。

 

「まずい!今飛ばれたら――」

 

 デーモンが飛行体制に移り、同期戦士が歯軋りする。

 

「――!。そうだ、コイツの出番だ!」

 

 同期戦士は腰に吊り下げた、ある物を取り出す。

 

「これでも、食らいなぁっ!」

 

 投げ付けたそれはデーモンの頭部に命中し、燃え上がる。

 

それは、火炎壺だった。

 

飛び散った油が着火し、デーモンの頭部を焼く。

 

火の親和性が高いデーモンならいざ知らず、下位のレッサー種なら火も十分通用する。

 

「オラぁ!貰ったぜぇっ!」

 

 その隙を突き同期戦士は、突撃する。

 

そして蹲るレッサーデーモンの首に剣を振り下ろした。

 

「せぇいっ!」

 

 彼の剣『アストラの直剣』が、デーモンの首を切り落とし、レッサーデーモンを仕留めた。

 

因みに彼の剣は秘かに『楔石』で強化され、現在は『アストラの直剣+3』となっている。

 

「やったぁっ!デーモンを倒したよ!」

 

 幼子の様にピョンピョンと跳ね、喜びを露にする少女野伏。

 

「中々に手こずりましたな」

 

 ふぅ、と汗を拭う獣人術師。

 

「まさかデーモンに出くわし、レッサー種とは言え倒せちまうとはな……」

 

 呼吸を整えながら、デーモンの屍と自分の剣を交互に見やる同期戦士。

 

「皆!感心してる場合じゃないよ!剣士さんを助けないとっ!」

 

 銀髪武闘家の一喝で、三人が我に返る。

 

「そうだ!アイツはたった一人で、デーモン2体を――」

 

「あの赤いデーモン、確かレッドキャップでしたかな?手強い存在です」

 

 博識を生かし、赤いデーモンについて考察する獣人魔術士。

 

三人は急いで灰と合流を試みる。

 

気付けば、森人僧侶と鉱人斥候も加わっていた。

 

 

 

上空からの連続急降下に手を焼く、火の無い灰。

 

間合いを見計らい剣で迎撃しようにも、赤いデーモン『レッドキャップ』の火球に邪魔され、思う様に戦局が好転しない。

 

先に呪術の火でレッドキャップを迎撃しようにも、飛翔速度が速く容易に交わされてしまう。

 

――邪魔さえ入らなければ、何とかなるんだが。

 

そう思案している内に、同期戦士達が合流して来た。

 

「こっちは片付いた、待たせたな!」

 

「ああ、手を貸してくれ。奴の邪魔さえ阻止出来れば、巧く迎撃出来る!」

 

 灰の迎撃を邪魔するレッドキャップ。

 

一瞬でも良い、阻止さえ出来れば勝機はある。

 

「なら、アタシに任せて!」

 

 銀髪武闘家が勇み足で前に出るが――。

 

「……君の実力は認めるが、余り自身を危険に晒すものではないと思うがね?」

 

 仲間である森人僧侶が、苦言を呈す。

 

「……ちゃんと考えはあるよ。アタシは、どうしよもない馬鹿だけど――」

 

 彼女がそうこう言う間に、レッサーデーモンが急降下の体制に移り、レッドキャップが嘲りながら火球の投射体制に入った。

 

「議論の暇は無い、君の案。アテにするぞ!」

 

 灰の言葉に彼女は”任せろ!”と言わんばかりに、親指を立て『サムズアップ』で応える。

 

「飛び道具持ちは、私と共に迎撃に加われ!次で仕留めるぞ!」

 

 灰の号令に皆が答える。

 

野伏が弓を構え、森人僧侶がダートガンに矢を装填し、斥候は短剣の投射体制に移る。

 

灰も手に呪術の火『火の玉』を宿す。

 

そして再びレッサーデーモンが、全速で急降下を開始した。

 

「まだだ、もっと引き付ける!」

 

 皆は、灰の合図を元に射撃を待つ。

 

そしてレッドキャップが、火球を灰に向けて投射した。

 

「やっぱりね!そう来ると――」

 

 武闘家が何かを投げる体制に移る。

 

「――思ったよっ!」

 

 そして火球に向かって投げ付けたナニカ――。

 

ナニカは、狙い過たず火球に衝突し、小さな爆発と共に燃え上がる。

 

思わぬ横槍に、レッドキャップは狼狽えた。

 

彼女の投げたナニカ――。

 

それは先程仕留めた、インプの屍だった。

 

「今だっ!」

 

 灰の号令と共に、皆が投射を開始。

 

野伏の矢、森人僧侶のダート、斥候の短剣、そして灰の火の玉が、レッサーデーモンに命中する。

 

「Gurolooo?!」

 

 全弾直撃したデーモンは、そのままの体制で地面に激突、転倒し完全に弱っていた。

 

「よっしゃぁ!止めは任せろぉ!」

 

 同期戦士が剣を掲げ、転倒したデーモンの首を切り落とした。

 

「よし!討伐数2!」

 

 止めを刺した彼は、残りのデーモンを見やる。

 

残るは、デーモンの候補生に相当する「レッドキャップ」のみ。

 

このまま退散するのか、此方に襲い来るのか?

 

 

 

カラコロ、カラコロ。

 

神様達が骰子を振ります。

 

この判定は、士気判定。

 

このまま逃げるのか、それとも戦うのか。

 

レッドキャップの士気は、7。

 

2Ⅾ6を振った結果、出目は、8。

 

足した合計値は15。

 

戦場に留まる目標値は13ですので。

 

「レッドキャップ」は、やる気の様です。

 

 では戦闘を再開しましょう。

 

 

 

「さっきから嫌な動きで攻め立てて来るな、あの赤いデーモン」

 

 不規則に軌道を変えながら、連続急降下で襲い来るデーモン。

 

同期戦士は、剣を振るうが一向に当たらない。

 

更に去り際に火球を投射し、此方は攻め手に欠いていた。

 

「あの火球、魔法ではない様ですね」

 

「既に10発以上は投射してるよ!」

 

 獣人魔術師と少女野伏も、業を煮やし始めている。

 

「私の武器では、動きを止める事が出来ん!」

 

「アイツ、着地する気配ゼロだもんな!」

 

「一瞬でも動きさえ止められたらなぁ……!」

 

 司祭、斥候、武闘家の三人も、顔を顰め恨めしそうにデーモンを睨む。

 

「呪文しかないか……、先生は風を興せるのでしたか?」

 

 灰が獣人魔術師に確認を取る。

 

「ええ。あと一回ですが……」

 

 魔術師が答えた後、灰は野伏にも確認を取った。

 

「うん、泥罠(スネア)が使えるけど、空中のアイツに効くかな?」

 

 野伏は若干の不安を覚えている様だ。

 

「後は、奴の視界を妨害出来ればいいんだが……」

 

 何かないかと思案を巡らせた灰に、鉱人斥候が或る物を差し出して来た。

 

「『煙玉』ってのがあるんだけど、役に立つか?」

 

 差し出されたそれを見て、彼は深く頷く。

 

「……これだ!」

 

「皆!聞いてくれ、最後の作戦だ!」

 

 灰は周りに呼び掛け、最後の策に打って出る。

 

”これが駄目なら諦めて撤退する”と、付け加えながら。

 

 

……

 

………

 

赤いデーモンが次の獲物を見定めて、舌なめずりする。

 

そろそろ遊ばず、一匹ずつ仕留めてやろう。

 

誰が良いだろうか?

 

いや、迷うまでも無い。

 

さっきから散々我が下僕達を蹴散らし、手こずらせてくれたフードの剣士。

 

奴さえ仕留めれば、後は大した事は無い。

 

じっくり嬲って殺してやろう。

 

デーモンは手にした槍を構え、空いた手には火球を灯らせる。

 

あの剣士が何を考えているかは知らないが、この俺が負ける筈がない。

 

デーモンは狙いを灰にのみ定め、全速の急降下体制に入った。

 

 

 

「よし!こっちに狙いを定めたな!」

 

 灰は待ち侘びたかのように、デーモンを見据える。

 

程無くしてデーモンは、灰目掛けて急降下を開始した、槍を突き出しながら。

 

――点火。

 

呪術の火で『煙玉』の導火線に火を点け、デーモンのやや手前で煙が発生する様に投擲した。

 

弾から発生した白煙が、デーモンの視界を遮り、運の良い事に煙が目に侵入。

 

「Gyeooevaa!」

 

染みる痛みにデーモンは動きを止め、目を覆いながら空中でジタバタと藻掻き始めた。

 

「土精(ノーム)、水精(ウンディーネ)、素敵な褥をこさえてあげて!」

 

「ウェントス…、クレスクント…、オリエンス…!」

 

 続け様に少女野伏と獣人魔術師が、魔法を行使する。

 

「泥罠(スネア)!」

 

「突風(ブラストウィンド)!」

 

 野伏が生成した泥濘を魔術師の風で、デーモンに向かって吹き飛ばす。

 

粒上の泥が風に乗り、デーモンの体中至る所に付着した。

 

水で湿った泥は粘性を帯び、地味に重量も増す。

 

翼に付着した大量の泥は、デーモンの飛行能力を一時的にだが喪失させ、デーモンは地面に落下する。

 

自由落下の衝撃と、目に染みる煙の痛みで、デーモンは未だ立ち直れずにいた。

 

こうなれば、レッドキャップと云えど、最早獲物に過ぎなかった。

 

少々見栄えは悪いが、赤帽子の異名を持つデーモン『レッドキャップ』は、同期戦士達の袋叩き(ボコスカラッシュ)で呆気無く絶命した。

 

標的は全て、殲滅。

 

 

 

これにて、戦闘は終了。

 

 

 

 

……

 

………

 

「それにしても、屍の山、山、山」

 

 同期戦士が顔を若干引き攣らせ、死屍累々の平原を警戒しながら歩く。

 

残敵が居ないかを確かめる為だ。

 

「昨日とは打って変わっての大戦果だねぇ。剣士さんが居なければ、どうなってたんだろ?」

 

 傍らで少女野伏も、視線を移しながら同行する。

 

「……」

 

「どうしたの?」

 

 難しい顔をする同期戦士に、少女野伏は心配そうに覗き込む。

 

「いやな、灰の剣士と俺の目指す理想の冒険者像……何かが違うと思ってな」

 

 白金や金は無理でも銀等級には到達したい、そう目標を定めていた彼だったが、誰かを見本に見立てていたのも事実だった。

 

何度も助けて貰い、圧倒的な実力を誇る灰の剣士が目標になるだろうか?そう思っていた時期もあった。

 

しかし、自分の目指す何かが違うと今回の戦いで、それは確信へと変わった。

 

「それは当たり前だよ。彼と貴方は、使う武器も戦法も判断基準も何もかもが、違う方向性だもん。真似しても却って弱くなるだけだと思うよ、アタシは」

 

 彼女の指摘に”う~ん”と唸る、同期戦士。

 

他の奴を参考にする選択肢も、当然彼の視野には入っていた。

 

「ここいらの連中の殆どは、顔を覚えてしまったからなぁ……どれも違うんだよなぁ……」

 

 正直今のギルドに所属している冒険者達は、大半が顔見知りとなってしまった。

 

時々流れ者も目にするが、そういう奴は大抵一癖も二癖も有り、直ぐに此処を去って行く。

 

「ままならねぇもんだ……」

 

 戦闘後の疲労もあるのだろう、彼は浅い愚痴を零す。

 

「まぁ、今焦っても仕方ないよ。焦らずじっくりと行こ」

 

そんな彼の愚痴にも嫌な顔一つせず、笑顔で受け止める野伏。

 

「……だな!」

 

 彼も笑顔で返す。

 

「じゃあ、鋼鉄等級になったら、遠征に出てみよっか?」

 

 野伏は、他のギルドにも冒険に出てはどうかと提案する。

 

「おお。それ良いかもな!」

 

 彼もその案に快諾し、”よ~し、頑張るかぁ!”と張り切るのだった。

 

同期戦士は出合えるだろうか?

 

彼の手本と成り得る冒険者に。

 

 

 

 

 

「お!手紙持ってるぜ、このデーモン!……読めないけど……」

 

「ふはは!これだから鉱人は困る、どれ貸し給えよ。……ふっ……、やはりな……そういう事か!」

 

「お前、絶対読めてないよね……、それ――」

 

 相変わらずの二人のやり取りに銀髪武闘家が、獣人魔術師に手紙を渡す。

 

「どうですか先生?」

 

「……」

 

 先生と呼ばれた獣人魔術師は、暫く手紙を凝視するが、やがて首を左右にゆっくりと振る。

 

「駄目ですね、古代文字は私の管轄外です。残念ですが……」

 

「先生でも駄目かぁ……」

 

 銀髪武闘家は肩を落とす。

 

「私が読んでみよう」

 

 そこで火の無い灰が手紙を手に取り、目を通し始めた。

 

「えぇ?アンタ読めんのかよ!」

 

 鉱人斥候が驚く、他三名も同様だった。

 

「……」

 

 読み始めた灰に、突如として息遣いに変化が見られ、小刻みに手が震え出す。

 

四人は緊張した面持ちで固唾を飲む。

 

「内容を説明する」

 

 灰が告げた。

 

 

 

レッドキャップ率いるインプの群れは、近日中に街を襲撃する算段だった様だ。

 

その街を征圧した後、そこを更なる悪魔召喚の拠点へと利用する。

 

そういう計画を立てていたらしい。

 

 

 

その言葉を聞いた四人は一斉に騒ぎ立てる。

 

「それってヤバかったじゃんか!」

 

「五月蝿いぞ、鉱人!我々はその計画を未然に防いだのだ!」

 

「あのインプの数なら、街の襲撃に足る戦力かも知れませんね」

 

「その計画って、この赤いデーモンが考え付いたの?」

 

 四人が各自言及する。

 

最後の銀髪武闘家の質問に灰は応える。

 

「問題は、この後の警句だ。読むぞ――」

 

 

 

――我ら闇によって人となり、人を超え、また人を失う。知らぬ者よ。かねて闇を恐れたまえ――

 

 

 

「……」

 

 その警句に四人は言葉も出なかった。

 

その意味を理解出来たのか逆なのか、もしくは警句の醸し出す高過ぎる啓蒙の次元故か。

 

それは、闇に対する恐れ敬い、そして情景、それ等の闇に対する畏怖と崇拝が人という枷を超越し、人という枠組みから解放され、故に生命の在り方を根底から覆そうという、試みだろうか。

 

更に灰は語る。

 

「私の見解ではあるが、死に行く自らの運命を乗り超えようとしたが故の、戒めと情景なのかも知れない……」

 

「それってつまり……、……どういう意味ですか?」

 

 理解出来てないのだろう、銀髪武闘家が訪ねて来る。

 

「……私とて、真の意味など分かるまいよ!この警句には実に多く意味が込められているのだろう。……重要なのはデーモンのバックに、人が関わっているという事だけは確定した」

 

 灰の指摘に皆がどよめき、再び言葉を失う。

 

「私達は、大きな渦に飛び込んでしまったのかも知れない。それだけは留意しておいてくれ!」

 

「……」

 

 無言で立ち尽くす四人。

 

そこには、先程の達成感など綺麗サッパリ消え去っていた。

 

「……すまん、少し脅かし過ぎたな。この手紙は、私が翻訳してギルドに提出しておこう。収入源に直結する筈だ、出来高制だったかな?確か――」

 

「そ、そうだよな!アタシらデーモンの陰謀を阻止した上に、全滅させたんだ!完璧じゃんか!」

 

「そ、そうですよ!一党結成以来の大金星ですよ、これは!」

 

 灰の言葉に斥候と武闘家が沸き上がり、場を何とか盛り上げる。

 

その後同期戦士達も合流し、残敵が居ない事を確認した後、一行はギルドへと帰路に就いたのだった。

 

一行が立ち去り誰も居ない筈の平原に、一つの人影が姿を現す。

 

「……下級のデーモンでは、こんなモノか。もう少し踏み込めると、思ったのだがな」

 

 黒いフードマントを風に靡かせ、くすんだ金色の瞳が鈍く光を放つ。

 

「流れを変えたあの剣士……、覚えておこう……」

 

 その言葉を最後に人影は姿を消し、平原には誰一人存在しなかった。

 

 

 

ギルドへ戻る途中の街道にて、一行は賑やかに談笑している。

 

先程の戦いの疲労は何処へやら、彼等の顔は皆、一様にして明るい。

 

 

 

火の無い灰を除いては――。

 

 

 

最後尾で、手紙の内容を思い返していた。

 

――あの警句……、覚えがある。

 

――我ら闇によって人となり、人を超え、また人を失う。知らぬ者よ。かねて闇を恐れたまえ――

 

闇を信望し、命を…、人の在り方を変え様とした、暗き亡者の国。

 

「ロンドール……、『黒教会』が動いていたか……!」

 

 皆には聞こえない様に配慮しながら、黒教会の名を口にした。

 

――この生命溢れる世界を、再び死の世界にする訳にはいかない。奴等は、まだ諦めていなかったのか!二度目の火が宿って尚――!

 

死と深み、亡者とおぞみを”是”とする国『ロンドール』。

 

その国の指導機関『黒教会』。

 

今は何処に在るのかも、見当すら付かない。

 

だが、遅かれ早かれ対峙するであろう事だけは、確信が持てた。

 

一行がギルドに到着する頃、夕日が山脈を掠めようとしていた。

 

それは偶然だったのだろうか?

 

心なしか落日は、普段よりも赤黒く染まっている様に思える。

 

それは、いよいよ火が陰り、最初の火が燃え尽きんとしていた、あの黒い太陽を思わせた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「ええっ?!小悪魔60以上に、下級悪魔2と熾火の魔神ですか?!」

 

 同期戦士達の報告にギルドの受付嬢は、大声で驚愕の声を上げる。

 

だが周りには誰も居らず、この応接室に居るのは、一党の暫定的頭目の同期戦士と火の無い灰、そしてギルド長を加えた受け付け嬢のみだった為、その声は他に届く事は無かった。

 

「それにしてもデーモンの群れが、この街を襲撃していようとはな……!」

 

 ギルド長は苦い表情で、頭を悩ませた。

 

「今の処は、未然に防ぐ事が出来ましたが、今後どう事が推移するか分かりません!」

 

 灰はそう付け加え、赤いデーモン『熾火の魔神ことレッドキャップ』から入手した手記を提出した。

 

無論、彼の翻訳付きで――。

 

それを手に取り、目を通すギルド長。

 

「うぅむ……!。背後に人が関わっているとなると……」

 

「邪教徒の類でしょうか?」

 

 同期戦士が訪ねる。

 

「まだ断定は出来んが、先日の邪教徒討伐といい、今日のデーモンの群れといい――」

 

 顔を顰め目を瞑ったギルド長は、眉間にシワを寄せ、ますます顔に小ジワを増やしていく。

 

「残念だが、鉱山の一件で冒険者の数が大幅に減少している。今すぐ対策を講じる事は出来んよ。せめて来季の春に大勢の冒険者達が登録し、尚且つ彼等が力を付けてくれなければ、話にすらならん。無論君達も含めてね」

 

 一応、可能な限りの策は講じてみる。

 

そう発言したギルド長は、些か疲れを見せている様だ。

 

冒険者達の知らない所で、現状での最善を尽くしてくれているのだろう。

 

今は冒険者達で、数々の依頼を解決していくしか道は無い様だ。

 

「……とは言え、此度のデーモンの襲撃を阻止した君達の活躍は見事だった。この件は報酬の上乗せと、貢献度で報いる事としよう、有り難うだった皆!」

 

 最後にギルド長が、笑顔で冒険者達に感謝の念を伝えた。

 

”報酬は受付で受け取ってくれ給え”と付け加え、報告作業は終わりを告げた。

 

成功報酬と特別報酬を加え、金貨21枚。

 

一党一人当たり、3枚の配当となった。

 

一人金貨3枚は、見方によっては意見の分かれる所だが、一党のメンバー達にとっては初の大収穫となった。

 

「やったぜぇ!何買おうかなぁ!」

 

「ふっ……、悪くないな」

 

「これからも精進したい所ですな」

 

「何か美味しい物でも食べようかな!」

 

 各々が喜びを露にし湧き立つ。

 

「あんまり贅沢は出来ないけど、メシにするか!本当に皆、良く頑張ってくれたな!」

 

 同期戦士からの労いの言葉に、皆は盛り上がり食堂へと直行した。

 

既に食堂は賑わいを見せつつあり、給士達が忙しなく食事を運んだりと忙しそうだ。

 

メンバー達は、金貨を1枚ずつ出し合い、各々が食べたい物を注文する。

 

そして久々の、否。

 

一党結成以来初の、豪勢な食事に顔を綻ばせるのだった。

 

皆が食事を楽しむ姿に、フードの奥から笑みを浮かべつつ灰は一人、決意を固める。

 

――ロンドールなどに、この営みを破壊させてなるものか!奴等にも、分からせてやりたいものだ……。命の素晴らしさを!

 

――闇の王……、貴公とて最初から亡者だった訳ではあるまい。

 

嘗て最初の火の炉で戦った黒騎士の鎧に身を包みし、もう一人の『火の無い灰』。

 

彼にも分る筈だ――。

 

皆が楽しみ、喜びを分かち合い、心のままに生きる事の尊さが。

 

 

 

        ――命の息吹を――

 

 

 

翌日。

 

今日は依頼を受けず、灰は休む事にした。

 

特別疲労している訳ではなかったが、邪教徒の件といい小悪魔の件といい、色々考えを纏めたかったのが本音であった。

 

それにギルドでは様々な冒険者の噂話を聞く事が出来る。

 

彼等が何気無く語った言葉でも、ふとした拍子にそれが思わぬ情報となる事もあるのだ。

 

決して休みが無駄になる訳ではない。

 

ギルドの片隅で薬草茶を嗜みながら、今迄の出来事を思い出し手帳に記録していく。

 

こういった地道な作業も、将来実を結ぶだろう。

 

一通り作業を終えギルドの賑わいが増す頃、聞き覚えのある単語が背後から聞こえて来る。

 

『知ってるか?ゴブリンスレイヤーの事……』

 

 見知らぬ冒険者と先日共闘した同期戦士が、ゴブリンスレイヤーの事で話し込んでいた。

 

そうか、彼も今日は休むのだな。

 

他のメンバー達も、各々の時間を過ごしているのだろう。

 

 

 

思わず火の無い灰も、彼等の会話に聞き耳を立てた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

熾火の魔神(ファイアブランド)

 

 赤い外皮と翼を持つ、俗に「赤帽子(レッドキャップ)」と呼称されるデーモン。

 不規則で俊敏な飛行で、相手を翻弄し、急降下の突撃や火球の投射で攻撃して来る。

 

 鋭い爪や牙の他に、槍や剣を装備した個体も存在する。

 彼等は、魔神の中でもそこそこの階級で、士官候補生(スポーン)とも言われている。

 

 

 

 

 

 




 レッサー種とは言え、仮にも魔神の眷属。
少し弱くし過ぎた感じが今更ながらにします。
灰と他メンバー達の強さのバランスが、中々に難しいです。

如何だったでしょうか?

こんな拙いだらけの作品を読んで下さって、本当に有難う御座います。
気が向いたらで良いので、感想、評価、宜しくお願い致します。

デハマタ( ゚∀゚)/

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