ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 12月になり気温も大分下がってまいりました。
私は、寒いのが大の苦手で、ちょっとでも寒さを感じると途端に動きが鈍くなってしまいます。
(うう…!布団から出たくない!( ̄ω ̄;))

きっと氷結耐性が低いに違いない。

それでは投稿します。


第39話―動き出す、深みと澱み―

 

 

 

 

 

 

深みのソウル

 

 大主教ロイスと、彼の主教たちの魔術。

 冷たい谷のマクダネルが伝えたという。

 

 暗いソウルの澱を放つ。

 

 それは深みに沈み溜まったソウルであり

 生命に惹かれ、対象を追尾するという。

 

 澱みと深みに溺れた彼等は、皮肉にも生命の温もりと光を渇望したのだろうか。

 

 そして世に平穏の有らん事を。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 西の辺境に位置する街、その冒険者ギルドは、依頼を終え無事帰還した多くの冒険者達で賑わっていた。

 

そんなギルドに、一人の偏屈な女性『孤電の術士』は居た。

 

「お疲れのところ、申し訳ないんだが一緒に来てもらうぞ、灰の剣士君!」

 

 笑みを浮かべているが、それとは裏腹に目付きは鋭い。

 

一体、何の用だというのか。

 

周囲の視線も意に介さず、彼女は灰のフードを引っ張った。

 

強引にでも連れ出そうという意思が、はっきりと見て取れる。

 

「お、おい!無理矢理引っ張るな!」

 

 当然彼も抵抗を試み、フードを引っ張り返す。

 

「えぇ~いっ!往生際が悪いな君も。大人しく、私に従い給えよ!」

 

 彼女は尚も強く引き寄せ、灰を強引にでも連れ出そうとする。

 

何処に連行しようとしているのだろうか?

 

「貴公!先ずは説明が先だ!私は説明を要求する!」

 

 訳も分からず連れ出されるのは御免被る。

 

彼も抵抗を緩めぬまま、踏み止まろうとした。

 

「こ、の…っ…!強情…っ張り、め……!」

 

「お…互い…っ…様だ…!」

 

 良い年した男女が、必死にフードを引っ張り合う――。

 

その様は、まるで我儘を主張し合う子供の様だ。

 

しかし無理矢理フードを引っ張り合えば、当然その負荷は繋ぎ止めている接合点、つまり兜の留め金にシワ寄せが来る。

 

そして、程無くして限界が訪れた。

 

バチンっ!

 

負荷が掛かり過ぎた留め金は限界を迎え、フードが外れる。

 

「うわっとととっ……?!」

 

 強引にフードを引っ張っていた彼女は、突如抵抗を失い、バランスを崩しながら盛大に尻餅を突いた。

 

その勢いで彼女のスカートは捲れ上がり下着を晒してしまう。

 

偏屈で変人と評判の彼女だが、仮にも若く美しい女性。

 

露になった下着と肉感的な美脚の扇情的な肢体に、目を奪われる冒険者達。

 

「うひょうっ!」

 

「おおっ!」

 

「ピンクの紐パンか!!」

 

 口々に囃し立てる彼等に、孤電の術士は自分の置かれている現状を認識した。

 

自分の姿を確認し、捲れたスカートに目をやる。

 

そして、みるみる間に顔を紅く染めた。

 

「ぅぅうぅ……!みっ、見るなぁっ!貴様らぁっ!金取るぞぉっ!」

 

 涙目になりながら、目一杯叫ぶ孤電の術士。

 

慌ててスカートを抑え、灰の剣士を無言で睨む。

 

「……」

 

「……」

 

 

 

――……私の所為だと?無理矢理引っ張るからだろうに……。

 

 

 

「……仕方ない。分かった、行こう」

 

 観念した彼は浅く溜息を吐き、観念する。

 

そして彼女について行く旨を伝えた。

 

その後、周囲に頭を下げる。

 

「皆、お騒がせして申し訳なかった!今まで通り、事を再開してくれ!」

 

 起き上がった孤電の術士に連れられ、彼はギルドを後にした。

 

その様子を呆けた目で見つめる冒険者達。

 

辺りはすっかり夜だ。

 

そう言えば数日前も、彼女と共に夜道を歩いていた事を思い出す。

 

大通りを歩き街外れに差し掛かる頃、見覚えのある地形が彼の視界に映る。

 

「ん?此処は街外れの小川……。まさか……?」

 

「そうだ。ゆっくり語り合おうじゃないか。……私の家でな」

 

 彼女は灰を家に誘う。

 

あの話の続きを聞きたいのだろうか?

 

彼女の家で、灰は或る事について質問攻めにされた。

 

 

 

まさか、奴について聞かれるとは……。

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「ダークゴブリン……。そんな新種のゴブリンが存在していたとはね――」

 

 彼女が灰を連れ出したのは、異端の小鬼『ダークゴブリン』を知りたがっていたからであった。

 

どうやら、彼『ゴブリンスレイヤー』から聞いたらしい。

 

彼と数日間行動を共にし、ゴブリンについての造詣を深める事で、ダークゴブリンを引き合いに出したのだろう。

 

当然ゴブリンの専門書を作成していた彼女は、興味を持つ。

 

しかし、彼よりも直接ダークゴブリンと剣を交え、肉薄していたのは眼前の灰の剣士である。

 

そこで彼女は、灰の剣士を無理矢理にでも連れ出し、今に至るという訳だ。

 

訊かれたからには、隠す理由も無い。

 

彼は、知り得る限りの情報を提示した。

 

その情報は、彼個人の見解が主を占めていたが――。

 

しかしつい最近、その小鬼は討たれたという情報が伝わっている。

 

水の都に居を構える至高神の大司教『剣の乙女』が、銀等級冒険者率いる一党に依頼し、ダークゴブリンを討伐したのであった。

 

その報は当然この辺境にも伝わり、公式ではダークゴブリンは存在していない事になっていた。

 

「彼から聞いたよ。討たれた奴を、偽物だと判断しているそうじゃないか?キミは――」

 

「少なくとも、私はそう思う」

 

 あの鉱山で対峙した際、此方は数十名の冒険者が戦力として備わっていたのだ。

 

しかし殆ど一方的に敗北を喫し、結局真面に戦えたのは灰の剣士一人。

 

だが彼自身も実質真正面から圧し負け、最後はゴブリンスレイヤーのスクロールで撤退に追い込む事が出来た。

 

正直ギリギリの戦いだったのだ。

 

それ程の実力を誇るダークゴブリンが、銀とはいえ数名の一党に敗れ去るものだろうか?

 

もしそうだとすれば、その銀等級一党は相当優秀な実力を有しているのだろう。

 

「私個人としては、影武者を用立てる事で目を欺き、その間潜伏しながら力を蓄えているのだと推察する」

 

 ”憶測の域は出ないが”、そう付け加えて彼は、一区切り付けた。

 

孤電の術士は無言のまま書面に書き記し、内容を纏めている。

 

「……以上が私の知り得る全てだ。少しでも力になれたのなら、幸いなのだが」

 

「……ああ、十分だ。済まなかったね、時間を取らせて」

 

 灰の言葉にも彼女は視線を向ける事無く、作業に集中している。

 

それ以降言葉を向ける事は無い、暗に”もう帰っていい”と告げているのだろう。

 

「では失礼する」

 

 短く告げ、部屋から去ろうとした瞬間――。

 

「――一緒に来いっ!!」

 

「――ちょっ…?なっ、んっ?!」

 

 何を思ったか、作業中の彼女を強引に捕まえ、家の外へ連れ出した。

 

「お、おいっ?!」

 

 強制的に外へと連れ出され、彼女は困惑する。

 

「キミっ?!どういうつもりだっ?!」

 

 作業中を邪魔され、流石に彼女も感情を剥き出し、不満を彼にぶつける。

 

しかし、彼は応えようとせず、視線すら向けて来ない。

 

それどころか彼女の家を凝視し、在らぬ方を向いていた。

 

「……聞いているのか?事と次第によっては……」

 

 低い声で怒りを滲ませる、孤電の術士。

 

灰は漸く口を開いた。

 

「危なかった――」

 

 彼が発した言葉は、誰に向けるでもなく、只一人呟いていた。

 

「後もう少し遅れていたら、家は燃やされていた」

 

「なっ…、おい、どういう意味だ?!」

 

 彼の言葉の真意が分からず、彼女は問い質し、灰の視線の先と同じ方に目を向けた。

 

「……誰だ、アイツ?」

 

 家の屋根に、得体の知れない誰かが居る。

 

黒いローブを纏い、手には火を宿らせていた。

 

そして怪しい人物は屋根から飛び降りる。

 

「おやおや、もう少しで始末出来たものを、寸前で勘付かれるとはな!」

 

 口を開いたその人物は、男で間違い無い様だ。

 

「どうやら、私目当てのお客さん……、て訳じゃないらしいね」

 

 孤電の術士は皮肉交じりに苦笑する。

 

それとは対照的に灰は、無言で男を睨み付ける。

 

「……()()()か」

 

 相手のソウルを感知し、男は嘗ての時代の人間である事に確信を持つ。

 

「キサマもそうなのだろう、ソウルで分かるぞ!……どういう訳か、不死ではない様だがなぁ!」

 

 男も灰を同じ側の人間である事を察知した。

 

それでいて不死人ではない事に、些かの驚きを滲ませていたが。

 

「それにしても無粋だね。人ん家に火を点けようとした挙句、屋根の上から見下して来るとは!……一応聞いておこう。私に何の用だい?!」

 

 呆れながらも彼女は、男に話し掛けるが、その言葉の端々に怒りが込められていた。

 

男は歯牙にも掛けずに、鼻で哂う。

 

「フン!貴様の様な、中古の阿婆擦れ(あばずれ)に用など無い!」

 

「熟した女の味も知らんとは……、悲しい人生を送ってるねぇ、オマエ……」

 

 その言葉は、互いに敵意が込められている。

 

ではこの男は、何の目的で此処に訪れたというのか。

 

「我の目的は、貴様の指輪『(スパーク)の指輪』のみ!」

 

 男は彼女の指輪を凝視し、虎視眈々と狙っていた。

 

「その『灯の指輪』を寄越せ。貴様の様な下品な阿婆擦れには、手に余る代物だ!」

 

「……はい、どうぞ!……とでも、言うと思うかい?」

 

 苦笑交じりに返す孤電の術士。

 

この指輪は、彼女が悲願を成就する為に長年探し求めて来た物だ。

 

当然、渡す訳がない。

 

「……だろうな」

 

男は、虚空から杖を出現させた。

 

その光景を目にした彼女は、驚愕に包まれた。

 

「――なっ?!どうやったんだっ?!何も無い空間から物体が――」

 

「フンっ!貴様には一生掛かっても会得出来んさ!」

 

 男が行使したのは、ソウルの変換――。

 

体内に秘めたソウルを意思の力で変換し、物質化させる技術。

 

不死人であるなら、当たり前に備わっている。

 

生者となった灰の剣士は、この能力を消失してしまっていたが――。

 

「……君は退がれ。この場を切り抜けたら、幾らでも説明してやる」

 

 火の無い灰が抜刀し、彼女を庇う様に前に出た。

 

「……よぅし、言ったな!後で説明して貰うからな。生き残り給えよ、キミ!」

 

 灰の言う通り彼女は後ろとへ退き、場を見守る。

 

「……矢張り、邪魔をするか。……ならば、生者である事を悔やみながら逝くが良いっ!」

 

 眼前の不死人は杖を翳し、先端部に魔力を集中させた。

 

杖先からは、黒く鈍い灯りが妖しく輝く。

 

「……あんな魔術、見た事が無い……!」

 

 灰の後方からそれを目にした孤電の術士は、思わず息を呑む。

 

その妖しい輝きは、月夜よりも更に深く、鈍い闇を孕んでいた。

 

男の口が、醜く歪む。

 

「さぁ、深みのソウルをとくと味わえ!」

 

 男の杖先から黒いソウルの塊が、射出された。

 

暗く深い靄を伴った弾丸が、灰目掛けて襲い掛かる。

 

「…っ!深みのソウルか!」

 

 彼はこの魔術を知っていた。

 

ギリギリ迄引き付け、サイドステップで、それを躱す。

 

この魔術は強い追尾性を有し、的確な回避行動が必要となる。

 

初動が早くても遅くても、この魔術は相手を容赦無く蝕むのである。

 

「ククク!単発ならいざ知らず、複数相手に躱し切れるかな?」

 

男は更に魔術を行使し『深みのソウル』を連続で放った。

 

杖先から淀みと深みを帯びた、暗いソウルの弾丸が灰を追尾しながら飛来する。

 

「避け方は幾らでもある!」

 

 灰は高速体術を駆使し一気に射程外へと逃れつつ、変幻自在の回避と接近を同時に行った。

 

複数の暗いソウルが灰の体術に翻弄され、彼を掠める事無く其々が的外れの方角に飛散してしまう。

 

「ぬっ?…少しは出来るな」

 

 男は尚も、深みのソウルを行使するが、彼の接近を阻む事は出来ず、遂に彼の間合いに入る事を許してしまう。

 

灰はフェンイントを兼ねた、しゃがみ込みからの突き攻撃で男の腹部を貫いた。

 

「――っぅぐぉあっ…!!」

 

 シミターの刃は腹を突き破り、内臓をも抉る。

 

男の口から夥しい血が吐き出され、勝敗は決したかに見えた。

 

「……安心しろ、急所は外してある」

 

 灰は敢えて致命傷を避け、男に手心を加えていた。

 

「貴公に聞きたい事がある。大人しく答えるのなら、楽に死なせてやろう」

 

「――っ?!!」

 

 その言葉を耳にし些かの驚きを見せたのは、男ではなく孤電の術士だった。

 

まるで底無しの深海から這い出て來るかの様な声音――。

 

灰との交流は、決して深い物ではなかったが、これ程冷酷な一面を持ち合わせていようとは微塵にも感じていなかったからだ。

 

「……ば、かめ……!この我が、素直に答えると…、でもっ…!」

 

 吐血しながらも、男は抵抗と拒否の意思を示す。

 

しかし灰は、そんな事もお構い無しに質問をぶつけた。

 

「貴公等は間違い無く組織で動いている。……貴公等の主は法王……、いや……、『魔神皇サリヴァーン』だな?!」

 

「――!!」

 

 魔神皇サリヴァーン。

 

その固有名詞を口にした途端、男が僅かに蠢き全身を小刻みに震わせた。

 

 

 

「……黙れっ!下郎っ!キサマ如きが、軽々しく口にして良い名ではないっ!!」

 

 

 

 静かではあるが、感情を剥き出しにした男は灰の手首を握り締めた。

 

だが、灰は動じる事無く淡々と言葉を返す。

 

「…今の反応で分かった。貴公等の元締めは、サリヴァーンだったか」

 

 彼も最初から素直に答えてくれる事など、期待はしていない。

 

答えようがいまいが反応さえ見れば十分に判別が付くのだ。

 

数日前の邪教徒が言っていた『魔神皇』なる言葉――。

 

法王サリヴァーンである事が、これで確定した。

 

「……ご苦労だった貴公。じゃあ死ねっ!」

 

 灰はシミターに力を込め、男を切り裂こうとするが――。

 

「死ぬのは貴様だ……!」

 

 男は目を爛々と輝かせ、口元を吊り上げた。

 

「――っ!!」

 

 危険な何かを直感で感じ取った灰は、一気に引導を渡さんとするが手首が微動だにしない。

 

――何て力だ…!筋力戦士並みの握力だぞ!

 

「……高く付くぞ、この代償……!」

 

 男は掴んだ手に魔力を込め、その手に急速に熱を帯びた。

 

「――?!これは呪術の火!」

 

 その熱を敏感に感じ取った灰は、男が今行使せんとする呪術の火に覚えがあった。

 

「内部から焼き尽くされるが良い!」

 

 男は全身に力を込め、術を発動させた。

 

 

 

「浄化ぁっ!!」

 

 

 

 呪術の火『浄化』。

 

掴んだ手から火のソウルを送り込み、相手を内部から燃やし尽くす容赦の無い火の魔術。

 

それは灰が過去に幾度となく行使し、数多の強敵を何度も屠ってきた術だった。

 

よもや自分が、される側になろうとは――。

 

これも『因果応報』と言うやつだろうか。

 

「――あ、ああぁぁ……」

 

 余りに予想だにしなかった反撃に、完全に動揺した彼は武器から手を放してしまう。

 

「ククク…、一度発動すれば、逃れ得る術はないっ!」

 

 男の言葉を聞かずとも、その術は彼自身が嫌と言うほど理解している。

 

先程の戦意は消え失せ、狼狽えた灰はゆっくりと後退った。

 

間も無く彼の内部から火が巻き起こり、臓腑から細胞に至る迄無残に燃やし尽くされるだろう。

 

そんな彼の異変に、孤電の術士は理解が追い付かなかった。

 

「お、おい?剣士君、どうした?!」

 

 彼女は呼び掛けるが、彼からの反応は帰って来なかった。

 

 

 

      ――()()()()()ではないからだ――

 

 

 

――ど、どうする、どうすればいいっ?!

 

動揺し動転する彼を嘲るかのように彼の内部から火が宿り始めていた。

 

――や、焼かれる!このままでは焼かれてしまうっ!

 

内部から熱い針を刺したかの様な鋭い激痛が、絶えず彼を襲い始める。

 

――もう不死じゃないんだ、俺は!一度でも死ねば俺は……っ!

 

半ば絶望し始めた彼の内部から、火が燃えつつある。

 

「あ、あ……、あ”ア”あ”ぁぁぁぁ……!」

 

「け、剣士君っ?!!」

 

 孤電の術士にも灰の異常が見て取れた。

 

彼は間も無く焼き尽くされるだろう。

 

 

 

「フハハハハハ!愉悦!実に愉悦ぅっ!……矢張り火は良い物だぁっ!!そのまま消毒されるが良いわぁっ!!」

 

 勝利を確信した男の狂気染みた嘲りが月夜に木霊する。

 

 

 

――死ぬ。死ぬのか?俺は……。

 

――何も果たせず。何の役割も全う出来ずに……。

 

――何の為に。俺は何の為にこの世界に来た?こんな所で死ぬ為か?

 

 

 

絶望に苛まれた彼には、どうするべきなのかも視えずにいた。

 

 

 

その時、彼に異変が起こった。

 

 

 

――カリブンクルス、クレスクント……――

 

 

 

突如として彼の脳内に、聞き覚えの有る言葉が流れ込む。

 

 

 

『退けっ、灰よ!俺を庇う必要はないっ!』

 

『言ったろ?私を有効活用しろとっ!』

 

 

 

――これは、灰の墓所で彼と共に、奴を……。

 

言葉だけでなく、映像も流れ込んで来る。

 

それは、嘗て灰の墓所にて出合ったゴブリンスレイヤーと共にダークゴブリンと初めて戦ったあの光景だった。

 

『ヤクタっ!』

 

『大発火っ!』

 

――そうだ。俺はあの時、奴の火球を相殺した。呪術の火で。

 

何故か、今頃になって甦る過去の思い出。

 

撤退間際に放ったダークゴブリンの火球を、大発火で相殺した火の無い灰。

 

――相殺……、相殺……?、っ!!……そうか!

 

半ば混濁し掛けていた意識を呼び覚まし、彼は呪術の火を手に宿す。

 

最早逡巡している暇など無い。

 

このままでは訪れるのは確実な『死』なのだから。

 

彼は手に宿した呪術の火を、自らの身体に押し当て行使する。

 

「浄化!!」

 

 彼も行使した。

 

呪術の火『浄化』を――。

 

自らの身体に向けて――。

 

 

 

「……恐怖のあまり血迷ったかぁっ!」

 

 その様子を見ていた男は叫ぶ。

 

まさか自分の身体に浄化を行使しようとは。

 

最早、狂気の沙汰としか思えない所業だった。

 

そして訪れる結果は――。

 

 

……

 

………

 

 

 

火の無い灰は、其処に佇んでいた。

 

 

 

何事も無かったかのように。

 

 

 

「……何故だ……?!」

 

 想定外の結果に、男はたじろぐ。

 

「何故『浄化』が完全に発動せんのだっ?!」

 

 拳を握り締め、顔を顰める。

 

「何故、キサマは生きている?!キサマっ!一体何をした?」

 

 男が行使した術が不完全に終わり、疑念をぶつけずにはいられなかった。

 

「相殺した」

 

 灰は一言、静かに告げた。

 

そう、彼が行ったのは、『浄化』を『浄化』で相殺するという方法だった。

 

男が仕掛けた浄化の火を、自分の浄化で焼く――。

 

正直に言えば余りに荒唐無稽な、荒治療と言わざるを得ないだろう。

 

灰の行動に男は後退る。

 

「馬鹿な…!浄化を浄化で消し去るなどと……っ!」

 

 だがこの相殺方法も、非常に危険が伴う。

 

何故なら、この浄化という術は攻撃の役割を担うからだ。

 

完全に相殺しなければ、どちらかの術で自らを滅ぼす結果に繋がる、謂わば諸刃の剣。

 

自分の術が少しでも弱ければ相手の術で焼かれ、逆に強過ぎれば自滅するのは必至。

 

「……正直危なかった。少しでもさじ加減を間違えれば、確実に死んでいた!」

 

 殆ど咄嗟に行った相殺法。

 

偶然、上手くいったに過ぎない。

 

単純に運が味方をしただけだろう。

 

灰はゆっくりと男に歩み寄る。

 

「……同じ手は……、二度と喰わヌ……!」

 

 フードに隠れた両目を橙色に灯らせながら、武器も持たずに足を踏み締めて行く。

 

 

 

亡者の如く。

 

 

 

「け……、剣士……、君……?」

 

 その光景に、孤電の術士も戦慄を覚えた。

 

得体の知れないこの刺客に対してもそうだが、それ以上に味方である筈の彼に恐怖を感じていたのである。

 

「えぇ~いっ!この死に損ないがっ!今一度――」

 

 業を煮やした男は、再度呪術の火を宿らせ彼に突撃する。

 

「再び焼かれるが良い!」

 

 男は手を伸ばし、灰も手を伸ばす。

 

そしてお互いに手を合わせ、掴み合う体制へと移った。

 

「フンっ!馬鹿め!また掴まれるとはなぁっ!」

 

 男はニヤけ、今度こそと言わんばかりに『浄化』を発動させる。

 

手が火に包まれ術が発動する。

 

それは歯を剥き出し、醜悪なまでに顔を歪ませる。

 

 

 

――火の無い灰が――

 

 

 

何かが、おかしい。

 

確かに発動している筈の呪術の火『浄化』。

 

眼前の彼は、何時まで経っても焼き尽くされる事はなかった。

 

「……どういう事だ?確かに、術が発動している筈――」

 

「……よォく見てミろ、俺の手をナ……!」

 

 底冷えするかの様な灰の口調に当惑しながらも、掴んだ自分の手と灰の手を見比べる。

 

「……?!奴の手……、あの輝きは……、ま、まさかっ!」

 

 その輝きを知っている。

 

鈍く光を放ち、その色は赤黒いソウルを纏っていた。

 

「深みノ主教の一人デある、貴公ナら知ってイよう!」

 

 

 

        ――ダークハンドを――

 

 

 

「キ、キサマぁっ!……何者だ?何故キサマが深淵の技『ダークハンド』を――」

 

 疑問、困惑、戦慄、恐怖、それ等の感情が一度に込み上げ、男の胸中を支配した。

 

「澱んダ深みに堕ちシ主教よ……!貴公二、相応シい最後ヲ与えテやろウ!」

 

 灰の顔は更に歪みを増す。

 

元来の美しい容姿は完全に鳴りを潜め、亡者とは別質の歪さを醸し出す。

 

顔の大半がフードに隠れている事が、不幸中の幸いだろうか。

 

その素顔を孤電の術士が拝む事は無かった。

 

「貴公ゥ、コの代償は高く付ク。……そう言っタな!」

 

「や…、やめろ……、如何に我とてソウルを吸い尽くされては……」

 

 男は狼狽し、発動していた浄化は完全に消沈していた。

 

ソウルを吸い尽くされ、行き着く先など不死人なら誰でも分かり切っている事――。

 

 

 

「……亡者となリて、ハてヨ!!」

 

 

 

 灰のダークハンドが輝きを増し、男の歪んだソウルを奪い取る。

 

「ヤぁメ!ぇロぉぉォ!ぉォぉ……」

 

 みるみる間に男の顔が皺だらけに変貌し、全身をガクガクと痙攣させてゆく。

 

「きぃ…、さまは、まさか……、マきの…、オぅ……?」

 

 その言葉を最後に、男は完全に亡者へと変貌した。

 

憐れなこの男は理性も自我も存在せず、只々ソウルを求め貪るだけの彷徨う生ける屍と成り果てたのだ。

 

だがこのまま放置すれば、この憐れな亡者は街の住人を見境なく襲うだろう。

 

「深淵の底デ、彷徨エ!」

 

 灰は、男に刺さったままのシミターを抜き取り、即座にその首を刎ね飛ばした。

 

「深淵の技故、二度と使わぬと決めていたが……貴公の、最後には相応しかろう」

 

 亡者となった男の死体は塵芥となり、跡形も無く消え去った。

 

仮に何処かの篝火で復活しようと、最早奴には何も出来る事は無い。

 

シミターに付着した血を振り払い鞘に納める。

 

「……」

 

 そして静かにその場を去ろうとした。

 

彼女に一瞥する事もなく。

 

「ぅ…、ぁあ……」

 

 彼女、孤電の術士は恐怖で声すら出せずにいた。

 

去り行く灰を、恐る恐る目で追う事しか出来なかったのだ。

 

ふと、彼が足を止め、彼女の方へと振り向く。

 

「ひっ!」

 

 灰の一挙一動に反応し、思わず小さな悲鳴を漏らした。

 

「急いだ方がいい。その指輪をどう使うのかは知らないが、これで連中が諦めるとは思えない。盤の外へ至るだったか?君の悲願は。……残念だが、もう守ってはやれない……」

 

 彼の口調は彼女の知る、いつも通りに戻っていた。

 

「……もう私に関わるな……。……怖がらせて申し訳なかった」

 

 彼は謝罪の言葉を残し、深い一礼を以て再びこの場を去り行く。

 

さっきの恐怖に満ちた雰囲気は何だったのか?そう思える程に彼の纏った空気は、静かで何処と無く温かみすら感じ取れる。

 

それはまるで『木漏れ日』の様だった。

 

「――?!」

 

背を向けた彼に突如衝撃が加わる。

 

それは背後から来たもので、その正体は直ぐに察する事が出来た。

 

彼女だ。

 

孤電の術士だ。

 

彼女が、突然背後から抱き着いて来たのだ。

 

暫くそのままの体制で、両者とも無言でいる。

 

「……どういうつもりだ、貴公……?」

 

「ごめんよ……。本当に……」

 

 彼女は只管に謝罪の言葉を繰り返す。

 

彼の背後から胸元に手を回し、顔を埋めながら目一杯抱きしめる。

 

彼の背中を通じ、彼女が震えているのが分かった。

 

もしかして泣いているのだろうか。

 

「私が不甲斐無いばかりにキミを危険に晒した挙句、一瞬とは言えキミを化け物のような目で見てしまった……」

 

 無言の彼に、彼女は尚も言葉を続ける。

 

「……それは違う、不甲斐無いのは私の方だ。私にもっと実力があれば、あんな不様な痴態を晒す事も無かった!」

 

 彼は言葉を返す。

 

今になって思う。

 

浄化を仕掛けられた時、もう少し冷静になっていれば耐える方法は他にも在ったのだ。

 

浄化を浄化で相殺するという、極めて危険な方法と取らずとも、ソウルの力で抑え込み耐える体制を維持していれば、少なくとも死ぬ事は無かった。

 

そして後に見せてしまったダークハンドでの反撃。

 

あれだけ毛嫌いしていた闇の外法を行使し、殺され掛けたとはいえ、あの刺客を無慈悲に亡者へと変えてしまった。

 

今の自分は、ダークレイスと何処が違う?

 

全く同じではないか?

 

結局は自分の弱さが招いた結果だ!

 

そして彼女を恐怖と危険に晒し、彼女自身の悲願を危うく頓挫させる処だった。

 

非難されるのは自分の方だ。

 

彼女には謝罪しても仕切れるものではない。

 

「……」

 

「……」

 

 二人は再度言葉を失う。

 

彼は何とかこの場から去りたかったが、彼女が手を放す気配が全く無い。

 

寧ろ更に力を加え、彼を放すまいとしている。

 

このまま成り行きに身を任せるべきだろうか。

 

彼にそんな思いが過る。

 

「……そう思うのなら、今夜は傍に居てくれ……、な?」

 

 その声は何処か弱々しい。

 

恐怖に駆られているのだろう。

 

「分かった……」

 

 彼は短く答え彼は踏み止まる。

 

今夜は彼女の傍に居る事にした。

 

 

 

夜も更け、街の住民が寝静まった時間帯。

 

彼女は小屋の中で、作業を再開していた。

 

灰はそんな彼女から付かず離れずの距離を保ち、周囲に意識を集中させている。

 

「もう直ぐで、この仕事も落着が着く」

 

 作業の手を緩める事なく、彼女が言葉を発す。

 

「それが終われば直ぐにでも、出立の準備に取り掛かるんだが……」

 

 彼女の言葉が、歯切れの悪さを滲ませ始めた。

 

「何か、問題が?」

 

 振り向く事無く、彼も言葉を返す。

 

「ああ、……そのぉ……、何だ……。準備に時間が掛かるのでね、数日は掛かると思うんだ。その間、キミに……だな……」

 

 彼女らしくもない遠慮がちな、頼みが彼に向けられる。

 

「承知した。私で良ければ」

 

 彼女の言葉を最後まで聞く事も無く、灰は承諾の意志を示す。

 

「おお、有難い!……実はちょっと怖かったんでね。あんな光景を見せ付けられては……な?」

 

 無理もない。

 

死の充満したあの時代の片鱗を垣間見たのだ。

 

ほんの一部を目にしたとはいえ、下手をすればその場で発狂しても何ら不思議ではない。

 

寧ろ動揺しながらも平静を保っている彼女は、まだ強靭な精神の持ち主と言えよう。

 

「勿論、報酬は出すぞ!何なら、私の身体だって……」

 

『どうだい?』と言わんばかりに体のラインを強調し、彼に主張する。

 

 また、からかっているのだろうか?

 

だが、彼女の眼はいつもとは少し違っていた。

 

何故なら彼女の眼は真正面から灰を見詰め、普段人を喰ったかのような表情は微塵に感じさせなかったからだ。

 

その表情は非常に穏やかで、心からの笑みを浮かべている。

 

本気なのだろう。

 

「……よそう」

 

 だが彼の返答は、拒絶だった。

 

「……魅力、無いかなぁ?私は」

 

 些か落胆の表情で彼に問う。

 

「有る」

 

 一言。

 

只の一言で彼は返す。

 

どんな言葉を並べ立てるよりも、只の一言が彼女には深く響く。

 

「だが私達はそんな関係ではないし、互いに成すべき役割がある筈だ。お互いにこれ以上踏み込めば、其処に迷いと惑いが生じ使命を果たせなく恐れもある。それでは何の為に此処迄来た?君は……此処まで到達するのに、多くを代償に支払って来たんじゃないのか?」

 

 彼の言葉を無言で受け止める彼女。

 

「……見抜かれていたかぁ……」

 

「私も多くを、犠牲にしてきた」

 

 火の無い灰も孤電の術士も、お互いに多くの代償を支払い今日まで生きて来た。

 

時間、経済、知識、技術、貞操、心、関係、繋がり、そして人間性。

 

「もし私と君が平穏な人生を歩んだまま出会っていれば、恐らくは――」

 

「――いや。こんな出会い方したからこそ、今みたいな関係になれたのさ!」

 

 灰の言葉を途中で遮り、彼女が言葉を挟み込む。

 

もし両者が平穏な人生を歩んでいれば、お互い出合う事さえなかったかも知れない。

 

()()()()間柄なのだ、彼と彼女は――。

 

「ふっ……、言えてるかもな」

 

「……だろ?」

 

 二人の談笑は続き、夜遅くまでランプの灯かりが途切れる事は無かった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 盤外の世界。

 

神々が創り給うた遊戯盤を見つめる一人の神が居ました。

 

その神の隣に座する、歯茎を剥き出しにした蛇の神が、彼に問い掛けます。

 

「奴に対する語り掛け、そなたの仕業かな?」

 

「……さてね?自分の力があの駒に及ぶかどうか、確認したかっただけさ」

 

 一人の神は、しれっと受け流します。

 

「……良くも悪くも、火の無い灰に注目しているという事か?そなたも」

 

 蛇の神はそれ以上語る事は無く盤に目を落とし、再び遊戯は再開されました。

 

そんなやりとりを秘かに見ていたのは一人の神様。

 

「まさかあ奴迄、介入を試みるとはな……。手を打つ必要があるか……」

 

 太陽の光の神様は、周りに聞こえない小さな声で呟きます。

 

彼が指し示した『あ奴』。

 

それは、『覚知神』と呼ばれる神様です。

 

敵味方問わず、誰彼構わず、即実行が可能な知識を授けてしまう邪神側の一柱で、知識神とは似て非なる神様なのです。

 

しかし、彼もまたこの世界と其処に住まう住民である駒を愛する、神々の一人。

 

少々歪んだ愛情を向けてしまうのが、玉にキズですが……。

 

先程、火の無い灰に『浄化』を『浄化』で相殺するという宣託を授けた張本人は彼『覚知神』だったのです。

 

――地母神の小娘を始め、様々な神が注目しているのは事実。……矢張り『賽を振らせぬ者』というのが、最大の原因だとすれば……。

 

太陽の光の神の推察通り、彼の駒『火の無い灰』も骰子を振らせず勝手に動き回る駒の一つ。

 

それ故か、彼に介入を試みる神々が、増え始めていたのでした。

 

彼は自分の駒に視線を向けます。

 

――これを『賽振らせる者』に戻す時が来たのやも知れぬな。

 

そんな事を考え、彼は思案を巡らせます。

 

――都合が良い。頃合いを見計らい、あの駒を使わせて貰おうか。

 

彼は盤上の一つの駒を注視します。

 

今現在、火の無い灰と共に過ごしている、一つの駒。

 

――悪いが、利用させて貰うぞ。

 

 

 

 

 

――孤電の術士よ!

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ダークハンド

 

 亡者の国ロンドール独特の業。

 世界蛇の遺産であるともいわれている。

 

 おぞましい吸精を行い、特殊な盾ともなる。

 また両手持ちすることはできない。

 

 戦技は「吸精」。

 相手を抱き寄せ、HPを奪い取る。

 なお、吸精は人にしか行えない。

 

 一人の元不死人も過去にこの外法を操り、主力としていた。

 奪い取ったソウルと人間性、残り火は彼に高揚感と至福の瞬間を授けた。

 

 

 しかし末にもたらした結果は、堪え難い苦痛と悲しみ、そして絶望だけだった。

 

 それが代償だったのだろう。

 

 

 

 

 

 




 ふぅ、もう直ぐですかね?
このイヤーワン編も、終盤に差し掛かってきました。
何だかんだと言って一年近くかかっている。

完結どころか、本編に移れるのは何時になる事やら……。
そもそも本編に入る迄の『本編前夜編』も計画しておりますので……。

ダークハンドに必要能力値が設定されてなくて本当に良かった。
高い能力値を要求されていたら、今のソウルレベルでは使えない可能性が高かったですからね。

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

これからも不定期更新が続きますが、こんな作品で良ければこれからもお付き合い下さいな。

デハマタ( ゚∀゚)/


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