ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 今年も残すところ後僅かです。

この一年、本当に色々ありました。

出来れば今年中にイヤーワン編を終わらせたかったのですが、無理でした。( ̄ω ̄;)

これが今年最後の投稿になります。


第41話―ロスリックに佇む暗黒の塔(前編)―

 

 

 

 

 

 

煙玉

 

 火を点けたのち煙が発生し、それを投擲する事で敵の視界を遮断する事が可能。

 また白煙は眼球に痛烈な痛みを与え、動きを阻害する事も可能だ。

 上手く使えば、集団相手に優位性を保つ事が出来るだろう。

 確かな知識と技術、そして経験が冒険者を生かすのだ。

 

 値段は一律、金貨1枚(銀貨10枚)。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 デエェェ ――ロスリックの高壁―― ェェェエン

 

 

 

 

 

 灰の剣士が鉄扉を開け、皆の眼前に広がる荒れ果てながらも厳然たる風景。

 

青い空に黄色い太陽、しかし大地は何処か暗く悲壮に満ち溢れていた。

 

つい先程、合戦でもあったのだろうか?

 

そう思わせるに十分な傷跡が、嘗ての時代を物語っている。

 

二度目の火は宿った筈だ。

 

しかし、この澱み重く圧し掛かる空気感は何だろう?

 

初めて訪れた筈のゴブリンスレイヤーと孤電の術士。

 

ロスリックを知らない彼等でも分かる、否、分かってしまうのだ。

 

 

 

死と退廃、冷たさと暗さ、冒涜と深みを――。

 

 

 

「何だよっ?!…これ……」

 

「っ……?!」

 

 余りの尋常ならざる光景に、彼等は言葉を失う。

 

孤電の術士、彼女は死とおぞみが支配する慎ましくも冒涜的なロスリックで、口元に手を覆い絶句していた。

 

「ロスリックの高壁だ」

 

 灰は、淡々と語る。

 

ゴブリンスレイヤーは無言であったが、呼吸が荒く不規則だ。

 

動揺しているのが分かる。

 

彼は首を左右彼方此方に動かし、周囲の視線を泳がせていた。

 

「火が陰り、王達に王座無し。薪の王達と火の無き灰達が蘇り、彼等は巡礼の意味を知る――」

 

 灰は尚も言葉を続ける。

 

「人々にはダークリングが表れ、不死が蔓延し、暗闇と亡者に愛されし時代――」

 

 既に周囲から得体の知れない呻きらしき声が、漏れて来る。

 

「再度命の灯が宿りて尚…、この地は嘗ての時代と呪いに捕らわれ続け幾星霜――」

 

「お…、オマエ…、…何を言って……」

 

 更に淡々と語る灰に、孤電の術士は狼狽し小刻みに震えていた。

 

決して寒いのではない。

 

まだまだ冬には程遠く、寧ろ少々暑い位だ。

 

にも関わらず彼女は、腕を抱き悪寒を感じ取っていた。

 

それは死臭漂うロスリックに対してか、それとも……。

 

「未だ解放されぬ不死の成れの果てが蔓延り、それに挑みし無知なる生命は死と澱みに誘われん――」

 

 灰の口調は尚も変わる事無く続く。

 

理解出来そうで何を言っているのか分からない。

 

そんな言葉だった。

 

孤電の術士とゴブリンスレイヤーの頭の中は、完全に真っ白に染まり、自分が思考しているのかさえ判別が付きかねた。

 

「……故に!知を以て、魂を以て、死に対する者達が居た。そして最後に、無知なる死を悟った。生の始まりに、それは無く。終わりにも、それは無いだろう。死に望まれぬ者が居る。君達の事、そして私達の事だ――」

 

 一体どうしてしまったというのだろう。

 

眼前の男は、意味不明の言語を吐き出し何かに取り付かれたかの如く、呟きを止めようとはしない。

 

彼女の胸にあの光景が去来する。

 

数日前、自分の家を襲撃した、あの不死人との一件――。

 

あの時の彼女は、恐怖に慄いていた。

 

不死人にではない――。

 

目の前の、『この男(灰の剣士)』に――。

 

今の彼はあの時ソノモノだ。

 

フードの奥から橙色の双瞳が、鈍く揺らめき輝く。

 

口元は薄っすらと端を吊り上げ、まるで恍惚としている様だった。

 

まるで結び付かない。

 

普段温かくも静かな彼と、今の冷たい熱を帯びた彼――。

 

此処に居るのは別人か?

 

そう思える程に――。

 

「GURUOOBU」

「GOV、GOV、GOV」

「GUBUA」

 

突如として聞き馴れた、あの耳障りな鳴き声が彼女とゴブリンスレイヤーの耳を心地良く撫でた。

 

聞こえたら聞こえたらで普段鬱陶しくもある、あの悪辣な声――。

 

だが今はそれが、在り難かった。

 

悪辣なその声が、彼等の思考を現実に引き戻してくれたのだ。

 

「この声の方角……、アイツの後ろからかっ!」

 

 意識が現実に引き戻されたゴブリンスレイヤーは、何時も通りの思考を働かせ臨戦態勢に移る。

 

「四方世界を見よ!我等は同期、瞳を覗くように明らかにっ!……だから君達、闇を恐れるなかれ――」

 

 この鳴き声に気付いていないのか、目の前の馬鹿はっ?!

 

そう罵られても仕方がない程に、灰は言葉を発し続ける。

 

そして感情の堰を切ったのは、孤電の術士。

 

「――オマエっ!!いい加減にしろっ!ゴブリンが後ろから来てるんだぞっ!!」

 

 激昂した彼女は、灰に罵声を浴びせた。

 

普段、飄々と人を喰ったかのような彼女が、ここまで生の感情を剥き出しのする事自体、非常に稀だった。

 

灰の真後ろから、干乾びた皺だらけの5体のゴブリン達が、彼のうなじ目掛けて歯を突き立てんとしていた。

 

「ちっ!間に合うかっ?!」

 

 隠す事無く舌打ちしたゴブリンスレイヤーは、剣を構え前に踏み出す。

 

五体のゴブリンは、今や灰を捉えんとしていた。

 

 

 

「――我等、生命の刻だっ!!」

 

 

 

 空を切る冷たく鋭い音と風が、一瞬でゴブリンの首筋を駆ける。

 

「――っ!!」

 

 僅かに反応したゴブリンスレイヤーは、踏み止まり動きを止めた。

 

「――えっ…?」

 

 彼女は何が起こったのか一瞬思考が追い付かず、目を丸くする。

 

「GYOV?」

「GOVV?」

「GOE?」

 

 五匹のゴブリンは灰を捉える事無く、首を傾げる。

 

その瞬間、ゴブリンの首と胴が別れを告げ五匹纏めてその場で倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。

 

「故郷の流れ着く地……、我らの使命は……」

 

 そう呟く灰の手には、愛用のシミターが握られていた。

 

彼は一瞬で剣を抜き、宛ら居合切りの如き高速の薙ぎ払いで、五体のゴブリンを切断したのだった。

 

「――始まったばかりっ!!」

 

 短く叫んだ彼は、更にシミターを振るい、その刃は金属の何かを弾き落とす。

 

そして間髪入れず在らぬ方向へ疾駆し剣を切り上げた瞬間、其処には腕を切断され悲鳴を上げる、亡者の兵士が居た。

 

「――なっ、何時の間に?!」

 

 孤電の術士が辛うじて灰を目で追えた先には、片腕を切断され呻く干乾びた兵士が映る。

 

切り落とされた腕には、次弾装填済みのクロスボウが握られていた。

 

彼は立て続けに剣で亡者兵士の首を刎ね、切断した腕に握られていたクロスボウを奪う。

 

「GURUOOU!!」

 

 突如として周囲の木箱が粉砕され、亡者と化した朽ち果てた犬が襲い掛かって来た。

 

「GOU!GOU!」

 

 底冷えするかの様に吠え、此方に疾走して来る。

 

亡者犬は、孤電の術士を獲物と定め、赤茶色に汚れ切った犬歯を剥き出しにした。

 

「何だこの犬は?!速いっ?!」

 

 迫り来る犬の速さに反応は出来ても体が追い付かない、孤電の術士。

 

ゴブリンスレイヤーが彼女を守ろうとするが、間に合いそうにない。

 

「なんて速さだ、ゴブリンライダー以上だっ!」

 

 ゴブリンの生態を書物化する為に、とある遺跡へと向かった事があった。

 

その時狼を飼いならし、それに騎乗して襲い掛かって来た小鬼が居た。

 

狼なだけあり、脚力と瞬発力を生かした速さには随分手を焼かされたが、この亡者犬の速さはそれを凌駕している。

 

彼女の喉笛目掛け牙を突き立てんとした刹那、亡者犬の頭部にクロスボウのボルトが突き刺さる。

 

その衝撃で軌道がズレ、彼女の喉は無事であった。

 

「奴には打撃が有効だ!…そして火!」

 

 灰がクロスボウで援護した後、そう叫ぶ。

 

「動揺している場合じゃないな、キミっ!棍棒は?!」

 

「持っている!」

 

「アルマ…、インフラマエ…、…オッフェーロ!」

 

 彼女がゴブリンスレイヤーの棍棒に、火の付与を掛ける。

 

魔法の炎が棍棒を包み、彼の武器が赤熱化した。

 

時間を与えれば亡者犬が、慎ましい速さで再度襲って来る。

 

彼は躊躇なく亡者犬に迫り、頭部目掛けて燃ゆる棍棒を叩き付けた。

 

「GYOBEVOB…!」

 

 あの時の狼が上げた悲鳴とは似ても似つかぬ、おぞましい絶叫を上げ亡者犬を一撃で仕留める。

 

「ゴブリンではないが一つ……」

 

 体に染みついた普段の習慣が出る。

 

ゴブリンの成否に関わらず、仕留めた数を確認する彼。

 

――その時。

 

「――左後方ゴブリン1っ!!」

 

 灰の声とゴブリンの名で、反射的に振り向くゴブリンスレイヤー。

 

何時から居たのか、その先に一体の干乾びたゴブリンが――。

 

「ゴブリンをころs――」

 

 彼が言い終わる前に、干乾びたゴブリンは彼に噛み付こうとする。

 

「――っ!」

 

 彼は反射的に顔面目掛けて武器を振り下ろしたが僅かに狙いが逸れ、炎熱化した棍棒は敵の肩に命中した。

 

狙いは逸れたが問題は無い。

 

今迄の経験上、仕留め損ねてもゴブリン共は痛みと衝撃で仰け反り、追撃を与えれば殺せる。

 

 

 

――それが生者のゴブリンなら――

 

 

 

しかし、眼前のゴブリンは肩を砕かれ様と御構い無しに再度、彼に飛び掛かった。

 

「――盾防御っ!」

 

 ほぼ同時に飛んで来る灰の言葉で防御が紙一重で間に合い、小盾でゴブリンを阻む事が出来た。

 

だがゴブリンは小盾に牙を突き立て、盾すら食い千切らんとする。

 

「――くそっ!何だコイツは?!」

 

 余りに想定外の挙動に、困惑を隠せないゴブリンスレイヤー。

 

その刹那、ほんの一瞬だが目が合った。

 

 

 

――黒く濁った、干乾びたゴブリンの目が――

 

 

 

その慎ましくも冒涜的な目は、彼の思考を鈍らせた。

 

思考が上手く働かず、普段通りの行動に移せない。

 

「そのまま頭部を押し潰せっ!」

 

「――くっ!」

 

 灰の言葉に反応し、小盾に噛み付いているゴブリンを地面に激突させ、頭部を押し潰した。

 

その後、暫し痙攣していたゴブリンは完全に動きを止め、小盾と地面の間から赤黒い濁った血がジワリと滲み出す。

 

その色は普段見慣れたゴブリンの血よりも更に黒く、ドロリと粘性を帯びている様に思われた。

 

「ハァッ、ハァッ……!これで2.…いや、ゴブリン1か?」

 

 荒く大きい呼吸を繰り返し、うわ言の様に数える彼。

 

「一匹殺しただけでこれか……」

 

 たった一匹殺しただけと言うのに、既に肩で呼吸を始めていた。

 

初めてゴブリンを殺した、あの時の様に。

 

彼は暫く動けず、震える手をそのままに呼吸を整えている。

 

今追撃されれば危険極まりない状況に追い込まれるのを知りながら、彼は動けずにいた。

 

「幸いな事に、周囲に敵はいない。ゆっくり息を整えるんだ」

 

 彼の背後から灰の言葉が投げ掛けられる。

 

その口調は何時もの彼だった。

 

「それにしても、何なんだい?今の干乾びたゴブリンは……?」

 

 彼女も初めて目にした、干乾び窪んだ眼と黒く濁った瞳の、獰猛なゴブリン。

 

ゴブリンスレイヤーと行動を共にし学ぶ事で、小鬼に対しての造詣をある程度には深めてきたが、あんな奴は初めてお目に掛かる。

 

「あれは、まるで……」

 

 彼女は言葉を詰まらせた。

 

彼女は高名な魔術士にして学士だ、ゴブリン以外の怪物に対しても広く深い知識を有する。

 

 

 

「亡者と化したゴブリンだ!」

 

 

 

 灰は事実を告げる。

 

「先程私を狙った、5体のゴブリンも同様に……な」

 

 その言葉を受けた二人は暫し絶句する。

 

どういう理由があってこのロスリックに侵入したかは分からないが、此処の亡者に殺され挙句自らも亡者と化したのだろう。

 

「亡者と化した者は痛覚や疲労感に鈍く、傷付く事への恐怖感が無い。故に急所を狙うか体組織を完全に破壊しない限り、幾らでも襲い掛かって来る」

 

 灰は更に付け加えた。

 

「お前がやった様に首を刎ねるか、頭部を完全に叩き潰すか――。……半端な部位破壊では奴等は怯まぬ訳か?」

 

 息を整えつつあるゴブリンスレイヤーが立ち上がり、彼に確認を取る。

 

「その通り」

 

 灰は短く告げる。

 

「それだけじゃないだろう?」

 

 孤電の術士が灰に訊ねて来た。

 

「理性や感情を失った者は、自らの身体を省みる事は無い。どんな奴でも自分の身体を保護する為に、無意識に力を加減しちまうものだけど――。亡者に変じた奴等は、一切の加減無しに全力行動を執っちまう。つまりは、筋力や瞬発力が増大している訳だ。理性や知性を代償に支払う事でね!」

 

「……流石だ」

 

 彼女の分析に灰も認めた。

 

「奴等は戦術や武器を行使する知能も消失しているのか?」

 

 ゴブリンスレイヤーは疑問を投げ掛ける。

 

まだ腑に落ちない部分があるのだろう。

 

「そうとも限らんさ。余程身体に染みついた技術や習慣は、覚えてるみたいだ。……さっき撃って来た亡者の兵士がそうだな」

 

 今回戦った亡者ゴブリンは、基本的に群れから離反したか、はぐれた連中だろう。

 

だが今後は、武器や罠を行使する小鬼亡者が待ち構えていても不思議ではない。

 

灰は懐から或る物取り出し、二人に手渡した。

 

「…こりゃあ…聖水かい?」

 

「……何に使う気だ?」

 

 灰から聖水を受け取った二人は僅かに訝しむ。

 

以前此処を訪れた時、亡者に聖水を浴びせた経験があり、幾許かの効果が実証された。

 

「作成した聖職者や信仰する神々で効果は多少差異が見られるが――。直接投げて良し、武器に塗布して切り付けるも良し!亡者小鬼にも効果があるだろうさ」

 

 あの拠点で購入した『聖水』。

 

其処にも小規模だが寺院が存在し、『交易神』が主導で運営していた。

 

交流と流通を司るその神は、正しき巡回が世界をより良い方へと導く神。

 

数年前『死の迷宮』付近に築かれていた拠点『黄金の騎士亭』にも、交易神の信徒達が主導となり寺院を運営していた過去がある。

 

この神の特徴故か、締め付けや厳しい戒律などが他の神々よりも緩く、信仰する者達が多いのだという。

 

交易神の聖水が亡者にどれ程に迄、効果があるか定かではないが、何も備えないよりは遥かにマシだろう。

 

三つ所持していたので、一人に付き一つずつ分配した。

 

「動けるな?」

 

 灰がゴブリンスレイヤーを気遣うが、彼は”問題ない”と短く返す。

 

「よし、なら行軍を再開するぞ。なるべく近道を使い無用な戦闘は避ける。一々付き合っていたのでは、物資も体も幾つ有っても足りんからな」

 

 そう。

 

足止めを余儀なくされたが、まだまだ序盤なのだ。

 

目的の塔迄は、距離がある。

 

一行は再び歩み出した。

 

先ずは、以前稼働させた昇降機へと向かう。

 

あれを使えばロスリック城庭園迄、直ぐに到達出来るからだ。

 

其処へ向かう最中でも目にする、物言わぬ屍達。

 

「死体だらけだ。連中が装備しているのは、まさか――」

 

 それらを目にした彼、ゴブリンスレイヤーが呟き――。

 

「此処に挑んだ冒険者達だ」

 

 灰は、にべも無く答える。

 

「……亡者化して襲って来ない所を見るに、もう……」

 

「既に亡者と化した後、新たな冒険者達によって完全に絶命させられた後なのだろう。……最早ソウルの欠片も感じられない。自然状況下で亡者と化す事は先ず無い」

 

 孤電の術士に対し灰が言葉を補足し、一行は昇降機前に辿り着いた。

 

その道中でも灰は彼女に質問攻めにされた。

 

”あれは何だ?””これは何なのか?””それ等の存在意義は?”等々、矢の様に飛んで来る。

 

これが普通の人間なら激昂し、彼女を黙らせるだろう。

 

しかし灰自身は、そんな感情は噯にも出さず、可能な限り簡潔で尚且つ噛み砕き応えていった。

 

 

 

朽ちた木に変じた、嘗ては人であったであろう植物。

 

此方に目もくれず祈りを捧げる亡者達。

 

至る所に設置されている奇妙な彫像群。

 

このロスリックの生い立ち。

 

 

 

当然彼自身も全てを把握している訳ではない故に、はぐらかす部分はあったのだが――。

 

彼女は不満な素振りも見せず深く頷き、彼の言葉に耳を傾けた。

 

近付いているのだ。

 

 

 

      ――別れの時が――

 

 

 

灰が昇降機のレバーを引き、程無くして昇降機が下方から登って来た。

 

「おおう、来た来た!古い時代だってのに、まだ稼働するんだな。……どんな技術を使っているのやら――」

 

 せり出す機械仕掛けの床を目にした彼女は、興味深そうに見つめている。

 

「技術自体は今の時代とそれ程違いは無いと思うが、保存の術でも在ったのだろうか?」

 

 珍しくゴブリンスレイヤーが発言した。

 

「……かも知れんな。だが、このまま何も進展も無く放置が続けば何時かは朽ち果てるのは明白だ」

 

 灰がそう答え、全員が昇降機へと乗り移ったのを確認し、床中央のスイッチを踏む。

 

すると昇降機が再び稼働し、下へ下へと降下を始めた。

 

「もしくは順調に調査が進めば、何れは王都の派遣軍が此処を押さえにやって来るだろうね。あの拠点も本来はその為の橋頭保にする予定じゃないかな、私が思うに――」

 

「……」

 

 恐らく彼女の推察は正しいだろう。

 

これだけの大規模な遺跡だ。

 

冒険者だけに意味も無く支援する理由が、そもそも存在し得ない。

 

この国はこの国で様々な問題を抱えているのだ。

 

祈らぬ混沌勢力との戦いだけではない。

 

周辺には、多様な種族の国が幾つも存在する。

 

それら全てが決して友好国ではないのも、また厳しい現実。

 

順風満帆とはいえず、寧ろ前途多難ともいえるだろう。

 

以前王都から派遣された調査部隊が、その顕著たる実例だ。

 

今は魔神王との戦争の傷跡も癒え切らず、国力の立て直しに奔走している状態だが、遅かれ早かれこのロスリックに正規軍が押し寄せて来るだろう。

 

或いは他国が、此処へ強行軍として殺到するか。

 

それ程までに関心を寄せられている、このロスリック――。

 

今の姿も何時かは変わりゆくだろう。

 

永遠などは在り得ない。

 

刻が移ろい往くとは、そういう事なのだ。

 

昇降機が停止し一行が下りる中、灰が警戒を促した。

 

「その先、死角に注意しろ!…そして奇襲っ!」

 

 灰が先頭を陣取り建物から出た瞬間、”待ってました!”と言わんばかりに亡者共が呼応する。

 

そして、左右の壁際と上方から壁にぶら下がっていた亡者が、複数飛び掛かって来た。

 

「――危ないっ!」

 

 孤電の術士が叫んだと同時に、視界から灰の姿は消え失せていた。

 

その後間も無く、刃の振るう音と肉を裂く音が、彼女達の耳を打つ。

 

「GYUOOOOO!」

「GYEAAOO!」

「GUROOV!」

 

 そして断末魔の声を上げる亡者達は力無く倒れ伏し、静寂がその場を支配する。

 

「周囲を警戒しつつ出ろ!」

 

 亡者の奇襲を退けた灰だが未だ警戒を解かず、後続の二人を誘導した。

 

恐る恐る昇降機の塔を出る孤電の術士と、彼女の背後を警戒しつつ後に続くゴブリンスレイヤー。

 

「この呻きとも息遣いとも判別しかねる声……、亡者達はまだ居るって訳かい?」

 

「その通り。2体ずつ、計4体が前後から来るぞ!」

 

 灰が奇襲を凌いだ後も尚聞こえる、不気味な呻き声――。

 

この地に侵入して1時間と経っていないが、彼女の思考は既に順応しつつあった。

 

「来たっ!ゴブリンと亡者の混成だっ!」

 

 塀を乗り越え、此方に襲い掛かる小鬼亡者と亡者兵士達。

 

――聖水の効果、試してみるか!

 

ゴブリンスレイヤーは予め剣を聖水で濡らし、亡者に備える。

 

先ず、接近して来る小鬼亡者の頭部を剣で刺突。

 

「GYAOGYAOBUU!」

 

その刃は、いとも容易く小鬼の額を深く抉り、刃の淵からジュワジュワと煙を立てながら融解していくのが分かる。

 

数打ちの剣だというのに頭蓋骨をも貫き、刃は根元の鍔部分に迄めり込んだ。

 

当然小鬼亡者はそのまま絶命し、その隙を縫う様に亡者兵士が彼目掛けて、刃毀れした直剣を振り翳す。

 

小鬼に刺さった刃を抜く暇は無い。

 

彼は小盾でそれを防御し、払い除ける。

 

その僅かに生じた時間差を利用し、刃を小鬼から引き抜いた後、亡者の頭部目掛けて剣を振り下ろした。

 

「GYOOOOU!」

 

 亡者の頭部は無装備だったとはいえ、彼の斬撃は亡者を両断した。

 

亡者の切り口からは僅かながら煙が立ち昇り、聖水の恩恵である事が分かる。

 

当然亡者兵士は倒れ伏し、絶叫を上げながら完全に動きを止めた。

 

先程よりも幾分安定した呼吸を繰り返しながら、彼は後方の残敵を警戒する。

 

しかし、灰が残りを処理し終えた後だった。

 

それを確認した彼は血脂の洗浄を兼ねて残りの聖水を剣に掛ける。

 

――聖水か、亡者と化したゴブリンには有効だな。普段亡者共にお目に掛る事は、無いだろうがな。

 

赤黒い液体が洗い流され、彼の剣は再び鈍い灰色を露にする。

 

「よし、今の内に進むぞ!」

 

 灰の声で一行は警戒しながら、更に歩を進める。

 

「……それにしても、油断も隙もありゃしないね。ゴブリンの奇襲も脅威だったが、此処の亡者達はそれ以上だよ!」

 

 額に汗を流しながら、孤電の術士は先程灰から貰った『聖水』を一気に飲み干した。

 

確かに、そういう使い方もある。

 

「嘗ての時代、私の奴等の奇襲に散々やられ命を落としては何度もやり直してきた。此処に挑んだ冒険者の大半は、こういった奇襲で犠牲になった筈だ」

 

 灰がそう答え、ロスリック庭園前の下り階段付近に迄、辿り着いた。

 

「一旦停止だ」

 

 彼が二人を手で制した。

 

そして懐から『遠眼鏡』を取り出し、遠方を確認する。

 

「……かなり居るな」

 

 そう呟きながら庭園の敵配置を視界に収めた。

 

「……予想以上だ。真面に戦っていたのでは此方が持たんぞ」

 

 ゴブリンスレイヤーも自前の遠眼鏡で、庭園を見渡す。

 

「おい、自分達だけで楽しんでないで私にも見せろっ!」

 

 孤電の術士が灰の遠眼鏡を取り上げ、覗き込む。

 

「おおっ!居るねぇ…、ウジャウジャと雑魚共がさ!」

 

 彼女が次々と敵を視界に捕らえる。

 

ロスリックの騎士4体を筆頭に、亡者と化した嘗ての冒険者達がそのまま戦力として庭園を徘徊しているのだ。

 

亡者の冒険者は、確認出来ただけでも15体存在している。

 

よく見れば皆一様に認識票をぶら下げていた。

 

中には銅等級の認識票も確認出来た。

 

「残念だが彼等は、相当の手練れの筈だ。雑魚などとは思えないが――」

 

「いいや雑魚だね!それ故に、相手をする必然性も無い――。……そうだろ?」

 

 灰の言及に即座に反論した孤電の術士。

 

成程、流石は高名な魔術士だ。

 

此方の意図を察している様だ。

 

灰は徐に『鉤縄』を取り出した。

 

「彼等と真面に戦う必要はない。コイツを使って直接下へと降りるぞ」

 

 このまま階段で下りれば、間違い無く敵の視界に入り戦闘状態になるのは必至だ。

 

かと言ってそのまま飛び降りるのは些かに高度が高く、着地次第では落下の衝撃で足を痛めるか、最悪骨折の恐れもある。

 

そこで鉤縄を引っ掛け、その縄を伝って壁面を下りれば無用な戦闘も消耗も避けられる。

 

「念の為、敵の視界を遮断出来れば良かったんだが、煙玉を持って来るべきだったな」

 

 灰自身も、これ程に迄敵が多いとは完全に想定外だった。

 

煙玉を所持していない事に若干の後悔が湧く。

 

「それなら問題ない」

 

 突如、ゴブリンスレイヤーが煙玉を雑嚢から取り出した。

 

「だが此処からの投擲では、飛距離が足りん」

 

「……考えがある」

 

 彼から煙玉を受け取り、灰は弓を用意した。

 

「おいおい、どうする気だい?」

 

「……こうする!」

 

 彼女の問いにも短く返し、煙玉を矢の先端に括り付ける。

 

因みに先程のクロスボウは使用後直ぐに破損した為、すぐさまに投棄した。

 

「飛距離を稼ぐならロングボウの方が都合が良かったが、四の五の言ってられんか」

 

 汎用性と取り回しを重視して、ショートボウを装備してきたが裏目に出てしまった様だ。

 

煙玉の導火線に点火し弦を目一杯引き絞った彼は、敵陣に向かって矢を放つ。

 

先端部の煙玉は白煙を発しながら緩やかな弧を描き、敵の密集地帯へと落下――。

 

そのまま煙を周囲に撒き散らす。

 

煙に包まれた敵集団から、何やら喚き声が撒き散らされる。

 

その声は最早人語の体を成してはいないが、亡者に変貌したとは言え、僅かに生前の記憶が残留しているのだろうか。

 

亡者の元冒険者達は右往左往を繰り返し、庭園内を其処彼処に走り回っていた。

 

「鉤縄の準備は出来ている。今の内に下りるぞっ!」

 

 既にゴブリンスレイヤーが鉤縄を引っ掛け、何時でも行動できるよう整えていた。

 

「先に下りてくれ。私が最後尾に就く」

 

 まずゴブリンスレイヤーと孤電の術士を先に下りさせ、最後に灰自身も懸垂下降(ラベリング)の要領で壁面を降下した。

 

皆が下り終える頃には煙が薄れ始めていたが、階段の段差のお陰で敵からは此方を視認出来ていない様だ。

 

下手に騒がない限り、勘付かれる事は無い。

 

以前『ボルド』が此処を逃走する際、門を力尽くで破壊し、その残骸が今も残っていた。

 

その手前で、今尚取り残されている『巡礼者』達の亡骸らしき者達。

 

無論の事、彼女『孤電の術士』は興味を示し、灰に問う。

 

答えない訳にもいかず、可能な限り知り得る知識を総動員し、彼女に話すが――。

 

正直に言ってしまえば、ロンドールの巡礼者達について殆ど詳しくは無い。

 

 

 

『そこはロスリック

 

 火を継いだ、薪の王たちの故郷が、流れ着く場所

 

 巡礼者たちは、皆北に向かい そして、予言の意味を知る

 

「火は陰り、王たちに玉座なし」

 

 継ぎ火が絶えるとき、鐘が響き渡り 古い薪の王たちが、棺より呼び起されるだろう』

 

 

 

彼、彼女等がロスリックへと赴き、予言の意味を知った後、何を成さんとしていたのか?

 

もし『巡礼者』全てがロンドール勢の者ならば、火を簒奪する為の礎を築こうとしていたのだろうか。

 

或いは『巡礼者』達が別の国から訪れた者ならば、火を継ぎ世界を延命する為にあらゆる知識と技術を得ようとしていたのかも知れない。

 

あの時代でも真面に口を聞けたのは、ロンドールの『ヨエル』『老婆』、吹き溜まりを眺めていた一人の『巡礼者』の三人だけだった。

 

あの時の自分は使命を果たす事に躍起になっていたが故に、巡礼者達の目的など気にも留めていなかった。

 

「じゃあ、こいつ等の背負っている甲羅みたいなのは?」

 

 彼ら巡礼者のみならず聖職者達も背負っていた物、『蓋』。

 

 

 

一説には、体内に蠢く『人間性』を封じ込める為に背負うのだと謂う。

 

内に秘めたる『闇の苗床』。

 

人間性とは人間だけが持ち、他の生物には決して宿る事が無いと言われている。

 

その正体は『ダークソウル』の片鱗とも呼ばれており、名も知らぬ小人達が『最初の火』から見出したモノの一つでもあるらしい。

 

それ自体が無限の拡がりと可能性を秘め、何物にも変じ人としての形すら凌駕してしまうとも言われていた。

 

確かに人らしき物体や異形達がこの地には、未だに色濃く残滓として留まっている。

 

特に人間性が膿となり暴走した者が、至る所に存在しているのも確かだ。

 

「――ゴブリンは……」

 

 不意に彼『ゴブリンスレイヤー』が口を挟む。

 

「小鬼は……、その『人間性』とやらが変じ、変わり果てた呪いの末路なのだろうか」

 

「「……」」

 

 彼の疑問に、灰は言うに及ばず孤電の術士も応える事は出来なかった。

 

可能性は決して皆無ではないだろう。

 

同時に、”是”とも言い切れない。

 

何故なら火継ぎの時代に、あの悪辣な小鬼は存在していなかったからだ。

 

彼は更に言葉を付け加える。

 

「もしゴブリンが、人の変じたが故の末路ならば、俺のやってきた事は……」

 

 彼は言い淀み、言葉を途切れさせる。

 

無言が辺りを支配し、全員が互いに視線を逸らしていた。

 

誰もが言葉を詰まらせ、沈黙を貫く。

 

そして再び――。

 

「いや、止そう……。俺の下らん憶測だ。……ゴブリンは何処まで行ってもゴブリンだ。俺はゴブリンを殺す為にここまで来た」

 

 彼はそう言い、再び歩み出す。

 

”下らん憶測だった、スマン”そんな謝罪の意を示しながら――。

 

気が付けばボルドの広場を抜け、其処には見事な絶景が広がっていた。

 

次なる領域(エリア)

 

 

 

 

 

『不死街』へと続く道だ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

鉤縄(かぎなわ)

 

 縄の先に鉄鉤がついた道具。

 足がかりの無い壁・崖などを登る時や橋のない谷を渡る時などに使われる。

 時には物を引っ掛け取り寄せたり、器用な者なら武器としても機能するだろう。

 値段は一般的な物で、銀貨7枚。

 

 嘗ての時代。

 東国の忍びは義手に鉤縄を装着し、自由な位置取りや変幻自在の攻撃で敵を翻弄し

 重宝したという。

 

 その忍びは『狼』の名を冠し、『芦名』と呼ばれる国を駆け抜けた。

 

 『隻狼』の如く。

 

 

 

 

 

 

 




 ダクソの亡者犬と、四方世界の狼、どっちが速いでしょうかね?
一応亡者犬の方が速いという設定にしていますが、普通に考えたら狼なんでしょうかね?

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

皆さん、残り少ない年末を楽しくお過ごし下さい。
来年またお会いしましょう。

良いお年を。

デハマタ( ゚∀゚)/




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