ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 新年を迎え、正月休みもすっかり過ぎ去ってしまいましたが、敢えて言わせて下さい。

皆様。新年、明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。m(_ _)m

月並みですが、御挨拶とさせて頂きます。

思えばこの作品を書き始めて丸一年。
未だにイヤーワン編ですが、どうかお付き合い下さい。

では投稿いたします。


第42話―ロスリックに佇む暗黒の塔(後編)―

 

 

 

 

 

 

火炎壺

 

 可燃物と獣油が詰められた、素焼きの壺。

 敵に投げつけ、爆発して炎ダメージを与える。

 物理と異なる炎属性のダメージは生身の肉体や獣など炎に焼かれ、恐れる敵に効果が高い。

 また油で燃焼した火は、水での消火は非常に困難を極める。

 

 片手で扱える程の大きさと重量で、使い方次第では格上にも通用する為、利用する冒険者は多く

 駆け出しの新人から熟練のベテランまで層は、幅広い。

 

 ただ使い捨てであるが故に、一度投擲すると無くなってしまう。

 尤も、使い捨てという有用性を重用し、愛用する一部の冒険者も存在するが。

 

 少々嵩張るために、大量に持ち歩くのは難しく値段もやや高め。

 

 その様な現場の意見が集中し、威力を削がず小型化を目下開発中との事。

 何時の日か市場に出回るだろう。

 

 値段は一つにつき、金貨 一枚。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 デエェェ ――不死街―― ェェェエン

 

 

 

 やや広めの足場から朽ちて尚、圧倒的な存在感を放ち眼前に広がる景色。

 

頭上高く位置する太陽……、時刻は正午間近となっている。

 

澄み切った青空の下にクッキリと大小様々な建造物群が、立ち並んでいた。

 

灰の知る時代は此処から道が途切れ、祭儀長『エンマ』から譲り受けた『ロスリックの小環旗』を掲げる事で、デーモンの運び手達が不死街まで案内してくれた。

 

その時は空が灰色に暗く淀み、ぶ厚い雲が弱々しい僅かな日光さえも遮断する、荘厳なれど『死』を匂わせる景観だった。

 

しかし、この時代は違う。

 

例え呪われし地である事に変わりがなくとも、空は澄み渡り力強い太陽が、ロスリック全域を白日の下に晒し続けているのである。

 

其処から醸し出される景観は、見る者達にある種の感動と戦慄を提供するだろう。

 

そして、其処から不死街へと続くであろう細い道。

 

土手を盛っただけの様な、頼りなく細い道。

 

人二人、横に並ぶのがやっとの幅しか無く、眼下は暗く底が見えない断崖絶壁。

 

万が一足を踏み外し落ちてしまえば、十中八九助かる事は無いだろう。

 

落下死あるのみ――。

 

更に見慣れない黒い塔が、不死街に鎮座している。

 

その塔が孤電の術士の目指す地『暗黒の塔』に違いない。

 

「二人とも準備はいいな?不死街へと乗り込むぞ!」

 

 灰の声と共に、一行は細い道に足を踏み入れる。

 

殆ど自由な身動きは取れないが、意外にも足場はしっかりとしており、道自体が崩壊する心配は先ず無いだろう。

 

「いやぁ……、怖い怖い。真下は底が見えないじゃないか」

 

「落ちたら助からん上に風も強い。私の肩を掴んでおくんだ!」

 

「おぉう!優しいねぇ。是非とも御相伴に与ろうじゃないかね」

 

 谷の底からの激しい横風が拭きすさび、一行を凪ぐ。

 

飛ばされる事は無いだろうが、体制を崩しかねない程の勢いだ。

 

孤電の術士は灰の言葉に甘え、彼の肩を掴みバランスを取る。

 

先頭の灰は、体軸を崩さない程度の速足で細道を渡る。

 

限られた足場しか無い細道で、敵と戦闘状態など避けたいのが本音だった。

 

幸いにも道中敵に遭遇する事は無く、道を渡り切る事に成功した。

 

眼前には、下へ続く石造りの階段が在り、一際巨大な城門が否応にも目を引く。

 

――その瞬間である。

 

「GAU!GAU!GAU!」

「GOV、GOV、GOV!」

 

 聞き馴れたおぞましくも小憎らしい鳴き声が、彼等の耳を打つ。

 

「ちっ!敵かっ!」

 

「ほんと忙しないねぇ。次から次と……!」

 

 ゴブリンスレイヤーと孤電の術士が、敵の存在に気付き警戒を強める。

 

「前方から亡者犬3、後方から小鬼亡者16!」

 

 灰が敵の種類と数を確認し宣言する。

 

彼の言う通り飢えた亡者の犬が、前方の階段を駆け上り此方に迫らんとしている。

 

そして後方からは先程渡り切った細道から、亡者と化したゴブリンが大挙して押し寄せて来た。

 

「犬は私が相手取る!後方の小鬼を頼めるかっ?!」

 

 灰は前方から殺到する亡者犬に備え、後方の小鬼を彼に任せようとした。

 

「かなり数は多いが、亡者と言えども小鬼を殺す事に変わりはない。任せろ!」

 

 彼も短く宣言し、武器を構える。

 

「こういう時こそ、私の助けが居るんじゃないかな?」

 

 透かさず孤電の術士が、助力を申し出てきた。

 

「私は依頼人だが……そうだねぇ、数の多い方を援護しようか」

 

 彼女は後方の細道に向き直り、杖を翳す。

 

「剣士君、少しの間一人で頑張れるかい?」

 

「ああ、大丈夫だ。彼を援護してやってくれ!」

 

「…っと、言う訳だ」

 

 亡者犬は灰に任せる事にし、彼女はゴブリンスレイヤーの傍らに陣取る。

 

「キミは私が討ち漏らした敵を仕留め給えよ!」

 

「そうか」

 

 彼女の指示に彼も一言だけ答え、押し寄せる小鬼亡者の群れに備えた。

 

殺到する亡者化した小鬼は本能的に生者のソウルと血肉を渇望し、眼前の二人目掛けて迫り来る。

 

しかし道幅は狭く、殆ど縦列に近い状態で密集していた。

 

「そんなに列組んでワラワラしていたら、”どうぞ撃って下さい!”と言ってる様なもんだよ、亡者の小鬼!」

 

 不敵に笑みを浮かべた孤電の術士は、呪文の詠唱を始めた。

 

「…トニトルス《雷電》、…オリエンス《発生》、……ヤクタ《投射》!」

 

 詠唱を終えた彼女の杖先から、迅雷が咲き乱れ、前方の射線上全ての小鬼に真言魔法『稲妻』を放った。

 

青白い稲妻は小鬼亡者を、焼き、焦がし、15体居た全ての敵を撃つ。

 

その内12体は、身体を抉り取るかのような電撃にのた打ち回り、バランスを崩しながら底の見えない崖に落ちてゆく。

 

だが残りの3体は、未だ此方への接近を止める気配が無い。

 

恐らく本能的に、呪文の効力に抵抗したのだろう。

 

「しぶとい奴等だ、後は頼むよ、キミっ!」

 

 彼女は僅かに顔を顰めながらも、彼に後事を託し後退した。

 

彼は”任せろ”とそう告げ、前に出た後腰に吊り下げてある道具を取り出す。

 

――聖水も悪くはなかったがな。亡者のゴブリン共には……。

 

「――これだ!」

 

 彼が投擲したのは『火炎壺』――。

 

小型の壺に可燃材や油を詰め込み、着弾と同時に引火する投擲武器だ。

 

火炎壺は、弱りながらも突撃して来る小鬼に直撃し、割れた破片と可燃材に引火。

 

3体の小鬼亡者は炎上し、その熱さで暴れ回った挙句足を踏み外し、そのまま崖へと身を躍らせて落ちる。

 

「火炎壺…、俺にはコチラが性に合う」

 

 戦果を確認した彼は、深淵を思わせる崖に視線を向けていた。

 

一方、灰自身も複数の亡者犬相手に死闘を繰り広げ、呪術の火と聖水を用いて殲滅に成功していた。

 

「此方は片付いた、無事か?」

 

 更なる敵が居ない事を確かめつつ、彼は後方の二人を気遣う。

 

「ああ、問題ない」

 

 ゴブリンスレイヤーと彼女は敵を蹴散らした事を伝え、一行は更に階段を下る。

 

その彼等の眼前を支配するのは、巻き上げ式の巨大な城門だった。

 

門の麓で亡者達が亡者犬に襲われていたが、彼等に同情している余裕はない。

 

標的が居なくなった複数の亡者犬は此方を見付け、またもや襲い掛かって来たのだ。

 

その様に孤電の術士は辟易の愚痴を零し、真言魔法『力矢』で牽制。

 

標的を追尾し必中とも言われている魔力の矢が、敵を穿ち出鼻を挫く。

 

そして生じた隙を男二人が追撃し、亡者犬を全滅させた。

 

敵を駆逐した後、三人は巨大な門を見上げ、彼女は開閉用のレバーの存在に気が付いた。

 

「これで門を開けるのか。しかし残念ながら……」

 

「例の塔は、逆方向だ」

 

 レバーを引く行為を惜しみつつ、一行は進路を逆に取る。

 

その通路は本来ならロスリック城に直接通づる道であったが、途中から断裂し進路が途切れていた。

 

遮断された通路の両脇には、転倒した荷馬車と巡礼者達の遺体が数多く固まっている。

 

一方崖から向こうには、朽ち果てた竜の亡骸が横たわり、当然孤電の術士はそれに釘付けとなる。

 

その光景に灰は覚えがあった。

 

火が陰りしあの時代、立ち並ぶ死体の内只一人死に切れず、彼の従者を懇願した人物が存在していたのだ。

 

その者の名は『ロンドールのヨエル』。

 

年老いたその男は、数多くの同胞達と共にロスリックへ訪れたが、自分だけ朽ち果てる事が叶わず蹲っていた。

 

そして当時の灰と出会い、彼に仕える事を望んだのである。

 

ヨエル自身は老いた巡礼者だったが、ロンドール屈指の魔術師でもあった。

 

そして何より、不死人達の証『ダークリング』の力を引き出し、不死人を強化させるという秘術を会得していたのである。

 

或る代償を支払う事によって……。

 

当時の彼は最初こそ抵抗感を感じ、彼の施しを受ける事は無かったが、周回を繰り返し何も変わらぬ旅に辟易していた頃、ふとした気紛れで彼の案に乗る事にした。

 

若しくは進行した亡者化の影響で、理性が消失しつつあったのか……。

 

その秘術が灰自身にとって、生涯最大の苦痛を味わう結果になるとも知らずに……。

 

そんな感傷に耽っている最中、後方から大量のソウルが此方に迫って来る事に気が付いた。

 

「あぁ~あ、また来やがったぜ……、折角ドラゴンを鑑賞していたのにさ、流石にウンザリしてきたよ!」

 

 孤電の術士が心底嫌そうな顔をし、溜息を吐く。

 

振り向けば、数十体の亡者群が大挙して押し寄せて来たのである。

 

「亡者の小鬼も混じっているが、如何せん数が多い。このままでは物資も武器も持たんぞ!」

 

 ゴブリンスレイヤーも武器を構えつつ、自らの不利を訴える。

 

確かに、いちいち相手をしていたのでは、此方が息切れしてしまう。

 

「待ってくれ!……確かこの辺りに()()が落ちていた筈だ……!」

 

 灰が首を左右に振るわせ、何やら探しだす。

 

「……在った、これだ!」

 

 目的の物を見付けたのか、彼は()()を拾い上げる。

 

「何だいそれ、頭蓋骨?」

 

「そんな物どうする気だ?!」

 

 孤電の術士とゴブリンスレイヤーは、灰が拾い上げた物に訝しむ。

 

「脇まで後退しててくれ!」

 

 灰は二人を道脇に退がらせ、それを投擲した。

 

断裂し生じた、奈落に向かって。

 

すると、どうだろう。

 

亡者の群れは一目散に奈落へと向かって殺到し、次々と身を投げた。

 

その光景を呆気に取られながら見つめるゴブリンスレイヤーと孤電の術士。

 

「今のはどういう理屈だ?」

 

 彼女が訪ねて来る。

 

それも当然だろう。

 

獲物に過ぎない自分達には目もくれず、全て奈落の底へと身を投げ出したのだから。

 

「奴等の狙いはソウルだ。今投げたのは、ソウルが染み付いた頭蓋骨――」

 

 彼の言う通り、崖へと投擲したのは『誘い頭蓋』と呼ばれるアイテムだ。

 

亡者となった者は本能的に貪欲にソウルを求め、彷徨い歩く。

 

濃いソウルが染み付いた『誘い頭蓋』は、亡者達を引き寄せ囮として使う事が出来た。

 

それに引き寄せられた亡者達は皆、躊躇する事無く崖へと身を躍らせ、落下して行ったのだ。

 

ソウルの充填された魂石でも、代用は可能だろうか。

 

そんな事を考えながら、灰は彼等へと向き直る。

 

「目と鼻の先に目的地が在るんだ、邪魔されては堪らんからな。奈落へと、ご退場願おうか」

 

 目的の塔は、ヨエルが居た付近から更に道が続いていた。

 

三人の眼前に広がるは、黒く高くそびえ立つ『暗黒の塔』。

 

薄い闇の中に佇み、天高くへ向かって生えていた。

 

それが彼女の目指す地だ。

 

 

 

「つまるところは、角なのさ」

 

 彼女がそう言ったのは、道がそろそろ終えようかと言う頃だった。

 

塔が近付くにつれ、剥き出しの地面が顕わになり、荒れ果てた野が広がっている。

 

荒れ野だ。

 

――あれは……、ファラン城塞だろうか?

 

此処からでも僅かながらに見える、ファラン城塞の輪郭。

 

あの城塞には今も『深淵の監視者』達が、存在しているのだろうか。

 

道中、ふとそんな事を考えてしまう火の無い灰。

 

赤茶けた土が広がる荒れた野。

 

それはロスリック内に存在しているにも関わらず、火継ぎ時代の残滓にも侵食されず独自性を保っている。

 

死が蔓延している筈の地に、何処と無く生の息吹が感じ取れた。

 

少なくとも火の無い灰には――。

 

孤電の術士は曰く、此処は神代の戦場跡だったらしい。

 

その神代が何時頃の時代なのか、彼には想像も付かなかったが――。

 

一行は更に歩を進め塔の敷地内に侵入する頃、非常に見覚えのある異形達が武器を構え、塔入り口付近を闊歩していた。

 

「ゴブリン……。亡者ではない……」

 

 ゴブリンスレイヤーは低く唸る。

 

「やっと真面な小鬼にご対面出来たね!連中が何故ここに?と考えるだけ無駄だよ」

 

 彼女が言うには東方にて合戦が起き、その小鬼の死の影が此処まで伸びているらしい。

 

”影?”彼等には理解しかねる領域だった。

 

此処からは、高名な賢人で学士でもある彼女の領域だろう。

 

「外壁を登るなり、空を飛ぶなりして頂へ到達出来れば楽なんだが、そうもいかなくてね」

 

「外壁を登る……」

 

 彼女の言葉にゴブリンスレイヤーは静かに呟く。

 

――成程、そういう手もあるか。

 

今度は彼女が先頭に立ち、彼等を先導して行く。

 

そしてクルリと身を翻し、普段通りの意味深な笑みを浮かべた。

 

「どうするんだい?君達ぃ!」

 

 それは言わずもがな――。

 

決まり切った答えだ。

 

彼、ゴブリンスレイヤーは宣言する。

 

「ゴブリン共は、皆殺しだ!」

 

 そう言い武器を構える。

 

敷地内には薔薇の茂みが僅かながらに咲いていた。

 

周囲には身を隠せる木も無い。

 

この茂みを越えれば、間違い無く小鬼に気付かれる。

 

「先ず私が囮となろう」

 

 灰が弓矢を携え宣言する。

 

「この距離なら、奴等を翻弄しながら射撃で仕留める事が出来る。君は討ち漏らした奴を各個撃破してくれ」

 

「ああ」

 

 彼と簡潔な作戦を取り決め、灰は茂みから身を躍らせる。

 

取り回しに優れたショートボウは、移動しながらの射撃に適していた。

 

その特性を生かし、先ず一発矢を射る。

 

空を切った矢は遠方に居た小鬼の頭部を射抜き、呆気無く絶命。

 

あれから弓矢の修練も積み、その命中精度は実用水準にまで向上していた。

 

とは言え、素早い敵にはまだまだ外す事もある。

 

水準で言えば、習熟以上熟練以下、青玉等級の野伏レベルと言った処だろうか。

 

同期戦士の一党仲間でもある『半森人の少女野伏』や、後に出会であろう『上森人の妖精弓手』には遠く及ばないが……。

 

それでも、位置を変えつつローリングからの射撃と高速体術を併用し、戦技『連続射撃』を織り交ぜながら次々と小鬼を仕留めていく。

 

半数以上が矢で仕留められ、漸く一丸となって灰に殺到して来たが、此方の主導権は最早揺ぎ無いものとなっていた。

 

小鬼達が灰に気を取られている間、隠密行動で小鬼に接近していたゴブリンスレイヤーの奇襲で、残敵は全て彼の手に掛かる事となる。

 

時間にして僅か数分で、付近の小鬼は殲滅された。

 

その光景を目の当たりにした孤電の術士は、薔薇の茂みからひょっこり顔を出し拍手と称賛を彼等に送る。

 

「ヒュウっ!いやはや何とも見事な連携だね!キミ達二人が揃えば、ゴブリン何するものぞっ!……と、言ったところかな?」

 

 飄々と砕けた態度の彼女だが、これでも彼等を評価しているのだ。

 

そしてゴブリンの影について何やら言及し、彼等に謎掛けで問うが彼等は真面に取り合わなかった。

 

特にゴブリンスレイヤーは――。

 

影だろうと何だろうとゴブリンを殺せるのなら、彼にとっては些末な出来事でしかなかった。

 

「増援が来る前にさっさと中に入るぞ、来い!」

 

「やれやれ……、キミはせっかちさんだねぇ……」

 

「……君と私もな」

 

 そんな他愛の無いやり取りをしながら、一行は塔の中に足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 デエェェ ――暗黒の塔―― ェェェエン

 

 

 

 見た事も無い景色だった。

 

火継ぎを幾度となく繰り返し、実に多くを見て体感してきた彼でさえ、初めてお目に掛る光景だった。

 

塔に足を踏み入れ扉を閉めた後、光源を作る積りであったが、どういう理屈か視界の確保が出来る。

 

松明やランタンと言った類の照明は、用を為さないだろう。

 

塔のロビー(玄関)に当たる部分は比較的広いが、実に単純な構造で、黒い壁面は金属性を思わせる造りだった。

 

窓は無く、外界の光は差し込んでは来ない。

 

上に続く螺旋状の階段が続いているだけの分かり易い空間。

 

「さぁて、此処からが本番なわけなんだが……」

 

 張り切りを見せたかと活き込む孤電の術士だが、突然腰を下ろしてしまった。

 

「はは……、すまんね。……ちょっと、消耗が激しかった様だ……」

 

 彼女の額には汗が張り付き、語尾も力無く弱々しい。

 

本人が自覚している以上に、心身共に摩耗してしまったのだろう。

 

無理も無い。

 

初めて訪れるロスリックの地。

 

生者に容赦なく襲い掛かる、亡者の群れ。

 

幾ら短縮路を選択したとて、奇襲を警戒し擦り減らした神経で初めて目にした、おぞみの羅列。

 

加えて数度に亘る呪文の行使。

 

寧ろ不休で此処まで辿り着けたのは、賞賛に値するだろう。

 

「此処から先は、君の領域だ。消耗したままの未知なる探索は控えるべきか」

 

「仕方あるまい。此処で断念されては、何の為に訪れたか分からなくなる」

 

 灰とゴブリンスレイヤーは彼女の容態を鑑み、此処で休養を取る事にした。

 

決して安全とは言い難いが、通路は上に続く階段唯一つ。

 

敵の奇襲があったところで、意識を向けるのは其処だけで済む。

 

万が一襲撃されても、容易に対処が可能だ。

 

「なら、普通の火ではなく『篝火』を熾すとしよう……、……不完全な火だが――」

 

 そう言うや否や灰は、残り最後の燃料になる『帰還の骨片』を取り出し、床に振り撒いた。

 

当然孤電の術士は、興味本位に聞いて来る。

 

「普通の火と篝火とやら…、何が違うんだい?」

 

「…何もかもが違う。まぁ見ててくれ」

 

 床に振り撒かれた骨片に追加で足した補助燃料の木材――。

 

懐から発火材となる『螺旋剣の破片』を取り出し、薪に差し込む。

 

 

 

 

      ――BONFIRE LIT――

 

 

 

彼が手を翳した瞬間、突如火が湧き起こる。

 

「おおっ?!」

 

「ほう……」

 

 その仕草を見つめていた二人は、思わず声を上げた。

 

余程の事では心が乱れる事は無い二人だが、これには驚いた様だった。

 

「着火道具も使わず、魔法の類でもない……。君の素性はある程度聞いてはいるが、相変わらず得体が知れないな」

 

 彼女はそんな感想を漏らしながら、三人とも腰を下ろす。

 

 

 

火の無き灰達の寄る辺『篝火』。

 

不死の骨を薪とし、ソウル或いは人間性で燃え続ける火。

 

不死に呪われし憐れ人達の唯一安らげる地であり、不死達の故郷とも呼べる。

 

様々な恩恵をもたらす篝火は心身共に、癒しと安らぎを与える。

 

今の不完全な篝火では無理だが『螺旋の剣』と『不死の遺骨』を用いれば、篝火を通して転移も可能になるだろう。

 

加えて不死人の宝とも言われる『エスト瓶』の補充や、周囲の敵を退ける魔除けの効果も有している。

 

只の焚火と比べても有用性は高い。

 

 

 

「……本当に不思議な火だ。当たるだけで疲労が消えてゆく」

 

 ゴブリンスレイヤーは糧食を取り出しながら、篝火に視線を離せないでいた。

 

この火は傷を癒すだけでなく、精神の安定をもたらす効果もある。

 

「篝火は、食欲や他の余計な雑念を打ち払う効果もある故に、精神を安定化し気持ちを平静に保つ事も可能だ」

 

 取り出した食材を串に刺し込み、火に焚べつつ灰が説明を続けた。

 

用意した糧食は、孤電の術士の要望通りに丹念に時間と手間を掛け、選りすぐった品々であった。

 

「……確かに空腹感は拭えないけど、我慢しようという気持ちにはなるね」

 

 彼女はその火を見つめ、そんな言葉を漏らす。

 

幾ら精神を安定化させ欲を抑えるとは言え、肉体そのものが満たされる訳ではない。

 

食欲を我慢出来ようとも、実際に腹が膨れてはいない為、胃を満たし栄養を摂取する必要がある。

 

それが生者なら尚更だ。

 

彼の時代、灰は真面な食事も睡眠すら取らず、篝火の休息だけで旅を続けて来た。

 

しかし、今は彼も歴とした生者だ。

 

食事も睡眠も必要となる。

 

たとえ不死人時代の感覚が長過ぎたとは謂え、過去の様にはいかないのだ。

 

良くも悪くも――。

 

……そろそろ頃合いだろうか。

 

串に刺した腸詰めとチーズが焼き上がる。

 

それはゴブリンスレイヤーが持ち込んだ糧食だった。

 

一方小型の金網の上で、厚めのベーコンも程よく焼き上がり、それをパンに挟んだ物が出来上がる。

 

灰が持ち込んだ食材だった。

 

更に、まだ鮮度が落ち切っていない野菜を加え、彼等は食事に有り付いた。

 

「おぉっとと…、あつつ…っ!……んん~~……っ」

 

 頬を緩めて身悶えする孤電の術士、どうやらお口に合ったらしい。

 

「いや~~…っ、んまい……っ!……これは牧場の品だね。君が選んで買ったのかい?」

 

「牧場の?」

 

 言われて初めて気が付いたかのように、ゴブリンスレイヤーは串のチーズと腸詰めに目をやる。

 

そう呟いた彼は、それを口に運んだ。

 

やや焦げつつあったチーズは蕩ける様に甘くも香ばしく、腸詰めはシャリっとした食感に塩味が舌を覆う。

 

彼は器用に鉄兜の隙間から、それ等を口に放り込んだ。

 

「気付かなかったな」

 

「キミはあれかい?取り敢えず腹に入って栄養になればそれで良いというタイプかな?」

 

 そんな彼と彼女の会話を目にしながら灰も焼き上がった食事を口へ運ぶ。

 

成程、確かに美味だ。

 

自分が選んだベーコンと高級のパンも悪くなかったが、チーズと腸詰めは確かに牧場で作られた独特の風味がある。

 

その味は牛飼い娘が振舞ってくれた、あのシチューを思い起こさせた。

 

食事中も二人の会話は続けられ、彼の師匠なる人物が話題から出てきた。

 

彼が言うには、年老いた圃人の『忍び』なる人物らしい。

 

その師について多くを語る事はなかったが、彼は実に多様な知識と技術を学んだと語る。

 

 

 

――……『師』、か……。

 

 

 

灰は食事を続けながらも『師』について思いを馳せる。

 

火継ぎの旅路の中で、確かに彼自身にも師に当たる人物達に出会って来た。

 

脳内の記憶も殆ど薄れていたが、ロスリック時代は何とか覚えている。

 

呪術の火を学んだ『大沼のコルニクス』。

 

闇術を修めていた『カルラ』。

 

魔術の探究者『ヴィンハイムのオーベック』。

 

火防女を目指していた聖職者『カリムのイリーナ』。

 

実に多くの人達に世話になったものだ。

 

彼等の一部は、灰を友人だと思っていた様だったが――。

 

そんな中でも一際異彩を放つ『師』達が存在していた。

 

『カーサスの地下墓』と呼ばれる深淵に飲まれた地で、苛烈にして独特の剣技を披露した『カーサスの剣士』達。

 

既に肉の身体を失い骨と化した体躯からは想像も付かない程の膂力と身軽さを誇り、此方の攻撃は悉く躱され、生じた隙目掛けて容赦の無い反撃で何度も殺され篝火に戻された。

 

思えば彼等との遭遇が、今の彼を決定付けたと言っても過言ではない。

 

カーサスの剣士達と遭遇するまで、彼は只管直剣を振るって戦ってきたのだから。

 

しかも、それはお世辞にも剣術とは呼べない御粗末なモノで、所謂『直剣』ブンブンと比喩されても文句は言えない程に稚拙な剣技であった。

 

それがロードランやドラングレイグで、余計な死を積み重ねた遠因ともなっていたのである。

 

カーサスの剣士達に散々切り刻まれ、無様な屍を晒し、彼は一つの選択肢に至った。

 

 

 

そう…、彼等から剣術を学ぶ事にしたのである。

 

自ら死に覚える、不死の特性を利用して……。

 

 

 

それ以降彼自身は地下墓に篭り、篝火を利用しながらカーサスの剣士達に挑み続けた。

 

何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も――。

 

 

 

その度に切られ、引き裂かれ、敗け続け、殺されながら死に覚え続けた。

 

何日も、何日も、何日も、何日も、何日も、何日も、何日も、何日も――。

 

 

 

挑み、死に続け、身体で特徴を摘み取り、彼等の技を吸収していく事になる。

 

何年も、何年も、何年も、何年も、何年も、何年も、何年も、何年も――。

 

 

 

……気が付いた頃には、彼の足元にはカーサスの剣士達がバラバラの状態で散乱していた。

 

その頃彼の手に握られていたのは、『直剣』ではなく『曲刀』だった。

 

彼は遂に会得したのであった。

 

 

 

『カーサスの剣技』を――。

 

 

 

それ以降、彼の死は目を見張る様に減り、数多の強敵達を打ち勝つに至った。

 

 

 

だが現実は残酷だ。

 

 

 

彼は首と胴が分離したまま絶命し、篝火に戻される事となる。

 

カーサスの剣技を習得し、彼はこれまで避け続けた或る相手に戦いを挑んだのだ。

 

その相手に苛烈で激しい攻めの技を存分に振るった。

 

しかしその度に、彼は鮮やかに、そして無残に切り捨てられ、敗北を喫すのである。

 

諦め切れず何度挑もうとも結果は変わらず、彼は切り捨てられた。

 

「終止……!」

 

 途切れ行く意識の中で聞こえた、その剣士の声。

 

あれは何周目の火継ぎだっただろうか?

 

灰の審判者『グンダ』を倒し、火の祭祀場へと足を運ぶ途中の出来事だ。

 

役目を終え打ち捨てられた火防女達の遺体。

 

その遺体が積み上げられた建物を護るかのように、静かに佇む男が一人。

 

ボロボロに擦り切れ半ば腐敗した布切れを纏い、手には反りのある独特の形状をした剣を携えた不死人。

 

好奇心に駆られた彼は、その男に近付いた。

 

しかし、近付いたが最後――。

 

彼は瞬きする間も無く切り裂かれ、絶命する事になる。

 

篝火で復活した彼は、その男に何度も挑んだ。

 

だが、もたらされた結果は散々たるもので、何度挑もうとも容赦無く切り捨てられるのである。

 

その内彼は挑むのを諦め、唯一王座に戻った『クールラントのルドレス』から情報を得た。

 

彼の者は、東国出身の剣士で本名は不明――。

 

通称『達人』と呼ばれている剣士だ。

 

だが得られた情報はそれだけで、彼の詳しい経緯はルドレス自身も把握していなかった。

 

ただ、並々ならぬ剣術と圧倒的な強さを誇り、生半可な覚悟と腕では挑む事すら自殺行為に等しい。

 

それだけは、その身を以て学ぶ事が出来た。

 

そしてカーサスの剣技を習得し、灰は再び達人へと挑んだのだが、結果は変わらず。

 

惨敗する事となる。

 

「何故、ダ…?な、ゼ…、カてぬッ……」

 

 消えゆく命を必死で保ち、両手を地に突きながら項垂れた。

 

其処へ武器を納めた達人は、ゆっくりと灰に近付き声を掛ける。

 

「……グンダの広場にて、待つ……」

 

 そう短く告げ、彼は階段を下りて行ってしまった。

 

程無くして命尽き、篝火で復活した灰は、彼の待つグンダの広場へと向かう。

 

その中央で燃え盛る篝火の傍で、彼『達人』は居た。

 

「……」

「……」

 

 広場の中央で言葉を発する事無く、互いの視線が交差する。

 

やがて達人の方から口を開いた。

 

「其処許…、…名は?」

 

「……」

 

 名前を聞かれるも、灰は答える事が出来なかった。

 

物心付いた時から『名』など存在してもいなかったのだから。

 

「ふむ、名乗られぬか。…其処許の剣技は『カーサス』なるものだな?あの剣術は、攻めに重きを置くあまり、守りや返し技には向かぬ……」

 

「――っ?!」

 

 いきなり確信を突かれ、灰は絶句した。

 

尚も、彼の言葉は続いた。

 

「其処許よ。某を使い、刀の修練をせぬか?…お主の使命を果たす為に」

 

「……!。なっ、ンだ…、と……?」

 

 またもや驚愕し、言葉を失う灰。

 

突如として提示された案。

 

彼は曰く――。

 

 

 

カーサスの攻めに長けた剣術、東国の守りと返しを併せ持つ剣技――。

 

二つを融合させ、己が中で練り上げよ!

 

 

 

余りに唐突な提案に灰自身、即答しかねていた。

 

しかし、これは願っても無い好機でもある。

 

激しく苛烈なカーサスの剣術。

 

一見、不動の『静』から瞬時に『動』へと転づる流麗な、東国の剣術。

 

その威力は、何度も殺された灰自身が、良く知っている。

 

「ゴ、指導…、お願、イ…、スる……!」

 

「刀を振らば、気も紛れるというもの。…この世界では、尚の事……、な…」

 

 東国式の礼には明るくないが、灰は頭を下げ一礼で彼に師事する事にした。

 

そして始まる修練の日々。

 

尤も、修練などという生易しいモノではなく、少しでもしくじれば確実な『死』を以て、御指導賜る事が出来た。

 

何度も挑み、何度も切り殺されては篝火で復活し、膨大な月日が経過していった。

 

灰自身に剣術の才でも備わっていたのだろうか。

 

彼は必死で東国式の剣技を習得し、その技を自らの肉体と本能に染み込ませてゆく。

 

達人から伝授されたのは、何も技だけではなかった。

 

剣に対する知識、呼吸法から生まれる『気』の練り上げ、有利な位置取りと体重移動、姿勢と態度を矯正し初めて成り立つ品格と礼儀作法に、相手に対する敬意。

 

人体の特徴に関する知識から多種多様な『構え』と『型』。

 

相手の『体幹』を崩す『極意』。

 

そして、それ等から育まれる『心』。

 

 

 

即ち、――『心・技・体』――。

 

 

 

正直今の今迄、意識した事すら無かった教えの数々。

 

その奥深い剣術と文化に灰は夢中で、のめり込んでいった。

 

既に肉体は亡者と成り果て、僅かに残った精神も擦り減った、今の彼――。

 

死と終焉が近付きつつある荒廃したこの世界で、彼は『楽しんで』いたのだ。

 

それを自覚する事も無く――。

 

古びた上級騎士の兜の奥で、シワだらけの顔は喜びに満ちていた。

 

 

 

――宴もたけなわ――

 

 

 

何時までも、お楽しみが続く訳ではない。

 

当然、彼自身には課せられた使命がある。

 

このままではいかないのだ。

 

「其処許、よくぞ此処まで技を練り上げた。……そろそろやも、知れぬ…」

 

「…ぬ?…」

 

 長きに渡る時が過ぎ、達人から寄せられる言葉――。

 

全てを語られずとも、彼は理解していた。

 

「その技を以て今一度…、…某と立ち合って貰おう」

 

「……」

 

 灰は暫し逡巡していたが、やがて意を決したのか”承知”とだけ告げ、間合いを取る。

 

彼の手には『カーサスの曲刀』が握られている。

 

それに呼応するかのように達人も居合の構えのまま、戦闘態勢に移った。

 

「其処許は『火の無い灰』。…今なら、不死人である某を殺し切る事が出来るやも知れぬ…。…同胞に斬られるのなら某も本望…」

 

「同胞…?」

 

『達人』の放った”同胞”という単語に彼は反応する。

 

「……自覚しておらなんだか。其処許、お主は東国人だ…。(ソウル)で分かる…」

 

「初耳、ダ…。私、は、東国、生マ、れ、だっタの、か…」

 

『達人』から告げられる迄、気に掛ける事すら無かった自らの出自。

 

 まさか自分が東国人だったとは――。

 

不死人以前の記憶など疾うに消え失せ、今有るのは火継ぎの使命を果たす義務感だけだった。

 

だが自分の生まれが東国人であろうと、それが何だというのか。

 

出自に意識を向ける必然性など、今の彼には無い。

 

両者は無言で向き合い、慎重に間合いを測る。

 

永遠とも思える一瞬――。

 

しかし、瞬きする間に勝敗は決した。

 

互いの制空権が触れる刹那、達人の十八番である戦技『居合切り』を灰に仕掛けた。

 

納刀状態から一気に抜き放たれ、瞬時に相手を一閃で切り裂く閃光の如き斬撃――。

 

その刃が彼の首を捉える瞬間、達人の刀は宙を舞った。

 

灰は、『居合切り』を『居合切り』でパリィングしたのである。

 

予想外の現実に呆気に取られる達人は、無防備な隙を曝け出してしまう。

 

その生じた隙目掛けて、灰の致命攻撃が達人を捉えた。

 

「――ぬぐぉっ……!!…見事だっ…其処許よ…!」

 

 不死の身体から夥しい血を流し、達人は咳き込む。

 

「ゲホッ…、ガフォッ…、今更虫の良い話かも知れぬが、恥を忍んで敢えて御頼み申し上げたい…!」

 

 息も絶え絶えに達人は灰にある頼みを申し出た。

 

「聞コ、う…」

 

 灰も聞き入れる事に、吝(やぶさ)かではなかった。

 

彼にとって『達人』は間違いなく『師』なのだ。

 

どうして『師』の頼みを無下に断る事など出来ようか。

 

「…かたじけない…。…ならば、其処許よ…。…その技で、我が『死なず』を断ってはくれぬか?」

 

「……」

 

 その懇願にも似た頼みを、彼は即決出来なかった。

 

どの様な形であれ、目の前の男と共に剣の修練に励み、生死を共にしたのだ。

 

正直なところ本心で言えば、彼を殺したくは無かった。

 

だが――。

 

「承知…し、タ…」

 

 灰は承諾の意を示す。

 

「…かたじけない…。……うむ、…今の其処許の腕ならば、苦しまず、逝けるというものだ……。のう?」

 

「アあ…、任セ、よ…」

 

 達人は篝火の傍で着座し、足元の水溜りを手で掬い、首元を洗った。

 

その着座は、東国独特の座法『正座(危座ともいう)』と呼ばれるモノだ。

 

その一糸乱れぬ見事な座法は、彼の覚悟と充足感を漂わせる。

 

灰は彼の後ろに位置し、剣を振り上げる。

 

「…漸く逝ける…。不死となりて幾星霜……、やっと全うが叶うのだ…!」

 

「覚悟ハ、変ワら、ヌか?」

 

「ああ、其処許に斬られたいのだ!」

 

「…承知!」

 

 その覚悟を受け止め、灰の手に力が込もる。

 

「さぁ…、やれいっ!!」

 

 今まで素振りも見せなかった『達人』の一喝――。

 

「介錯……、奉る!!」

 

 灰もそれに応え、剣を一気に振り下ろした。

 

……

………

 

 

 

「…サ、らば…、『師』、ヨ……!」

 

 

 

      ―― IMMORTALITY SEVERED ――

 

 

 

 剣を振り下ろし彼の首を捉えたと同時に、首と胴は塵灰となり跡形も無く消え去った。

 

その傍らには、彼が身に着けていた体を成さぬ衣服と見事な剣『打ち刀』が残されるのみで、虚空を漂うソウルは彼の体内に吸収されてゆく。

 

この日を境に火の無い灰の剣技は、カーサスと東国を融合させたモノを自らで練り上げ、独自の剣術を磨き上げていく事になる。

 

その流麗にして苛烈な剣術は今も尚、この四方世界で遺憾なく発揮され、現在に至る。

 

様々な()との出会いが、今の彼を練り上げて来たのだ。

 

だが彼は、未だに気付いていない。

 

『不死人』と『火の無い灰』。

 

「……oi…、oい…!」

 

 それは決して同じではなく、似て非なる存在。

 

火の無い灰は、不死人を殺し切る事が出来る。

 

その事実を彼自身は今も認識していなかった。

 

「ぉいっ…、…てば…」

 

 火の無い灰は、只の不死人とは違うのだ。

 

そして、その絶対数は決して多くは無い。

 

一部の人は『火の無い灰』を英雄視する。

 

不死を殺し切るという特性が起因しているのだろう。

 

「――おいっ!…聞いてるかぁっ!灰の剣士君っ?!」

 

「――?!!」

 

 一瞬ビクッと身体を小刻みに震わせ、彼は我に返った。

 

其処は、黒い金属の壁面に覆われた『暗黒の塔』内部の玄関広間(ロビー)だった。

 

耳元で、孤電の術士が大声で叫んでいた。

 

ゴブリンスレイヤーも此方に視線を向けている。

 

ハッとなり辺りを見回す灰を、半ば呆れ顔で見つめる孤電の術士。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ?彼が君に頼みたい事があるそうな」

 

 過去に想いを馳せ、周りに意識が向いていなかった。

 

どうやらゴブリンスレイヤーが、灰に頼みたい事があるらしい。

 

”調子が悪いのなら、止めておくが?”と言われたが、灰は”問題ない”と彼の頼みを聞く態勢に入る。

 

「俺が思っていた以上に心身の消耗が激しい。済まんが仮眠を取らせてくれ」

 

 よくよく考えれば彼自身も初となるロスリックでの冒険だ。

 

普段小鬼との戦闘に従事している故、亡者相手に憔悴していても何ら不思議ではない。

 

「ああ。見張りは私に任せ、なるべく体を休めてくれ!」

 

 彼の提案を受け入れ、灰は見張りをする事になる。

 

と言っても敵の侵攻方向は上方に限定される、意識は其処だけに向けていればいい。

 

彼は”すまんな”と短く告げ防具の留め金を緩め、床の上で大の字(ジェスチャー 大の字 )になった。

 

その様子を見て些かの驚きを見せたのは、孤電の術士。

 

彼女が言うには、自分と行動を共にしている時は決して、あの様な無防備な体制で休む事など有り得なかったというのだ。

 

灰にとっては何度も目にした光景なのだが、彼女に言わせれば”余程信頼されている証拠”だと告げられた。

 

それならば尚の事、周囲を警戒しなければならないだろう。

 

彼の信頼を裏切らぬ為にも――。

 

程無くして、大の字になった彼から寝息が漏れ出す。

 

やはり、疲労が蓄積していた様だ。

 

孤電の術士はそのまま寝る事も無く、火を見つめ続けている。

 

二人とも無言のまま時間が過ぎ去っていくが、徐に彼女が口を開く。

 

「この火は、欲を抑え精神を安定させる効果もあるんだっけ?」

 

「…?…そうだが、どうかしたか?」

 

「じゃあさ、()()()の欲も抑えちまうのかい?」

 

「アッチ?」

 

 彼女の問い掛けの真意が分からず、灰は怪訝な表情で返す。

 

「鈍いなぁ!これだよっ!」

 

 突如彼女は脚を広げ、短めのスカートを自ら捲り上げた。

 

その表情は悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 

当然、その無防備な脚部と股が曝け出され、白い下着が露わとなる。

 

「……またか……」

 

 それを目にしてしまった灰は思わず顔を背け、顔を顰めてしまう。

 

「……その答えは”是”だ。篝火は、そう言った欲も抑える、いや…、吹き飛ばすと言った方が正しいか」

 

 顔を背けながらも、質問については律義に答えた。

 

不死の呪いが解け、生者となった今の彼には勿論そう云った『欲』の感情も存在する。

 

本人は自覚していないが、その感情は一般人よりも強い様だ。

 

故に、彼は定期的に篝火を熾し、その恩恵に与る事で欲の感情を吹き飛ばしていたのである。

 

だからこそ、彼は魅惑的な女性を目の前にしても平静を保ち続ける事が出来た。

 

もし篝火に頼らず、このまま過ごしていれば、今とは違う展開を迎えていただろう。

 

「……道理で、私に手を出さなかった訳だ。こっちの彼は私に興味がないみたいだし、キミはキミで()()なんじゃないかと正直心配していたんだが、これで合点がいったよ」

 

 彼女は納得したかの様に、何度も頷いた。

 

実際彼女と寝食を共にした数日間――。

 

彼の目の前で服を着替え身を清め、全裸で寝台の上で寝たり、暇を見付けては肢体を密着させ際どい部分を触らせるなど、普通なら事に及んで当然な状況に彼女は誘惑してきた。

 

しかし彼は一向に手を出さず、一線だけは越えずにいた。

(あらゆる手を尽くしても応えない為、半泣きなった彼女を慰める為に抱擁はしたが)

 

「だが……私に手を出さなかった本当の原因――」

 

 乱れたスカートを直し脚を揃えながら彼女は姿勢を正す。

 

「この篝火や私と交際関係じゃない事だけが、本当の理由ではない……、そうだろ?!」

 

 彼女は灰に向き直り、正面から彼を見つめ直す。

 

「……何故そう思う?」

 

「女の勘さ、こればっかりはね!」

 

「……」

 

「君の中に、誰かが住んでいるのだろう?…そして、その人に操を立てている……分かるよ、それ位」

 

「――っ……!」

 

 彼女からの指摘、灰の脳裏に或る人物が過る。

 

流石にこう言われては返す言葉も思い浮かばず、彼は押し黙ってしまった。

 

「くっくっくっく……、いやぁ悪い悪い。ちょっと意地悪な質問だったね!」

 

 言葉を詰まらせた灰を見て、彼女は笑った後”見張りは任せたよ”と言い、シーツに包まる。

 

「少し妬けるなぁ……、これでも『女』として自信があったんだけどね」

 

 軽く言葉を付け加え、彼女は横になった。

 

疲労が蓄積しているのだろう、彼女も仮眠を取る事にした。

 

目を閉じた後、程無くして寝息を立てる。

 

静寂が塔を支配する中、見張り役として一人残された灰は篝火を見つめながら、小さな声で呟く。

 

「……何故だ……?」

 

 二人とも寝静まり、篝火の音だけが塔内を支配する。

 

篝火は塔内と三人を淡く照らし、ゆらゆらと火を揺らめかせた。

 

”誰かが住んでいるのだろう”彼女から指摘され真っ先に思い浮かんだ、一人の女。

 

「何故、彼女じゃないんだ?」

 

 彼の脳裏に浮かんだのは、火継ぎの時代を支えてくれた一人の女性――。

 

火防女ではなかった。

 

彼女(火防女)じゃなく、何故――」

 

 

 

 

 

      ――あの子(神殿の少女)なんだ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

ショートボウ

 

 標準的な小型の弓。

 小型の弓は素早い射撃が可能となる。

 

 弓を使用するためには、 矢を装備しておく必要がある。

 また、矢は2種類まで装備でき、状況に応じて切り替えられる。

 

 戦技は「連続射撃」。

 大きく引き絞った後、卓越した技術で素早く矢を番え連続で射撃する事が出来る。

 

 特注品でない限り市場に出回っているのは、概ね単一の素材で作られた単弓と呼ばれる代物である。

 大抵は木材が使用され、弦を引くのに必要な能力を弱めている。

 それ故に、初心者でも容易に扱う事が可能で、手軽に遠距離攻撃が出来る。

 (尚、命中率は使用者の自己責任である)

 

 値段は普及品で、金貨 約4枚前後。

 

 

 

 

 

 

 




 不死街から暗黒の塔迄の探索。
孤電の術士を取り巻く筈のシナリオが、何故か途中から灰の剣士中心の過去編が主流になってしまった。( ̄□ ̄;)!!

カーサスと東国の剣術、それを習得するまで彼は只管、直剣ブンブン丸で戦ってきました。
我ながら思う。
よくそんなで、ロードランやドラングレイグを踏破できたな!、と。( ̄ω ̄;)

そして達人さん登場。
無縁墓地で召喚して、何故かよく落下死しまくるお茶目さんですが、恐らく東国人であろうという勝手な憶測から、彼をあの作品の登場人物と掛け合わせてみました。
……えっ?死なず半兵衛?隻狼?何の事ですかな?←(すっとぼけ)♪~( ̄ε ̄;)

孤電の術士と灰は、数日間同じ屋根の下で一緒に居ましたが、全く手を出していません。
まぁ、行為寸前には至っていますが。( ゚ ω ゚ )

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
それでは、今年も宜しくお願い致します。

デハマタ( ゚∀゚)/


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