ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 オマケ編です孤電の術士さんを見送った直後のお話。
ゴブスレさんの心中が語られます。

注意:(作者独自の判断で原作主人公である、ゴブスレさんの精神構造が此処で大きく変わります。ある意味、原作を大きく改変しかねない恐れもあり、重大なキャラ崩壊を招く可能性が生じます。
それをご了承の上でお読み下さい。
もし大きく気分を害される方は、これ以上読まない事をお勧めします。)

それでは、投稿致します。


第44,5話―彼の心、その芯柱―

花付き緑花草

 

 小さな白い花が咲いでいる 。

 一時的にスタミナの回復を大きく上げる。“

 隷花草の花雄、幻の蕎である 。

 それは冷たく、だが凍らぬ水にだけ咲くという。

 

 

 

緑花草

 

 大輪の花のような緑の草。

 一時的にスタミナの回復速度を上げる。

 

 澄んだ水辺に自生するという一年草。

 ファランの不死隊がこれを用い

 大剣を縦横に振るったことで知られている。

 

 しかし特殊な環境の所為か栽培方法が極めて難度が高く

 群生地もロスリックが主を占めている為

 商人を始めとした薬草士や学士もおいそれと手を出す事が出来ないでいる。

 

 その為、これらの採取依頼が日を追う毎に増えつつあるのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 これは、暗黒の塔で孤電の術士を見送った直後のお話。

 

四方世界を去った(死んではいない)彼女を見送り、張り詰めた空気の中、深淵の監視者とも一応の和解(?)を済ませた、ゴブリンスレイヤーと灰の剣士。

 

塔の第六階層は、転移の巻物から噴出した水が地上への通路を塞ぎ、このままでは帰還もままならい状況だった。

 

「参ったな。水は徐々に引きつつあるようだが……」

 

 灰は満たされた水を見やり、立ち止まる。

 

「この(スパーク)の消えた指輪…、水中呼吸の効果があるらしいが、俺一人戻れてもな……」

 

 ゴブリンスレイヤーも彼女から託された指輪『呼気(ブリージング)の指輪』を見つめ、低く唸る。

 

結局水が引く迄立ち往生する羽目となり、二人はこの階層で時間を過ごす事にした。

 

灰は、篝火用の道具を使い切っていた為、今熾せるのは普通の焚火だけだ。

 

両者は、手持ちの可燃材を用いて焚火を熾し、休養も兼ねこの場で過ごす準備に移る。

 

最上階への扉は開かれたまま故に、酸欠になる心配は先ずないだろう。

 

火口箱のマッチで発火させ、乾いた布と干し草に種火を移す。

 

暫しの時間が経過した後、火が薪へと燃え広がり、設営の準備は整った。

 

連戦に継ぐ連戦……、それを乗り越え一息吐いた彼等に余裕が生まれたのだろう。

 

急激な空腹感に見舞われ、彼等は残りの食糧を出し合う。

 

残っていたのは日持ちを優先した、干し肉や乾パン、乾燥豆ぐらいだったが余程の理由がない限り、ギルドまで充分にもつ筈だ。

 

鮮度や品質といった高級食材の大半は、以前の設営で孤電の術士の胃袋に消えて行ったのだ。

 

「…意外と大食漢だったな、彼女」

 

「…そうか?」

 

 いつもと変わらぬやり取りで、彼等は糧食を口へと運んでゆく。

 

租借した食物を飲料水で流し込み、各々の胃袋を満たしていった。

 

味そのものは大した事が無い筈の極ありふれた携帯食だったが、彼等は味を噛み締め食の娯楽を堪能していた。

 

連戦激戦を生き抜き、役割を果たした達成感がそうさせるのだろうか。

 

簡単な食事を済ませ食休みに移った時、不意にゴブリンスレイヤーが話し掛けて来た。

 

「あの深淵の、監視者の事なんだが……」

 

「――?!」

 

 ファランの不死隊『深淵の監視者』を口に出したゴブリンスレイヤーに、灰も姿勢を正し聞く体制に移った。

 

今居る第六階層で邂逅した深淵の監視者。

 

深淵に呑まれし者、若しくはその兆しがある者を滅ぼす事を使命とする、不死の騎士達。

 

監視者はゴブリンスレイヤーにその兆し在りと危険視し、彼の命を付け狙った。

 

今でこそ和解に近い形で事無きを得たが、警戒を解く事は出来ない。

 

監視者は文字通り、彼を監視対象として視ている筈だ。

 

今も尚。

 

「奴は、俺がゴブリンを殺す事に快楽を感じている、…と言っていたな」

 

「……ああ。私も()かと聞いた」

 

 一呼吸間を置き、彼は言葉を発す。

 

「……奴の言葉は……、……正しい――……!」

 

「――っ!!」

 

 彼は言った。

 

”監視者の指摘は、間違っていない”――と。

 

彼自身がそれを認めるかのような発言に、灰も驚きを隠せない。

 

「どう言う事だ。君自身が()()を認めるとっ――?!」

 

「まぁ聴け」

 

 食い付いた灰を宥め、彼は話し出す。

 

それは数年前の記憶。

 

彼がまだ冒険者に成る以前の事だ。

 

ゴブリンに村を滅ぼされ、愛する唯一の肉親が目の前で亡き者とされ、自分は老いた圃人に助けられた。

 

その後、圃人に師事し、彼は戦いのイロハを叩き込まれる事となる。

 

尤も、少々…いや、かなり過酷で歪んだ教育を施されはしたが、彼は師に感謝していた。

 

そんな或る日の事だ。

 

「オメェ……、ホントにゴブリン殺す気があんのか?」

 

 年老いた醜悪な風貌の圃人から足蹴にされ、無様に地面を転がされる彼。

 

冷たい凍土の床、絶えず身を凍て付かせる冷気、そして滴る血が湯気を立ち昇らせるが、彼にとっては日常で当たり前の出来事。

 

()()()()()()()

 

這いずる『汚水ムカデ』の様に藻掻きながらも直ぐに立ち上がり、彼は身構える。

 

「はいっ!先生!俺はゴブリンを殺します!!」

 

 勢いよく答え、自分の闘士と決意は些かも萎えていない事を師に示した。

 

「ほう……。……何の為に……?」

 

 然もつまらなそうに、圃人は聞き返した。

 

何の為に…?決まってるじゃないか……!どうして、そんな事を聞くんだ?今更……。

 

普段とは違う師に、彼は若干の戸惑いを感じながらも、毅然と答える。

 

「ゴブリンを絶滅させる為ですっ!」

 

 今更愚問だと言わんばかりに、彼は誇らしく師を真正面から見据えた。

 

 

 

――それが俺の生きる目標だ――

 

 

 

「……」

 

 圃人は何も答えなかった。

 

……何か変だ?

 

彼は眼前の師に違和感を感じていた。

 

何時もなら此処で、暴言を交えた罵声と否定、皮肉の籠った駄目出しの怒声が飛んで来る筈だ。

 

……石つぶてと共に――。

 

しかし、今日に限って何も来ない。

 

寧ろ今の師は、どうでもよさそうに欠伸さえしている。

 

まさか、見限られてしまったのだろうか?

 

彼は恐怖で、身を強張らせた。

 

それだけは絶対に駄目だ。

 

ゴブリンの殺し方が学べなくなる。

 

俺は、ヤらなきゃならないんだ。

 

先程の自信たっぷりな表情は微塵も消え失せ、覚束ない困惑した視線で、恐る恐る師を見た。

 

再度大きな欠伸をした師は漸く、面倒臭そうに口を開く。

 

「神々にでも挑む気か?……無理に決まってんだろ、そんなモン!」

 

「――なっ……!」

 

 今度の今度は、流石に彼自身も目を見開き、驚きを隠せないでいた。

 

「ど……、どういう事ですかっ?!ゴブリン絶滅が無理だなんてっ――!!」

 

 師の言う事は何でも従い言う通りにし、その度に成果を上げ技術と知識を身に付けてきた。

 

故に、彼は今迄従順に振舞ってきたが、今回ばかりは納得がいきかねる。

 

たとえ、罵声や暴力が降って来ようと今回ばかりは納得のいく説明をして貰う迄、引き下がるつもりは無かった。

 

その様子を見た師は、気怠そうに身を解しながら彼に尋ねる。

 

「じゃあ、お前に聞く。ゴブリンは何処から来る?」

 

 何時も通りの先生だ。

 

今の師に微かな安堵を覚え、彼は悠然と答えた。

 

「緑の月からです!」

 

 かつて肉親である姉が存命だった頃、彼女から教わったゴブリンという存在。

 

敬愛していた姉の言う事だ、間違いない。

 

仮にも姉は、知識神の信徒だ。

 

寺子屋の手伝いをし、読み書き計算も姉から教わったのだ。

 

そんな姉さんが出鱈目を言う筈がない。

 

「……そいつは姉から教わったのか?」

 

「はいっ!」

 

 彼は胸を張り、自信有り気に返事を返す。

 

 

 

「確かに……、正解だな」

 

 

 

 自分の答えを珍しく肯定した師に、彼は大きな何かを達成した気持ちになっていた。

 

次の瞬間には、否定されるとも知らずに……。

 

 

 

「そして……、同時に間違いだ!」

 

 

 

「え?」

 

 師の言葉が理解出来ず、彼は力無く狼狽えた。

 

――な、なんだ。それは、どういう意味だ……?幾ら先生でも、俺の姉さんを侮辱するというのなら……。

 

彼は歯を食いしばり、鋭い目付きで師を睨んだ。

 

姉さんを否定する事は許さない……、たとえ先生だとしても……!

 

未熟な彼に小さくも確かな怒りが芽生え、師に飛び掛かろうと身構えた。

 

そんな彼の様子にも、圃人は全く動じる事も無く、腰かけていた岩場から立ち上がる。

 

「オメェは、馬鹿で力も技術も無ぇ……」

 

 心底どうでもよさそうに、彼に視線をやる圃人は、ゆっくりのらりくらりと彼に歩を進めた。

 

意を決した彼は師に踏み込もうとした瞬間景色が裏返り、頭部と背中に強い衝撃が奔った。

 

「――……??」

 

 何が起こったのかも理解出来ず、彼は戸惑いの表情で醜い師の風貌を見つめる。

 

圃人は彼の反応出来ない速度で肉薄し、足払いで地面に引き倒していたのだ。

 

そして彼を踏みつけながら、ゆっくりと語る。

 

「だがオメェには、根性だきゃあ有る。俺に歯向かった根性に免じて、褒美に教えてやる。ゴブリンがどっから生まれ来るのかをな――」

 

……

………

 

チロチロと穏やかに火を揺らめかせ、ゴブリンスレイヤーは真っ先に結論を述べた。

 

「……俺達だ。ゴブリンは、俺達から生まれる……。……先生は、そう仰っていた!」

 

 我々から生まれる。

 

彼のそんな言葉に、灰は焚火を見つめる事しか出来ない。

 

どう言葉を返していいか分からず、沈黙を保っていた灰に対し彼は言葉を続ける。

 

「正確に言えば、この四方世界を含めた全世界の生命体――。俺達を含め神々に至る全ての深層意識が、ゴブリンを生み出しているらしい。……無論、生まれ出るのはゴブリンだけではないがな……」

 

 彼の言葉を要約すればこの四方世界に限らず、ありとあらゆる多様な世界が存在している。

 

それは知っている。

 

あの孤電の術士からも聞かされ、実際『赤い瞳のオーブ』を始めとしたアイテムを使い、多次元の不死人の世界へと侵入した経緯もあるのだ。

 

それは実体験した灰自身がよく解っていた。

 

そして、まだ見ぬ未知の世界には、数多の生命体や精神が存在している。

 

異形、魔神、妖精、獣、植物から動物、そして()

 

つまりはそれ等の世界に住まう生命体から、ゴブリンを含めた異形は生まれ出づると云うのだ。

 

生命体の持つ、表層意識と深層意識。

 

普段から頭や感情で考え、自らが常に自覚し制御している精神。

 

日頃から知覚出来ているのが表層意識。

 

それとは裏腹に、本能的に有し自覚しない感情や想いが存在する。

 

認識もしないまま心の奥底に潜む精神……、それが深層意識。

 

彼は語る。

 

自分達が本能的に闇や混沌と云った怪物などに対する感情が、意識の奥底に潜んでいるのだと言う。

 

恐れや敬い、好奇心や驚き、探求や解明、そんな様々な感情が深層意識に存在しているのである。

 

そう言った精神は異界の住民や神々も有し、ゴブリンはそんな深層意識が生み出しているらしい。

 

例えば、ゴブリンスレイヤーが小鬼を一匹倒している間、次の瞬間には百や二百の小鬼が世界の何処かで誕生しているのかも知れないのだ。

 

「では、ゴブリンをこの世から消すというのは実質――」

 

「……不可能だ」

 

 彼は淡々と結果だけを述べる。

 

「それだと未来永劫……、君の望みは……」

 

 そこまで言いかけ、灰は口を噤んでしまった。

 

しかし、彼は変わらぬ口調で返す。

 

「冒険者に成った理由が、()()ならば永久に叶う事は無い」

 

「?!」

 

 彼の言葉の真意が理解出来ず、灰は無言で視線を向けるのみだった。

 

「その言い方だと、君の真の望みはゴブリンの絶滅ではない。そう解釈してしまえるのだが……?」

 

「……そうだ。……俺の真の目的は、ゴブリンの絶滅ではない!」

 

「……?!!」

 

 彼の言葉に、灰は思わず狼狽してしまった。

 

余りに唐突過ぎたのだ。

 

いや寧ろ、”信じられない”と言った方が正しいのだろうか。

 

「……ふっ、流石に驚いたか……?」

 

 驚きを隠せない灰の様子に、彼も珍しく僅か笑みを浮かべていた。

 

兜越しではあったが。

 

「……冗談を言う君では無い事は、よく理解している積りだ。しかし……、本当なのだろう」

 

「ああ」

 

 やはり、彼の言葉に嘘偽りはない。

 

今言った事は、彼の本心みたいだ。

 

では彼の真の目的は何なのか?

 

「……先生は言っていた――」

 

 彼は再び過去について語り始めた。

 

 

 

 

 

「――そんな……!それじゃゴブリンを殺しても、全くの――」

 

 彼は感情を吐露し、師に食って掛かる。

 

ゴブリンに復讐を誓い、この世から消すという目的を無残に崩されてしまったのだ。

 

――俺は……、一体何の為に……。

 

「諦めな」

 

 短くも厳然とした、師の言葉。

 

突き付けられた現実に、唯一支えにしていた決意と誓いが見事に崩壊してしまったのである。

 

「あ…、ああ…、あああ……あ……」

 

 彼の頭の中は真っ白になり、何を見ていたのか自分が今何をしているのかさえ、認識出来なくなっていた。

 

急激に脚の力が抜け落ち、決して重くはない体重を支えていた両の脚は、ガクガクと痙攣しながら崩れ落ちようとしている。

 

「別に良いじゃねぇか、ゴブリンが存在していたってよぉ」

 

「――っ?!!」

 

 突如投げ掛けられる師の言葉に、我を取り戻し思わず脚に力が戻った。

 

「な……、何を…言い出すんです?!ゴブリンによって、村は滅ぼされたんですよ!!……俺の家族も、俺の故郷も、俺の思い出も、ゴブリンに……、ゴブリンの所為でっ!!きっと今も、此処じゃない何処かでっ!ゴブリンによって他の誰かが……!」

 

 ”見過ごせるわけがない”彼は感情の丈を師にぶつけた。

 

「馬鹿か?テメェは!」

 

 普段通りの師の返し。

 

罵詈雑言、罵倒が飛んで来るのは何時もの事。

 

重要なのはそれ等の言葉にも、必ず大事な意味が含まれているという事だ。

 

意識を集中させ、聞き耳だけに尽力を注ぐ。

 

「だったらゴブリン共をぶっ殺せばいい!ゴブリンの()()を消すんじゃなく、ゴブリンの()()を消すっ!…俺がテメェなら、そうする」

 

 またしても彼は驚愕する。

 

一体先生はどうしてしまったんだろう?

 

今日に限ってやけに親切だ。

 

今の今迄、これ程明確な答えを用意してくれた日など一度も無かった。

 

「ゴブリン程度じゃ、どうせ軍は動かねぇ。俺だったらゴブリン共ぶっ殺して、そのやり方をアホなボンクラ共に叩き込んでやるがな!それを繰り返しゃぁよぉ、ドイツもコイツもゴブリンに対抗出来んだろがよっ!」

 

 ぶっきらぼうではあるが更に畳み掛ける様に、師は理を伝授してゆく。

 

「……脅威を……排除……する……」

 

 うわ言の様に師の言葉を繰り返し、彼は言葉の真意を読み取ろうとした。

 

「馬鹿が!今のは言葉通りの意味だ!お前が小鬼を殺し、村の奴等にもその知識を伝えてやれ!!」

 

 苛立たし気に放たれた言葉と共に、師の拳が彼の顔面を捉えようとした。

 

「……ほう?…ちったぁ、成長したじゃねぇか!」

 

 圃人の拳は顔面に到達する事無く、彼の掌によって止められていた。

 

フンッと鼻を鳴らした後、師は拳を降ろし彼も構えを説いた。

 

「オメェ、今年で15……だったか?」

 

「……?……はい、先生!」

 

 不意に自分の年齢を訪ねてきた師――。

 

矢張り、いつもと違う師に違和感を感じながらも、彼は師に応える。

 

「はえぇな……」

 

 圃人は彼に背を向け、ゆっくりとその場を離れようとする。

 

「――先生…?!」

 

 今日の訓練は、どうするのか?

 

彼は師に追い縋ろうとしたが、師は振り向き言葉を放つ。

 

「今日の訓練は終いだ、メシ食って寝な!」

 

「……せん、せ、い?」

 

 立ち尽くす彼を余所に、師は目の前から姿を消した。

 

それから数日後である。

 

師が『旅に出る』という書置きを残し、彼の前から本当に姿を消したのは。

 

当初、彼は困惑していた。

 

不甲斐無い自分に業を煮やし、とうとう見限られてしまったのではないか。

 

彼は茫然自失とし、丸一日は其処で過ごしていたが、やがて気付く。

 

あの時感じた師に対しての違和感、師は悟っていたのだろう。

 

自分が成人を迎え、巣立ちを迎えていたのだと。

 

あれは最後の教えだったのだ。

 

ゴブリンに関する世界の真実。

 

小鬼とどう向き合うべきなのかを、最後に師は答えを用意し教えてくれたのだ。

 

「……有難う御座います、先生!」

 

 もう其処には存在していない、師の方へと深く一礼で感謝を述べる。

 

そして彼は荷物をまとめ、この極寒の洞窟を出た。

 

冒険者と成る為に。

 

「ゴブリンの存在を消すのではなく、ゴブリンの脅威を排除する……。苦しめられている人々の為に!」

 

 一人そんな言葉を口にし、彼は辺境の街へと足を向け旅立った。

 

 

 

 

 

「そして俺は、冒険者と成った」

 

「……」

 

 ゴブリンスレイヤーの独白に灰は黙って聞く。

 

「だが俺は、早速過ちを犯していたのだ」

 

「……過ち?」

 

「そうだ。登録を終え、装備を調達し、最初のゴブリン退治が始まった」

 

 彼の語りは続く。

 

ギルドの受付で、ゴブリン退治を単独で引き受け現場へと向かった。

 

薄暗い洞窟と嗅ぎ馴れた不快な異臭の中で、彼は初めてゴブリンを殺した。

 

遂にヤッた――。

 

最初の一匹だが、彼は自分の手でゴブリンを殺せたのだ。

 

殺したゴブリンの死体と折れた松明を交互に見やり、鼓動が大きく脈を打つ音が聞こえる。

 

そして襲撃の音に気付いた複数のゴブリン達が、彼に殺到した。

 

彼は無我夢中で応戦し、ゴブリンを殺し続けた。

 

ゴブリンを殺し尽くすのではなく、脅威を排除するという本来の目的を次第に忘れつつ、彼はゴブリンを殺し続けた。

 

その過程で彼の心は、ゴブリンへの殺意と復讐に塗り替えられ、最後に残されたゴブリンの子供を殺した時、それが決定打となった。

 

まだ攫われた女性を救出するという理性は残っていた為、理性こそ崩壊はしなかったが彼の精神は完全にタガが外れてしまっていた。

 

それからの彼はゴブリン退治を嬉々として意欲的に引き受け、ゴブリン殺しへと勤しむ事となる。

 

 

 

誰かの為ではない。

 

ゴブリンを殺す為に。

 

 

 

「俺は当初の目的を完全に忘れ、ゴブリンを殺す事のみに没頭していた」

 

 彼にしては珍しく、多くを語ったのだろう。

 

喉が渇いたのか、水筒から水を口へ流し込み一呼吸置いた。

 

「ん?ゴブリンの対応策を村人達に伝えてはいないのか?」

 

 灰は、疑問を投げ掛ける。

 

「ああ…、…やらなかった。初めて実行に移したのは……、お前と組みゴブリン退治を始めた時からだ……!」

 

 結局、いとも容易くゴブリンへの殺戮のみに意識を塗り替えられ、手段と目的が入れ替わってしまい、村へ知識や技術を伝授していなかったのである。

 

灰と組み二人でゴブリン退治を達成した後、彼は初めて()()を実行に移したのだ。

 

その時点で、彼は本来の目的と手段が入れ替わっていた事に気付き始めていたが、ゴブリンに対する憎悪と殺意がそれを上回り、結局今日までその状態が続いてしまっていた。

 

「あの監視者の言葉で、俺は漸くその事に気付かされた。確かにこのままゴブリンの殺意のみに身を任せていたら、奴の言う通り俺は生ける亡者として、ゴブリンの殺戮のみに身を(やつ)していただろう。そして近い将来…、ゴブリンと人との区別すら付けず、見境無しに殺戮に奔っていたに違いない…。奴は言っていたな?俺の終着点は生ける亡者……」

 

「――()()()()()()()――だと」

 

 彼の語りに、灰は言葉を返す事が出来なかった。

 

無言で彼の言葉に耳を傾ける事しか出来なかったのだ。

 

そして改めて灰に語り掛ける。

 

「頼む、灰よ。力を貸してくれ!……俺一人では、とても手が足りぬ……!時々でいい、お前が手を貸してくれれば、或いは――」

 

 灰に向き直った彼は、座った姿勢のまま頭を下げ頼み込んだ。

 

世界…いや、この王国全土は無理でも、辺境周辺に存在するゴブリンの脅威を消し去る事は可能かも知れない。

 

灰の剣士とゴブリンスレイヤーが主導となり、ゴブリンに関する知識や技術を村や地域の住人達に伝授していく。

 

それが切っ掛けとなり拡散してゆけば、少なくとも辺境周辺の小鬼の脅威は排除出来るかも知れないのだ。

 

現時点ではギルドの依頼をこなし、知識や防衛技術を人々に伝える事しか出来ないだろう。

 

灰の剣士自身も、自ら決意した使命を果たさねばなるまい。

 

だが、小さな切っ掛けを一つ一つ積み上げ重ねていく事で、何れそれ等は大きな実を結ぶ事になる筈だ。

 

その時初めて、無念の最期を遂げた犠牲者達に報いる事が出来るだろう。

 

それが彼『ゴブリンスレイヤー』の真の使命だった。

 

「俺の都合と我儘を押し付けているのは、重々承知している。……その上で……、頼むっ!」

 

 彼は更に頭を深く下げ、灰に頼み込んだ。

 

これ以上に無い彼の真剣さに暫く圧倒され、どう言葉を返していいか分からず黙り込んでいたが、やがて灰自身も意を決した。

 

「……俺で良ければ、協力させてくれ!」

 

 言葉足らずだったが、自分なりに精一杯の言葉を贈る。

 

”毎回…、という訳に行かないが”そう付け加えながら――。

 

「十分だ!お前の力、当てにするぞ!」

 

 そう言った後、躊躇いがちに彼は手を差し出してきた。

 

「――?!」

 

 余りに突拍子もない彼の行動に一瞬面食らった灰だが、彼に応える様に手を出し、互いに深い握手を交わした。

 

 

 

――そうだ、ゴブリンを殺す事は今迄と何ら変わりない。……だが、只今を以て、俺の役割と理由は変わる。

 

 

 

ゴブリンの絶滅ではない。

 

ゴブリンの脅威を排除し、その為の礎を築き広めていく事――。

 

 

 

――その為に、俺はゴブリンを殺し続けよう。

 

――確かにゴブリン共は憎い。

 

――だが決して、私怨の為だけではない。

 

――これまで犠牲になった、多くの人々の為に。

 

――これからの人々の、小さくも確かな未来の為に。

 

 

 

――小鬼を殺す者《ゴブリンスレイヤー》――として。

 

 

 

……

………

 

 

 

「かなり水が引いてきた……。あと数時間もすれば、地上に戻れるだろう」

 

 呼気の指輪を所持していた為、ゴブリンスレイヤーが下層を偵察し水の引き具合を灰に伝える。

 

「……そうか。かなり足止めを食ってしまったな」

 

 焚火も既に下火となり、少し手持ち無沙汰となってしまう。

 

「フム、少し時間が空いたか……。灰よ、()の使っていたあの剣技の事だが……」

 

 まだ時間的に猶予がある事を確認したゴブリンスレイヤーは、深淵の監視者が使用していた剣技について言及した。

 

短剣を楔とし、それを軸とする事で、身体と対の剣を回転させ、周囲の敵を一掃する独特の戦技。

 

『古狼の剣技』と呼ばれるファランの不死隊の得意とする技だ。

 

監視者が使っていたあの剣技に着目していたゴブリンスレイヤーは、灰から特徴を聞き出し修練に励む事にした。

 

 

 

「ぬぅ……、なかなか上手くいかんな…!」

 

「専用の装備ではないからな。…どうしても、バランス感覚やタイミングがズレてしまう」

 

 使用する武器の重さや長さによっても、遠心力や要求される運動力も大きく変わり、威力にも多大な影響を及ぼす。

 

本来はなら、ファラン専用装備を前提とした剣技である為、彼等の装備では技の質が劣化してしまうのも無理からぬ話だ。

 

完全に水が引く間、彼等は修練に時間を費やす事にした。

 

その後、塔内の水は完全に引き、二人は漸く地上へと脱出した後、ロスリック不死街まで戻ってきた。

 

「……さて、後はギルドに戻るだけだな」

 

「あれを見ろ…。早速奴らが出迎えてくれたぞ」

 

 不死街に出たのも束の間、早々に亡者達が大挙して二人に押し寄せて来る。

 

「丁度良い、我々の新しい決意と門出を祝って、乾杯といこうか?……水でな!」

 

 亡者の大半が小鬼亡者で構成されている事を察知した灰は、残り少ない飲料水で乾杯する事を提案する。

 

「……それだけでは足らんな。ゴブリン共の血を奴等自身に振舞ってやろう……!」

 

 ゴブリンスレイヤーも水筒を取り出し、二人は最後の水を飲み干す。

 

その後武器を構え、迫り来る亡者の大群に真正面から対峙した。

 

「準備はいいか、景気づけだ!」

 

 灰の剣士が声を掛け――。

 

「問題ない!奴等に情けは無用……!」

 

 ゴブリンスレイヤーも呼応する。

 

二人は、亡者の大群に武器を振るった。

 

 

 

 

 

      ――ゴブリン共は、皆殺しだ!……人々の為にっ!!――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

狼血の剣草

 

 老狼と共に戦士たちの眠りを守る

 ファランの番人たちが、その使命を果たした証。

 乾いた血の付いた剣草の葉。

 

 それはかつて不死隊が連絡に用いた符牒であり

 腐った森に眠る戦士たちの霊が番人にもたらす。

 承認と感謝の証であるという。

 

 少なくとも番人たちは、そう信じている。

 

 一人の監視者は、その証を彼等に分け与えた。

 

 それは、未だ監視の意志を向けているのか、或いは……。

 

 

 

 

 

 




 ゴブスレさんは、小鬼を殺し続けます。
自分の殺意を満たす為ではなく、人々の為に。
たった、それだけの変化ですが若しかしたら、今後の展開に大きな影響があるかも知れません。(覚悟は出来てます)

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ( ゚∀゚)/

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