ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 某ウィルスが猛威を振るい、世界中が大混乱に見舞われていますが、めげる事無く投稿致します。



第48話―古き約定―

 

 

 

 

 

人間性

 

 『人間性』は人間のみが持つ精であり、黒くぼんやりした人形のような形をしている。

  亡者の状態ではこれを捧げることで人間らしさと引き換えに生き返る事が出来る。

 

 一説にはダークソウルの欠片とも云われ、無限の可能性を孕み多くは謎に包まれている。

 時に変質し、時に暴走し、宿主の本質をも変える人間性。

 

 それも可能性の一つ故か。

 

 無限に膨張する宇宙、無限に可能性を見出し続ける人間。

 

 そこに誕生する世界、そして終焉を迎える世界。

 

 始まり、終わり、育ち、衰退する。

 

 其処に差異はある。

 故に闇を孕む。

 

 人が紡ぐ世界、廻り続ける宇宙――。

 

 物語りは色彩を帯び、共に広がり続けん。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「闇の到来……、それは人の時代を意味する。……これはお主等も知っておろう」

 

 グウィンの言葉に皆は頷く。

 

グウィンの言う闇とは単純に暗闇を指すのではない。

 

「人のみに宿ると言われる人間性。それはダークソウルの欠片であり、宇宙の現身(うつしみ)でもあるのだ」

 

”宇宙の現身”その単語に周囲の魔術師達も反応する。

 

無限に広がり、今尚留まる事の無い膨張し続ける宇宙。

 

グウィンは語る。

 

ダークソウルとは人間性。

 

人間性とは闇。

 

闇とは宇宙。

 

宇宙は広がり続ける。

 

それ即ち――。

 

……

………

 

 

 

      ――無限の可能性――

 

 

 

「……無限の可能性を有す、人の時代。……儂ら神々は、それを恐れたのだよ」

 

 一先ず息を吐き、グウィンは淀んだ空を見上げた。

 

「人の可能性……、貴方がた神々に比べれば微々たる要素だと思われますが……?」

 

 孤電の術士が訪ねる。

 

「人は多くを生み出し、世界の発展に寄与してきました。何故神が疎むのか理解出来ませぬ」

 

 コルニクスが言葉を加える。

 

「……確かに人間は、英知を結集させ勇気を振り絞り、多くの試練や困難を乗り越えてきた。それは真を以て称賛されるに然るべし……」

 

 過去、現在に関わらず、人間は文明を育み様々な文化を生み世界を発展させてきた。

 

「何かを成し遂げたいという心、誰かを支えたいという気持ち、貢献し役に立ちたいという精神、何かを解明し道を切り開きたいという望み、不完全な人だからこそ持ち得た至高の特権よ」

 

 それ等の尊い精神が、今日の世界を創り上げ人々はそれを現在進行形で謳歌している。

 

「――しかしだっ……!」

 

 グウィンは言葉を区切り、鋭い眼光で周りを見据えた。

 

「そう謂った文明の渦中で確かに存在した、負の連鎖と遺産――」

 

”負の連鎖と遺産”その言葉と共に、グウィンの表情は一層険しくなり、神々を除いた全員が息を飲んだ。

 

 

 

      ―― 邪欲 ――

 

 

 

「自らの欲を満たすが故、他者を蔑ろにする心。……世界の裏側で間違い無く存在し、時にそれ等が起爆剤となり『悲劇』をも生み出してきた。……人に宿る無限の可能性……、裏を返せば()()の時代が訪れる暗示でもあるのだよ。もしも、人の時代が邪欲のみに支配され歪み切った理の上に成り立つ世界が、どのような結末を迎えるのか……?」

 

 その言葉に誰もがどよめき、視線を宙に泳がせる。

 

此処に居る皆に、心当たりが在るのだ。

 

大なり小なり自らの望みを叶える為、他者を蹴落とし又は犠牲にし蔑み、何かを満たしてきた。

 

そんな所業をしなかった者は誰一人として存在しないだろう。

 

此処に居る神々でさえ、疑わしい。

(中にはそれに特化し歪み切った神も少なからず存在するが)

 

故にグウィンは人の時代の到来を恐れ、火の時代を存続させる為に様々な策を講じたのである。

 

時に自分が犠牲になる事も厭わず。

 

「邪欲が蔓延し歪みの上に育った文明がどの様な結末を迎えるのか……、物質の豊穣のみに固執し精神を置き去りにした先の答えが何を示すのか、其処な者が見せてくれるであろう」

 

 グウィンは自分の肩に停まる一羽?否、一柱の神『黒い鳥の神』に視線を送った。

 

「……しょうがないね、特別に見せてあげるよ。僕の管理する世界の一つ姿を……ね」

 

 予め打ち合わせでもしていたのだろうか?

 

黒い鳥の神はさして表情を変えるでもなく、軽く羽ばたいた。

 

篝火周辺に居る全ての者に、映像が流れ込む。

 

 

 

それは黒い鳥の管理する盤の中(世界)

 

四方世界よりも遥かに発展した文明を誇るも、確実に忍び寄る()を孕んだ世界。

 

一見住人達は、文明の恩恵を一身に浴びている様に見えるが、その表情は暗く疲弊している様にも思える。

 

()()を渇望しつつも()()に絶望し、生きているというよりも生かされて(管理)いる。

 

常に争いの絶えない世界。

 

強大な国力と軍事力を保持していながらも、統治能力は低下の一途を辿り、反政府や無法者が暴力を撒き散らす世界。

 

絶え間なく続く戦争。

 

銃弾と硝煙が飛び交う殺戮の宴。

 

巨大な人型兵器が戦場を支配し、それを駆るは金で雇われた傭兵達。

 

力無き人々は只逃げ惑い、巨大な組織『企業』に支配管理され、労働力として生かされ飼い慣らされている。

 

利権と利益が支配する社会――。

 

文明と発展に覆い隠された、歪みの()わい。

 

終わり無き戦争は世界を汚染し、地上は資源を奪い合うだけの領域と化し、あろう事か人類の大半は『空』へと移住していた。

 

最早地上は穢れに極み、人の住む領域など無きに等しい。

 

この世界は、間違い無く滅びを迎えようとしている。

 

最早人類は絶望し、諦観の内に壊死するだろう。

 

どうやらこの世界『最初の火』という概念は存在しない様だが、絶望し切った人々の瞳は濁り切っている。

 

物質の恵みの極みの果て、その代償が心の喪失。

 

一部の人間は自らの肉体すら切り捨て、効率と情報を求めるが故に身体を機械に置き換える始末。

 

 

 

――まるで……、亡者だ……。

 

 

 

過去に嫌という程見てきたあの世界(ダークソウル)の結末……。

 

脳裏に流れる映像の住人は、亡者のそれと何処が違うというのか。

 

()()()が始まり、夜明けの糸口など掴め様も無い歪み切った文明社会。

 

圧倒的な戦力を誇る人を模した兵器の数々。

 

汚染され尽くした地上。

 

 

 

僅か数分の間に流れ込んで来た映像の数々に、神々を含んだ全員が反応を見せる。

 

慄く者、哀しむ者、憤る者、悦ぶ者、高揚する者、中には()()()()()()()()()()()()()()()まで居た。

 

 

 

「……これが僕の管理する盤の一つ……『世界(アーマードコア)』」

 

 騒めく彼等とは裏腹に淡々と語る黒い鳥の神。

 

 

 

「……何度も見たけど、哀しい世界だねアナタの世界は……」

 

 幻想の神は、沈んだ表情と声で語り掛ける。

 

秩序側の神々と人々は、今の世界に深い悲しみと同情を抱くが、混沌側の邪神を含めた住人には寧ろ魅力的に映る様だ。

 

「……彼の時代の人々が僕の世界の様な結末に決して辿り着くとは限らない。だが、彼は恐れたのさ。僕の世界の様になる事を……」

 

「故に、儂は火の時代に拘ったのだ」

 

 たとえ文明が停滞しようとも、歪み切った欲望の世界に到達するよりはマシと考え付いたグウィンは、罪と知りながらも手段に奔ったのである。

 

当時のグウィンは黒い鳥の神と交流を持っていた訳ではない。

 

しかし『王のソウル』による恩恵で、時空を越え垣間見ていたのである。

 

欲望の果てに膨れ上がった世界の末路……、その一つの姿を――。

 

結果として火継ぎの時代は終わりを迎え、四方世界というある意味『人の時代』が訪れた訳でもあるのだが。

 

「……」

 

 場に沈黙が漂う。

 

「様々に講じた手段の一つに、四人の公王を祭り上げたというのがある。……お主等も存じていよう」

 

 グウィンの言葉に、灰を含めた火継ぎの住人達は頷く。

 

名も無き小人が最初の火から見出した『ダークソウル』

 

ダークソウルの台頭を阻止する為、四人の小人達に『公王』の位を授け広大な都市を建設し、彼等をその都へと追いやった。

 

そこで、自分の末娘である『フィリアノール』を彼等へ嫁がせたのだ。

 

『いつか迎えを寄越す』と約束して。

 

だがそれは、ダークソウルを見出した彼等を封じ込める為の口実であり、蓋を閉めるに等しい行為だった。

 

「……輪の都……、あれの事か……」

 

「左様」

 

 灰の言葉にグウィンは短く返事を返す。

 

嘗て『アリアンデルの絵画世界』と呼ばれる異界へと足を踏み入れ、その世界で出会った奴隷騎士を始めとした住人達。

 

その世界の篝火から通じていたあらゆる時代が流れ着く場所『吹き溜まり』の奥底に、輪の都が存在していた。

 

その都も例に漏れず崩壊の一途を辿り、既に朽ち果てようとしていた。

 

亡者の巣窟となっていたその都の一室に、フィリアノールを護る一人の騎士『シラ』が引き籠っていた。

 

故あって部屋から出る事を拒む彼女から得られた情報。

 

都の奥へと進んだその先に、深い眠りに就くフィリアノール。

 

「何故、お主がロスリックにて何度も火継ぎを繰り返したのか……。ファリアノールとの約束が関係しておる」

 

「シラから聞いた……あれは、公王を封じる為の方便だと!」

 

 グウィンの言葉に灰も反論する。

 

「……嘘ではない。少なくとも、ファリアノールを迎えに行くという約束だけは、違えるつもりは無かった」

 

”いつかは迎えに行く”そんな約束を彼女と交わしたが、陰りゆく火に身を投げた事で、その約束は永遠に果たされる機会を失ってしまった。

 

「……しかし、眠りに就く彼女に触れた瞬間…、彼女は朽ち果て干乾びてしまった……!」

 

「……度重なる亡者化の進行か……、やはり殆どの記憶を失っておる様だな、灰の剣士よ」

 

「……!」

 

 巡礼の旅を繰り返し、何度も命を落とす度に進行した亡者への変化。

 

その過程で喪失した心と記憶。

 

「……()()の事も、忘れてしまったのか?」

 

 グウィンが懐から取り出した一つの装飾品。

 

「ん?ペンダント……かな?」

 

 孤電の術士は不思議そうに古びたペンダントを見つめる。

 

「……どこかで……、何処かで見覚えがある様な…無い様な……」

 

 灰もペンダントに視線を向けるが、見覚えがあるだけで思い出す事は出来なかった。

 

「お主が『北の不死院』で目覚めた時、贈り物として儂がお主に授けた物だ」

 

「……っ?!」

 

 告げられた言葉に灰は記憶を絞り出し、必死に思い出そうと試みる。

 

「……」

 

 皆が灰を見守る事暫し……、徐々にだが記憶を蘇らせてゆく。

 

それを手助けするかの様にグウィンも言葉で誘導を始めた。

 

 

 

お主は覚えておる筈だ。

 

あの不死院で目覚める間際の記憶を。

 

その時託した遠い遠い約束。

 

果たせぬ儂に代わり、お主が成し遂げん()()使()()

 

他の誰にも果たし得ぬ、唯一人お主のみに課せられた特別な約束。

 

あの娘に伝えるべき言葉を思い出(ペンダント)に託して。

 

 

 

「……そうだ……。覚えている……いや、思い出した。私は、確かにあの時……!」

 

「どうやら、思い出してくれた様だな」

 

 北の不死院で常に首に掛けていた古びたペンダント。

 

何時しか記憶からも抜け落ち、紛失に至ったペンダント。

 

そもそも不死人になる以前から所持していたのかも怪しい、ペンダント。

 

「アリアンデルの絵画世界で()()()が火に包まれた時、お主は断片的にだが思い出していたのだ、輪の都に赴く理由をな」

 

 あの絵画世界で修道女フリーデを倒し、溢れんばかりの炎が館に燃え広がった。

 

その火の影響かは定かではないが、彼は記憶の一部を蘇らせていたのだ。

 

フィリアノールの元へ赴くという本来の役割を。

 

だが結局の処、彼女の元へ辿り着いたは良いものの、そこからはどうしていいかは分からず彼女の抱く卵に手を触れ、結果彼女は干乾び輪の都は塵灰に包まれ朽ち果ててしまった。

 

「まさか……、このペンダントを届ける事が……」

 

「そうだ」

 

 彼女に触れる事ではない。

 

彼女にペンダント届け、秘められたメッセージを伝える事が『火の無い灰』本来の使命…任務と言ってもいい。

 

「……故に、繰り返したのだよ。何度も何度も……。いつしかお主が本来の役割を思い出し、このペンダントを我が子へ送り届ける事を期待してな……。だが、度重なる亡者化の影響で、このペンダントを何処かで失くし本来の使命をも忘却してしまった……。結局『最初の火』は限界を迎え、お主は火を消すという選択肢を取り、巡礼の物語りを終えるに至った。……この時ばかりは、流石に儂も諦めたよ」

 

「……そう言う事だったのか」

 

 古びたペンダントを見つめ、灰は呟く。

 

「……確かに儂は、多くの者を蔑ろにし、騙り、事を成した。儂の業は決して称賛されるには値せぬ……。……だが…、あの子だけは迎えに行ってやりたかった……一人の父として……!」

 

 ペンダントを握り締め、静かに力を込めるグウィン。

 

その素顔は神としてのそれではなく、寧ろ一人の父親として素顔を醸し出した。

 

 

 

あの世界の最期を振り返るグウィン。

 

 

 

 灰が火を消し巡礼の旅(ダークソウル)の物語りを締め括り、盤を閉じながら物思いに耽る。

 

そこへ黒い鳥の神が訪れたのだ。

 

”どうか四方世界の盤に参加してくれないか”と。

 

既に蛇の神こと『闇撫でのカアス』が意気揚々として参加している。

 

グウィンはその盤を管理する二柱の神、『幻想』と『真実』の許可を貰い自分の盤の残滓を幾つか四方世界に練り込ませ、再び『火の無い灰』を駒として参加させたのだ。

 

”もしかしたら今度こそ、或いは――”そんな微かな望みを抱いて……。

 

 

 

「火を継ぎ、世界を延命させるだけなら、他の不死人や灰人で事足りた。しかし、お主を除いて約束を果たす者は、他におらん!」

 

「……では、今のサリヴァーンやロンドール一派を止める事も関係無いと?」

 

「そうだ!……勇者候補は、数多に散らばっておる。討伐するだけなら、そ奴等でも事を成せる。だが、フィリアノールにこれを届ける事だけは、お主だけの特権と言っても良い!」

 

 今や魔神皇となったサリヴァーン、未だ亡者の楽園に拘るロンドールの黒教会、それ等の脅威は幻想の神や他の秩序側の神々が創り上げた駒でも対応出来る。

 

今はまだ開花していないが、幻想が密かに創り上げた『超勇者』の異名を持つ規格外の駒も創り上げてしまっている。

 

冷静に考えれば、何も灰の剣士一人が背負う必要は何処にも無いのだ。

 

灰は逡巡していた。

 

グウィンのペンダントを受け取るか否かを――。

 

彼の中で疑念が渦巻く。

 

また神々に翻弄され、利用されるだけの日々が続くのではないか。

 

真の使命とやらに、自分の意志は及ぶのか。

 

正直に言えば、二度と御免被りたかった。

 

もうロードランの神に関わりたくは無かったのだ。

 

彼の中で拒絶の意志が、徐々に胸を支配しつつある。

 

しかし――。

 

「君には受け取る理由がある」

 

「――?!」

 

 唐突に黒い鳥の神が、口を挟んだ。

 

何事かと周囲の魔術師を含め灰達も、彼に目を向ける。

 

「……理由?」

 

 理由という言葉に、灰は眉を顰め訝しむ。

 

「君は約束を果たすと同時に、四方世界の物語りに終止符……一つの区切りを付ける役割も併せ持っているのさ」

 

「……勝手な事を、誰が決めたのか!」

 

 この黒い鳥が強大な神だという事は十分認識している。

 

ソウルを封じるという、グウィンに直接干渉する程の力の持ち主だ。

 

さりとて、自分の役割りをあれこれ干渉されるのは、正直不愉快でもある。

 

ましてや見ず知らず神ともなれば尚更だ。

 

「……別に真の使命諸共、拒否しても構わないさ。その時は『四方世界』を焼き尽くすだけだからね」

 

「――なっ!何だとっ?!!」

 

 これには灰だけでなく、周囲全員が動揺し騒めいた。

 

「これでも幻想ちゃんや真実君には、許可を貰ってるよ。僕は終わりと始まり、つまり『終局』と『始局』を司る役目を受け持っているからね。直接介入にはなるだろうけど、何事も()()は存在する」

 

 その言葉に偽りは無いのだろう。

 

先程、多数の魔術師達を瞬く間に鎮圧し、結界の損傷を修復してしまった程だ。

 

その力はほんの一部に過ぎないだろうが、彼等に戦慄を覚えさせるには充分だった。

 

変化のある螺旋の物語り(シナリオ)なら兎も角、四方世界が終わり無き延々とした円環(ルーチンワーク)を続けるようであれば、当然神々も辟易し盤を見限るのは明白。

 

端的に言えば蛇の神が真っ先に介入した所為で、物語りの収拾が付き辛くなっていたのだ。

(全て蛇の神の所為ではない事は断言しておく)

 

「僕は様々な盤に参加させて貰う条件として、収拾の付かなくなった盤を強制的に終わらせる仕事(ゲームオーバー)も引き受けているのさ」

 

 永遠など、この世には存在しない。

 

始まりが在れば必ず終わりが在る。

 

そして終わりを迎えた時、新たな始まりが来る。

 

終わりと始まりは表裏一体にして等価である。

 

それが彼の拘り……『美学』と言ってもいいだろう。

 

彼の考えには当然反発する神々も存在するが、概ね彼の価値観は受け入れられていた。

 

四方世界の神々は当初彼の考えに物議を醸し出していたが、やがて受け入れてくれた様だ。

 

火の無い灰がグウィンの使命を拒否する事も出来る、しかしそれは、四方世界の終焉を意味する可能性も孕んでいるのだ。

(勇者候補の誰かが、物語に一区切りを付ければ話は別だが)

 

「どうする?決める事が出来ないのなら、骰子の出目で決めるかい?」

 

 黒い鳥の神が提案する。

 

確かに灰にとっては即断しかねる重要な選択だろう。

 

しかし、ここで骰子などに頼っては本当に『賽振らせる者』に成り下がってしまう。

 

四肢を欠損して迄グウィンに抵抗した意味が、消失してしまうのだ。

 

「……卑怯者だ…貴方は!」

 

 黒い鳥の神を睨み付けながらも、彼はグウィンからペンダントを受け取った。

 

口調は強かったが、その顔は穏やかだった。

 

「有難う、火の無い灰…我が()()よ……!」

 

 グウィンの表情は穏やかになり、灰に礼を述べる。

 

「……思い違いをしないで頂こう…貴方の為ではない!自分の意志で今度こそ…、やり残した任務に決着を付ける!サリヴァーンやロンドールの件も含めてな!」

 

「自ら、茨の道を選ぶのか」

 

「自分で選んだ、最後まで遂げよう!」

 

 グウィンに向かって決意を固める灰。

 

既にこの時、神々に対する敵意や憤りは完全に消え失せていた。

 

「そう言えば『輪の都にはどう行けばいい?』前の時代と同じ箇所に存在するのか?」

 

 時代も世界も変われば、輪の都へ通ずる『篝火』も当然変わるだろう。

 

同じ場所に同じモノが存在するとは限らないのだ。

 

「……案ずるな。お主が使命に邁進する限り必ず辿り着く」

 

「そうか」

 

 一抹の不安は拭い切れないが、こればかりは四の五の言った処で何も始まらないだろう。

 

此処より、彼に新たな役割が与えられる。

 

「無事使命を果たした暁には、フィリアノールを妻に娶るが良い!」

 

「必要ない。()()は自分で見付ける。……もし約束を果たせたら、彼女を迎えに来てやって欲しい、そして今度こそ手放す事なく傍に居続けてやってくれないか。……その位は許されるのでしょう、幻想の神よ?!」

 

 グウィンの案を拒否し、幻想の神に迎えの許可を求めた火の無い灰。

 

「良いよ!頑張って!」

 

 にこやかに幻想の神は応え、心なしか灰も微笑んだ。

 

幻想の神を見ていると、何処と無くあの少女(神殿の少女)を思い出す。

 

地母神の神殿で自分の面倒を見てくれた、あの少女を――。

 

火の無い灰は使命を果たすだろう。

 

世界を救う為ではなく、約束を果たし物語りに終止符を打つ為に――。

 

 

 

「……どうやら一段落ついた様だね。……後は彼等の件か……」

 

 黒い鳥の神が、周囲の魔術師に対して視線を向けた。

 

――そうだ。まだ此処に居る多くの先人達を呼び集めた理由がまだだったな。それにしても、なんで連中をわざわざ……。

 

釣られた孤電の術士も周囲を見回した。

 

「率直に言ってしまえば彼等をわざわざ呼び集めたのは、僕ら神々の力を再認識して貰う為なんだ」

 

 黒い鳥の言葉の真意が読み取れず、孤電の術士は首を傾げる。

 

黒い鳥は更に言葉を続けた。

 

四方世界に見切りを付け、界渡りを次々と果たした魔術師達。

 

当然彼等は現状に満足する事なく、次の領域を求める。

 

それ即ち、神々の住まう領域へと――。

 

この世界で更に研鑽を重ねた彼等は、神々の領域へと足を踏み込んだ。

 

だが、踏み込めただけで終わった。

 

現在の魔術師よりも遥かに知識と技術に優れた彼等だったが、その殆どは強制的に追い返されてしまうのである。

 

所謂()()()()というやつだ。

 

無論彼等もその様な扱いに留飲を下げる事はなく、全力で抵抗或いは挑む者も存在したが、神々の別次元の力の前には無力に等しかった。

 

抵抗虚しく、元の世界に追い返された者、又は神々の怒りを買い、過酷な世界へと追放された者も存在していた。

 

「実際、彼等全てが追い返された訳でもなく、ほんの一握りは僕らの仲間入りを果たした人達も居たがね。そういうのに限って別の宇宙や多次元へと旅立ってしまうのさ」

 

 黒い鳥の言葉通り全てが追い返された訳でもなく、中には神々の一員となった魔術士も居るようだ。

(もうこの宇宙には居ない様だが……)

 

「……門前払いを受ける理由、お教え願えませんか?」

 

 闇術師カルラが訊ね、周囲の魔術士達もそれに呼応するかのように騒めいた。

 

「……足りないのさ、肝心な部分が…ね」

 

『『『『足りない……?』』』』

 

 黒い鳥の言葉に当惑する魔術師達。

 

 

 

が足りぬ……。圧倒的な『愛』が……」

 

 

 

 太陽の光の神グウィンは曰く、愛が足りぬと――。

 

 

 

『愛』という言葉に、魔術師達は様々な反応を見せる。

 

陳腐だと嘲る者、深く思案に耽る者、用紙に記録する者、無言で此処を去る者、実に千差万別だ。

 

俄かに騒ぎ出す魔術師達をコルニクスがどうにか鎮め、神々が言葉を続けた。

 

確かに魔術師達の能力は、現時点でも神に比肩し得る者達が存在している。

 

しかし、どれだけを高めようとも己が私利私欲に溺れ歪めた世界を構築し、神々の領域を荒らされるのは極めて廃されるべき愚行でもあるのだ。

 

四方世界、否、他の世界にもそう云った輩は無数に存在する。

 

「……」

 

 当然、灰にも心当たりはあった。

 

あの火継ぎの時代にも探求と研鑽に溺れるあまり、狂気の奔流に呑まれ無残な結果を辿り、その残滓が後の時代にまで尾を引くのだ。

 

「例えば其処の君。もし自分が駒を創り、それに大した情を抱く事が出来ずとも、最後までその駒の結末に責任を持つ事が出来るかい?」

 

『え、ええ?!わたし……?!』

 

 唐突に尋ねられた何者でもない女性魔術師は、困惑の度合いを強めた。

 

『え…ええ…と……、それは……』

 

 不意に神から質疑され周囲の視線も集中し、彼女は上手く答える事が出来ない様だ。

 

『……多分……、無理かも、知れま…せん』

 

 語尾も弱くはっきりとしない口調ではあったが、彼女は何とか正直な感想を述べる。

 

人、神、問わず愛着や嗜好というのは誰にでも存在する。

 

自分の生み出したモノに情が湧けば、誰もがソレを贔屓にするだろう。

 

だが逆はどうだろうか?

 

恐らく大半は放置したり飽きが訪れ、ぞんざいに扱うのではなかろうか。

 

「何かを創り出す者は当然、それを見届ける責務が生まれる。……たとえ生み出した駒が卑しき存在の末端……()()()()であったとしてもね!」

 

 どの様な存在にも必ず意義と意味が生じ、役割を有す。

 

それは勇者もゴブリンも皆等価。

 

決して無意味でも無価値でもない。

 

「……」

 

 その言葉に孤電の術士と周囲の魔術師達も言葉を失い、僅かに俯き視線を逸らす。

 

彼女は思い返していた。

 

先程何気なく骰子を振り、数人の人生を決定付けた事を――。

 

黒い鳥が更に言葉を畳み掛けた、少々強めの口調で。

 

「取るに足りぬ、いと小さき生命体にも愛や情を抱けぬ者達が、俺達の領域に踏み込まれるのはな……」

 

『僕』から『俺』へと一人称すら変わっている。

 

 その変化に周囲の者達は本能的に悟った。

 

 

 

「……迷惑だっ……!!」

 

 

 

 誰もが慄く。

 

有無を言わせぬ圧力が、静かな激流となり彼等を飲み込んだ。

 

そう――。

 

この神は怒りを顕わにしているのだ。

 

彼の身体は緩やかだが、火を帯び始めている。

 

全身を纏う火はやがて炎へと転じつつあり、この後何が起こるのかは容易に想像が付いた。

 

「落ち着きなよ、君」

 

 不意に声が掛けられる。

 

声を掛けたのは『真実』と呼ばれる神。

 

『幻想』と対を成し、四方世界を創り上げた二柱の片割れ。

 

「……宇宙ごと焼き尽くす気かい?……熱くて敵わんよ。太陽の光の神が、堪えている」

 

「……僕とした事が、柄にも無く感情的になってしまった様だ、済まなかったね皆」

 

 落ち着きを取り戻した黒い鳥の神は、炎を鎮める。

 

「ふぅ……、危うく宇宙が崩壊する処だった……」

 

 少々荒事に発展しかけていたが未遂に終わり、神々を含め魔術師達も汗を浮かべながら息を吐き出した。

 

真実の言葉……、本当なのだろう。

 

もしも黒い鳥の神が本気を出せば、世界どころか神々の宇宙すら焼き尽くす事が可能である事実に――。

 

魔術師達まで此処に呼び集めた理由、少々自惚れた彼等に自制を施すのが目的であった。

 

神には神の事情があるらしい。

 

尤も、全ての神々が『愛』を有しているかは疑問符が残る。

 

中には歪んだ感情と価値観で、世界を搔き回す困った神も存在するのは紛れ様も無い現実。

 

故に、目に余る限度を越えた蛮行や愚行を繰り返した神は、粛清の対象となるのだが……。

 

徐々にだが周囲の魔術士達は、この場を後にしつつあった。

 

彼等にも何か思う所があるのだろう。

 

その思惑を読み取れる程、灰は聡くなかった。

 

……

………

 

「……さて……、潮時か」

 

 グウィンは傷だらけの身体にも関わらず、立ち上がる。

 

「ちゃんと治療しないとね、おじ様は!」

 

「要らぬ!……それでは()()にならんだろうがっ!」

 

 幻想の提案をも蹴ろうとするグウィン。

 

「治療して貰うんだグウィン!」

 

 その言葉に神々が一斉に視線を向ける。

 

グウィンと時を同じくして灰の剣士も立ち上がっていた。

 

彼はグウィンに歩み寄る。

 

まるで憑き物でも落ちたかのように彼の表情は澄んでいた。

 

「こうして、貴方の本心を知る事が出来た。……一つの区切りとして、傷を治してほしい!」

 

 今後も彼は傷付き、またグウィン自身にも伝達するだろう。

 

しかしこの戦い通じ、彼は真実と神の本心を知る事が出来た。

 

単純な私欲のみで神々は動いていなかった。

 

その中心となったグウィン本人が、自ら苦痛を受け背負おうとすらしていたのだ。

 

「……まさしく、『愛』ですね」

 

 地母神が曰く。

 

 

 

グウィンの根底に在った原動力。

 

民を想い、世界を想い、子を想い、同時に欲深く傲慢でもあった。

 

歪を孕んだ感情――。

 

偏に……『愛』――。

 

圧倒的な『愛』――。

 

 

 

「事の経緯を見守ってきましたが、貴方様はつくづく神らしく無い」

 

 ロスリック王子も会話に加わる。

 

欲深く、愚かしくもあり、見栄を張りつつも、一人で苦難を背負い償おうとしている。

 

「……当然だ。元来、儂は神たる資格が無いのだ」

 

「?!どういう事です、グウィン様?」

 

「……何だ今更か?『最初の火』の伝承で知っておる筈だ」

 

『最初の火』が灯った時、何者でもない幾匹かが『王のソウル』を見出した。

 

『王のソウル』を見出した()()()――。

 

「…成程、そう言う事でしたか」

 

 コルニクスが一人納得したかのように頷く。

 

「先生、私にも分かるように説明を――」

 

 孤電の術士がコルニクスに食い付いた。

 

ある程度聞かされたからと言っても、周囲に比べ火継ぎの時代には疎い彼女。

 

「なに、単純な事さ。『王のソウル』の恩恵により、彼等は『神』に成る事が出来た。それだけだよ」

 

『王のソウル』、見出した者に神の如き力を与える可能性を秘めた、強大なソウル。

 

 逆を正せば、その恩恵が無ければロードランの神々も『人』以下の存在だったかも知れないのだ。

 

神として問題だらけの人格を有した、太陽の光の神『グウィン』。

 

そんな特徴を受け継ぎ彼の想いを託された、一人の生命体『灰の剣士』。

 

「……正直どんな結果に転ぶかは分からない。だが、やり残した任務は果たす。……どんな形であろうともな!」

 

「……頼んだぞ!」

 

 新たな決意をグウィンに示した。

 

二人の表情に嘗て抱いてた険しさは消え去っていた。

 

「今この瞬間(とき)を以て、貴方たち神々への憎悪は消え去った」

 

 深く澱んだ汚泥の如き重石は、彼の心から消え何処か軽やかな気持ちでさえいる。

 

尤も、全ての神々に向けられたものではないが……。

 

「お二方、こ奴に施しを……、許して頂けるだろうか?」

 

 グウィンは幻想と真実に許可を求める。

 

何か協力したい事でもあるのだろう、しかしそれは神々の決めたルールに違反する可能性も秘めている。

 

幻想と真実は暫し顔を見合わせ言葉を交わしていたが、やがてグウィンの方へと向き直る。

 

「……内容にもよるが、一つだけ」

 

『真実』がそう告げ、グウィンは灰に向き直る。

 

「――だ、そうな。何が欲しい?」

 

「――っ?!」

 

 いきなり降られても返答に困った。

 

正直に言えば、要求する事は幾らでもある。

 

それこそ、枚挙に暇が無いだろう。

 

消失した能力(ソウルの変換のよる収納)の復活。

 

更なるソウルレベルの上昇。

 

強力な武器防具や魔法に道具。

 

そして――。

 

 

 

あの人(火防女)――。

 

 

 

数え上げればキリは無いが、彼は直ぐに答えを出す。

 

「不死の呪いの解き方を……教えて欲しい!」

 

「……それがお主の欲す願いか?」

 

「そうだ!」

 

 様々な誘惑を断ち切り、彼は真っ直ぐに見据える。

 

四方世界には、恐らく望まれぬ形で『不死』となり苦しむ者達も存在するだろう。

 

もし存在するなら、不死を解く方法が知りたかった。

 

「……不死には様々な種類が在る。故に、全ての『不死』の解呪までは儂にも分からぬ。だが…『ダークリング』による不死の解き方なら……存在する」

 

 一言に不死と言っても実に形態は多種多様だ。

 

儀式の呪いによるもの、吸血鬼に代表されるアンデットによるもの、死後怨念や術によるもの、そして『ダークリング』の影響を受けたもの。

 

グウィンは説く。

 

真に聖なる祝福を授かった、祈りによる解呪方法。

 

時間は掛かるが邪心や打算を持たぬ、純然たる祈りの力でダークリングの呪いを解く事は可能である。

 

または呪力を吸収する、身代わりを用意する方法。

 

ダークリングの呪いをその品に代替えさせ、呪いを逸らせるやり方だ。

 

呪いの度合いと品にもよるが、効果は有るだろう。

 

嘗ての『解呪石』がそうであった様に。

 

だが、どちらも叶わぬ場合が存在する。

 

寒村や集落に住まう、大多数の村人達。

 

彼等にはその様な知識や技術、環境にも事欠くだろう。

 

「その場合、可能な限り日の当たる場所で生活を続ける事だ」

 

「日の当たる場所で?……それでは放置と何も変わらないのでは?」

 

 グウィンの言に灰は返す。

 

「厳密に言えば、僕の熾した『二度目の火』は本来『ダークリング』の呪いをも消し去る力をも与えたんだ。余程の強い呪力や闇の濃い環境でない限り、基本的に放置でも問題ないのさ。だが、例外的にロスリックに代表される土地、或いは近隣周辺はダークリングの呪いが強く作用する。可能な限り其処から離れた場所、又は君達一般に行使される聖なる領域で療養させれば、早い段階で呪いを解く事が出来るだろうね」

 

 黒い鳥が説明を補完してくれた。

 

会話の途中でとんでもない言葉(二度目の火を熾したのは黒い鳥の神)を耳にしたが神の起こす所業だ、一々驚いてはいられない。

 

「だが最も確実な方法は、矢張り……『篝火』を於いて他にはあるまいよ。それも『完全な篝火』をな」

 

「『完全な篝火』?」

 

『完全な篝火』という単語に反応する灰の剣士。

 

「左様……。お主が現在行使している『不完全な篝火』では、解呪は厳しい。『螺旋の剣』『不死の遺骨』『樫の木材』『強い聖性を秘めたソウル、又は、太陽(火)に連なるソウル』等が必須となるだろう」

 

 グウィンが必要な材料を提示する。

 

また篝火は、燃料となるソウルからも大きく影響を受け、その特性が左右される。

 

「もう一人の火の無い灰『闇の王』が熾す『深みの篝火』……あれは『死の呪い』を助長させる効果があるのだよ」

 

「……っ?!『闇の王』……!」

 

 灰は思い出していた。

 

今にも消えゆく『最初の火』を目前に、あの男と死闘を繰り広げた過去を――。

 

辛くも勝利を収め、灰は()()()()目的を達成し、あの時代に終止符を打った。

 

しかし、火の消えたあの世界で『闇の王』は蘇生を果たし、部下を引き連れ『火継ぎの祭祀場』を襲撃――。

 

僅かに残った住民達を手に掛け、ソウルと残り火を奪った。

 

犠牲者には『アンドレイ』も含まれていた。

 

彼は秘かに闇の王からの依頼で、黒い螺旋の剣『深みの螺旋剣』を造り上げていたのである。

 

灰自身はアンドレイから聞かされたのみで、現物を実際目にした訳ではない。

 

しかし()()がどの様な効果と役割を果たすのかは、ある程度は想像が付いた。

 

矢張り『闇の王』は秘かに暗躍していたのだ。

 

そして四方世界の何処かで『深みの篝火』を熾し、望みを叶え様としているのだろう。

 

「分かった、礼を言う」

 

「……それで良いのだな?小僧」

 

 灰は頷き”それでいい”という意思を送る。

 

「……そうか。ならば、これ以上の長居は無用だ」

 

 グウィンは篝火から螺旋の剣を抜き取り、事もあろうか灰の剣士に手渡した。

 

「――っ!?ちょ…待たれよ!これは一体っ……?!」

 

 その行動には彼も驚き、戸惑いを見せた。

 

アンドレイに頼んで、螺旋の剣を復活させようとしている最中、アッサリと手に入れる機会が訪れてしまったのである。

 

これでは何の為に、螺旋の剣を復活させようとしているのか分からなくなる。

 

「……有って困るものではあるまい?今後の転移先としても、完全な『篝火』を熾すにも使えよう。儂が此処へ訪れたのは、これを渡すのも理由の一つが故な」

 

 確かに螺旋の剣が複数あれば転移先の選択肢がその分増し、今後の助けにはなるだろう。

 

「受け取れ……”勇者”よ……!」

 

「……グウィン……」

 

 震える手で火の消えた螺旋の剣を受け取った。

 

「今のは…グレーゾーンだよ!」

 

「ふっ、これは失礼した。今を於いて機会が無かった故な」

 

 幻想の神に窘められ、グウィンは静かに詫びた。

 

「……この勝負……、お主の勝ちだ!」

 

「――お、おい、グウィン?」

 

 その言葉を最後に太陽の光の神『グウィン』は、光に包まれこの世界から去った。

 

”汝に火の導きがあらん事を”消える間際、そんな言葉を残して……。

 

「……行ってしまった……言うだけ言って……。私は結局『賽振らせる者』なのか違うのか、どうなったんだ?」

 

「現状維持ですよ、灰の剣士様」

 

 疑念を浮かべ腑に落ちない彼に、地母神が答えた。

 

「それじゃあ、アタシ達もそろそろ行きましょう」

 

「お前の活躍で精々、我々を楽しませる事だ『灰の剣士』よ」

 

 幻想と真実も元の世界へと帰還する準備に移り、他の神々も追従する体勢に移る。

 

「……いいだろう、存分に楽しませてやる。だが全てが、貴方の思い通りになるとは思わない事だ!真実の神よ!!」

 

 それに応えた灰は、真実の神に言葉を投げ掛けた。

 

その言葉に真実の神は歪んだ笑みを灰に返し、この世界から去った。

 

釣られて他の神々も、次々と追従し姿を消す。

 

残ったのは地母神と至高神、そして黒い鳥の神の三柱だけとなった。

 

「……まだ何か、私に?」

 

 疑問符を浮かべる灰に地母神が話し掛けようとした矢先、至高神が割り込んだ。

 

「……貴方の救いを必要としている者が居ます。その人をどうか……お救い下さいまし……!」

 

 仮にも神である彼女が深々と一礼で頭を下げ、灰に懇願した。

 

その様子に灰自身も困惑し、どう対応すべきか戸惑っている。

 

「ちょ、ちょっと?なに勝手に割り込んでヒロイン面してるんですか?この万年男日照り!」

 

 地母神も割って入り至高神に抗議しながら、灰に懇願した。

 

「――あの子の事、くれぐれも宜しくお願いしますね、灰の剣士様!」

 

 ん……?あの子?

 

誰の事を指しているのか直ぐには思い浮かばず、灰は首を傾げた。

 

「貴方こそ大した用事も無いのに、つまらない理由で残って。このムッツリ処女!」

 

 周囲の面々が唖然とする中、二柱の女神が争いを繰り広げるのも構わず、黒い鳥の神が灰にある言葉を告げる。

 

「君の背負う役割りは、君が考えてる以上に重い。君はこの物語りを完成させなければならない。……だがもしも…君が途中で死に、失敗するようであれば――」

 

 黒い鳥の含みのある言葉――。

 

その言葉に灰は、無言で見据え、備えた。

 

 

 

俺が動く

 

 

 

正確には彼の携えし駒が、若しくはこの神自身が、四方世界に引導を渡すのだろう。

 

文字通り何もかも焼き尽くし、世界に終局を(もたら)す。

 

「それを良しとせぬであれば、使命を果たした上で生き残る事だ。……それ程に迄にイレギュラーでもあり重要な存在なのさ、君はね」

 

「……ダークゴブリンを創ったのは、貴方だな!」

 

 黒い鳥の言葉にも臆する事なく、灰は薄々感じ取っていた疑問を彼にぶつけた。

 

「……ご想像にお任せするよ『灰の剣士』君。君の活躍、期待している!……さぁ帰るよ君達ぃ、休憩時間が終わってしまう!」

 

 はぐらかす黒い鳥は口論を続ける女神達に声を掛け、帰還の旨を伝えた。

 

「さらばだ。灰の剣士君にお嬢さん方!」

 

 一声掛け、彼は軽く羽ばたいた。

 

一瞬で周囲に豪炎と熱風が吹き荒れ、それらが治まった頃には、『最初の火の炉』を模した領域は跡形も無く消え去っていた。

 

火の陰りを再現したかのような暗い空は元通り淡い青を基調とした美しい色彩を取り戻し、冷たく澱んだ空気は優しい微風となって彼等を撫でる。

 

周囲を囲っていた鋼鉄の巨人の残骸も消え去り、塵灰と血溜まりの地面は美しい草原と草花に覆われ、魔術師の世界は元の美しい姿を取り戻した。

 

この世界を騒がせた神々は完全にこの世界から去り、一連の騒動は幕を降ろしたのである。

 

「……行っちまったね。神様達……」

 

「次から次へと人使いの荒い、全く難儀な神様連中だ」

 

 灰に寄り添う孤電の術士に彼は、美しい空を見上げ続けていた。

 

 

 

 

 

――貴方の想い、確かに受け取ったぞ。グウィン、いや、太陽の光の神よ!

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

「そう言えば、知識神様には直接会えたのか?」

 

 屋敷に戻る道中、灰は孤電の術士に訊ねた。

 

「う~ん……、一応会えたんだけどね……」

 

 何とも歯切れの悪い言葉で返した。

 

グウィンとの戦いの後、灰は意識を失っていた。

 

その合間に彼女は、信仰の対象である知識神との邂逅を許された訳だが、いざ目の前にするとどう振舞うべきか惑う一方だった。

 

聞きたい事、解き明かしたい謎、更なる知識の開口、山程ある質疑の数々、この機会を逃せば次は無いだろう。

 

だが結局彼女は、それ等を投げ掛ける事なく、深い一礼と敬意を示しただけに留まったのだ。

 

知識神は確かに知識を授ける神。

 

しかしその教義はあくまで自ら解き明かし可能性を広げ、智と探求を推し進めてゆく。

 

それが新たな可能性と領域を広げ、やがて巡りに巡り真理へと辿り着く。

 

その神は知識のみを無駄に授けるのではなく、自ら切っ掛けを掴み学び研鑽を重ねる事を良きとする。

 

それが知識神の教義なのである。

 

結果的に知識神と直接対面しただけであったが、彼女にとってはそれだけで満たされたのだった。

 

「それにしても、貴公は本当に多くの女人を引き付けるのだな。女神様まで引き寄せるとは……」

 

 隣からカルラが横槍を入れて来た。

 

「困惑しただけだ。地母神様はともかく至高神様とは殆ど関りが無いしな」

 

 四方世界には自分を必要としている人物がいるらしい。

 

至高神から告げられた言葉だ。

 

――剣を振るう事しか能の無い私に、何が出来るというのか?……それに地母神様の言っていた、()()()とは彼女(神殿の少女)の事だろうか。

 

二柱の女神から託された人物に思案を張り巡らせる。

 

そうこうしている内に屋敷へと到着し、一行は暫しの休養を取った。

 

屋敷では珍しくロスリック王子本人が紅茶を淹れ、彼等に振舞ってくれた。

 

彼にこんな一面があったとは。

 

いや、生者となり健康体となったが故に、彼はこうも活き活きとしているのだろうか。

 

若しくは此処に居ない兄を思うが故に、あえて気丈に振舞っているのか。

 

「王子。もし兄王子ローリアンに剣を届けた後、其処からどうすれば良いのだ?ローリアン本人にこの世界へと渡る技術があるかは疑問なのだが?」

 

 一通り茶を嗜んだ後、灰は訪ねる。

 

「あの剣を渡してくれるだけでいい。魔力が消失しても、私の託した想いとメッセージが込められているからね。兄上にそれさえ伝われば、一安心だ」

 

 黒いフードから顔を覗かせながら、王子は更に茶を啜った。

 

「承知した、先ずはローリアンの所在を突き止めないとな」

 

「ぐれぐれも、宜しく頼む」

 

 程無くして扉のノックする音が聞こえ、カルラが幾つかの書物を抱え入室して来た。

 

それらは、灰が嘗て火継ぎの世界で入手した書物だった。

 

「貴公は神殿の世話になっているのだろう?ならこれらを持って行くと良い。恩返しにはなるだろう」

 

 カリムの点字聖書を始めとした数々の書物だ。

 

点字は四方世界の文字に翻訳され、直ぐに読めるよう配慮が成されている。

 

ただ中には、深みの点字聖書やロンドール関連の物も含まれていた。

 

流石に邪教紛いの書物を神殿に持って行く事には些かの抵抗感を覚えたがカルラが曰くには、深みの特性を知る事で今後の対策を講じる役には立つだろう、との事だった。

 

確かに深みやロンドールに対して無知では、万が一の対策に雲泥の差が生じる。

 

これ等は非常に心有る人物に開示する事が、推奨されるだろう。

 

――司祭長様が統括するあの神殿なら、まず間違いはあるまい。

 

「何から何までスマンなカルラ」

 

「この位はさせてくれ。いつか貴公に充分な恩を返したかったのでな」

 

 礼を言う灰に彼女も返す。

 

その表情は、満更でもない様にも見て取れた。

 

「……」

 

 灰の隣に座る孤電の術士は、何故か不満顔で彼との距離を詰め位置をズラすが、カルラは気にした様子は見せなかった。

 

そうしている間にも時間は経過し、コルニクスから時間が来た事を告げられた。

 

そう、灰本人の肉体は冒険者用の宿に泊まった状態のままだ。

 

此処に居る彼は、霊体でしかないのだ。

 

何時までも此処に留まる訳にはいかない。

 

だが時間が訪れるまで、まだ多少の猶予はある。

 

灰が呼び出された地点まで一行は移動し、孤電の術士が『暗黒の塔』で彼に託した杖の使い方を教えてくれる事になった。

 

「丁度良い機会だから、あの杖の使い方を伝授しよう」

 

「この杖だな?」

 

 彼女から譲り受けた『孤電の杖』を懐から取り出す。

 

この杖には特殊な水晶が取り付けられ、他の杖にはない特徴がある。

 

「この予備の杖で…先ずは見てくれ給えよ、先輩お願いします」

 

 孤電の術士が自分用の同じ杖を取り出し、地面に突き刺しカルラに合図を送った。

 

「心得た。……ソウルの槍!」

 

 カルラの杖先から大型のソウルで形成された槍が射出され、その槍の弾丸は孤電の術士が設置した杖の水晶に吸い込まれてしまった。

 

「――えぇっ?何だ、今のは?!」

 

 その様子に灰も驚き、目を見開かんばかりだ。

 

『ソウルの槍』、強力なソウルの魔術で使用者の力量次第では大型の敵をも一撃で葬り去る、強力な魔術だ。

 

「ヒュウっ!流石は先輩!」

 

 吸い込まれた水晶に視線を移しながら、孤電の術士は杖を手に取った。

 

彼女は説明する。

 

孤電の杖は、水晶にあらゆる魔術や奇跡を内包しておく事が可能だ。

 

「そして更に……」

 

 彼女が杖先を虚空に向けある言葉を発す。

 

「リベロ《解放》!」

 

 真言魔法にも使われる真に力のある言葉を紡ぎ、先程内包したソウルの槍が杖先から投射された。

 

「お、おおぉっ……!」

 

「どうかな、剣士君?」

 

 驚く灰に得意気な顔で、説明を続ける孤電の術士。

 

杖先に魔術を封じ込め、任意に発動出来る。

 

これが孤電の杖の有す特性、戦技と言ってもいいだろう。

 

「杖の効果はそれだけではないよ、貴公」

 

「あ、先輩。私が言うつもりだったのに!」

 

 抗議する孤電の術士を余所に、途中からカルラ追加で説明を加えた。

 

「見ておくといい」

 

 孤電の術師から杖を拝借し、魔術を送り込む。

 

今度は些かに時間が掛かっているようにも思える。

 

「ふぅ、流石に『ソウルの奔流』は時間を要すな……」

 

 額に汗を滲ませ、彼女は息を吐いた。

 

彼女が説明するには、呪文さえ修得していれば時間を掛ける事で、呪文を杖先に送り込む事が出来るとの事だった。

 

つまり、灰自身は『ソウルの奔流』自体は習得しているが、弱体化してしまったソウルレベルのお陰で発動条件が満たせていない。

 

今の理力ではその術が行使出来ないのである。

 

しかし、孤電の杖を使い、時間を掛け術を絞り出しながら少しづつ送り込む事で、術の行使が可能となる。

 

「さぁ、やってみるのだ」

 

 カルラに施され、灰も意識を集中させ杖先に魔力を送り込む。

 

ゆっくりと、だが確実に、徐々に術が杖先に充填されてゆく。

 

杖先の水晶が淡い蒼に輝き出した。

 

「頃合いだな、発動させてみようか」

 

 カルラの合図で、灰と彼女は同時に術を発動させた。

 

「「ソウルの奔流!」」

 

 二人の杖先から、ソウルそのものが激流となって前方に雪崩れ込んだ。

 

溢れんばかりのソウルが、空に向かって突き進む。

 

もし射線上に標的が居れば、跡形も無く消滅させるだろう。

 

嘗ての時代に存在したソウルの魔術でも、最高峰に位置付けられる高位の魔術。

 

しかし、カルラに比べて灰から射出された術は、非常に細く輝きも鈍い、明らかに見劣りするモノだった。

 

「う~ん……、大方予想はしていたけど、キミのは見劣りするね。先輩に比べて」

 

 孤電の術師からの指摘は尤もだった。

 

だが、それも仕方の無い話だ。

 

彼の本領は剣技であり、術ではない。

 

道具の助力とはいえ、こうして大呪文を行使出来た。

 

その事実が判明しただけでも、大収穫なのだから。

 

「……それにしても、驚いた。まるでスクロールを常時使えるに等しいぞ」

 

「……残念だが、その杖にも制限があるんだ」

 

 孤電の杖の特性に喜ぶ灰だったが、孤電の術士が釘を刺した。

 

どうやらこの杖、呪文を封じ込め射出する。

 

それ等一連の行為は、一日一回を厳守して欲しいとの事。

 

酷使すれば杖の水晶が持たず、杖その物が崩壊する恐れがある。

 

更に封じ込めた呪文は24時間以内射出しないと、それ以降は自然に水晶から霧散し封じ込めた意味が消失してしまうのだと言う。

 

つまり都合の良い道具は、そうそう存在しない訳だ。

 

この世界には、杖を量産する素材にも環境にも恵まれているが、四方世界にはそれ等は乏しい事も杖の使用制限に拍車をかけている。

 

「分かった。この杖、大事に使わせて貰う」

 

 灰は二人に誓う。

 

やがて、別れの時間が訪れた。

 

 

 

 

 

コルニクス、カルラ、孤電の術士、そして数人の護衛を伴ったロスリック王子が見送りに来てくれた。

 

王子は別れ際に、黒色の織物を灰に手渡した。

 

「…これは?」

 

「本来、私が成す役目を貴公に押し付けてしまうのだ。せめてもの見返りに持って行ってくれ。何かの使い道はある筈だ」

 

 祭儀長エンマと共に、灰に報いる物を探していた時に奥の物置からこれを見付け、持ち込んで来た物だ。

 

これはロスリック王子が身に付けている『祈祷のフード』と同じ布素材で織られ、魔力や呪い、毒に高い耐性を備えている。

 

神々といい嘗ての時代の住人といい、些か貰い過ぎではないかと、受け取りに少々の逡巡を抱くが無下に断るのも無粋というもの。

 

結局、王子からそれを受け取り礼を述べた。

 

程無くして準備が整い、灰の足元に魔法陣が浮かび上がる。

 

「皆、世話になった!」

 

 短くも明確な感謝の意を述べ、灰は彼等に向き直る。

 

「使命の成就を切に願う、我が弟子よ!」

 

 コルニクスが答える。

 

「兄上の事、必ずや……!」

 

 最後まで兄を気に掛けるロスリック王子。

 

「今度は実体を伴った状態で呼んであげよう。その時は共に飲もうじゃないか、貴公」

 

 カルラは次の再会を楽しみにしている様だ。

 

()にも宜しくな!剣士君!」

 

 最後に孤電の術士が締め括る。

 

彼とはゴブリンスレイヤーの事だろう。

 

もう会えないと分かっていても、彼の事は気がかりらしい。

 

灰は頷き、魔法陣が輝きを増す。

 

「また会おう、友よ!」

 

 その言葉を最後に、彼の姿は跡形も無く消え去った。

 

その後、魔法陣も消え去り、残るのは数人の人間と草原だけだった。

 

「……ふぅ、それにしても『愛』…ねぇ……」

 

「どうしたのだ?唐突に」

 

 先程まで彼が居た箇所を見つめ孤電の術士が呟き、カルラが相槌を打つ。

 

孤電の術士は神々が指摘した『愛』に考えを巡らせていた。

 

その愛について、カルラが言及する。

 

「その究極の哲学を容易く口にした輩は数多く存在したよ。……私の居た時代にもな」

 

 現在であろうと昔であろうと『愛』という言葉を口にし、多くの物語りが紡がれ歴史と時代は突き動かされてきた。

 

『愛』の名の下に――。

 

『愛』故に――。

 

『愛』の為に――。

 

 その言葉に如何ほどの価値があるのか、況してや言葉にする程に易い概念なのか――。

 

「多くの時間を生きた私でさえ分からぬよ。『愛』などは…な。神々でさえ怪しいものだ、真に理解しているのか」

 

 遠い目でカルラは嘗ての時代に、想いを馳せる。

 

あの男(灰の剣士)は、どんな思いで自分を牢獄から救い出してくれたのだろうか?

 

亡者に近付きつつあったあの男も『愛』とやらに基いて動いたのだろうか?

 

その真実を解き明かす術は彼女には無かった。

 

()()の探究も我々の役目かも知れませんよ、カルラ先輩?」

 

「ふ……、かも知れぬな」

 

 二人は顔を見合わせ微笑んだ後、踵を返す。

 

「では戻ろう、我等には我等の役割りがある」

 

「今度アイツが来た時、『夜のお相手』でもして貰いますかね!」

 

「その時は、私も混ざるからな」

 

「……先輩も好きですねぇ」

 

「こう見えても『女』…故な」

 

 そんな会話と共に二人は屋敷へと戻り、やがて姿は見えなくなった。

 

盤外の世界の一つ、通称『魔術士の世界』は元通りの平穏で美しい日常が戻った。

 

 

 

 

 

――貴方は役目を果たしました、元の世界へ帰還します――

 

 

 

 

 

……

………

 

「――っ!!」

 

 意識が急激に覚醒し、硬い簡素な寝台から起き上がる火の無い灰。

 

「……此処は……、宿…か……」

 

 見慣れた景色を見回し、現状の把握に努める。

 

「……夢……?いや、それはないな」

 

『魔術士の世界』で起こった数々の出来事。

 

 邂逅し、戦い、理解し合った――。

 

そして託された数多の想い。

 

寝台の傍らには、彼等から託された品々が無造作に積み上げられている。

 

――……随分と貰い過ぎてしまったな。

 

それ等を視界に捕らえ、全て現実であった事に確信を持った。

 

――我ながら、大きな役割りを引き受けたものだ。

 

乱雑に積み上げられた武具を見つめ、彼は寝台から身を出す。

 

「……そう言えば、今日は彼との約束が有ったな」

 

 灰は急いで身支度を始めた。

 

既に日は高く昇り、街行く人々は活気に包まれている。

 

この宿にも人は殆ど残ってはおらず皆、何かしら活動に勤しんでいる頃だろう。

 

今日はゴブリンスレイヤーと共同で、仕分け作業がある。

 

『暗黒の塔』で界渡りを果たし、孤電の術士が不在となった家の荷物を整理するという仕事だ。

 

 生真面目な彼の事だ、既に現場に到着しているだろう。

 

必要最小限の装備を纏い、盤外でグウィンから託された『ペンダント』だけは首にぶら下げておいた。

 

そして携帯食で腹を満たしながら、現場へと急行する。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

西方辺境の街外れにある小川。

 

その小川には水車が設けられ、それに寄り掛かるように建てられた古びた小屋。

 

嘗てその小屋には、高名な学士でもありアークメイジでもあった『孤電の術士』が住んでいた。

 

しかし彼女はもう居ない。

 

予てより悲願であった『盤外』に至り、別の領域に旅立ってしまったのだ。

 

彼女の旅立ちを手伝う為に同行し、その報酬として自分の小屋を託された彼は、こうして荷車を率いてその場に訪れていたのである。

 

「……ふむ、珍しいな。時間に遅れるような奴ではなかったと思うのだが……?」

 

「きっと疲れてるんだよ。かなり大変な旅だったんでしょ?」

 

 彼の幼馴染の牛飼い娘も、作業を手伝う為に同行していた。

 

そこへ一人の人物が、近付いて来た。

 

彼『ゴブリンスレイヤー』と牛飼い娘は足音に気付き、その人物に振り返る。

 

「失礼だが、この家の住人か?」

 

 近付いた人物は、不意にそう訊ねた。

 

黒色の上質な旅装束に身を包み、腰掛けの雑脳と杖を携えた若い男だった。

 

魔術師の様にも見えるが、体格はかなり芯が通っている様にも見受けられる。

 

その男の質問に、ゴブリンスレイヤーは”違う”とだけ答えた。

 

「この家の持ち主は遠くへ旅立ち、戻って来るかどうかも分からん。俺達はこの家の処遇を任され此処に居る」

 

 その言葉を聞いた男は落胆の表情を見せた。

 

「……一足遅かったか」

 

「あの~、この家の人のお知り合いか何かですか?」

 

 牛飼い娘が男に訊ねる。

 

「いや、俺は魔術の研鑽と知識を探求する者の端くれでね。此処に高名な学士が居ると聞き、学術書や魔術書を幾つか売って貰おうかと遠方から遥々やって来たのだが、無駄足になってしまった様だな」

 

 男は此処に至る経緯を簡潔にだが説明した。

 

『おぉ~~いっ、すまん!遅くなった!』

 

 三人の間に灰の剣士が遅れて現場に到着する。

 

「すまん、少し寝過ごした」

 

「問題ない、これから始める所だ」

 

「おはよう、剣士クン!」

 

 彼等は其々挨拶を交わし、灰は傍に佇む若い男に気が付いた。

 

「ああ、アイツを訪ねて来たらしいが、行き違いになってしまってな」

 

 ゴブリンスレイヤーが大まかに説明するが、灰はその男に視線を向けたまま動こうともしなかった。

 

「……ん?……お前……何処かで……?」

 

 男も反応し、灰の剣士へと視線を返す。

 

 

 

 

 

「……ヴィンハイムの……オーベック……?!」

 

 

 

 

 

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ペンダント

 

 何の効果も無いの品。

 だが、辛い旅には思い出が必要なのだ。

 

 大王グウィンが灰の剣士に授けた物。

 嘗て『北の不死院』にて贈られた。

 

 しかし旅を続ける内に摩耗し擦り減った心の中で、何処かへと消失してしまう。

 

 最早世界に干渉する事も叶わず、想い続けた一人の愛娘。

 

 世界が終わり時代が移り変わろうとも、交わした遠い約束を信じ続ける娘。

 

 ペンダントに託された、愚かしくも優しき一人の父の想い。

 

 家族の繋がり、育まれた愛情。

 

 思い出が必要なのだ。

 

 人も神も等しく。

 

 

 

 

 

 




 なるにぃ様の考察動画を基に、自分流に独自介錯を加え練り上げたお話です。
まぁ、ダクソは人の数だけ考察が存在すると思いますので、軽ぅく受け流しておいて下さい。
(本気にされても私自身にわか知識も多分に含んでおりますので、対応に困る部分が御座います)( ̄ω ̄;)

最後にオーベックさん登場しました。
彼には魔法関連で支援して貰うとしますかね。

次回か後2話分位でイヤーワン編が終わるかと思います。

本当に長かった……。( ̄ω ̄;)

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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