ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 ど-も投稿します。
やっと、やっとです。
この話で、イヤーワン編最終回です。
ホントに長かった。(゚ρ゚*)
ではお付き合い下さい。


第49話―廻る世界、巡る運命、一つの節目―

 

 

 

 

カリムの点字聖書

 

 上位の奇跡が記されている。

 物語の語り部に渡すことでカリムの上位奇跡を学べるようになる。

 白教では、盲人の信仰者を貴ぶ習わしがあり点字の聖書は決して珍しいものではない。

 

 四方世界の神々は認めるだろうか?

 この白教を――。

 

 四方世界の聖職者にはどう映っているのだろうか?

 白教のもたらす奇跡を――。

 

 

 

ロスリックの点字聖書

 

 ロスリックの点字聖書。

 騎士のための奇跡が記されている。

 

 物語の語り部に渡すことで

 ロスリックの奇跡を学べるようになる。

 

 ロスリック城内の聖騎士たちは

 加護の元、決して倒れなかったという。

 

 密かに伝わる古の奇跡。

 表立って認知される事の無いこれ等の奇跡は、寧ろ裏に潜む者達に愛され続け

 今もひっそりと受け継がれている。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 西方辺境に位置する地母神の神殿。

 

今日も今日とて様々な目的で多くの人々が来訪し、神殿内は厳かにも活気に包まれていた。

 

その神殿内に数人の女性が何やら会話に興じている。

 

その内の4人は平服に身を包み、外での活動に適した服装だ。

 

後の3人は神殿内の服装を纏い、信徒である事を示している。

 

「今迄本当にお世話になりました、神官長様!」

 

 平服の一人が、神官を束ねる神官長に挨拶を交わす。

 

セミロングの茶髪に、引き締まりつつも女性らしい肉感的な身体の少女だ。

 

「お怪我は完全に癒えたようで、何よりです。……しかし本当に冒険者として復帰するお積りですか?貴方達は…その…小鬼達に……」

 

 神官長は傷が癒えた事に喜びつつも、彼女達が冒険者として復帰する事には憂いを感じていた。

 

それも無理からぬ事。

 

彼女達は遺跡のゴブリン退治に失敗し、虜囚となっていたのである。

 

そして彼女達は魅惑的な若い女。

 

後は語らずとも、理解出来よう。

(約一名は、まだ幼い為、酷い怪我を負わされたとしか理解出来てなかったが)

 

「お気遣い、感謝に絶えません。……しかし、だからこそ、私達に出来る事が有ると思うんです!」

 

 平服の少女は決意に満ちた表情で応える。

 

ゴブリンに散々嬲られた自分達だからこそ、その恐ろしさを身を以て知る事が出来た。

 

小鬼=()()()()()()、その認識を改める転機にもなった訳だ。

 

このまま神殿や故郷に引き籠る事は簡単だ。

 

しかし、今後も小鬼の脅威に晒され被害を被る人々は、続出するだろう。

 

なら自分達の経験や知識が少しでも、力無き人々の為に生かせるのなら――。

 

そんな想いが彼女を突き動かしたのである。

 

「お姉さん達の心意気すごく立派だと思うけど、無理しちゃ駄目だよ?」

 

 流れる様な波打った黒髪と褐色の肌を持つ快活な少女が、彼女達を心配する。

 

その肌は、まるで葡萄の様な褐色をしていた。

 

エメラルドグリーンの瞳を持つ彼女は、恐らく異国出身者だろう。

 

「有難う。でも私達、決めたの。少しでも犠牲者を減らしたいって――」

 

 神殿の保護を受けた彼女達は、この太陽の様な快活な少女にも随分励まされた。

 

傷もかなり癒えた頃、何時までもこのままではいかず、今後の身の振り方を考え皆で話し合う事にした。

 

一応一党の頭目でもある彼女は、迷いや恐れもあったものの、自分達を救出してくれた()()()()()の言葉が深く心に刻まれていたのである。

 

ただ彼女以外の三人は、それ程心意気がある訳ではなく、やや流されるがままといった傾向が否めない。

 

そう遠くない未来、自分以外のメンバーはこの一党から去り、自分達の人生を歩むであろう。

 

だがそうだとしても、彼女達を責める事は出来ない。

 

自分達の道は自分達で決める――。

 

それが()()()という事なのだから。

 

「貴方にも随分、支えて貰ったわね。本当に有難う。幼いのに立派だわ。素晴らしい神官になって、皆を支えてあげてね」

 

 褐色少女の隣に居た、最も幼い侍祭の少女にも感謝を述べる。

 

まだ十歳残後の彼女だが最近、奇跡を発現させ『神官見習い』として日夜精力的に活動していた。

 

「はい!お姉さん達にも、いと深き地母神様の御加護が有らん事を!」

 

 侍祭の少女は短い祈りを捧げ、彼女達の無事を祈願した。

 

その祈りを受け、彼女達は僅かに微笑んだ。

 

「ふふ…。それにしても罪な男よね、()()()()

 

「…ん?あの人って誰の事ですか?」

 

 キョトンとしながら少女が訪ねる。

 

「こんな可愛い子を放ったらかしにしておいて……ちょっと小言ものね」

 

 少女の質問をはぐらかしつつ遠回しにあの男について言及するが、彼女がその真意を理解するにはまだ幼過ぎた。

 

「会えたら、ちゃんと言っておいてあげるわね。『寂しい思いをさせるんじゃない!』ってね」

 

「――?!え、えぇっと…それは…その……」

 

 今の言葉で少女も察した様だ。

 

()()()とは誰の事なのかを――。

 

少女は顔を紅潮させ俯いてしまった。

 

「全く本当よね!あの人、女の子を直ぐに泣かす癖があるみたいだし、わたしからも注意しておいてやろうかな!」

 

 褐色の少女も釣られて発言した。

 

女の子を直ぐに泣かすとは全く以て言語道断である、『ロイド裁判』にて『空上の刑』に処す必要があるだろう。

 

「そろそろ行くわ。司祭長様にも改めて礼を言っておいてね!……今迄本当に有難う!」

 

 いよいよ彼女達は神殿を去り、冒険者として再出発する道を歩み出した。

 

「道中お気を付けて、貴方達に地母神様の恵みを」

 

 神官長が深い祈りを捧げ、彼女達を見送った。

 

神殿を出てその脚で冒険者用の武器工房に向かう道中、頭目の彼女はもう一度他のメンバー達に確認を取った。

 

「……本当にいいのね?これから行く道は決して平坦な道ではないわ、今ならまだ引き返せるわよ?」

 

「そうね……。遅かれ早かれ自分の道を歩むかも知れないけど、今はまだよ。私達は私達で自分の区切りを付けるわ。その時まではこの一党に居させて!」

 

 頭目の少女に比べれば確かに彼女程の決意は強くない。

 

幾分の迷いもあるだろう。

 

しかし、頭目の少女はそれを咎める事も無く、”分かった”と微笑み彼女達の望みを受け入れた。

 

これから先、東西南北の地域を縦横無尽と駆け巡り、小鬼退治を中心的に依頼を遂行してゆく。

 

そして得た知識や経験を力無き人々に分け与え、後に人々からこう呼ばれる事となる。

 

 

 

小鬼を片付ける者――。

 

 

 

 

 

―― ゴブリンスイーパー ――。

 

 

 

 

 

「じゃあ、装備を整えましょうか!先ずは西方辺境を中心に動くわよ!」

 

 彼女達の足取りは力強かった。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 辺境外れの小屋で作業に従事する数人の若者。

 

傍で流れる小川は、清流をなびかせ何時果てるともない水音は、生命の活動を息吹く。

 

「そうか貴方は結局、ロンドールの刺客によって……」

 

「ああ、『大書庫』で書物を回覧していた最中、不意打ちで……な」

 

 灰の剣士と一人の若き魔術師『ヴィンハイムのオーベック』は作業の手を動かしながら言葉を交わしていた。

 

この小屋本来の主『孤電の術士』がこの世界を去り、残された小屋の処遇の為こうして物品の選別に勤しんでいる訳だ。

 

本来、客人であるオーベックが、この仕分け作業に従事する必要は全くない。

 

オーベックと灰がこうして再開し会話もそこそこに交わしていた時、ゴブリンスレイヤーから一つの案が提示されたのである。

 

”あの女の代わりに住んでみてはどうだ?”と――。

 

ゴブリンスレイヤーにとって孤電の術士の知識や道具は非常に有用だった。

 

正直に言えば、今後も力になって貰いたかったのだが、彼女には彼女の人生がある。

 

聞けばこのオーベックという男、かなり腕の良い魔術師らしい。

 

しかも灰の剣士と同じ側の住人とあれば、所有する知識と言い魔術の腕と言い、これからの助けになるのではないか?

 

オーベック自身、将来は王都に在る『賢者の学園』に入学する事を希望している。

 

彼自身の予定としては、孤電の術士から様々な書物を購入した後、この街で暫く落ち着く事を考えていたらしい。

 

ならこれは、僥倖とも言えよう。

 

彼にはこの家に住んでもらい、小鬼退治に協力して貰う事を条件とする。

 

更に彼女が残した書物を優先的にオーベックに譲れば、結果的に作業の負担も減り此方側の利点も多い。

 

オーベックにとっては望んだ知識と住処が手に入り、ゴブリンスレイヤーにとっては小鬼退治に有用な知識と道具を提供して貰う。

 

後はオーベックがこの取引に応じるかどうかが肝となっていたが、それは杞憂だった。

 

以外にも彼はあっさりと取引きに応じ、こうして仕分け作業を手助けしてくれている訳だ。

 

まぁ、道具や知識の提供には幾許かの資金や魔道具となる素材を要求されるのは、世の常なのだが。

 

取り引きの応じる際、彼にこう言われてしまった。

 

「…まあ、よかろう。確かに、俺は魔術師…協力する事は出来る。だがな…英雄気取りで、当然に無償の奉仕を要求する…お前は、そんな男ではないのだろう?だったら、此方も条件を提示する。俺がお前に協力する替わりに、お前は俺の頼みを受け入れる」

 

「……俺に出来る事なら――」

 

「まさか”スクロールを持って来い”なんて言うなよ?」

 

 オーベックの案に承諾するゴブリンスレイヤーと釘を刺す灰の剣士。

 

「ふっ…当たり前だ。この世界の知識なら、小屋にある書物で大半は賄える。そうだな……王都の学園に行くにも、資金が必要になる。小鬼退治に有用な道具となれば、作成に必要な素材の調達を頼む事にもなるだろうな。……後は、学園の入学に必要な紹介状だが……」

 

「紹介状に関しては私に任せてくれ、アテがある」

 

 オーベックには学園に縁のある人物との交流が無く、入学に必須となる紹介状の入手が唯一の懸念材料となっていたが、灰の剣士が協力してくれる事になった。

 

「冒険者ギルドには学園出身者も多く在籍している。彼等と繋がる事で入手は可能となるだろう」

 

「ほぅ、そいつは有難い。機を見計らい、俺もギルドへ顔を出すとしよう」

 

「交渉成立だな。俺はゴブリンスレイヤー、宜しく頼む」

 

「俺はヴィンハイムのオーベック。ゴブリンスレイヤー、お前は愚かではない、取引の重みは知っていよう。宜しく頼むぜ!」

 

 こうして交渉が成立した訳だが、オーベックの言葉に彼は奇妙な違和感を感じていた。

 

オーベックはこう言った”お前は愚かではない”と。

 

今の今迄”お前は力も知識も無い”だの”雑魚狩り専門””小鬼ばかりで稼ぐ卑怯者”だの、あらゆる罵詈雑言が彼浴びせられて来た訳だが、彼に至っては自分を”愚かではない”とある種認めてくれていた。

 

正直、今の自分を認め協力してくれる人物は、乏しかった。

 

精々が、今傍に居る牛飼い娘、ギルドの受付嬢、旅立った孤電の術士、何かと協力してくれる灰の剣士、そして今は亡き我が姉――。

 

いや『先生』も自分を歪んだ形ではあったが認めてくれた、数少ない恩人だろう。

 

まさかこの様な形で、自分を認めてくれる人物が現れようとは――。

 

――あれ?彼の動き、ちょっと速くなった?

 

作業を手伝う牛飼い娘だけは、彼の細やかな変化を見抜いていた。

 

 

 

大方の作業を終え、彼等は小屋にて遅めの昼食に有り付いていた。

 

牛飼い娘が丹念に作ってくれたサンドイッチだ。

 

「済まんな、お嬢さん。俺に迄、分けて頂けるとは」

 

 オーベックが穏やかな表情で感謝の意を示す。

 

「いえいえ、どう致しまして。多めに作ったから一杯召し上がって下さい」

 

 彼にとっては新鮮な体験だった。

 

あの時代、彼はヴィンハイムの生徒ではあったが、その本業は金で汚れ仕事を請け負う『暗殺者』だった。

 

紆余曲折を得て彼は結局、学園を追放され独り孤独に生きてきた。

 

だがこの世界で『生者』として生まれ変わりもう一度、魔術師としての真っ当な道を歩める機会が訪れたのだ。

 

この生命溢れる世界で、赤の他人から優しさを分けて貰っている。

 

何時しか彼が忘れ去ってしまった、人々の当り前の温もり。

 

――悪くないぜ……こういうの……。

 

パンに挟まれたハムとレタスをゆっくりと噛み締めながら、彼はこの四方世界の有難みを堪能した。

 

 

 

 

 

仕分けも終わり日が傾き始める頃ゴブリンスレイヤーと灰の剣士は、オーベックから或る道具を紹介されていた。

 

「……只の石ころに見えるが?」

 

 それを手にしたゴブリンスレイヤーは、その石ころに目をやり、呟く。

 

「的にぶつけてみろ」

 

「……」

 

 言われるままに彼は投射を開始した。

 

粗雑に積み上げられた雑芥を的に見立て、石ころは狙い過たずに命中する。

 

するとどうだろう。

 

的に接触したと同時に石ころは、パァン、と破裂音と共に雑芥の的諸共、砕け散ってしまった。

 

「――何だこれはっ?!」

「――うわっ破裂しちゃった…!」

 

 その様子にゴブリンスレイヤーと牛飼い娘は驚きの声を上げる。

 

破裂(ガンビット)の真言魔法」

 

 オーベックが『石ころ』に込めた真言魔法である。

 

…ルーメン《光》、…オッフェーロ《付与》、…インフラマラエ《点火》。

 

対象物に、魔力を込め衝撃と共に爆発させる呪文である。

 

上手く使えば、只の石ころが恐るべき爆弾へと変貌する。

 

しかし、その効果時間は短く精々が、10分程度だろう。

 

「10分では現場に着く頃には既に……」

 

 効果時間について灰が言及した。

 

確かに出発前に呪文を込めたとしても、余りに短い効果持続時間では現場に着く頃には只の石ころに戻ってしまう。

 

オーベック自身が同行してくれれば問題は解消されるだろうが、生憎彼は冒険者ではない。

 

「まぁ、案ずるな。俺に考えがある」

 

 オーベックは懐から一つの道具を取り出した。

 

それは一見する石ころに見えるが、所々に光る粉末が混在していた。

 

「お前達『魂石』は知っているか?」

 

「魂石?」

 

 ゴブリンスレイヤーは首を傾げていたが、灰は頷いた。

 

以前遺跡にて入手したのも魂石だった。

 

その特性も孤電の術士から聞き、魔力だけでなくソウルの器としても機能する事が判明している。

 

オーベックは曰く。

 

破裂の魔法を『魂石』に直接込めれば長時間効果を保つ事が出来るが、一度爆発してしまえば当然『魂石』も砕け散り使い物にならなくなる。

 

加えて魂石は、極小でも金貨一枚に相当する値段だ。

 

比較的数が揃えられると言っても、石ころに比べ遥かに貴重品であり需要が高いのも事実。

 

一々投擲し、消耗していたのでは直ぐに資源が枯渇してしまうだろう事は、想像に難くない。

 

「そこで俺が考案したのが()()()

 

 彼の手元にある粉末の混じった石ころの様な物。

 

魂石を砕き粉末状にした物を、粘土に練り込ませ素焼きにした物だった。

 

効果持続時間は数日分だが、現場に着く迄には充分だろう。

 

加えて魂石の消耗を抑えられる上に、主原料が粘土なら比較的容易に調達が可能で費用も安く済む。

 

「素材と資金を提供してくれれば、作成は容易だ」

 

「粘土は兎も角、魂石はどうやって調達すればいい?」

 

 ゴブリンスレイヤーには魂石に関する知識に疎い。

 

入手経路が判明しなければ、難易度は飛躍的上昇してしまう。

 

「本来なら、遺跡なんかに籠もる妖術師や邪教徒から分捕るのが手っ取り早いが……小鬼なんかも案外所持しているもんだぜ」

 

「ゴブリン……だと?」

 

 ゴブリンという単語に矢張り食い付いたゴブリンスレイヤー。

 

「そう、ゴブリンだ。奴等のトーテムやシャーマンの杖なんかを丹念に調べると良い。奴等、どういう訳か魂石の効果を理解していやがるのか所持している事も多い」

 

 ゴブリンの上位種、特に呪文使いのシャーマンやマジシャン等は魔力を行使する為の杖に、魂石を取り付けている事が多々あるというのだ。

 

加えて自己顕示や威嚇の為に、トーテムにも使用されている事が有るという。

 

「そいつは初耳だった。今度調べてみるとしよう」

 

 新たな情報を得たゴブリンスレイヤーは、小鬼退治に一層意気込みを見せる。

 

「俺も道中、小鬼共に何度か襲われてな。奴等を倒した時、偶然見付けたのさ」

 

 オーベックは冒険者ではないが小鬼を駆逐するだけの力量は有している。

 

総合力では、孤電の術師にも勝るとも劣らないだろう。

 

「書物と住処を提供してくれた礼だ、これはお前にやる!」

 

 袋に入った幾つかの破裂の魔法入りの石弾をゴブリンスレイヤーに渡した。

 

名を『破裂石弾』とでも呼ぶ事にしよう。

 

「持続時間は約3日だ、それまでに使え」

 

「分かった、有難く使わせて貰おう」

 

 有用な道具を得たゴブリンスレイヤーは直ぐにでも試してみたい気持ちに駆られるが、そうはいかない。

 

仕分けした書物や荷物を、冒険者ギルドや自分の納屋に片付ける作業が残っている。

 

それ等を疎かには出来ない。

 

そうこうしている内に、日は更に傾き空は朱に染まりつつあった。

 

「では、俺達は帰る」

「剣士君、オーベックさん、またねぇ!」

 

 二人は荷台を引き牧場へと帰路に就いた。

 

先に必要な道具を納屋へ納め、明日にでもギルドへ残りを寄付する予定だろう。

 

彼等の背中を見送り残された二人は、取り敢えず小屋へと戻った。

 

 

 

「……それにしても随分変わったな、お前」

 

 荷物も片付き小奇麗となった小屋は、男二人が過ごすにも充分な空間を確保していた。

 

まだ仕上げの掃除は済んでいない為やや誇りが舞い散っていたが、それは些細な問題でしかない。

 

両者は空いた椅子に腰かけ、過去の話に耽る。

 

「当時の私の肉体は、既に亡者と化し精神も限界近くまで喪失していたからな。これが本来の自分だと自負している」

 

 灰も現状を語る。

 

北の不死院に幽閉される以前の人格がどうだったかは、詳細を思い出す事は出来ない。

 

正直、不死人としての時期が長過ぎたのだ、無理も無いだろう。

 

若しかしたら不死人以前の自分はもっと粗暴な人格を有していた可能性もあるが、それも意味の無い事だ。

 

「冒険者ギルドに在る武器工房にも顔を出すといい。『アンドレイ』も居る」

 

「――?!何だって?あの爺さんも、この世界に……!ハッハッハ、コイツはたまげた」

 

 まさか知っている人物が近くに居ようとは――。

 

オーベックは、静かな笑いを見せた。

 

「色々な書物が手に入った事だしな、前の住人(孤電の術士)には感謝の念を禁じ得ん。明日は更なる整理整頓といくか。……お前さんは、この後予定はあるのか?」

 

 今後の予定について訊ねたオーベック。

 

「これから武器工房に寄って色々報告、それが終われば地母神の神殿に立ち寄り、届ける物もあるのでな」

 

「ふっ…、こっちの世界でも忙しいのだな、お前は」

 

 魔術士の世界で入手した様々なアイテムの数々――。

 

特に『螺旋の剣』については、アンドレイに報告する義務があるだろう。

 

加えて闇術師カルラから授かった、翻訳済みの聖書――。

 

冒険者ギルドに納めるよりも、聖職者達の聖域でもある神殿に託す方が適していると、彼は判断した。

 

深みやロンドール関連の書物の件もある。

 

尚更だ。

 

「今日は有意義だった、私もこれで失礼する」

 

「ああ、今度酒に付き合えよ」

 

「あまり強くなくてな。果汁水にするかも知れんぞ?」

 

「ふっ…、意外とお子様……いや、まだ十代か。更に……その顔付きからすると、東国人だな」

 

 何処と無く幼さを残した灰を見たオーベックは若干驚いている様だ。

 

「……たまに言われる。肉体年齢は、十五、六…生まれは東国…だそうな。…ではな、オーベック」

 

 そう返した灰は小屋の扉に手を掛け、その場を去った。

 

嘗て孤電の術士が住処としていた小屋は、ヴィンハイムのオーベックが引き継ぐ事となった。

 

彼は過去に想いを馳せながら、前の住人が残した書物を開き読書に耽る事にする。

 

前の世界でも、そうであった様に。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 牧場へ帰路に着く二人、夕日がすっかりと傾き辺りを朱に染める道中。

 

同期戦士達の一党とすれ違った。

 

これから冒険に行くのだろう。

 

少し見ない間に随分メンバーが増えたものだ。

 

ゴブリンスレイヤーは、そう思いながら頭目である同期戦士と目が合った。

 

彼は無言だったが、片手を振り上げ軽く挨拶を送る。

 

釣られてやや後方の少女野伏も、手を振ってくれた。

 

ゴブリンスレイヤーは荷車で両手が塞がっていた為、軽く頭だけを下げそれに応えた。

 

同期戦士達に先行して小走りする銀髪の武闘家が、”早く早く”と急かす様に彼等を先導している様だ。

 

兎の様にピョンピョン跳ねている。

 

牛飼い娘が彼に尋ねて来た。

 

”知り合い?”と。

 

彼は”ああ”とだけ答え、荷車を曳き続けた。

 

矢張りこう言う所は、相変わらずだった。

 

再び彼等と行動を共にする機会は有るだろうか?

 

今の彼には想像すら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 ギルドに併設されている武器工房。

 

そこへ向かう途中、灰は見覚えのある数人と鉢合わせをしていた。

 

「……貴公等……、怪我はもう良いのか?」

 

 数人の女性冒険者達に声を掛ける彼。

 

「……ええ……」

 

 頭目の少女は短く返す。

 

既に装備に身を整え、これからギルドへと向かうのだろう。

 

時刻は夕暮れを過ぎ、間も無く夜の帳が訪れようとしているにもだ。

 

彼女達の全身は防具に包まれ、素顔さえも覆い隠されている。

 

その出で立ちは、嘗てあの時代で出会い見慣れた、数多の不死人達を彷彿させた。

 

特に頭目の少女は、その最たる例だろう。

 

ハードレザーを主軸に構成された全身鎧、駆動部は厚手の布に覆われ運動性を確保している。

 

しかし急所を保護する重要部分は、板金や鋲が埋め込まれ防御力の向上に貢献している。

 

運動性と防御を両立させた極めて上質な防具だ。

 

確かスタデッドレザーアーマーに分類される防具だった筈だ。

 

しかしこれ等の上質な装備一式を揃えるには多額の資金を必要とする。

 

以前灰が彼女達を救出する際、遺跡の奥で見付けた財宝を彼女達の救済金として全額割り当てた。

 

予算は其処から抽出したのだろう。

 

「そうか」

 

 言葉を飾る事に意味はない。

 

どの様な経緯であれ、彼女達は自らの意志で再起する道を選択したのだ。

 

短く答えた彼は、暫し彼女達と視線を交わす。

 

素顔の窺い知れないその瞳に、互いの様相はどう映ったのだろうか。

 

それを語る事自体無意味だろう。

 

「どうか……」

 

 不意に彼女が口を開く。

 

「どうかあの子に……、寂しい思いをさせないであげて」

 

「……」

 

 敢えて誰とは明確に提示しなかったものの、誰を指しているのかは容易に想像が付いた。

 

神殿に保護され一週間前後、心身共に憔悴していた彼女達は、神殿の信徒達に励まされ支えられてきた。

 

特に幼いあの少女は、本当に良く尽くしてくれた。

 

あの少女自身は自覚していない様だが、会話の中にこの灰の剣士が飛び交っていたのである。

 

その時の表情で直ぐに察する事が出来た。

 

少女にとって彼は特別な存在だという事に。

 

時々見せる少女の寂しげな表情。

 

ああいう子は、然う然う居るものではないだろう。

 

願わくば大事に育って欲しいものだ。

 

「……そのつもりだ」

 

 実は彼自身も少し思う処があった。

 

必要最小限の関係で終わらせ、彼女が自分の事を忘れてくれればそれで良かったのかも知れない。

 

あの時代の自分なら、間違い無くそう考えていただろう。

 

しかし、現実とはままならないもの――。

 

あの少女とは最早、知らぬ仲ではなくなってしまっていた。

 

そう言えばあの魔女も言及していただろうか。

 

”もっと自分から関われ”と――。

 

正直この先、あの少女との関係がどう転ぶのかは分からない。

 

しかし、変化に怯え、避け続けるのは余りに卑怯にも思える。

 

こう見えて彼は、意外と臆病な部分を持っているのだろう。

 

「本当に良い子だから、大事にしてあげて」

 

 彼女達はそう言い残し、彼の元から去ろうとした矢先――。

 

「汝等に火の導きがあらん事を……!」

 

 去り行く彼女達に声を掛け、彼も工房へと歩き出す。

 

頭目の少女は振り向き灰の背中を暫し見つめながら、こう呟いた。

 

「……罪な人……」

 

 それ以上は何も言わず、彼女達もギルドへと脚を向けた。

 

 

 

 

 

「この捻じれた剣、オメェが修復しようとしている物と同じじゃねぇのか、アンドレイ?」

 

 工房の老爺は差し出された『螺旋剣』を一瞥し、隣のアンドレイに振った。

 

「おいおいおい……、これじゃ俺が苦労した意味が無いんじゃねぇのか?!」

 

 しかめっ面で眼前の男、灰の剣士を睨んだ。

 

螺旋の剣を復活させる為、楔石やその他の鉱石やらを集め目下修復作業に従事していた最中、突如目の前に完成品がポンと出されたのだ。

 

”今迄の苦労が徒労に終わるだろ?!”と、睨みたくもなる。

 

「申し訳ない。正直、私自身も驚いているんだ。まさか思わぬ形で入手打出来ようとはな。だが、修復作業は続行して欲しい。複数必要な場面が必ず出て來るだろう。……虫の良い都合を押し付けているのは重々承知している。だが、今頼れるのは貴方達を於いて他には居ない、頼む!」

 

「止せ止せ!男の癖に気持ちワリィ!俺はそう言う湿っぽいのはご遠慮願いてぇんだっ!この件はアンドレイに一任してあるんでな!」

 

「しょうがねぇ。どの道完成させる積りだったんだ!止めろと言われてもやるぜ、俺はなっ!」

 

 深く頭を下げる灰に、老爺もアンドレイも苦虫を噛み潰したかのような顔で応えた。

 

「ただ…修復には一つ問題が生じてな、或るモノが足りねぇ」

 

「問題?」

 

 現在修復中の『螺旋の剣』を復活させるには、足りない素材が有る様だ。

 

「色男、オメェの事だ。分かってんだろ?()()()()でのやり取りをよ――!」

 

「――知っていたのか!()()の正体をっ?!」

 

 以外にも老爺が火の時代に言及した為、灰は面食らい驚きを隠せなかった。

 

どうやらアンドレイから聞いた様だ。

 

アンドレイ程の技術力や知識を隠し切る事は至難の業だ。

 

素人や経験の浅い者を欺けても、老爺も歴とした熟練鍛冶師。

 

あれ程の技術を目の当たりにすれば当然、疑念も沸くというもの。

 

「まっ、俺のとっちゃどうだっていい!重要なのは、お前は冒険者で俺達の客だって事だ!」

 

 老爺にとっては時代や相手の素性などは関係ない。

 

彼は職人であり、客が求める者を提供し続ける。

 

それが職人としての責務と誇りだと、彼は自負していた。

 

「おっ?!流石は店主、痺れるねぇ……!」

 

「……殴るぞ!早く話を進めな、終わらねぇ!」

 

 茶化すアンドレイを嗜め”話を進めろ”と急かす老爺。

 

対して気にするでもなく話し出すアンドレイ。

 

恐らくこういうやり取りは日常茶飯事なのだろう。

 

アンドレイが語るには『ソウル』が足りないとの事だった。

 

火が陰ったあの時代、貨幣など何の意味も成さなくなり、全ての根幹を成す『ソウル』が実質の代価とも言えた。

 

つまり『螺旋の剣』を復活させるには、楔石や鉱石だけでなく膨大な『ソウル』が必要不可欠であった。

 

「本来なら『ソウルの業』で、そのままブツに送り込めればいいんだが、俺もアンタも()()()が失われてしまった。ソウルが染み付いた『誘い頭蓋』が有れば代用は効くが、ロスリックに散らばってるんじゃぁなぁ……。だが幸いな事に、『魂石』という代物がこの世界には存在すると来たもんだ。そいつを手に入れ『ソウル』を封じ込めて持って来てくれ。先ずは魂石の入手からだな、大きければ大きい程、効率が良くなるぜ!」

 

 アンドレイの要求に灰は口端を僅かに釣り上げた。

 

「少し待ってくれ、取って来る」

 

「おぅ?!既に持ってやがったか!」

 

 灰は直ぐ宿に引き返し、大きめの魂石を持って来た。

 

片手で抱かかえる位の大きさを誇る魂石は、淡い青色に彩られ『ソウル』が満たされている事を証明している。

 

討伐してきた敵のソウルが、彼自身と魂石に自動的に流れ込む所為でもある。

 

「おおっ!かなりデカい上に中身もパンパンじゃねぇか!……と、言いたい所だが、まだまだ足りねぇ!これからどんどん集めてくれ、楔石も含めてな!」

 

 今だけでもかなりの総量を誇ると思われたが、まだ修復するには満たないらしい。

 

「今ので一万ソウルは有った筈なんだがな、世の中甘くは無いか…」

 

 一万ソウル――。

 

心折れようとも歴戦の騎士に、相当する程の量だ。

 

仮に何の力も無い一般素人に、これだけのソウルを送り込めば、忽ち百戦錬磨の熟練騎士に相当する力量を得られるだろう。

 

世界征服の野望を抱きソウルを力に変換出来る者なら、あらゆる手段を行使して手に入れたがる程の量だが、これでも足りないとは――。

 

篝火の要となり、大王グウィンの武器にもなった『螺旋の剣』が想像を絶する潜在能力を秘めている事が、理解出来よう。

 

「よし!取り敢えず預かっとく、まだまだ先は長いぞ!」

 

 ソウルで満たされた魂石を受け取ったアンドレイはそれを抱え、地下工房へと降りて行った。

 

「……さて、残りはコッチの剣か……、ほぅ…随分高価そうな剣だな」

 

 布に包まれた美麗な剣『ロスリックの聖剣』を目をやり検分する老爺。

 

予め売却するのではなく、預かってほしい旨を伝えてある。

 

決してギルドを信用していない訳ではない。

 

しかしこの聖剣にしろ螺旋の剣にしろ、どちらも極めて貴重品だ。

 

あまり他の冒険者達の目に届かない所に置いておきたかったのが本音だ。

 

一見気難しく偏屈な老爺だが、強面である上、気骨に富んだ彼の方が信用が置けた、この場合は特に――。

 

「ギルドじゃなく俺等を選ぶとはな、責任を持って預かるが金はきっちりと頂くぞ?!」

 

「無論だ!貴方の人格なら信頼出来る。頼んだっ!」

「任せなっ!」

 

 料金を支払い、二つの剣を彼に託した。

 

「……装備の新調はいいのか?」

 

 預かった物を貴重品用の金庫に入れ、老爺は振り向いた。

 

「それは後でいい、この後予定があるのでな」

 

「おぅ!オメェも一端の冒険者とは言え、危険と隣り合わせである事には変わりねぇ!準備を怠るんじゃねぇぞ!」

 

 老爺の言葉に彼は深く頷き、工房を後にした。

 

「さて、残るは神殿だな。少し長居する事になるかも知れん」

 

 武器工房を出た灰は宿に戻り、聖書を紐で括り上げ準備を整える。

 

そろそろ夜になる頃だが、まだ閉門するには時間が有る筈だ。

 

今から向かえば間に合うだろう。

 

――あの子に会うのも随分久し振りな気がする。不機嫌でなければいいが……。

 

根拠も無く物事を悪い方へと考えてしまう。

 

まだまだ不死人としての感性が、抜け切れていない様だ。

 

彼が、完全な生者としての感性を取り戻すには、時間が掛かるだろう。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 何の変哲も無い、唯のロングソード。

 

他の者が見れば、誰もがそう思うだろう。

 

しかし彼の偏執にも似た信仰が、その剣に力を与え特別な力が宿っていた。

 

その剣に意思を込め真っ直ぐ鋭く伸びた刀身は、光を帯びる。

 

この暗い夜にその輝きは一層増し、その様は宛ら太陽を思わせた。

 

「さぁ来るがいいっ、亡者共!」

 

 剣の主は、輝く刀身を縦横無尽に振るい包囲されていたにも拘らず、殲滅を完了していた。

 

熟練された位置取り、堅実な盾での防御戦術、時に確実に時に勇猛に剣を振るい、30体を越える不死の怪物達を切り伏せていたのである。

 

「うわぁぁ……、相変わらず()()の言葉しか浮かばないよ」

 

 赤毛の少女斥候は、消滅した不死の怪物を目の当たりにし、感嘆の言葉を吐く。

 

「これじゃぁ、アタシ余り役に立ってないよね」

 

 祝福された武器を所持しているのなら兎も角、不死相手に通常の武器では相性が悪いのも致し方の無い事。

 

「なんの!人には得手不得手というものがある。貴公の俊足、身のこなし、慧眼は大いに助けとなっている」

 

剣の主は少女を過大評価でも過少評価でもなく、事実をありのままに伝えた。

 

実際この少女はまだ未熟ではあるものの優れた柔軟性や脚力を誇り、敵の陣形や位置情報を真っ先に相手に伝えていた。

 

「此度の勝利も、貴公働きあっての事。決して卑下するものではないぞ」

 

 素顔の殆どが隠れた兜で彼の表情は分からないが真っ直ぐにその少女斥候を見つめ、諭す剣の主。

 

「う、うん!そうだよね、えへへ……!」

 

 そう言われた少女斥候は照れ臭そうにはにかみ、笑顔を見せた。

 

「うむ、それで良い!今は夜だが、太陽は誰に対しても平等なのだ!……ウワッハッハッハ!!」

 

 今は夜。

 

空に浮かぶは、太陽ではなく赤と緑二つの月。

 

しかし彼は御構い無しに虚空に向かい、両手を左右対処斜め上に掲げる。

 

 

 

「太陽万歳!」

 

 

 

 そのポーズを事ある毎に取るのが彼の癖だった。

 

本能といっても差し支えないだろう。

 

何故なら彼は太陽を信仰する、高潔な騎士。

 

太陽を見つけ出し、でっかく熱い男になるのが彼の目的だ。

 

火の陰ったあの時代、単身『ロードラン』に赴き、只管に真っ直ぐに太陽を求め続け、絶望を知り心折れた。

 

しかし名も無き不死人が残した或るメッセージが、折れた心を再度繋ぎ止めたのだ。

 

 

 

――太陽は自分の中に存在した――

 

 

 

今でも鮮明に覚えている、あの言葉――。

 

再び心に火が宿り『最初の火の炉』へ到達した彼は、サインを刻んだ。

 

せめて恩義に報いたいと――。

 

その願いが通じたのだろうか。

 

彼は『太陽の戦士』として、名も無き不死人の次元へと召喚された。

 

その不死人から感じるソウルで、大体は察する事が出来た。

 

彼は既に亡者に成りかけている。

 

これ以上死を繰り返しては、正真正銘の亡者に陥ってしまうだろう。

 

共に試練を乗り越えよう。

 

それが、今の俺に出来る精一杯の恩返し。

 

彼等は果敢に挑み、最初の火を護る『大王グウィン』を見事打ち破った。

 

後にその不死人は消えゆく火に身を焚べ、彼は太陽賛美でそれを見送り自らの次元へと戻った。

 

そして彼自身の次元で単身『グウィン』を討ち果たし、自らも火を継ぐ為に身を捧げた。

 

あの不死人と直接言葉を交わせぬ事だけが心残りだったが、その最後を見届ける事が出来ただけでも良しとしよう。

 

火が全身に燃え移り、身を焼く何とも心地良い感覚に見舞われながら、彼は意識を手放した。

 

そして気が付けば、彼は草原の真っ只中で横たわっていたのである。

 

最初はこの『四方世界』の在り様に驚いたものだ。

 

生命が溢れ美しい営みが、当たり前に息吹くこの世界。

 

そして何より頭上に君臨する、眩いばかりの太陽。

 

彼は言葉を失い佇む。

 

そして沸き上がる感情の奔流。

 

それは、歓喜を通り越し最早『狂喜』とさえ云える程に、身を委ねた。

 

一人だから良かったものの、もし誰かが見ていれば忽ち衛兵に通報されていたであろう。

 

それ程に迄、彼は喜びに打ち震えていた。

 

とは言え、右も左も分からぬこの世界。

 

当初は難儀し苦労したものだ。

 

辺りを見回し視界に入ったのが、現在活動拠点としている『水の都』だ。

 

言葉は通じたものの、この世界は火が陰る前の世界で流通していた貨幣で、取引が行われている。

 

そして幸か不幸か、彼は真っ当な生者として生まれ変わっていた。

 

当然腹も減り、睡眠も欲すようになる。

 

当然、先立つ物が必要となり苦心した彼は、不要なアイテム類を何とか売却し取り敢えずの資金を確保出来た。

 

胃袋を満たした彼は、人の集まる場で冒険者の情報を得た。

 

依頼を遂行し、報酬を受け取る職業。

 

打って付けだ。

 

元々彼は、貴族の国『アストラ』出身。

 

既に亡国と化していたが、彼もそれなりの家柄と騎士階級を持つ正真正銘、貴族に連なる者。

 

仕官する選択肢も考えられたが、素性の知れぬ自分を受け入れる軍は何処にも無いだろう。

 

加えて身分を証明する物が何一つ無い。

 

下手に紋章を見せたとて、この国では何の意味を成さないのは簡単に把握出来る。

 

何故なら通りすがった住人に『アストラ』について尋ねてみたが、誰も首を傾げるばかりで知る者は皆無だったのだから。

 

冒険者ギルドの情報を得た彼は、其処へ向かい冒険者に成る事を伝えた。

 

全く違う言語が使われていた為、読み書きは出来なかったが、依頼の合間少しづつ学び冒険者として支障のない程度には不自由しなくなった。

 

暫くは単独で依頼を遂行していたが、ギルドから昇級の打診が掛かる。

 

それは複数人で一党を組み、依頼を遂行せよとの事だった。

 

今の少女斥候と出会ったのも、その時が縁であった。

 

結局彼の癖が裏目に出たのか、その一党からは受け入れらなかったが、この少女は自分を選び現在に至る。

 

奇人変人と罵られる事に慣れていた彼だったが、そんな自分を受け入れてくれた彼女は大事にしたい。

 

若しかしたらこの先特別な関係になるかも知れないし、唐突な別れが訪れるかも知れない。

 

だがそれは、今ではない。

 

「どうしたのバディ?ボ~っと空を眺めて、若しかして具合悪いの?」

 

 少女斥候が心配そうに尋ねて来る。

 

「なにちょっと、過去に想いを馳せていただけだ」

 

「そう?ならいいけど」

 

「さて依頼も遂行した事だし帰還するが、そろそろ頃合いかも知れんな」

 

「?」

 

『水の都』を中心に活動して幾星霜、順調に等級も上がっている。

 

 今や彼は『青玉等級』。

 

中級冒険者としての仲間入りを果たしていた。

 

そして彼女も今や『黒曜等級』だ。

 

彼は別の地域に遠征する事を提案する。

 

「若しかして王都に向かうの?王都は凄く賑やかな所だよ!」

 

 少女斥候は期待を膨らませ意気込むが、彼は”違う”と否定した。

 

「実は気になった情報を耳にしてな。貴公も名前位は知っているだろう?」

 

 水の都は西方辺境の要、かなりの大都市だ。

 

人や物資の流通も盛んで、情報も当然の様に行き交う。

 

情報の精度はともかく彼は耳にする。

 

ある巨大遺跡の情報を――。

 

 

 

―― 故郷の流れ着く地『ロスリック』 ――

 

 

 

彼はその名を口にした途端、少女斥候が慌てふためいた。

 

「――だ、駄目だよ!あの遺跡、物凄く危険だって噂で持ち切りだよ!!行った人達殆ど帰って来ないって……」

 

 その遺跡の規模、危険度、不透明性、どれを鑑みても過去に例の無い異質極まる遺跡だった。

 

様々な思惑で腕に覚えのある冒険者達が挑むも、生還率は極めて低い。

 

それでも運良く生還した者の中には、珍しい高価な文化財を持ち帰り、多くの富を得た者達も存在している。

 

故に挑戦する冒険者は後を絶たない。

 

その難易度は数年前に猛威を振るった魔神王が住む、『死の迷宮』に並ぶ程だろう。

 

否、奥に何が在るかも判明していない分、得体が知れないロスリックの遺跡は更に謎めいた存在となっていた。

 

極めて危険で神秘と謎に包まれた、ある意味魅惑的な遺跡でもあったのだ。

 

当然王都にもその情報は伝達され、調査隊を度々送り込んでいる位であった。

 

「心配するな!乗り込む訳ではない、情報と視察を兼ね辺境の街へと赴きたいだけだ。『楔石』の情報も入手出来たのでな!」

 

「楔石って、あの変な石ころだよね?」

 

 彼の目的は当然ロスリックについての情報を収集するのが主眼であったが、楔石についても気になる情報を手に入れていた。

 

『西方辺境の鍛冶師は、極めて腕が良いらしい』

 

 その辺境から訪れた冒険者の中には、楔石で愛用の武器を強化して貰う者、貴石で魔法の武器に変質強化して貰った者まで居た。

 

実際彼も、楔石自体は幾つか所有している。

 

しかし水の都に所属する鍛冶師では『楔石』の特性は見抜けたものの、それを扱う技術を有してはいなかった。

 

もし辺境の情報が正しければ、愛用の武具も強化が期待出来る。

 

これから等級が上がり、更に高難度の依頼に挑む機会も訪れるだろう。

 

自分に合った武器の性能が底上げ出来るのなら、それに越した事は無いのだ。

 

ある意味、ロスリックの情報以上に彼にとっては、重要な案件だ。

 

「資金面にもかなり余裕が出来たのでな、休暇ついでに辺境でのんびりしてはどうかな?王都も賑やかで魅力的ではあるが、余り五月蠅すぎるのも少し堪えるのでな、ウワハハハ!」

 

 (バケツ)の様な兜で表情は分からないが、彼はにこやかに少女斥候に提案した。

 

その案に彼女は噴き出した。

 

「プッフフフ……、普段賑やかなバディがそれを言っちゃう?」

 

「お…おい…、俺は真面目に提案したんだが……」

 

「アハハ…分かってる分かってる、ロスリックに乗り込まないならアタシは反対しないよ!確かにのんびりもしたかったからね!」

 

 どの道ロスリックは等級制限が設定されている。

 

今の彼等では探索する事は出来ないだろう。

 

「うむ、そうと決まればギルドに報告だ!今日はぐっすりと休み、明日辺境に出立準備に移るとしよう!」

 

「さんせい~!」

 

 夜に似つかわしくない賑やかな二人のやり取り、二人の冒険者はギルドへと帰還する。

 

一人の高潔な騎士と、彼に寄り添う少女。

 

バケツに似た重厚な兜と堅牢な金属鎧を身に纏い、それを覆う外套と金属盾は太陽が描かれている。

 

自らの太陽を見出した彼は、次なる目標『究極の太陽』を極めんが為、歩み続ける。

 

名を聞かれれば、彼は両腕を空に掲げこう答えるだろう。

 

 

 

「おう、貴公。俺は『アストラのソラール』、見ての通り太陽の神の信徒だ!」

「今や旅の冒険者として『究極の太陽』を極めんが為、こうして活動している」

「……変人だと思ったか?まぁ、その通りだ。気にするな皆同じ顔をする。ウヮッハッハッハ!」

「太陽は偉大だ。素晴らしい父の様だ!俺もいつか、太陽の様にでっかく熱い男になりたいんだよ」

 

 

 

彼はアストラのソラール。

 

後の、とある剣士はこう語った。

 

 

 

 

 

―― 太陽の戦士 ソラール ――

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

 日はすっかりと暮れ、星々と二つの月が夜空を彩る。

 

西方辺境の神殿に、一人の剣士が訪れていた。

 

「司祭長様にお目通りを願いたい、今日は重要な物をお見せしたく参ったのだが、通して頂けるだろうか?」

 

 貴人の一礼で深く頭を下げ、守衛の兵士と交渉する灰の剣士。

 

「……少々お待ち下さい」

 

 少し遅かっただろうか。

 

流石に夜分遅く訪れる人は、この街には殆ど居ない。

 

緊急の怪我人なら話は別だが、この分では予約だけ取って日を改めた方がいいかも知れない。

 

だが、それは彼の思い過しだった様で正門が開き、通してくれた。

 

時刻が時刻なだけに神殿内の人は疎らだ。

 

彼は真っ直ぐ司祭長の居る執務室に向かおうとしたが、其処にはよく知る少女が目の前に現れた。

 

この地母神神殿の信徒でもあり、彼の世話をしてくれた少女だ。

 

長い薄めの金髪に、愛くるしい碧い瞳を持つ、非常に可愛らしい少女だ。

 

将来大人になれば間違い無く、美しい女に育つだろう。

 

守衛の衛兵から聞いたのだろうか?

 

どうやらこの少女、彼を待っていた様だ。

 

「え…っと……、……お帰り、お兄さん!」

 

 顔を赤らめ、照れながら、彼に挨拶をする。

 

「……」

 

 前の別れ際の記憶が蘇り、少し逡巡する灰の剣士。

 

しかし、此処で時間を置けば却って、この少女の心を傷付ける事になるだろう。

 

「……」

 

 少女も何処と無く不安気に、彼を見つめて来た。

 

しかし灰は意を決す。

 

 

 

 

 

「ただいま!」

 

 その言葉で少女に笑顔が戻る。

 

 

 

「はい!よくできました!」

 

 

 

 これで彼の物語りは一つの区切りが付いた。

 

しかし、終わる訳ではない。

 

世に冒険の種は尽くまじ。

 

これ等の物語りは続き、世界は廻り、骰子が廻る。

 

 

 

 

 

侍祭の少女は、灰の剣士に思いっ切り抱き着いた。

 

 

 

 

 

―― イヤーワン編(完) ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

深みの点字聖書

 

 聖堂の主教たちの持ち物。

 物語の語り部に渡すことで深みの奇跡を学べるようになる。

 

 深みの主教が加護を知るための聖書にはいまや幾編かの暗い物語が追加されている。

 故にこれは禁忌である。

 

 暗い深みの物語り、この物語を知り且つ精神を保てる者が、この四方世界に居るだろうか。

 

 知り過ぎた者は深みの誘惑に嵌り、深海へと飲み込まれていく。

 溺れる者がそうであるように……。

 

 

 

ロンドールの点字聖書

 

 ロンドールの点字聖書

 黒教会のリリアーネが語ったもの。

 

 物語の語り部に渡すことで

 ロンドールの奇跡を学べるようになる。

 

 それは亡者全ての救いであり

 また生者全てを呪う書である

 故にこれは禁忌である。

 

 死に魅入られ、死を愛する者達よ――。

 今こそ築こうではないか!

 

 亡者と不死の理想郷を――。

 

 今こそ得ようではないか!

 

 永遠の安らぎを――。

 

 そして世に平穏のあらん事を――。

 

 

 

 

 

 




 終わった。
やっとイヤーワン編終了です。
孤電の術士の代わりに、オーベックさんが住み着きました。
今後彼には、道具や魔法関連で支援して貰う事にしましょう。
イヤーワン編が終わったからと言って、この話が終わる訳ではないので、ある意味これからが本章と言った処でしょうか。
(本編に行くとは言っていない)
寧ろ本編よりもそれに繋がるこれからの展開の方が、この物語の肝になる事を予定しております。
(予定通りに行けばの話)

次回から本編前夜編となります。
実質イヤーツーみたいな時間軸になるでしょうか。

皆さん感想、評価、誤字脱字の指摘、本当に有難う御座います。

こんないい加減な作品を読んで下さり、有難う。
漸く此処まで来れました。
感謝の念に絶えませぬ。
本当に有難う御座いました。
これからも宜しくお願いします。

デハマタ。( ゚∀゚)/



ヌワァアアアアンッ!長かったモォォォォォンッ……!!( ̄□ ̄)




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