時期的には、灰の剣士が冒険者と成って、8~9ヶ月経過した辺りでしょうか。
新春を迎え、多数の冒険者が新規登録を済ませた位の時期から始まります。
では投稿します。
第50話―蠢く影、砥ぎし刃―
ロスリックの織物
ロスリック王子が灰の剣士に譲渡した物。
彼のフードもこの布で編まれている。
最上質の絹が使われ、長きに渡る儀式と製法により魔力を帯び
それは半永久的に持続している。
魔力に高い耐性を持ち、防具の裏地としても利用価値があるだろう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
西方辺境の街に位置する冒険者ギルドは、今日も今日とて人の往来で溢れかえり、変わらぬ日々を送っている。
日が傾き良く晴れた空は朱に染まり、時刻は夕暮れを迎えていた。
賑わうギルドのカウンターには、嘗て監督官候補だった受け付け嬢が現監督官に昇格、一人の剣士に応対していた。
「依頼の遂行を宣言する。証拠品は此方に……」
カウンターに油紙を敷き、その上に討伐した怪物の一部を置く。
それ等は、怪物の身体の一部を切り取った物であり、牙や耳、指といった類の物だ。
「ふんふん……、確かに……、……想定していたよりも数が多いみたいね」
確認した証拠品から、依頼書の情報よりも数と種類が多い事を推測した監督官。
彼女は、至高神の信徒で幾つかの奇跡を授かった司祭でもある。
加えて、身分の高い上流階級の貴族だ。
高い教養と見識を備え、この職務に誇りを抱いていた。
「流石だな、その通り。想定外の異形と小鬼が、此方に襲い掛かって来た」
彼女の高い知性に関心を覚えながらも、彼は事の詳細を説明する。
討伐目標とそれ以外の怪物が手を組み、必要以上に手を焼いた。
尤も、彼にとっては脅威の対象でもなく、それ等を圧倒していたのだが……。
「最近多い気が……いや、確実に増えている。小鬼とそれ以外の異形が共同戦線を張るという事例――」
彼が話す、小鬼とそれ以外の怪物の共闘――。
彼自身が受けた依頼は、普段変わる事の無い小鬼退治の依頼だった。
数も10匹前後の、白磁等級が担当する程度の難易度だ。
しかし、小鬼に加え
もしも受けたのが、白磁の新人なら全滅していても何ら不思議ではない。
10匹前後なら小鬼自体の質は、大した脅威ではない。
しかし、それ等を指揮し教導する輩が居た場合、話は別となる。
小鬼も混沌側の種族。
悪魔や混沌勢に指揮されるのも、あり得る話だ。
だが、小鬼は拙いながらも学習能力を有し、率いる者によっては恐るべき存在に進化する事もある。
「小鬼と悪魔の混成部隊……ね。確かに、よく見る様になったわね。目撃情報も各地で増加傾向にあるわ」
「……そうか……」
彼女の言葉に軽く溜息を吐きながら、緊張を解いた。
「それにしても無事で良かったわ。…これが今回の報酬よ!」
彼女は労いの言葉を掛け、彼に成功報酬を渡す。
「……結構ずっしりと来る」
手にした小袋は、掌に重みを感じる程に貨幣が詰まっていた。
中身を確認してみると、古い銀貨や銅貨ばかりが詰まっていたが、金貨に換算すれば5枚相当にはなるだろう。
「悪魔討伐を含めた追加報酬よ。貴方は未だ『黒曜等級』だけど、本来はこれ位が妥当なのよ」
「……ふむ、まぁ報酬が多いに越した事は無いがな」
この剣士は、未だに黒曜等級の冒険者だ。
本来なら小鬼退治など卒業し、より高位の依頼を受けても不思議ではないのだが、彼は進んで小鬼退治関連を受けている。
理由は、言わずもがな。
小鬼とそれ以外の怪物が共同戦線を張る事例が、増加した為だ。
下手に経験の浅い新人を送り込めば、全滅の憂き目に遭うのは必至。
新たな春を迎え、多くの新人冒険者が登録を済ませ、新しい一党を次々と結成した。
その甲斐あってこの辺境では総数、150人以上の冒険者が在籍する事になった。
去年に比べて倍近い数だ。
にも拘らず、ゴブリン退治で一党が壊滅する事例が、相次いでいる始末。
それが余りにも続く為、経験を積んだ彼に白羽の矢が立ったのだ。
そして現在に至る。
「本当なら貴方は今頃『翠玉等級』に昇進しても、可笑しくは無いのだけれど……」
「……それは言わないでくれ。悪戯に犠牲者を増やすよりは余程いい」
彼女の言う通り本来この剣士は、より高い等級に身を置くべき冒険者なのである。
彼と同時期に登録した冒険者の殆どは皆、彼よりも高い等級に身を置く。
実質、彼が最も遅い昇進速度だった。
「経験の浅い新人とて将来貴重な戦力に成長するだろう。此処は比較的平和だが、王都周辺は慌ただしいみたいだ」
「……そうね。近頃、混沌勢の動きが活発化しているという情報も入って来てるし、戦力の確保は多いに越した事はないわね。……で、それはそうと似た様な依頼がまた来たわ」
彼女は引き出しから、今日来た依頼書を取り出した。
内容を確認してみると、小鬼と同時に複数の得体の知れない怪物が山岳地帯を徘徊しているのだという。
「目撃場所は……随分遠いな」
彼は現場が記された場所に目をやったが、記された場所は西方辺境の街からかなり離れた所に在った。
場所で言えば、此処から東に位置する西方辺境の要所『水の都』の方が、遥かに近い。
「明らかに『水の都』案件だと思うのだが、わざわざこの辺境に?」
首を傾げる彼に、監督官の受付嬢が説明した。
西方の大都市『水の都』には、確かに多くの冒険者が在籍している。
その中には実力者も多い。
しかし、華やかさや名声を貴び、混沌の底辺と言われる小鬼退治に目を向ける冒険者は、殆ど居ないのだという。
頼みの綱であった、
近日中にこの辺境に訪れるとの噂もあるが、今の彼には関係の無い事だ。
依頼者は
「必要とされているのなら無視は出来ん。この依頼、私が受けよう!」
彼は受ける事を承諾し、手続きに移った。
「……ちゃんと休んでから行きなさいよ?」
「無論だ。いい加減装備もボロボロだ、新調しないとな」
彼女なりに心配してくれているのだろう。
当然彼もその事は分かっており、準備を整えてから出立する旨を伝える。
――彼の方はどうなったのだろうか?
灰は、ゴブリンスレイヤーの近況が気になり、三つ編みの受付嬢に聞こうと視線を向けるが、槍使いが占拠し長々と話し込んでいた。
大方、武勇伝に脚色を加えながら、自分を主張しているのだろう。
受付嬢は嫌な顔一つせず、笑顔で槍使いの話を聞いている。
灰が此処に来て間もない頃は、ぎこちない作り笑いで対応していたが、今はそんな表情は微塵も見せない。
彼女も成長している。
いや、案外彼女もこの槍使いに対して、そう悪い感情は抱いてないのかも知れない。
閑話休題――。
ゴブリンスレイヤーの近況を知りたいが、槍使いが占拠している。
期待は出来ない。
監督官の彼女なら、ある程度知っているだろうか?
もう一度カウンターに向き直り、彼女に訊ねてみる。
「そうね、彼なら一時間ほど前に帰って来てたわよ。特に変わった様子でもなかったみたいだし、持ち帰った証拠品も無かったから、何時も通りの内容だったんじゃないかしら。負傷している様子も無かったし」
どうやら彼の方は何時も通りの、小鬼退治の様だ。
彼はゴブリンスレイヤー。
小鬼に対するノウハウは有していても、それ以外の怪物に対しては不得手だ。
もし小鬼と悪魔の混成部隊なら、彼は重傷を負って帰還していたか、最悪帰らぬ人になっていた可能性もある。
しかし、何時も通り無事帰還したのなら、心配はない。
必要な事を確認した灰は、装備を新調する為に武器工房へと向かう。
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壮麗で厳然とした王座の間。
ステンドグラスを通る夕日が、妖しくも魅惑な彩を見せ、石造りの床を飾り立てる。
五つある玉座には、現在唯一人だけが鎮座していた。
その玉座に跪き、首を垂れる巨人の如き聖職者が一人。
「上級魔神を筆頭とした、魔神軍一個連隊が全滅致しました」
「……苦しゅうない」
玉座に座る人物は、取り乱すでもなく軽く頷いたのみだった。
大柄な聖職者『大主教』は、事の詳細を付け加える。
「相手は複数名から成る『ファランの不死隊』――」
深淵の兆し有りと観れば即座に動き、相手が一国であろうとも討ち滅ぼす、不死人で構成された武装集団だ。
数多の魔神王を率いる存在『魔神皇』――。
その魔神皇相手に抵抗を続ける、ファランの不死隊。
ファランの不死隊は個々が驚異的な戦闘力を誇り、それが集団で動いた場合、世界連合軍並みの戦闘力に匹敵するだろう。
数年前の魔神王軍相手に、今の王国は軍備の立て直しに奔走中――。
魔神皇率いる軍勢に、抗し切れる力は無かった。
現在も人族が営みを続けていられるのも、人知れず『ファランの不死隊』が抵抗してくれているお陰である。
それを知る者は皆無に等しいのが、哀しい現実というもの。
魔神皇は、ステンドグラスに彩られた夕日の光を浴び、命を下す。
「部隊の再編は済ませてある。此度は、余も出撃する」
「――?!魔神皇様、自らがっ?」
魔神王を超える存在『魔神皇』直々の出撃に、驚きを隠せない大主教。
「余に策有り。一度『イルシール』に戻り『カーサスの地下墓』に出陣する。留守は任せた」
「はっ!仰せのままに」
大主教は深々と頭を垂れ、魔神皇は徐に立ち上がった。
そして瞬時に姿を消し、その王座の間には大主教だけが残る。
「魔神皇様が動きなさるか。……いよいよだ」
大主教も呟いた後、『篝火』の間へと脚を向けた。
「……巨人共の監視も、強化せねば…な……」
そんな言葉を残しながら
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暗く冷たくも、包み込む静寂の広間――。
幾つかの燭台に照らされた灯が、微かな温もりを提供する。
静寂の広間にて佇む二人の女。
「……例の少女…ですか」
上級騎士の武具を纏う一人の女性が、訊ね返す。
「……詳細が知りたいのだ。もう一度あの村に赴き、例の少女が宿す『ソウル』を調査せよ。可能ならソウルの回収又は少女の確保が望ましい。……何なら生者の振りをして、あの村で滞在してみるか?ロンドールのアンリよ」
「……お戯れを、ユリア様……」
嘗てアンリが赴いた寒村、其処に迎えとの命を出す、ユリアなる女。
「此度は班を編成しておいた、自由に使え」
「潜入なら、僕……私一人の方が好都合では?」
今の自分達に抗える戦力が、あの寒村に在るとは到底思えず、寧ろ単独で潜入した方が任務を果たし易いのではないか。
アンリは進言するが――。
「以前遭遇した『薪の王』の件もある。……我等を良しとせぬ神々が、妨害しておるのやも知れんな」
「畏まりました。直ぐ準備に取り掛かります」
アンリは命を受諾し、その場から静かに去る。
無人の広間で一人佇むユリアは、仮面の奥で言葉を紡ぐ。
「……貴公の働き、期待しております」
誰に向かって言っているのか、虚空に向かい言葉を発していた。
「……お任せを、ユリア様。この四方世界には狂った亡者以外にも、扱い易い手駒が多数存在します故な……」
備品の一つが突如歪み、其処から現れたのは一人の老人だった。
背中に得体の知れない蓋を背負い、ボロ布を纏った素顔は覆い隠され、杖を手にしている巡礼者の出で立ちをした男だ。
「狂い切った亡者は我がロンドール臣民にも値しませぬが、一応は人で御座います。しかしあの種族は、とても御し易く勝手が良い」
「流石はロンドール屈指の魔術師。感嘆に絶えません」
「あの種族にも我が秘術を施し、それなりの成果を見せております。これから更に数を増やす計画です。全く感謝せねばなりせんな……『ゴブリン』には……!」
その言葉を残して、老魔術師は姿を消した。
恐らく旅立ったのだろう。
「彼が復活したのは、嬉しい誤算というものだ。……『ロンドールのヨエル殿』」
ユリアも一人言葉を発し、その広間から去り行く。
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霧に覆われた山中の集落。
廃坑となった鉱山を改造した、其処は祈らぬ者達の最底辺に位置付けられる『ゴブリン』の集落となっていた。
日も落ち、夜の帳が訪れようとする時間帯は、彼等にとっての昼間だ。
集落の広場では松明に照らされ、闘技場を模した舞台に複数のゴブリンが決闘に興じていた。
互いが全力で相手を打ち倒そうと躍起になる。
野次馬と闘技に興じるゴブリンの影が巨大な松明に照らされ、妖しい揺らめきを映す。
参加者は無論、勝者には更に特別な恩賞が進呈されるのだ。
貪欲なゴブリンの士気は否が応に増し、周囲の野次馬達も場を盛り上げる。
その集落の長は、異端の小鬼『ダークゴブリン』。
だがダークゴブリンは、玉座の間に在る『黒い鳥』を模した彫像の補修作業に取り掛かったままで、姿を見せていない。
代理で側近の一人『長弓ゴブリン』が、場を取り仕切っていた。
このゴブリンもダークゴブリン程ではないにせよ、高い知識と身体能力を備え、他のゴブリンには無い思慮深さを併せ持っていた。
試合に決着が付き、勝者が長弓ゴブリンの前に跪く。
敗者は殺されはしなかったものの、野次馬達から侮蔑と嘲りの声が投げ掛けられ、惨めに闘技場から去る。
長弓ゴブリンは勝者に恩賞を与え、満足した勝者のゴブリンは意気揚々と自分の寝床へと戻った。
野次馬達は喜び、踊り狂いながら酒盛りを始める。
これは何時もと変わらぬ、ダークゴブリン集団の他愛ない日常。
しかし、この集団には実に様々なゴブリンが集まる。
酒盛りにも参加せず、神妙な表情でそれを眺めるだけの班が在った。
それに気付いた長弓ゴブリンは、その班に声を掛ける。
「Goobu」
(お前達は、参加せんのか?)
声に気付いた班は、戸惑った表情を見せ互いに視線を泳がせるのみだ。
「Gruoov」
(申せ。お前達は、私直属の班だ。腹に一物を溜め込まれては全体の士気に関わる)
その班は、長弓率いる第一班。
ダークゴブリン集団の大半は、勤勉で上昇意欲が高いが、この第一班は更に拍車が掛かっていた。
数多の班の中でも精鋭が集う。
暫く戸惑う班だったが、やがて意を決したのか一人のゴブリンが口を開いた。
「goov,gruob」
(隊長。我々には、どうしても他の同胞達の様に楽しむという感情が沸かないのです)
言葉を発したゴブリンは、あくまで代表だ。
その班は皆同じく、この催しに対しても楽しむという感情が沸かなかった。
強きには媚び諂
逆に弱きには、徹底的に残虐となり、飽きる迄弄び蹂躙する。
ゴブリンとは、そういう民族。
常に自分が最高の存在と自負し、常に被害者意識を持つ。
そして奪う事
本来そういうゴブリン達だが、この班は少し違っていた。
たとえ、捕らえた孕み袋に対しても戦死した同族に対しても、『悼む』『労わる』の感情を抱き、物を作り出しこの集団が発展する事に喜びを見出していた。
だが、その様な感情を周りに知れ渡っては、全体に悪影響を及ぼしかねないと胸に仕舞い込んでいたのだ。
今こうやって、自分の上司に想いを吐露している。
若しかしたら懲罰区行きとなる可能性も否定出来ない。
長弓ゴブリンは目を閉じ、暫し無言でいた。
そしてゆっくりと椅子から立ち上がる。
「Gruoob」
(……私もだ)
その言葉を聞いた班全員が目を丸くした。
よもや、集団指折りの実力者である若き隊長も、同じ感情を抱いていたとは。
長弓ゴブリンは、誰にも気取られていない事確認し、その班にこう言い放った。
”共に懲罰を受け、この集団から離反する覚悟は有るか”と。
班は若干騒めいていたが、皆意を決したのか跪く。
それは、受け入れるという意思だった。
皆が皆、覚悟の籠った表情をしている。
その様子は当然周囲の視界にも入っていたが、”どうせ戦術の確認だろ”という解釈しかされなかったようだ。
玉座の後ろに鎮座している彫像に対して、
数ある小鬼の中でも異彩を放ち、全身黒色の体表を有す黒いゴブリン。
ダークゴブリン。
その広間に入室した、長弓ゴブリン率いる第一班。
「……」
ダークゴブリンは無言で、彼等に振り向く。
そして徐に玉座に腰掛け、彼等の出方を待った。
第一班は頭を垂れ跪き、長弓ゴブリンが代表で口を開き彼等の想いを吐露した。
だが、返って来た答えは意外なものであった。
ダークゴブリンは、第一班に肩当てを出す事を要求、そのまま”付いて来い”との指示を出した。
懲罰をも覚悟していた彼等は呆気に取られるも、装備していた肩当を差し出し、ダークゴブリンの後を追った。
辿り着いた場所は、ダークゴブリン専用の作業場だった。
決して広くはない、その部屋。
様々な加工道具が陳列され、中には完成品の装備や小道具類が棚に並べられている。
ダークゴブリンは棚から『色付きの鋲』を複数本取り出し、先程受け取った肩当に『色付きの鋲』を打ち込んだ。
その様子に唖然としていた第一班だったが、作業が終わると肩当てが返却された。
黒い鳥を模した肩部分には、先程の色付きの鋲が複数打ち込まれている。
その肩当てを暫く視線を向けていた彼等に、ダークゴブリンが口を開いた。
「GRUOOB」
(良いか、どの様な戦があってもお前達は必ず生き残れ。そしてお前達と志を同じくする同胞を集め独自に勢力を拡大せよ)
「G…Gov」
(ボス……?!)
余りに意外なダークゴブリンからの答えに、彼等は困惑する。
良くて懲罰、最悪処刑も覚悟していただけに、寧ろ拍子抜けした程だった。
「GOOUB」
(我等は決して人族とは相容れぬ民族。そしてこれからも先、それは変わる事はあるまい。……しかし…だ!お前達の様な志を持つ集団こそが、真の救済を成し遂げるのやも知れぬ!)
ダークゴブリンは尚も言葉を続ける。
「GRUOOVO」
(先ずは生き残る事を優先し、各々が独自に力を身に付けよ。この集落では、それに事欠かぬ。存分に活用し、あらゆる要素を利用せよ……この俺をも含めて…な)
「Goovu」
(な、何を言われます?!ボスを利用するなど言語道断!貴方様あっての我等ですぞ!)
長弓ゴブリンが反論するも、ダークゴブリンは諭しに掛かる。
「GWUUUBO」
(よく聞け!この集団とて、永遠に不滅ではない!お前達の思想は寧ろ人族に近いが、その精神が我ら一族の未来を担うやも知れんのだ。故に、却って人族とは更なる軋轢と憎悪の対象となろう。……残念だが、極めて困難であろうな…お前達の様な思想の持ち主の居場所を構築するのは……。)
”今は、力と生き残る術の獲得に邁進せよ!”その命を下し、彼等を退がらせた。
”追って続報を待て”の言葉を加えながら――。
些か腑に落ちない彼等であったが、ダークゴブリンの命とあらば逆らえる筈も無く、皆大人しく退き下がった。
部屋を退出した彼等は、長弓ゴブリンにを話し掛けた。
「goov」
(如何致します隊長?矢張り此処から去り、我等で独立の道を歩むので――)
「Gwoouv」
(それはあくまで最終手段だ。ボスは我等の思想を寧ろ受け入れてさえいる。今はボスの命通り、力を身に付ける事に腐心しようではないか。その上で集団全体に貢献し、次の命を待つ。ボスの事だ、何か考えが有るのだろう。…いいか、同志の選定には細心の注意を払え!)
「gub」
(御意っ!)
坑道を出た彼等は、通常任務へと復帰する。
何食わぬ顔で――。
一人玉座の間に戻ったダークゴブリンは、黒い鳥の彫像を見上げ一人言葉を紡いだ。
「混沌は君臨し、新たな兆しを見せん。其処に永遠は無く、故に終わりが訪れ、新たな始まりを生む。」
――たとえこの俺が倒れようとも、新たな世代が救済を成し遂げれば、それで良し!俺自身がその礎を築くのも、また救済の一つよ!
「我等の生き様、とくと照覧あれ!黒い鳥の神よ――」
△▼△▼△▼△▼
冒険者ギルドに併設されている武器工房。
その工房内で、灰の剣士とアンドレイがやり取りをしていた。
今日は、アンドレイが店番を担当している。
カウンターにズラリと並べられた、損傷だらけの武器防具類。
灰の剣士は装備新調の為、此処に立ち寄っていたのだ。
先ず彼が愛用していたシミターを手に取り、唸るアンドレイ。
「……随分酷使したじゃねぇか……」
顰めた表情でシミターを検分する。
刀身の殆どが刃毀れを起こし、最早剣としての役割は果たせそうになかった。
「元に修復出来そうか?」
「――無理だ!」
即座にアンドレイは突っぱねる。
この四方世界では、火継ぎの時代の様にはいかない。
「残念だが、これは寿命だ!どんな装備でも何れは限界が来る、そこに例外なんてないぜ!」
「……そう…か……」
これまでの戦いで酷使に継ぐ酷使で剣を振るった。
此処まで持ち堪えたのが、寧ろ奇跡に近いだろう。
灰は、残念そうに項垂れた。
元々彼は、愛用品に愛着が沸く性質らしい。
しかし本当に残念なのは、その
それが全て水泡に帰そうというのだ、無理もないだろう。
「おいおい、そう亡者みたいな顔をしなさんな!」
「――な?そんなに酷い顔をしていたか?!」
「おう!この世の終わりみたいな顔だったぜ!ま、望みはある」
「……本当か?」
アンドレイが言うには、使用不能となった武器を素材とし、次の武器へ引き継がせる事で楔石の強化を継承する事が出来るというものだった。
多少強化段階は下がるが、これまで使用した強化素材が無駄にならないというのは非常に大きい。
「……だが問題は、新たなシミターが在庫切れでな。何時入荷するかも分からねぇ」
「ぬぅ……」
この辺境では曲刀使いが少なく、故に在庫も少ない。
たまに訪れる流れ者の冒険者が購入してしまい、間の悪い事に在庫切れに陥ってしまったのだ。
「……となると、別の武器に引き継がせるべきか。ブロードソード……、いやあれは駄目だ……」
シミターが手に入らない以上、別の候補を挙げる必要があった。
前に保管しておいたブロードソードが第一候補に挙がったが、それは直ぐに掻き消された。
何故なら、それはゴブリンスレイヤーに譲渡してしまったからだ。
彼もゴブリンが強化される事を危惧し、楔石の強化に踏み切っていた。
しかし普段使う、数打ちの剣では強化の意味が殆どない。
より頑丈且つ長期の使用に耐え得る、汎用性に富む武器が望ましい。
そこで灰は『ロスリックの高壁』で入手したブロードソードをゴブリンスレイヤーに渡した。
多少長いが、その武器は彼も初期に使用した経験がある。
最初壁に引っ掛けるという苦い経験が有ったが、その教訓は忘れる事が無いだろう。
故に、ブロードソード以外の武器を選ぶ必要がある。
シミターには『鋭利な貴石』で変質強化も施している。
可能なら、切れ味に長けた斬撃武器が望ましい。
「……適した武器は無いだろうか……?」
灰は、並べてある武器に視線をやる。
「一応あるにはあるんだが、アンタ…コイツを扱えるか?」
見るに見兼ねたアンドレイが戸棚に掛けてある武器を、彼に手渡した。
その武器には見覚えがあり、彼は目を見開く。
「……これは、東国の……『打刀』…か…!」
「おう!アンタも扱った事はあったろ!あの時代でな…!」
「……」
鞘から刀身を半分ほど抜き、過去を思い返していた。
…
……
………
「其処許、刀は我ら剣士の命にして心。ゆめゆめ忘れるべからず」
「剣…ハ…、コ…ころ……」
灰の墓所に在る『グンダの広場』にて修練の行っていた、火の無い灰と達人。
彼は東国の剣術を学び、また精神性をも学んでいた。
東国に於いて、武器は単なる殺しの道具に非ず。
時に持つ者の魂を体現し、時に惑う者を教え導く――。
剣とは武器であるが故に、それを振るう者の心が問われる、言わば『道』でもあるのだ。
「『道』…『心』…、か……」
既に心をも消失しかけている灰にとって、その教えはどう映ったのだろう。
心を無くそうとしている者に、心を説く達人。
「何処かで『心』は残る。それが物言わぬ亡者であっても……、この世界が闇に閉ざされようとも、心…想いは世界に溶け、次の時代の礎になる。……某は、そう信じたいのだ、其処許」
「『師』…よ……」
色を失い淀んだ空を見上げ、達人は何を思ったのだろうか?
その真意を知る機会は、終ぞ訪れなかった。
…
……
………
「そいつは、ちと高い。何せ、最上質の『玉鋼』を素材に手間暇かけて造られた業物…。その上俺が、手入れを行ったからな。手間賃含めて金貨10枚だ!」
一般の刀は、平均して金貨5枚弱だが、この武器は非常に上質で頑強に造られていた。
「ああ。これにする!」
打ち刀には、彼なりの思い入れがあるのだろう。
その値段で承諾し、シミターからの引継ぎを依頼した。
「分かった!因みにアンタ、どの位の予算で新調する気だ」
「金貨50枚を持ち込んでいる。その予算で装備を整えるつもりだ」
「大分稼いでいるな。打ち刀の改良は少し時間が掛かるぞ、予備の武器は所持してるのか?」
破損したシミターを打ち刀に引き継ぐ作業は、早くても数日は掛かるらしい。
その間、代用となる武器が要る。
「予備のロングソードが残っている、それを使うさ」
ギルドに預けてある、ロングソードで当分は凌ぐ事になるだろう。
「よっしゃ、任せな!」
彼はアンドレイに代金を支払い、残り金貨40枚となった。
後は防具類だ。
「脚防具から揃えたいのだが、これもかなりガタが来てしまった」
これまで使用してきたハードレザーブーツ。
彼が冒険者と成ってからまだ半年と少し経っただけだが、靴底部分は破れ穴が開いていた。
それ程に激しい戦闘を繰り返し、また短期間で酷使してきた様子が窺える。
「随分使い込んだな……。アンタらしいっちゃぁ…らしいがな」
丹念にそれを指でなぞりながらアンドレイは呟く。
「似た様な性能がお望みかな?」
「ああ。なるべくそうして欲しい」
「なら、コイツだ」
アンドレイは足元の戸棚から脚防具を取り出し、カウンターに並べた。
見た目は今までのハードレザーブーツと変わらない。
だが、細やかな改良を加えた上質の品だと、力説する。
見た目は同じだが、ワンランク上の素材を使用し、革や布、裁縫用の糸に至る迄、長期の使用に耐え得る品に仕上がっていた。
靴底は、徹底的に頑丈に仕上げ、接合部分も含め頑強さに重点を置いた。
見た目も小奇麗な色に染め、防水加工も徹底した逸品であった。
火継ぎの時代製のハードレザーブーツは、何故かそのままでは買い手が付かず、店主とアンドレイが工夫を凝らし改良した物だ。
灰にとっては同じ仕様でありながら、性能が底上げされた脚防具という事になる。
「サイズも微調整が利き、動き易さも重量も許容範囲内だ。有難い…幾らだ?」
「金貨4枚だ。最高品質って程じゃぁねぇが、これでもこの工房の施設を駆使し、技術を惜しみなく注ぎ込んであるんでな!」
「その値でいい」
「……アンタ、交渉が下手だな」
「余りに法外な値段を吹っ掛けなければ、文句は言わんさ。それに見合う性能なら尚更な」
灰は金貨4枚を支払い、改良型のハードレザーブーツを装着する。
まだ自分の脚に馴染んでいないのか、新品特有の硬さを感じる。
動いている内に履きなれるだろう。
残り、金貨36枚。
「次は腕防具かな。今の布帯も限界だ。なるべく軽く動き易い物を頼みたい。何なら同じヤツでも構わん」
多少の防御は必要だが腕部分に関しては、運動性と柔軟さを重視したかった。
「そうだな……。こいつは、改良と部位の取り除きを加えた、特殊品ってとこだ。使い手を選ぶ品なんでな、アンタに合うか先ずは装備してみてくれ」
アンドレイが灰に渡したのは、布帯のマンシェットをベースに、革部分をハードレザーに取り換え、駆動部分はより上質のソフトレザーで保護されている物だった。
また布部分も丈夫な綿を使用し、革部分は多重構造に加工されていた。
その分値段も跳ね上がり、多少の重量増加も否めないが……。
試しに装備した灰は、腕を動かし具合を確かめてみる。
「……少々動きに硬さが残るが、これにしよう。使っている内に違和感は無くなるだろう」
彼はこの腕防具に決め、金貨3枚を支払った。
残り金貨、33枚。
腕防具を揃えた彼は、体防具を要求した。
「出来れば鎧下も新調したくてな、軽量、運動性、頑強性に富んだ物が望ましいのだが」
今迄使用していた『厚手の戦闘服』。
別名クロースアーマーと呼ばれる物だが、実質丈夫な服といった面が強く安物であった為、防御性能という面では些かの不安があった。
彼の注文に、アンドレイは大袈裟に溜息を吐いた。
「全く、贅沢な注文をしやがる。前の時代で嫌っちゅう程学んだろ?……アッチが出ればコッチが引っ込む。器用貧乏はあっても万能なんて然う然う存在するもんじゃねぇ!」
「分かってる、それでも可能な限り理想に近づけたい。前の時代で嫌という程死んだから、そうするんだ」
巡礼の旅で、数多の武具に出会ってきた。
其々が多様な性能を備え、特徴に富んだ物や一定のバランスを備えた物が在った。
そしてどれもが一長一短の特徴を有し、それ等を組み合わせ自分に見合った装備で戦ってきた。
しかし、どれだけ備えようとも多くの死を繰り返した。
だからこそ、出来る限り理想に近付け自分に見合う装備構成が必要なのだ。
新たな
「…まっ、アンタの要求だと、これになるか?」
アンドレイが取り出した、鎧下用の軽防具。
綿を中心に詰め込み麻で幾重にも包んだ後、絹で外装を覆った布鎧。
キルティング加工が成され、更なる防御効果が見込める。
布製であるが故、斬撃や刺突に難はあるが打撃による衝撃吸収力が高い。
また上質の絹で見た目にも気を配られており、衣服兼防具としても機能し、これ単体で街中を歩いても周囲の目を気にする必要は無いだろう。
しかし、高価な絹を使用し多様な資源を大量に投入した為、重量と値段が少々増し、高い保温性が仇となり夏場は少し蒸れる恐れがある。
「多少重くなっちまうが、鎧下に着込むような代物だ。アンタが神経質になる程じゃねぇだろうし、いざとなりゃ袖は何時でも着脱が可能だ。そういう意味では自分に合わせる事が出来るってもんよ!」
実際この防具は、あくまで鎧下に着込む言わば補助用だ。
「自分である程度調節出来るなら、それに越した事は無い。多少熱いのなら袖を外せば済む事だしな、…これにしよう」
「まいどっ!」
金貨5枚を支払い、より上質の鎧下『パデッドアーマー』を着込んだ。
確かに見栄えも意識されているのか、このまま外出用の衣服としても通用するだろう。
残り金貨、28枚。
「次は主要の体防具だな」
「この胸当ては、もう使い物にはならねぇ。防具の質以上の敵と戦い続けたんだろ?」
これまで装備し続けた『革の胸当て』は、素人が見ても防具の体を成していなかった。
彼は重量増加に目を瞑り、より上質の体防具を求める。
「だったら、これだ!」
アンドレイが紹介したのは、見覚えのある鎧だった。
「『ハードレザーアーマー』それも火継ぎの時代に、仕様を合わせた物だ。作ったのはこの工房だが、改良とちょっとした細工を施してあるぜ!」
「細工?」
ロードランやロスリックでの時代に合わせた防具で、見た目に変化はあまり見られないが、この時代の技術と素材を利用し、中身は大幅の改良が試みられていた。
外装部分の硬い革の内側に比重の軽い金属板が埋め込まれ、更にその内側を薄いソフトレザーと布で挟み込んでいる。
また不要と思われる部分は極力軽量化させ、重量の増加を抑えていた。
これ単体は勿論、鎧下の組み合わせ次第では、高い防御効果を得る事が出来るだろう。
「細工の正体。アンタ『軽銀』ってのを知っているか?」
アンドレイが言葉に出した『軽銀』なる単語――。
初めて聞くその名称を知る訳も無く、彼は首を振った。
「
貴金属の類だろうかとアンドレイに訊ねてみるが、その答えは”否”だった。
軽銀とは現実世界で言う『アルミニウム』である。
非常に軽く、熱伝導性、電気伝導性にも優れ、加工が容易である。
その反面、比較的柔らかく、生成には大量の電気エネルギーが必要となり、この工房では作る事が出来ない。
王都の大規模施設で生成された物を購入した物を加工するという方式で、武器防具に利用する方針だった。
「まぁ正直な処、軽いのはいいが硬度が足りんからな。武器防具の主役としての利用は難があるわな。だが加工性と軽量を生かして、補助具や繋目なんかには持って来いだ」
このハードレザーアーマーに使用されている板金は、軽銀が使用されているとの事だ。
硬度だけを重視するなら、より比重の重い鉄や鋼を利用する手もあっただろう。
しかし、重量が増し動きが阻害されては、結果的に回避率の低下と被弾率の上昇を招く恐れがある。
理想で言えば敵の攻撃などは『当たらない』に越した事は無いのだ。
「所詮は革鎧の類だ、重い一撃なんかには到底耐えられるものじゃねぇが、そこは腕前でカバーって所か?ウワハハハ!」
今の灰にとっては運動性と防御のバランスが非常に難しい段階だった。
闇の王との最終決戦では重鎧を着込んで尚、高速で動き回れたが、それはソウルレベルが
その時に比べれば今は弱体化が激しく、重い装備は動きの鈍重化を招く。
それは足枷を付けて戦う様なもので、自殺行為に等しい。
故に、今は革製の軽防具で凌ぐしかないのだ。
彼はその防具を装着し、サイズをベルトで調整しながら少し具合を確かめてみた。
また鎧下を固定出来る留め具も備え、細やかな配慮が成されていた。
「思った以上にしっくり来る。……当分はこれで十分戦えるな、買おう!」
「よっしゃ、そう来ないとな!」
代金、金貨8枚を支払う。
上質な防具なだけはある、通常のスタデッドレザーアーマーよりも高い値段だった。
残り金貨20枚。
残りは頭防具だが、今のアイアンヘルムも歪みや凹みが酷く、性能が低下していた。
しかし幸いにも、在庫があり更なる上質品が置いてあるとの事。
より純度の高い鉄を使用し、裏地は衝撃吸収力に優れた素材を惜しみなく使用した高級品だ。
唯一の弱点と言えば、値が張るという事だろうか。
彼は購入を決めていたが、値段は金貨9枚と、現行品に比べ倍以上の値段であった。
「さて外套だが、どうするね?」
最早『灰の剣士』を象徴する代物と言っても過言ではない、
意外な事に彼は”新しいのでいい”と、特に改良品や上質品を要求する事は無かった。
しかし、代わりに注文を入れる。
それは『魔術士の世界』でロスリック王子から譲り受けた『織物』をこの工房に持ち込んでいたのである。
「あの男か女かも分んねぇような、ヒョロイ王子様が使っていた布か?」
そんな事を堂々と口に出すアンドレイ。
もし此処がロスリック城で繁栄期なら、侮辱罪にて捕らわれていた事だろう。
王子が今も着用している『祈祷のフード』と同じ材質の布だ。
特別な祈祷の儀式より、魔法に対し抵抗力を備えていた。
「こいつは、鎧に使うよりも鎧下や衣服、外套の裏地に使用した方が効果が期待出来るだろうな。此処は武器工房で服屋じゃねぇ。服屋に外注する事になるが、それでいいか?」
「これに関しては特別急ぐ訳でもないのでな、それで頼む。……それから、楔石とソウルだ…追加で持って来た」
織物をアンドレイに託し、魂石に貯蔵されたソウルと楔石も追加で渡した。
「おう、修復段階は順調だが、まだ少し掛かる」
今は焦る必要はない。
完全な篝火用の燃料を手に入れ、拠点となる家を購入しなければ螺旋の剣を設置する場所も確保出来ないのだ。
だが、彼自身の等級は予定よりも低い。
殆ど無休で依頼をこなす、ゴブリンスレイヤーの方が早い位だった。
だが、思い通りにいかないのが世の常である。
最後に、細々とした消耗品と『ターゲットシールド』を買い揃え、工房を後にした。
後は神殿に立ち寄り、奇跡の触媒を購入する予定であったが、この時間帯で購買部は流石に閉まっている筈だ。
明朝に立ち寄ればいいだろう。
彼は神殿の状況について思い返していた。
入手した聖書を神殿に託してから、それなりに経つ。
あれから数度神殿に招かれ、聖書や奇跡についての説明を行ってきた。
最初は、地母神の高司祭といった上級の聖職者だけを集め、議論が交わされた。
矢張りというか案の定意見は分かれ、従来の教えを厳守すべきと言う意見と、新たな教義を取り入れ時代を切り開くべしと言う意見に分かれてしまう。
それと言うのも、警戒されている最大の要因は、ロンドールや深みの聖書が持ち込まれたことに起因していた。
禁忌とされているこれらの教義は、到底受け入れられるものではない。
議論は激しさを増し、挙句の果てには持ち込んだ彼本人が邪教徒の手先ではないか、と言う嫌疑まで持たれてしまう始末だ。
当然、彼にそんな考えは微塵も無い。
もし深みの教義を以て混乱を望んでいるのなら、態々この神殿に持ち込むような真似をせず、適当な神官を誑かし深みに誘導すればいいだけの話だ。
司祭長の計らいもあり、彼への疑いは直ぐに晴れる事となるのだが……。
白教の奇跡は概ね拒絶される事は無く、地母神の聖職者達にも比較的受け入れられる事になった。
こうして最初の議論は終わり、他の神を信仰している者達を交え、次第に議論の場を広めていく事になる。
結論から言えば、まず心ある冒険者を厳選した上で、難度の低い奇跡を伝授し、事の推移を見守るという結果に落ち着いた。
もし信仰する神々から何らかの宣託を賜り、拒絶されるようであれば別の奇跡を試す。
ただし、どれも前例が無く、手探りで検証していく必要がある。
ある意味冒険者とは、体のいい実験台なのかも知れない。
どういう結果が訪れようとも、彼が持ち込んだ聖書は『水の都』に一旦送られ、処遇が決定される事は確定していた。
しかし、これ等の書物は文化的価値も非常に高く、書写した物をこの神殿に残されるだろう。
奇跡を伝授させる聖職者は既に選定され、その中にはあの『男神官』も含まれていた。
近い内、彼等に奇跡を伝授する事になっている。
――この世界にカリムの聖女が居れば、もう少し事が簡単に運んだのだが、嘆いても仕方がない。…これらの行動が吉と出るか凶と出るか……!
幸か不幸か今のソウルレベルでは、高位の奇跡は行使する事が出来ない。
故に現状の奇跡を伝授し、仮に悪用されたとて大きな混乱は生まれない筈だ。
今は事の推移を見守るしか出来ないだろう。
これ以上深く考え込むのは止め、彼は食堂へと脚を向けた。
今の彼は資金にそれなりの余裕があった。
少し質の良い肉料理などで腹を満たし、風呂を済ませた後は質の良い部屋を借り、ゆっくりと休養を取る事にした。
明日は少し遠出となり、余裕を持って休む必要がある。
特に変わった事も無く時間が経過し、次の朝を迎えた。
起床した彼は身支度を整え、神殿の開門と同時に奇跡の触媒を購入した。
今のタリスマンはボロボロに擦り切れ、明らかに機能が低下している。
店番の聖職者に引き取って貰い、買い替えた触媒『粗布のタリスマン』を装備した。
朝早くという事もあり、あの少女はまだ姿を見せていない様だ。
彼女も11歳となり身長も少し伸び、僅かずつだが大人への階段を昇りつつある。
彼女は更なる成長を遂げ、今や歴とした神官見習いだ。
今の彼女は大事な時期、態々会いに行き成長を妨げる様な真似はしたくない。
彼は早々に神殿から立ち去り、馬車屋へと向かった。
今度の現場は、かなり距離がある。
徒歩で向かおうものなら、確実に丸一日は要すだろう。
馬車で付近の村まで向かい、其処から徒歩で現場に向かえばいい。
料金を支払った彼は馬車に乗せて貰い、現場へと向かった。
馬車の手綱を握り、御者を務める一人の騎士と荷台に乗る赤毛の少女。
ガタゴトと馬車が揺れ、御者の騎士が愚痴を零した。
「……全く、幾ら俺と言えども、こう頻繁に指名付きで依頼が舞い込んでは、流石に持たん。漸く抜け出せたな……」
「アハハ……、流石にちょっと頑張り過ぎたね、バディ」
金属鎧に身を包みバケツの様な兜に太陽を彩った外套を纏う一人の騎士は、馬車を操りながらブツクサと文句を垂れていた。
普段は太陽を賛美し、多少の不条理も豪快に笑い飛ばしていた彼だが、ここ暫くは依頼が殺到していたのである。
かなり前に武具の強化と視察を兼ね辺境に脚を運ぶ予定であったが、そういう時に限り指名付きの依頼が彼に押し寄せて来た。
連日連夜それが続けば幾ら彼の度量が広くとも、限界が訪れようというもの。
太陽の様にでっかく熱い男になる目標を立てていても、彼とて人間…神ではない。
業を煮やした彼は痺れを切らし、半ば夜逃げに近い形でこうして『水の都』を抜け出し、馬車を走らせているのである。
一応ギルドには、情報収集と道具の調達を理由に伝達している。
珍しく不機嫌であった彼だが、前方から一台の馬車が接近して来るのに気付き、やや進路を逸らせた。
向こうの馬車は幌付きの馬車だ。
中に誰かが乗っているのが分かる。
別に中の人間に関心は無かったが、不死人時代の癖でソウルを無意識的に感知してしまう。
――御者の他に中には一人…若い男だな。今は緩やかだが、このソウル……何処かで覚えが有る様な無い様な……ハテ?
擦れ違った幌付きの馬車につい視線を向け、前も見ずに馬車を走り続けてしまい、それを少女に窘められてしまった。
「コラ!ちゃんと前見ないと危ないってば!」
「おぉっと!スマンスマン、ウワハハハ、俺とした事が!」
普段通りの調子に戻り、彼は手綱を握り直し再び前を向いた。
時を同じくして幌付きの馬車では、一人の男も似た様な反応をしていた。
「……今のソウル……どこか懐かしい……。まるで『太陽』そのものの様な……『でっかく、熱い』ソウルだったな」
幌の中でうたた寝していたが、擦れ違った馬車から感じたソウルで眠気が一気に吹き飛んだ。
彼は懐から一枚のメダルを取り出し、それを何気無く眺めていた。
そのメダルに描かれている太陽を見ていると、あの時の記憶が蘇る。
嘗てロードランで出会った、あの太陽の戦士の記憶が……。
手綱を握る騎士は頭上高く昇る太陽を見上げ、声高らかの叫んだ。
「うむ!今日も絶好の太陽日和だ!」
同時に幌の中から顔を出す一人の剣士も、頭上の太陽を見上げ久々にあのポーズを取る事にした。
「久し振りにやってみるか、景気づけだ!」
そして一人の騎士と剣士は、奇しくも同じポーズを取った。
―― 太陽万歳! ――
両手を斜め上に掲げ、顎を持ち上げ、各々が太陽を賛美した。
「こらバディ!手綱放しちゃダメだってば!」
「お客さん、危ないですよ中に入ってて下さい!」
そして各々は叱られた。
アストラのソラール、灰の剣士、二人は擦れ違いながらも其々の道を歩む。
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粗布のタリスマン
神の奇跡をなす触媒。
粗布のそれは、旅の伝令の持つ質素なもの。
奇跡を使用するためにはタリスマンか聖鈴の何れかを装備し
篝火で奇跡を記憶しておく必要がある。
戦技は「断固たる祈り」
左右どちらに装備していても有効な戦技。
奇跡使用中の強靭度を一時的に増し、敵に攻撃されても祈りが中断されない。
縫い目の荒い粗末な布は、清貧を尊ぶ聖職者とは相性が良い。
ただ、近年或る剣士がこういう品を多用する為、信徒と間違われる事が度々あるそうな。
火の無い灰
装備品
頭:アイアンヘルム(改二)
従来型を更に上質の金属に置き換え、軽量化と防御上昇を実現させた物。
素材自体は鋼を使用している為実質『スティールヘルム』である。
重要部分は鋼、その他は薄く削る、別の軽金属を使用するなどの工夫が凝らされており
非常に良質の防具と化した。
しかし手間を掛ければ原価は跳ね上がり、購入価格は金貨 9枚。
体1:ハードレザーアーマー(改)
外観は殆ど変更が見られないが、中身に改良と強化を加えた代物。
硬革の内側に軽銀の板金を縫い付け、その内側を柔らかい革で挟んだ多重構造。
防御性能の向上に貢献し軽銀の軽さ故、総重量の据え置きにも成功している。
しかし革防具には違いない。
防具は良い、しかし、過信するなかれ。
価格は、金貨8枚。
体2:パデッドアーマー(上質)
鎧下用の布鎧で、上質の素材で使用者の需要に誂えた防具。
外観も考慮され、人目に晒しても恥じる必要はない。
綿を主軸に詰め込み、やや厚めに製造された為、夏場は少々蒸れるのが難。
袖と肩口の継ぎ目は紐で括られ、使用者の意志で自由に着脱が可能。
冒険者も人、必ず人と関わり生きていかねばならない。
余り不快な格好で出歩きたくはないものだ。
価格は、金貨5枚。
腕:ハードマンシェット
良質の布帯を主軸に、重要部分をハードレザー、駆動部をソフトレザーで保護した物。
重量と多少の防御効果が増し、斥候や野伏は無論、魔術士達にも好まれる。
値段は、金貨3枚。
足:ハードレザーブーツ(改)
素材を見直し、駆動部か細部まで徹底的に頑丈に仕上げた脚防具。
反面やや硬さが残るが、使用している内に履きなれていくだろう。
色も若干濃い茶色に変更され、醸し出す光沢は何処と無く高級感を匂わせる。
実際高級品であり、値段は金貨、4枚。
武器1:ロングソード
汎用性が高く、幅広く戦士達に使われている長剣。
柄や十字に張り出した鞘は、鈍器としても機能し
しかし真に使いこなす為には、熟練を要するだろう。
これは平均的な普及型で、価格は金貨、5枚。
武器2:ロングボウ
狩人たちが使う一般的な長弓。
弓を使用するためには矢も装備しておく必要がある。
ショートボウに比べ大型で、此方は狙撃や強射に向く。
戦技は「強射」。
大きく引き絞り放たれた矢は威力を増し、また盾を貫く。
常に弓と共に在り続ける森人。
彼等にとって弓矢は身体の一部であり、分身と言っても過言ではあるまい。
武器3:孤電の杖
特性が明らかとなり、有効な使用法を見出す事が可能となった魔法の杖。
高い魔力変換効率を誇り、術者の魔術に大きく貢献する。
戦技は『吸収』と『開放』。
術を杖に送り込み蓄電させる事で、任意に発動させる事が出来る。
また普段行使出来ない大呪文を徐々に送り込めば、限定的に大呪文の使用も可能となる。
とある高名なアークメイジの師匠が原形を造り、その弟子が仕上げ完成させた物。
そのアークメイジは、今も彼を見ている。
盤の外から――。
盾1:ターゲットシールド
小さな円型の金属盾。
四つの突起が特徴となり、攻撃を受け流すパリィに適する。
戦技は「パリィ」
左右どちらに装備しても有効な戦技。
タイミングを合わせて攻撃を受け流し追撃で、致命の一撃を叩きこむ。
この四方世界は、似て非なる他次元の四方世界が存在する。
その次元では、盾を主力武器として運用する戦士も存在するらしい。
盾2:粗布のタリスマン
荒い布で編まれた質素なタリスマンだが、手間を掛け丁寧に造られている。
実際魔除けの効果も高く、聖職者達の精神を落ち着ける為にも重宝している。
奇跡の触媒としても機能するが、四方世界の聖職者達は触媒無しでも奇跡を行使出来る。
所持品: エスト瓶(2回)
エストの灰瓶(1回)
螺旋剣の破片
遠眼鏡
ペンダント
太陽のメダル×1
狼血の剣草×1
基本セット
スローイングナイフ×8
黒火炎壺×1
破裂石弾×8
七色石×10
灰の剣士
素性:持たざる者
ソウルレベル 57
生命力・16
集中力・15
持久力・16
体力 ・16
筋力 ・18
技量 ・18
理力 ・15
信仰 ・18
運 ・14
技能
奇跡、呪術の火、ソウルの魔術、カーサスの高速体術、ソウルの感知、一部の戦技は武器種を問わず使用可能。
唯の準備期間を描くつもりでしたが、予想外に長くなってしまった。
灰の剣士の使命をこの前夜編で終わらせるか、本編まで持ち越すかは未だ迷っています。
あまり長くなり過ぎないように構想を練っていますが、実際どうなる事やら。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ( ゚∀゚)/