ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ふぅ・・・、やっと投稿の目処が立ちました。

灰の口調をもう少し尊大にした方が言いかなぁ、等と思っていたりもします。

我ながらこの灰、ダークらしさの欠片も無い。

それはそれとして、お楽しみください。


第6話―地母神の神殿―

 

 

 

 

 

 

地母神の神殿にて保護を受けた、火の無い灰。

彼は、一時の休息を得る。

一方ゴブリンスレイヤーは、灰の墓所での状況を報告していた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 太陽が傾き空が朱に染まりかかる頃、街の入り口に到着した鎧戦士一行。

少し待っている様に言われ鎧戦士は、町の衛兵に事情を説明していた。

町へ向う途中の街道でもそうであったが、多くの人々が街を行き交い、ガヤガヤと話し声が聞こえて来る。

本当に真っ当な生者が、数多く存在しているのだ。

いつ以来だろうか、これ程人々の生命の営みを目にするのは。

暗く、陰湿で、寂しく、生命の息吹さえ感じられない、前の世界(ダークソウル)

自分は、あの世界に長く居すぎた。

眼前の喧騒溢れる光景は、火の無い灰にとって過剰に眩しく映っていた。

即席のフードで隠れてはいたが、その光景に思わず涙腺が綻ぶ。

充分だ、これだけの生命溢れる営みを目にしただけで、存在している意味があった。

仮に不死人であるが故、忌み嫌われ人々から追い出されようとも生きていける。

 

そう決意した矢先、鎧戦士が戻ってきた。

どうやら街へは入れる様だ、彼が上手く取り成してくれたのだろう。

灰と被害者の女性は、地母神の神殿に案内される事となった。

神殿、神・・・・・・灰はどうしても緊張感が拭えない。

神殿と言えば、『深みの聖堂』を連想してしまうからである。

薪の王の一人、聖者エルドリッチ。

元は偉大な聖職者だったらしいが、人食らいを繰り返し腐肉の塊の変貌した挙句、それに飽き足らず神食らい迄繰り返した、狂いし聖職者であった。

エルドリッチを巡り、冷たい谷のイルシール、果てはアノールロンドにまで至り、また多くの不死人達とも関りを持った。

カタリナのジークバルト、不屈のパッチ、沈黙の騎士ホレイス、アストラのアンリ。

嘗ての不死人達とのやり取りが、思い起こされる。

今更だが思う、彼等ならこの世界でどういう生き方を見出したのだろうか。

灰の意識は、すっかり過去に浸っていたが、鎧戦士の一声で我に返った。

 

いつの間にか神殿に到着していた様である、地母神の神殿に。

 

 

【挿絵表示】

 

 

・・・深みの大聖堂に比べれば、規模も建物の大きさも、随分劣る。

 

だが、亡者ではない真っ当な生者がこの神殿に出入りしている光景は、不思議と温かみを覚えた。

鎧戦士が、神殿の関係者らしき人物と話をしている。

程無くして、背負っていた女性は最優先で治療の為、神殿の奥へ運ばれた。

これで大丈夫だろう。

 

ゴブリンから受けた心の傷は残念ながら灰には、どうする事も出来ないのだが・・・・・・。

 

……

 

鎧戦士が戻ってきた。

 

「俺は、ギルドへの報告義務がある。お前もこの神殿で休むといい」

 

 彼はそう告げ、神殿を後にした。

 

「世話になったな」

 

「お互い様だ」

 

 振り返る事無く鎧戦士の背中は、小さくなっていく。

 

夕日は沈みかけ、夜が訪れようとしていた。

 

「さぁ旅のお方、貴方も此方へ」

 

 灰は、神殿関係者に案内され奥へと進んでいった。

 

……

 

 地平線の淵が僅かに赤紫に染まる頃、空の大半は紺色に染め上げられ赤と緑、二つの月が宵闇の空を支配していた。

冒険者ギルドでは、依頼を終え報告する為に帰還した冒険者達で賑わっていた。

いつもと変わらぬ平常運転である。

鎧戦士もその中の一人。

ギルドの門を潜りづかづかと無造作に担当の受付カウンターへと向う。

 

「そこで!並み居る怒涛のモンスターの群れを俺の華麗極まりない槍裁きで・・・・・・!!」

 

 槍使いの青年が、魔物退治の報告ついでに三つ編みの新人受付嬢に、猛アピールしていた。

 

それを、苦笑いを浮かべて聞いている受付嬢。

 

報告は、とっくに済んでいるのだが、彼のアピ-ルは止む気配が無い。

 

「報告してもいいか?」

 

 突如、前触れも無く姿を現す鎧戦士。

 

「――うぉっ?!急に出てくんじゃねぇ!」

 

 槍使いの青年は、追い返そうとするが。

 

「はい、制限、時間、よ」

 

 傍らに居た、魔法使いの女性に襟首を掴まれ、ズルズルと引き摺られて行く槍使い。

 

「ごゆっくり、ね」

 

 独特の口調でそう言い残し、奥へと行ってしまった。

鎧戦士は、もう一度。

 

「報告したいのだが?」

 

 受付嬢は、満円の笑みで彼を労う。

 

「お帰りなさいませぇ!依頼の方はいかがでしたか」

 

彼女は心から安堵し、胸につっかえていた重りが外れ心が軽くなったような気がした。

 

「ゴブリンが出た」

 

 いつも通り、彼は答える。

 

「はい、ゴブリンですね」

 

 受付嬢は、インクを浸したペンで報告書に記載していく。

 

「先行した三人の内、二人は死亡していた。一人は、神殿で保護を受けている」

 

 彼は回収しておいた二つの黒いプレート、黒曜等級の冒険者プレートをカウンターへと差し出した。

 

「・・・・・・分りました。確かに・・・・・・」

 

 それを受け取り受付嬢の顔が、僅かばかり曇る。

 

日常茶飯事、自己責任、そんな言葉だけで割り切る事が出来る程、彼女は冷徹になれなかった。

彼女も職員である前に人。

人である以上心が存在する、それは変えようの無い事実である。

そして言葉を続ける彼。

 

「数は、合計50前後。その内、ホブゴブリンが2匹居た」

 

「・・・・・・へ?50ぅ?!」

 

 さすがに驚きの顔を隠せない受付嬢、事前情報では精々20前後と聞いていたのだから。

屯していた冒険者たちの視線が、一斉に此方へと注がれる。

 

「何だ、あいつ一人で50も?」

 

「ホブが、二匹だってよ」

 

「黒曜等級3人で失敗したのにか?」

 

「確か白磁の新人だぞ、アイツ」

 

口々に囁き始める周囲の冒険者達。

彼は、そんな様子を気にも留めず。

 

「現地に旅人が居た。そいつと協力して人質の救出には成功した」

 

 ゴブリンの殲滅には、失敗したが。

彼はその事実を付け加え、現地での戦いを詳しく説明していく。

 

・・・?

 

受付嬢は、違和感を感じていた。

まだ彼との付き合いは、決して深いとは言えないが、それなりに依頼や報告のやり取りをしているのである。

今日はいつも以上に多弁なのだ。

彼の報告に熱が篭っていた。

普段事実を淡々と報告していく彼が、だ。

 

「その旅の男は、腕が立つ。ゴブリンの半分は、そいつが殲滅した」

 

 兜越しで判らないが、若干高揚している様に思えた。

 

「ゴブリンもこれまでの連中と少し違っていた!」

 

 今までの小鬼は、味方同士でも足を引っ張り合い、仲間が攻撃されても笑い飛ばしたりする個体ばかりだ。

しかし、今回はそれが無く仲間意識が強かった様に思えた。

罠や奇襲も殆ど無く、真正面からの戦いを余儀なくされた。

 

彼の報告は、更に興奮の度合いを増している様である。

今日の彼は、まるで先程の槍使いの青年の如くよく喋った。

 

受付嬢は、些か困惑の表情を滲ませる。

彼に何があったのだろう。

 

「・・・・・・最後に重要な報告を・・・・・・」

 

 彼は、一旦区切り水筒の水を一口含んだ。

そして一呼吸置いて。

 

「黒いゴブリンが居た」

 

「へ?」

 

 その時の受付嬢は、どんな顔をしていただろうか?

それは、混沌に満ちた神の言語でしか語り尽くせない、何とも言えない表情をしていたに違いない。

それ程迄に彼の言葉は、突拍子が無かった。

 

「何を言っているのか分らないと思うが、俺も何を言ってるのか分らん。だが事実だ!」

 

 

 

 ― 黒いゴブリンが居た ―

 

 

 

鎧戦士が説明を続けようとした矢先・・・

 

――ザワザワ・・・・・・

 

気が付けばギルド内が、妙に騒がしい。

ギルドの奥から、職員の声が聞こえて来る。

 

「なんですって?分りました、すぐに向かいます!」

 

 急支度を始める職員。

 

彼女は確か、次期監督官候補の同僚だ。

 

至高神に使える司祭職で、幾つかの奇跡を授かっている。

実は都での研修時代から交流があり、受付嬢とは親しい友人関係でもあった。

その彼女が随分血相を変えていたのだ、何か遭ったに違いない。

受付嬢は、その同僚の姿が見えなくなる迄、視線を注いでいた。

 

「・・・続けるがいいだろうか?」

 

 作業を中断している受付嬢に、鎧戦士が話しかけてきた。

 

「ひゃっ?!ひゃいぃっ!」

 

 受付嬢は、驚いて職務を再開する。

鎧戦士の報告は、まだまだ続いた。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 磨かれた上質の石材で作られ少々広めの部屋に居る、数名の人物。

 

その部屋は、地母神の神殿の一角に設けられた一室である。

入り口には、数名の武装した神殿所属の衛兵。

大きな円卓に、椅子が五つ並べられ其々に人が座っている。

上座に神殿最高指導者の司祭長、隣に記録係の助祭、逆隣に至高神所属の次期監督官候補の女性、その下座に上品な鎧に身を包み首に白いプレートを懸けた女騎士、そして火の無い灰が座っていた。

 

いや、火の無い灰に至っては、”座らされていた”と言った方が正しい。

 

そう、これは一種の尋問なのである。

灰の傍らに座っている女騎士。

彼女は、白磁等級の新人冒険者だ。

灰が抵抗し万が一の事態に陥らない様に対処する役目を拝命した。

本来ならこういう役割は、階級の高いベテランが受け持つのだが、緊急であった事。

たまたま彼女が礼拝に訪れていた事。

そして聖騎士を目指していた事も重なり、彼女が自ら志願したのである。

上流階級の出でもあり、佇まいに気品が滲み出ていた。

さり気無く、灰に視線を送る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

神殿に保護された直後、灰はまともな衣服を身に着けていなかった為、現在は神殿側から支給された質素な衣服を纏っている。

 

思っていたよりも、幼い顔つきだな。

 

漸く成人に成ったばかりと言ったところか。

灰に対しての第一印象である。

 

――細身だがこの体格は…少なくとも素人ではないな、この男。

 

隣の男が暴れ出す様なら即座に対応せよ。

そういう許可も下りている為、いつでも剣を抜ける準備は出来ていた。

 

何故このような状況に陥ったのか?

既に原因は理解していた。

 

   ― 亡者の遺骨 ―

 

灰の所持品の中に、亡者の骨が見付かった。

これが、不利に働いた。

この世界の真っ当な人間にとって、死人の人骨を持ち歩くという事自体が、尋常ならざる行為なのである。

灰は神殿に着いて早々に、拘束されたのである。

そして疑われ現在に至る訳だ。

 

邪教徒の類、もしくは・・・・・・。

 

「――最初に申しておきます。私は邪教徒でも、ましてや混沌の軍勢などでもありません!司祭長様」

 

 開口一口、灰は事実のみを述べた。

 

「フン!怪しいものだ、罪人は皆そう言うのだ!」

 

 女騎士は、怒気を強めた。

彼女の脳内では、既に有罪なのだろう。

壮年の女性、司祭長は手で女騎士を制し、隣の監督官候補に目をやる。

監督官候補は静かに首を振り、静かにはっきりとした口調で。

 

「嘘発見《センス・ライ》に反応しません」

 

 そう答えた。

この時点で既に無実だと証明されたようなものだが、皆が納得する筈も無い。

司祭長の質疑は続く。

 

「貴方は、かの遺跡で何をなさっていたのですか?」

 

「異形に襲われ、止む無く戦闘。ゴブリンと呼ばれているそうですね」

 

 灰は、自身に起こった事実のみを述べていく。

 

「件の冒険者から、事情は聞いています。ですが貴方には不可解な点が多すぎ素性が知れません。一体何者なのです?」

 

 司祭長を含め、他の全員が明らかに灰に不信感を募らせているのだ。

 

混沌側の人間でもなく、邪教徒の関係者でもない。

ではあの人骨は何の為に持ち歩いていたのか?

全く素性が知れないこの男を神殿に置く以上、事情も知らず放置するのは些かに危険が伴った。

 

――ふむ、長くなりそうだ。

 

灰は若干の溜息を着き、意を決した。

 

「全てをお話しましょう。少々長くなりますが宜しいか?」

 

 決意の篭った迫力のある言葉に、一同は僅かばかりに強張るが司祭長は穏やかな表情で受け止めた。

 

灰は語り出す、最初の火が生まれる以前の世界を。

 

……

 

古き時代。

 

世界はまだ分かたれず、霧に覆われ、灰色の岩と大樹と、朽ちぬ古竜ばかりがあった。

 

だが、いつか最初の火がおこり、光と闇と、熱さと冷たさ、生命と死、あらゆる差異をもたらした。

 

そして、闇から生まれた者たちが火に惹かれ、火の傍から、王のソウルを見出した。

 

最初の死者、ニト。

 

イザリスの魔女と、混沌の娘達。

 

太陽の光の王グウェンと、彼の騎士達。

 

そして、名も無き影の小人

 

彼等は王の力を得て、古龍に戦いを挑んだ。

 

激戦の末、古竜達との戦いに勝利したグウィン達は、巨大な王国を築き世界を統治した。

 

光溢れる火の時代の幕開けである。

 

 

 

だが、やがて火は衰え、暗闇だけが残る

 

火はまさに消えかけ、人の世には届かず、夜ばかりが続き

 

人の中に、不死の呪い。

 

ダークリングが現れ始めていた・・・・・・。

 

 

 

ダークリングの呪いを受けた者は、不死人となる。

 

肉体は、死んでも蘇り、代償に精神を磨耗させてゆく。

 

死ぬ度に、記憶、感情、理性等、人の営みに必須な人間性が喪失していくのだ。

 

最後には忘れた事すら忘れていき、亡者と成り本能の赴くままソウルを貪るだけの生ける屍と化す。

 

それが、不死の呪い。

 

……

 

灰自身も昔は真っ当な生者であったが、不死人と化し北の不死院に幽閉された。

 

世界が終わるまで。

 

だが、灰を牢から助け出してくれた上級騎士によると、選ばれた不死人は、不死院を抜け出し神々の地ロードランに巡礼が許されるという。

 

そして、その巡礼の果てに二つの鐘を鳴らす。

 

その使命を代わりに果たしてくれと力尽きた上級騎士から託され、北の不死院を脱出。

 

全ては、その上級騎士の恩義に報いる為。

 

 

 

数多くの戦いを潜り抜けた。

何度も殺され、その度に死に覚え、逃れる事の出来ない運命に挑み続けた。

そして、最初の火を存続させる為に自らの体を薪とした、太陽の光の王グウィン。

火は、いよいよ消えかかる。

この火が消え去ることを防ぐには、灰自身が大王グウィンの後を継ぎ、自らを薪となり火を継がねばならない。

そして再び火の勢いを取り戻さない限り、人間に現れたダークリングが消える事も無い。

最初の火の炉にて大王グウィンを打ち倒し、王のソウルを体内に宿した後、灰は最初の火を継いだ。

 

そして勢いを取り戻した火は、人々から不死の呪いを消し去り、世界は再び繁栄の歴史を歩む。

 

 

 

・・・・・・それでは、終わらなかった。

 

 

 

再び灰は目覚めた。

不死のダークリングを宿したまま。

灰は、三人の老婆から不死の呪いを解く方法は無いと告げられる。

そして望む望まざるに関らず、ドラングレイグという国を目指す事になるだろうと諭され、灰の過酷な旅が再開される事になる。

旅を続けて行く内に、ドラングレイグの王妃デュナシャンドラを倒した灰。

デュナシャンドラの目的は、デュナシャンドラはソウルを集め闇の世界へ誘う為、火継ぎの力を持つ灰に目を付けた、その強大なソウルを奪う為に暗躍していたのだ。

灰は、二度目の火を継いだ。

衰えていた火は再び力を取り戻し、世界は延命された。

 

 

 

だが、灰の旅は終わらなかった。

 

 

 

最初の火は世界に繁栄をもたらしたが、永い歴史の中でその勢いも徐々に消えかかり、世界はゆっくりと、そして着実に終わりへ足を進め始めていた。

そして世界中に鐘の音が鳴り響くと同時に、嘗て自らの体とソウルを焚(く)べ火を存続させた、薪の王達が蘇る。

 

追放者、ルドレス。

深淵の監視者、ファランの不死隊。

人喰らい、エルドリッチ。

孤独な巨人、ヨーム。

血統の末、ロスリックの王。

 

灰は、三度目覚めた。

灰の墓所で。

何故自分が蘇ったのか。

自分の使命は何なのか。

何もかもが解らないまま、道の先に見える大きな建造物を目指して歩き始めた。

 

火継ぎの祭祀場、と呼ばれるその建造物に足を踏み入れると、プラチナブロンドの長い髪をした女性と出会う。

自らを火の無い灰を導く存在『火守女』を自称する女性は、灰に役割を告げた。

 

「灰の方、蘇った薪の王達を火継ぎの為に、王座に連れ戻して下さい」

 

 火守女に導かれるまま、灰の終わらぬ旅が始まる。

数え切れない死を迎え、幾度と無く挑み、遂に最初の火の炉に辿り着いた灰。

そこに待ち受けていたのは、嘗て幾度となく火を継いで来た薪の王達の融合体、王達の化身であった。

激闘の末、灰は勝利し自らの使命を果たす為、薪となる道を選んだ。

今迄そうしてきたように。

 

そして、異変が起こった。

再び目覚めるのである、灰の墓所で何度も繰り返し。

そこから先は同じことの繰り返し。

否、少しずつ世界に変化の兆しが視えていた。

繰り返し火を継ぐ度に、墓所で目覚め、徐々に世界が闇に侵食されていくのである。

侵食の度合いは火を継ぐ度に、進行していった。

唯一周回の記憶を共有していたのは、火防女だけであった。

彼女は、語った。

最初の火が、限界に近付きつつある事。

火の無い灰に備わる、火継ぎの力も限界を迎えつつある事。

灰自身が終わりの無い旅路の果てに”死に過ぎた結果”亡者化寸前にまで精神を喪失していた事も、原因の一つであった。

灰は、亡者化しつつある鈍った思考を振り絞り、火を消し火継ぎの歴史を終わらせる選択肢を選んだのだ。

最初の火の炉に佇む、王達の化身を討ち果たし火消しの準備の為、火防女を召喚する灰。

だが邪魔が入った。

介入して来たのは、亡者の国ロンドールの黒教会。

 

『闇の王』を名乗る不死人と、彼を先導し暗躍してきた、黒教会の三姉妹の一人ユリア、そして配下の不死人達。

 

彼らは最初の火を奪い、火の時代を終わらせ、世界を闇の時代へと導く為、灰の前に立ち塞がった。

結局戦いは灰の勝利に終わったが、灰自身も命が尽きかけようとしており亡者と至る迄で時間の問題であった。

ギリギリのところで火消しの儀式を執り終えたと同時に、火の無い灰は息絶え亡者と成って果てた。

灰の意識は寸断され目を覚ませば、墓所の棺の中だった。

だが、これまでの違い完全に見知らぬ世界で覚醒し、彷徨っていたところを例の異形『ゴブリン』に襲われた。

 

 

 

そこから先は、皆の知る通り。

 

「・・・・・・以上です」

 

 灰は、深く息を吐き出した。

溜め込んでいた、過去の忌まわしい記憶を全てを垂れ流すかの如く。

 

――・・・そういえば、あの|彼()()()にさえ此処まで長くは語らなかったな。

 

ふとそんな思いに耽る。

部屋は沈黙と静寂に支配された。

重苦しく淀んだ空気が立ち込める。

宛ら、深みの聖堂に放り込まれたかの様な錯覚さえ覚えさせた。

 

「・・・・・・sんな・・・あり得ない・・・・・・」

 

 司祭長の隣に座る、監督官候補が掠れた声でうわ言の様に呟いた。

 

「一度も反応しなかった・・・・・・《センス・ライ》が、ただの一度も反応しないなんて・・・・・・」

 

 監督官候補は、怯えを滲ませ小刻みに肩を震わせていた。

記録係りの助祭は、一見落ち着いている様だが額に汗を滲ませている。

女騎士は、終始沈黙を保ったままどうして良いか判らないと言った困惑の表情を浮かべている。

 

「若干差異がありますが、古文献や口伝と同じですね」

 

 唯一司祭長だけが、平静を保っていた。

 

「文献?・・・もしかして、伝わっているのですか?」

 

 灰もつい反応し司祭長に尋ねた。

 

「ええ、持って来させましょう。」

 

 その上で自身の目で確認してみよ、との事である。

司祭長は記録係りの助祭に命じ、古びた書物を幾つか持って来させた。

どれもかなりの年代物だ。

端が擦り切れボロボロの書物まである。

灰は、書物を手に取り目を通してみたが、文字を読む事が出来なかった。

この世界での一般的な言語であるようだが、灰の認知している言語とは全くの別系統で記されていたのだ。

何とか読める物を探し当て、最も古い文献を手に取った。

本というよりは、スクロールに近い。

その古い文献の文字は灰も認識出来、読む事が可能な言語で記されていた。

 

「おや?古代文字は読めるのですね?」

 

 司祭長は少し意外そうな顔を見せた。

この世界の住人にとって古代文字を読み解けるものは、知識階級のごく僅かな上層の者達だけである。

これを読めるだけでも、灰の語った証言はいよいよ信憑性が高まってきたのである。

灰は暫し読み耽り、やがて文献から目を離す。

 

「ふむ・・・、僅かながらに違いが見られますね」

 

 大筋は合っているようだが、細やかな所で違いがある、余り気に掛ける重要な事柄でもないが。

もしかしたら別次元の不死人について、記録されているのかも知れない。

有り得ない話ではない、不死人達は『白いサインろう石』を使い地面にサインを描き、別世界の火の無い灰達に協力を要請する事が出来る。

灰自身もよくお世話になったものだ。

 

少しばかりの静寂が、時を進めた。

誰も口を開く事無く沈黙が空間を支配していたが、司祭長が灰に尋ねる。

 

「灰の方、貴方はこの世界で何を成し遂げたいのですか?」

 

「……」

 

 ・・・すぐには応えられなかった。

 

「私は、この世界について何も知りません。この世界の常識も、在りかたも、何もかも。」

 

 どうすればいいのか判らない、全く違う世界に放り込まれてしまった。

ましてや真っ当な生者達が当たり前に生き、躍動している世界。

 

・・・長過ぎた・・・・・・。

 

あまりに長過ぎたのだ、終わりを迎えつつの世界で火を継ぎ延命させる為だけに存在していた、火の無い灰。

暗く淀み死の瘴気が充満し切っていた世界を数え切れないほどに彷徨い、戦い、死に続け、その挙句が亡者と成り果てた事だった。

火を消し、火継ぎの世界を終わらせ、亡者と化し、漸く自分自身の生を全うした。

少なくとも灰はそう考えていたが、実際灰の墓所で再度覚醒した。

 

未知の体験を伴って。

 

そして、ゴブリンなる異形の襲撃に遭い、冒険者なる戦士に出会った。

 

「私は冒険者という職業に、幾ばくかの興味を覚えました」

 

 ――冒険者となって、この世界を視てみたい!

 

本心だった。

実際望み通りにいくかどうかは分らない、だが・・・願わくば、私は冒険者に・・・・・・!

 

「解りましたそのように手配いたしましょう」

 

 ・・・意外にもあっさりと承諾されてしまい、灰も言葉を失ってしまう。

 

「あの・・・、宜しいのですか?彼の嫌疑はまだ晴れて・・・・・・」

 

 監督官候補が口を開く。

 

「よいのです。この神殿の結界に、何ら反応が視られませんでした」

 

 司祭長が言うには、この地母神の神殿には、不浄の輩に抗する結界が四方に張られているとの事。

もしこの男が、混沌の軍勢や邪なる者、或いはアンデットに類する不浄の輩であれば、結界に対し幾らかの反応がみられた筈である。

だが実際は全くの無反応。

少なくとも火の無い灰は地母神様に受け入れられた、司祭長はそう判断しているのだ。

しかし灰の所持していた『亡者の遺骨』は真っ当な定命の者が持つには、神聖な神殿には場違いにも程がある。

何か遭ってからでは、遅いのだ。

だからこそあえて尋問の場を設け、情報を素性を引き出す必要があったのだ。

 

「しかし、何の目的でこの様な不気味な人骨を所持していたのだ?」

 

 隣の女騎士が質問してきた。

当然の質問だ。

灰はおもむろに立ち上がり、遺骨を手に取った。

 

「実際にお見せした方が説明が付くでしょう」

 

 灰は机に並べられている、亡者の遺骨、螺旋剣の欠片を床の適当な場所へ設置する。

設置し終えるや否や、手を翳し。

 

 ― BONFIRE LIT ―

 

何の前触れも無く、突然にして火が灯った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

亡者の遺骨

 

朽ち果て干乾びた、死人の成れの果て。

しかし僅かに帯びた死の残滓はソウルを帯び、篝火の燃料としての役割を果たす。

だが期待するなかれ。

所詮は風化が進み、消えゆく運命を待つばかりの憐れな塵芥。

故も知らぬ何者かの骨に過ぎないのだ。

 

あまり持ち歩く代物ではない。

 

 

 

 

 

 




 如何だったでしょうか。

尋問シーンなど今の今まで描いた事が無かったので、途中で何を書いていたのか自分でも分らなくなる事がありました。

辺境の街の神殿は、神様毎に在ると思いますが、重戦士のパートナーである女騎士は
至高神を信仰してたんだっけか?

もしそうだとすると、地母神の神殿に礼拝に行く事自体、ありえるのか自分でも判断しかねています。
宗教についててんで疎いもので。

灰の過去を語るシーンですが、私はダクソ2をプレイしたことが全くありません。
あれだけ短いのはその為です。
どうやら1と3との繋がりも薄いらしい?

監督官の女性ですが、イヤーワン時代から正式に監督官として従事していたのでしょうか?
詳しい方が居たら教えて下さい。m(_ _)m

そんなこんなで、この様な稚拙な展開になってしまいましたが
それでも楽しんでいただけたら幸いです。

では、マタ。( ゚∀゚)/



・・・・・・今回は長かったなぁ・・・・・・


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