今回はソラールさんのお話です。
とある村に到着する所から始まります。
時期的には、灰の剣士が水の都近くの討伐に赴いた頃のお話になります。
アストラの直剣
亡国の名で呼ばれる上質の剣。
没落したアストラは、嘗て貴族の国であった。
この武器はその名残、遺産であるのだろう。
時代を越え、その剣は今も騎士達の手に握られている。
誇り高きアストラの理念を失いつつ
同時に心の何処かで、それを残しながら……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これは、灰の剣士が乗る馬車と擦れ違った直後のお話。
日も夕暮れに差し掛かる頃、一台の馬車は或る寒村へと辿り着いた。
その村は外敵に備えているであろう、頑丈な防護柵が2重に設置されていた。
既に時刻は夕暮れ。
目につく人は疎らで、残りの住民達も農作業を終え帰路に着く最中、彼等は到着したのだった。
「……うむ、見下す訳ではないが、やはり辺境だな。
バケツの様な兜と堅牢な鎧を身に纏い、外套には太陽が描かれた一人の騎士は感想を述べる。
辺りを見回し村を一望した後、荷台に乗っていた赤毛の少女斥候が声を掛ける。
「……あ…あのね、非常に言い辛いんだけど、アタシが思うに此処は辺境の街じゃなくて……」
「言わなくていい、分かっている。馬車に乗りっ放しとは言え俺達は無論、馬も疲労困憊だ。先ずは宿を探し、ギルドの捜索は明日にしようではないか」
彼女の言に彼はさも当然だと言わんばかりに応え、今後の行動方針を述べた。
「いやアタシが言いたいのは此処は街じゃなくて、多分道を間違え――」
「うむ!貴公も冒険者とは言え、か弱き女人には違いない。宿で美味い晩餐と湯浴みで身体を清めたいであろう。安心せよ、必ず俺が取り計らおうではないか!」
会話が噛み合っているのか噛み合っていないのか、若しくはこの騎士が天然なのか――。
此処は目的地ではないと彼に諭そうとするも、彼は馬車を降り付近の村人に宿を聞き出す。
「おんや旅のもんかい?行商人にしては、立派な鎧を着とるだでなぁ……」
鍬を担いだ初老の男は、近付く騎士を見て驚きの声を漏らす。
少々見た目は奇抜だが、佇まいから悪人ではないのは理解出来た。
初老の男は特に警戒する事も無く、騎士の話に耳を傾けた。
「仕事帰りのところ申し訳ないのだが宿を探していてな、済まぬが良さげな所は在るだろうか?」
此処は小さな開拓村だ。
旅人、しかも身分の高いであろう騎士が満足するような宿など、在ろう筈も無い。
精々定期的に訪れる行商人の為に、交易神を祀る小さな寺院が辛うじて宿代わりになる位である。
「寺院で良ければ、ホラあそこに見えますじゃろ?」
男が指さす方角に、石造りの寺院らしき建物が見える。
夕日に照らされ、石材は淡い赤みを帯びボンヤリ輝いている様にも見えた。
「うむ。丁寧な対応に感謝する!これはほんの礼だ。なぁに遠慮はいらん!ウワッハッハッハ!」
「……は…はぁ……」
困惑する村人にの手に一枚の銀貨を握らせ、騎士は声高らかに笑いながら寺院へと馬車を向かわせた。
荷台で赤毛の少女が申し訳なさそうに、頭を下げていた。
「水の都も中々に良い所であったが、辺境の街ものどかで落ち着くではないか!……少々寂しげな感は否めぬがな」
――どう説明したものやら……――
上機嫌な騎士と、秘かに溜息を吐く少女斥候。
程無くして、寺院に到着した二人は馬車を停止させ、正門に当たる金属製のドアノブを叩く。
「誰ぞ、誰ぞ居ぬか?!」
騎士は数度ノックし、相手の出方を窺った。
中に人が居るのはソウルの感知で理解出来る。
後は受け入れてくれるのを期待するばかりだが、こればかりは相手が側が決める事だ。
少々音沙汰が無かったため、拒否されたのかと疑ったが扉が開き、中から修道服を纏った壮年の女性が迎えてくれた。
「ようこそおいで下さいました、旅の方々。私はこの寺院を預かる者です。遠路はるばるお疲れでしょう、どうぞ中へ……」
寺院の責任者である彼女は快く二人を受け入れ、中へと案内してくれた。
彼らの馬車馬は、村の専門家が面倒を見てくれる事となった。
(無論有料である。値段、金貨一枚)
来客用の部屋で二人は持て成され、騎士は驚く。
「――何とっ?此処は辺境の街ではないと!」
「……ええ、誠に残念なのですが、道をお間違えの様ですね」
「ば、馬鹿な!この俺に不備があったというのか……」
「……だから何度も言おうとしたの!道を間違えたから、此処は街じゃなく村だって――」
この騎士、名を『ソラール』と言うのだが、辺境の街へ向かう途中で他の馬車と擦れ違った。
その際感じ取ったどこか懐かしいソウルに触発され、何時もの『太陽賛美』を行っていたのだが、それが原因であった。
事もあろうか御者を務めていた彼は、手綱を放し脇見運転をしてしまった。
間が悪い事に道標の看板を見逃し、彼等は
「グヌヌヌヌ、道理でやたらと時間が掛かった訳だ。地図の距離と馬車の速度を算出して経過時間まで計算したというのに……!」
「……例の
「だが断る」
そんな賑やかな二人のやり取りに、院長は微笑み彼等を泊める事にした。
そこへ寺院の子供達がドヤドヤと客室へ踏み込んで来た。
「おお!騎士様とお姉さんだ」
「アタシ初めて騎士様って見たぁ!」
「この二人も冒険者さん?」
「こ、これ!貴方達、勝手に中に入ってはいけません!お客様に失礼でしょ!」
「なんのなんの、元気のよい子共達だ!」
騒ぎ興奮する子供達を叱る院長だったが、ソラールは気前よく受け入れた。
皆両親を亡くした身寄りのない孤児で、この寺院が子供の面倒を見ていたのである。
「そっか、此処も孤児院なんだ」
因みに少女斥候も別の孤児院出身で両親の顔は知らない。
もうすぐ夕食の時間帯でもあり、彼等も同じ食堂に案内される事となった。
二人は子供達に囲まれながら、質素だが暖かな食事を振舞われた。
しかし食べ盛りな子供達――。
ソラールは手持ちの糧秣を提供し、子供達の食事に彩りを加える。
日持ちを優先した代物が大半を占めていたが、此処では手に入らない物ばかりで子供達には大変好評であった。
今宵の晩餐は大いに盛り上がり、彼等は至福の時を過ごした。
賑やかな夕食が終わると少女斥候は食器の後始末を手伝い、少し暇となったソラールは一人の少女に捕まった。
長く滑らかな黒髪の少女で、クッキリとした意志の籠った目をしている。
そして何よりソラールの目を引いたのは、彼女の持つ『夜明けに似たソウル』にあった。
――ふむ、この少女。特別なソウルを感じる。
対する少女もソラールをまじまじと見つめていた。
「むむむむ……、変な格好の
言うに事欠いて太陽の戦士ソラールを捕まえて、
「ハッハッハ、これは手厳しい。貴公も中々の度量の持ち主だ!」
本来なら失礼極まりない彼女の態度だが、そんな事を一々目くじらを立てる程ソラールは狭い男ではない。
少女の態度にさして気にも掛けなかったが、彼女はソラールの外套を凝視していた。
正確には外套に描かれた、太陽に向かって――。
「ご飯の時からずっと気になってたけど、お日様が描かれてるね」
少女は外套の太陽に釘付けだった。
この太陽はソラール自らが描いたもので、彼の信仰心の表れとも言えよう。
「その通り。でっかく熱く天高くそびえ立つは、正に太陽!」
そして何時もの『太陽賛美』を少女にやって見せた。
「とくと見よ!これが『太陽賛美』」
(今は夜だが)
「おおぉぉ~~…!」
両腕を左右対称斜め上に掲げ、顎を少し持ち上げる。
それは太陽の恩恵を一身に受け止め、全身を以て感謝と尊敬の念を表す事で、太陽を称える姿勢だ。
少女はそれを見上げ、感嘆の声を漏らす。
「太陽の偉大さが、お分かり頂けたかな?」
得意気に胸を張る彼に対し、少女も言葉を返す。
「それならボクも知ってるよ」
少女も太陽を称え、あるジェスチャーで応えた。
「――?!!」
ソラールは面食らった。
「『お日様万歳!』ヌワァッハッハハハ!」
「な、なんとぉっ?!既に知っておったとはぁ……!……と、言いたい所であるが――」
予想外の展開に面食らっていたソラールであったが、微妙に違う太陽賛美にやや困惑した。
少女の
少女はドヤ顔で、平坦な胸を張る。
「……あ~~、少女よ、その賛美は何処で覚えたのか?」
彼女に訊ねてみる事にした。
――ちょっと待ち給え。こんな賛美など見た事ないぞ俺は。…まさか時代か?遥か彼方に過ぎ去りし時代の流れが『太陽賛美』を歪めてしまったのか?!……何たる事か!これはいかん!このままでは、『お日様賛美』などという亜流が横行してしまうではないかっ!ぬぅっ、たとえ俺一人になろうとも、誠に正しき太陽信仰を貫かねばな!何たる事…、太陽の神は俺に新たな試練を与え給うたという事だな?よかろう、このソラール!太陽の戦士として、アストラ騎士として、この尊き試練を見事果たして見せようぞ!
表向きは平静を保っている様に見えたが、頭の中で『伝導者の三叉槍』を手に持ち踊りながら内心は、かなりテンバッテいた。
「どうだ!お兄ちゃんに教わったのだ!」
少女は腰に手を当て、誇らし気に語った。
「……ほう、兄とな。孤児だと思っていたが、御兄弟が
――その割には、彼女の面影が有る男児は見掛けなかったがな。
「ちがう、ちがう。ボクは一人っ子だよ。お兄ちゃんっていうのはね――」
嘗てこの村に、小鬼退治に駆け付けた冒険者が居た。
珍妙な格好の二人組で、その内の一人が太陽の素晴らしさを熱く語ってくれていた。
太陽賛美は、その彼に教わったものだ。
実際彼は、ソラールと同様のやり方を教えた筈なのだが、少女は何故かこのポーズのまま覚えてしまい半ば癖と化していた。
一応ソラールも彼女に正しいやり方を伝授しようとするが、どうにも彼女は自分のやり方を堅持しようとする。
「う~~む。まぁ貴公があくまでそのやり方を貫くと言うのなら、それも良かろう。だがこれだけは、忘れないで欲しい。貴公が兄と慕う冒険者も、俺が今示した太陽賛美も、一挙一動全てに意味がある。お前のお日様賛美とやらも然り、全ては大地を照らし、生命を育む光の恩恵を称えんが為の情景だ。我等は決して独りで生きているのではなく、多くの生命に支え支えられ生かされているという事だけは覚えていて貰いたい。それさえ忘れぬのであれば、俺はこれ以上否定はせぬ。少女よ、貴公には太陽に連なる不思議なソウルを感じる。何れ多くの人々の希望となるであろう、願わくば貴公にも太陽の導きがあらん事を切に願う」
「……」
些か長めの説教に少女はポカンと口を開け、呆けていた。
「……バケツさんの言う事、何だか難しい……」
指で頭を抑え、少女は気難しい表情をする。
「なに、難しく考える必要はない。周囲に対する感謝を忘れなければ良いだけだ。ウワハッハッハ!」
「うん!それならボクにも分かるよ!ヌワッハッハッハ!」
少女もニカッと笑い、二人の談笑は続いた。
……
「本当にあの子がすみません。もう少し大人しくしてくれればいいんですけど……」
寺院の子供達も寝静まり、客室にはソラール一行と院長が向かい合って座っていた。
黒髪の少女の一件で、院長がソラールに謝罪していた。
「いえ、気にしてはおりませぬ」
「すごく元気そうな子で、見ている方も気持ちがいいですよ院長先生」
二人はさして気にした風でもなく、寧ろ彼女の快活さに気分を良くしていた。
院長の本心としては、大人しい女の子らしく成長してほしいようだが。
「しかし、あの子には不思議な
ソラールは、あの少女のソウルを見抜き、”何れ世界に大きな影響を与える人物になるのではないか”と踏んでいた。
院長は語る。
以前この村に全身甲冑の女騎士が現れ、一振りの剣を置いていった。
それ以来あの少女は、
学問をも疎かにしてまで――。
「あら御免なさい。年を取るとつい愚痴っぽくなってしまいますね。お二方、今日は長旅でお疲れでしょう、何もない部屋ですが、ゆっくり休んでいって下さい」
院長は二人の為の寝台を整えるが、ソラールが言葉を挟んだ。
「院長殿、私は暫し周辺の夜警をしたいと思っております。出来れば彼女は子供達と同部屋で休ませてやってくれませぬか?」
「――えっ?ど、どうしたの?」
「それは構いませんが、どうされました?」
少女斥候と院長は疑問を投げ掛ける。
「なに、只の見回りです。念の為」
そう言った彼は部屋を出る間際、少女斥候にそっと耳打ちした。
『不穏なソウルを感知した。間違いなく、この寺院を標的にしている。子供達にもしもの事があってはならん、いざという時は貴公が守ってやるのだ、良いな!』
「――バディ……?」
声量は小さなものだったが、力強い確かなソラールの口調――。
こういう時の彼は、間違いなく危険を察知した時の彼だ。
ついては行きたかったが、彼は自分を信用し寺院の警護を任せた。
彼の信頼を裏切る訳にはいかない。
「……気を付けてよ、バディ……!」
「うむ……!」
軽く頷いた彼は部屋を後にし、村の外へと歩を進めた。
夜とは言え、良く晴れた夜空だ。
二つの月光が地面を照らし、松明が無くとも視界は良好だった。
「二つの月……、矢張り月が二つ在るのは未だに慣れんな……」
彼の居た時代、月は常に一つであった。
彼自身、月には何の興味も関心も無かったが、太陽と対を成す暗月信仰には幾許か気にはなっていた。
――太陽信仰は、何らかの形でこの時代にも受け継がれている事は確定した。……では、あの『暗月信仰』は今も続いているのか、滅び去っているのか。
この四方世界に来て、そこそこの月日が経つが、未だ『暗月』の残滓に出会う事は無かった。
暫く歩き村を一周、再び入り口付近に迄辿り着き、近隣の雑木林に視線を傾け佇んだ。
そして警戒態勢に移る。
「さて貴公等、この村に何用かな?」
何もない空間に向かって言葉を発すソラール。
辺りはシンと静まり返り、微風が葉を揺らす音のみが耳を打つ。
しかし、彼は其処から視線を動かそうとはしなかった。
「……」
彼は微動だにせず、警戒を緩める事は無い。
「……無防備だと踏んでいたのだが間が悪いのか、この村が特殊なのやら」
生い茂る木々の奥から声が漏れ、現れた数名の騎士らしき人影。
騎士の何人かは剣を抜き、ソラールに対峙する。
「このソウル……まさか貴公……?」
「……奇遇だな、俺も同じ事を考えていた」
騎士の一人とソラールは、互いのソウルを感じ取り様子を窺う。
「それにその剣は…、『アストラの直剣』。まさかな……、この世界に来て同郷の者に出会うとは……」
ソラールの対する騎士達は、全員が『アストラの直剣』を装備していた。
即ち彼等は、既に亡国となったアストラ出身者という事になる。
「おい、コイツ知ってるぜ!遥か昔、まだアストラが辛うじて国の体を成していた時代、やたら太陽を追い求める変人が居たんだが、纏った外套を見て確信したぜ」
「この男がそうだと言うのか」
「まぁいい、同郷者なら我等の邪魔をせず、道を開けよ。世に平穏を齎すが故の任務があるのでな」
騎士が口々にソラールについて言及し、道を開けるよう要求する。
「……退くと思うか?」
当然彼は拒否する。
この非武装地帯に、完全装備の騎士が数人も押し掛ける。
どう贔屓目に見ても、尋常ならざる事態だ。
「……一応聞いてやる。貴公等、この村をどうするつもりだ?」
答えなど期待はしていないが念の為、彼等の目的を聞き出そうと試みた。
「退けば教えてやろう」
「ならば引き返せ!さすれば、退いてやろう」
両者は一歩も引かず、緊張が高まりつつあった。
「全く嘆かわしい。アストラ貴族の端くれが、こうも聞き訳が無いとはな。アストラ騎士の矜持をも失ったか!」
「力尽くで、村ごと制圧するしかあるまいよ!」
「どの道、この村も生者の吹き溜まり。存在するには値せぬ!」
「せめて我等の慈悲を以て、村人全てを不死へと変えてやろうぞ!」
「生者など人に非ず。不死と亡者のみが『ロンドール』臣民足り得るのだ!」
「コイツも憐れよの!不死ではなく、生者としてこの世界に流れ着くとは――」
騎士達の言にソラールの感情は次第に、憤りを滲ませ始めていた。
「アストラは太陽信仰が国教だった筈。貴公等の太陽は何処へ行ったのだ!」
眼前の騎士達からは、間違いなくアストラ騎士のソウルが感知できる。
しかし先程からの言は聞くに堪えない。
皆が口々に生者を否定し、闇や不死や亡者に固執しているのだ。
それ等は明らかに太陽信仰を否定するに等しい思想だ。
寧ろ冒涜と言っていいだろう。
「馬鹿な男だ!古き倫理に根差し、未だ太陽に拘り続けるか!」
「今の太陽に何ら意義は無し!死と闇が永遠の平穏と安らぎに満たすのだ!」
「故に我等は太陽を深みに満たし『黒き太陽』へと作り変えん!」
「その時こそ、我等と我等が王の悲願は成就する!」
「最早アストラは消え去った!今やロンドールこそが、我等の新しき故郷よ!」
闇に惹かれ深みに傾倒せし、眼前の騎士達。
全身甲冑で姿こそ視認は出来ないが、ソウルの流れからして心はともかく身体は亡者と化しているだろう。
「……貴公等とて騎士の端くれ。武器も持たぬ罪無き民草に剣を振るうと言うのか!」
「生者など人に非ず、何度も言わせるな。ソラールとやら、我等と来い!同郷のよしみだ、不死の儀礼を受け再び栄光ある不死人へ戻るが良い。王には我等が口利きしてやってもいいぞ!」
心の何処かで信じていた、同胞達。
しかし彼等はアストラではなくロンドールの民として振舞っていた。
そして武器すら持たぬこの村に、襲撃をかけようとさえしている。
しかも村人達を人として見てはいない。
この様子では女子供も容赦なく、彼等の刃に斃れるだろう。
思わぬ形で同郷者と出会い、思わぬ形で知った、アストラの面影をも見失った彼ら――。
本来アストラと云う国は太陽信仰が盛んであり、真逆の深みや闇の信仰を忌避する傾向が強かった。
国自体は貴族層が支配階級であったが、国王は無論大半の貴族は民を安んじ長らく安定期を迎えていた。
アストラに仕える騎士達は皆高潔な精神性を持ち、国の為に
しかし火が陰りを見せ、世界中が闇の浸食され始めた。
それが切っ掛けだったのだろうか。
国王は病に伏せ指導者を失ったアストラは、後継者や派閥争いを激化させてゆく。
火が陰り生命の営みが衰退していく中、内部争いは激化の一途を辿っていた。
その煽りで国力は低下し、最早アストラは国として機能していなかった。
次第にアストラは統治力を喪失し、没落してゆく。
ソラールの脳裏には、今も誇り高きアストラ騎士団の記憶が残っているのだ。
だからこそ……、許せなかった。
嘗ての祖国が忌避する、死と深みに傾倒する
「……もう……、アストラは消え去ったのだな。……ならばせめて……、この俺が貴公等の業を取り払おう。嘗ての故国が称え崇めた、『太陽信仰』に誓ってな!」
ソラールは剣と盾を抜き、戦闘態勢に入る。
「愚かな!この人数を相手に、一人で立ち向かうとはな!」
隊長らしき騎士の一人が虚空から剣を出現させ、何時でも飛び掛かれる体勢だ。
「――?!貴公……!『ソウルの業』が使えるのか」
彼等がソウルの変換を行使し、虚空から武器を出現させた事に驚くソラール。
ロードランを旅していた時代、自身も当然の如く使用していた技だったが、この四方世界に生者として生まれ変わり、その能力は失われた。
溜め込んでいたアイテム類も豊富だった為、その能力が消失してしまった事が悔やまれる。
「生者とは不便よの!矢張り、闇と不死こそが至高の存在なのだ。貴公が何故生者に生まれ変わったのかは定かではないが、そんな事はどうでもよい!」
騎士の一人が、剣を構え突撃を開始した。
それを合図に、他の騎士達も次々とソラールに襲い掛かる。
――奴等も騎士!真面に相手をすれば、此方も長くはもたん!
相手は訓練を受けた真っ当な熟練騎士、それも5名から成る班だ。
真正面から戦えば、あっという間に包囲され集中攻撃を浴びるのは目に見えている。
最前列の騎士に、彼は手にした盾を放り投げた。
なるべく相手の視界を遮り、注意を散漫させる様に――。
「――ちっ!何の真似だ!」
先頭の騎士は視界を盾に遮断され、それを鬱陶しそうに手で払う。
再び視界が開けたが、それが彼の運命を決定付けた。
「――がっ?!」
次の瞬間、彼の喉は剣により貫かれ、声を漏らす事も出来ぬまま絶命し塵灰となり消え去った。
「先ずは一人!」
ソラールが盾を放り投げた瞬間に屈み込み、戦技『かち上げ突き』を放ったのである。
先頭の騎士が盾を振り払い、視界を回復させる事は理解していた。
隙としては僅かだか、その一瞬さえあれば相手の意表を突く事は容易い。
騎士が生んだ一瞬の隙をも見逃さず、ソラールの剣は敵の喉を貫き一撃で仕留めたのだ。
「――ええいっ!怯むなぁ!」
残った騎士達が彼へと殺到する。
騎士の一人がアストラの直剣を上段から振り下ろした。
彼はその攻撃を剣で受け止め、そのままショルダータックルで相手を押し、勢いを消さぬまま後ろの騎士にぶつけた。
「――ぐをぁ?!」
二人の騎士は、その勢いに押し負け転倒するも、ソラールは動きを止める事無く残り二人に立ち向かう。
一人の騎士が突進突きを放つが、ソラールは腕防具を駆使して受け流す。
本来彼の腕防具は『鉄の腕輪』であるが、この世界に来た当初、取り敢えずの資金を工面する為に腕輪を売る羽目になった。
ソウルの業で不要なアイテム類を出現させればよかったのだが、生憎その能力は消失している。
腕輪を失った彼は、暫く難度の低い依頼を複数こなし、溜めた資金で代わりの腕防具を購入した。
左右非対称のガントレットで、剣を持つ右手は従来の腕輪状と手袋の形で構成され、左腕側には
重要部分は厚い板金で守られ、それ以外の部分はレザーで構成され重量の増加を極力抑え、運動性の低下を防いでいた。
その防具は即席の盾として機能し、余程重い攻撃でもない限り一太刀程度なら受け流す事が可能だ。
突き攻撃を流され隙だらけとなった騎士の喉笛を、カウンターで刺し貫くソラール。
金属性の騎士鎧を纏っている故、一撃で仕留める事は困難だ。
相手が複数いる以上、装甲の薄い喉元を狙い一撃で確実に仕留めねば、背後から致命攻撃を繰り出される危険性がある。
包囲される状況を極力減らし、常に一対一で対峙するのが望ましいが、この状況下ではそうも言っていられない。
突き刺し絶命させた騎士を前蹴りで蹴飛ばし、残りの騎士へと備える。
「同じ手が通用すると思うなよ!」
騎士は
恐らく生き残った二人が起き上がるのを待ち、三人で連携する算段なのだろう。
ソラール自身もそれは熟知していた。
――典型的な教科書通りの戦術だな。
彼はすぐさま騎士に突進し剣を投擲した。
当然その剣は騎士に命中する事なく、中盾で防がれる。
「――隙を作った積りだろうが、抜かったな!」
盾で防御した騎士は有利を確信し、袈裟斬りを仕掛けた。
「――遅いっ!」
しかしその剣は、ソラールを切る事は無く空振りに終わった。
彼はスライディングで、騎士の両脚を蹴り取り転倒させる。
「――なにっ?!」
意表を突かれ、騎士は動きに遅れが生じた。
そしてそれを見逃す程ソラールも寛容ではない。
―― 敵に対しては尚の事 ――
彼は予備兵装のダガーを腰から抜き、またもや騎士の喉を突き刺した。
「――っぐぶぅあ?!」
言葉にもならない悲鳴を上げ、騎士は絶命し塵灰となって消えた。
――残り二人!
転倒させた二人がまだ残っている。
ナイフを一旦締まったソラールは直ぐに起き上がり、腰の『太陽のタリスマン』を握り締める。
すると空いた手には、光り輝く雷の槍が握り締められ、彼は投射体制に移った。
「再起などさせん!」
起き上がる寸前の二人目掛けて投げ付け、『雷の槍』は電を纏いながら騎士達を貫いた。
「ぐぅおあぁぁ……!おのれぇ……!」
絶叫を上げながら、二人の騎士は焼き焦げ絶命する。
彼が行使したのは、太陽の奇跡の一種『雷の槍』。
槍状の雷を召喚し投射する奇跡で、彼の代表的な技であると同時に奥の手でもあった。
「よし!粗方片付いたか」
周囲を見渡し残敵が居ない事を確認した時、新たなソウルを感知した。
――新手かっ?!まだ居たとはな、真っ直ぐ寺院の方へと向かっている。急がねばっ!
新たなソウルの動きを感知したソラールは、武器を拾い上げ寺院へと疾駆した。
……
あの時は今と違う、雨が激しく降りしきる夜だった。
二人の冒険者が、ゴブリンから村を守る為に訪れてくれたあの夜。
あの時と同様に皆をこの大部屋に集め、就寝に就いていた。
交易神を祀る石造りの寺院の子供達は、簡素な寝台に身を横たえ寝息を立てていた。
約数名を除いては……。
「……心配しなくても大丈夫よ」
赤毛の少女斥候が、入り口に陣取り見張り役を買って出てくれている。
寺院の孤児達が寝静まる中、一人寝付けず彼女の傍に寄り添う幼子が一人。
「……ボク、ここに居る」
少女斥候が寝るよう勧めるも、黒髪の少女は気持ちが落ち着かず斥候の傍らで座り込むのだった。
途中院長も寝るよう叱るのだが、彼女は頑なだった。
こうなってしまっては、彼女の考えを変える事は容易ではない。
意志が強いのだろうか。
最近は一度決心してしまえば、余程の事が無い限り考えを改める気が無いのだ。
黒髪の少女は一振りの剣を抱え、座り込んだまま微動だにしなかった。
子供達の不安を少しでも拭う為に設置した松明の音が、パチパチと部屋に木霊する。
そして幾許かの時間が流れ、不意に木窓から声が聞こえて来た。
「……君……僕と共においでよ」
若い女の声だった。
「――えっ?だ、誰?」
少女斥候が驚き木窓の方へと近付いた。
決して警戒を緩めず彼女は武器を構え、窓越しに問い掛ける。
「こんな夜更けに、どちら様ですか?」
「……じゃあ待ってるから」
彼女の質問が実を結ぶ事は無く、気が付けば扉の閂が引き抜かれ黒髪の少女は部屋を出てしまった。
「――あ!ちょっと?!」
意表を突かれ困惑する斥候。
本来なら少女を追い駆けるべきなのだが、それでは他の子供達を無防備に晒してしまう。
「ここは私が看ます。どうかあの子を――」
いつの間にか起きていた院長が、連れ戻すよう促してきた。
「――はいっ!任せて下さい!」
斥候は勢いよく部屋を飛び出し、少女を追った。
……
よく晴れた月明かりに照らされ夜風が草木を撫でる。
木陰に身を預け、上級騎士一式を纏った女は一人佇んでいた。
「……」
「アンリさん……」
気が付けば其処に立っていた、黒髪の少女――。
アンリと呼ばれた女性騎士は、ゆっくりと振り向き数歩近付いた。
「決心は付いたかい?」
その言葉にどれ程の感情が篭っていたのだろう。
寧ろ何の情すらも、沸いていないのかも知れない。
只々淡々と少女に問い掛ける。
「そっちこそ!ずっと我慢する気?」
対照的に少女の目は、強い意志に満ち溢れアンリを真正面から見据えた。
「……何の事かな?」
「――とぼけないでよ!」
はぐらかすアンリに対し、少女は憤りを見せた。
「ふぅ、はぁ、間に合った。怪我はない?」
少女の元へ斥候が追い付き、武器を構えながら前へとせり出た。
「お知り合いの様だけど、こんな夜更けに飛び出しちゃダメ!」
アンリの方へと向きながらも、少女を軽く窘めた。
「……君……、退き給えよ」
武器すら抜かず丸腰の態勢で、斥候へと歩み寄るアンリ。
「――……!」
言い様の無い圧に気圧され、斥候の脚は自然と後退る。
まだ相手の強さを悟れる程、彼女は実力を身に付けている訳ではない。
しかし本能で感じ取ってしまうのである。
眼前の騎士が持つ、圧力に――。
「……斬られたくなくば、其処を退いた方がいい。むやみに剣を抜きたくはないんだ」
「――い、いや!来ないで……!」
恐怖に駆られた斥候は、真面に動く事も出来ず思考すら上手く働く事が出来なかった。
全身に悪寒が走り、歯をガチガチと振るわせ武器を落としてしまう。
――その瞬間!
「――ぅうわぁああぁぁっ!!」
「――っ!!」
鼓膜を破らんばかりの掛け声と金属同士の衝突音が、少女斥候の耳を打った。
その声と衝撃音で我に返った斥候の目に映ったのは、剣を振り下ろした黒髪の少女と盾を構えたアンリが吹き飛ぶ姿だった。
吹き飛ばされたアンリは、ローリングで受け身を取り体勢を立て直す。
「驚いたな、君にそれ程の力が在ったなんて……。それとも、以前僕が残した
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「え?えっ?……何が起こったの?」
状況が呑み込めず、斥候は困惑するばかりだ。
あの時アンリに気圧され恐怖する斥候。
その時少女は無我夢中で飛び込み、剣をアンリへと振り下ろしたのだ。
アンリは瞬時に『紋章の盾』を展開しその攻撃を受け止めたが、想定外の衝撃に盾ごと吹き飛ばされてしまったのである。
少女の持つ剣 『アンリの直剣』――。
嘗てアンリ自身が愛用していた直剣である。
その力は筋力や技量だけではなく、人間の本質的な力を引き出すとされている。
その剣はアストラ由来の物だが、以前この村に訪れたアンリはこの剣を置いていった。
―― 自らの過去と決別の意味を込めて ――
盾と共に剣をも出現させ、少女へと歩み寄るアンリ。
「どうやら彼等は失敗した様だね」
「――え?」
「彼等?」
アンリの言葉に疑問符を浮かべる斥候と少女。
「不思議なソウルをお持ちだ……」
アンリはゆっくりと在らぬ方へと向く。
「――ば…バディ!」
「――バケツさん?!」
アンリに釣られるように向き直った二人の視界の先には、ソラールが佇んでいた。
「よもや、アストラの上級騎士と出会えようとはな」
ソラールも剣と盾を構え、アンリに歩を進める。
――何処と無く、彼…オスカー殿を思い出す。
彼の脳裏に彼の時代の記憶が蘇っていた。
自らの使命を果たす為に、母国であるアストラから旅立った一人の誇り高き騎士。
彼とは幾度か面識があり、そこそこの交流があった。
終ぞ再開する機会は無かったが……。
「アストラのアンリ殿とやら、残念だが俺の目の届く範囲で村人に手は出させんぞ!」
剣を突き出し、その切っ先をアンリへと向ける。
「残念だが、もうアストラではない。……今の僕は……」
彼女も剣を突き出し、ソラールへと向ける。
「『ロンドールのアンリ』!」
彼女は盾を前面に出し、下段気味に剣を構えた。
「……」
「……」
二人の間に空気が張り詰め、互いの隙を伺う。
――そう言えば彼女の外套、アストラの物とは違うな。
ソラールが目にしたアンリの外套。
それは青を基調としたアストラの品ではなく、黒と赤を基調としたロンドールの品であった。
先程騎士達が口にしていた『ロンドール』と言う単語。
気にはなるが、今は目の前の戦闘に集中するべきだろう。
――刹那、両者の脚が地を蹴った。
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ソラールのガントレット
腕を保護する為の防具。
布製やら革製、金属製まで幅広い種類が存在している。
これは左右非対称の腕防具で、武器を持つ腕には必要最小限の部位だけ施され
武器の可動を妨げない工夫が凝らされている。
逆にもう片方には、前腕部から上腕部までを保護し、即席の盾代わりとして機能する。
実際防御部分は鋼で構成され、木製の小盾よりも堅牢な装甲を誇る。
こういった腕防具は武闘家なども愛用し、防御と拳の攻撃力を両立させている。
四方世界に流れ着いた太陽の戦士。
彼もまた人間。
当然何をするにも先立つ物は必要となり、当面の資金を工面する為
止むなく愛用していた鉄の腕輪を質に入れる事になった。
値段は、金貨4枚。
遂に出会った太陽に連なる者同士、後の勇者ちゃんとソラールさん。
彼女の『お日様賛美』を目の当たりにしたソラールさん。
彼の反応は実に様々なケースが考えられましが、私にはこれが一番無難だと思いこの様な反応に落ち着きました。
もっと一工夫出来たかも知れないと、今も思います。
若しかしたら内心発狂していたかも知れないし、今以上に笑って寛容に受け入れていたかも知れません。
そして再び登場した元アストラのアンリ。
彼女とソラールは登場作品が違うので、違う出会い方をしていればどんなドラマが発生していたのやら。
密かに関係していた、アンリと勇者ちゃん。
果たして彼女等の行く末は?
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/