ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

72 / 197
 ここ暫く大雨が続いています。

暑さに加え、湿度の高いジメジメした日々、肌がベタベタして集中力が途切れがちな中投稿致します。

今回でソラールさんのお話は一旦終了となります。

彼等が西方辺境に到着したお話となります。


第55話―エピソード オブ ソラール2《後編》(西方辺境、アストラの誇り)

騎士の鎧一式

 

 下級の騎士の防具一式。

 堅固な鉄製のもの。

 薄板でも防御力を保つ、溝の加工が特徴。

 

 鉄製の中でも重厚な部類であり

 高い物理カット率を持つが、重量の負荷も大きい。

 使用には、高い体力が前提となるだろう。

 

 豊富な種類が存在し、用途別に部位や材質が異なる。

 

 多くの戦士職が愛用し、見た目重視の鎧は騎士が好んで使用する。

 

 

 

上級騎士の鎧一式

 

 没落したアストラにおいて

 上級の騎士に与えられたという防具。

 

 火を防ぐブルーのサーコートの紋章からも、恐らくはアストラの上級騎士のもの。

 

 彼の騎士は、不死として使命を持ちながら不死院で斃れ、亡者となり果てたのだろう。

 

 アストラの名は郷愁と共にあり、アンリもまた、それを求めたのだろうか。

 今は亡き遠き故郷に……。

 

 今やロンドールの傀儡となった彼女は渇望し、待ち望んでいる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「――見えて来たよ、あれが街だね!」

 

 目的地が近付くにつれ、街道の整備も行き届いているのか荷馬車は殆ど揺れる事無く、目的地に近付きつつあった。

 

荷台に乗る赤毛の少女斥候が、当初の目的地でもある西方辺境の街を視界に捕らえていた。

 

「ふむ、相違あるまい」

 

 御者を務める騎士(名をソラールと言う)も、次第に大きくなる街の輪郭を目にし相槌を打つ。

 

荷馬車は街の正門前で守衛の兵士に簡単な身分調査をされるが、冒険者である彼等は所持する認識票を見せ、すんなりと街と入る事が出来た。

 

先ず馬車屋に馬を預け、専属の係員に馬の世話を依頼する。

 

その後彼等は、徒歩で街を散策する事にした。

 

「ほぅ、思っていたよりも活気に満ちた街だ」

 

 街の様子にソラールは素直な構想を述べる。

 

辺境とはいえ、この街は人の往来も多く比較的治安も安定し、住民達は各々の営みに精を出していた。

 

露店を開き、新鮮な食材を売り捌く商人。

 

街を駆け回り、遊びに夢中な子供達。

 

農作業や、工房で働く労働者。

 

そして幾度となくすれ違う、装備に身を包んだ冒険者。

 

――うむ。人の営みとは、こうでなくてはな……!

 

活気に溢れる街と人々を目にし、ソラールは何度も頷き街の賑わいに身を委ねていた。

 

そろそろこの四方世界に順応し始めていた彼ではあったが、どうしても()()()()を思い出してしまう。

 

自分が目指す『太陽』を見付ける為、単身ロードランへと赴いた、あの時代――。

 

世界の象徴でもある最初の火が陰り、生と死の境界が曖昧となった世界は亡者と異形が蔓延り、闇の時代が訪れつつあった。

 

あの世界では時間と空間が歪み、幾つもの似て非なる次元を隔ててしまい、様々な時代や地域が流れ着いてしまうのだ。

 

既に人の営みは失われ、大半の住人は亡者と成り果て、真っ当な生者は疎か真面な会話さえ困難な世界であった。

 

そんな異常極まりない世界で、どれ程の期間を過ごしたのだろうか?

 

時間の概念さえ曖昧なロードランで時を数える事に、意味など無いだろう。

 

本能的に染み付いた彼の時代は、ソラールの心に言い様の無い影を落としていたのは間違いない。

 

祖国アストラと神々の国ロードランに想いを馳せながら、街を散策した。

 

「一応休暇が目的だけど、どうする?先ずはギルドでも立ち寄ってみる?」

 

 隣を歩くソラールに話し掛ける少女斥候。

 

確かに休暇を名目に、わざわざ辺境まで足を運んだこの二人――。

 

しかし彼等の本職は冒険者――。

 

つい何時もの癖で、ギルドへ立ち寄る習慣が染み付いていた。

 

「うむ。羽を伸ばす事が第一目的だが、俺は件の武器工房が気になっていてな。そうして貰えると助かる」

 

「そうだね。よくよく考えてみれば、まだ午前中だし、大して空腹でもないし疲れている訳でもなし。宿の予約は後からでも良いかな」

 

 ソラール自身、普段通りに振舞っていたが実際の処、噂となっている武器工房が気になり気持ちが(はや)っていた。

 

聞けば工房はギルドに併設されているらしく、その辺は水の都と変わらない様だ。

 

恐らく全国共通の規格なのだろう。

 

水の都と比べ街の規模は比較的小さく、道に迷う事無くギルドに辿り着く事が出来た。

 

辺境のギルドは幾分控えめではあるがその分、人が密集しているのだろう。

 

活気そのものは、水の都のギルドよりも勝っているように感じた。

 

掲示板に向かい、依頼と対峙している冒険者。

 

今後の方針を、一党同士で話し合っている者。

 

討伐対象の確認を行っている者達。

 

「何処も変わらないねぇ、ギルドは――」

 

「――故に、機能している証左とも言えるな」

 

 其々が印象を述べ、ギルド内を一通り見て回る二人。

 

やはり辺境と言う、ある意味閉鎖された地域の所為なのだろうか。

 

所属している冒険者達は、若者と言うよりもまだ幼さを残した新人が大半を占めていた。

 

――成程な。あの都市も、流れ者の冒険者が殆どだった。こういった辺境で経験を積み、実力と自信を身に付けた冒険者が遠征にやって来るのだろうな。

 

ソラールは、水の都とこの辺境の差異を吟味し、独自に分析していた。

 

まだ西方辺境しか立ち寄っていないが、東、南、北、と言った他の辺境も押し並べてこの様な傾向が強いのかも知れない。

 

「意外と少ないね……、ゴブリン退治――」

 

 何気なく掲示板の依頼用紙に目が行った少女斥候は、小鬼関連の依頼が少ない事を意外に思った。

 

「――そいつは、二人の冒険者が奮起しているお陰だぜ」

 

 掲示板に目をやる二人に突然声が掛かり、彼等は後ろに振り返った。

 

声を掛けてきた人物は槍を携えた美丈夫と、豊満で肉感的な肢体を備えた若い魔女だった。

 

――……す…すごい……!何を食べたら、あんな大っきく育つんだろう?

 

凹凸の激しい魔女の身体に視線が釘付けとなり、思わず絶句する少女斥候。

 

「み、ない、かおね…、なが、れ、もの?」

 

 独特の口調で彼等の素性を伺う魔女。

 

「あ…え…と……」

 

「申し遅れた。俺達は『水の都』に籍を置いている冒険者だ。俺は『アストラのソラール』。彼女は『斥候』を務めている俺の仲間だ、宜しく頼む」

 

「ど、ど~も、…です!」

 

 魔女の色香に圧倒され、しどろもどろになる斥候の代わりにソラールが簡潔な自己紹介を済ます。

 

「アンタら、『水の都』所属か!確かにあそこは辺境には無い依頼が、数多くあるわな!」

 

 聞けば槍使い達も時折遠征で、あの都市に赴く事があった。

 

「え、と…ふたりの、ぼうけんしゃに、つい、て…ききたいの?」

 

「ふむ、一応聞かせてくれんか。あの都市に比べ、小鬼関連の依頼が圧倒的に少ないのでな」

 

「ふふ、わかった、わ」

 

 魔女と槍使いは、大まかにだが小鬼退治を積極的に引き受ける冒険者について言及した。

 

 

 

小鬼が絡んでいるとあらば、たとえどんなに報酬が安く困難な依頼であっても、あらゆる知識と技術を駆使し確実に小鬼を仕留める冒険者。

 

逆に小鬼以外の依頼には見向きもせず、余程の事が無い限り戦闘すら避ける、偏屈な戦士。

 

―― ゴブリンスレイヤー(小鬼を殺す者) ――

 

 

 

並外れた剣技を有し、他を斬滅(ざんめつ)する戦闘力を備えた冒険者。

 

彼の制空圏に入ったが最後――。

 

全てのゴブリンが、自動的に死んでゆく

 

―― 灰の剣士 ――

 

 

 

彼等が語る二人の冒険者――。

 

他の者は大抵敬遠し避ける小鬼退治を彼等は積極的に引き受け、討伐のみならず培った知識と技術を実現できる水準で村人達に伝授して廻っている。

 

そんな積み重ねが実りつつあるのだろう。

 

辺境近隣の小鬼は沈静化し、周囲の村落は発展の一途を辿っていた。

 

尤も、現在は再び活性化しつつあるのだが、それを差し引いても他地域に比べ、小鬼の被害は少ない。

 

取り分け、ほぼ休み無しで討伐に勤しむゴブリンスレイヤーの活躍は凄まじく、最近では他の一党と共闘する事も多くなったと聞く。

 

「……そう云う勇士も居るのだな、この街には」

 

 その話を聞き、ソラールは深く頷き感心する。

 

「――まっ!俺には劣るがな!」

 

「おちょう、し、に、のらな、いの」

 

 調子付く槍使いに、魔女は手にした杖で彼の頭を小突く。

 

そんなやり取りを、ソラール達は微笑ましく見守っていたが、ふと槍使いが此処に来た目的を訪ねてきた。

 

冒険者なら依頼を受けに来るのが普通だが、生憎彼等は休暇と武器強化が目的でこの辺境を訪れたのである。

 

槍使いに、噂の武器工房について尋ねてみた。

 

「ああ、あの”とっつぁん”が目的か。だったら隣の工房に行くと良いぜ!何せ、武器工房の”アイドル”だからな、あの親父!」

 

 カカカッと笑いながら、槍使い達は自らの依頼を達成する為にギルドを後にした。

 

どうやら、噂は本当だったようだ。

 

去り行く槍使い達の背中を見送り、ソラール達も工房へと足を向ける。

 

ギルドから出た槍使い達――。

 

「ふふ……」

 

 魔女が不意に笑みを零し、対する槍使いは珍妙な顔をした。

 

「ちゃんと、()()、みとめて、いたの、ね」

 

「何かと思えば、そんな事かよ。別に()()()は間違った事をしてる訳じゃねぇからな!この位の観察眼が無けりゃぁよ、冒険者なんてやってられねぇぜっ!」

 

 魔女の言動に、少々不貞腐れる槍使い。

 

槍使いが認めていたというのは無論、ゴブリンスレイヤーの事である。

 

冒険者としての彼は気に入らなかったが、人としての彼は決して悪行に身を染めている訳でもなく、寧ろ身近な人の為に活動している事を認めてさえいた。

 

少なくとも槍使いにとってのゴブリンスレイヤーは、そういう認識だ。

 

「オラ、無駄口叩いてないで早く行くぞ!」

 

 照れ隠しなのだろうか。

 

槍使いは早足気味に、目的地へと向かって行った。

 

「はい…、は、い」

 

 独特の口調で返事をしながら、魔女も彼の後に続く。

 

 

 

武器工房へと足を向けたソラールと斥候。

 

「ヘイッ、らっしゃい!武器に防具から小道具類まで、色々揃っているぜぃ!」

 

 白髭を胸元まで蓄え、戦士顔負けの筋骨隆々とした老齢の男が、店番をしていた。

 

「らっしゃい、らっしゃい、らっしゃい!新鮮な武器に、出来立ての防具、鮮度と品質に定評のあるウチは雑貨類までより取り見取りだ!」

 

 まるで露店の八百屋の如く威勢のいい掛け声で商品を紹介するのは、雇われ鍛冶職人であるアンドレイ。

 

今日は彼が店番を担当していた。

 

「……」

 

「?…どうしたの?固まっちゃって」

 

 その男を目にした途端、ソラールは言葉を失い棒立ちとなってしまった。

 

怪訝に思った斥候は声を掛けるが、彼には届いていない様だ。

 

「おいおいどうした、騎士さん?俺の顔に何か付いてっかい?!」

 

 ソラールの異変に店番担当のアンドレイも訝しむ。

 

「…ア…」

 

「あ?」

 

「アンドレイ……殿……」

 

「…?何だい騎士さん、俺の事を知ってんのかい?」

 

 眼前の騎士が自分の名前を口にし、怪訝に思ったアンドレイは何者であるのかを問う。

 

「忘れたのか、アンドレイ殿!俺だっ!アストラのソラールだ!『アストラのアンドレイ殿』!!」

 

 取り乱したソラールはカウンターに詰め掛かり、自分の名と『アストラ』の単語を発した。

 

「……お前さん……まさか……」

 

 

……

 

………

 

「……で、アンタはコイツの旧友であったと?」

 

「そうだ。既に故国となったが、同郷の出でな。よもやこんな所で、再会出来るとは思わなんだ!ウワッハッハッハ!」

 

 カウンターが余りに騒がしい為、何事かと武器店主までもが作業を早急に終え、地下作業場から出て来たのである。

 

「……アンドレイ。俺の作業はもう終わったんでな、今日は上がって良いぜ」

 

「おいおい、良いのかよ店主?」

 

「これでも気を利かせてやってんだ、昔話に華でも咲かせて来い!」

 

「……すまねぇな、店主!」

 

「お気遣い、感謝する!」

 

 アンドレイとソラールの再開。

 

どの様な間柄かは知る由も無かったが、老爺は気を利かせアンドレイに暇をやった。

 

「ちょっと待っててくれ。今から準備するからよ」

 

 アンドレイは外出用の服装に着替える為、自室へと向かい工房から姿を消した。

 

取り残されたソラール等と店主の老爺。

 

「この辺りじゃ見ない面だな。先程の様子から察するに、アンドレイの事は偶発的に再会したって感じだったが?」

 

「うむ、実は『楔石』による武器強化の噂を耳にしてな。水の都から参った次第だ」

 

 眼前の騎士を見た老爺は、此処に赴いた目的を訪ね、彼等も楔石による強化が目的である事を知る。

 

「いいだろう。少々値は張るが、強化してやる。当然、楔石と武器は持って来てあるんだろうな?」

 

 鋭い目付きで、ソラールに視線を向ける老爺。

 

極最近だが、この老爺も楔石による強化のノウハウを学び、彼個人でも強化作業が可能となった。

 

尤も、彼自身が扱えるのは、楔石の欠片と大欠片による初歩的な強化に限定され、貴石や『光る楔石』などを扱う技術は目下勉強中と言った処だ。

 

「見せてみろ!検分してやる」

 

 老爺の要求通りに、強化予定の剣と盾、そして入手した様々な楔石をカウンターに並べた。

 

「……」

 

 剣を手に取り、所余すことなく丹念に検分を開始する。

 

「ど…どう?強化できそう?」

 

 斥候が不安気に尋ねるが、ソラールによって静止された。

 

彼には分かっていた。

 

老爺の真剣な眼差しは、熟練技師が持つ職人魂そのものである。

 

こういう時は些細な事でも、集中力を妨げてはならない。

 

「よぉ~く分かった」

 

 剣と盾を一通り見終わり、静かに呟く。

 

「先ず、この剣なんだが――」

 

 ソラールが愛用している『太陽の直剣』を手に取る老爺。

 

「お前さん、コイツは魔法の武器か何かか?」

 

「…?いや、そんな筈はない。自ら付与を施す事はあるが、それは只のロングソードだ」

 

「違うな。間違いなく魔力が宿ってやがる。これでは、唯の楔石では強化できん。こっちの『光る楔石』でないと無理だな」

 

 ソラール自身、気付いていなかった。

 

今日(こんにち)まで愛用していた『太陽の直剣』――。

 

彼自身が付与を施し、魔力を宿らせる事は多々あったが、剣そのものは何の変哲もない頑丈で上質なだけの長剣だ。

 

しかし、老爺曰くにはこの剣には魔力が宿り、強化するには光る楔石が必須となる。

 

光る楔石は、楔石の欠片よりも希少価値が高いのは言うまでもなく、入手は困難な代物だ。

 

幸いにも彼は現時点で3個の光る楔石を入手していた為、強化自体は可能ではある。

 

因みに盾の方は、特に力を宿している訳でもなく、鋼鉄製の中盾である故に、通常の楔石で強化可能との事。

 

「成程、理解した。なら可能な限り、剣と盾を強化して頂きたい。全ての楔石を使用して構わん」

 

「任せな!設備はともかく此処の技術力は、大都市にも引けを取らねぇって事を証明してやろう!」

 

 老爺は意気込み、ソラールの注文通りに強化を請け負った。

 

「後、…そっちの嬢ちゃんはいいのか?その短剣、かなりの粗悪品みてぇだが」

 

「――えぇっ?!そ…そうなの?」

 

 少女斥候の装備している短剣、鞘ではなく留め金で納められていた為、抜き身の刃部分が老爺の視界に映っていた。

 

素人目には分からないが、ベテランの老爺から観れば低品質の粗悪品である事は容易に判別が付いた。

 

老婆心ながら彼は忠告した。

 

このままではそう遠くない日に武器が壊れ、使い物にならなくなるだろう、と。

 

「古いのは下取りしてやるから、真面なのにしな」

 

「え…っと、どうしよう?」

 

 老爺は忠告するが斥候は自己判断に困り、ついソラールに意見を求めてしまう。

 

「熟練者の善意は、素直に受け取った方がいい。資金なら心配はいらん。金を惜しみ命を放り出すなど、笑い話にもならぬのでな」

 

 ソラールも老爺の意見には賛成の意を示し、斥候は忠告通り真新しい武器へと買い替える事にした。

 

「おぅし、待たせたなぁ二人とも!」

 

 程無くしてアンドレイが紳士服に着替えを終え、再び工房に姿を現した。

 

彼の服装は、外出用の紳士服に身を包み、体躯の良い老紳士といった風情だ。

 

「おぅ、アンドレイ!オーダーが入った!盾は俺がやっておくから、戻って来たら剣の方を頼むぜ!」

 

 老爺は太陽の直剣と盾、楔石各種をアンドレイに見せた。

 

「おっ?!『光る楔石』じゃねぇか!任せな、きっちり強化してやるぜ!」

 

「宜しく頼む、アンドレイ殿!」

 

 そうしたやり取りの後、三人は工房を後にした。

 

 

 

「――店は、どうするね?」

 

 工房を出たはいいが、落ち着ける場所を決めかねアンドレイは幾つか候補を訪ねてみた。

 

昼食も兼ね、出来る事なら食事をとれる店が望ましいのだが、冒険者用の食堂は人が多く騒がしい。

 

ソラールもアンドレイも何を話すのかは、口に出さずとも分かり切っていた。

 

あまり人に聞かれたくはないのが、正直な処だ。

 

ソラールの仲間である少女斥候にも火の時代の事は話していないが、法の神殿にて彼の過去話を部分的に聞き、ある程度は素性を把握している。

 

それに加え、心無い流言流布するような口の軽い性格ではない。

 

従って彼女に対する懸念は、皆無と言えた。

 

「この子の事を考慮し、あまり人が多くなく且つ小奇麗な店が望ましいのだが、どうだろうか?」

 

 人が少ない店と言えば、路地裏の如何わしい酒場などが候補に挙がるだろう。

 

しかし、うら若き生娘である斥候を、その様な店に連れては行けない。

 

「だったら良い店を知ってるぜ!……ちぃっと、高ぇが……!」

 

 アンドレイが落ち着ける高級店を紹介する。

 

「なら、其処で良い。羽を伸ばすのも此度の目的なのでな、ウワッハハハ!」

 

「アタシも、それで良いかな。お洒落な店は大歓迎だよ」

 

 アンドレイの案に二人は快諾し、彼の後を追う。

 

アンドレイが紹介した店――。

 

洒落た内装に、高級な備品の類と上質な衣服の店員が対応する、明らかに上流階級用の店であった。

 

それは嘗て、孤電の術士と灰の剣士が利用した店でもあった。

 

「……ほわぁぁ……すっごい綺麗なお店だ。こんな事なら、ちゃんとお(めか)ししてから来ればよかった」

 

 店の美麗さに驚き、斥候は周囲をキョロキョロと見廻している。

 

「ほぅ、これは素晴らしい造形美だ。この様な造りの店は、然う然うお目に掛れるものではあるまい」

 

 ソラールも感嘆の声を上げ、内装に見惚れていた。

 

「いらっしゃいませ、アンドレイ様」

 

「この二人は私の客人だ。部屋を一室お借りしたい……何時ものコースで頼む」

 

「畏まりました。……此方の部屋に御座います」

 

「うむ」

 

 見た目麗しい若い男店員と、工房でのざっくばらんな雰囲気とは真逆な貴族然としたアンドレイ。

 

「……」

 

 その様子に、斥候は口をポカンと開け呆けてしまった。

 

――フッ、流石はアンドレイ殿。どれだけ時が過ぎようとも、貴公もアストラの文化を受け継ぎし者。

 

ソラールはそんな貴族然としたアンドレイの振る舞いに、言い様の無い安堵感を覚えていた。

 

案内された椅子に腰を降ろし、食前の酒が振舞われる。

 

「よし!こうして嘗ての旧友との再会を果たせた訳だ。折角の天気だ、太陽を祝して『カタリナ』式の乾杯で祝おうじゃねぇか!」

 

「おっ?!あのカタリナ式のやり方か!ウワッハハハ、そいつは重畳!」

 

「あのぉ、カタリナ式って何?」

 

 二人のやり取りに、斥候は当然ついて行ける筈もなく困惑するが、アンドレイは先ずやり方を見せる事にした。

 

酒と謳歌の国『カタリナ』――。

 

陽気で激しい感情が特徴的な国民が多く、歌と酒をこよなく愛するお国柄だ。

 

ロードランで出会った二人の騎士、ジークマイヤーとジークリンデ。

 

太陽の戦士ではなかったが、両者とも陽気で人の好い性格だった。

 

探せども探せども、一向に見付からない太陽――。

 

業を煮やし、精神が亡者に近付きつつある中、あの一族と触れ合い随分心が癒されたものだ。

 

何時しか世界がズレ再開する事は無くなったが、あの二人はどうなったのだろうか。

 

火を継ぎ延命された世界で、真っ当な人間として生きていてほしいものだ。

 

そんな想いを馳せる中、二人の間で酒杯が挙げられる。

 

「貴公の生と、我が生――」

 

 先ずソラールが言葉を発し――。

 

「そして我らそれぞれの営みに――」

 

 アンドレイも言葉を加える。

 

「「―― 太陽あれ! ―― ガハハハハッ!」」

 

 そして二人同時に声高らかに叫び、各々の杯を”チンッ!”打ち鳴らした。

 

「お、おぉぉ……」

 

「さ、嬢ちゃんもやってみようか!」

 

 呆気に取られる斥候にアンドレイが参加を促す。

 

そしてもう一度――。

 

 

 

―― 太陽あれ! ――

 

 

 

三人は盛大に祝杯を挙げた。

 

 

 

……

 

 

 

食事と酒に舌鼓を打ち、少女斥候は酔いが回ったのかウトウトと寝入ってしまった。

 

彼女は酒に強い方ではなく、なるべくアルコール度数の低いものを勧めていたのだが、予想以上に摂取したのだろう。

 

しかし、これは好都合とみたのか、ソラールとアンドレイはロードランでの昔話に耽った。

 

「――やはりな。火は再び陰った訳か」

 

「結局、原因を根元から覆した訳じゃねぇからな。薪となった処で、所詮は世界の延命に過ぎんのさ」

 

 ソラールは、自ら薪と成り『最初の火』を継ぎ蘇ったであろう、その後の世界を訪ねてみた。

 

確かに世界は蘇り、人々からダークリングは消え、命溢れる火の時代が再来した。

 

人々は喜びに酔いしれ、世界中で復興が進み、再び文明が育まれた。

 

しかし、時が過ぎれ再びば火は衰えを見せ、光は陰る。

 

世界はまたもや闇に浸食され、不死が蔓延る事になったのである。

 

火が陰る度に、手段は異なるものの英雄達が薪と成り、最初の火は生き永らえ世界を繋ぎ止めた。

 

だが、最初の火は徐々に嘗ての勢いを喪失し始めていた。

 

挙句の果てには、継げども継げども火は衰えに歯止めが利かなくなり、限界を迎えようとしていたのだ。

 

火の衰えは最早誰にも止め様がなく、過去に火を継いだ『薪の王』達が呼び起こされる事となる。

 

故郷の流れ着く地『ロスリック』――。

 

呼び起こされるも薪の王達は、各々の故郷へと引き揚げてしまい、一人の英雄『火の無い灰』が王達を玉座へ連れ戻す為にロスリックを旅する事になった。

 

『火の無い灰』と呼ばれる不死人は長い旅路の末、王達を玉座へと連れ戻すが、最終的に彼は火を継がず、自ら火を消し太古から受け継がれてきた『火の時代』を終わらせた。

 

「……」

 

 無言でアンドレイの言葉に耳を傾けるソラール。

 

自分を含めた英雄達が我が身を犠牲とし、火を継ぎ世界を繋いできた。

 

しかし、最後の最後でその『灰』と呼ばれる不死人は『最初の火』を自らの意志で消したのだ。

 

それは()()()()、一種の裏切りではなかろうか。

 

ソラールの脳裏に、そんな想いが過る。

 

「お前さんの考えは分からなくもねぇ」

 

「――!」

 

 見透かしたように告げるアンドレイに、ソラールはハッと顔を上げる。

 

だが、アンドレイにとっては裏切りと知りつつも『灰』を恨んではいない。

 

どの道『火継ぎ』そのものに限界が生じ、どう足掻こうとも世界は終焉を迎えようとしていたのだ。

 

火継ぎの祭祀場に居た火防女が見たという、小さくとも僅かな新たな『(可能性)

 

彼女も灰も、その僅かな可能性に賭け火を消した。

 

火を消し『最初の火』が完全に消え去った後、当然の如く世界は暗闇に包まれ僅かな『残り火』が、散在するだけとなる。

 

急速に衰えゆく篝火を、自らの炉へ移し替えたアンドレイは、ロンドールの刺客に掛かり人生に幕を引いた。

 

「――まさか?!アンドレイ殿も、ロンドールにっ?!」

 

「ほぅ、お前さんロンドールの連中を知っているのか」

 

 アンドレイの最期がロンドールに関連している事に、ソラールは驚きを隠せない様だ。

 

この街へ着く前に立ち寄った村での戦い――。

 

対峙した集団は、自分と同郷の騎士達――。

 

『アストラの騎士』達であったのだ。

 

 そして彼等は、(こぞ)ってこう名乗った。

 

『ロンドールの騎士』と――。

 

「よもやこんな所で、その名を聞こうとはな……」

 

 あの村での出来事を思い出すソラール。

 

アストラとロンドールの関係が気になり、アンドレイに訊ねてみる事にした。

 

「……お前さんも世界を救った救世主だ、知る権利はある」

 

 盃に注がれた酒を一気に呷り、一息吐きながらアンドレイは語り始める。

 

今の仕草だけで、ソラールは大体を察する事が出来た。

 

恐らく良からぬ事を体験してきたに違いない、と――。

 

 

 

ソラールや名も無き不死人が火を継ぎ、世界は息を吹き返した。

 

ありとあらゆる生命体が以前の営みを再開し、アンドレイは祖国『アストラ』へと帰国したのだった。

 

火が陰った事でアストラは暗い影を落とし国体が崩壊し掛かっていたが、火が蘇ったのだ――。

 

太陽信仰の盛んなアストラは、再び復興に向け邁進(まいしん)しているだろう。

 

そんな期待を胸に、彼はアストラへと帰って来た。

 

……確かに復興の兆しは見えていた。

 

未だ闇の影響は拭い切れていなかったが、城下町の人々は希望を胸に活力を取り戻しつつあったのだ。

 

アンドレイ自身も負けじと小さな工房を開き、復興に役立つ道具を次々と造り上げ、新たな人生を歩む。

 

そんな或る日、王城から召致され任務を仰せ付かった。

 

それは”王侯貴族の権威を高める為の、煌びやかな武具や装飾品を作り出せ”と云った内容だ。

 

内心反骨を抱きながらも、彼は職人――。

 

彼は、授かった任務を忠実に遂行し、数多の美麗な武具を造り上げ献上した。

 

彼はある種の天才だ。

 

要求以上の品々を造り上げた事により、貴族の要求は次第にエスカレートしていく事になる。

 

何かが歪んでいた。

 

国の為に――。

 

民の為に――。

 

安らかな平和の為に――。

 

それがアストラの理念だった筈だ。

 

或る日、彼は偶然にも貴族の密会現場に遭遇した。

 

慌てて身を潜め、彼等の会話に聞き耳を立てる。

 

そして聞いてしまった――。

 

 

『彼等の魅入られた()()への信仰を――』

 

 

 

 既に彼等のソウルは真面な(てい)を成しておらず、それは深淵に足を踏み入れたものに近かった。

 

火が陰り、前任のアストラ指導者の存命時は、こうではなかった。

 

世界が息を吹き返そうとも、アストラそのものは腐敗が横行し、民からの搾取と犠牲が目立つようになり始めていたのだ。

 

それは日を追う毎に顕著となり、或る日城門から大掛かりな馬車が到着した。

 

その中から多数の住民が枷を付けられ、地下深くへと連行されて行ったのである。

 

その現場を目にしたアンドレイは近くの兵士に問い詰めたが、兵士は真面に取り合わず『あれらは罪人だ!』と繰り返すのみ。

 

当然アンドレイは、そんな妄言を鵜呑みにする事は無かった。

 

連行された民の殆どが、若い女子供で占められていたからだ。

 

アンドレイ自身、国から重用されていたが、全ての施設を自由に歩き回れる筈も無く、地下施設を通して貰う事は不可能だ。

 

しかし、彼自身もソウルの感知は出来る。

 

その地下で何が行われているかは、ある程度察しが付いた。

 

罪無き民から流れ出す、苦痛と疑念に満ちたソウルの流れ――。

 

それは、()()()()()()()()と言えた。

 

火が陰り、あらゆる事象の差異が、曖昧となったあの時代に――。

 

捕らえられた民達が、地上の光を浴びる事は二度と無かった。

 

恐らくソウルを抜き取られ、亡者へと変貌したのだろう。

 

ソウルの流れで彼には分かっていたのである。

 

義憤に駆られた彼は、とうとう指導者層へ直訴するに至る。

 

火が蘇ったにも拘らず、民に施した非道な仕打ち――。

 

阻止に掛かる近衛兵達を吹き飛ばし、感情の赴くがままに指導者の胸倉を掴み怒声と罵声を浴びせた。

 

しかし単身乗り込もうなど、無謀の極み――。

 

無論彼は捕らえられ、犠牲となった民と同じく地下施設の虜囚となる。

 

その後、彼は特殊な儀式の実験台となり、再び不死の存在へと変貌した。

 

そして彼には亡者と成り果てる迄、王侯貴族の従僕としての隷属を強いられる事になったのである。

 

暫くは、従僕に甘んじていた彼であったが、自室兼地下牢の壁が思いの外薄い事を知り、肌身離さず所持していた金鎚で壁を破壊し脱獄した。

 

運良く王城を脱した彼は、単身アストラを出奔――。

 

既に腐敗し切っていたアストラを見限り、彼の向かった先は――。

 

 

 

―― ロードラン ――

 

 

 

完全に滅び去っていたロードランに向かった彼は墓地を目指し、適当な石櫃へと身を鎮め隠し持っていた仮死薬を全て服用した。

 

そして意識を完全に手放し、深い眠りへと就いたのである。

 

次元を隔て、刻を跨ぎ――。

 

 

 

 

 

―― ロスリックに流れ着く迄 ――。

 

 

 

 

 

「……まぁ、ざっとこんなとこだな。その後のアストラがどうなったのかは、俺にも分からねぇが、暗い道を辿ったのは間違いねぇ……」

 

「……俺が火を継いだのは、アストラの為でもあったのだ……!それがっ……!」

 

 アンドレイの語りを聞き終え、ソラールは顔に皺を寄せ歯軋りしていた。

 

オールバックの金髪に無精髭を生やしながらも、精悍で整った顔立ちが憤りで歪んでいた。

 

穏やかならざる心境に違いない。

 

ソラールとて最初から、火を継ぐ事を受け入れていた訳ではない。

 

しかし旅を続けて行くに従い、火の重要性を悟り祖国アストラへの想いを強め、薪と成る覚悟を決めたのであった。

 

そして希望に満ちた祖国と世界を信じ、彼は我が身を火に焚べた。

 

 

 

―― 未来に希望を灯すために ――

 

 

 

だが訪れた現実は、何とも冷酷なものだった。

 

火が蘇ろうとも、()そのものは余り変わらず寧ろ腐敗が進行し、深みと闇に傾き始めた祖国『アストラ』――。

 

()()()での出来事以降、以前より抱いていたロンドールが関わっている疑念は、益々深まった。

 

「ロンドールが関わっているのは間違いねぇだろうが、指導者連中の腐敗が横行していたのもデカいだろうな!遅かれ早かれ、アストラはこうなる運命(さだめ)だったのかもしれねぇ……!」

 

「……アンドレイ殿……」

 

「だが、俺達はこうしてこの時代(四方世界)へと転移した。生者として、故国『アストラ』の誇りを内に秘めながらな!……”常に望みと太陽を信じ続けよ!”……、それが俺達アストラ貴族の誇りと理念だった筈だ!それだけは決して失っちゃぁいけねぇっ!そうだろ?『太陽の戦士ソラール』よっ!!」

 

「……!!」

 

 彼の叱咤激励に言葉を失うソラール。

 

時代が、世界が変わろうとも、アンドレイは誇り高きアストラの民であった。

 

故国の辿った道に、幾許かの暗い影を落としていたソラールの心。

 

「……全く不甲斐無い……!”でっかく熱い太陽の様な男”を目指していたというのに、ちょっとした言葉で容易に()が陰ってしまうとは……、俺も未熟だな……!」

 

 自らの不甲斐無さに自嘲気味な彼であったが、アンドレイから肩を強く叩かれた。

 

「それが人間だ!一人じゃ強く大きくは成れねぇ!ドイツもコイツも誰かと関わり、繋がる事で命を営んでいるんだからよっ!良きにせよ悪しきにせよ……な!」

 

「……殆ど夜逃げ同然に水の都を抜け出して来たが、貴方と会えただけでも辺境に来た価値があった。感謝する、アンドレイ殿!」

 

「――へっ!よしな!湿っぽいのは苦手でな!ホレっ折角再会したんだ、も少し楽しめやっ!」

 

「うむ!そうであるな!今日ぐらい羽目を外すか!ウワッハッハハハハ!」

 

 アンドレイに励まされ、二人は大いに酒と食事を楽しんだ。

 

……

 

「……では、『灰の剣士』なる人物がロスリックを旅し、火継ぎを終わらせた『薪の王』であると?」

 

「ああ、そいつも今や一人の冒険者としてこの街に貢献してくれてる」

 

 ソラールは以前から気になっていたロスリックの情報を聞き、灰の剣士が彼の時代の人物である事を知る。

 

彼の推察通りロスリックは、火が陰った最後の舞台であったのだ。

 

実際ロスリックについて聞きたいのなら、当事者である灰の剣士から聞き出すのが最も確実だろう。

 

しかし、彼はゴブリン退治の為に遠出の真っ只中だ。

 

近日中に帰還するのは間違い無いだろうが、何時戻るのかは正直アンドレイにも分からない。

 

「どうするよ?暫く滞在するんなら、確実に会える筈だぜ?」

 

「う~む、この娘次第だな。元々ロスリックには、自分から陣中視察する予定であった事だしな」

 

 休暇を名目に辺境まで訪れた訳だが、余り長居し過ぎるのも体が鈍ってしまう。

 

それならこの街に留まり依頼を遂行しながら待つ手もあるが、水の都ではソラールを頼りにしている依頼人が手薬煉(てぐすね)引いて待ち望んでいるのも事実だ。

 

今も寝入っている少女斥候が望むのなら、この街に留まる選択肢もあるだろう。

 

しかし、余程の理由がない限りこの場に居座り続けるのは、彼自身抵抗があった。

 

「だったら、そろそろお開きにして、お前さんの武具を張り切って強化せんとな!」

 

「済まんな、宜しく頼むアンドレイ殿!」

 

 こうして祝宴は幕を降ろし、三人は店を出た。

 

因みに掛かった料金は、金貨8枚に相当した。

 

アンドレイとの別れ際、”明日の朝一番には仕上げておく”と告げられ、彼は工房へと戻る。

 

完全に酔い潰れた少女斥候を背負い、ソラールは適切で妥当な宿を探す為、ギルドへと足を運んだ。

 

受け付け嬢なら、ある程度街の地理にも詳しい筈だ。

 

冒険者用の宿でも構わないが、態々(わざわざ)辺境まで来たのだ。

 

彼女には長話に付き合わせてしまい、せめて良き思いをして貰おうと良さげな宿を紹介して貰う算段である。

 

斥候を背負い、ギルドの入り口に差し掛かった時である。

 

「……あの……、次からは消臭袋を用意しておきます故、毎回此度の様な処置は……その……」

 

「そうか……」

 

 前方から、5人組の冒険者が入り口に向かって来た。

 

丁度ソラール達と対峙する形になり、彼等は互いに視線を交わす。

 

見れば五人の冒険者は、血と汚泥に濡れ異臭を放っている。

 

全員が全身防具に身を包み、素顔までもが覆われていた。

 

傍目には性別すら判別不能ではあったが、ソウルの感知で先頭の男以外は全員女性だと判別できる。

 

先頭の男は、安っぽい鎧兜に中途半端な長さの数打ちの剣を携え、背中には頑丈そうなブロードソードを背負っている。

 

その剣から漏れ出す僅かなソウル逃れで、その武器は楔石で強化された物だと分かった。

 

しかし彼等の出で立ちを見ると、あの時代に舞い戻ってしまったのではないかと錯覚さえしてしまう。

 

「大丈夫か貴公等?血塗れの様だが……」

 

 異様な彼等の様子に、つい声を掛けてしまうソラール。

 

「ああ……問題ない」

 

「……後ろに背負っている方は、意識を失っている様子ですが?」

 

 先頭の鎧戦士は淡々と答え、隣に居た女鎧戦士はソラールの背負う少女斥候に言及する。

 

「この娘か?実はな……」

 

 ソラールが先程の状況を説明しようとした時、鎧戦士が突如――。

 

「――ゴブリンか?」

 

「――ぬっ?!」

 

 いきなり小鬼の名を出され、ソラールは戸惑う。

 

「…ゴブリンではないのか?」

 

「あ、いや、そうではなくて…、だな……」

 

「ゴブリンスレイヤーさん、何でも小鬼に繋げるのはどうかと思いますが?」

 

「そうか」

 

 唐突に小鬼に繋げられ、戦闘の男に女鎧戦士が窘める。

 

ソラールは事情を説明し、良い宿を探している事を伝えた。

 

「――そういう事情でしたら」

 

 女鎧戦士が、宿を紹介し道のりまで教えてくれた。

 

その宿は繁華街から離れた、公衆浴場近くに建てられた宿である。

 

どちらかと言えば、宿泊施設を備えた公衆浴場と云った体が強く遊戯場も備え、安全性と娯楽性を両立させた中々に繁盛している施設でもあった。

 

繁華街にも幾つかの宿泊施設は存在するが、春を売る店が多くとても彼女を連れ歩ける気にはなれない。

 

「済まぬな、感謝する」

 

 斥候を背負ったまま、頭を軽く下げソラールは再び歩き出した。

 

――今のが噂となっている小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)か。

 

ギルドに入り行く彼等の背を見つめ、ソラールは槍使いの言葉を思い出していた。

 

 

 

ギルドに入ったゴブリンスレイヤー一行に、周りの冒険者達の視線は一斉に注がれ、三つ編みの受付嬢は声を荒げた。

 

「ちょっと!何ですか、その恰好は?!彼だけならいざ知らず、貴方達までそんなに汚してっ!せめて洗い流してから、此処に来て下さい!」

 

「隠密に適した処置だ。それより報告だ」

 

「……申し訳……ありません……」

 

 即座に応えるゴブリンスレイヤーと、申し訳無さそうに顔を背ける女冒険者達。

 

「次のゴブリン退治はあるか?」

 

 報告を終えたゴブリンスレイヤーは、早速次の小鬼関連の依頼を訪ね、受付嬢は手慣れた動作で用紙を用意した。

 

「いいか、明日は二件だ。今の内に英気を養い、準備を整えておけ。これが今回の報酬だ」

 

 二件の依頼手続きを済ませた彼は、女冒険者達に次の指示を伝え成功報酬を分け与えた。

 

「あ、あの御指導ありが……t――」

 

 皆迄言い終わる事なく、彼はギルドを去る。

 

「……」

 

 去り行く彼の背中を呆然と見つめ、言葉も無く立ち尽くす女冒険者達。

 

「……あの、彼から学ぶのは結構ですけど、余り切り詰めて影響され過ぎない様にして下さいね?」

 

 ゴブリンスレイヤーに唖然とする彼女達に、身を案じた受付嬢から声が掛かる。

 

彼女も数多くの冒険者達と関わって来たが、分けてもゴブリンスレイヤーは一際変わり者で癖が強かった。

 

全身防具に包まれ物々しい格好している彼女等ではあったが、若い女性である事にに変わりはない。

 

同じ女性として、受付嬢は彼女らの身を案じていたのである。

 

「な…なんとか、頑張ってみます……」

 

 ゴブリンスレイヤーの強烈な個性に振り回され、早くも心が折れ掛かっている彼女達の明日は何処へ向かうのか。

 

後に呼ばれる事になる、彼女等『ゴブリンスイーパー』

 

彼女等の物語りも、まだ始まったばかり。

 

 

 

……

 

 

 

「ふわぁぁ……、ごめんねぇ……途中で寝ちゃってぇ……」

 

 眠りから覚めた少女斥候は、部屋に着くなり目を覚まし眠気眼(ねむけまなこ)を手で擦っていた。

 

「なに、気にするな。俺達の昔話に付き合わせてしまったのだ。しかし、良い宿を紹介して貰ったのでな。一部屋しか借りれなかったが、利便性と安全性は保障するぞ!」

 

 ゴブリンスレイヤー一行から紹介してもらった宿に到着したが、人気の施設であるが故、殆どの部屋が埋まっていた。

 

ソラール個人としては、個人部屋を二部屋借りる積りでいたが生憎一部屋しか空いていなかった。

 

一部屋に寝台が二つ備わっている、所謂ツインと呼ばれる方式の部屋だ。

 

「その、何だ……、こういう部屋しか空いていなかったのでな、少し不快にさせてしまうかも知れん……」

 

 若い男女が同じ部屋に寝泊まりする。

 

その事で彼女に不快感を与えてしまうのではないかと、内心申し訳なく感じていた。

 

「?……何謝ってるの?部屋は綺麗だし、広いし、お風呂付なんでしょ?寧ろ感謝したい位だよ。じゃあ早速だけどお風呂貰っちゃおうかな!」

 

 彼女は笑顔で応え、湯浴み場へと早々に向かってしまった。

 

一人部屋に残ったソラール。

 

「この様な事で心乱すとは、俺もまだまだだな。思っていたよりもあの子は純粋だ、大事にせねば」

 

 彼とて男。

 

()()()()()()が存在するのは世の常。

 

――……篝火が恋しいぜ!

 

不死人時代はあらゆる生理的欲求が希薄となり、篝火はそんな欲を抑え吹き飛ばす効果もある。

 

しかし、四方世界に転移した彼には篝火を熾す手段も道具も持ち合わせてはいなかった。

 

空になって久しいエスト瓶を腰の雑嚢から取り出し、何気なく瓶を見つめる。

 

滅多に傷を負う事は無く、たまに負傷したところで治癒の水薬か回復の奇跡で事足りる。

 

しかし、彼の時代がこの世界に次々と流れ込み、その住人までもが存在しているのだ。

 

篝火が必要な状況が、何れ訪れるかも知れない。

 

――いかんな、俺らしくもない。そもそもこの世界の冒険者達は、そんなものに頼らず奮起しているではないか。俺もそうあらねばな!

 

後ろ向きな考えを即座に振り切り、ソラールは空のエスト瓶をしまう。

 

何時の日か篝火を見付けられるという期待を心の何処かで抱いてしまい、エスト瓶を捨てる事は出来なかった。

 

「さて、あの子が戻って来る前に()()しておくか……」

 

 彼は防具を外し、身軽な格好で行為に勤しんだ。

(しつこい様だが彼とて男。どの様な行為かは、皆様のご想像にお任せする)

 

夜が更ける迄、ソラールと斥候は宿の施設を存分に楽しみ、入浴に遊戯と忠実した時間を過ごした。

 

 

 

……

 

 

 

翌朝を迎えた彼等は朝一で武器工房へと向かい、強化の施された剣と盾を受け取っていた。

 

「おおっ!いい感じではないかっ!」

 

 楔石で強化された武具を受け取り、御満悦なソラール。

 

「当たり前だ!客の要望に応える、それが俺達職人の矜持よ!」

 

 武器店主は誇らし気に胸を張る。

 

「ついでに試し斬りしていくかね?」

 

「勿論だとも!」

 

 アンドレイが、廃品となり再利用不可の中盾を設置し的とする。

 

廃品とは言え、頑丈一辺倒の鉄盾だ。

 

生半可な質の武器や技量では、傷を付ける事もままならない。

 

ソラールは斥候を退かせ、的に向かって剣を十文字に振るった。

 

「ほぅ……」

 

 鉄盾は見事に四等分され、切り口の断面も綺麗なものだった。

 

「相変わらず、見事な腕前だな!」

 

 老爺とアンドレイは感心した顔で、素直な感想を述べる。

 

「……いい仕事をしてくれた!感謝するぞ、お二方!」

 

「おぅっ!楔石を見付けたら、いつでも来なっ!」

 

「死ぬんじゃねぇぞ!アンタの死体なんて見たくもねぇからな!」

 

 ソラールは代金を支払い、斥候と共に工房を後にした。

(料金は、金貨6枚。強化段階は、『太陽の直剣』+2。『太陽の盾』+6。)

 

武器工房を出た二人。

 

「さて、これからどうしたものか?」

 

 彼自身としてはこの街の用事は済み、直ぐにでもロスリックへと赴きたい所ではあるが、念の為彼女の意見も聞いてみる事にする。

 

「もうちょっと、この街を見て回っても良いかな?今日中に出発しても良いからさ」

 

 彼女の意見を汲み、二人は午後までこの街で過ごす事にする。

 

彼女は、この街の衣服に興味があったのか、様々な衣類を幾つか購入し満足するに至る。

 

お目当ての品を手に入れた彼女も心が充分に満たされ、いよいよこの街を出発する事になった。

 

「いざ離れてみると、なんだか少し寂しい気もするね?」

 

 荷馬車に揺られながら、斥候は遠ざかる西方辺境の街を見つめていた。

 

「永久の別れでもあるまい。これを機に様々な辺境を旅するのも悪くはないかも知れんな!」

 

 御者を務めるソラールは、振り返る事なく応えた。

 

いよいよ目指すは、故郷の流れ着く地ロスリック。

 

ロードランで火を継いだ後も、幾度となく火が陰り『火の無い灰』こと『灰の剣士』が火継ぎの儀式に終止符を打ち、その結果『二度目の火』が熾ったと、アンドレイから聞いた。

 

唯一の心残りは『灰の剣士』と出会えなかった事だが、もし二人が出会う事が宿命なら何処に居ようとも出会う事になるだろう。

 

そう考えた彼は、灰の剣士の事は頭の隅に追いやりロスリックを目指す。

 

しかしソラールは無論、アンドレイでさえ知らなかった。

 

いや、アンドレイは単純に忘却していただけであろうか?

 

ソラールとアンドレイがロードランで出会った名も無き不死人――。

 

彼の世界線でも火を継ぎロードランに繁栄を(もたら)したが、その彼は『ドラングレイグ』『ロスリック』と時代を跨ぎその都度、火を継いだのである。

 

即ちロードランでの彼とロスリックの火の無い灰は、同一人物である事を二人は知る由も無かった。

 

次第に荒れゆく街道に揺られながら、荷馬車はロスリックへと駆け抜けた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

光る楔石

 

 武器を強化する光る楔石

 力を帯びた武器を+4まで強化する。

 

 力を帯びた武器は通常の楔石では強化できず

 また変質強化もできない。

 

 ただこの光る楔石だけが

 その力を消さず、武器を強化できるのだ。

 

 光を帯びたこの石は非常に入手が困難で、希少価値は一部の宝石をも凌ぐほどだ。

 

 故に装飾品として加工したり、売り払い資金源とする者が大半である。

 

 

 

 

 

 




 ソラールとアンドレイが再開し、昔話と武器強化を済ませました。

『最初の火』が息を吹き返した後の『アストラ』を考えてみましたが、何故亡国となったのかは分かりません。
ただの独自解釈でああなりました。
貴族の国と謳われた位ですから、政治体系は君主制か議会制だったのかも知れません。
願わくば、繁栄期のアストラを見てみたかったです。

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ( ゚∀゚)/



  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。