ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 高温多湿は立っているだけで、体力が奪われる。(_□_:)

食欲も碌に湧かず、水分を過剰に摂取してしまう。

身体に良くないのが分かっていながら……。

しかし!

投稿致します。( ゚∀゚)ゝ


第56話―燻ぶる混迷の息吹―

 

 

 

 

 

小鬼獣(ゴブリンビースト)

 

 特殊な薬物を体内に取り入れる事で、変異した小鬼。

 

 薬物の主成分は、生物の血液を加工した物である。

 

 変異した者は、尋常ならざる膂力と凶暴な攻撃性を得て、敵対者へ襲い掛かる。

 また驚異的な耐久性を有し、痛覚も鈍くなる。

 これは理性が鈍化し、獣性を得た事に起因する。

 

 大型種の小鬼が獣化した場合、真に恐るべきは学習能力の高さにあった。

 

 戦闘中にも関わらず、瞬時に学び経験を戦いに生かす事が可能――

 実際、辛くも討伐した剣士も舌を巻く程であった。

 

 ロスリックの血の営みの副産物とした生まれたこの、深き業――。

 長き陰の時を隔て封印されし邪悪な所業は、この四方世界で芽吹いた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「漸く帰る事が出来たな」

 

 馬車を降りた男は、見慣れた風景に胸を撫で下ろす。

 

何時もと変わらぬ、辺境の街。

 

大通りは往来する人々で賑わい、日常を営んでいた。

 

「やっぱこの街を見ると、帰って来たって感じがするな!」

 

 続いて同期戦士の一党も下車し、本来の拠点である西方辺境の街に安心感を抱く。

 

「うぅ……、乗りっ放しはきついなぁ……、お尻が痛いよ」

 

 銀髪の武闘家は、自分の尻を摩りながら幌の中から飛び降りる。

 

「ふむ、長時間の硬直は身体に良くありませんな」

 

 釣られて獣人の魔術師も、軋む体を整え背筋を伸ばしていた。

 

長時間馬車に揺られていたのだろう。

 

同期戦士の一党は日光を一身に浴び、街の空気を胸一杯に吸い込み帰って来た実感を噛み締めていた。

 

彼等にとって遠征は未知の体験で心躍るものではあったが、やはり帰って来たという安心感が彼等の心を落ち着かせる。

 

――早速ギルドに向かわねばな。

 

やや早足気にギルドへと向かうのは、灰の剣士。

 

水の都での出来事は、このギルドにも伝わっている筈だ。

 

剣の乙女が書簡を認め(したため)、早馬を使い此処のギルドへと逸早く伝えていたのである。

 

ギルドに入る灰の剣士達を待っていたのは、神妙な面持ちの職員と冒険者達だった。

 

「よう、待ってたぜ。灰の剣士」

 

「お前等も一緒だったんだな」

 

「来たか、灰よ」

 

 待っていた冒険者達は、彼もよく知る顔馴染み達。

 

重戦士の一党、槍使いの一党に加え、彼……ゴブリンスレイヤーを含めた、数多の冒険者達。

 

「その様子だと、皆状況は理解している様だな」

 

 灰も彼等に応え、カウンターへと向かう。

 

「灰の剣士、任を終え只今帰還致しました!」

 

「あ…うん、お…お疲れ様でした!」

 

 貴人の一礼で依頼遂行を宣言する彼に、少々面食らった監督官は労いの言葉を掛けた。

 

「長旅で悪いのだけれど、談話室まで来てくれる?」

 

 彼女は談話室まで誘導し、重戦士、槍使い、同期戦士、ゴブリンスレイヤーも灰の剣士へと同行した。

 

依頼遂行のみでなく、実に多くを体験した今回の討伐。

 

単純な小鬼退治だけでは済まされない内容だ。

 

 

 

新種のゴブリンの出現。

 

水の都での地下水路にて発生した、ロスリックの異形達。

 

そしてダークゴブリンの存命。

 

 

 

談話室のソファーに面々は腰掛ける。

 

灰の剣士に対面するのは、監督官に先代監督官の先輩嬢、そしてギルド長も出席し、立会人として重戦士が抜擢されていた。

 

ゴブリンスレイヤーらは、灰の剣士側に着席している。

 

今回の報告会は、灰自身の等級審査も兼ねている。

 

――と言っても、剣の乙女直々の推薦状まで添えられていた為、形だけの審査になるだろう。

 

「……早速ですが……」

 

 灰は、討伐した異形の一部を机の上に並べ立てた。

 

仕留めた体の一部を切り取り、証拠品として持ち帰ったのだ。

 

彼は現場で起きた事を、ありのまま報告する。

 

先ず本来の依頼であった、小鬼と他の異形達の討伐。

 

近年、他の地方で増加傾向にある小鬼が、他の混沌勢と共闘で猛威を振るっている事例が発生。

 

無論、彼はこうして無事に帰還している時点で、その依頼は完遂していると言って良いだろう。

 

先日依頼人が、このギルドまで報告に来てくれていた為、それは事前に把握していた。

 

しかし問題なのは、討伐中の内容だった。

 

灰が語ったのは、召喚術を行使するゴブリンが居たという事実。

 

「召喚術を使うゴブリン……か」

 

 机に置かれた杖と衣服の一部を凝視し、静かに唸るゴブリンスレイヤー。

 

灰は更に細かく説明した。

 

山中で遭遇するや否や、単体だった小鬼が得体の知れぬ術を唱え、次々と悪魔を呼び出し此方に(けしか)けて来た。

 

幸いにも召喚した悪魔は魔神と呼ばれる程の脅威ではなく、記録書でも頻繁に目にする低級の小悪魔などであり、討伐に苦労する事はなかった。

 

「だが、ゴブリンは学習し成長する」

 

「その通り」

 

 ゴブリンスレイヤーの言に灰も即座に呼応した。

 

そう――。

 

このまま召喚術を使うゴブリンが成長し進化し続ければ、何れ高位の術を行使し魔神を呼び出す危険性も孕んでいるのだ。

 

更にゴブリンは群れる習性がある。

 

もしも、召喚術を使う小鬼『ゴブリンサモナー』が、徒党を組み大規模な術を操れば魔神の大群を戦力として人類に牙を剥く事もあり得る。

 

今の所、ゴブリンサモナーなる種は、報告が挙がっていない。

 

だが、遥か昔にも召喚術を行使する小鬼が発見されているという記録は、存在している。

 

今回が初という訳ではないのだ。

 

「やべぇな。こんな奴が近くを彷徨(うろつ)かれでもしたら、白磁の新人共じゃ手に負えねぇぜ!」

 

 槍使いが整った顔を歪に顰める。

 

「関係無い。術を使われる前に、喉を潰し止めを刺す。それが不可能なら一旦撤退し、ギルドに救援を求めるか次の一手を考察すればいい」

 

 にべもなく応えるゴブリンスレイヤー、彼は普段通りだ。

 

「お前はそれで良いかも知れんが、誰もがお前みたいに実践出来る訳でもねぇぜ。……ま、ヤられる前にヤるってのは賛成だがな」

 

 同期戦士も会話に加わった。

 

確かに誰もがゴブリンスレイヤーの様に、冷静に冷徹に対応出来る訳ではない。

 

初見の新人なら、大抵は取り乱すか慌てふためくだろう。

 

その間、召喚術を行使され被害が増す状況も充分に考えられる。

 

見付け次第、最優先で討伐するか一旦後退し救援を求めるしか方法は無いだろう。

 

何にせよ情報を集め、他の冒険者達に危険性を認識させる必要がある。

 

幸いにもゴブリンサモナー自体の戦闘力は通常のシャーマンにも劣り、状況次第では新人でも討伐は可能。

 

それに加え、精霊魔法に比べ召喚術や使役術は詠唱が長かった事を語る。

 

術の詠唱中は、膨大な集中力を要するのだろう。

 

動きが完全に止まり、無防備極まりない状態となる。

 

そこを突けば、経験の浅い冒険者でも充分に勝機はある筈だ。

 

陣形や地形も影響されるであろうが……。

 

それだけが、せめてもの救いだろうか。

 

更に言えば灰の剣士がこうして討伐に成功し、実績を残しているのだ。

 

彼自身の体験談は、今後の対応策に大いに貢献してくれるだろう。

 

「……では次はこちら、水の都での緊急依頼なのだが……」

 

 ゴブリンサモナーの事は一旦切り上げ、彼は水の都での出来事を語った。

 

持ち帰った異形の遺体に皆の視線が注がれる。

 

カエルともトカゲとも判別が付かない、身の毛がよだつ異形。

 

 

 

通称『バジリスク』

 

 

 

地下水路にて遭遇し、吐き出すブレスは呪いの力を秘め対象を石化呪死させる。

 

灰の剣士に恐れをなし逃げ惑うゴブリンが、哀れにも犠牲となった。

 

犠牲となった小鬼の腕を切り取った物が、バジリスクの隣に置かれていた。

 

「おいおい、触っても大丈夫だよな?」

 

 豪胆で知られる重戦士も、初めて見るゴブリンの有様に躊躇いを見せている。

 

「大丈夫だ。もし触れて呪いが移るようなら、最初から持ち帰ってなどいない」

 

 灰の剣士が、問題ないと伝える。

 

冒険者他を含めた職員達が、恐る恐るバジリスクや呪死した小鬼の腕に触れ、検分した。

 

「同じ石化でも、コカトリスとは違う感じだな」

 

 槍使いが語る『コカトリス』と呼ばれる怪物。

 

魔女と組んで間もない頃、遺跡にて遭遇した過去がある。

 

嘴に石化の魔力を秘め、啄んだ物を片っ端から石に変えてゆく能力を持つ。

 

しかしバジリスクのブレスは、速攻で石化する事はないものの広範囲に影響を及ぼし、尚且つ集団で行動する習性がある。

 

更に他の異形と連携されれば、その脅威度は格段に跳ね上がるのだ。

 

だが、真の懸念は其処ではない。

 

これ等は本来ロスリック内に生息する異形だ。

 

それが地理的に無関係な、『水の都』地下深くに出現したという事実だ。

 

地下水路の真上は街の生活圏で、幾つもの水路は街へと繋がっているのである。

 

万が一その水路を伝い、住人に被害を及ぼす様な事になれば大惨事は免れず、その時点で街の機能はマヒするだろう。

 

今回の調査では、灰の剣士が殲滅し事無きを得たが、再出現が無いとは言い切れないのだ。

 

「途中で引き返す羽目になったが、ロスリックの何処かに繋がっているかも知れん」

 

 地下水路で感じたあの空気感――。

 

あのまま調査を続行していれば、間違いなくロスリックの何処かへと繋がっていただろう。

 

火継ぎの時代、嫌という程繰り返したロスリックの旅――。

 

彼には確信に近いものを感じ取っていた。

 

新たな調査の為、冒険者達に依頼が舞い込むであろう。

 

しかし、危険度は剣の乙女が使い魔を通じて体感している。

 

彼女も金等級の冒険者。

 

恐らくは、等級の高い冒険者に依頼が舞い込むだろう事は、容易に想像が付く。

 

「なまじ等級が高いのも考えものだな。危険な依頼は冒険者冥利に尽きるってもんだが、ロスリック関連は別件なんだよなぁ……」

 

 重戦士が頭をボリボリと搔き浅い溜息を吐いた。

 

このギルドでは現時点で、彼等一党が最高戦力として認識されている。

 

個人レベルでは、重戦士よりも等級の高い人物は存在するが、一党全体で観た場合、彼等が総合的に高い実力を備えているのがギルド全体の認識だった。

 

もし依頼が舞い込むとなれば、真っ先に彼等が候補に挙がるだろう。

 

「なぁアンタ…もしもの時は、また頼むわ」

 

「承知した、その時は任せよ」

 

 灰の助力があったとは言え、彼等もロスリック探索を生き残った猛者だ。

 

故に、その危険度は今も体が覚えている。

 

もし依頼が舞い込む事があれば、再び灰の剣士を組み込む積りでいた。

 

そして、彼の報告は続く……。

 

ロスリックが行った、業の一つに『血の営み』と言うものがあった。

 

元は、火の陰りが(もたら)す闇の到来に備える為、火を継ぐに相応しい存在を生み出すのが本来の目的であった。

 

地下水路にて遭遇した一人の不死人が、小鬼を実験台とし獣へと変え灰の剣士に(けしか)けたのである。

 

その小鬼は、全身の筋肉が膨張しつつも更に圧縮され、種を遥かに凌駕する膂力と耐久性を獲得するに至った。

 

小鬼の全身からは夥しい体毛が生え揃い、咆哮を上げる。

 

その様は、正に()()()()()と言えよう。

 

「……それが、コイツか。――にしては随分デカい様だが、注いだ『血』とやらの影響か?」

 

 ゴブリンスレイヤーが、切り取られた小鬼獣(ゴブリンビースト)の一部である、毛むくじゃらの腕を手に取る。

 

その腕は小鬼のものに比べ、倍の大きさを誇っていた。

 

「ああ、その事か。実は……」

 

 灰の剣士は、実験対象となった小鬼が大型種である事実を告げる。

 

ゴブリンは、経験を積み進化する。

(他の種族が進化しない訳ではない)

 

その大半は、シャーマンやホブや中型種と言った上位種に変異するが、稀に違う進化を果たす個体も存在する。

 

中型種がそのまま進化し、ホブ並みの身長と身体能力を備え、尚且つ培った経験と学んだ高い知性を兼ねた個体へと変貌するのだ。

 

似た様な種に戦闘特化型の、小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)が存在するが、それ等とも異なる進化形態である。

 

個体差も大きいが、高い水準でバランスの取れた能力を有す、恐るべき存在だ。

 

代表的な例を挙げれば、ダークゴブリン率いる4人の側近達が分かり易いだろうか。

 

絶対数が少ない故、その全容は把握し切れていないのが実情だ。

 

「だが、本当に脅威と感じたのは、奴の戦闘力ではない!」

 

灰の剣士は言葉を続けた。

 

大型種をベースとした、小鬼獣と戦い見事勝利を勝ち取った灰の剣士。

 

しかし、その過程は厳しいものであった。

 

「―― 学習能力だ! ――」

 

 告げられた言葉に、場の全員が息を呑む。

 

激しい攻防を繰り返す度に、相手は戦術を学び、力と技の使い方を理解し、洗練された戦闘術を行使し始めていたのだ。

 

時間を掛ければ掛ける程、それは顕著となり彼の攻撃は躱され始め、不利に追い詰められる事になった。

 

「それも()()()()()、だ!」

 

 彼の告げる言葉に周囲は静まり返り、ゴブリンスレイヤーが口を開いた。

 

「どうやって、そいつを殺した」

 

「術と道具を使って何とか……」

 

 結局、剣だけでは埒が明かず、隙を突いて術を行使し『黒火炎壺』と『破裂石弾』で止めを刺せた。

 

「えらく手強いじゃねぇか、その獣化した小鬼ってのは全部そうなのか?」

 

 彼の説明を聞いた槍使いは、小鬼獣に対し危機感を募らせる。

 

小鬼獣そのものに対し情報が皆無に近く、今回が初となった遭遇例――。

 

灰の剣士が仕留めた個体のみを判断基準にするのは、些か性急に過ぎる。

 

「……私は違うと思うがね」

 

 今まで無言を貫いていたギルド長が口を開いた。

 

彼は自身の見解を述べる。

 

今回灰の剣士が対峙した小鬼獣は、確かに強敵だったと言えよう。

 

だがそれは、被検対象が元々上位種である大型種の小鬼がベースとなっていた事。

 

更に戦っていた対象が、灰の剣士であった事も要因の一つではないかと、彼は語る。

 

無論それだけで全てを判断し切るのは難しい。

 

更に言えば、その不死人が使った『血』に寄る部分が、最も大きな要素となっているだろう。

 

「灰の剣士君。君は冒険者と言うより、どちらかと言えば武術家に近い……と、私は踏んでいる」

 

 ギルド長の言葉に、誰もが反論を口にする事なく聞き入っていた。

 

今日まで、灰の剣士の戦いぶりを目の当たりにしてきた彼等だ。

 

灰の剣士の戦い方は、明らかに体系化された武術に基づき、それを実戦で練り上げたものだ。

 

特に彼と多くの行動を共にしてきた彼、ゴブリンスレイヤーはその事を深く認識している。

 

学習能力に長けた、大型種をベースとした小鬼獣――。

 

それに加え、学ぶ対象が戦闘力に長けた灰の剣士――。

 

恐らく戦う内に、戦闘に特化した学習をしていったのだろう。

 

「……例えばだ、もし戦ったのが彼ではなく、其処のゴブリンスレイヤー君だとしたら……」

 

 ギルド長の言葉に、灰の剣士を含めた全員が一斉にゴブリンスレイヤーの方へ向いた。

 

確かに、灰の剣士は武術に基いた剣技で敵を圧倒する。

 

しかし彼、ゴブリンスレイヤーの戦い方は違う。

 

ゴブリンの特性を調べ、考察し、ありとあらゆる戦術と道具、果ては地形や気象までをも駆使し、確実に、冷徹に、徹底的に、ゴブリンを確殺してゆく。

 

まさしく小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)――。

 

もしも小鬼獣が、灰の剣士ではなくゴブリンスレイヤーを基準に学習したとなれば、どの様な個体に成長していた事か。

 

「……けっ!ゾッととしないなっ!」

 

「……」

 

 槍使いは彼に一瞥した後そっぽを向き、彼は無言のままだった。

 

想像したくも無かったが、その危険性は常に孕んでいる。

 

いつ彼が遭遇するとも限らない。

 

それは、他の冒険者達にも言える事なのだが。

 

「何にせよ、殺せたのならそれでいい。もし取り逃がしでもしたら、そっちの方がゾッとせん、……俺はな」

 

 ゴブリンスレイヤーの言う通りだ。

 

万が一、討ち漏らし逃走を許してしまえば、それの経験を糧に更なる成長を施す結果になりかねない。

 

現時点では、時間を掛けず極力短期決戦で仕留めるのが、望ましいだろう。

 

誰かが敵の注意を引き付け、その隙を狙い不意を突いた奇襲を突けば、勝機はあるかも知れない。

 

初見の道具や戦術なら敵の反応や対応も鈍り、幾許かの効果も期待できる。

 

有効策に乏しいが、大型種は絶対数が少なく容易に確保出来る訳ではない。

 

仮に数を揃えるにも、相当の時間と手間を要すだろう。

 

そうこうしている内に、最も肝心なダークゴブリン生存の話に移った。

 

だが、此処に居る冒険者達は誰もがあの小鬼を知っている。

 

過去に金鉱山で、実質大敗を喫し多くの負傷者が出た。

 

他のゴブリンとは、一線を画す存在。

 

―― ダークゴブリン ――

 

虜囚となった幼き夢魔が運良く逃げ出し、灰の剣士と邂逅――。

 

その後『法の神殿』まで赴き、剣の乙女にその報を伝える事となる。

 

だが、討伐部隊を結成するにも判断材料が少な過ぎる為、彼女はダークゴブリンの調査を計画している様だ。

 

近々、熟練の一党に調査依頼を出すらしい。

 

それこそ、灰の剣士自ら名乗りを挙げたのだが、彼女の気遣いでやんわりと断られてしまう。

 

それは彼女の厚意に基づく処置だったのだが、彼にとっては信頼されていないと受け取ってしまった様だ。

 

因みに送り届けられた書簡には、()()()は単純に()()()と置き換えられていた為、灰の剣士以外の面々には彼女が混沌勢である事は知らない。

 

尤も、人も物資も揃えるには時間を要し、直ぐに討伐部隊を編成する事は難しい。

 

灰の剣士自身は、討伐部隊に加わる事が確定しているが、此処のギルドにも依頼が舞い込んで来るだろう。

 

「アイツ等には、散々酷い目に逢わされたからな。関わりたくない気持ちとリベンジしてやりたい気持ちが半々と言ったとこだな」

 

 遠い目をしなが、ら同期戦士は鉱山での戦いを思い出していた。

 

「そいつは俺も同じだぜ!少なからず奴と戦った訳だしな!」

 

 槍使いも同調する。

 

灰の剣士が戦闘不能に追いやられ、同期戦士と槍使いが共同でダークゴブリンに挑んだものの、全く歯が立たず一方的に(なぶ)られる始末であった。

 

「俺は、あのホブゴブリンと決着付けなきゃな!」

 

重戦士が思い返したのは、格闘術を駆使するホブゴブリンだった。

 

当時、銅等級戦士と女騎士を加えた三人がかりで挑んだが、結局決着は付かず仕舞いであった。

 

「……強力なスクロールを以てしても、奴を仕留める事は叶わなかった。俺達が討伐部隊に組み込まれるとは限らんが、修練を積み更なる地力の向上に努める必要があるだろう」

 

「もし組み込まれずとも、その時は私の金で、貴公等を雇うさ!」

 

 ゴブリンスレイヤーの言葉に、灰の剣士はそう返した。

 

少なくとも灰の剣士にとって彼等は、それだけ信頼に値する存在だったのである。

 

「言う様になったねぇ、アンタも!」

 

 重戦士が軽口を叩き、僅かに談話室の空気が和らいだ。

 

そして灰の剣士の報告は一通り終わり、残すは彼の等級審査のみとなる。

 

幾つかの質問と今迄の実績を照合し、あっさりと『鋼鉄等級』へと昇格する事が出来た。

 

「では、更なるご活躍を期待しています!これにて等級審査は終了。大変お疲れ様でした!」

 

 担当の受付嬢が鋼鉄等級の認識票を机の上に置き、彼はそれを受け取った。

 

灰の剣士は無事、昇格を果たしたのである。

 

こうして彼の報告兼等級審査は終わり、皆は散開するのだが――。

 

「あ、ゴブリンスレイヤーさん!」

 

 監督官が彼を呼び止めた。

 

「……」

 

 彼は無言で何事かと振り向く。

 

「前みたいに、昇級祝いと称して(灰の剣士)をゴブリン退治に引っ張り廻さないで下さいよ?」

 

「当たり前だ。そこまで鬼畜ではない積りだ」

 

 彼はそのまま、一階へと戻る。

 

流石に依頼を終えた彼を連れ回す程、ゴブリンスレイヤーも状況を理解出来ぬ男ではない。

 

それに近隣の小鬼の活動は、小康状態にある。

 

極端な話、彼だけでも対応出来るほどであった。

 

ゴブリンスレイヤーも部屋から去り、残っているのは職員達と灰の剣士だけとなる。

 

「では、私も失礼する」

 

「あ、ちょっと待って!」

 

 一礼の後、彼も談話室を去ろうとした矢先、監督官から声が掛かった。

 

「……大司教様に、ナニカしたの?」

 

「――どういう意味だ?」

 

 思わぬ質問に彼も訝る。

 

「今回の昇級、あの方直々の推薦だったから気になってね」

 

 この監督官も、至高神の信徒であり奇跡を授かった司祭でもある。

 

彼女ら信徒にとって、大司教である剣の乙女は憧れの存在でもあり、半ば崇拝している信徒も居る位だ。

 

加えて彼女は数年前に魔神王と討伐した、六英雄の一人であり金等級の冒険者でもある。

 

彼女にとって気にならない方が、おかしいと言うもの。

 

「大司教様に依頼された地下水路の調査と、……少々会話しただけだ」

 

「……」

 

 先程報告した以上の事はない。

 

それは監督官が嘘発見(センス・ライ)の奇跡を行使して、真実である事も知っている。

 

剣の乙女が(したた)めた書簡にも、全く同様の内容が記されていた。

 

真実かどうかを見極めようと、監督官は再度奇跡を行使しようとする。

 

「…そういう奇跡の使い方は禁止よ!」

 

「そういう事は職務以外でやり給え、職員としての資質が問われるぞ!」

 

 傍に居た、先輩嬢とギルド長に注意を受ける監督官。

 

「も、申し訳ありません!」

 

 彼女は慌てて頭を下げた。

 

仮に、灰の剣士と剣の乙女との間で何か有ったとしても、それは冒険者としての領分で職員が個人として立ち入る案件ではない。

 

「……書簡に何が書いてあったのかは知らぬが、それ以上もそれ以下の事も起きてはいない。ではな」

 

 そう告げる灰の剣士は、早々に部屋を降り宿へと引き上げた。

 

「気にし過ぎよ」

 

「分かってますけど……」

 

 彼が去った後も些か腑に落ちない監督官に、先輩嬢が声を掛ける。

 

――やれやれ、だな。

 

そんな様子を見ていたギルド長は、静かに溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

      ―― 地母神の神殿 ――

 

 

 

 

 

 神殿の区間の一つに、大広間が設けられている。

 

その広さは礼拝堂と何ら変わる事なく、備品の類は一切置かれていない為、多くの人が収容できる広さだ。

 

中央に祈りを捧げる数名の聖職者達と灰の剣士――。

 

その周囲には、数多くの聖職者達が見守っている。

 

中には厳しい目付きをした者も居る為、寧ろ監視の意味合いが強いだろうか。

 

以前、灰の剣士がこの神殿に持ち込んだ、数々の聖書――。

 

白教を始めとした、太古の奇跡が数多く記されている。

 

本来は盲人の為に(こし)えた点字聖書だったが、魔術師の世界にて『闇術師カルラ』が四方世界向けに翻訳してくれた。

 

記された奇跡の数々は、神々やそれに纏わる物語りとして記録されている。

 

これ等の聖書を持ち込んで、幾多の月日が流れた。

 

その日以来、宗派の垣根を越えた聖職者達の間で綿密に議論が交わされ、奇跡の習得の為に数名の聖職者達が選ばれ現在に至る。

 

地母神を始めとした至高神やその他の神々の信徒を一名ずつ厳選し、この場に居る。

 

この者達は、敬虔な信徒でもあると同時に冒険者でもある。

 

各宗派の指導者層達の思惑も有るのだろう。

 

 

 

太古の奇跡、場合によっては各教義に反する恐れがある。

 

そこで、概ね許容され易いであろう、白教の奇跡を習得させると言う結果に落ち着いた。

 

ただ、高位の奇跡はそれに見合う信仰心が必須条件となり、奇跡を教導する灰の剣士自信も条件を満たしていない。

 

習得は比較的難度の低い、初歩的な奇跡に絞られた。

 

そして今日は、教導した奇跡を発現する記念すべき日でもあるのだ。

 

皆がシンと静まり返る中、灰の剣士が静かに手を挙げる。

 

「……始めっ!」

 

 短い合図と共に、数名の聖職者達が奇跡を発現させた。

 

 

 

『『『『―― フォース ――』』』』

 

 

 

聖職者達が叫ぶと同時に、彼、彼女等の周囲に淡い聖光と衝撃波が発生し、検証用に置いてあった藁人形が吹き飛ばされた。

 

『おおおぉぉぉ……!!』

 

 それを目の当たりにした周囲の者達は、驚きの声を上げ目を見開いた。

 

以前から灰の剣士が幾つか奇跡を発動し見せていたのだが、自分達の宗派の信徒が奇跡を発動させるのは、流石に驚きを隠せない様だ。

 

『静粛に!』

 

 俄かに騒々しくなる大広間に厳かな声が響き渡り、再び静寂が戻った。

 

声の主は、西方辺境の神殿最高指導者『司祭長』である。

 

『各々方、先ずは奇跡の発現、誠におめでとう御座います』

 

 彼女は、彼等を称賛の声を掛ける。

 

『視たところ、特に宣託も授かってない様に見受けられましたが?』

 

 彼女がそう見解を示し、奇跡を行使した聖職者達は互いに顔を見合わせる。

 

彼女の見解通り、どうやら宣託が降りた者は居ないらしい。

 

神々も黙認しているのだろうか?

 

もし何らかの教義に反する奇跡を行使すれば、大抵は神々から警告が飛んで来る。

 

行使する奇跡の種類のみならず、心構えや余りに身勝手な邪欲を目的に発現させても然りだ。

 

その様な背信行為が続けば神々もその者を見放し、場合によっては奇跡を剥奪する恐れもある。

 

だが、幾ら待とうとの神々からの反応はない。

 

今のところ宗派に関係なく、これ等の奇跡は許容されているのだろう。

 

聖職者達は、そう解釈した。

 

その後も彼等の奇跡の発動は続き、『フォース』を始めとした他の奇跡を発現させる。

 

選ばれた彼等は皆押し並べて信仰心が高く、数値に換算すれば全員『20』を備えていた。

 

灰の剣士に信仰値は現在『18』だが、彼の場合ソウルで無理矢理高め神々との交信を容易にしてある。

 

故に、実際の信仰値は精々『9~11』程度である。

 

灰の剣士と比べても、彼等の信仰心は高い部類に入るだろう。

 

数々の奇跡を発現させ中でも目を引いたのは、『惜別の涙』や『治癒の涙』に代表される『魔力防護』『家路』等の補助系が注目された。

 

尚、似た様な効果の回復の奇跡は今の処重視されなかった。

 

即死級の攻撃を受けても紙一重で命を繋ぎ止める『惜別の涙』や、一党全滅の危機に瀕した際、即拠点まで帰還できる『家路』等は今後冒険者達のとって有用に働くだろう。

 

その分、必要とされる高い信仰心が試され、誰にでも扱えるわけではない。

 

こればかりはどうにもならず、彼等の精進に掛かっている。

 

こうして新たな奇跡の習得は一段落が付き、いよいよ『深みの奇跡』を披露する時がやって来た。

 

「皆様方!……これより深みの奇跡、その一部をご披露致します!」

 

 灰の剣士は高らかに宣言し、広間中央に居た聖職者達を退かせる。

 

これより彼行使するのは、深みに傾倒した信徒達がよく使う奇跡『蝕み』である。

 

事前に一通り説明してはおいたが、実際彼等が目にするのは今日が初めての筈だ。

 

「――この奇跡が、対象者にどの様な効果を及ぼすのか、(しか)と見届けて頂きたく存じます!」

 

 その言葉に、聖職者達は固唾の飲み俄かに緊張が高まり始める。

 

古の時代、確かに存在した禁忌と呼ばれる奇跡――。

 

極一部とは言え、その一端を垣間見る事が出来るのだ。

 

否が応にも、期待と緊張が高まろうというもの――。

 

聖職者が見守る中、灰の剣士は不可解な行動を執った。

 

効果を確かめる為に設置されていた藁の的を取り除き、彼自身の防具を脱ぎ捨てたのである。

 

”何事か?”と、当然周囲は騒つくが、彼は言葉を続けた。

 

「藁人形などよりも、実際私の身体にて効果を確かめた方が、宜しいかと存じます!」

 

『蝕み』の奇跡は、蟲の群れを生み出し対象者にぶつける闇の奇跡だ。

 

 深みに住まう蟲は、顎に備えた牙で皮膚を食い破り激しい出血を強いる。

 

彼等は以前に効果を聞いてはいたが、まだ目にした事はない。

 

なら自分の身体を実験台に、その悍ましさを知って貰おうと彼は画策していた。

 

鎧も兜も脱ぎ捨て上半身は完全な裸体となり、彼は奇跡『蝕み』を発現させた。

 

左腕に巻き付けた『粗布のタリスマン』を触媒とし、彼の周囲に淡い光が瞬く。

 

しかし、その光とは対照的に黒い小さな蟲の大群が彼の周りに現れた。

 

その光景に目を見開く聖職者達。

 

蟲の大群は、言葉に言い表せない様な奇怪な音を奏で、彼の掌で螺旋を描きながら渦巻いたままだ。

 

この奇跡は、敵と見なした対象目掛けて飛来する。

 

それには術者自身の明確な意思が必要だが、彼は敵対象者を決めていない。

 

渦巻いたままの蟲を見据え、彼は自分自身に敵意を抱く。

 

あの巡礼の旅路以来、自らの不甲斐無さを呪い憤り憤怒の怒りを自身へと向けた。

 

するとどうだろう。

 

蟲の大群は、術者自身である彼目掛けて殺到し始めた。

 

この奇跡には、高い追尾性があり蟲の大群はしつこく対象者を追跡する。

 

その効果も皆に知って貰う為、彼は距離を取り暫く移動を続けた。

 

蟲は尚も彼を追い回し、頃合いを見計らった彼は動きを止め、わざと蟲の群れを胸元で受け止めた。

 

蟲はアッという間に彼の身体を這いずり回り、小さくも鋭い顎で彼の身体を食い破る。

 

「――っうっ、ぐぅぉおぉぉぉっ……!!」

 

 その瞬間、彼の全身から夥しい鮮血が噴き出し、足元を忽ち紅く染め上げた。

 

蟲は彼の皮膚を食い破り内部をも食い荒らす。

 

激しい出血に加え、悲鳴を上げんばかりの激痛が彼を襲うのだ。

 

白い石材の床が紅に染まり、彼の血が滴り落ちる。

 

『――っうぅっ……!』

 

『きゃあぁぁっ……!』

 

『お、おい、止めさせろ!死んでしまうぞっ!!』

 

『うおぉえぇぇっ……!』

 

 その凄惨な光景を目の当たりにした聖職者達は、顔を背け、悲鳴を上げ、嘔吐する者達まで現れる始末。

 

静寂だった大広間は大騒ぎとなる。

 

深みの奇跡が(もたら)した凄惨な光景に、恐怖に慄きガチガチと歯を鳴らす者も居た。

 

「――目を背けてはなりませんっ!その眼で最後まで目届けて頂くっ!」

 

 広間中央、灰の剣士が大声で周囲に叫ぶ。

 

此処で逃げ出されては、自分の身体を以て何の為に披露したのか分からなくなる。

 

「残念ですが、この奇跡の犠牲となった人が既に存在しています!」

 

 以前、槍使い達と共に邪教徒討伐に赴いた事があった。

 

大勢の人質が囚われ、苦痛を強いられ犠牲となった者達も居た。

 

黒幕である邪教徒は四方世界側の住人ではあったものの、深みの奇跡を習得し『蝕み』を放って来たのだ。

 

息絶える間際にその奇跡を行使し、槍使いもその餌食となり重傷を負った。

 

自分自身が苦痛に喘ぐの良い。

 

しかし、見知った人間や何の罪も無い住人達が苦しみに苛まれるのは、それ以上に耐え難い苦痛を覚えるのだ。

 

残念だが、深みに傾倒し他者に犠牲を強いる輩は至る所に存在している。

 

彼等には少しでもこの深みの悍ましさを認識し、力無き人々の助けとなって貰いたい。

 

灰の剣士の言葉に皆は踏み止まり、再び彼の方に視線を向けた。

 

少々時間が経過し、術は収まった。

 

今も尚、彼の身体からは激しい出血が見受けられる。

 

周囲の聖職者達の中には、彼に対し未だに疑いの目を向ける者達も居た。

 

コイツは我々を(たばか)る、混沌勢の手先ではないのか?

 

確かにそう疑われても、それは致し方の無き事。

 

実際彼は目の前で、深みの奇跡を発現させたのだから……。

 

しかし眼前にて繰り広げられる、直視に堪えぬ光景。

 

本当に混沌の手先が、自らを犠牲にしてまで奇跡の効果を実証するだろうか。

 

もし混沌側なら、手頃な従者なり誰かを検証に立て替えればいい筈だ。

 

極論で言えば、先程の藁人形で実証しても良かったのだ。

 

よもや、()()()()して効果を証明するとは――。

 

完全ではないものの、彼等の中で疑念を抱く者は居なくなった。

 

 

 

……

 

 

 

()を終え、皆は解散となった。

 

灰の剣士が披露した幾つかの奇跡――。

 

様々な思惑を胸に、聖職者達は本来の所属先へと帰路に着く。

 

此度の披露は、言わば検証の意味合いが強く、時を見計らい再び議論が行われるであろう。

 

彼等の質問に”白教の信徒が存在するのか”と聞かれた事があった。

 

正直に言えば、それは自分にも分からなかった。

 

寧ろ、自分が知りたい位だ。

 

奇跡を広める役割りは、本職が圧倒的に向いている。

 

彼は剣士であり、聖職者ではない。

 

故に教義や信仰の本質を知りようもないのだ。

 

もし白教の巡礼者なり聖女なりを見付ければ、彼女等に頼み込む事も出来る。

(彼女達が、了承するかどうかは別だが)

 

しかし、居場所は疎かこの世界に流れ着いているのかどうかも未知数だ。

 

下手をすれば、完全に失伝している可能性すらある。

 

此処から先、手探り感は拭えないだろう。

 

 

 

他の聖職者達が去り、大広間に残った灰の剣士は周囲の後始末に取り掛かっていた。

 

自分が流した血を拭き取り床を清掃している。

 

「貴公等まで手伝う必要はない。これは私が犯した不始末だ、私一人でいい」

 

 彼の他に『男神官』と『神官長』が、手伝ってくれていた。

 

「ここは僕らの神殿でもあるのです。貴方一人に任せる訳にはいきませんよ」

 

「何故あんな危険を冒してまで……、一時はどうなる事かと……」

 

 確かに初めて目にする者にとって、深みの奇跡は些か刺激が強過ぎたのかも知れない。

 

本来、藁人形で効果を実証する筈が、彼の独断であの様な展開を迎えたのである。

 

しかし、物言わぬ藁人形などで、あの奇跡の悍ましさを伝える事は難しいだろう。

 

そう判断したからこそ、彼は敢えてあのような行動に出たのである。

 

「――とは言え、貴方から授かった奇跡……、非常に興味深い」

 

「ですが、地母神に反する奇跡も幾つか存在するようですし、本職の方がいらっしゃればそれに越した事はないのですが」

 

 作業を続けながら、神官長と男神官はそれぞれの見解の述べた。

 

奇跡の中には、当然受け入られないモノも存在するだろう。

 

竜狩りの奇跡などは、特に顕著だ。

 

雷の杭を以て、竜を討つ――。

 

あの奇跡は、戦女神と相性が良さそうだ。

 

地母神はその性格上、攻撃的行動を敬遠する傾向が強い。

 

豊穣と命を育みを司る地母神――。

 

この男神官の最初に授かった奇跡が奇しくも『聖撃(ホーリースマイト)』である。

 

元々彼は意志が強く、目標を達成する為ならば自らの手を汚す事も厭わない程の覚悟を秘めていた。

 

これは生来の性格だ。

 

彼は地母神の信仰を守る為なら、奇跡を剥奪される覚悟も常に秘めていた。

 

地母神もそれを汲み、敢えて彼に攻撃の奇跡を授けたのだろう。

 

恐らく彼なら、余程の事がない限り攻撃の奇跡を学んでも、お咎めを受ける事はないかも知れない。

 

結局最後に行き着くのは、教義云々よりも本人の持つ意思や心を、神々は注視しているのではないだろうか。

 

口には出さなかったが、灰の剣士はそう思えてならなかった。

 

血で汚れた床掃除を終え、彼等は司祭長の執務室に居た。

 

「此度の儀式、誠にお疲れ様です」

 

 彼女の労いの言葉に彼等は恐縮し、頭を垂れている。

 

「些かの騒動、(わたくし)めの独断で起こしたモノです。誠に申し訳ありませんでした!」

 

『蝕み』の件を言っているのだろう、彼は頭を上げずそのまま謝罪の意を示す。

 

 しかし司祭長は手でそれを制し、面を上げる様に促した。

 

あの光景を目にした彼女にも、その理由は分かっていた為である。

 

「これから先、貴方にはより多くの御負担をお掛けなるでしょう。しかし、混沌側の不穏な動きが日増しに強くなりつつあります。今暫く、私達に力をお貸し下さい」

 

 彼女自ら頭を下げ、彼に助力を頼む。

 

「私は聖職者ではありませぬ故、お力添えも(たか)だか知れております。しかし、生命の営みと息吹溢れるこの世界、守り抜きたいものです。こんな私で良ければ、どうか協力させて下さい!」

 

「そのお言葉、実に頼もしい限りです。あのお方も、拘るだけの事はありますね」

 

「……あの方?」

 

 司祭長の口にする”あの方”と言う言葉に疑問を抱く。

 

それは水の都の大司教『剣の乙女』その人を指していた。

 

実はギルドに書簡を送る際、この司祭長にも手紙が送られていたのである。

 

その内容には灰の剣士についても語られており、かなり意識している様が見て取れた。

 

「あの方も重い運命を背負っておられます。余裕のある時で構いません、彼女の事も支えてあげて下さい」

 

「……はっ!私の様な輩で宜しければ!」

 

――別段、大した事はしていない筈だが?

 

僅かに首を傾げつつ、水の都の出来事を思い返していた。

 

「神官長、そして貴方も此度の働き見事でした」

 

「「勿体なきお言葉です!司祭長様!」」

 

 無論、信徒である二人の働きも忘れず労いの言葉を掛け、彼等を称える。

 

宗派の違う信徒達との、取り次ぎは神官長が尽力し奔走した。

 

そして男神官は、西方辺境の神殿代表として白教の奇跡を習得したのである。

 

彼等もまた、忙しい日々が待っているだろう。

 

気付かぬ処で、世界は刻々と変化を見せているのである。

 

こうして司祭長との会談も終わり灰の剣士は解放される事となったのだが、それを許さない人物が約一名。

 

 

 

……

 

 

 

「何ですか?お兄さん!そのズボン、血塗れじゃないですかっ!」

 

 彼は怒られていた。

 

一連の業務を終え彼はそのまま神殿から去ろうとした矢先、捕まったのである。

 

 

 

―― 見習い神官の少女に ――

 

 

 

深みの奇跡『蝕み』を自らの身体で実証した際、下半身の装備は外さなかった為、噴き出した血が装備にこびり付いていたのである。

 

彼がこの神殿に訪れていたのは彼女も知っていた。

 

見習いである彼女は、大広間に入る事を許されていなかったので、()が済めば彼に会うつもりでいた。

 

しかし、いざ会ってみれば彼の下半身は異様に血で汚れていたのである。

 

一体何事かと彼に問い(ただ)したかったが、先ずはその異様な見た目を何とかする方が先決だと彼女は判断した。

 

彼女も11歳。

 

幼いながらも、大人に近付きつつある。

 

人目も(はばか)らずに、彼を問い質す事はしない。

 

先ずは、()()()()()()()()()()に自室へと押し込んだ。

 

「取り敢えず御洗濯してあげますから、脱いじゃって下さい!良いですね?ハイッ、物分かりが良くて助かります!さぁさぁっ、早く早く!――ああもうっ!間怠(まだる)っこいですね、お兄さんは――!」

 

「おい貴公、少し待ち給えよ!」

 

 最早彼の都合など何処吹く風。

 

彼の返事など早々に無視しズボンに手を掛け、強引に脱がそうとする。

 

当然彼も抵抗を試みるのだが、彼女は手を放す気配が一向に見られない。

 

このまま衣服が破けては、堪ったものではない。

 

観念した彼は、彼女の言う事を聞く事にした。

 

「あぁ、それからお兄さん…その外套取った方がいいですよ。ズボン無しでその恰好、割と変ですから…ププゥッ……!(* >ω<)」

 

 彼女は笑いを堪えながら、血汚れたズボンを手にし、部屋から出て行ってしまった。

 

装備の包まれた上半身に、下着姿の下半身――。

 

哀愁(シュール)漂う半ば変態的な格好で部屋に取り残された火の無き灰。

 

「……何も強引に脱がす事はなかろうに……( ̄△ ̄)」

 

 仕方なく、外套と装備を取り外し部屋で待機する事にした。

 

――以前より強引さに拍車が掛かった気がするな、あの子。……それに良いのか?この部屋あの子の自室ではないか。

 

そろそろ男女間を意識してもいい年齢だと思うのだが、先程の様子ではその兆しは見られなかった。

 

暫くして洗濯を終えた彼女は、彼の衣服が乾くまで時間が掛かると言う。

 

既に日は落ち外は暗くなりつつある。

 

”宿泊の申請は出しておいたので、今日は此処で泊まるように”と、彼に伝えた。

 

流石にこの格好のまま神殿に出る訳にもいかず、彼は承諾する事にする。

 

「今夜は御一緒ですね!えへへ……」

 

「ぬ……」

 

 何故か上機嫌な彼女と、内心複雑な彼――。

 

今日一日は彼女の部屋で、一夜を過ごす事なった。

 

 

 

 

 

その様子を見ていた盤外の神々――。

 

地母神様は腹を抱えて大笑いし、他の神々はその地母神をあんぐりとした表情で見ていましたとさ。

 

メデタシメデタシ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

魔力防護

 

 武器を持つ聖職者のための奇跡

 

 全身を白い防護膜で覆い魔力カット率を高める。

 

 歴史上、聖職者と魔術師はしばし対立した。

 だから質実な聖職者たちには、魔術に対する手段が必要だったのだ。

 

 太古に存在した奇跡の数々――。

 

 時代は移り変わり、教義も移り変わる。

 変化の時が到来したのだ。

 

 彼等は受け入れるだろうか……。

 

 その移り変わりに……。

 

 

 

 

 

 




 今回は報告会と、奇跡の指導回でした。

時期的には、ソラール一行がロスリックへと出発した直後なので、またもや入れ違いになっています。

ダクソの奇跡を目の当たりにすれば、四方世界の信徒達はどういう反応を示すのでしょう?
正直私にも見当が付きません。
今回の反応も、行き当たりばったりです。

如何だったでしょうか?

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ( ゚∀゚)/
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