ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 ど~もです。
投稿します。
9月に入った途端、急激に日が暮れるのが早くなった気がします。
気温も徐々に下がり、暫くは動き易い季節になればいいなぁ……。


第59話―ロスリックのゴブリンハザード3(不死街)―

 

 

 

 

爆裂矢・爆裂ボルト(自作)

 

 着弾により弾体が爆裂する矢(ボルト)。

 限定された範囲に炎と爆発属性のダメージを与える

 

 爆発の危険から、持ち運べる数がごく少ない。

 

 今回用意したのは、或る剣士の自作改良版。

 

 オーベックが造った破裂石弾を信管代わりとし、火薬で包んだ物を弾頭とする。

 弾頭の大型化に伴う重量増加で、弾道が非常に不安定となり

 威力増大と引き換えに命中精度は大きく劣る。

 その故に、遠距離で動く的に命中させるには、最低でも銅等級弓手の腕前が必要となるだろう。

 

 また破裂石弾は衝撃で暴発する危険があり、事故率が高い。

 

 即席の自製品であり、それを知って文句は言わぬ事だ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

      デエェェ ―― 不死街 ―― ェェェエン

 

 

 

 

 

 一行は気を引き締め全方位を警戒しながら、不死街へと足を踏み入れた。

 

無論、先頭は土地勘の有る灰の剣士が務めている。

 

「……確かに…身を隠すには条件が揃い過ぎてる」

 

 ゴブリンスレイヤーは、自身に染みついた経験に基づき、周囲の民家や瓦礫に意識を向ける。

 

ロスリックには、どう言う訳か小鬼も侵入している。

 

経緯はどうであれ小鬼は亡者と化し、生者へ牙を剥いた。

 

間違い無く、この不死街にも潜んでいるだろう。

 

数打ちの剣と小盾を構え、彼は一層警戒感を強める。

 

全員が其々の方角に意識を向け、全方位を警戒しながらゆっくりと歩を進めて行った。

 

「……異様に腐敗臭がしますね」

 

「ああ、居るな。直ぐ近くだ」

 

 嗅覚に優れる獣人魔術師は肉の腐った臭いを嗅ぎ分け、偶々風下に位置していた事もあり、灰の剣士も匂いと僅かなソウルを感知し敵の存在を知覚した。

 

「全員!多方面に気を配れ!来るぞっ!」

 

 灰の剣士が戦闘態勢を宣言――。

 

それに反応したメンバー、或る物は武器を構え、或る者は詠唱に入る。

 

徐々に聞こえて来る不気味な唸り声と息遣い。

 

敵が居るのは間違いない。

 

「――来やがった!!」

 

 槍使いが叫ぶのと、多数の亡者が殺到して来るのは同時だった。

 

 

 

 

 

居やがった、奴らだ!

 

分かっているな、手筈通りだ!

 

呪われたクソ共めっ!

 

これ以上、呪いを撒き散らされて堪るか!

 

奴等は磔だ!

 

若しくは火炙りだ!

 

女子供も居やがる!

 

関係ねぇっ、容赦するな!

 

呪いは等しく排除だ!

 

先ずは、犬を嗾けろ!

 

終われば解体し、聖堂に捧げるのだ!

 

 

 

 

 

声にならない声――。

 

彼等は唯、唸っている――。

 

何処からどう贔屓目に見ても、人語らしき会話は聞こえて来ない。

 

しかし、彼等は確かに意思疎通を行い、此方を仕留めに全力を尽くす。

 

彼等の使命だ。

 

愛すべき。

 

守るべき故郷は此処にある。

 

此処は我等の故郷――。

 

呪われし者は、例外なく取り除かねばならない。

 

老若男女、皆等しく――。

 

其処に、差別など無い。

 

20を超える、不死街の住人達は灰の剣士一行を取り囲もうと、姿を現した。

 

荒れに荒れ果てた不死街には、瓦礫や岩陰、朽ち果て役割を果たせぬ、あばら家など事欠かない。

 

それら全てが、身を隠す為の好材料となるのだ。

 

「取り囲まれるな、戦士職は前衛に展開!後衛職を守れ!」

 

 灰は大声で指示を飛ばし、戦士職を前衛へと展開させる。

 

その際、広い帯状に展開させ、後方に亡者を廻り込ませない様、陣形を組んだ。

 

不死街の住人の一人、彼は生前『犬飼い』だったのだろうか。

 

血肉に飢えた亡者犬6匹を解き放ち、極上の獲物を前にした死せる犬は牙を剥き出しにしながら襲い掛かった。

 

唯でさえ、俊敏で桁外れの獰猛さと凶暴性を誇る亡者犬。

 

今度は一度に6匹。

 

――私一人だったら、多分喰い殺されていたな。

 

6匹の亡者犬を目にした灰は、内心戦慄していた。

 

しかし、今回は此方も数を頼みに踏み込んだのだ。

 

各々が役割を果たせば、複数の亡者犬も大した脅威にはなり得なかった。

 

殺到する亡者犬に対し、灰が前方に軽く疾走――。

 

その勢いを利用したまま、打ち刀による疾走居合切りを繰り出した。

 

疾走の勢いに乗り腰を捻った遠心力で、鞘から引き抜かれた東国の刃――。

 

その鋭い刀身は、忽ち3匹の亡者犬を切断した。

 

一瞬で亡者犬を複数仕留めた灰だったが、僅かな隙が生まれる。

 

残り3匹の亡者犬が、それを見逃そう筈も無く彼を食い殺そうと飛び掛かった。

 

「――忘れて貰っちゃ困るぜ!」

 

「――俺等も居るんでな!」

 

「――くたばりな!」

 

 重戦士、槍使い、同期戦士の三人が、灰の隙を埋めるかのように亡者犬に立ち塞がっていた。

 

1匹の亡者犬が、重戦士の顔面に噛み付こうと牙を剥き出す。

 

「――くせぇんだよ!」

 

 犬の口からは、異臭漂う涎が滴り落ち変色した牙からも悪臭が拡がる。

 

思わず顔を顰めながら、重戦士は手甲に包まれたパンチで亡者犬を吹き飛ばした。

 

亡者犬は火と打撃に弱く、パンチを真面に食らった亡者犬は転倒し藻掻いている。

 

そこ目掛けて重戦士の大剣が打ち下ろされた。

 

地面を抉る程の、体重と剣そのものの重量が亡者犬を見事に両断――。

 

絶叫すら上げる事なく、亡者犬は呆気無く絶命した。

 

「――ほいっとな!」

 

 リーチを生かした槍は、1匹の亡者犬の口内を貫通した。

 

鋭い彼の槍は口から脳まで達し、更に穂先が頭部から露出している。

 

「嫌だねぇ、犬とは言え亡者ってのは」

 

 口内を貫かれて尚、獲物へあり付こうとジタバタ手足を動かす亡者犬。

 

「――オラァッ!」

 

 槍使いは、獲物を振り上げ全力で地面へと叩き付けた。

 

彼の腕力と遠心力が上乗せされ、亡者犬は地面に激突し、その衝撃で敢え無く絶命する。

 

「一見翻弄している様だが――」

 

 右へ、左へと、走りながら同期戦士を食い殺そうと亡者犬は隙を窺っていた。

 

幾度となく、獲物を食い殺してきたのだろう。

 

自慢の脚力を生かし、彼を混乱させる亡者犬……の筈だった。

 

「――そこぉっ!」

 

 彼は剣を斜めに振り下ろし、亡者犬を切断した。

 

しかし亡者犬は上半身を残したまま、地面へと着地――。

 

下半身を失うも、獲物を求め藻掻く様は異様の一言と言えた。

 

「……!」

 

 同期戦士は、不快に顔を歪めながらも無言で亡者犬の頭部を踏み潰し、止めを刺した。

 

こうして俊敏な機動力を持つ6匹の亡者犬は、完全に無力化できた。

 

残るは多数の亡者のみ。

 

亡者達は、鋤や熊手と言った農具を所持している。

 

しかし農具とは言え、亡者と化した彼等の膂力る恐るべき力を発揮する。

 

異様な叫び声を上げ亡者は、徒党(パーティ)へと襲い掛かる。

 

殺到する亡者の中には後衛職に狙いを定めた者も居たが、二重三重と張り巡らされた戦士職の壁に阻まれた。

 

「行かせませんよ!」

 

「来いっ!亡者共っ!」

 

「おっしゃあ!出番じゃあっ!」

 

「ゴブリンではないが、容赦せん!」

 

 軽戦士、女騎士、斧戦士、ゴブリンスレイヤーが壁となり亡者の進行を食い止める。

 

亡者の振り下ろす鉈の一撃――。

 

狂気を孕んだ一撃だ。

 

真面に食らえば、防具ごと肉を引き裂く。

 

だが、半森人の軽戦士は細身のサーベルで亡者の鉈を難なく受け流し、敵の体幹を崩す。

 

そしてがら空きとなった首筋に、鋭いサーベルの一閃――。

 

首筋を切り裂かれた亡者は、黒く濁った鮮血を噴出させ絶命し倒れ伏した。

 

彼自身、一党の会計や参謀役としての頭脳労働が主な役割だが、本来は優れた剣士でもある。

 

混血とは言え繊細で器用な森人の血を引いているのだろうか。

 

彼も灰の剣士と同じく、技量に長けた剣技を得意としていた。

 

「私も一仕事せんとな!」

 

 鋤を突き出す不死街の亡者――。

 

本来それは武器ではなく、干し草を掻き分けたり解す為の農具であるのだが、場合によっては恐るべき凶器へと変貌する。

 

その鋤を掻い潜り、女騎士は中盾のシールドチャージで激突――。

 

その衝撃を直で受けた亡者は大きく仰け反り、更にシールドバッシュで追撃した。

 

金属で構成された騎士用の盾(ヒーターシールド)である。

 

殴られた亡者は、金属の壁に吹き飛ばされ大きく転倒。

 

女騎士は、すぐさま長剣で亡者の頭部を刺し貫き止めを刺した。

 

「民に剣を向けるなど、騎士としてあるまじき蛮行。しかし好い加減、呪われた不死から解放され安らかに逝くがよい」

 

 彼女は、絶命した亡者に短い祈りを捧げ冥福を祈った。

 

熊手を突き出す亡者。

 

長い年月を経たその切っ先は、錆に錆び付き武器としては機能しないだろう。

 

しかし、雑菌塗れのそれは猛毒にも等しく、万が一皮膚を突き破り体内に侵入でもしようものなら、それが命取りとなり得る。

 

更に理性と自制が崩壊した、彼ら亡者――。

 

自らの限界を省みない彼等は、加減という概念を忘却している。

 

全力で攻撃するも、相手は筋力に長けた鉱人の斧戦士。

 

「力にゃあ、自信があるんでな!」

 

真正面から戦斧で熊手を粉砕した。

 

そして勢いを殺さず、そのまま無防備な亡者へ打ち付け胸部を粉砕。

 

力尽くで亡者を打ち倒し絶命させた。

 

「おぅし!やれるぜぃ!」

 

 彼は、チラリと傍目をやる。

 

其処には、中途半端な長さの剣に炎を纏わせ、亡者を刺し貫いていたゴブリンスレイヤーの姿があった。

 

炎熱化した刃から火が燃え移り、絶叫を上げながら絶命してゆく亡者。

 

「ふむ…使える…」

 

 仕留めた亡者から剣を引き抜き、燃える刃に視線を送り呟く彼――。

 

「驚いたのぉ、お前さんいつから付与(エンチャント)を覚えたんじゃ?」

 

 燃える剣が気になるのだろう。

 

鉱人斧戦士が訪ねて来る。

 

「魔法ではない。道具を使った」

 

 彼はぶっきらぼうに答え、腰の雑嚢から小瓶を取り出した。

 

瓶の中は、ネットリとした液体に満たされている。

 

彼が使ったのは『炭松脂』と呼ばれる代物だった。

 

これを武器に塗る事で、一時的に火を纏わせる事が可能となる道具(アイテム)だ。

 

街外れの小屋に住む、ヴィンハイムのオーベックから賜った物だ。

 

「ああ、かれ、ね」

 

 魔女が、ふと口を開く。

 

実は彼女もオーベックとは、何度か面識があった。

 

「――けっ!あのいけ好かねぇヤローか!」

 

 会話が彼の耳にも届いていたのだろう。

 

槍使いが不機嫌そうな表情で、戦闘を続行していた。

 

実は彼の目の前で、彼女はオーベックに口説かれていたのである。

 

彼女が露骨に突っぱねていれば、そこで事態は収束したのだが、魔女自身も満更ではなかった。

 

槍使い自身、魔女に恋愛感情を抱いているのかは定かではない。

 

しかし、目の前で自分の相棒が見ず知らずの男に口説かれているのは、穏やかならざる状況だ。

 

更に彼女が真面に相手をしていたのも大きい。

 

彼自身、男として魅力が有るのを自覚しているだけに、猶更である。

 

それ以来、槍使い自身はオーベックを訪ねる事は二度と無くなり、用がある時は彼女が単身彼の元を訊ねる事になっていた。

 

槍使いにとっては、嫌な過去なのだろう。

 

思い出してしまった彼は一層動きに活が入り、次々と亡者を仕留めていった。

 

「わわっ、何ですかコイツら!斃れないんですけどっ?!」

 

 得意の武術で、亡者に対抗していた銀髪武闘家。

 

金属式の手甲(ガントレット)で亡者の顔面を穿つも、敵は活動を停める気配が無い。

 

不気味な唸り声で尚も迫り来る亡者に後退しながら、直突き(ストレート)の連打を食らわせる。

 

だが亡者は仰け反るだけで、更に迫り来る。

 

不死街の住人である彼等は、既に亡者――。

 

生きながらにして死に、死して尚生きている。

 

痛覚はあれど、彼等は己が役割を全うしようとするだろう。

 

その肉体が完全に朽ち果てる迄。

 

「手足を圧し折れ!無理に急所を狙うなっ!」

 

 彼女の前方から、同期戦士の助言が飛んで来た。

 

「――は、はいっ!」

 

 彼の声に逸早く反応し、亡者の腕部に上段蹴りを放つ。

 

鍛え上げられた彼女の脚力に加え、脚防具も金属製で打撃を強化してくれる。

 

腰の回転を生かしたしなやかな回し蹴りは、いとも簡単に上腕部の骨を圧し折った。

 

亡者は忽ち悲鳴を上げ、ほぼ無抵抗の状態となる。

 

しかし、彼女はその亡者に止めを刺す事はなく、次の標的へと移った。

 

素早い身のこなしで仲間達の間を擦り抜け、次々と亡者達に攻撃を加えてゆく。

 

得意の蹴りで亡者達の、腕、脚、肋骨、と云った重要部分を、折り、砕き、叩き割る。

 

それにより、ほぼ全ての亡者は無力化され実質戦闘不能に追い込まれた。

 

後は語る迄も無いだろう。

 

亡者達は止めを刺され、敢え無く全滅。

 

不死街の序盤戦は終了した。

 

一行に大した被害はなく、面々は次の行軍に備える。

 

そんな中、灰の剣士は遠眼鏡で或る方角を注視していた。

 

「ん、何か在るのか?」

 

 その様子が気になったのか、重戦士が尋ねて来た。

 

「ああ、あの方角に塔が見えるだろ」

 

 灰が指さした先には、古びた塔が佇んでいた。

 

此処から遠眼鏡を使わずとも、塔の容は十分認識出来る距離だ。

 

嘗て火継ぎの時代、あの塔には弓を携えた巨人が居た事を彼は語った。

 

その巨人は、白木を目印に侵入者を弓で、狙撃していたのである。

 

巨人の操る弓だ。

 

その矢も当然巨人のサイズに合わせて巨大で、バリスタ砲以上の口径を誇る。。

 

しかも狙いは正確無比の一言で、僅かでも隙を見せれば情け容赦無く、粉砕されるのである。

 

馬上槍をも凌ぐ矢だ。

 

巨人の筋力で引き絞られた矢は、常識外れの速度と重量で飛来し、その質量エネルギーを以て食らったが最後――。

 

命中した部位が、原形も残さず砕け散り骨ごと消失してしまうのだ。

 

あの時代彼も初見時は、ものの見事に巨大矢の餌食となった。

 

大腿部に命中したかと思えば、痛みを感じる暇もなく脚部が喪失し、吹き飛ばされる。

 

そして何が起きたのかを認識する前に、頭部を粉砕され原形を留めぬ肉塊へと成り果てながら、篝火へと戻された。

 

結局、安全地帯に逃げ込むのに、何度もその白木地点をやり直す羽目になったのを、今も覚えている。

 

延べ25回は餌食となっただろうか。

 

無論皆には巨人が狙撃してくるとだけ伝え、彼が不死人であった事実は伏せておいた。

 

「巨人の影も形も無いみてぇだが……」

 

 灰から借りた遠眼鏡で塔を覗き込みながら、重戦士は誰も居ない事を確認していた。

 

「その様だな。此方として好都合だがな」

 

 だが今は、その塔に巨人の存在は確認されなかった。

 

巨人が別の場所に移動したのか、長い年月の末、完全に存在が消えてしまったのかは分かりかねたが。

 

灰は、巨人が居ない事に安堵する。

 

もし巨人が存在し、あの巨大な矢で射られようものなら、確実に誰かが犠牲となっただろう。

 

仮に、聖壁(プロテクション)の奇跡を以てしても、一撃で聖壁ごと貫通し餌食となるのは容易に想像が付く。

 

更にあの地点は道幅が思いの外狭く、これだけの大人数ではどうしても長蛇の列とならざるを得ない。

 

高速かつ正確な巨人の矢は、誰かを破砕しただろう。

 

「さ、先へと進もうか」

 

 弓矢の巨人についての話を切り上げ、灰は先へと進む為、傍に在る大きな民家を目指した。

 

 

 

「ず、いぶん、くちて、い、るわ、ね」

 

「踏み入れた瞬間、床が抜けるのは勘弁願いたいものですな」

 

 殆ど朽ち荒れ果てた民家に、魔女と正規騎士はそんな感想を漏らす。

 

民家にしてはかなり大きめだが荒れに荒れ果て、枯れた雑草や弦が家に巻き付き、木造の壁は腐敗が進んでいる。

 

「あの家に入るんですよね。……だとしたら、中には亡者共が……」

 

 度重なる亡者の襲撃で順応したのだろうか。

 

男神官は、民家に対し懸念を示す。

 

「その通り。あの民家には亡者にとって、格好の奇襲場と化している」

 

 灰の言葉通り、これから侵入する民家は亡者の巣となっている。

 

天井裏や物陰が周囲に存在し、尚且つ灯の無い暗闇に包まれている。

 

今現在どうなっているのかは、灰にも断定は出来かねたが、民家にはロスリックの奴隷達が巣食っているだろう。

 

非常に小柄で痩せ細った体躯ながら不釣り合いな筋力と俊敏さを誇り、思わぬ個所からの不意打ちを得意とする。

 

時には、自分よりも大型な武器を使う事もあり、小柄ながら恐るべき攻撃力を有した者も存在するのだ。

 

「ロスリックの奴隷…か……、或る意味ゴブリンと似通った部分があるな」

 

 小鬼との共通性を見出したのだろうか。

 

ゴブリンスレイヤーは、小鬼とロスリックの奴隷を照らし合わせている。

 

「――となれば、無策では入り込めませんね」

 

「魔法の出番になるだろうか」

 

「……僕に提案があります」

 

 軽戦士と同期戦士の言葉に、男神官が一つの案を提示した。

 

 

 

……

 

 

 

「……よし、手筈通りに配置に就き次第、合図を待て……!」

 

 民家に入るなり、灰の剣士は小声で皆に指示を出す。

 

其々が数人の班に分かれ、暗い民家の四隅に移動し息を潜めた。

 

極力足音を消し、迅速且つ静粛に行動に移す。

 

「おい…、ホントに上手くいくんだろうな…?!」

 

「シッ、彼の囮が無駄になる…!」

 

 一つの班に分かれ隅に陣取り、作戦の成否に疑念を示す鉱人の少女斥候。

 

彼女に、森人僧侶が静寂を要求する。

 

この民家は当然亡者側の領域だ。

 

民家に侵入した時点で、亡者は彼等の侵入を察知し奇襲の機会を窺っていた。

 

しかしそれは、灰の剣士も嘗ての経験から事前に承知している。

 

先ず、彼が単独で民家に侵入し標的となり易い位置で囮となった。

 

その途中で、彼は一つの奇跡を発現させる。

 

――深淵の奇跡だが、使わせて貰うぞ!

 

「―― 贖罪 ――」

 

 民家に侵入する直前、彼は或る奇跡を行使していた。

 

それは深みに属する奇跡の一種で、ロンドールの黒教会が由来と言われている『贖罪』と呼ばれている。

 

その奇跡はロンドールで罪を犯し、罪を償う為にその奇跡のみを授けられ彼の地を追われるのだと謂う。

 

この奇跡は、敵に狙われ易くなる効果がある。

 

亡者の攻撃を此方に引き付けるには、打って付けの奇跡と言えよう。

 

深みの奇跡とて、選り好みをしている場合ではない。

 

少しでも判断を躊躇すれば、その見返りは死と亡者と云う、慎ましく冒涜的な御礼が授けられるのだ。

 

ロスリックの奴隷達は、灰の剣士を標的に定め攻撃を開始――。

 

投げナイフや吹き矢と言った飛び道具を容赦なく浴びせた。

 

普段ならソウルの流れで攻撃の軌道も動作も察知出来るのだが、亡者側も息を潜めているのだろう。

 

気配を消し隠密に徹している間は、ソウルの流れも委縮している様だ。

 

気配の察知もままならず、僅かな音と空気の流れで攻撃を凌ぐしかなかった。

 

民家の中央付近に位置取り、身を屈めながら外套と小盾で防御を徹底する。

 

上質の防具のお陰で重症には至っていないが、幾つかのナイフや吹き矢は彼の皮膚に到達していた。

 

「……っ!!」

 

 矢張りと言うか当然と言うか、武器には毒が塗付されていた。

 

しかも致命が目的ではなく、より苦痛を与えるのが目的の劇毒が塗られていた。

 

焼け付き爆ぜるかのような激痛に、思わず声が漏れそうになるのを必死で堪え、彼等が配置に就くのを只管に待つ。

 

その間も、四方八方から奴隷達の攻撃が彼に降り注いだが、ゴブリンスレイヤーが七色石を彼に向け放り投げた。

 

それは各班が配置に就いたという合図。

 

淡い緑を放つ七色石を確認した灰は、大声で叫ぶ。

 

「――今だっ!」

 

『『いと慈悲深き地母神よ、闇に迷える私どもに、聖なる光をお恵みください』』

 

『裁きの(つかさ)、天秤の君、剣の君よ、光あれ』

 

『蟷螂の番人よ、知の防人よ、どうか闇よ落ちるなかれ』

 

『巡り巡りて風なる我が神、我が行手に善き太陽をお授けください』

 

 男神官、森人僧侶、女騎士、禿頭僧侶、調査隊の一人である交易神の神官が、己が信ずる神に祈りを捧げた。

 

 

 

『『『『『――聖光!!(ホーリーライト)』』』』』

 

 

 

聖職者達が一斉に放った聖なる光――。

 

闇を照らし邪を払う眩い神の光が、暗闇に包まれた亡者の巣に解き放たれた。

 

その光は所余す事無く民家を隅々まで照らし、闇に潜んでいた亡者達を露にする。

 

昼間ですら、目が眩むほどの光量を誇る聖光。

 

光源の無い屋内では、その効果は格段に跳ね上がり、生者ですら真面に直視すれば視力に支障を来たす程の光だ。

 

それを5人の聖職者が同時に放つ。

 

逃げ場のない程に屋内全体が聖光で満たされ、断末魔の叫びが亡者から吐き出される事で応えが返って来た。

 

 

 

『――GyoeeaaAaaa……?!!』

 

 

 

 聖光を浴びた瞬間、ロスリックの奴隷達は絶叫を上げ消滅してしまった。

 

消滅したその場には、一筋の煙が立ち昇るのみだ。

 

聖職者達の活躍で民家の亡者達は一掃され、皆は灰の元へと集結する。

 

しかし……。

 

「何だよこの家……」

 

 同期戦士は、聖光によって露わとなった民家の内装に、慄きの声を上げた。

 

「こ…こいつぁ…」

「ヤなもん見ちまった…」

 

 他の者達も同様に顔を顰めている。

 

無理もない。

 

この民家至る所隈なく、死体が遺棄されていたのだから……。

 

「中に入った傍から異臭が漂っていたのは分かってはいたが、その正体がコレとは……」

 

 天井にも夥しい数の死体が吊るされているのを、女騎士は見上げていた。

 

「うぅっ……!」

 

 銀髪武闘家や少女野伏も、手で口元を覆い嘔吐するのを辛うじて抑えている。

 

逆さ吊りにされた遺体には、漂う異臭にハエが群がっていた。

 

ゴブリンの巣とはまた違った類の臭いだ。

 

遺棄されている亡骸の大半は、布で包まれ詳細は確認できない。

 

しかし、この数は余りにも異常だった。

 

この不死街で一体何が行われていたのか――。

 

それは誰にも知る由は無い。

 

此処に居る火の無い灰ですら……。

 

全員が、膨大な数の遺体に戦慄を覚える中、灰の剣士が口を開く。

 

「残念だが、こんなものは序の口だ。”慣れろ”とは言わんが、奥に進めば更に凄惨な業を目にする事になるだろう。……一度ベランダの方へ出ようか、まだまだ敵は居る筈だ」

 

 彼とて決して脅している訳では無い。

 

しかし、同時に事実でもある。

 

この先も更に、多くの死の臭いと出会う事になるだろう。

 

此処で恐れ戦き心折れているようでは、忽ち亡者の仲間入りと化すだろう。

 

皆は未だ恐怖を引き摺りながら、灰の後に続く。

 

囮となっていた彼自身、傷を負ってはいたが、解毒剤(アンチドーテ)のみ服用し、解毒だけを済ませた。

 

今はエスト瓶も底を尽き、奇跡や魔術といった使用を極力控える必要がある為だ。

 

ベランダに出た一行――。

 

またもや凄惨な光景が視界に広がる。

 

「……」

 

 最早言葉も無く、眼下に広がる光景を見つめるしかない一行。

 

枯れた大木に遺体を吊し上げ、その麓には複数の磔にされた遺体が在る。

 

そして遺体の足元には枯れ木が積み上げられ、炎が巻き起こり火炙りに処されていたのである。

 

火炙りにされた磔の周囲には、多数の亡者や小鬼達が平伏し、何かを祈っている様にも見える。

 

「ヒデェ事しやがるっ…!」

 

 豪胆で知られる重戦士も、磔にされ火炙りに晒された遺体にどうしようもない憤りを覚えた。

 

彼自身、子供時代に戦争譚や勇士の冒険譚などを、親や近所の大人達から聞かされていた。

 

しかし、その内容と言えば、華やかな冒険活劇や刺激に満ち溢れた出来事ばかりで、いま目の前で行われている残酷な仕打ちなど微塵も聞かされた事は、一度も無かった。

 

成人を迎え冒険者と成った時、知り合いから戦争に負けた現実を聞かされた事があった。

 

敗戦国の戦争捕虜は凄惨な拷問を受け、挙句の果ては見せしめの為の公開処刑にされる。

 

中には、悪魔の如き残酷な処刑方法もあるらしい。

 

火炙りなどは話には聞いていたが、現実に目にしようとは……。

 

磔や吊るされて煙に燻されている者は、既に絶命している為、悲鳴や苦悶に喘ぐ声などは聞こえて来ない。

 

それだけが、彼にとって唯一の救いでもあった。

 

もし磔にされている者が生存中であれば、聞くに堪えない絶叫を聞かされ、重戦士自身の人格が破綻しかねない。

 

それ程の冒涜的な光景だった。

 

それは重戦士以外のメンバーも同様で、唯一灰の剣士だけは平静を保っている。

 

頭を垂れる亡者達の中心には、一際目立つ衣服を纏った人物が一人……。

 

「クソっ…わんさか居やがるぜ……!」

 

 数にして30程だろうか、残酷な光景に恐怖を覚えながらも槍使いは舌打ちする。

 

「迂回できる道は在るようだが、この人数では確実に気付かれる」

 

 真面に相手をする事なく、やり過ごす方法を模索していたゴブリンスレイヤー。

 

眼下に亡者と化した小鬼が存在しているにも(かかわ)らず、戦闘を避ける方法を考えていたのは非常に珍しい事だった。

 

しかし、今回は20名を超す大人数での行軍――。

 

これだけの人数で行動していれば、間違い無く敵側にも察知されるだろう。

 

「誰かが敵を引き付け、その隙に進軍する案もありますが、見知らぬ地域に見知らぬ敵……!」

 

 半森人の軽戦士は、燃え盛る磔の前で佇む一人の聖職者が気になる様だ。

 

「剣士さん、どうするの?貴方がまた囮をやるにしても、私達じゃどう進めばいいのかも分からないよ?」

 

 半森人の少女野伏が、灰の剣士に何か策が無いのかを訪ねてきた。

 

「今回も囮は私がやる。だが、殲滅するぞ。協力してくれ」

 

「何か名案でも?」

 

 今度も灰の剣士が囮を担う様子に、圃人の少女巫術士が案の提示を求める。

 

「……こういう物が有る」

 

 彼は矢筒から幾つかの矢と包みを取り出す。

 

皆がそれに注目する中、彼は説明する。

 

昨晩、宿にて作成した『爆裂矢』と呼ばれる代物。

 

鏃に破裂石弾と火薬を織り交ぜた物を括り付け、着弾と同時に爆発を引き起こす矢だった。

 

「彼等の足元をよく見るといい」

 

 彼の指さした方角を皆は見やる。

 

「……ん?あの小樽…何処かで見覚えがある様な……?」

 

「火の、秘薬、詰まった、樽、ね」

 

 平伏する亡者の傍らに置いてある樽を見て、少年斥候が思い出そうとし、魔女が答えを出した。

 

つまり灰の剣士が提示した作戦とは、爆裂矢で火薬樽を誘爆させ敵を一掃するという作戦だった。

 

策自体は非常に単純明快だが、補給もままならない以上、限られた資源(リソース)で進軍するしかない。

 

物資を温存したいのなら、それこそやり過ごし戦闘を避ける作戦が上策なのだが、このまま放置すれば今度は退路に禍根を残す可能性も生じる。

 

更に言えば、彼は後から続いて来る別の冒険者集団の事も、気掛かりでいた。

 

彼等は当然、これ等の敵の知識など持ち合わせている筈も無い。

 

いま敵集団を見逃せば、彼等と遭遇するのは確実だ。

 

彼等も手練れ故、恐らく勝つ事は出来るだろう。

 

しかし、無事では済まない筈。

 

「まだアイツ等の事を気にしてたのか!全くお優しいんだか、お人が好いんだか……!」

 

 半ば呆れ顔で苦言を呈す女騎士。

 

「……余計な犠牲者が生まれ、其処から亡者を増やされては困る」

 

 そう返した彼は、弓を装備しているメンバーに爆裂矢を分け与える。

 

少女野伏を始め、調査隊の兵士達やゴブリンスレイヤー。

 

「おや?これは驚いた。まさか私のダートガンに合わせたボルトまで作っていたとは」

 

 ダートガンを装備している森人僧侶にも、作成しておいた爆裂ボルトを託す。

 

「時間があまり無かったからな、貴公の分は2発が精一杯だったが、後は腕前に期待させて貰おう」

 

「任せ給え。存分に働いてみせよう!」

 

 彼からボルトを受け取った森人僧侶は、より意気込みを見せた。

 

「……それにしてもよ、さっきからあの聖職者の持ってる得物…、随分物騒に見えるんだが?」

 

 重戦士は、磔に佇む聖職者の武器が気になっていた。

 

「そうだな。()についても教えておくか」

 

 灰の剣士が、敵集団の中心にいる聖職者について説明を始めた。

 

元々彼女等は、深みの聖堂に使える聖職者で、深みの教えを説く教導師でもある。

 

教導師は皆女性で、彼女達は深みの教えを不死街の住民に広め導き、運び手に生贄の道へと往かせる役割を持つ。

 

また強力な深みの奇跡を行使する事も可能で、見た目とは裏腹に怪力を誇り凶悪な『スパイクメイス』を片手で軽々と振り回す。

 

「…うへぇ…、アイツ女なのかよ」

 

「その上、あの物騒な得物を片手で軽々と…な…、俺より力あるじゃねぇか」

 

 少年斥候と重戦士が心底嫌そうな顔をする。

 

「だが、何時までもこうしてはいられん。重装備の戦士職は私と共に下側から攻撃を仕掛ける。弓使いと軽装の戦士職と魔法職は、このベランダから援護してくれ。飛び降りる場合は、高度に気を付けるんだ。結構、脚に負担が掛かる高さだからな」

 

 灰の剣士の指示で本人を筆頭に、重戦士、斧戦士、女騎士、槍使い、同期戦士、正規騎士と部下の重装戦士が民家へと戻り下の階へと降りる。

 

先ず、灰の剣士が弓で爆裂矢を放ち火薬樽を誘爆させる。

 

それを合図にベランダ組が、次々と爆裂矢を放ち残りの樽を誘爆させ、敵を一網打尽にする作戦だ。

 

恐らく僅かな生き残りは発生するだろう。

 

後は全員各自の判断で各個撃破を狙えばいい。

 

無論、新手の亡者を警戒し、全方位に気を配りながらだ。

 

「それにしても、小鬼にも信仰の概念が有るのでしょうか?」

 

 男神官は、深みの教導師に導かれる様に一心不乱に祈っている小鬼を見ていた。

 

頭を垂れる小鬼は既に亡者と化してはいたが、生前に信仰を学んだのか、はたまた本能や習性から来るものなのかは、彼には測りかねる。

 

「興味が無い。ゴブリンを殺す事に変わりはないのだ」

 

 仮にゴブリンに信仰があろうとなかろうと、ゴブリンスレイヤーにとってはどうでも良い事だ。

 

結果的に小鬼を殺せるのであれば、関係ないのだから。

 

程無くして灰が率いる下段組が配置に就き、彼が射撃準備に入る。

 

「私はあの樽を狙い、一通り射撃が終われば先陣を切り、敵の注意を此方に向けさせる。それで良いか?」

 

「おぅ、その為の前衛職だからな。任せな!」

 

 彼の指示に槍使いが応える。

 

その後灰は、ロングボウで爆裂矢を番え弦を十分に引き絞り、一つの火薬樽へと狙いを定めた。

 

彼自身、弓矢の名手ではないが余程遠距離で風の影響がない限り、制止物に矢を当てる事はそう難しくはなかった。

 

「――フッ!」

 

 僅かな吐息と共に矢が射出され、狙い過たず爆裂矢は火薬樽へと命中。

 

着弾した衝撃で、破裂石弾が破裂し続いて火薬が連鎖的に爆発。

 

その勢いで火薬の満載された樽が誘爆を引き起こし、付近に居た亡者と小鬼亡者が跡形もなく爆発四散した。

 

「――今だ!射れっ!」

 

 その爆発を合図に”待ってました!”と言わんばかりに、ゴブリンスレイヤーが掛け声と共に爆裂矢を射る。

 

 

 

(推奨BGM DE-Tune - Miles Gloriosus )

 

 

 

ベランダ組の彼に続いて他の弓使い達も、次々と爆裂矢を放った。

 

最初の爆発で平伏していた亡者は何事かと飛び跳ねた様に反応するが、時既に遅し。

 

立て続けに飛来する爆裂矢が火薬樽を捉え、続け様に誘爆を引き起こす。

 

怒涛の如く爆発の嵐が巻き起こり、付近の亡者と小鬼亡者は大半が吹き飛ばされ姿を消した。

 

運良く生き残った少数の亡者が漸く事態を察知し戦闘態勢に移るが、既に灰の剣士達が突撃を開始していた。

 

――良し、上手くいった!

 

残存した亡者達は明らかに灰の剣士組に殺到し始め、彼等は亡者の攻撃に対応した。

 

「――俺達も続くぞ!」

 

 眼下で繰り広げられる戦い。

 

ゴブリンスレイヤー達もベランダから飛び降り、加勢に出ようとする。

 

「出番のようですね。…テッラ《地》、…セメル《一時》、…レウィス《軽減》!」

 

 獣人魔術師が、真言魔法『落下(スロウダウン)』を行使し、ベランダから次々と飛び降りる者達を補佐した。

 

このベランダの高さは、意外にも地上から離れており、直接飛び降りるのは身軽な者でも足に負担を強いる。

 

彼の行使した呪文は、落下速度を任意に変える事が可能で、飛び降りの衝撃を和らげた。

 

その甲斐あって、皆は何の負担も背負う事なく飛び降りを終え、獣人本人も呪文を維持しながら飛び降りた。

 

そしてこの広場では、乱戦が繰り広げられた。

 

突如教導師の手が妖しく輝き、何やら言葉を紡ぐ。

 

「――チッ!やはり『蝕み』を――」

 

 教導師に対して知識の有る灰の剣士は、周囲に警戒を呼び掛けた。

 

「――げっ!()()かよっ!」

 

 槍使いは、声を荒げる。

 

過去にその身で味わった、異端の奇跡『蝕み』。

 

小さな虫が、群れを成し対象の身体を食い破ると言う悍ましい奇跡だ。

 

虫が全身に纏わり付き鋭い顎で皮膚を引き裂く、あの激痛は忘れたくとも忘れ様がない。

 

槍使いにとっては一生心に残る程の忌々しい奇跡だ。

 

――発動の阻止は間に合わんか!ならば、()に引き付けるだけでも……!

 

眼前の亡者を切り伏せ、灰の剣士は自ら盾となるべく、蝕みの軌道上に陣取った。

 

しかし虫の群れは彼を無視し、ゴブリンスレイヤー目掛けて向かって行く。

 

「――何っ?!『贖罪』が機能していないっ?!…そんな筈はっ……!」

 

 敵の攻撃を一手に引き受けようと行使した奇跡であったが、教導師の放った蝕みは彼には向かって来なかった。

 

教導師が一定の知識を有していた為か、もしくは彼の奇跡に抵抗したのか――。

 

結局、教導師には贖罪の奇跡は通じておらず、蝕みはゴブリンスレイヤー目掛けて迫って行く。

 

「――何だこれは?!虫…だと…!」

 

 彼にとっては初となる蝕みの奇跡――。

 

些か戸惑いながらも、彼は小盾で防御態勢に移る。

 

「――どけっ!そんな貧弱な盾で防げるものか、私が守ってやる!」

 

 尚も迫り来る虫の群れに女騎士が盾を構え、ゴブリンスレイヤーの前へと割って入った。

 

彼女の持つ盾は金属製で、少々重量が有るものの強度に優れた防具だ。

 

荒れ狂う虫が、彼女の中盾に纏わり付く。

 

「――いかんっ!盾を放せっ!早くっ!!」

 

 灰の剣士の怒号が飛んで来る。

 

「――えっ…な…?!」

 

 突如として飛んで来た彼の怒号と不気味な虫の羽音に戦慄を覚え、彼女は反射的に盾を手放した。

 

ガランガラン、と音を立て地面を転がる、騎士の盾。

 

「――うげ……っ」

 

 彼女は思わず呻き声を漏らす。

 

彼女の盾には虫が纏わり付き、表面のみならず裏面にまで殺到していた。

 

流石に金属まで食い千切る程の顎ではなかったが、奇跡で生成された虫は所構わず金属盾をも食い尽くそうと纏わり付き、盾は周囲は虫の群れで黒く染まっていた。

 

中盾は黒く染まりながら、独りでにグラグラと揺れ動いている。

 

彼女は不気味さのあまり一瞬目を背ける。

 

もし彼の言葉通り盾を手放していなかったらと思うと、背筋に冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

 

――今しかない!

 

灰の剣士は高速体術で、教導師に肉薄。

 

教導師は彼の速度に反応すら出来なかった。

 

そのまま左右の二連袈裟斬りで、教導師を4等分に切断し絶命させる。

 

「これで、要は排除した。残りは唯の亡者のみ……!」

 

 最も厄介な教導師を排除した事で、何処かに心の余裕が生まれ、それが油断となったのだろうか。

 

彼は新たに迫り来るソウルの流れを感知に、遅れが生じてしまう。

 

――?!っ上…民家の屋根から…?!

 

彼が民家の上方に視線を向ける同時に、数体の影が屋根から飛び降りメンバーに襲い掛かる寸前だった。

 

「それぇっ!」

 

 民家の麓では、銀髪武闘家が下段蹴りで亡者の脚を圧し折り、鉱人の少女斥候が短刀で亡者の首を切り裂き止めを刺していた。

 

「よっし、こっちは片付いたぜ!」

 

「ふぅ…、だいぶ慣れてきたかな」

 

 近くの脅威を排除し、鉱人斥候と銀髪武闘家は一旦息を整える。

 

『――上だぁっ!』

 

 唐突に、灰の剣士から声が投げ掛けられた。

 

「――っ?!」

 

 それは殆ど奇跡と言っても過言ではないだろう。

 

それとも彼女を創った神々が、贔屓にしたのか。

 

経過はどうであれ銀髪武闘家は、上からの奇襲に感付く事が出来た。

 

自分でもどうやったのか、よく覚えていない。

 

気が付いた時には手甲を纏った腕で頭部を庇い、教導師のスパイクメイスを防いでいたのだ。

 

 

 

「――っ?!――ぁぁ゛ア゛アあ゛ぁァ……?!!」

 

 

 

民家から飛び降りてきたのは、新たな教導師と数人の亡者達。

 

桁外れの重量と硬度を誇り、先端に鋭利な棘と落下エネルギーを加えた『スパイクメイス』の落下攻撃――。

 

たとえ防御に成功したと言えども、彼女の肉体はそれに耐え切れるほど強靭ではなかった。

 

否、屈強な重戦士でも今の一撃には、無事では済むまい。

 

銀髪武闘家の両腕はダラリと下がり、痛みと衝撃で白目を剥き力無く立ち尽くす。

 

両腕のを支える肩骨は、その威力に押し負け砕けてしまった。

 

そしてその隙を見逃す亡者ではない。

 

お供に就いていた亡者達は、手にした鋤で悶える彼女の大腿部を突き刺し、抉る。

 

これが鋭利な刃物なら、どれ程救われただろうか。

 

亡者の手にしていた鋤は錆び付き、先端部は最早武器としては使い物にはならない。

 

しかし彼等は無理やり、彼女の脚を抉る。

 

更には新たな亡者も、木の銛で彼女の背中を突き刺し抉り込ませる。

 

突き刺した銛を支えとし、彼女を倒れさせない為だ。

 

「――っ!!…ァ…、ガ…、ぁがぁ…ァ、ぁぁ…」

 

 こうして即席の磔が出来上がり、彼女は身動きを取る事も出来なくなった。

 

銀髪武闘家は、白目のままガクガクと全身を痙攣させ、余りの痛みに足元に異臭漂う水溜まりを形成している。

 

小鬼が非常に好む水溜まりだ。

 

「――く、くそっ!ヤ゛メ゛ロ゛ぉっ!!」

 

 近くに居た鉱人斥候は激昂し、亡者の一人に切り掛かる。

 

仲間をやられ感情のままに短刀を振るった処で、急所を狙わねば意味がない。

 

亡者は背中を切り裂かれるも気に留めた風もなく、更に力を込め隙を深く突き入れる。

 

「…ゲァ…、ゴェ…、ベッ……、ア…オェ……」

 

彼女の大腿部から鮮血が噴き出し、彼女は悲鳴すら上がらず呻き声を漏らすのみとなっていた。

 

銀髪武闘家のは近付きつつある。

 

「――ヤベェッ!速くしねぇとっ…!」

 

 一人の亡者を仕留めた同期戦士は、透かさず彼女の元へ走り寄ろうとする。

 

だがここで追い打ちを掛けるように、教導師が何やら呟いた。

 

 

 

『…All cleanse bastards you come…』

 

 

 

その言葉と共に彼女の全身から炎が燃え上がり、両腕を目一杯広げる。

 

「――お、おい…、まさか……」

 

 小鬼亡者の頭部に『鎧貫き』を突き刺し仕留めた少年斥候は、教導師の光景に目を見開いた。

 

いや、誰もがこれから繰り広げられる展開を理解していた。

 

両腕を広げた彼女は、声も無く白目の銀髪武闘家に抱き着こうとしているのだ。

 

炎を纏ったまま。

 

広場の磔と同じだ。

 

此処で銀髪武闘家を火の洗礼で浄化し、呪いと穢れを排除する。

 

彼等不死街の住民にとって、これはごく有り触れた日常。

 

教導師の顔に笑みが浮かぶのを、銀髪武闘家は途切れつつある意識の中で見た。

 

それは奇しくも慈愛に満ちた表情であった。

 

少なくとも彼女にはそう思えた。

 

肥満と(ふく)よかの混在した教導師が、いよいよ以て彼女に迫る。

 

 

 

――寸前。

 

 

 

『――?!』

 

 

 

突如として教導師の動きが停まった。

 

「――うおぉぁぁぉおお!!」

 

 教導師の顔面にスパイクメイスが押し付けられ、彼女はそれに妨害されていた。

 

灰の剣士だった。

 

先ほど切り伏せた教導師のスパイクメイスを用いて、火の抱擁を阻止していた。

 

だが教導師はこの程度では収まらない。

 

全身を炎上させたまま奇跡『蝕み』を使い、銀髪武闘家に引導を渡そうとしていたのである。

 

「――誰でもいい、奴に止めをっ…!!」

 

 教導師の動向を察知した灰の剣士は、脇目も振らず無造作に叫ぶ。

 

――その時!

 

「――放つフォース!」

 

 男神官が白教の奇跡『放つフォース』で、教導師を吹き飛ばし転倒させる。

 

「――っしゃぁっ!」

 

 間髪入れずに鉱人斧戦士が動き、戦斧で教導師の顔面を叩き潰した。

 

そして時を同じくして、残りの亡者達も同様に仕留められ、広場の敵は一掃された。

 

 

 

……

 

 

 

「もう出し惜しみなどしていられるか!治癒の涙…、中回復…!」

 

 灰の剣士が立て続けに奇跡を行使し、銀髪武闘家の回復を図った。

 

治癒の涙で出血と解毒を施し、中回復で傷の治療をする。

 

全身を痙攣させ、白目を剥きながら口から涎と血を垂れ流す状態だった彼女。

 

全快とはいかずとも彼女の呼吸は安定し、朦朧としながらも意識を取り戻す。

 

「……あ、あれ?ア…タシは…、確…か……」

 

 周りをキョロキョロとしながら、彼女は現状を認識しようと努める。

 

「大丈夫?物凄い怪我だったんだよ」

 

 半森人の少女野伏が、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。

 

「……!……、ア…ァ、ぁあ……」

 

 あの時の奇襲を思い出したのだろう。

 

銀髪武闘家は、両肩を抱きすくめ小刻みに全身を震わせた。

 

「傷の具合はどうか?」

 

 徐に灰の剣士が彼女に訊ねるも――。

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ…!!!

 

 突如何かに突き動かされるかの如く、彼女は目を見開き両手で頭を抱えた。

 

そして激しく頭部を揺さぶり、絶叫を上げている。

 

「――っ!落ち着いてっ!もう大丈夫だからっ!」

 

 少女野伏が、彼女を落ち着かせようと寄り添うが――。

 

「い゛や゛ぁ゛っ!くるな゛ぁっ!!」

 

 銀髪武闘家は、一層取り乱し少女野伏の手を払い除ける。

 

彼女は余りに錯乱し、完全に自制を欠いていた。

 

「大丈夫だ!もう戦闘は終わったんだっ!」

 

 同期戦士も加わり、動揺しながらも彼女に説得を試みる。

 

しかし、彼女取り乱す一方で殆ど発狂と言っても過言ではない。

 

純真な彼女の瞳は、完全に恐怖の色に染まり何処を見ているのか焦点さえ定かではなかった。

 

「来るなぁっ!亡者めぇっ!来るな、来ないでぇ、ダレがァたずゲぇでェ……」

 

 歯をガチガチと鳴らし、仲間達から差し伸べられる手を無造作に払い除ける事しか出来ない彼女。

 

口からは唾液がだらしなく流れ、彼女は再び痙攣を始める。

 

「――いけません!このままでは彼女の心は壊れる恐れが――」

 

 禿頭僧侶は彼女の精神崩壊を懸念し、一度気絶状態にさせる事を提案する。

 

当然異を唱える者も居たが、このままでは行軍も彼女伴い引き返す事もままならず、進退窮まる状態であった。

 

其処で動いたのは灰の剣士。

 

 

 

パンパァンッ!

 

 

 

この不死街に似つかわしくない平手音が、面々の耳を打つ。

 

「…あ……ぁぁ……」

 

 余りに唐突の出来事に銀髪武闘家は呆け、彼の方をボンヤリと見つめた。

 

彼女の頬は若干赤みを増し、自分の手で頬を抑えた。

 

「私が分かるな!痛みを感じるのなら、まだ真面な証拠だ!」

 

 彼は、発狂し取り乱す彼女の頬を平手打ちで、無理矢理正気へと返した。

 

「……け…剣士…さん…?」

 

 未だに呆然としていたが、少なくとも声を荒げる事はなくなり、灰の剣士を認識は出来ている。

 

「もう亡者は居ない。まだ探索は終わっていないが、此処での戦闘は終わった。貴公の活躍でな!……傷は、まだ痛むか?」

 

 彼女の肩を優しく掴み、具合を尋ねる。

 

「……そっかぁ……、アタシ…あの時……、アリガト、剣士さん……」

 

 震えてはいたものの、彼女は笑みを浮かべ彼に礼を述べた。

 

まだ震えは完全には収まっていない。

 

身体の方は回復したが、彼女の精神は未だ恐怖を引き摺っている。

 

無理もない。

 

間一髪で防御に成功したとは言え、スパイクメイスを頭上から食らい両腕を圧し折られ、その後亡者からの錆び付いた農具や銛での串刺しで無理矢理磔にされたのだ。

 

忘れようとも忘れられぬ忌まわしい記憶が、彼女の心に刻み込まれてしまった。

 

彼女の精神に影響を及ぼす事は必至だ。

 

それでも――。

 

「……うん。大…丈夫…。アタ…し、まだやれる、から…。心配しないでよ、剣士さん」

 

 彼女は無理やり自分を奮い立たせ、自制を保とうとしていた。

 

それは皆が付いていてくれた事が最大の要因だろう。

 

たとえ、死と絶望渦巻くロスリックの中に在っても、彼女には心許せる仲間が大勢いてくれる。

 

それは知らず知らずの内に、彼女の心を支えてくれていた。

 

生命溢れる四方世界で生まれ育った彼女には、希望に満ちた思い出がある。

 

自分を育ててくれた村の皆や家族――。

 

これまで共に歩んできた仲間達との冒険――。

 

火の陰った時代では決して育まれなかった、楽しき思い出――。

 

そんな記憶が彼女の心を呼び戻してくれた。

 

少々戸惑いながらも、弱々しく灰の剣士へと向き合う彼女。

 

「……」

 

「?…剣士…さん?」

 

 しかし、今度は彼が歯を喰いしばり、顔を背けたままだった。

 

彼女はそれを怪訝な表情で見つめる。

 

「……済まぬっ!俺が付いていながら――」

 

 彼は自ら責任を感じ取り、彼女の顔を真面に見る事が出来なかった。

 

――何たるザマだ!あれだけエラそうに指揮していながら、この少女一人守り切れんとはっ……!

 

彼はゆっくりと立ち上がり、苦悶の表情を浮かべる。

 

「……アンタがそんなんじゃ困るんだぜ、灰の剣士さんよ!」

 

「――!」

 

 突如として彼に声を掛けて来たのは、同期戦士だった。

 

悲痛な表情ながらも、彼は真正面から灰の剣士を見据え、言葉を発す。

 

「どういう経緯であれ、今の指揮官はアンタなんだ。皆、そのアンタに命を預けているだぜ。暫定とは言え、頭目のアンタが動揺してちゃ、そいつが皆に伝達し、本当に進退窮まっちまう。デンと構えてくれ!皆アンタを頼りにしてんだぜ!今がどういう結果にしろ、アンタが居なけりゃ此処まで来れなかった。俺が、こんな事を言える対場じゃねぇのは充分承知している。だけど頼む!これから何をすればいいのか真面に指示出来るのはアンタしか居ねぇんだ!」

 

「……っ!」

 

 兜と外套に隠れてはいたが驚きの表所を浮かべ、彼は同期戦士と向き合っていた。

 

同期戦士の眼には、哀しみを称えながらも迫力が宿っている。

 

彼もまた悔しいのだ。

 

頭目でありながら、仲間を危険に晒してしまった自分が。

 

半森人の少女野伏が今もこうして生きてはいるものの、ロックイーターと遭遇した時の過去が、今も彼の心に居座っている。

 

灰の剣士は、周囲にも視線を送る。

 

皆、灰の剣士を見つめていた。

 

皆が皆、彼と視線が合う度に無言で頷いて来る。

 

ソウルを感知する精度の修練は、充分だと思っていた。

 

しかし現実には、敵の奇襲を許し対応が遅れるという結果に繋がり、銀髪武闘家を危険に晒してしまったのだ。

 

理性も自我も喪失した亡者達。

 

しかし彼等に知性が無いと、何故言い切れようか。

 

息を潜め気配を消し隠密に徹すれば、その分ソウルは委縮し此方の察知を掻い潜る事が出来る。

 

どうして気付けなかった。

 

修練は充分だという思い――。

 

それが心の何処かで『慢心』を生み、今に至ったのだろう。

 

銀髪武闘家は今こうして再起?したが、それは仲間達の協力有っての事だ。

 

もし自分一人では、彼女は高確率で犠牲となっていただろう。

 

しかし、ここで責任を感じ自分を過剰に攻める事は簡単だ。

 

……が、それをやった処で何かが改善出来るだろうか。

 

そんな感傷に耽り自己陶酔しても、それは唯の自己満足でしかない。

 

もしも真に責任を負うのなら、今は少しでも前に進む事に邁進するべきではないだろうか。

 

自分を省みるのは、依頼を達成した後からでも出来る。

 

経緯はどうであれ、今の頭目は己自身だ。

 

皆が自分を頼り命を預けてくれている。

 

下手な感傷で動揺し、皆の士気を削ぐ事はそれこそ味方の危機に拍車を掛けてしまう。

 

同期戦士の言う通りだ。

 

今は前に進む事に心血を注がねばならない。

 

「……そう…だな…、いや、その通りだっ!この状況に少しでも責任を感じるのなら、悔いる事ではなく少しでも前へ進む様…、努める事だ!……有難う。貴方のお陰で、心が軽くなった!」

 

 灰の剣士は、同期戦士に深い一礼で応える。

 

「お、おい、大袈裟だ!俺も人の事は言えねぇよ!」

 

 同期戦士は慌ててそっぽを向き、今のは受け売りだと言う。

 

彼は簡潔にだが、水の都にて出会った一人の銀等級戦士について語った。

 

その人物から冒険者としての知識や技術だけでなく、振る舞いや心構えと云った精神的な部分まで幅広くを学んだ。

 

まだ完全にモノには出来てはいないが、今の同期戦士のとって彼は掛け替えのない存在なのである。

 

「凄いな、そんな人物も居るのか」

 

「ああ。俺の尊敬する自慢の先輩だ。機会があれば今度紹介してやるよ!」

 

 灰の剣士に対し、同期戦士は誇らし気に胸を張った。

 

「ねぇ…、拭いてあげる。()()()()()()だからね、こっちへおいで」

 

「あ…うん、お願いしようかな。あはは……」

 

 少女野伏は、照れ臭そうにはにかむ銀髪武闘家を引き連れ、物陰の方へと移動した。

 

あの奇襲にて、彼女は余りの苦痛で失禁してしまい、小水が付着したままとなっていた。

 

取り敢えず清拭だけでも済ませておこうと言う、彼女の優しさなのだろう。

 

「て、つだう、わ」

 

「私も行きます」

 

 魔女と圃人の巫術士も手伝ってくれるらしく、野伏の後に続いた。

 

 

 

「……お取込み中のところ申し訳ないのだが、此方に来て頂けるかな?」

 

 不意に正規騎士から声が掛かった。

 

”何事だ?”と残りのメンバーは、騎士の方へと歩む。

 

銀髪武闘家が取り乱していた頃、調査隊の面々により磔周辺の火は既に消火され、吊るされていた遺体は全て降ろされていた。

 

「首尾はどうか?」

 

 正規騎士は部下の兵士達に成果を訊ねる。

 

「はい、見て下さい。間違いありません、この遺体は極最近のもので、付けていた装備品にも覚えが有ります!」

 

 灰の剣士達が銀髪武闘家の治療に当たっている間、調査隊は磔の火を消化し遺体を検分していた。

 

兵士の一人が、遺体の検分結果を報告する。

 

並べられた複数の遺体。

 

犠牲となった彼等は、他国の衣服を纏っている。

 

しかも一般人の服装ではなく、歴とした潜入に適した装備品だ。

 

その証拠に衣服には、他国の紋様が縫い付けられている。

 

この四方世界には、この王国だけでなく実に数多くの国が存在している。

 

更にこの世界は人間だけでなく、多種多様な種族が生を営んでいるのだ。

 

しかしこの王国と周辺国全てが、友好国とは限らない。

 

中には仮想敵国や緊張が高まっている国も存在している。

 

亡者の犠牲となった彼等は、そんな緊張状態が高まりつつある国に仕えていた諜報員のようだ。

 

「噂には聞いていたがよ、他国が動いていたのは本当だったんだな」

 

 槍使いは、複雑な表情で遺体を見つめていた。

 

「そしてもう一つ…。この様な物も…」

 

 兵士の一人が、一枚の用紙を正規騎士へと手渡す。

 

受け取った彼は、その用紙に目を通す。

 

「――?!!……これはっ――!」

 

 正規騎士は驚愕の表情で、用紙を凝視していた。

 

羊皮紙などではなく高級品とされるパピルス紙を用いた、一枚の紙切れ――。

 

それは軍司令部からの命令書だった。

 

 

 

『ロスリックに潜入し未知なる知識と技術を入手せよ』

 

『その上で国力、軍事力の増強に繋がるモノを優先せよ』

 

 

 

そういう内容が記されている。

 

他国にとってもこのロスリックというのは得体が知れず、同時に未知の魅力に溢れた存在なのだろう。

 

何としても周辺国に先駆けて情報を独占し、主導権を握りたいという思惑が滲み出ていた。

 

「何時の時代でも、人同士の争いは絶える事が無い。今はそれどころではないだろうに……!」

 

 内容を聞いた灰の剣士は、拳を握り締めている。

 

その感情は人類に対する憤りか、それとも争いから逃れられない宿命に対しての嘆きか――。

 

「これは一大事だな。正直に言えば今直ぐにでも拠点街へと引き返し、国王陛下にお伝えせなばならん。しかし…だ……」

 

 彼等の主任務もロスリックを調査し、情報を入手する事――。

 

だが、今入手した情報は、王国の明暗を左右しかねない事態と言えよう。

 

本来なら即帰還し、情報を王都へ届ける義務が発生する。

 

彼等は冒険者や傭兵ではなく、宮仕えの兵士なのだ。

 

「……剣士殿、首謀者の位置は特定出来ているのだろう。ソウルの感知とやらで、その周辺を探ってはくれんか?」

 

 正規騎士は直ぐに引き返す事はせず、灰の剣士にソウルの感知を要請した。

 

「――?!し、承知…!」

 

 唐突に要求され、彼は戸惑いながらも意識を集中させ、ソウルの感知を行った。

 

………

 

……

 

 

「……周囲に微弱だが複数のソウルを感じる。しかも生者のソウルだ、かなり居るぞ。このロスリックで何故こんなに……?」

 

 灰は、(もたら)された情報に疑念を抱きながらも、事の詳細を伝える。

 

「人質が居るかも知れんな」

 

 その結果を聞き、正規騎士は憶測を立てる。

 

”どういう事だ?”と女騎士は彼に詰め寄るが、重装兵に阻止される。

 

「見給え」

 

 彼は、先へと続く道を指差す。

 

彼の差した方には、車輪が通った跡が残っていた。

 

知識神に仕える禿頭僧侶と獣人魔術師が、その轍を調べた。

 

「まだそれほど、日にちが経過していないようですね。風化も余り進んではいない様ですし」

 

 二人が同じ見解を示す。

 

「知識に長けたお二方がそう申されるのなら、間違いない。これは荷馬車の車輪跡だ」

 

 正規騎士が言うには、この道を荷馬車が通ったと語る。

 

左右の車輪幅と道の食い込み具合からして、かなり大きめの幌付きの馬車らしい。

 

教導師率いる集団との戦闘中、正規騎士はその轍を発見していた為、それは馬車によるものだと見切りを付けていた。

 

「先ほど剣士殿が行ったソウルの感知。かなりの生者の存在を感じ取ったのであろう?」

 

 そして灰の剣士が感知した、多くの生者の存在――。

 

「多くの人々が此処へ(不死街の奥)連れ去られたという事か?」

 

「うむ、恐らくその線が濃いだろうな。放置する訳にもいくまい」

 

 森人僧侶の言葉に、正規騎士は頷き応える。

 

「お待ち下さい隊長!国王陛下への報告はどうなるのです?!我々は直ぐにでも帰還すべきではないのですか!!」

 

 これに異を唱えたのは、調査隊の兵士達であった。

 

「確かに貴殿等の意見は尤もだ。しかし、民を守りその命を救うのも、我等の責務であると私は心得る。それに……」

 

 部下の反論にも決して咎める事なく、正規騎士は来た道を振り返る。

 

「今から我々だけで帰還したとて、神出鬼没な亡者共を凌げる保障は何処にも無い。此処まで損害軽微で来られたのも、偏に彼等の働きあっての事だ、そう思わんかね?」

 

 彼の言葉に部下達は沈黙し、誰も反論出来なくなる。

 

一応、後続の冒険者達に護衛して貰うという選択肢は有ったのだが、彼等が此方の要求を呑んでくれるとは限らない。

 

「ならば彼等と行動を共にし、人質を救出した上で全員無事に生還する。それで良いな?」

 

「……了解!隊長がそう仰るのであれば、我等はそれに従うまで!異論はありませぬ!」

 

「…そういう事だ。灰の剣士殿、アテにさせて頂きますぞ!」

 

 話が纏まったのだろう。

 

調査隊は灰の剣士に向き直り、彼の先導を仰ぐ。

 

「承知した!この不詳『火の無い灰』…最善を尽くし、この勤めを見事果たしてみせよう!!」

 

 彼もそれに応え、力強く頷いた。

 

「皆、準備は良いか!今から不死街の奥へと突き進む!ここより先は数多くの亡者が待ち構えている。何が起きるか分からん!常に奇襲には警戒し、各々が分担して周囲を警戒せよ!そして直ぐに助けに入れるように適度に距離を保ち、密集し過ぎないよう気を配れ!もう一度問う、準備は良いな!」

 

「―― 応っ! ――」

 

 彼の号令に皆は短く強く返事し、士気を高めていた。

 

そして彼等は再び進軍を開始する。

 

――奴等の潜伏場所は、あの『亡者の穴倉』と呼ばれた所だ。其処に人質も居る。待っていろ、必ず助け出す!

 

ロスリック不死街に存在していた、亡者の穴倉。

 

殺した人間の椎骨が祭壇に捧げられ、それに意味は無くとも信望者達はその行為に没頭した。

 

夥しい数の椎骨が一枚の壁面と化す程に捧げられた祭壇は、常人から見れば狂気そのもと言えるだろう。

 

火が陰り、あらゆるものが変質し、中には人の容すら外れた者も居た、かの時代。

 

椎骨を枷と見なし人の容に枷を施す事で、人で居続ける事に拘ったとも言われていた彼等――。

 

 

 

      ―― 積む者 ――

 

 

 

彼等には意味が有ったのだろう。

 

 

 

 

 

だが今は違う。

 

時代は変わり、世界は変わった。

 

亡者の穴倉で、何が行われているのかはまだ分からない。

 

しかし放置する事は出来ない。

 

――小鬼禍だけでは飽き足らず、生者を使い何を成そうとしているのは知らんが、思い通りにはさせんぞ!

 

灰の剣士は決意を噛み締め、踏み入れる脚に力が宿る。

 

一行は進軍する。

 

ロスリックの不死街を――。

 

 

 

      ―― 冒涜は尚も続く ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

      

贖罪

 

 ロンドール黒教会が追放者に贈る奇跡。

 

 敵から狙われやすくなる。

 

 追放者はこれ以外の物語を知らず、またその物語が許しであると信じている。

 呪われた旅にも、いつか終わりがあるのだと。

 

 終わりが在り、故に全てが始まる。

 だが、彼等は尚も渇望する。

 

 永遠の安らぎを――。

 

 ―― そして世に平穏のあらん事を ――

 

 

 

 

 

 




 打ち刀を装備した灰の剣士ですが、デビ〇・メイ・〇ライの登場人物『バー〇ル』
の戦い方をイメージしています。(疾走居合切り)などはその典型です。

とんだ災難を被った銀髪武闘家ちゃん。
此処で灰の剣士が抱き締め、優しい言葉の一つでも掛けようものなら確実にフラグが、
成立していたでしょう。
しかし!( ゚∀゚)ゝ
そう簡単には、成立はさせません!
そもそもパーティが違うしね。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/
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