ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 こんな夜更けに失礼、投稿致します。
ボス戦まで行けるかと思いきや、も少しかかるみたいです。
予想以上に今回の探索、長引きそう……。( ̄ω ̄;)
デハ後程。


第60話―ロスリックのゴブリンハザード4(不死街中編)―

 

 

 

 

スパイクメイス

 

 不死街の住人を教え導く

 深みの教導師たちの得物。

 

 長く鋭いトゲは、痛みとともに出血を強いる。

 

 戦技は「回転殴打」

 大きく回転しながら敵を殴りつけ

 またその勢いのまま

 振り下ろしの強攻撃に繋げられる。

 

 深みの素晴らしさを説き、その価値を理解してもらうには多くの時間と労力を要す。

 痛みを与えるのは正しく愛であり、粉砕は慈悲である。

 いつか彼等も喜んで、その身に受け入れるだろう。

 

 慈愛と安らぎに満ちた、底無しの深海を――。

 

 ―― そして世に平穏のあらん事を ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ロスリック不死街、磔の広場。

 

灰の剣士率いる一行は、馬車が通ったであろう轍を追い、歩みを再開する。

 

先ほどの戦闘で、発狂状態となっていた銀髪武闘家……。

 

辛うじて自我を取り戻しはしたものの、前線で戦えるかは正直疑わしい状態だ。

 

「君は列の中心に居な」

 

「……うん……」

 

 同期戦士はそんな彼女を気遣い、最も安全な隊列の真ん中に居るよう指示する。

 

彼女は力無く応え、おぼつかない足取りで列の中心へと移動するが、その表情は曇り切っており焦点も定まってはいなかった。

 

――……やはり、折れていたか。

 

前進しながらも、その様子を横目に見ていた灰の剣士。

 

彼女の虚ろな目を彼は良く知っていた。

 

あの戦闘後、彼女は亡者の奇襲により発狂状態に陥った。

 

その後、一見自我を取り戻した様には見えたものの、やはり禍根を引き摺る形となった。

 

―― 心折れた者の眼だ ――

 

たとえ肉体が生きていようと――。

 

命溢れる生者であろうと――。

 

擦切り摩耗した、精神――。

 

運良く彼女を生還させたとて、この先真面に冒険者で居られるのか。

 

火継ぎの旅で幾度となく見て来た、心折れし者達。

 

小鬼の虜囚となり、身体も尊厳も踏みにじられた女達。

 

心折れた少女の目と、彼等の目は同じだった。

 

この四方世界に流れ着き、幾多の小鬼を斬滅してきた。

 

その過程で多くの虜囚を救出もした。

 

しかし、助け出せたのは()()()()()であり、()()()()()ではなかった。

 

その悉く(ことごとく)が精神を壊し、折れた心のまま生き抜かねばならなかった。

 

泣き崩れる者。

 

途方に暮れる者。

 

自暴自棄となり、拾った命を捨て去る者。

 

弱みを握られ、心無い者の慰み物と化す者。

 

立ち直り元の生活を取り戻した者は、極僅かでしかなかった。

 

辛うじて神殿の保護を受け、神に仕える事で心の均衡を保つのが、精々だ。

 

その後の彼女達の面倒を看たのは、聖職者や近しい者達であり、灰の剣士自身は何もしなかった。

 

否、()()()()()()

 

状況はまるで違うものの、銀髪武闘家も()()なってしまうのだろうか。

 

心の奥底に刻まれてしまった、闇の業。

 

それを無かった事には出来ないのだ。

 

心の傷を癒すには、平穏で清らかな空間に長期間居座り続ける。

 

賑やかな行事に参加させ、心を上書きさせる。

 

ゆっくりと時間を掛け、平和な暮らしをさせる。

 

若しくは、彼女自身が同じ危険に飛び込み、自らの力で克服する。

 

最後に思い付く解決法と言えば、親しい者や愛する者達が傍に居続けるぐらいだろう。

 

この場合は、故郷に居るであろう肉親や仲間である同期戦士達が、該当するだろうか。

 

特に彼女の頭目である同期戦士に対しては、彼女自身も好意を抱いている様に思える。

 

最後は、灰の剣士自身が全責任を以て、彼女を引き取るか――。

 

何にせよ、今の灰の剣士に出来る事と言えば少しでも前進し、目的を達成しつつ彼女を生還させる事だ。

 

人の心とは移ろい易いモノ。

 

ほんの些細な変化で容易に心を壊し、故に僅かな切っ掛けで自分を取り戻す。

 

この先何が起こるかは想像も付かないが、何かの切っ掛けで彼女は心を取り戻すかも知れない。

 

彼女に対する懸念は未だに残るが気持ちを切り替え、彼は一歩一歩を踏み拉き前へと進んでゆく。

 

「ん?幌が倒れている」

 

 轍を追い、途中で馬車の幌が横倒しに転がっているのを見付け、一行は脚を止めた。

 

「此処から徒歩で移動したのでしょうね」

 

「そう言えば、大勢の足跡らしきモノも在る」

 

 打ち捨てられた幌の先からは、幾つもの人型の足跡が見受けられる。

 

半森人の軽戦士と森人僧侶が、そう分析した。

 

かなりの人数が移動したのだろう。

 

足跡の先には、また巨大な民家が建っていた。

 

「馬が()らんわい」

 

「放したのでしょうか?」

 

 鉱人斧戦士と圃人の少女巫術士が、馬車を曳いていたであろう馬を探してみたが、見つかる気配が無い。

 

「……曳いたのが馬とは限らんぞ。この足跡を見てくれ」

 

 灰の剣士は皆に呼び掛け、一つの足跡を見せる。

 

「巨人…程ではないが、人型にしては結構大きいな」

 

「仮にそいつが曳いたとしても、常人離れしています!」

 

 女騎士と男神官が、足跡を検分するも人にしてはかなりの大きさで、得体の知れない悪寒が背中を奔っていた。

 

()()に曳かせたのかも知れん」

 

 不意に口を開いたのは、ゴブリンスレイヤー。

 

「おいおい、こんな時でもゴブリンかよ」

 

 対する槍使いは、呆れ顔だった。

 

「…足跡をよく見てみろ」

 

 ゴブリンスレイヤーは、しゃがんだまま地面の足跡を注視していた。

 

「今回の小鬼禍(ゴブリンハザード)は、魔法で生成された小鬼だったな。ホブを造り出せても何ら不思議ではない」

 

「それだけではない。ホブ以外に、もう一つ心当たりがある」

 

 森人僧侶の言葉に、灰の剣士が更なる見解を加える。

 

彼は語る。

 

不死街の下男亡者を――。

 

紅いフードを被った巨漢で、解体用の大鉈を常に携えている。

 

その大鉈の役割は、最早語る迄も無いだろう。

 

捕獲した侵入者を、その場で()()()()()()()するのだ。

 

並外れた腕力に物言わせ、力任せに大鉈を叩き付け無残に引き千切る。

 

そして解体した部位を、深みの聖堂への運搬を担うのである。

 

解体された肉片は、贄として捧げられるらしい。

 

敵として遭遇した場合、桁外れな腕力から繰り出される大鉈は驚異の一言に尽きる。

 

その刃は錆び付いて尚鋭利さを保ち、防御の上からでも出血を強いる事が出来る。

 

また打たれ強く、生半可な攻撃を意にも介さない。

 

亡者であるが故、恐怖心や理性も喪失し、そう言う意味ではホブゴブリンよりも始末が悪い。

 

「……何だよ?それ……」

 

 同期戦士は、下男亡者の説明を聞き溜息を零していた。

 

「おい、ふざけんじゃねぇぞ!バラした人間を贄に捧げるだって?そんな事して喜ぶ神様が居るってのかよっ?!」

 

 解体した人間を贄として運ぶ下男亡者。

 

灰の説明を聞いた重戦士は激昂し、彼の胸倉に掴み掛った。

 

「……」

 

 彼は、特に言葉を発するでもなく無表情で重戦士を見る。

 

「先の磔と言い、この不死街と言い、狂気にも程があるぜ!一体何の為にそんな酷ぇ事を……こんなもの死者への…人への冒涜じゃねぇか!!」

 

 重戦士の感情は昂り、思いの丈を彼にぶつけた。

 

元々重戦士は、感情を表に出す性格でもある。

 

民家での、異常な遺体の数々。

 

磔にされ、火炙りにされていたあの広場。

 

彼もまた、冒涜的な光景に心を浸食されていたのだ。

 

彼も、()()()()()()()ある。

 

「それ自体に意味などは無い」

 

 灰は、無表情で淡々と答える。

 

「――なっ?!」

 

 余りにも無機質な彼の言葉に、重戦士は意表を突かれた。

 

「解体する、椎骨を抉り取る、祭壇に捧げる、それを崇める、彼等にとってそれ自体に意味など無く、その行為にこそ存在意義が在るのかも知れん」

 

 尚も淡々と言葉を並べ、その口調は穏やかながらも無気質で人間味すら感じさせなかった。

 

そんな彼に対し、重戦士のみならず他の面々も、動揺を示す。

 

「…ふ…、正直、俺が知りたいよ。彼等の本心を……」

 

 灰の剣士から零れる言の葉。

 

そこには、諦めにも似た彼の感情が篭っていた。

 

「…アンタ…何でそんな平静でいられんだよ……」

 

「そろそろ行くぞ。長居しても意味は無い」

 

 重戦士の質問には答えず、彼はゆっくりと歩みを再開した。

 

呆然とする重戦士に、女騎士が語り掛ける。

 

「アイツを責めるのはお門違いだ。アイツは自ら危険に飛び込み、我々の為に牽引してくれている。怖いのは全員同じなんだ、お前だけではない」

 

 女騎士はそう諭し、重戦士は一先ず深呼吸で落ち着きを取り戻し、彼等の後へと続いた。

 

 

 

「大方予想はしていたが、此処も遺体だらけか」

 

 進入した別の民家にも、数多くの遺体が吊り下げられていた。

 

女騎士に言葉には、緩急が無く平静そのものだった。

 

別に慣れた訳ではない。

 

一々驚いていられなくなったのだ。

 

彼女は受け入れている。

 

これからも続くであろう、冒涜的な惨状を――。

 

現在、灰の剣士の傍らに居るのは、重戦士ではなく女騎士である彼女だった。

 

重戦士は、心の均衡を失いつつあり前衛は務まらないと彼女は判断し、彼を後衛に退げたのだ。 

 

銀髪武闘家ほどではないが、重戦士も本来の力を発揮出来ないだろう。

 

「更に拷問器具まで有りやがる!イかれてるぜっ!」

 

 階段を下りた先の部屋には、拷問器具が置かれていた。

 

その拷問器具には、遺体が括り付けられ激しく損傷していた。

 

既に干乾びている。

 

半ば白骨化していたが素顔は若い男性である事が見受けられ、苦痛に喘ぎながら死んでいったのが表情で分かった。

 

「も、じゅう、ぶん、よ……」

 

 心折れようとする者がまた一人……。

 

槍使いの相棒(パートナー)である魔女だ。

 

口元を手で覆い、顔を背けている。

 

松明の灯かりが頬を伝う涙に跳ね返り、彼女は泣いていた。

 

情の深い女性なのだろう。

 

「…少し失礼する」

 

 不意に正規騎士が割って入り、拷問器具の遺体を調べ始めた。

 

「……隊長?」

 

 彼の行動に、部下達が戸惑いを見せる。

 

……

 

幾許かの時間が経過した後、彼は結論を出した。

 

「何故()が此処に……?」

 

 遺体の身元が判明した。

 

どうやら犠牲者は、有力貴族所縁の者だと言う。

 

1年程前から突如行方をくらまし、捜索願いが出されていた。

 

「よもやこんな形で見つかろうとは……」

 

 余りに唐突と言える出来事だった。

 

「何者かに拉致されたのでしょうか?」

 

「それは無い」

 

 半森人の軽戦士が疑問を口にするが、ゴブリンスレイヤーが即座に否定する。

 

「見ろ、この装備の数々を――」

 

 拷問器具の傍らにある台座を指差すゴブリンスレイヤー。

 

その台座には、武器や道具類の数々が並べられていた。

 

更に、犠牲者の服装。

 

平服などではなく、明らかな戦闘用の衣装。

 

しかも移動と隠密行動に適した、斥候が好む装備だ。

 

「じゃあこの人、此処で捕まって……」

 

 圃人の少女巫術士が推察を述べるが、言葉は最後まで出て来る事はなかった。

 

しかし、状況からしてそう判断するのが妥当だろう。

 

「遺体袋は所持しているか?」

 

「はっ!幾つか持ち込んでおります」

 

「思わぬ形だが、こうして見付かったのだ。遺族の元へ連れて帰らねばな」

 

 正規騎士は部下に命じ、拷問器具から遺体の拘束を解く。

 

その後犠牲者を遺体袋へと入れ、単純筋力に優れた重装歩兵が運ぶ事となった。

 

「この状態で、自分は戦闘に参加は出来ません。どうか、御承知を――」

 

 袋に入った遺体は思いの外嵩張り、両腕が塞がる。

 

「まだ先になりますが、暫く進めば小さな民家が在ります。其処で一時預けておくといいでしょう」

 

 灰の剣士が、民家の在処を教える。

 

亡者の穴倉を目指すには、必ず其処を通らねばならない。

 

その民家は、巨人の狙撃領域『白木地点』の先に存在していた。

 

潜伏している複数の亡者さえ倒してしまえば、其処を休憩地点に出来る筈だ。

 

「そうか、かたじけない。貴殿、重いだろうが暫く我慢してくれ」

 

「お任せを、隊長!」

 

 正規騎士は部下を気遣う。

 

「亡者化、しな、いわよ、ね?」

 

 魔女が犠牲者の亡者化を懸念する。

 

もし、運んでいる途中で犠牲者が亡者化して襲い掛かろうものなら、それはコトだ。

 

「心配には及ばない」

 

 灰の剣士が、それに応える。

 

拷問器具から遺体を解く際、頭部に陥没の跡が見受けられた。

 

灰の見解では、その犠牲者はロスリックの何処かで亡者の奇襲に遭い、頭部の一撃で即死したのだと言う。

 

その後、犠牲者は亡者となり自我を失ったまま不死街を放浪し、住民に捕まったのだろう。

 

そして亡者状態で拷問に掛けられ、完全に絶命するまで嬲られたのだと、分析した。

 

つまりこの犠牲者は完全に活動を停止した死人で、再び亡者化する事はない。

 

ソウルも完全にゼロの状態だ。

 

それを聞き一同はホッと安堵し、前進を再開する。

 

 

 

その民家にて奇襲を受けた。

 

ロスリックの奴隷達が、天井から襲い掛かる。

 

これ自体は灰の剣士が事前に通告していた為、難無く退ける事が出来た。

 

――が。

 

「……モやさナイと…ね…」

 

 同期戦士の剣に斃れ絶命している、奴隷の顔面に松明が押し付けられた。

 

肉の焼き焦げる臭いが辺りに立ち込め、同時に頭巾袋が燃え上がる。

 

既に絶命している奴隷亡者――。

 

絶叫を上げる事はないが、尚も松明を押し付ける事を止める気配はない。

 

「――ちょっ、お前っ…何やってんだよっ?!」

 

 同期戦士は、未だ松明を押し当てている人物に詰め寄った。

 

銀髪武闘家である。

 

剣で切り伏せられその時点で絶命していた奴隷亡者に、彼女は松明を押し付けていたのだ。

 

「……うワぁ…ヨくモえル……、ねェミて…とうモくさン、けンしサん。もうジゃって、ほんトよくモエルYOね!」

 

 彼女の目は瞳孔が開き、虚ろで焦点が定まっていない様だ。

 

口元は薄ら笑いを浮かべ吐息も荒い。

 

「――もう止せっ!もう死んでる!」

 

 同期戦士は、そんな彼女の松明を取り上げようとしたが、それは叶わなかった。

 

――ぐっ?!何て握力だっ…!

 

松明を握り締めるその手は、彼の力を以てしても取り上げる事が出来なかった。

 

「あァ…ソっかぁ、つぎ、もやサNAいト」

 

 一旦行為を止めた彼女は、倒れ伏した次の亡者に的を絞り、先程と同じ行為を繰り返した。

 

彼女は、もう武闘家ではなかった。

 

只々、亡者に松明を押し当てる『奇行種』に過ぎなかった。

 

だが、彼女はまだマシな部類と言えよう。

 

本当に問題なのは――。

 

「フゥヒァヒャァハハハァハハァッ…?!」

 

 分厚い鉄塊の様な大剣を打ち降ろす一人の大男――。

 

「ヒぃァハはァっ?!ホントに死なねぇなぁっ!亡者ってのはよぉっ!えぇっ!!」

 

 一党を纏め上げ自身も高い実力を誇る、重戦士だった。

 

絶命している亡者に向かって、一心不乱に大剣を叩きつけていた。

 

籠蜘蛛と呼ばれる亡者が居る。

 

籠の様な小型の檻に、幾人もの亡者を詰め込んだ異形だ。

 

一種の拷問器具で、籠状の檻に受刑者を閉じ込め風雨に晒す処刑法が存在する。

 

通常は人一人を閉じ込めるが、この不死街では複数の受刑者を閉じ込め、風雨に晒し餓死させた者ばかりだ。

 

その際檻の隙間から露出した幾つもの手足が、蜘蛛の様に例えられ、籠蜘蛛と呼ばれる。

 

他者が近付くまで微動だにしないが、一度近付くと暴れ出し襲い掛かって来る。

 

結果的に重戦士に襲い掛かったが、不安定な精神状態の彼は過剰ともいえる攻撃を加えた。

 

大剣の破壊力の前に、籠亡者は呆気無く倒された。

 

しかし、彼の攻撃は止む事なく鉄製の檻は拉げ歪み、原形を失う程に破壊し尽くされ、中の亡者は元が何なのか判別が付かない程に肉の塊へと変貌している。

 

「オラオラァッ!どうよっ?!死ねっ!シネッ!死にヤガァレェッ?!アヒャハァはハハはッ……!!」

 

 彼の瞳に理性の色は無く、口元は歪んだ笑みを浮かべ、何度も何度も大剣を地面へと叩き付けていた。

 

「バカッ!何時までやってるっ!いい加減にしろっ!」

 

「お願いです大将!止めて下さいっ!」

 

「もう…もうやだよぉ…」

 

 女騎士、少年斥候が止めに入り、少女斥候は重戦士の変貌ぶりに涙を浮かべ、俯いていた。

 

普段の彼からは想像も付かない、変わり様――。

 

悪夢を見ているかのような錯覚さえ覚えた。

 

彼は許せなかった。

 

人とは異なる異形が、人に非道な仕打ちを施すのなら、異形だけに怒りをぶつければ良かった。

 

しかし、現実目にしたのは、亡者とは言え人が人に対する非道な仕打ち――。

 

彼にとっては大きなショックだったのだろう。

 

自分と同じ人間が、自分と同じ人間に凄惨な拷問に没頭する。

 

不死街で見た眼を背けたくなる事実。

 

余りに残酷な現実が、精神の拮抗を打ち砕いたのだ。

 

「さァTE、つぎのモウジャはっトぉ…」

 

 燃やす獲物を探し求める銀髪武闘家。

 

「イヤァッヒャッヒャッヒャ!亡者めが、死に晒せぇっ!!」

 

 身内の事など完全に忘れ半狂乱に剣を振り回す、重戦士。

 

「……」

 

 一党は最早統制を失いつつあった。

 

「……こんなの…こんなのってないよ……」

 

「もう……これまでかのう……」

 

「オッチャン……」

 

 少女野伏、斧戦士、鉱人斥候は、目の前の光景に戦意を喪失しかけていた。

 

「チクショウッ!俺はこんな時に何にも出来ねぇのかっ!!」

 

 悔しさのあまり、地面に拳を叩き付ける同期戦士。

 

彼の目尻にも涙が浮かんでいる。

 

今や皆の士気は乱れに乱れ、このままでは暴走して仲間割れの危険性すら孕んでいた。

 

「クッソ、コイツの馬鹿力、こういう時は厄介だなっ…!」

 

「よりによって我々の大将が()()()とはッ……!」

 

 女騎士と軽戦士が何とか重戦士を取り押さえようと試みるが、乱雑に振り回す彼の大剣は凶器と化している。

 

下手に近付くのは危険極まる状況だ。

 

「ひぃっはっハハハハッ…、ヒャッハァあぁぁ……ハッ……?!」

 

 突如として重戦士の狂った嗤い声は途切れ、呆気無く地面へと倒れ込む。

 

「……」

 

 何が起こったのか直ぐには理解が追い付かず、女騎士と軽戦士は呆気に取られていた。

 

灰の剣士だ。

 

何時の間にか重戦士の背後に一瞬で忍び寄り、彼の延髄部分に手刀で気絶させていた。

 

その後透かさず銀髪武闘家の方に歩み寄る。

 

「?。な二なに、ケんしさン?」

 

 精神に変調を(きた)しても、彼女の反応速度は変わらず直ぐに彼の接近に気付いた。

 

「エへへェ、スゴイデしョう?アタし、こンナニ、モうジャ、もやしたヨ?」

 

 しかし彼女は無警戒に防具に覆われた胸を張り、彼に対し誇らし気に自慢する。

 

「ア、そうだ。ケンシさんガ、セキにんトラなきゃだね。トリあえZU、もえトKU?」

 

 彼女の眼は、一切の曇りも殺意も籠ってはおらず、彼の顔面に松明を近付ける。

 

しかし、その言葉と心の根底は狂気に支配されていた。

 

故郷と同時に呪いも流れ着く、それがロスリックと言う地。

 

しかし、火の陰った時代とは異なり、呪いの強度は些か弱いと言えよう。

 

もし火の陰ったあの時代に居たなら、彼等は確実に人間性に変調を(きた)し人の枷を脱ぎ捨てていただろう。

 

「けんS――ぶぉブっ?」

 

 彼女も唐突に地面へと倒れ伏した。

 

灰の剣士が、銀髪武闘家の鳩尾(みぞおち)に鋭い突きで気絶させたのだった。

 

流石の彼女も、彼の速度には対応出来なかった。

 

「……アンタ……」

 

 そんな一連のやり取りを、ただ呆然と見る事しか出来なかった同期戦士。

 

「……まだ先には亡者が待ち構えている。私が露払いをする故、君達だけ同行してくれ」

 

 灰の剣士は淡々と言い、軽戦士、斧戦士、ゴブリンスレイヤーの三名を引き連れ、民家の出口へと向かった。

 

一通り辺りの亡者は駆逐が完了していた為、残りのメンバーを民家へ待機させておく。

 

彼等は、そんな灰の剣士の背を見つめるだけだった。

 

だがその中で意外なのは、調査隊の面々だ。

 

彼等は全員が、平静を保っていた。

 

数年前の混沌勢との戦争。

 

彼等は皆、その戦争の生き残りでもあった。

 

此処とは状況も環境もまるで違うが、彼等は似た様な体験を乗り越えていたのである。

 

そして更なる訓練と研鑽を重ね、彼等は精鋭と称されているのだ。

 

 

 

全神経を研ぎ澄まし、彼は全力で疾走する。

 

狙うは見張り台に陣取っている、深みの教導師のみ。

 

灰の剣士にとって他の亡者は眼中にない。

 

それは彼等が始末してくれる。

 

閉所に於いて身軽さと戦闘力を両立させていた三人、軽戦士、斧戦士、ゴブリンスレイヤー。

 

灰の剣士を察知し、奇襲を掛けようと納屋の壁をぶち抜く亡者達。

 

その中に亡者化した小鬼も混ざっていたが、それは些細な問題でしかなかった。

 

結果的に、疾走する彼の速度には追い付けず、標的を見失った彼等は無防備な隙を曝け出すのみ。

 

その隙を突き、三人の戦士達に呆気無く仕留められた。

 

灰の剣士目掛けて、教導師が蝕みの奇跡を行使しようと祈りを捧げるが、余りに速い彼の速度に狙いが定まらないでいた。

 

アっという間に見張り台の真下に辿り着き、灰の剣士は打ち刀の錐揉み回転切りで見張り台を切り裂いた。

 

腐り掛けた木材では、彼の斬撃に耐えられる筈も無く見張り台は瞬く間に瓦解し、足場を失った教導師はそのまま落下する。

 

教導師は何とか着地し状況把握に努めるが、ふと彼女の視界にあの剣士の姿が映る。

 

その映像を最後に、見張り台に陣取った教導師の人生は幕を閉じた。

 

願わくば真っ当な生者に生まれ変わらん事を。

 

教導師はバラバラの肉片にされ、見張り台での戦闘は終わる。

 

殆ど一方的なこの戦闘、時間にして僅か1分前後の出来事だった。

 

その後一行は、前進を再開し再び民家を抜ける。

 

亡者の奇襲が懸念されたが、幸いにもそれは取り越し苦労で、再び開けた場所へと出る。

 

前方には緩やかな下り坂が在り、向かって右側には崩壊した橋と格子で閉じられた地下水路への道が存在していた。

 

火継ぎの時代その地には篝火が存在し、『ボロ橋のたもと』と呼ばれていた所だ。

 

「ふぅ…、それにしても図体がデカい分、無駄に重いわい…」

 

「済まない。貴方に無駄な労力を使わせてしまったな。全くコイツときたら、肝心な時に乱心してからに……!」

 

 気絶している重戦士は、体力と腕力に優れた鉱人の斧戦士が担いでいた。

 

重戦士を除けば、彼が最も単純筋力に優れている。

 

重そうに担ぐ斧戦士に、女騎士が申し訳なさそうにし、意識を失っている重戦士に悪態を吐く。

 

因みに、同じく気絶している銀髪武闘家は、禿頭僧侶が背負っている。

 

「彼を一方的に攻める事は出来ぬ。あれだけ悍ましく冒涜的な環境に晒されたのだ。……寧ろ耐性の付いている私が、非難されて然るべき……」

 

「……優し過ぎるよ……貴方は……」

 

 女騎士はそんな彼に、哀さと優しさの混在した目で見つめた。

 

”非難されるのは自分だ”と重戦士を擁護しつつ、灰の剣士は歩みを進めるが、ふと足を止め辺りを窺いだした。

 

「どうしたんだ?」

 

 突如脚を止めた事に、同期戦士は彼に尋ねる。

 

「……こんな道在ったか?」

 

 灰の剣士は、警戒を露にしながらその道を注視していた。

 

ボロ橋の反対側、つまり『聖騎士フォドリック』が闇霊として侵入した時の通路なのだが、獣道同然のギリギリ()と呼べる代物だった。

 

しかし今目にしているのは、多少荒れ果てているものの人の手が加えられ舗装された街道に変貌していた。

 

――あの時代、こんな道は無かった筈だ。……それにこの道…まるで四方世界側の街道に見えるのは、気の所為だろうか?

 

存在する筈の無い新たな道、その道は自分達が普段歩いている街道そっくりだった。

 

火が陰り、荒れ果てたあの時代の道ではない。

 

「――おいっ!どうしたんだっ、変なのっ!」

 

 槍使いが突然叫び出す。

 

気が付けば、新たな道を走るゴブリンスレイヤーの背が目に映った。

 

――?!何故彼がっ?!

 

「くそっ!次から次へと、奇行が目立つ連中だ!」

 

 そんな姿を見た女騎士は、イラつき顔を顰める。

 

「――追うぞ!何れにせよ確かめる必要がある!」

 

 灰の剣士は、彼を見失わないよう直ぐに後を追った。

 

「――脚の遅い奴は後でゆっくりと来い!」

 

 女騎士も後方に叫び、彼に続く。

 

この道の先に何が在るというのか。

 

そしてゴブリンスレイヤーの不可解な行動とは?

 

一行はバラつきながらも、彼の後を追う。

 

 

 

「ハッ!ハッ!ハ…!」

 

彼は走る――。

 

只々走る――。

 

『待てっ…、待ってくれ!』

 

 遠く背後から友の声が聞こえる。

 

だが、聞こえているだけだ。

 

彼の耳に届くだけ…、心には響いていない。

 

「……もう直ぐ…、もう直ぐだ…」

 

 周囲の事など脇目も振らず、真っ直ぐに只管に前へと脚を運ぶ。

 

徐々に彼の目に映る、光景――。

 

記憶に残るあの光景――。

 

破壊された防護柵が映る。

 

破損した家が映る。

 

其処彼処に散乱する、肉塊が映る。

 

そして彼の視界に映った異物――。

 

『GyoboVoVo……!』

 

『GoVGoVGoV!』

 

 彼は立ち止まり、行動に移す。

 

そう――。

 

もはや日常となった、何時もの作業――。

 

「ゴブリン共は、皆殺しだ……!」

 

 彼の行動は速かった。

 

唯一違うと言えば、此処に居る小鬼は亡者と化していた事だが、そんな事はどうでもよかった。

 

それでいて彼は冷静で、冷徹だ。

 

――今なら使える!

 

背中のブロードソードを抜き、空いた手には鷲柄の短刀を握る。

 

そして小鬼亡者の集団に肉薄し、短刀を突き刺す。

 

彼は自ら小鬼の集団に飛び込んだのだ。

 

包囲されると知りながら。

 

好機と踏んだ小鬼亡者の集団は、彼のソウルを貪ろうと飛び掛かるが、彼は地面に短刀を突き刺す。

 

そして短刀を軸に、遠心力を利用し全身を回転させた。

 

回転から生み出された遠心力をブロードソードに乗せ、周囲の小鬼亡者を瞬く間に切り裂いた。

 

一旦回転が止むと彼は間髪入れずに、次の小鬼集団へと突撃――。

 

短刀を地面に突き刺し、それを軸とした回転切りを繰り出し、次々と小鬼集団を仕留めてゆく。

 

彼の繰り出したこの剣技――。

 

太古に存在した、古き狼を模した剣技――。

 

深淵を狩る彼等の剣技――。

 

 

 

―― 古狼の剣技 ――

 

 

 

嘗て『暗黒の塔』を訪れた際に出会った、深淵の監視者――。

 

単騎でありながら、複数の敵対者を纏めて屠る独特の技だ。

 

技の質自体は、大きく劣化するものの、開けた場所に加え小鬼相手になら充分通用した。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 目に付く小鬼亡者を皆殺しにした彼は、大きく息を乱す。

 

スタミナ配分をも無視し、一心不乱にこの場所まで全力疾走、更にそのまま戦闘に移ったのだ、無理もない。

 

「……俺の…俺の家……」

 

 彼は一人呟き、目的地を目指す。

 

そう――。

 

此処は、彼の故郷だった。

 

数年前小鬼に襲撃され、故郷は滅んだ。

 

唯一の肉親と共に……。

 

何故ロスリックに自分の故郷が在るのかは定かではないし、彼にはどうでもいい。

 

「ねぇさん…、姉さん…!」

 

 あの時の光景だ。

 

在る筈の無いこの村は、小鬼に襲撃された直後の風体を晒していた。

 

 

 

―― もしかしたらっ……! ――

 

 

 

―― もしかしたらっ……! ――

 

 

 

一縷(いちる)の望みを賭け、家を目指す。

 

 

 

―― 姉さんが生きているかも知れないっ!! ――

 

 

 

「――っ!!」

 

 ひび割れた扉を蹴り開ける。

 

「……」

 

 

 

……

 

 

 

「――おいっ!無事かっ?!ここは一体っ…!」

 

 追い付いて来たのだろう。

 

佇む彼の背後から、灰の剣士が声を掛ける。

 

「……」

 

 彼は無言のまま、唯立ち尽くしていた。

 

彼の周囲には、亡者と化した小鬼の死体が複数転がっている。

 

「……まさか、此処は……」

 

 灰の剣士は言い掛けた言葉を最後まで吐く事はなく、途中で口を閉じた。

 

代わりにゴブリンスレイヤーがゆっくりと呟く。

 

「……分かっていた……。分かり切っていた……!」

 

 今の言葉、誰に向けたのだろう。

 

「少し冷静になれば、……分かり切っていた筈だ」

 

「……」

 

 彼の言葉を黙って聴く。

 

灰にも理解出来た。

 

否、理解出来てしまうのだ。

 

以前、牧場主から聞かされた彼の過去――。

 

そして在る筈の無かった、四方世界側の街道と滅び去った村――。

 

唐突な彼の行動――。

 

それ等が一つに繋がる。

 

この村は、ゴブリンスレイヤーの故郷だった。

 

「……」

 

 掛ける言葉など今の灰には、見付けようもなかった。

 

「時期的に鑑みて、襲撃後の状態だ。姉さんはとっくに()()()()()()()()()()()

 

 彼の周囲には亡者と化した小鬼の死体が在るだけで、女性の遺体らしき痕跡は見当たらない。

 

灰の剣士が此処へ来る途中、隣の朽ちたブランコに男女の遺体が吊り下げられていたのを見かけた。

 

あれは夫婦だろう。

 

彼の姉とは違う筈だ。

 

「……この家で俺と姉さんは暮らしていた……」

 

「君の家か」

 

「ああ。……付き合わせて悪かった」

 

 おぼつかない足取りで、ゴブリンスレイヤーは自分の家を後にした。

 

「……」

 

 だが、灰の剣士は直ぐに彼の後を追う事はなく、荒れ果てた家の床を調べる。

 

――この灰塵…、不死人特有の物だ。此処で不死人が殺されでもしたのか?

 

不審に思いながらも床の灰塵を摘まみ上げ調べた結果、それが不死人が死亡した後に発生する物だと確信する。

 

当時、此処で一体何が起きていたのか?

 

彼には知る由もなかった。

 

外ではゴブリンスレイヤーが、ブランコに吊るされていた二人の遺体を降ろしていた。

 

彼が言うには、この二人は『牛飼い娘』の両親であると言う。

 

二人共かなり損傷が激しい。

 

壮年男性は、農具や杭が至る所に突き刺され所々欠損が見られる。

 

男性の妻であろう若い女は、下半身から血と白く濁った液が滴り落ちていた。

 

言わずとも分かる。

 

凝視する気にもならないが、女性器はあり得ないほどに捲れ上がり、小鬼に相当弄ばれた挙句に殺されたのだろう。

 

乳房と性器以外は損傷は特に見られなかった。

 

しかし気になるのは遺体ではなく、周囲に漂っている二つのソウルだ。

 

その遺体に寄り添うように二つのソウルは、右往左往している。

 

灰の剣士は手を翳し、浮遊する主亡きソウルを引き寄せた。

 

大体想像は付いている。

 

深く考察する必要もなく、この二つのソウルは死んだ夫婦のモノだった。

 

『アンタ、私達が認知出来るのか?』

 

(ええ)

 

夫の方らしきソウルが、彼に語り掛ける。

 

『あの子に…、あの子に逢いたい…。私達を、あの牧場に……』

 

(彼女なら元気です)

 

妻の方らしきソウルは牛飼い娘を頻りに心配しているらしく、彼は現状を伝える。

 

『――!そうか!あの子は生きてるんだな!それに鎧の彼は……隣の……』

 

 夫のソウルは、ゴブリンスレイヤーが牛飼い娘の幼馴染である事を理解する。

 

(御安心を。貴方達は私が責任を持って、牧場へと送り届けます)

 

『ああ……あの子に逢えるのね……!』

 

『誰か知りませんが、どうかお願いします!』

 

 灰の剣士は、二人のソウルを吸収する事なく自身の体内を器とし、預かる事にした。

 

この若い夫婦のソウルは、未練を残しているものの、こうして存在している。

 

遺体が亡者と化す事は、先ず無いだろう。

 

一応彼にもその旨を伝えておく。

 

彼が二人の遺体を此処で葬るのか、若しくは牧場まで連れ帰るのか判断しかねたが……。

 

その後、他のメンバーが遅れて辿り着いた。

 

「おいっ!勝手な事しやがって!」

 

 突如単独行動を執ったゴブリンスレイヤーに、槍使いは怒りを滲ませ抗議した。

 

「……すまない」

 

「――?!な、何だよ、気持ちワリィ……」

 

 素直に謝罪の意を示すゴブリンスレイヤーに、槍使いはヒクつき困惑する。

 

「まぁ待て。この村…不死街に比べて荒廃具合が浅いと視た。この村は一体……?」

 

 普段勝気な性格の女騎士も、この時ばかりはゴブリンスレイヤーを攻める事はなく、この朽ちた村の状況を尋ねる。

 

「ロスリックは『故郷の流れ着く地』……。もう、御分かりだろう?」

 

 灰の剣士が言葉に皆は押し黙っていた。

 

故郷が流れ着く地……、つまりは()()()()()だ。

 

 

 

……

 

 

 

彼は遺体袋を望んでいた。

 

理由は、言わずもがな。

 

牛飼い娘の両親を、牧場へ連れて帰る為である。

 

唯でさえ皆の士気が落ち、重荷にしかならない遺体を持ち帰るのだ。

 

それだけで負担と戦力の著しい低下を招き、異論を挟む者が出るのは当然と言えよう。

 

しかし――。

 

「どうか、頼む…!この二人は俺一人で運ぶっ…!…どうかっ…!どうかっ…、お願いだ!」

 

 彼は深く頭を下げ、調査隊の指揮官である正規騎士に懇願していた。

 

「……私からもおねが…「私からも頼む!騎士殿っ!」……」

 

 灰の剣士も頼もうとした矢先、意外にも女騎士が彼に続いた。

 

彼女は聖騎士を志望している。

 

別段ゴブリンスレイヤーに対し、特別な感情は無い。

 

しかし彼の真剣な想いは、その行動からも見て取れる。

 

彼の事情は分からなかったが、彼にとっては大切な事なのだろう。

 

可能な限り、困窮している者を助けたかった。

 

「……元より、拒む気などは無い。……おい」

 

「ハッ!」

 

 正規騎士は顎をしゃくりあげ、部下に遺体袋を二つ用意させた。

 

そもそも自分達も、物言わぬ遺体を運んでいるのだ。

 

どうして彼に異論(はさ)めようか。

 

余談だが、ゴブリンスレイヤーの案に反対していたのは、少年斥候と槍使いだった。

 

ゴブリンスレイヤーは料金を払おうとしたが、正規騎士はそれを断固として強く拒否した。

 

あくまで善意に基いた施しであり、人の想いに付け込み金を要求するほど、彼は歪んではいない。

 

「恩に着る!」

 

 ゴブリンスレイヤーは再度深く頭を下げ礼を述べた後、灰の剣士が二人の遺体に奇跡『回復』を行使した。

 

「遺体に効果が有るのですか?」

 

 少女巫術士が不思議そうに尋ねて来る。

 

確かに命尽きた者に、回復を掛けた処で生き返る訳ではない。

 

四方世界の奇跡は、生きた細胞に働きかけ代謝能力を引き上げた上に、癒しの力で傷を治療する。

 

しかし白教や太陽の奇跡『回復』系は、その神霊力で問答無用に作用させてしまう。

 

不死人や亡者が、回復するのはその為でもあるのだ。

 

死人である為、多少効果は低い様だが、遺体の損傷は幾分軽くなり苦悶に満ちた表情は、何処と無く和らいだかに見受けられた。

 

「すまんな」

『ホントに有難う!何の礼も出来ずに心苦しい!』

 

「気にするな。それより彼等を――」

(礼など無用です!)

 

「ああ」

 

 礼を言ったゴブリンスレイヤーは、二人を遺体袋で包んだ。

 

それに便乗して彼等のソウルにも深く感謝されたが、まだ解決出来た訳ではない。

 

灰の剣士は感謝など求めてはいないが、それは牧場へ辿り着いた時だろう。

 

「なぁ、此処は『故郷が流れ着く』んだろう?……若しかしたら、俺達の村…下手したら街も……」

 

 誰もが想像したくはない事を、同期戦士は口走ってしまう。

 

「安心して良い。この地は故郷と共に『死』と『(おぞ)み』や『深み(深淵)』が流れ着く。即ち生者の力が強ければ、ロスリックに引き寄せられる事は無いだろう」

 

 同期戦士の不安に灰の剣士が即座に否定し、それを聞いた面々は胸を撫で下ろす。

 

そう。

 

生者の力が強ければ、ロスリックの呪いに引かれる事はない。

 

逆を正せば、『深み』や『死』に魅入られれば生者の地と言えど、ロスリックに引き寄せられるという事も示唆していたのだが、それに気付く者は灰の剣士以外皆無であった。

 

「よっしゃっ!一段落着いたんなら、引き返そうぜ!『亡者の穴倉』とやらはコッチじゃねぇんだろ?」

 

「その通り」

 

 槍使いの問いに、灰は短く頷く。

 

そして槍使いは遺体の一人を担ぎ上げた。

 

「……!」

 

 そんな彼にゴブリンスレイヤーは無言で視線を向ける。

 

「……んだよ?お前一人で、二人分も担げる訳ねぇだろうが!オラッ!ボサっとしてんな!トットと行くぞ!」

 

 口調を荒げた槍使いは、夫側の遺体袋を担ぎ早足気味に来た道を引き返した。

 

――良いとこ、あるんだ。

 

そんな彼の様子を見ていた魔女は、密かに表情を綻ばせていた。

 

一行は道を引き返し、ボロ橋のたもとへと再び辿り着く。

 

「前方に誰か居ますね」

 

 遠眼鏡で、遥か前方に大男を確認する少年斥候。

 

その大男は背に籠を背負い、手には巨大な大鉈を所持している。

 

「あのデカい奴がアンタの言ってた敵か」

 

 鉱人の少女斥候が灰に訊ね、彼は肯定の意を示す。

 

白木地点を護るかのような動きで徘徊している大男こそが、件の『亡者下男』だ。

 

「彼は貪欲に、侵入者を解体し運ぶ事しか頭にない。私が先陣を切り隙を作るから、攻撃は任せるぞ!」

 

「今の所一体だけだな。現状の戦力でやれそうだ」

 

 灰の剣士が切り込みを掛ける旨を伝え、女騎士がそれに応える。

 

重戦士が使い物にならず今や彼女が、副将的な立場に居た。

 

少々激しい気性の彼女だが、このロスリックに身を置いても平静を保っている。

 

意外と灰の剣士とこの女騎士は、相性が良いのかも知れない。

 

「後列の護衛は我々にお任せを!」

 

 後衛職や重荷を背負っているメンバーは、調査隊が護衛してくれる。

 

精鋭と称される彼が居てくれるのであれば、憂いは無い。

 

灰の剣士は動けないメンバーを彼等に任せ、単身下男亡者に突撃を仕掛ける。

 

「私も続く!」

 

 女騎士と同期戦士も彼に追従し、亡者へと接近を試みた。

 

 

 

 

 

―― 狂った闇霊、聖騎士フォドリック達に侵入されました ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

大鉈

 

 不死街の作業具のひとつ。

 斬撃属性を持つ巨大な鉈。

 

 解体用の道具であり

 本来は戦いに用いられるものではない。

 

 戦技は「刃研ぎ」

 包丁の刃を撫で研ぐことで切れ味を高める。

 

 彼等は今日も働き役割を果たす。

 たとえ侵入者が苦痛のあまり泣き叫ぼうと、絶叫しようと

 それらの声が彼等の癒しとなり活力となるのだ。

 

 

 

 

 

 




 次々と精神に異常をきたすメンバーが続出。
銀髪武闘家ちゃんは、まだ正常に戻ってはいないようです。(・o・)
そしてボロ橋の麓で、一旦区切ります。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

感想、評価、本当に有難う御座います。
とても励みになっています。m(_ _)m
デハマタ( ゚∀゚)/
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