ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 どーもです。
少し期間が開いてしまいました。
少し暖かくなってきましたが、急激に寒くなったり寒波はまだまだやって来るのでしょうか?
寒いのは苦手です。( ̄ω ̄;)

では投稿致します。


第67話―神殿でのちょっとしたお話―

 

 

 

 

 

神樹の苗木

 

 討ち取った『呪腹の大樹』から生まれた苗木。

 

 苗木でありながら非常に強大な聖性を秘め、呪腹の大樹が嘗て神木であった事を窺わせる。

 呪腹の大樹、元は神聖な神木でありとあらゆる呪いを一身に引き受けた結果悍ましい姿に変貌した

 冒険者達に討たれ、漸くその呪いから解放されたのだ。

 

 新たな生は、命溢れる大地に根差すだろう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 強過ぎず、弱過ぎず――。

 

程よくも柔らかな日差しが大地に降り注ぎ、そよぐ風は彼等を優しく撫でる。

 

白みがかった灰色の雲は多く決して快晴とは言い難い空模様ではあったが、その気候は活動を始める彼等にとって都合が良かった。

 

「この辺り…でしょうかね?」

 

 根巻き処置を施した苗木を持つ男神官は、三人の男女を引き連れていた。

 

「司祭長様の話では此処で間違いないと思いますよ」

 

 浅黒い葡萄に似た肌色を持つ少女(後の葡萄尼僧)は、スコップやバケツを持ち彼の後に続いていた。

 

「しかし、思っていた以上に雑草が目立つ。先ずは植える場所を確保せねばならんか」

 

「草むしり、しっかりしないと栄養取られちゃいますもんね」

 

 男神官と葡萄肌(後の葡萄尼僧)の少女の後に続いていたのは、彼女の妹分である見習い神官の少女とフードを深く被り素顔を覆った青年だった。

 

その青年は冒険者で、『灰の剣士』等と呼称されている。

 

先日、ロスリック不死街の奥深くに位置する『亡者の穴倉』にて、小鬼禍(ゴブリンハザード)を引き起こした邪教徒集団との戦闘があった。

 

その中で、復活を果たし使役されていた『呪腹の大樹』を打ち倒した後、生まれ変わりともいうべき小さな苗木を持ち帰っていたのである。

 

悍ましい呪いと災厄を振りまく呪腹の大樹ではあったが、元は呪いを封じ込める神聖な樹木であったともいう。

 

持ち帰ったそれは、苗木でありながら凄まじい聖性を有し、目にした聖職者達は感嘆の声を漏らしたほどだった。

 

そして司祭長や神官長の計らいで植える事となり、現在の彼等がその役割りを担う事となったのだ。

 

地母神神殿でも植物学に長けた聖職者が苗木を調べた結果、クスノキ科ニッケイ属の常緑高木である|()()()()()()()である事が判明した。

 

この種の樹木は、非常に巨木に育ち易く温暖な気候に適しているという。

 

この西方辺境は四季こそあるものの、比較的温暖な気候を保ち年間降水量にも問題は無く、植林に適しているといえた。

 

これも地母神が治める神殿の影響だろうか。

 

だが巨木に育つ傾向が高い為、植える場所は慎重に選ぶ必要がある。

 

この地母神神殿は敷地こそ広いものの、葡萄園を代表に多種多様な薬草園や作物を育てており、それ等の傍で植える事は出来ない。

 

故に神殿外れの裏庭が候補に挙がり、神樹の苗木はその場所で植えられる事となったのである。

 

しかし余り人が訪れる事も無い裏庭だ。

 

当然手入れも疎かで、雑草が生え放題の荒れた様相だ。

 

整地し環境を整える必要がある。

 

「さぁさっ、あると便利な男手!草むしり宜しく!」

 

 葡萄肌の少女は、二人の男に勢いよく声を掛ける。

 

「…やるしかありませんね」

「…仕方がない」

 

 男神官と灰の剣士は軽く溜息を吐き、雑草を引き抜き始めた。

 

 

(推奨BGM 庭師King)

 

 

 

因みに他の男性聖職者にも声を掛けてみたのだが、誰一人駆け付けてくれた者は皆無で、結局二人で作業に従事するしかなかった。

 

「あ、そうそう、雑草は根っこごと引き抜いてね!引き千切っても後から後から直ぐに生えてきて、意味がないからね~!」

 

 葡萄肌の少女の指示通り、根から雑草を引き抜くのだが、かなり大地に根付いているのか、引き抜くには思いの外筋力を要した。

 

「――ぬっ…これは…!」

「――思った以上に手を焼きますねっ…!」

 

 二人の男は額に汗を滲ませ、丁寧に雑草を引き抜いてゆく。

 

――たかが雑草、されど雑草。雑多な草と言えども命は命。私が思っていた以上に、強いのだな――生命の営みというのは…!

 

悪戦苦闘しつつ雑草を引き抜く灰の剣士。

 

四方世界に流れ着き幾許か経過した時の波――。

 

今や当たり前の様に営まれる生命の息吹――。

 

死に絶えようとしていた()()()()とは違い、躍動溢れる今の時代――。

 

彼は改めて命の根幹を感じ取り、雑草を丹念に引き抜いてゆく。

 

円形にして半径約5メートルと言った処だろうか。

 

「はい、お疲れ~!もうこの辺で良いよ!」

 

 葡萄肌の少女が合図を掛け、草むしり作業は一先ず終わる事となった。

 

「わぁ、すごい汗。これ飲んで下さい!」

 

 見習い神官の少女が、二人に水筒を差し出す。

 

「有難う、頂くよ」

「…すまないな」

 

 多量の汗を掻いていたのだろう。

 

二人は一気に飲料水を飲み干し、一息ついてからスコップで土を掘り苗木を植える作業に移った。

 

苗木を植える作業は少女二人が担当し、麻の根巻きは解かずそのまま土に埋め込む。

 

「そう言えば、水はやらなくていいのか?」

 

 土を丁寧に被せた後、灰の剣士は水やりについて尋ねる。

 

「――その辺なら大丈夫ですよ、お兄さん」

 

 見習い神官の少女が説明するには、土が充分湿っている為、必要ないとの事だった。

 

過剰な水分供給は、根腐れを引き起こす原因ともなりかねない。

 

今は充分に根を伸ばし、大地に根付いて貰う時期なのだと言う。

 

「成程、植林一つとっても、なかなかどうして奥が深いものだ」

 

 灰の剣士は何度も深く頷き関心を寄せる。

 

後は仕上げとして簡易的な柵を設置し、人が安易に踏み込まない様に処置を施し、一連の作業を終える。

 

「これで植え込み作業終わり!皆、お疲れ様!後は自由時間だよ!」

 

 葡萄肌の少女の号令で作業は終わりとなり、時刻は正午を迎えていた。

 

「ふぅ、結構な重労働でしたね。では僕は一足先に、お暇致しますので」

「それじゃ私もこれで――」

 

 男神官と葡萄肌の少女は、作業道具を片付ける為にその場を立ち去り、灰の剣士と見習い神官の少女だけが残された。

 

「私達もお昼にしましょうか?お腹も空きましたし」

 

「そうだな、そうするか」

 

 昼食を取るため二人も移動した。

 

廊下を歩いていた二人は、ふと脚を止める。

 

『――喝っ!』

『――いだぁッ(痛ぁ)!!』

 

 奥から聞こえて来る叫び声。

 

「何でしょう?」

「行ってみるか?」

 

 普段聞き覚えの無い声に、二人は声の方角へと歩を進める。

 

どうやら声が聞こえて来たのは、この一室の奥からだ。

 

二人覗き見る形で、そっと顔を出す。

 

――あの二人は確か…。

 

部屋には、見覚えのある一組の男女が居た。

 

『――うぅぅっ…、どうしてそんなに叩くんですかぁっ?』

『――雑念を捨て集中なさい!何時まで経っても終わりませんよっ!』

 

 銀髪武闘家と禿頭僧侶という珍しい組み合わせであった。

 

よく見れば机の上に用紙と筆が用意され、銀髪武闘家が正座と呼ばれる東国独特の座法で紙面に向かって何やら筆を動かしている。

 

その傍らで、禿頭僧侶が警策(きょうさく)を手に、彼女の周りを徘徊していた。

 

「読み書き…でしょうかね?」

 

「――その様だが、随分変わった勉学方だな」

 

 遠間で明確に分からなかったが、禿頭僧侶が銀髪武闘家の勉学について指導している様子だ。

 

――そう言えばロスリック不死街で、彼女の識字率に問題があったな。

 

灰の剣士はあの時の出来事を思い返す。

 

亡者の穴倉戦を終え、彼等は探索を続行した。

 

その道中で幾多の流れ着いた街道を発見し、彼等は自分の故郷か否かを確かめた。

 

そんな折、銀髪武闘家だけは文字を上手く読めずに戸惑っていた。

 

一応学習していた様ではあったが、それ以来勉学を疎かにしていたのだろう。

 

その内容を殆ど忘れていた。

 

折角覚えた処で、文字から離れては忘却してしまうのも無理からぬ話だ。

 

継続は力なり――。

 

読み書きを習得したのなら尚の事、文字と触れ合い学習を続けねば直ぐに忘れ去ってしまうのだ。

 

――それにしても、随分厳しい教育方法だな。

 

灰の剣士は彼等を様子見している。

 

『や、や、やだっ、もう止めてよぉッ!肩が痛いよぉっ…!』

『雑念が多い証拠ですっ!御仏の慈悲、有り難く、感謝を込め、受け入れるのです!――かぁつッ!!』

 

 ぺチンッ!――と、乾いた音と共に警策が彼女の肩を叩いた。

 

『――うぎゃあぁッ!』

 

 銀髪武闘家の悲鳴が部屋に響き渡った。

 

彼女が少しでも集中を乱せば、禿頭僧侶が容赦なく警策を振り下ろし、彼女を諫めるのである。

 

ふと禿頭僧侶が後ろを振り向き、灰の剣士と見習い神官の少女に気付く。

 

「おや、貴方がたは――」

 

「――やぁ」

 

 二人は互いに軽く挨拶を交わす。

 

「――あぁ、剣士さんだぁっ、た…たずけでぇ……!」

 

 もう正午だが、銀髪武闘家も彼等に気付き立ち上がろうとしたが膝が上手く上がらず、その場でコケてしまった。

 

「――ぐごごごっ…、あ゛…脚がぁぁ……」

 

 だらしない表情(アへ顔)を浮かべ、彼女は這いながら此方に擦り寄って来た。

 

長時間、正座を続けていたのだろう。

 

両脚の神経が圧迫され血行の流れが悪化し、その結果、痺れとして坐骨神経や脛骨神経に悪影響が出た為だ。

 

もし、この状態の彼女の足裏に少しでも触れようものなら、さぞ面白い反応を引き起こすに違いない。

 

「しかし何故、貴公等が此処に?」

 

 一応気になったのか、禿頭僧侶に経緯を尋ねてみた。

 

彼が言うには、彼女の惨状を見かねた同期戦士の配慮で、もう一度再教育を施す事となったのである。

 

そこで知識神の信徒でもある彼に白羽の矢が立ち、この神殿を借りる事となった。

 

無論料金は同期戦士が負担していた。

 

「彼女には少々厳しさが必要と感じ、我が東国式の教育法を導入させて頂いた次第です」

 

 彼は静かに目を閉じ深く一礼をする。

 

その時、正午の鐘が神殿中に鳴り響いた。

 

「おや?もうこんな時間ですか」

「ほへ?」

 

 彼等も昼休みの時間帯になった事に気付き、一旦切り上げる事にする。

 

「昼休みが終われば、続きを致しますので遅れないように!」

「うぅぅ、はぁい……」

 

 そう言い残し、禿頭僧侶も昼食を取るため部屋を後にした。

 

「剣士さぁん…、肩貸してくださぁい……」

 

 まだ痺れが抜け切れていないのか、銀髪武闘家は彼に縋り寄る。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「仕方ない」

 

 二人は、脚を引き摺る彼女に肩を貸し、その場を後にする。

 

銀髪武闘家を加えた三人は、購買部でサンドイッチを購入し庭園のベンチに腰掛ける。

 

其処は日当たりも良く、他の信徒や来客たちも頻繁に訪れ多くの人で賑わっていた。

 

「私はあと数日ここに居ますけど、剣士さんは何時まで居られるんです?」

 

 サンドイッチで胃を満たし昼食を終え、銀髪武闘家は灰の剣士へと尋ねる。

 

彼女は一通りの読み書きを習得するまで、この神殿に留まる積りでいた。

 

「私も、明日までは此処に居る積りだ。特にやる事も無くてな」

 

 灰の剣士も此処に今日と明日、滞在させて貰う事になっていた。

 

本来なら『神樹の苗木』を植え、持ち帰った幾つかの装備品を神殿に納めた時点で、宿に戻る予定ではあった。

 

だが、呪腹の大樹との戦いで自身の装備は予想以上に損耗し、工房に修理を依頼していた。

 

早くても数日を要するらしく、今日の早朝でギルドにも顔を出し報告義務も済ませてある。

 

間借りしている宿に戻った処で何もする事も無く、それならば神殿に留まり、雑用なり従事すれば良いと考えていたのである。

 

「そう言えば、彼等はどうしている?」

 

 灰の剣士は、同期戦士達の動向が気になり訊ねてみた。

 

「え~とですね。頭目さん達は確か……」

 

 銀髪武闘家が、同期戦士達の現在について語り出した。

 

同期戦士と少女野伏は特に活動している訳でもなく、現在は休暇状態で買い出しや装備の修繕に精を出している。

 

獣人魔術師は更なる勉学と知識の研鑽の為、図書館や知識層との交流に精力的だった。

 

その中でも活動的だったのは、鉱人の斧戦士、鉱人斥候、森人僧侶の三名だ。

 

彼等は、南方辺境に旅立ったとの事だ。

 

何でも森人僧侶が珈琲にハマった様で、自力での栽培を計画し苗木を手に入れるのが最大の理由らしい。

 

「――南方辺境か……」

 

 灰の剣士も南方に想いを巡らせてみる。

 

南方は、此処には無い数多くの異文化が流入し、実に様々な珍しい品々が流れて来るという。

 

南洋の地には『神の実』と称される『カカオ』なる木の実が存在する。

 

その実を原料とした菓子や飲料が国民的な人気を誇り、この国でも徐々に流通し始めている。

 

――確かジークバルドも、南方辺境のギルドで冒険者登録を済ませたのだったな。

 

「――機会があれば、私も一度脚を運んでみるか」

 

 灰の剣士自身も、南方には縁が無く些かの興味があった。

 

「お兄さん、南の方に行くんですか?」

 

「情勢が落ち着けばな。ついでに土産も買ってきてあげよう、楽しみにしてくれ給えよ」

 

「――うわぁ、楽しみにしてますね!」

 

 少女は満面の笑みだ。

 

「……イイナァ、ナカヨシデ……」(´·ω·`)

 

「……?。すまん、よく聞こえなかったのだが?」

 

 小声で何やらボソボソと呟く銀髪武闘家。

 

上手く聞き取れなかったの、灰の剣士は彼女に聞き返すが、同時に昼休み終了の鐘が鳴り響く。

 

「何でもありません!じゃ、アタシ行きますね。あのお坊さん、怒らせると結構怖い人なんで」

 

 若干ツンとした表情でそっぽを向き、勉学を続けるべく彼女は庭園を後にした。

 

「……なんか急に不機嫌になりましたね?銀髪のお姉さん」

 

 少女は首を傾げながら、早足気に去り行く彼女に目をやる。

 

「はて?……ん?いいのか?午後から何か予定が有るのではないのか?」

 

 既に午後の部は始まっている。

 

普段なら、この少女も神官に成る為の授業が有った筈だ。

 

しかし彼女は動く事なく、寧ろ彼に擦り寄り遂には膝の上に座ってしまう。

 

「今日の午後は自由時間なんです。だから、ご一緒できますよ!」

 

「……そうか」

 

 週に一度、午後から自由時間の日が存在し、今日はその日であった。

 

――だからと言って、態々(わざわざ)密着する必要はなかろうに。

 

柔らかな日差しではあったが、昼真っ盛りの時間帯はどうしても気温が高めとなる。

 

彼女と密着している部分は、じわじわと汗が滲み出す。

 

「……貴公、暑くないかね?」

「――全然」

「……」

「……」

 

 直ぐに会話が途切れてしまう。

 

心なしか彼女も不満げな表情を滲ませ始めた。

 

「時にお兄さん!」

「何か?」

「……」

「……」

 

――何なのだ、一体?

 

途切れつつの会話の最中(さなか)、座った態勢のまま上半身だけを捻り彼の顔を睨み付ける。

 

彼女は頬をプウッと膨らませ口を尖らせ、プリプリと怒っていた。

 

そんな怒り顔も可愛らしいと思ってしまうのは、彼の不徳の所為だろうか?

 

「どうして昨日、一緒に入ってくれなかったんですか!?」

 

「……何の事k「――(とぼ)けないで下さい!」……」

 

 何故、彼女が機嫌を損ねているのかは知っていた。

 

彼女は昨日の夜、灰の剣士と湯浴みする事を楽しみにしていたのだ。

 

「折角楽しみにしていたのに、勝手に公衆浴場に行っちゃうんだもんっ!」

 

 しかし灰の剣士は一人、公衆浴場へと向かってしまい、結局少女は一人で湯浴みする事になった。

 

彼女は尚もプリプリと怒っている。

 

――お前の為にそうしたんだ。劣情を抑える俺の身にもなってくれ!

 

ここ最近、灰の剣士は『篝火』に当たっていない。

 

篝火には雑多な欲を抑える効果が有り、性欲もまた然りだ。

 

漸くロスリック不死街での探索で、篝火の燃料となる『不死の遺骨』を入手できたが、神聖な神殿で火を熾す訳にもいかず現在に至る。

 

今の彼では、この少女の裸体ですら情欲に駆られる恐れがあった。

 

彼女も第二次性徴期に差し掛かった時期だ。

 

徐々に女の特徴が芽生えつつある。

 

出来る事なら避けたいのが本音であった。

 

「……好きなんですね、湯船に浸かるの!」

「かなりな」

 

「……贅沢は敵ですよ!」

「信徒ではないぞ、私は」

 

「――むぅっ…!」

「――ぬぅっ…!」

 

「……」

「……」

 

 両者の意見は平行線をなぞり、交わる気配が無い。

 

――何とか篝火に当たらねばな。理性がもたん!

 

「――それに今宵は料金格安の日ではなかったか?無論私は今日も公衆浴場を利用するが、貴公はどうするかね?共に来るなら、料金は私がもとう」

 

 膨れっ面の彼女に提案を出す。

 

この街には公衆浴場が幾つか点在しているが、中には良心的な値段で料金が格安となる日を設けている店舗も存在していた。

 

それが今日だ。

 

「清拭に拘るも良き、共に来るのも良き。……自身で決め給え」

 

 一応選択権は彼女に委ねる事にする。

 

――もう少し、暖かな言葉にするべきだったか?俺とした事が……。

 

若干の悔いを感じつつも様子を窺う。

 

「……お兄さん…わたしの事、お嫌いですか?」

 

「――好きだ!」

 

「――……えっ!?」

 

――しまったッ!

 

思考する前に突出した言の葉――。

 

だが時既に遅し――。

 

条件反射だったのだろう。

 

本能的に抱いていた本心が、言葉として顕れ彼女に向けられた。

 

好きだ!という言葉と感情。

 

それはどの類の好意なのだろうか?

 

友愛?

 

親愛?

 

信愛?

 

恋愛?

 

若しくはそれ等を含めた全て?

 

「///お…おにい…さん……///?」

 

 少女は顔を真っ赤に染め、再び前を向く。

 

そして暫く無言の間を置いた後――。

 

「――し…仕方がありませんねぇ、ご…ご一緒して差し上げますよっ///!」

 

 彼女はその体制のまま胸を張り声高らかに叫ぶ。

 

背を向けている為、少女の表情を察する事は出来ないが少なくとも不機嫌ではない筈だ。

 

「あと…それとぉ…、厚かましいお頼みなのは重々承知してるんですけどぉ…、もし御手元に余裕があるんでしたら…あの人達も誘っていいですか?」

――流石に怒られるかなぁ?

 

調子に乗っているのは理解しつつも、少女は恐る恐る灰の剣士に頼み込んでみる。

 

誘いたい相手とは、自分の姉代わりでもある葡萄肌の少女と銀髪武闘家の事であった。

 

「構わぬ。連れて来るといい」

 

 彼はあっさりと答える。

 

現在鋼鉄級の身分ではあるが、彼の稼ぎは同等級の冒険者に比べ非常に多い。

 

実際資金にはかなりのゆとりがあった。

 

「ほ…本当ですか、有難う御座います!」

 

 先程の不機嫌な表情はすっかり消え失せ、彼女は元の笑顔を取り戻していた。

 

 

 

地平線に日が沈み夜が訪れる。

 

公衆浴場には、灰の剣士率いる数名の女性陣――。

 

それに対するのは、ゴブリンスレイヤーと牛飼い娘だった。

 

「…こんな所で会うとは――」

 

「――ほう」

 

 相変わらずの鎧兜を纏っていたゴブリンスレイヤーではあったが、手には武器ではなく洗面用具と着替えを包んだ手荷物を携えている。

 

察するに、彼等もこの施設を利用しに来たのだろう。

 

「こうしてるのも何だし、早く入っちゃいましょうか」

 

 牛飼い娘は女性陣を引き連れ、女湯へと向かった。

 

「我々も行くか」

 

「ああ」

 

 灰の剣士とゴブリンスレイヤーも、男湯の方へと歩を進める。

 

一応この施設は他の冒険者も頻繁に訪れ、装備品の一時預かり所も完備していた。

 

ゴブリンスレイヤーは装備一式を預け、脱衣所で衣服を脱ぐ。

 

流石に鎧を纏ったまま入浴するほど、彼も無粋ではなかった。

 

失敬と知りつつも、彼が鎧姿のまま入浴する図を想像してしまう灰の剣士。

 

つい笑みを零し、彼も脱衣所で衣服を脱いだ。

 

各々は浴槽に身を浸し、心身共に疲れを癒す。

 

「湯に浸かるというのは、こうまで癒されるとは思わなかった」

 

 無表情ではあったがゴブリンスレイヤーは、脱力状態で身を委ねている。

 

入浴施設が普及していない集落や村は、基本的に清拭で身を清め湯に浸かるという習慣はない。

 

彼も例外ではなく今迄清拭に慣れ切っていたがここ最近、入浴の魅力に憑りつかれてしまった様だ。

 

温水が体の隅々にまで浸透するかのような奇妙な感覚――。

 

最初は戸惑いもあったが、直ぐに気に入った。

 

「風呂は良い。私も頻繁に利用するしな」

 

 灰の剣士も湯に浸かるという行為が気に入り、一度入浴を覚えてしまえば清拭で清めようなどとは思わなくなってしまう程だ。

 

「…灰よ。ロスリックの事なのだが、少し良いか?」

 

「…?」

 

 ゴブリンスレイヤーがロスリック拠点街について尋ねてきた。

 

拠点街での滞在中、彼は交易神神殿を去った後、道具屋を幾つか廻っていたのだが、『緑化草』や『苔玉の実』といった各種丸薬が売られていた。

 

それ自体は何ら珍しい事ではない。

 

しかし、彼が思っていた以上に在庫に余裕があったと言う。

 

「お前の話ではあの品々は、かなりの貴重品だった筈だな?」

 

「それは間違いない。群生地へ行けば多く入手できるが、生還した誰かが大量に持ち帰ったのか?」

 

 ギルドの記録によれば、少なくとも不死街より先に辿り着いた冒険者は未だ皆無である。

 

緑化草や苔玉の実は不死街を抜け、その先の奥深くまで潜り込む必要がある。

 

ゴブリンスレイヤーは不思議に思い、流通ルートを道具屋に訊いてみた。

(賄賂ではないが情報量として銀貨を一枚支払ってある)

 

気を良くしたのか、道具屋の店員は事情を説明してくれた。

 

店員の話によると、黒い全身甲冑に身を包んだ二人組が卸売りにやって来るのだという。

 

しかも、かなりの量を卸し代償に金銭を要求する。

 

そしてその資金で、多くの生活物資を購入し拠点街を立ち去って行くのである。

 

その姿は度々目撃され、拠点街の住人なら殆どが周知していた。

 

気紛れで身軽な冒険者が尾行してみたが、その二人組はロスリック内部へと向かっていたのだという。

 

黒い甲冑に身を包んだ二人組――。

 

実はちょっとした噂となっており、”ロスリック内で住んでいるのではないか?”とさえ囁かれていた。

 

他の特徴としてその二人組は、丸太の様な棍棒と巨大な鉈の様な曲刀を携えていたという。

 

「――心当たりは有るか?」

 

 ゴブリンスレイヤーが訊いて来る。

 

「――有る」

 

 灰の剣士は肯定する。

 

彼が言うには、恐らく『ファラン城塞』の入り口を護る二人組で間違いないだろう。

 

元々、彼等は流刑人であったという。

 

深淵の監視者達が、薪の王となって以来ファラン城塞は腐った森に呑まれ、以後彼等がグルーたちと共に戦士達の眠りを守り続けていた。

 

そんな彼等がロスリック外に姿を現し、物資の取引を行っているという事は、彼らなりに生活を営んでいるのだろう。

 

少なくとも、その二人組が人々の危害を及ぼしているという報告はない。

 

それ程、危険視する必要はないだろう――今の所は。

 

「…そうか…、なら態々危険を冒してロスリック内部にまで道具を回収する必要は無い訳だ」

 

 ゴブリンスレイヤーはロスリック内の各種アイテム、特に緑化草に注目していた。

 

もし必要となれば拠点街にまで赴き、道具屋から購入すればいい。

 

多少資金は掛かるが、命を危険に晒すよりは遥かにマシだろう。

 

どうやら彼もスタミナ管理はかなり意識しているらしく、スタミナ回復を助ける緑化草は重宝しているらしい。

 

――翠玉等級に昇進したら、直ぐにでも侵入してみるか。

 

湯に浸かりつつも壁に凭れ掛かり、灰の剣士は秘かにそんな事を画策していた。

 

「お客様、連れの方々がお待ちです。”何時まで浸かっているんだ”と仰っておりますが」

 

 そんな彼等に店員から声が掛かる。

 

どうやらかなり話し込んでいたらしく、かれこれ一時間以上入浴していた様だ。

 

「――いかんな」

「――俺とした事が」

 

 二人は急いで浴槽から出、身を整え店を出る。

 

「君って意外に長風呂だね?」

「スマン」

 

 ゴブリンスレイヤーは牛飼い娘に――。

 

「お兄さん遅いです!」

「湯冷めしましたよ!」

 

「申し訳ない」

 

 灰の剣士は見習い神官と銀髪武闘家に、それぞれ怒られた。

 

葡萄肌の少女からは何も言及されなかったが、ジト目で睨まれながら神殿へと戻った。

 

神殿へと戻り、後は就寝するだけとなったのだが、此処で少々揉め事が発生する。

 

「――その子は良くて、アタシは駄目なんですか?」

 

 彼女――銀髪武闘家は沈んだ表情で彼に訴えかける。

 

「――そうです、酷いですよお兄さん!」

 

 更に見習い神官の少女までもが同調し、彼を責め立てる。

 

既に灰の剣士は、この少女の部屋で一夜を明かす事となっていた。

 

もう彼自身諦めている為、この状況にも受け入れている。

 

しかし、彼女――銀髪武闘家までもがこの部屋で就寝したいと言い出し、問題が発生している訳だ。

 

見習い神官の少女は、まぁいい――。

 

彼女自身は、まだ体つきも幼い為、理性を保つ事が出来る。

 

しかし豊満な肢体を持つ銀髪武闘家は、完全に問題(アウト)だ。

 

ただでさえ劣情を催す躰の彼女は、薄布を纏っただけの寝間着姿という出で立ちで正直目の毒だ。

 

薄い布は透き通り、乳房の先端部がうっすらと見える。

 

そんな彼女を諦めさせるため、敢えて胸元をわざとらしく言葉にしながら凝視してみたのだが、理解していないのか彼女は首を傾げるだけだった。

 

その作戦は失敗に終わり、ならばと別の部屋で寝ようと彼は退出を試みる。

 

すると今度は、少女がドアの前に立ちはだかり両手を広げ阻止行動に入った。

 

「そんなにわたしたちと寝るのが嫌なの!?」

 

「……これでも貴公等を大事に思っているのだ、さぁ退き給え」

「――ぜったい嫌っ!」

 

――よもやここまで頑なとはな……。

 

「第一、一つの寝台に三人も収まる訳がない。よく考え給え」

 

 彼は別の視点から諭しに掛かる。

 

「お兄さんこそよく考えて下さい!密着すれば済む話です!」

「三人で抱き合って寝れば、すごく気持ち良くなる筈ですよ!?」

 

 少女から良く分からない理屈で反論され、銀髪武闘家からは見方によっては卑猥極まりない言葉で返された。

 

――絶対分かってないな、この(銀髪武闘家)

 

本来なら男として狂喜乱舞するような状況(シチュエーション)なのだろう。

 

だが銀髪武闘家は、同期戦士の一党に所属している。

 

彼女が灰の剣士にどの様な感情を抱いているのかは推し量れない。

 

しかし勢いや劣情赴くままに彼女と関係を結べば、今後の冒険者活動に支障を来たすのは自明の理だ。

 

最悪同期戦士達との関係に、亀裂が生じる恐れもあるのだ。

 

だが、このまま押し問答で騒げば周囲に迷惑が掛かる。

 

どちらかが折れるしかない。

 

「……はぁ…分かった、私の負けだ」

 

 観念したのか、灰の剣士は溜息を吐き折れる事にする。

 

「――えっ?じ、じゃあ…」

「――け、剣士さん…!」

 

 二人は期待を込めた目で彼を見る。

 

「――二人は寝台を使い給え、私は床で寝る。どうだ、三人一緒だろ?」

 

 彼はランプを手に持ち、壁に背を預け凭れ掛かった。

 

「――ちょ…お兄さん!?」

「――そんなぁ……!」

 

「――もう一度言う、お前達が大事だ、お休み」

 

 抗議する二人を余所に、彼は忽ちランプの灯を緩めフードを深めに被る。

 

「――お兄さんの馬鹿ッ!」((o((≧з≦)o))プリプリ

「――いけず、エンガチョ剣士ッ!」プンスコo(*`ω´*)oプンスコ

 

 二人は罵るが、彼の返事がない…ただの屍…もとい、寝てしまった様だ。

 

「……寝ますか」

「……そうですね」

 

 やがて二人も観念したのか、床に就き夜は更けてゆく。

 

………

 

……

 

 

「スッカリネマシタネ、オニイサン」

(すっかり寝ましたね、お兄さん)

 

「イマガ、チャンス」

(今がチャンス)

 

「アタシガアタマヲモチマス。アナタハアシヲ、ソォット、ソォットデスヨ」

(アタシが頭を持ちます。貴方は脚を、そぉっと、そぉっとですよ)

 

「イエス・マム」

(イエス・マム)

 

 

 

 

夜は更ける。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

『コォケコッコ~~!!』

(朝やで!!)ε(‘Θ’)з

 

日は昇り夜が明ける。

 

神殿の一角に飼育されている鶏たちが一斉に鳴いた。

 

この世に永遠というものは存在しない。

 

終わりと始まりは集いしもの。

 

閉じた木窓の隙間から日が差し込む。

 

「……ぬっ…もう朝か……」

 

 刺し込んだ淡い陽光は、彼の瞼を軽く突いた。

 

そんな淡い刺激に目を覚まし、灰の剣士は身を起こそうとする。

 

だが、ふとした違和感を感じ身体に鈍い重みを感じた。

 

「……なんだ?何が……」

 

 その正体は直ぐに判明した。

 

気が付けば彼は寝台で目を覚まし、銀髪武闘家がこれ以上無いという位に密着し寝息を立てている。

 

「……。…何故(なにゆえ)に……?」

 

 状況が把握できず彼は困惑しながら、幸せそうに眠る彼女に目をやる。

 

しかも薄布一枚の根巻きは完全に乱れ、二つの豊かな双丘が完全に露出していた。

 

彼はあの晩、壁に凭れ掛かり床で睡眠を取った。

 

しかし目覚めてみれば、彼は寝台の上だ。

 

その隣、正確には自身にしがみ付く形で銀髪武闘家が寝ていたのである。

 

――もしや寝惚けて彼女達の寝台に潜り込んだのか?

 

記憶を辿り、こうなった原因を探るが途中で目を覚ました記憶はない。

 

これ以上彼女に視線をやるのは止めよう、完全に目の毒だ。

 

彼は意識を切り替える。

 

――そう言えばあの子は?

 

あの少女の姿が見えない。

 

彼は周囲を見回し、彼女の行方を捜す。

 

――あの子の事だ、もう起きてる可能性はあるな。

 

そう結論付け、更に身を起こそうとするが下半身に奇妙な違和感を感じる。

 

「……何だ?」

 

「……ゥ…ァ…ㇵ…ン…」

 

 違和感と共に、毛布の中から聞こえて来る呻きに似た小声。

 

――まさか?

 

大方の察しは着く。

 

恐らく少女は毛布の中で蹲る形で寝ていたのだろう。

 

真冬ならともかく、今は初夏だ。

 

毛布の中では熱が篭り、下手をすれば十分な酸素も行き届かなくなる可能性もある。

 

彼は慌てて毛布を捲った。

 

案の定だった。

 

少女は蹲る形でうつ伏せとなり、彼の大腿部にしがみ付いていた。

 

「大丈夫か、貴公?」

 

 よく見れば彼女は全身汗まみれで、小刻みに体を震わせていた。

 

「ハァ…、ファ…、ァ…、ああ…、お兄さん…、お早う…ン…御座います…」

 

 彼女はゆっくりと此方に向き、微笑みながら挨拶を交わす。

 

「汗まみれではないか、それに顔も紅い……!」

 

 なるべく大声にならぬよう配慮しながら、彼女に問い掛ける。

 

「アァ…、大丈…ブ…ですよ…、直ぐぅッ…終わりまスッ…から…ァッ…!」

 

「……ん?終わる…?」

 

 少女の言葉の意味をイマイチ把握し切れず彼は首を傾げたが、彼女は依然小刻みに体を震わせていた。

 

大腿部にしがみ付く少女の腕は更に強くなり、一瞬だけ勢いよく体を仰け反らせたかと思えば、直後にぐったりと平伏してしまった。

 

「――!?しっかりし給え!」

 

 銀髪武闘家を起こさない様に、もう片方の手で掬い上げる様に少女を引き寄せた。

 

「エへへ…おはようです…お兄さん…ハァン……///」

 

 少女の顔はのぼせ上ったかのように紅潮し、呼吸も荒く乱れていた。

 

更によく見れば、彼女のスカートも捲れ上がり下着も何故か、ずり下がり陰部が露出している。

 

全身が汗に濡れ、体温が上昇しているようにも思える。

 

「……熱はない様だが…脱水しているかも知れん」

 

 平時なら劣情催す光景だが、今の彼女は明らかに普通ではない。

 

何時もの彼女は必ずと言っていい程、彼を起こす位に早起きだ。

 

それが今日に限って様子が違った。

 

 

 

……

 

 

 

「――二人共、申し訳ない。私の所為だ…!」

 

 三人は寝台から起き上がり、灰の剣士はフードを被り直しながら頭を深く下げ謝罪する。

 

「へ…ど…どうしてお兄さんが謝るんです!?」

「け…剣士さん、どうしました!?」

 

 二人は彼の態度に困惑するばかりだ。

 

因みに少女の方は直ぐに呼吸も落ち着き、乱れた衣服を直しながら水差しで水分補給を済ませ、原因不明の症状は見る見る間に元に戻った。

 

「どうやら夜中に寝惚けた私は、事もあろうか寝台に潜り組んでしまったらしい。そのお陰で、貴公等に不快な思いを……済まぬッ!」

 

 その時の記憶は定かではないが、考えられる原因はそうとしか思えなかった。

 

少なくとも彼は、そう認識している。

 

「そ…そんな頭を上げて下さい、アタシ達全然怒ってませんから!」

「――そうですよ、お兄さんは全然悪くないんです!」

 

「……しかしだな」

 

(どうやらバレてないみたいですね)

(折角都合よく解釈してるみたいだし、黙っておきましょうか)

 

彼女等はヒソヒソと帳尻を合わせる。

 

「ほ、ほらそんな事より、早く洗面と着替え済ませてしまいましょ!」

 

「そうですね!神官長様には黙っておきますから、お兄さんもこの事は秘密に…です!」

 

「……貴公等がそう言うのなら…その厚意に甘えさせてくれるか」

 

 若干彼女等が慌てふためいていたのが気になるが、出来れば彼も大事にしたくはない。

 

今回は彼女等の提案に乗る事にした。

 

「私は先に洗面を済ませて来る。その間に二人は着替えを終わらせておいてくれ」

 

「は~い!」

「また後で!」

 

 灰の剣士は先に洗面所へと向かう。

 

そしてふとある事に気付いた。

 

――ん?太腿の部分が、やけに湿っているな。

 

履いていたズボンの右大腿部分が不自然に濡れていた。

 

他とは違い、その部分だけシミを形成していたのである。

 

「小水ではない…あの子の汗か、そう言えばかなりの発汗量だったな」

 

 彼女が小水を漏らしてしまったのではないかと危惧したが、無色透明で刺激臭も弱く汗の類だと断定した。

 

多少気にはなったが、直ぐに意識を戻し洗面を済ました。

 

銀髪武闘家も本来の自室に戻り、着替えと洗面を終える。

 

「あ~あ、剣士さんの顔見たかったなぁ。どんな顔してるんだろ?」

 

 あの晩、灰の剣士の顔を拝見しようと思っていたが、運悪くランプの油が切れてしまい目にする事は叶わなかった。

 

――噂では、とんでもなくぶっ細工で、ゴブリンより酷い有様だとか言ってるけど、ホントかなぁ?

 

彼の素顔についてはそこそこに噂が持ち上がっており、ギルドで耳に入る噂は専ら”ゴブリンより醜悪な容姿”だそうだ。

 

「今度頼み込んで見せて貰おっかな!」

 

 着替えを済ませ、彼女は部屋を出る。

 

彼女は今日も、禿頭僧侶からの個人指導が待っていたが、灰の剣士は午後には神殿を発つ事になっていた。

 

因みに不死街から持ち帰っていた『女神の祝福』を寄付し、司祭長に何とか量産できないかを打診してみたのだが、不可能と断定されてしまう。

 

女神に祝福に込められた神霊力は桁違いに強大で、この神殿の全聖職者が一晩中祈りを捧げても、10分の1にも満たない代物を生成するのがやっとだと語った。

 

司祭長は女神の祝福を返そうとしたが、彼は受け取らなかった。

 

せめてもの恩義返しも含まれていたからだ。

 

そして迎える午後――。

 

「お兄さんまたね~!」

「お気を付けて!」

「またギルドで会いましょ!」

 

 見習い神官の少女、禿頭僧侶、銀髪武闘家に見送られ、彼は神殿を後にした。

 

少女の表情がいつも以上に活き活きしていたのは、気のせいだろうか?

 

「ふぅ…なんか慌ただしい日々だった。早速篝火を生成しに行くか」

 

 篝火を熾す為に彼は一路、近隣の森へと向かった。

 

 

 

「さ、今日が最終日です。授業の総仕上げといきますよ」

 

「――あ、先行っててくれます?ちょっとだけ、この子と話したい事があるんで…5分だけ…お願いしますっ…!」

 

「……5分だけですよ」

 

 去り行く灰の剣士の姿が見えなくなり、禿頭僧侶は授業の総仕上げに取り掛かろうとした。

 

だが銀髪武闘家は少しだけ時間を貰い、禿頭僧侶は先に移動する。

 

「…どうしたんです、銀髪のお姉さん?」

 

 見習い神官の少女は、彼女に問う。

 

「貴方は、剣士さんの素顔見た事あるの?」

 

「ありますけど」

 

 灰の剣士の素顔がどうしても気掛かりで、彼と最も親しいと思われる見習い神官の少女に訊ねてみた。

 

「噂ではね、すんごい不細工でゴブリン以下って聞いたんだけど本当かなぁって思って…ね?」

 

「……」

 

”ゴブリンより不細工”そんな言葉を聞いた瞬間、少女の表情はあからさまに怒りを滲ませ歯を喰いしばっていた。

 

「――うわっ!ご…御免なさい!アタシは、噂を聞いて気になっただけだからね、お…怒らないでっ!」

 

 少女の怒りに満ちた顔を目にし、慌てて銀髪武闘家は謝罪を意を示す。

 

少女自身も別段、銀髪武闘家に対して怒っている訳ではない。

 

だが根も葉もない噂で、灰の剣士に対して低評価されているのは不愉快極まりなかった。

 

だが今の態度で、大方の察しは着いた。

 

恐らく、醜悪極まりないというのは、誰かが流布した根拠のない虚言なのだろう。

 

「本人に直接頼んだ方が確実だと思いますよ?多分……」

 

 余り自信はなかったが、少女自身も彼本人に頼み素顔を拝見させて貰った身だ。

 

余程の理由がない限りは、拒まれる事はないだろう。

 

尤も彼本人は余り、ひけらかす性格ではないのだが。

 

「やっぱりそれが一番か。じゃあもう一つ…貴方は剣士さんの事…好き…なんだよね?」

 

「///えっ…!?エッ…!?///」

 

 突然突拍子も無い事を訊かれ、少女は言葉を詰まらせながら頬を紅潮させる。

 

「……うん……好き…好き…大好き……///」

 

 明らかな小声ではあったが、彼女は確かな思慮を口にした。

 

「……そっかぁ……」

 

 それを聞いた銀髪武闘家は、軽く息を吐きながら空を見上げた。

 

「…お姉さん…?」

 

 少女は空を見上げる彼女を見る。

 

彼女の表情は、何とも言えない表情を浮かべていた。

 

「……。…あのね、ものは相談なんだけど……」

 

「?なんです?」

 

 暫し空を見上げた後、彼女は視線を少女の方へと戻した。

 

「アタシも…その……、剣士さんと…もっと、仲良くなっていい?」

 

「……どうして、私に許可を取る様な真似を…?」

 

 まるで少女の許可なしでは、彼と仲良くする資格が無いかのような口振りだ。

 

銀髪武闘家の物言いに、まだ幼い少女は当然困惑する。

 

「だってほら、貴方と剣士さんすっごく仲良いでしょ。だから…貴方を差し置いて仲良くするのはどうなのかなぁって――」

 

 実は彼女、同期戦士が頭目を務めて以来、彼に仄かな好意を寄せていたのだが、彼の傍にはいつも半森人の少女野伏が居た。

 

二人はとても親密な間柄であったのは、銀髪武闘家にも理解出来た。

 

実際二人は相思相愛でもあったが、銀髪武闘家も気持ちを抑え切れず同期戦士と距離を縮めようと奮闘してきた。

 

そして先ず、少女野伏の方に自分の気持ちを打ち明けた。

 

今の少女にしたように。

 

だが返って来た応えは、『NO』だった。

 

”友人以上の関係にはならないで欲しい”と、はっきりと伝えてきたのである。

 

今思えば、あの野伏も何処となく焦っていた様に思えた。

 

そして先日の『ロスリック』での件だ。

 

不死街での戦闘や呪腹の大樹との戦いを通じて、灰の剣士と距離が縮まった様な気がしていた。

 

頭目である同期戦士とは、今も仲良くなりたいという願望は未だ残っている。

 

しかしあの一件以来、灰の剣士の事も異様に気になり始めていたのも正直な気持ちだ。

 

その様な経緯があり、今こうして少女に許可を貰おうとしていたのである。

 

「剣士さんって…いつも一人で、なんかすごく…大変な思いしてるみたいで、出来ればもっと仲良くなって助けてあげたいなって思って…その……ダメ…かなぁ…」

 

 銀髪武闘家は不安気だ。

 

彼女の方が数年は年上なのだが、少女に委縮しているような形だった。

 

実際灰の剣士は特定の一党を組まず、大半は単独行動(ソロ)で依頼を遂行していたのも事実だ。

 

今の自分では足手纏いになるのは分かり切っていたが、何時の日か彼の助けになれる程には成長したいという望みもあったのだ。

 

もしこれで少女に”拒絶”されるようなら、同期戦士や灰の剣士の事はすっぱり諦め、独自の道を歩む積りでいた。

 

「良いですよ」

 

「――えっ、良いの!?」

 

 意外にもあっさりと『OK』のサインが返って来た。

 

「だって。お姉さんは、あの人を助けてあげたいんでしょ?だったらわたしと同じですよ」

 

 実際少女も銀髪武闘家と同じ事を考えていたのである。

 

このまま成長し、神殿専属の神官として信仰に励むにせよ、冒険者として活動するにせよ、灰の剣士を助けたいという想いがあった。

 

「わたしも頑張りますから、お姉さんも頑張って、何時の日かお兄さんと一緒に……ね!?」

 

 少女ははにかみながら応える。

 

――凄いなぁ、この子…。アタシよりずっと年下なのに…。

 

銀髪武闘家は、目の前の少女に言い様の無い可能性を感じ取っていた。

 

「うん、そうだね!アタシももっと、頑張るぞっと――」

「――そう思われるのであれば、そろそろ授業を始めたいので…、五分はとっくに過ぎてますよ?」

 

 意気込む銀髪武闘家の背後から、掛けられる禿頭僧侶の声。

 

特に怒り顔でもなく無表情なのが、逆に怖さを引き立てた。

 

「――あ…あわわわ……」

 

 彼女の顔は引き()る。

 

彼は基本穏やかであったが、授業内容は厳しく怒らせるとかなりの迫力を醸し出すのだ。

 

更に力も強く、あの鉱人戦士をも片手で軽々と担ぎ上げる程だ。

 

「――ま、待って下さい!私が引き留めたのがいけないんです!」

 

 後退る銀髪武闘家の代わりに、少女が代わりに謝った。

 

「……いいでしょう、彼女に免じて許して差し上げましょう。その分、成果を示して貰いますよ」

 

「はぁ~い」

 

 禿頭僧侶は、それ以上咎める事はなく銀髪武闘家を引き連れ神殿内へと戻り、少女も務めを果たす為に礼拝堂へと移動した。

 

神殿は今日も平穏の日々に包まれていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

女神の祝福

 

 ロスリックの王妃が祝福したとされる聖水。

 HPを完全に回復し、全ての異常を癒す。

 彼女は先王オスロエスの妻であり豊穣と恵みの女神にすら例えられたが

 末子オセロットを産んだ後、姿を消したという。

 

 ある国での伝承。

 

 太古の女神によって祝福を受けたとされる遺物。

 女神の名は絶えており、メルヴィアの魔法院では

 その存在自体が否定されている。

 

 いつの世も頑迷な者はいる。

 そうした類が真実を歪めていくのである。

 

 四方世界に於いて、この聖水は信仰の対象にすら値するだろう。

 それ程に強大な神聖を秘め、同様の品を生み出せる者は最早存在しないとさえ言われている。

 

 

 

 

 

 




 今回は、ちょっとした日常回でした。
原作では風呂施設は大都市ぐらいにしか、存在していないみいたいですが、私の作品では比較的普及しています。(街レベルで)

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/

ウェ~イアイィ~~!(・o・)…(スイマセン…)
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