ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 どーもです。
今回も混沌側のお話です。
では投稿致します。


第69話―暗雲の晩餐(混迷深き胎動)―

 

 

 

 

刺股

 

 刺股(さすまた)は、相手の動きを封じ込める武具及び捕具。

 

 U字形の金具に2~3メートルの柄がついており

 金具の部分で相手の首や腕などを壁や地面に押しつけて捕らえる。

 また先端金具の両端には折り返し部分が付いており

 これを対象者の衣服の袖等に絡めて引き倒す際にも利用される。

 

 柄が長いため、ナイフのような小型の刃物や刀などを持った相手と距離をおいて

 安全に対応することができる。

 ただ、構造や機能から飛び道具一般への対応は基本的にできない。

 

 マンキャッチャーとも呼ばれている。

 

 規律を乱す囚人。

 捕らえる事で無力化し、如何様にも扱えるなら、それに越した事はないのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 デエェェ ―― 魔神の居城・玉座の間 ―― ェェェエン

 

 

 

(推奨BGM――悪魔城ドラキュラX~月下の夜想曲~ 『パール舞踏曲』)

 

 

 

雄大にして絢爛――。

 

優美にして畏怖――。

 

形容するなら、そんな言葉が該当するだろうか。

 

王国の北方に位置する巨城――。

 

数多の混沌勢力――。

 

彼等の居場所にして寄る辺でもある。

 

混沌勢の中でも頂点に位置する神の如き存在、魔神王――。

 

そんな魔神王をも束ね統括する存在、魔神皇――。

 

またの名を法王 サリヴァーン。

 

玉座の間に整列し、ひしめき合う混沌の住人達。

 

魔神皇は中央に立ち、戦の勝利を宣言した。

 

 

 

此度の戦、大儀であった。主敵は討たれ、我等、悲願成就に大きく邁進す

 

 

 

魔神皇の宣言に、皆が湧き立ち喝采を上げる。

 

狂喜する者――。

 

静かに祈りを捧げる者――。

 

衝動を抑え込む者――。

 

議論を行う者――。

 

実に千差万別――。

 

広大にして絢爛な玉座の間で、宴が催された。

 

豪華な食事と酒が並べ立てられ、その辺りは混沌勢と言えども人族と何ら変わる事はない。

 

王侯貴族並みの豪華な持て成しに、混沌勢は大いに盛り上がる。

 

玉座の間に収容し切れない者達は、別の場で宴を堪能していた。

 

それは混沌最底辺のゴブリンとて例外ではない。

 

数だけは異様に多い、小鬼達。

 

彼等は庭園にて労われていた。

 

殆ど差別に近い待遇ではあったが、小鬼は大いに歓喜していた。

 

滅多にありつけない、豪華な食事。

 

好きに敵を粉砕し、美味いモノを喰い、美味い酒に酔う。

 

これ程、楽しい瞬間はないだろう。

 

そこには魔神軍に所属する、全ての小鬼達が集っていた。

 

当然、ダークゴブリン率いる集団も――。

 

彼等も同様、食事を味わい酒に酔い、勝利の余韻に浸っていた。

 

その他大勢の小鬼集団とは違い、ダークゴブリン集団はフォークやナイフと言った食器を巧みに使い食事を口に運んでいる。

 

腹が満たされ小鬼達は更なる欲を求め始める。

 

―― 女 ――

 

際限なき欲を渇望するのが小鬼という種族。

 

次に満たすは性欲だ。

 

直ぐ其処に極上の女達が居る。

 

扇情的な服装に、妖艶な肢体と美貌を持つ女達。

 

魔神の女共だ。

 

約十名程が居る。

 

しかし小鬼達は手を出す事が出来ない。

 

ただでさえ小鬼よりも遥かに高位の存在である魔神に加え、ダークゴブリンという存在。

 

彼女達は例の黒き同胞、ダークゴブリンと側近の伴侶で手を出す事は自殺行為に等しい。

 

小鬼達は情欲と恐怖の入り混じった視線で彼女達を凝視するも、鬱屈した衝動を抑え込んでいる。

 

「あらあら、随分溜め込んでいるようね連中」

 

 ダークゴブリンの伴侶であり元魔神将でもある、上夢魔が彼等に視線を向け語り掛ける。

 

「頃合いだな、準備は整えてある」

 

 上夢魔の肩を抱いていたダークゴブリンは、ほくそ笑む。

 

そして彼女を離し、情欲に駆られている小鬼の群れの前へと歩み出た。

 

「――GRUOOB!!」

(聞け、迷える同胞達よっ!)

 

小鬼の言語で高らかに叫ぶ。

 

彼は()を用意していたのだ。

 

そして小鬼達に振舞おうという旨を伝える。

 

その言葉を聞いた小鬼達は、当然の事ながら喝采を上げ沸いた。

 

ダークゴブリンは真言魔法『火矢』を上空に放ち、それを合図とした。

 

その合図に呼応し、姿を見せた車輪付きの巨大な檻。

 

それを格闘ホブが曳き、庭園に現れる。

 

檻の中には、複数の女が捕らえられていた。

 

約30人ほど居る。

 

多少薄汚れてはいるが、全てが若い女ばかりだ。

 

それを目の当たりにした小鬼達は、息を呑み目をギラつかせる。

 

「――Guoo!!」

(良いかぁッ!黒野郎が、憐れなお前等を思いやって女共を用意してくれたぞっ!存分に味わえ!だが殺すなッ!ルールを破った野郎は、うちの囚人と同様に扱う、良いなッ!!)

 

ぶっきらぼうながらも格闘ホブの説明が飛び、鉄格子が開かれる。

 

だが、意外にも女の方から檻を飛び出し、小鬼達へと迫った。

 

その様子には、欲深い小鬼達も多少困惑する。

 

普段なら捉えた女共は、皆が例外なく怯えるか敵意を向けるのが常だ。

 

しかしこの女達は自ら積極的に、小鬼へと歩み寄っていたのである。

 

もし知性の高い個体種が居れば気付くだろう。

 

彼女達は皆が一様に恍惚とした表情を浮かべ、吐息を荒く乱れさせていた。

 

それだけではなく、薄布を纏っただけの衣服から浮き出る、胸の先端部。

 

更に股間部から流れ出る、滑りを帯びた体液。

 

情欲に支配されているのは小鬼か、はたまた女共か。

 

困惑する小鬼達だが、(たぎ)った情欲を抑える気など毛頭なく、皆が女共に殺到した。

 

そして繰り広げられる、淫靡な紡ぎ合い。

 

その様を見やるダークゴブリンと夢魔達。

 

「如何かしら、私達の()()は?」

 

「成程、お前達の十八番という訳だ」

 

 上夢魔はダークゴブリンに語り掛ける。

 

彼女達が本来所属していたのは、女系の魔神軍だ。

 

夢魔達の土俵は、一部の例外を除き直接戦闘ではなく、相手を惑わす精神干渉にある。

 

ダークゴブリンが捕らえた女共に、夢魔達が催眠や魅了の術を施し女達を発情状態にさせたのである。

 

しかも小鬼に対し過剰に発情する様に仕向けてある。

 

現に眼下で繰り広げられているのは、女が積極的に小鬼に跨り踊り狂う姿だった。

 

「こうやって懐柔していくのね、本当に異端だわ…アンタ」

 

「ククク、照れるではないか」

 

「フフフ可愛いとこありますね、我が君にして夫」

 

 上夢魔だけでなく中夢魔たちも妖艶に笑みを浮かべながら、ダークゴブリンに寄り添った。

 

淫靡な様相が繰り広げられ、幾許かの時間が流れる。

 

宴を愉しむダークゴブリンの元へ、一人の人族が訪れた。

 

「大主教様がお呼びです、特別恩賞の件にて――」

 

 その人族は、魔神皇配下の主教だった。

 

「そうか、直ぐに向かおう」

 

 ダークゴブリンは応え、席を立ち上がる。

 

「アタシらも同行してあげる。一応狙われているしね、アタシらの夫殿は」

 

「ふ…、それは頼もしい」

 

 上夢魔達も同行する事となり、側近の長弓ゴブリンも伴いダークゴブリンは移動を開始した。

 

 

 

主教に引き連れられ、廊下を歩くダークゴブリン一行。

 

時刻は夜だったが、晴れ間から差し込む二つの月光。

 

月光に照らされ白石造りの廊下は、昼間とは違う演出を醸し出す。

 

混沌勢の住処ながら、美しくも妖しい輝きに満ちていた。

 

そんな廊下で、不意に上夢魔が口を開く。

 

”何故、ソウルを返還してくれたのか?”と。

 

振り向きもせず、ダークゴブリンは語った。

 

”来れば分かる”と。

 

居城に設けられた、とある区間――。

 

主教に案内され、其処には大主教が待機していた。

 

「来られましたな、ダークゴブリン殿」

 

 訪れた一行に大主教は深くお辞儀で迎える。

 

「……御仁も中々に粋な計らいをする」

 

 ダークゴブリンは区画の奥を見やった。

 

視線の先には、翼が生え蜥蜴に似た生物『翼竜(ワイバーン)』が数頭、佇んでいた。

 

万が一暴れ出さない様、柵で囲いある程度、拘束状態ではある。

 

「此度の戦、そなた等の武働き。我が主は高く評価しております」

 

 大主教は告げる。

 

「いよいよ我等にも、()()()()が――」

 

 側近の一人である長弓ゴブリンも、翼竜に目を奪われていた。

 

今回彼等に贈られる特別恩賞――。

 

それがこの翼竜たちだ。

 

下級ながら竜の眷属でもある翼竜。

 

既存の龍に比べれば、小柄で膂力も戦闘力も遥かに劣る。

 

しかし発達した翼で、自由に空を飛び回り火を吐く事も可能な種族だ。

 

また知性が低い事から、飼い慣らす事で有用な存在と化す。

 

「調教は済んでいるのか?」

 

 ダークゴブリンが調教の度合いを訪ねた。

 

幾ら知性が低いとは言え、獰猛な性格の翼竜だ。

 

所構わず暴れ回られては堪ったものではない。

 

完全とはいかずとも、ある程度は此方側に恭順して貰わねば意味がない。

 

「ご心配なく」

 

 大主教は”問題ない”とだけ告げた。

 

「輸血が作用し、獣性を抑え込みつつも知性と理性の拡大に成功しております」

 

 彼は言葉を付け加え、本来獰猛な翼竜に特殊な血液を注入したとの事。

 

「ロスリックの血の営みだったか?――素性の知れん男が一人、我が住処に来訪してきおったわ」

 

 ダークゴブリンは過去について語った。

 

茶系のローブを纏った男が、篝火を経由して彼等の住処へと単身、侵入したのである。

 

警戒し身構えるゴブリンなど歯牙にも掛けず、男は取引を持ち掛けた。

 

男は医療に携わり、被検体を欲していた。

 

そこで小鬼に焦点を向け、彼等を求めたのである。

 

これが他の小鬼集団なら直ぐにでも応じただろう。

 

しかし同族意識の強いダークゴブリン集団にとっては、到底容認出来るものではなかった。

 

だが男の提示した報酬は、魅力的でもあった。

 

医療に携わる身だ。

 

男の持つ医学の知識や技術に加え、薬草学や調合に関した造詣も深く、此方側にとっても非常に有益であった。

 

力尽くで捻じ伏せるという選択肢は真っ先に除外された。

 

男の持つソウルは非常に強大で下手に諍いを起こせば、此方も無傷では済まない事は分かり切っていた。

 

思案の末、妥協案としてダークゴブリンは、懲罰区の囚人小鬼を提供する事で合意する。

 

囚人小鬼は此方の規律を乱しながらも、不平不満を抱く()()()()()()()連中だ。

 

ここ最近になり、人数が増え収容数に限界が生じていた。

 

男が引き取ってくれるなら、持て余していた囚人の口減らしとなり、貴重な知識と技術が手に入る。

 

若干不満気なローブの男ではあったが、取引はそれで成立した。

 

男はそれ等の技術を『ロスリックの血の営み』と言っていたのを覚えている。

 

此処に居る翼竜も、あの男が関係しているのは間違いないだろう。

 

「彼の者も、方々に奔走し駆け回っております。どうやら獣の魔神王と関係が深い模様――」

 

「獣の魔神王……先日の戦で見掛けましたな」

 

 大主教の言葉に長弓ゴブリンは、先日行われたあの合戦を思い返していた。

 

複数の深淵の監視者相手に、奮戦していたのを覚えていた。

 

「あの魔神王…、奇跡を使用していたみたいだけど信仰に携わっていたのかしら?」

 

 ダークゴブリンに同行していた女の魔神将『上夢魔』が、獣の魔神王について尋ねた。

 

「……獣の魔神王…元は人で、聖職者であったと聞いています。……ですが、愚僧とは余り関りが希薄で、詳細は提示致しかねませぬ」

 

 大主教は、必要最小限の情報だけ開示した。

 

尤も彼の言葉通り、獣の魔神王とは関りが薄く、それほど深い知識と情報は有していなかった。

 

「……何事にも、踏み込んではならぬ領域というものが存在する。何も好き好んで、あの獣共と関わりを持とうとは思わぬよ。我々は、空中兵力さえ手に入れば良い。その為に此度の戦に参戦したのだからな」

 

 獣の魔神軍とダークゴブリンには、接点らしき接点など皆無に近い。

 

下手に関われば、此方の寝首を搔かれる可能性すら存在する。

 

混沌の勢力とは、そういう存在だ。

 

否――。

 

秩序側にさえ、そう言った事例は幾つも存在する。

 

ダークゴブリンは、獣の魔神軍について考察するのを止めた。

 

「成程、これで合点がいったわ。私達にソウルを返還したのは、飛行能力が関係していた訳ね」

 

「その通り」

 

 大半のソウルを奪われ、虜囚となった夢魔達。

 

しかし、或る日を境にダークゴブリンは彼女達にソウルを返還したのであった。

 

ソウルを返還するという事は、当然彼女達に本来の力が戻るという事だ。

 

仮にも、上級に位置する魔神達だ。

 

蔑んでいた小鬼如きに屈していた、彼女達の屈辱は如何ばかりか計り知れない。

 

だが怒りよりも疑念が勝っていた。

 

彼女達は、何故その様な奇行に走ったのかを訊く。

 

だがダークゴブリンから帰って来た答えは、非常にに拍子抜けするものだった。

 

彼は単純に飛行能力の獲得を期待していたのである。

 

翼を持つ彼女等のソウルを奪う事で、飛行能力が獲得出来るのではないかと踏んでいたのだ。

 

ダークゴブリンは今日まで他者のソウルを奪い、その対象の能力や特徴を受け継いできたのである。

 

そこで夢魔達の有す飛行能力目を付け、彼女等のソウルを奪った。

 

しかし結果は現状の有様――。

 

飛行能力の獲得には至らず、得た能力と言えば、女に対する知識が深まっただけであった。

 

ソウルが変換され本来の能力を取り戻した夢魔達。

 

此処で反撃に移り、隙を見て魔神軍に戻る事が筋というもの。

 

だが戻った処で魔神将の地位は、別の誰かが引き継いでいるだろう。

 

加えて自分達を快く思わない派閥から、要らぬ責め苦を受ける事など目に見えていた。

 

実は彼女等も、女系の魔神軍の中では異端視される程の特殊な存在だった。

 

女系の魔神軍の中に在って、取り分け温情派とも言えた彼女達。

 

正直敵が多かった。

 

血気に逸り反撃を試みようとする部下達を抑え、上夢魔は取引を持ち掛けた。

 

部下に一定の自由を保障し開放する代わりに、自分達は引き続きダークゴブリン側に着く。

 

そういう提案だった。

 

多少の騒動はあったが、半数の部下達は彼女の案に乗りダークゴブリン側へ残留し、残りの女魔達は放逐された。

 

放逐された女魔が、その後どうなったかは定かではない。

 

そのまま魔神軍へと帰属したのか、自由奔放に世界を駆け巡ったのかは関心を持つ者は居なかった。

 

「まぁいいわ。これでアンタの望みは叶った訳でもあるし」

 

 意識を現実へと引き戻し、上夢魔は退屈そうに翼竜に目を向けるだけだった。

 

 

 

 

 

二つの異なる月光が、下界を照らす。

 

異界さえ漂わせる月光は、陽光には無い妖しくも神秘的な魅力を持つ。

 

灯りなど必要とせず、玉座の間の裏庭にて二つの影があった。

 

一つは、この城主でもあり魔神軍を束ねる、魔神皇。

 

もう一つは、漆黒の鎧を纏い大剣を越す特大剣を携えた一人の騎士らしき人物。

 

汝の助力にも感謝している。我が悲願にも、余勢が付こう

 

 魔神皇は、漆黒の騎士に語り掛ける。

 

「なに、カーサスの地下墓に侵入し、あの遺杯を持ち帰っただけの事、我にとっては造作もない」

 

 ファランの不死隊を壊滅せしめたあの杯――。

 

元は滅び去った砂の国カーサスの王『覇王ウォルニール』が祀られていた地、通称『カーサスの地下墓』に安置されていた。

 

その墓へと、漆黒の騎士が数名の部下を引き連れ、墓へと侵入――。

 

速やかに目標だけを達成し脱出した。

 

不穏なソウルの侵入に気付き、深淵の監視者が現場へと駆け付けたが既に杯は持ち出された後だった。

 

「我が態々此処に赴いたのは知っておろう?まさかあの補給物資だけで、手を打つなどとは言うまいな?」

 

 漆黒の騎士が動いたお陰で、ファランの不死隊は壊滅し、長きに渡る膠着状態を打破出来たのは間違いない。

 

報酬として、彼の組織にも膨大な物資が進呈された。

 

しかし、それはあくまで契約上での見返りで、魔神皇と彼個人との密約とは別件であった。

 

承知している、望みを申せ

 

「そう難しい要求ではない。王都の制圧及び統治権は我等に任せて貰いたいだけだ」

 

 漆黒の騎士は、魔神皇にそう要求した。

 

主敵であるファランの不死隊を討ち、次はいよいよ人族との戦いが待っている。

 

先ず手始めに、王国を陥落させ支配下へ置く。

 

王国の首都は、否が応にも制圧しなければならない。

 

その王都を制圧し駐留する際は、彼の組織が担う事を要求しているのだ。

 

良かろう、王都の統治権は汝らに譲渡する

 

 魔神皇は、彼の要求を呑んだ。

 

元より王都などに、何の執着も無い。

 

魔神皇にとっては、精々一拠点としての価値でしかなかったのだ。

 

「取引成立だな」

 

 漆黒の騎士は、兜の奥で満足そうな笑みを浮かべ、傍に置いてあったグラスを手に取る。

 

そのグラスはワインで満たされ、一気に呷った。

 

「好い味だ。充分に熟成され、且つ不死である我等でも酔える」

 

 一頻り味を堪能し、余韻に浸る漆黒の騎士。

 

そのワインは特殊な製法で生み出され、ダークリングの発症した不死人でも酔う事が出来る特別製だった。

 

死と深みを信奉する汝にしては、『生』の名残が残留しておる

 

「我等ロンドールとて娯楽は必須。『人』という本質は何ら変わらぬ故に」

 

 魔神皇の皮肉にも軽く受け流し、漆黒の騎士はその場から消え去った。

 

月明かりの下、一人佇む魔神皇。

 

闇の王……残念だが、永遠など存在せぬ

 

 裏庭で静かに呟くのだった。

 

二つの月光は魔神皇に降り注ぐ。

 

その光景は嘗ての故郷、冷たい谷のイルシールを思い起こさせた。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

夜は暗い――。

 

この世界で生きる誰もが知っている。

 

しかし今宵に限り、眩しいばかりの月光が地上に降り注いでいた。

 

俗にいう、『スーパームーン』と呼ばれる現象である。

 

尤も大半の住人は、その様な天体現象など知る由もないのだが。

 

昼間とはいかずとも、灯りすら必要としない程に夜が明るい。

 

そこは特殊な地で、陽光は殆ど遮断するが月光は不思議と受け入れる場所でもあった。

 

その地は荒廃に荒廃を重ね、毒性を帯びた沼に侵食され沼から立ち込める瘴気が辺りに充満していた。

 

当然、真っ当な生命体が生息出来る筈も無く、人間らしき体から異様に巨大化した黒い手足が生えている異形が徘徊していた。

 

だが、嘗ては栄華を極めていたのだろう。

 

上質の石材が使われたであろう建築物が朽ちながらも、その名残を物語っていた。

 

嘗ては庭園だった。

 

周囲は城壁に囲まれ、見上げれば巨大な城が天に向かって(そび)え立つ。

 

その証拠に重甲冑を纏った上級騎士も、毒沼に侵食された地を巡回していた。

 

尤も極最近になり、人の手が加えられたのだろうか。

 

毒沼の至る所に土やレンガが積み上げられ、即席の道が生み出されていた。

 

明らかに異常極まる地ではあったが、其処に一人の人物が即席の道を悠然と歩いていた。

 

此処は死と呪い、そして故郷が流れ着く場所。

 

ロスリック。

 

そして、この地はこう呼ばれている。

 

 

 

デエェェ ―― 妖王の庭 ―― ェェェエン

 

 

 

充満する瘴気、泡立ち不気味に蠢く毒の沼。

 

王族が憩い癒したであろう、煌びやかであった見るも無残な庭園。

 

異形が徘徊する中、その人物の足取りは確かなもので、不死とはいえ生気に満ち溢れていた。

 

荒れ果てた庭園の奥へと進み、地下へと続く広場に辿り着いた。

 

門が閉じられ、両脇には重甲冑を纏った重厚な騎士が護衛に就いている。

 

近付く人物を視界に捕らえた瞬間、即座に武器を構え警戒態勢に移る。

 

「――私だ。主へ報告に参った」

 

 短くそう告げるや否や、重騎士達は構えを解き門を開ける。

 

「ご苦労」

 

 若い男の声だった。

 

訪れた人物は、茶系のローブを身に纏いフードを深めに被り素顔は伺えない。

 

重騎士達は無言で深く一礼を以て、彼を迎え入れた。

 

ローブの男は、階段を下り奥へと進む。

 

そして門の奥には、またもや奇妙な空間が広がっていた。

 

冷たさを思わせる石室に、白い繭と青白く透き通った結晶に覆われた空間だった。

 

奇妙な部屋の奥に佇む、奇妙な人型らしき存在。

 

ローブの男は悠然と前へと歩み、奇妙な存在へと跪き頭を垂れる。

 

「一定の成果が上がりました故、ご報告に参りました我が主」

 

 頭を垂れながらも、ソウルの業で手から書類と薬品を出現させる。

 

「貴公の主は、あの魔神王ではなかったかな?」

 

 奇妙な存在は、些かの軽口でそれを受け取る。

 

「お戯れを。私にとって真なる主は、魔神皇でも獣の魔神王でもなく、貴方様を置いて他には御座いませぬ」

 

 男も難なく受け流し、眼前の奇妙な存在こそが『主』であると主張した。

 

「……。ふむ…どうやら頭打ちへと差し掛かったか」

 

「…はい」

 

 受け取った書類と薬品入りの小瓶を交互に眺め、奇妙な存在は思案を巡らせる。

 

「ロスリックの血の営み。獣性の発露を主眼に置いた研究に従事して来ましたが、矢張り限界が訪れました」

 

「……思ったよりも早かったな」

 

 ローブの男は医療や薬物に関した造士が深く、ロスリックの血の営みに長年携わってきた。

 

時代が変わり、突如としてこの四方世界へと転移したロスリック。

 

世界が移り変わろうとも男は研究を続け、新たな被検体を見出した。

 

「今日までゴブリンを使い実験に実験を重ねてきましたが、制御に難が生じ薬品の効果にも大きく差異が生じております」

 

 ゴブリンを被検体に『血』を主成分とした薬を打ち込み、獣化した個体『小鬼獣(ゴブリンビースト)』を用いて冒険者に(けしか)けた事もあった。

 

確かに脅威的な学習能力に、瞬発力と耐久性を得るに至った。

 

だが総じて、凶暴性や攻撃性を激化させ、代償に理性や判断力を喪失するという結果となった。

 

結局勝利を収めた処で、凶暴性は維持され標的が居なくなった途端、生みの親である彼にさえ襲い掛かる事態も発生した。

 

放置する訳にもいかず、止む無く自身の手で始末する羽目となり、研究の進展は難航する事となる。

 

また小鬼は様々な派生種が存在し、薬品の効果による個体差が極端に大きく、制御の難易度に拍車を掛けていた事も起因していた。

 

「――して、次なる指針は?」

 

 奇妙な存在は疑念を呈す。

 

「既に……」

 

 予め構想は練り上げられていたのだろう。

 

男は次なるプランを提示した。

 

現時点の薬品――。

 

取り込んだ対象に類まれなる膂力と獣性を呼び覚ますが、理性がほぼ崩壊してしまう。

 

だが、それを抑え込み制御する目途は立っていた。

 

聖職者である。

 

純然たる信仰心と理性に富む者達。

 

彼等が秘める聖性と精神は、獣の衝動を抑え込み理性を保つ事が判明していた。

 

その精神性が強ければ強い程、獣性は抑え込まれ理性を保つ事が出来る。

 

しかし、抑え込まれた獣性は、その行き場を失い荒れ狂う。

 

もし何らかの拍子で獣性が解放されれば、より強力な獣化を及ぼす事にもなるのだが。

 

それは既に前例がある。

 

「獣の魔神王……彼女が、それを証明し我が研究の新たな開拓を切り開いてくれました」

 

 男は語った。

 

獣の魔神王の事を――。

 

「ふっふっふ…貴公も業深き輩よ。嘗ての同志にも躊躇なく、血を施すとはな」

 

「我が主も御人が悪い。元は貴方様の原案ですぞ」

 

 獣の魔神王、元は女性であり聖職者でもあったらしい。

 

ローブの男と獣の魔神王に、何らかの関係はあったようだ。

 

どの様な経緯があったかは定かではないが、この研究も元は眼前の()()()()()が発案したとの事。

 

「研究の完成は、未だ遠くに御座います。次は聖職者の血を確保に、動かねばなりません」

 

 男はスッと立ち上がり、次なる目標に動き出す。

 

「うむ、貴公の働き、大いに期待する。我が悲願を達成し、上位への存在へと到達せんが為に――!」

 

 奇妙な存在は、水晶だらけの天井を仰ぎ見る。

 

しかしその眼は、天井ではなくその先を見越していた。

 

「宇宙は空に在り、この不完全な身体をより完全なものへと昇華させ、真なる竜へと至らん!」

 

 奇妙な存在の身体は、背に翼を生やし、頭部には角が生え顔は爬虫類に酷似していた。

 

そして手足の骨格は辛うじて人のソレではあったが、何処かが歪であった。

 

更に尾を生やし肌の色は青白く、その出で立ちは歪な竜を彷彿とさせた。

 

だが彼も元は人であったのだろう。

 

歪んだ顔には口髭らしきものが残留し、彼の過去を物語っていた。

 

「嘗て存在した完全なる古龍…彼等こそが永遠なる存在にして真の上位者ぞ。この四方世界を管理するは『黒い鳥』に非ず…真なる上位者『古龍』のみ!(まこと)の鱗を持ちし彼等こそが永遠を司るのだ。彼の者達が滅んだ今、それを成すのは、この私を置いて他には存在せぬ!故に、貴公の更なる成果…期待しておる!」

 

「……お任せを、必ずや――」

 

 奇妙な存在は翼を広げ、雄叫びを上げんばかりに声を張り上げる。

 

対照的に男は静かに応え、水晶だらけの部屋を後にした。

 

「永遠の存在となるには完全な竜の鱗が必要だ。その鱗を得るには今の身体では不完全に過ぎる。あの法王が信奉する黒い鳥が語る、終局など齎せはせぬ。鱗を待たぬ偉大な竜の研究…完成の時は近い。私はロンドールとは違う道を歩み、この世界に永遠を齎して見せよう。――のう…我が息子よ――」

 

 一人部屋に残り奇妙な存在は、部屋の奥へと足を運ぶ。

 

ジャラ、ジャラ。

 

金属の擦れる音が、透き通る様に部屋に響き渡った。

 

「GULUUUU……」

 

 それは鎖が擦れる音だった。

 

鎖の先には拘束具が備え付けられ、手首と足首を拘束され亡者の如き呻き声を上げる、一人の騎士らしき人物。

 

奇妙な存在の視線は、鎖で拘束された騎士らしき人物に向けられている。

 

「GUOAAA!GRAAAA!!」

 

 騎士らしき人物は、唸り声をあげ力尽くで拘束を引き千切ろうと藻掻く。

 

これが通常の鎖なら呆気なく引き千切るだろう程の膂力だ。

 

しかしこの鎖は上質の金属製に加え魔力の籠もった結晶で靱性も硬度も強化され、幾ら暴れ回ろうとも効果が無かった。

 

「安心いたせ、お前も我が愛しい息子ぞ。秘めた潜在能力、そう易々とは捨て置けぬ。共に大儀を成就しようぞ!!」

 

「――ッ!!GRUUOOO!!ROO…sU…RYYc…!!」

 

 奇妙な存在は天を仰ぎ、繋がれている騎士に語り掛ける。

 

どうやら騎士らしき人物は彼の息子であるという。

 

一見亡者の様に唸り身を捩るが、僅かに感情らしき反応を見せた。

 

悦に浸る奇妙な存在。

 

雄叫びを上げる、拘束された騎士。

 

二つの異なる月光の下、不穏な動きが始動しつつあった。

 

 

 

「もはや我等に救いなど存在せぬ…。あるのは唯々突き進む事のみ。それが唯一の救いにして(よすが)なのだよ、憐れな王よ……」

 

 部屋を出たローブの男は、奇妙な存在が居たであろう方角に目をやり、憐憫の眼差しを向け『帰還の骨片』を使用し姿を消した。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 

デエェェ ―― 魔神の居城・礼拝堂 ―― ェェェエン

 

 

 

(推奨BGM――悪魔城ドラキュラX~月下の夜想曲~ 『神々たちのレクイエム』)

 

 

 

再び場所を戻し、舞台は魔神軍の居城。

 

その一区画に在る、祈りを捧げ自身の神を敬う場…礼拝堂。

 

 

 

「密かなる清潔に、血の乾きだけが我らを満たし、また我らを沈める。清潔を得よ。だが人々は注意せよ。君たちは弱く、また幼い。冒涜の獣は蜜を囁き、深みから誘うだろう。だから人々は注意せよ。君たちは弱く、また幼い。恐れをなくせば、誰一人君を嘆くことはない。清潔を得よ。祝福は望み、よく祈るのなら、拝領を与えられん。拝領を与えられん」

 

 ステンドグラスから差し込む月光が空間を満たし、清く美しい女の声が祈りとなって礼拝堂に響き渡る。

 

声の主。

 

若い女だった。

 

所々が縮れ痛んだ薄目の金髪を垂らし、身には血の付着した白い法衣を纏っている。

 

そして目は眼帯で覆われ、素顔は窺い知れない。

 

月明かりの中、彼女は一心不乱に言葉を紡ぎ祈りを捧げている。

 

手には、黄金に輝くペンダントが握られていた。

 

「此処に居ましたか」

 

 突如として礼拝堂に姿を見せたのは、茶系のローブを纏った若い男だった。

 

男は声を掛けるも、女に反応はなく祈りを続ける。

 

「……つれないお方ですなぁ、さぞや苦しんでいる貴女様に差し上げようと、態々――」

 

 そんな態度に男は御構い無しに近付き、ある物を手渡そうとする。

 

その刹那、女は激しくその手を払い除けた。

 

「……何人の、罪無き人々を犠牲にしてきたのです!?」

 

 眼帯に覆われた瞳は、その布越しに男を睨み付けた。

 

「お言葉を返すようですが、罪無き人などこの世に存在致しませぬ。有象無象の輩、私も含めて貴女様も、この世は等しく罪人で育まれているのですよ」

 

 払い除けられ床に転がった物を拾い上げ、男は女の傍にそれを置いた。

 

「ですが、貴方様の犠牲は決して無意味ではありません。次なる領域へと突き進み、何れは貴女様も解放されるでしょう。前に突き進む…それが唯一無二の救いなのですから」

 

 そう告げた男は再び姿を消し、女の傍には紅い色の液体に満たされた入れ物が残されていた。

 

女はそれを手に取り、悲しみを称えた目で一人呟く。

 

「……御免なさい、罪なき聖職者達よ。貴方達の血とソウル…大事に使わせて頂きます……」

 

 彼女はそれを大腿部へと押し当て、力強く押し込んだ。

 

「――ン…アァ…!」

 

 その入れ物の先端は、鋭い針が仕込まれた特殊な構造をしていた。

 

押し込む事で仕掛けが作動し、注射針が飛び出す事で中身の液体が体内へと浸透する仕組みだ。

 

針を伝い、血を主成分とした液体が体内に流れ込む。

 

女は僅かな呻き声を上げ、液体の流れ込む瞬間に身を委ねた。

 

人の犠牲の上に成り立つ一時の快楽。

 

不謹慎ではあったが、女はこの感覚が好きだった。

 

液体に沁み込むソウルで、誰が犠牲になったのかは把握できる。

 

自分よりも若い少女の血だ。

 

純粋で心の優しい娘だったのだろう。

 

真に人々の幸福を願う、極めて稀な見習いの聖職者だ。

 

そんな彼女の血とソウルが自身の体内に浸透し、荒れ狂う獣を抑え鎮める。

 

その瞬間、身体が軽くなった。

 

呼吸も楽になり、混濁していた意識も非常に鮮明となる。

 

「幼き純粋な子が犠牲となってゆく…何と無力なのだろう、(わたくし)は。……祈る事しか出来ません、今の(わたくし)には」

 

 彼女は再び跪き、祈りを捧げる。

 

そこに意味は無くとも――。

 

何も変わらずとも――。

 

嘗て、聖堂の一区画を任されていた程の彼女。

 

しかし、今は内に獣を飼う魔神王。

 

同時に無力な女。

 

彼女は祈り続ける。

 

時代が変わろうとも。

 

世界()が変わろうとも。

 

それしか出来ないのだから。

 

 

 

 

 

そして混沌勢の宴は、幕を降ろす。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

翼竜

 

 ワイバーンとも呼ばれる、小型の飛竜族種。

 

 攻撃性が強く獰猛で、雑食性だが肉を好んで食す。

 両脇に2枚の翼を持ち、飛行を得意としつつも火炎をや火球を吐くブレス攻撃も行う。

 

 竜族としては下級で知性も低い為、人に飼い慣らされ戦力と化す事も多々あるという。

 

 下級であるが故に、真っ当な竜族は彼等と同族扱いされる事を、非常に嫌うとの事。

 

 

 

 

 

 




 魔神の居城は、ダクソ風というよりは、悪魔城ドラキュラX・月下の夜想曲をイメージしています。
如何だったでしょうか。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
誤字脱字の指摘、評価、感想、お気に入り登録、本当に感謝しています。 m(_ _)m
これからも宜しくお願い致します。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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