漸く暖かくなってきましたが、今度は花粉が……。
くしゃみ、鼻詰まりにと、きついです……。
透過(トランスペアレント)
『エゴ《自己》…、セメル《一時》…、レスティンギトゥル《消去》』
術者は透明となり、相手側から視認できなくなる真言魔法。
ただし、視覚を必要としない生き物には効果がない。
ときに隠密を貴ぶ、刺客や諜報員がこの呪文を重用する傾向が強い。
故に、この呪文を悪用する心無き者が後を絶たないのは悲しい現実といえよう。
願わくば、正しきに行使されん事を――。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―― 水の都・法の神殿 ――
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 鼓動)
心地良い陽光が降り注ぐ、見晴らしの良い庭園。
法と秩序の至高神を祀る神殿の責任者にして大司教、剣の乙女。
彼女の下に、数名の男が来訪していた。
バケツに似た兜に太陽を彩った鎧の騎士、アストラのソラール。
三角帽子の様な鉄兜に、古びた革鎧と蒼いマントを羽織った不死の騎士、深淵の監視者。
上質の騎士鎧を纏った、ロスリック拠点街を管理する正規騎士。
そして王侯貴族が纏う上等な衣服に身を包んだ、身分の高い貴族の若者にして王国を治める
「驚きですわ、陛下自らこうして御来訪なさるとは」
「気になる報を入手してな、こうして立ち寄っ次第だ」
剣の乙女と国王は古くから交流があり、良き友人同士でもあった。
ロスリック拠点街にて発生した
4柱の魔神王が、同時に降臨。
それを束ねる、魔神皇の存在。
それ等は、魔神軍を編成し暗躍している事。
魔神軍は数年前から存在していたが、今の今迄平穏でいられたのは、ファランの不死隊なる武装集団が人知れず抵抗していた事。
しかし数日前、魔神皇の策によりファランの不死隊が壊滅したという事実。
主敵が居ない今、次は王国に狙いを定めているという事。
「”信じろ”と仰いますか?」
一通りの報を耳にしたが、剣の乙女には些か疑念を抱いていた様だ。
「それ程に大きな戦が行われていたのなら、何らかの形で此方にも察知出来た筈」
「それは貴女個人の見解。信じるも信じぬも自由だが、事実は変わらん。主な合戦は、王都より遠く離れた北方の荒野が殆どだった。気付かぬのも無理はない」
剣の乙女は見解を述べるが、其処へ深淵の監視者が意見を挟んだ。
魔神軍とファランの不死隊が激突していた戦場は、大半が人里離れた北方の荒野であった。
荒れた土地が多く、未だ人の手が行き届いていない未開地でもあった。
激しい合戦は北方辺境よりも更に北で行われ、人の目に付く事は無かった。
その地は、未だ文明の及ばぬ地域でもあり、未知なる領域が数多く存在する。
云わば
この国の大陸は広大なのだ。
稀に獣人や鳥人が合戦を目撃し情報を齎していたが、信じる者は皆無で直ぐに
「数年前から魔神軍が存在していたと仰っていましたが、正確な時期はお判りでしょうか?」
剣の乙女は、魔神軍が存在し始めた時期をより深く訊いてみる事にした。
「約6年前…我々が『死の迷宮』に挑んでいた時期だ」
彼女の問いに答えたのは、国王だった。
「死の迷宮……あの頃から既に?」
彼女は思い返す。
嘗て、彼女等が死の迷宮と呼ばれる地下遺跡に挑み、死と闇を振りまいた存在『魔神王』を討ち果たした過去を――。
その当時は人類も総力を結集し、当時の混沌勢力に対抗していた。
だがその裏で他の魔神王及び魔神皇は存在し、秘かに活動を始めていたのである。
もしも魔神軍が、当時の魔神王に呼応し動きを合わせていれば王国は瞬く間に壊滅し、人族の時代は終焉を迎えていたであろう。
しかし、それでも今日に至るまで比較的平穏でいられたのも、偏にファランの不死隊が抵抗を続けていたお陰である。
「私はロスリックの小鬼過を封じる為に、大勢の冒険者の協力の下、これを阻止出来ました。そして捕縛した首謀者からの情報によれば、魔神皇なる存在はロスリックの住人である事が判明いたしております」
「あのロスリックの……!?」
正規騎士は、過去に発生した
彼の率いる調査隊は、多くの冒険者の協力を得て小鬼過を防ぐ事が出来た。
「我々は、これよりそのロスリックに向かう処だ」
国王は視察の為にロスリックを探索する積りであった。
無論、深入りする気はなく先導役は、深淵の監視者が担う事になっていた。
ロスリックは西方の彼方に位置している。
一応ではあるが西方である以上、この案件は水の都の管轄であった。
故に国王は得た情報を共有しようと、この都へと立ち寄った次第である。
ファランの不死隊が壊滅した事に加え、ロスリックから大量のデーモン群も逃走した。
一度自身の目で、確認しておきたかったのである。
「来るべき戦に備え、何れは卿にも協力して貰う事になる」
密かなるファランの不死隊の活躍もあり、この国は比較的平穏の時を迎え王国軍も勢力を回復しつつあった。
しかし、その平穏も近い内に崩れ去ろうとしている。
国王は彼女に現状を伝え、協力を要請していたのであった。
「勿論で御座います。その時は大司教として、務めを果たしますわ」
当然、剣の乙女にも拒む理由はなく承諾の意を示す。
「深淵の監視者…でしたか?貴方様は不死人と仰っていましたが?」
「如何にも」
「この神殿の結界は、不死人にも作用いたしますが、さぞや苦痛ではありませんか?」
「多少痺れる程度だ。活動には何ら支障はない」
法の神殿。
至高神を祀るこの神殿には、強力な結界が張り巡らされている。
当然、邪悪な存在から神殿を護る為でもある。
その結界は不死人でもある深淵の監視者にも作用し、先程から僅かではあるが結界に歪が生じていた。
しかし若干の痺れと痛覚は感じていたものの、深淵の監視者は特に呼吸を乱す事も無く平然としている。
「善性のお強い方なのでしょう、貴方様は。痺れと痛みは、貴方の不死性に反応したようですね」
「私の事は気に掛けなくていい。これからの事も踏まえ結界の強度を緩める事は、控えた方が良いだろう」
善悪云々ではなく、監視者の不死性に反応した結界。
もしも監視者が邪悪な存在ならば、真面に会話すらままならなかった筈だ。
半信半疑だった彼女は、ファランの不死隊が何年にも渡り魔神軍に抗していた事実を、改めて認めた。
「うむ。それでは我々は、これにて失礼する」
国王は立ち上がり、その場を去ろうとした。
「――陛下!宜しければ、この
そこへソラールも立ち上がり、国王への同行を懇願する。
「それには及ばん。卿を必要としている民は、ゴマンと居る。彼等の意思に応えるのも騎士たる者の役割ぞ!」
元々ソラールは、正規騎士の手紙を家族に届けるため王都へと向かった。
それが切っ掛けで王都で幾つかの依頼をこなす内に国王の目に留まり、中堅冒険者ながら彼から信頼を寄せられるようになった。
そして水の都迄限定で国王の護衛を依頼されたのである。
「太陽の騎士殿。此度の陛下の護衛には、近衛騎士や金、銀、銅等級の冒険者も複数同行いたします故、心配は無用」
「私も、陛下の警護を兼ねロスリックを案内するのだ。今回は引き下がり給え」
正規騎士、深淵の監視者も国王の護衛に就き、ロスリックの高壁限定で探索する旨を伝えた、神殿には居ないが、金、銀、銅等級の冒険者達が国王に帯同している。
「う~~む、そういう事なら致し方あるまい。貴公等、宜しく頼んだ」
若干納得してはいなかったがソラールは引き下がる事にした。
「ああ、それと剣の乙女よ――」
「何で御座いましょう?」
何か言い忘れた事でもあったのだろうか。
去る間際、国王は彼女に振り向いた。
「例の男…
「――!!」
小鬼と灰の剣士…その言葉に、剣の乙女は些かに動揺する。
「……ではな。
「黒い小鬼、あれは確かに手強き存在」
ダークゴブリンとの交戦経験が有る、深淵の監視者。
彼等は、そう言い残し、国王一行は神殿から立ち去った。
庭園には剣の乙女とソラールのみが残される。
「アストラのソラール、只今を以て帰還致しました!」
ソラールは剣の乙女に跪き、帰還の旨を伝える。
「過酷な任務を乗り越え、良くぞ戻って来て下さいました、太陽の騎士殿」
「――勿体なきお言葉!」
彼女は労いの言葉を掛ける。
「それで、ダークゴブリンの件で確かめたき事項が幾つか御座います!」
彼は頭を上げ、彼女に確認を求めた。
ダークゴブリンの事は、ある程度把握している。
以前、彼等が討った小鬼は偽物であったという事実。
そして本来のダークゴブリンは、想像を絶する力量を有する事。
今は複数の一党に調査を依頼し、未だ成果が上がっていないという現状。
「……そうですね、貴方にもお話しておきましょう」
彼女は知り得る限りの情報を彼に提供した。
△▼△▼△▼△▼
デエェェ ―― 廃村跡・黒小鬼の拠点 ―― ェェェエン
常に霞がかり湿気を多分に含んだ、その地。
嘗ては鉱山であり――その村は既に人が去り廃村となっていた。
其処へ小鬼が目を付け、住居を補修し、坑道を改造し、自らの住処へと作り変えていた。
「GOOBU」
(ほぅ、奴等が動いたか)
「Gluuv」
(間違いありやせんぜボス。アイツら人数を集め、此方を目指してまさぁ!)
ダークゴブリン側近の一人、頭部にバンダナを巻いた大型種の小鬼が詳細を報告する。
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 悪の所業)
それは数日前の出来事だ。
彼は翼竜を用いた自由偵察で、取引相手の山賊を空中から観察していた。
上空に陣取っての偵察だ。
仮に見つかった処で、山賊に成す術はない。
バンダナゴブリンは具に山賊の拠点を観測し、武装した山賊が大勢集結している事に気付いた。
確認できるだけでも100人は居た。
不審に思った彼は離れた位置で翼竜を着地させ、単身で拠点へと侵入を試みる。
時刻は既に夕暮れだ。
それは小鬼にとっての早朝でもあり、集中力が落ちる時間帯でもあったが、山賊も哨戒や見張りを交代する時間帯でもあった。
人間にとって夕暮れは視界が落ちる頃合いでもあり、忍び込むには絶好の時間帯とも言える。
バンダナゴブリンは、集団の中でも抜きんでた身軽さと俊敏さを誇り、潜入行動は彼の土俵でもある。
山賊が交代する瞬間を見計らい、防壁を乗り越え侵入を果たす。
そして運悪く近くを通った山賊を物陰に引きずり込み、首の骨を圧し折る事で音も無く絶命させた。
その死体を適当に隠し、山賊から装束を奪い変装を施す。
これで多少は看破され難くなるだろう。
彼は物陰に隠れながら、会話に華を咲かせている集団との距離を詰める。
「いよいよアイツらのアジトへと乗り込む時がやって来たな」
「全く待ち侘びたぜ!」
「前の頭は結局帰って来なかったが、何度も追跡を繰り返した甲斐があったってもんだ」
「あの山…昔は村が在ったって話じゃねぇか」
「奴等が立て籠るとしたら、あの廃村しかありえねぇ」
「確か鉱山があったんだよな、その村」
「ああ。隠れ家にするには、もってこいだ」
――こいつは穏やかじゃ、ありやせんな。遅かれ早かれバレる時はバレるって事ですかい。
会話の内容からして、自分達を指している事は先ず間違い無い。
山賊の中に、あの山に詳しい人物が居たのだろう。
その情報を基に、位置を割り出せても何ら不思議ではないのだ。
つまり、居場所は完全に看破している訳だ。
――一応、もう少し偵察しておきやすか。
このまま山賊の拠点から脱出し、速やかに報告すべきだろう。
しかしバンダナゴブリンは、山賊の規模と拠点の現状を探る為、更なる潜入偵察を続行した。
拠点中央に在る、一際大きな建物へと近付く。
丸太造りの丁寧な建築物だ。
彼は得意の身軽さで器用に壁面を
下の階から会話声が聞こえて来る。
僅かに空いた床の節穴から顔を覗かせ、下の様子を探った。
其処には、十名前後の若い男女が山賊に嬲られていた。
男は柱や天井から吊り下げられ拷問を受け、女達は山賊によって衣服を剥ぎ取られ凌辱されている。
彼等は首に認識票をぶら下げていた。
――おやおや、冒険者ですかい。大方山賊討伐に失敗した口でしょうや。
『残念だったなぁ!冒険者風情が俺達を討伐しようってか?』
一際体躯の良い髭面の男――。
その男だけは上質の装備品で武装している。
恐らく山賊を束ねる頭領なのだろう。
男は下卑たニヤケ顔で、女に下半身を何度も打ち付け、部下達もそれに倣う様に愉しんでいる。
『――いやっ…やっ…ひっ…も、もう…許してぇ…』
その度に女達は悲鳴を上げ許しを懇願する。
『許して欲しいか、え?だったら素直に吐きな。お前等は俺等をヤりに来たんだろぉ、あぁん?』
男は更に腰に力を込めるが、女は苦悶の表情を浮かべながらも、途切れ途切れに目的を語り出した。
女の話によれば、彼等冒険者は剣の乙女の要請を受け、小鬼の拠点の調査を依頼されたのだと語る。
『――ハッ!馬鹿言っちゃいけねぇ!ここいらのゴブリン共は、俺達が全て皆殺しにした。此処には、俺達しか居ねぇのさ!』
女の自白は世迷言だと言わんばかりに、精を吐き出す山賊頭。
しかし女の弁明は更に続き、凌辱されながらも依頼された内容を語る。
この近くの山岳地帯に廃村が在り、其処には黒い小鬼が集団を率いているという。
彼等冒険者たちは、その調査依頼を請けたというのだ。
『……チッ、口の減らねぇアマァだ!』
一頻り精を出し尽くしたのだろう。
度重なる凌辱で意識を失い掛けている女を蹴飛ばし、山賊頭はイラつきながらも身なりを整えた。
『か、頭ぁ、俺等の取引相手は、まさか…』
部下の一人が狼狽えた様子で尋ねる。
しかし、山賊頭は寧ろ意気揚々とした表情だ。
『却って好都合じゃねぇか!相手が小鬼なら寧ろ遠慮はいらねぇ、思い切りやれるぜ!小鬼共を皆殺しにし、溜め込んでいた金品を奪う!更にこいつ等をダシにして、剣の乙女でも誘き寄せてやるかぁ?指導者の居ねぇ水の都なんざ、簡単に制圧できんだろ。俺様は其処の支配者となり、最後は王都を蹂躙し王と成るのよ!』
出来もしない誇大妄想を垂れ流し、悦に浸る山賊頭。
彼の空気に充てられたのだろうか?
部下達も釣られ、拷問に、凌辱に、一層熱が篭った。
『一応そいつ等は生かしておけ!まだ使えそうだからな!』
『――ヘイ、頭!』
どうやら本気で剣の乙女を誘き出す腹積もりらしい。
部下に命じる山賊頭。
山賊達から笑い声が木霊し、建物中は熱気に包まれた。
――盛り上がってるとこ申し訳ありやせんが、お宅らの思い通りにはならねぇんでさぁ…これがね!
天井裏に張り付き、会話の一部始終を聞き入れていたバンダナゴブリン。
もう用は済んだとばかりに、その場から抜け出した。
多少物音を立てる羽目になったが、盛り上がった山賊の笑い声に掻き消され気付く者は誰一人居なかった。
――一応、混乱させときますかい?
建物から脱出したバンダナゴブリンは、壁掛け松明を失敬して馬小屋へと向かった。
その後、藁へと松明を放り込み火災を起こす。
当然それに気付いた拠点中は大騒ぎとなり、小屋の馬も火に驚き暴れ出す。
忽ち拠点は火災に見舞われ、その機に乗じたバンダナゴブリンは脱出を難なく果たした。
……
「GROOV」
(確かに、元々此処は人族の住まう地だ。土地勘の有る奴が居ても不思議ではない)
バンダナゴブリンからの報告を聞き、ダークゴブリンは思案を巡らせる。
「Gyuoob」
(ですが懸念すべきは山賊よりも、剣の乙女です。何故に、我等の生存が看破されたのでしょう?)
其処へ側近の一人でもある、書記ゴブリンが剣の乙女について懸念を表明した。
偽物を用立て、人族からの目を欺いた彼等。
それ以来、接触は混沌勢に限定してきた。
「Gyeeebu」
(もしや山賊どもに、裏切り者が!?)
裏切りに言及したのは側近の一人、大シャーマンだ。
「Groov!」
(ボス、ご決断を!)
「Greevo!」
(早めに動いた方が良いぜ、黒野郎!)
長弓ゴブリンと格闘ホブは、早期の判断を促した。
「GRUUBO」
(全軍に通達、戦の準備だ。先ずは山賊共の拠点を制圧し、人族の動きに備える!)
「「「「「Gov!」」」」」
(――御意っ!)
ダークゴブリンは命を飛ばし、各側近達は速やかに動く。
――丁度良い、翼竜と各種兵器の運用試験には打って付けの相手だ!
魔神軍から入手した翼竜――。
そして、独自に造り上げた兵器の数々――。
その他大勢の小鬼達も、―― 身体は闘争を求めていた ――。
刺し込む月光、時刻は彼等にとって昼間で拠点は途端に騒がしくなる。
戦に飢えていた小鬼の動きは慌ただしくなった。
△▼△▼△▼△▼
―― 数日後・西方の平原 ――
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 討伐作戦)
あれから数日の時が過ぎ、道なき道を走る一台の馬車。
御者は銀等級戦士が務め、他のメンバーは幌の中に乗っていた。
――何だ、アレは?
遠間で朧気ではあったが、彼の視界には壁に囲われた建築物が映っていた。
「お嬢ちゃん、目的地はまだの筈だよな?」
目標であるダークゴブリンの拠点は、山中の廃村に存在している。
幼夢魔からは、そう伝えられていた。
「うん、そう…です。こんな平原じゃないですよ」
幌から顔を覗かせ、幼夢魔は彼に応える。
「……気になるな」
不審に思った頭目は馬車と停車させる。
「何かあったのですか?」
馬車が停車した事を不思議に思ったのか、女司祭も訪ねてくる。
……
あくまで主目的は、ダークゴブリン拠点の調査だ。
しかし此処からでも、物々しい雰囲気は充分に伝わって来る。
そして何より彼の経験が告げていた。
只者の住まう建造物ではないと。
「様子を探るだけでいい。深入りはするな、良いな!」
偵察には、身軽な男魔法斥候と幼夢魔が選ばれた。
彼は優秀な斥候で緊急時には魔法を行使する事もでき、幼夢魔は幼いながらも飛行能力を持つ。
これ程偵察に適した人材は居ないだろう。
頭目は二人に念を押し、彼等も頷いた。
「ちょっとこの服邪魔だから脱ぎますね」
幼夢魔は纏っていた至高神の法衣を脱ぎ去った。
飛行する際に羽が干渉し、行動に支障が出る為だ。
「――おぉうっ♪」
殆ど全裸同然の薄着姿となる幼夢魔。
胸と局部を僅かに覆い隠すだけの際どい下着の様な出で立ちとなる彼女――。
それに加え、ある程度は女性の特徴も芽生えている身体つき。
その姿を目の当たりにし、男魔法斥候は鼻の下を伸ばし口端を吊り上げる。
「いいねぇ、眼福眼福!」
男魔法斥候は、舐めまわす様に彼女の身体にじっくりと視線を這わした。
羞恥心が皆無なのだろう。
幼夢魔は、そんな視線に無反応であった。
尤もそれは女司祭も同様で、戦女神の信徒でもある彼女は常に下着鎧《ビキニアーマー》を身に付け露出度がかなり高い。
それ故、彼女も男の好色な視線には、比較的無頓着ではあった。
だが男斥候は彼女と出会った当時から女司祭に対し、この様な反応を見せる事は無かった。
何故なら彼は、ロリコンで貧乳派だったからに他ならない。
即ち女司祭の身体つきは非常に豊満で、
「……早く行けよ、お前等!」
「へいへい」
見かねた頭目に急かされ、二人そそくさと現場へと向かう。
……
飛行能力を持つ幼夢魔。
男魔法斥候より先んじて上空から偵察をしていたのだが、慌てた様子で彼の元へ戻って来た。
「どうしたい?血相変えて」
「――ゴ、ゴブリン。ゴブリンばっかりが居ました!」
「――何だってっ!?」
幼夢魔からの報告に、彼も驚きを隠せない。
更に彼女からの報告では、ゴブリンの殆どが独特の肩当てを装備していると言うのだ。
それは、ダークゴブリン集団特有の証でもあった。
「あの…戻った方が……」
「――いや逆だ。このまま偵察を続行し、情報を取得する!」
当初の目的とは違うが、ダークゴブリン関連の施設であれば無視する訳にもいかない。
彼等一党も剣の乙女から、ダークゴブリンの情報は伝達されていた。
「幸いな事に向かい風だ、このまま進むぞ!」
「…はい」
彼等は歩を進める。
現場に到着した二人は再び幼夢魔を上空から偵察に専念させ、男魔法斥候は此処で真言魔法を行使した。
「エゴ《自己》…、セメル《一時》…、レスティンギトゥル《消去》!」
呪文の行使と共に、彼の身体は透明となった。
この呪文は術者を透明にし、敵から認知され難くする魔法だ。
その呪文の効果に加え、風下から彼は忍び寄る。
小鬼は鼻が利き、風上からでは臭いで感知される恐れもあるからだ。
幼夢魔は上空から、斥候は透明の魔法で地上からの偵察に専念する。
――おいおいおいおい、冗談だろ!?
彼は顔を顰める。
桁違いの数だった。
目に付く限りで小鬼の数を数えてみたが、どう少なめに見積もっても、優に500は越えていた。
それだけではない。
――まさか、ゴブリンが造ったのかアレ。
携帯していた遠眼鏡で更に注視する。
4輪式の車輪に箱型の胴体を乗せ、先端部には木製の尖った丸太が装着されていた。
――
多数の小鬼に加え、戦車と呼ばれる兵器が座していた。
――チッ!大型が3台、小型が10台も有りやがる。更に
前代未聞だった。
彼の冒険者生活は約3年、小鬼の討伐依頼も幾つかは経験している。
小鬼が単純な道具や罠を利用し、奇襲や待ち伏せを得意とする事は彼なりに認知している。
しかし、これだけの兵器群を造ったという記録は今まで見た事がなかった。
鉱人が造った物を奪った。
そう信じたかった。
――ありゃぁ狼か、かなり居やがるな。だが一番厄介なのは、あの3頭の
更に視線を移し可能な限り様子を探れば、騎乗用の狼と翼竜の存在を確認出来た。
彼はこの光景を次々と用紙に記していく。
小鬼の数、特徴、行動、装備、等など。
――これ以上の居座るのは危険だな。ワイバーンが居る以上、あの嬢ちゃんに被害が及びかねん。
万が一上空の幼夢魔に気付き、翼竜に襲われようものなら彼女は忽ち餌食となるだろう。
ダークゴブリンの存在は確認できなかったが、現時点でも充分過ぎる程の収穫を得る事が出来た。
これ以上の長居は無用とばかりに、彼は引き返す事にした。
現在彼は透明である為、手鏡で日光を反射させ上空の幼夢魔へと合図を送る。
それに加え小さめの松明を空に向かって何度も振り撤退を促した。
幸い彼女も気付いてくれたのか、即座に馬車の方角へと飛び去る。
小さな松明がゴブリンの目に付き、不審に思った何体かが此方に迫って来た。
しかし透明の彼を認知する事は出来ず、明後日の方角へと松明を投げる。
ゴブリンが松明へ視線を向けている間、彼も全力疾走で仲間達へと走り去った。
……
「――という訳だ!」
「――という訳です!」
男魔法斥候と幼夢魔は、目にした事柄を頭目に報告していた。
「――拠点は一つだけではなかったのか!?」
頭目は幼夢魔に確認を取る。
「……そんな事言われても……」
頭目に強く問い詰められ、彼女は顔を俯ける。
「肝心の黒い小鬼を確認できなかったのなら、此処には居ない可能性もありますな。矢張り本命の拠点へと向かうべきでしょう」
ダークゴブリンの所在が分からない以上、先程の拠点には全戦力が集結していない可能性もある。
恐らく前線基地なのだろう。
銅等級斧戦士は、本命の山岳地帯へと向かう事を進言する。
「……。…そうだな、そうしよう。よし、再出発するぞ!皆乗ってくれ!」
彼等は再び馬車へと乗り込み、本来の目的地へと移動を再開した。
△▼△▼△▼△▼
舞台は再び、ダークゴブリンの住処。
嘗ては取引相手でもあった山賊の拠点だったが、彼等は急襲を掛け制圧。
更なる戦力の増強を図っていた。
「Groae?」
(翼竜の増強…で御座いますか?)
「GRBO」
(そうだ。来るべき戦の為に、可能な限り戦力を強化しておきたい)
山賊拠点の制圧戦で、翼竜による空中兵力の有用性が証明された。
碌に対空手段を持たない山賊は、翼竜の強襲に殆ど無力であった。
此方は
空中兵力の味を占めたダークゴブリンは、書記ゴブリンに翼竜の増強を命じる。
「Gov」
(御意)
書記ゴブリンは恭しく頭を下げ、篝火の傍に文字を描いた。
白いサインろう石で描かれたその文字は淡く輝き、篝火を経由して魔神軍の居城に在る篝火に、即伝達する仕組みとなっていた。
程無くして主教の一人が篝火を使った転送で、此方に姿を現す。
書記ゴブリンは事の経緯を説明し、主教と共に魔神軍の居城へと転送した。
「GYOV」
(そちらの準備はどうか?)
ダークゴブリンは、長弓ゴブリンの方へと確認を取る。
「Groob」
(いつでも飛び立てます)
長弓ゴブリンは、自身の翼竜に鞍と輸送用の袋を装着させ、いつでも飛び立てる準備を整えていた。
「Gyeev?」
(しかし宜しかったのですかボス?)
長弓ゴブリンは疑念を示した。
現在この住処には全戦力の約8割を、元山賊の拠点へと駐屯させてある。
今此処に居るのはダークゴブリンに加え、長弓ゴブリン、書記ゴブリン、彼等の伴侶である夢魔達と僅かな小鬼達だけであった。
その総数は100にも満たないだろう。
山賊の拠点を制圧した際、統治をバンダナゴブリン、大シャーマン、格闘ホブに一任させるという条件で駐屯させた。
大半の小鬼も其方に移動させてある。
今頃は狂喜乱舞し、山賊の残した物資や女に手を着けている頃合いだろう。
「こうなる事はアンタの想定内だったって訳?」
元魔神将でもあり、現ダークゴブリンの伴侶である上夢魔が訊ねる。
「そうだ。多少予定外は起こったが、概ね事態は良好と言えよう。……それよりも、我が子孫の現状を報告せよ」
上夢魔の質疑に応えながらも、ダークゴブリンと夢魔たちとの間に誕生した、幼い小鬼の現状について問い質す。
「ええ順調よ。矢張りアンタの血筋が成せる業なのかしらね?他の小鬼とは
ダークゴブリンと夢魔との間に誕生した、幼い次世代の小鬼達――。
彼等は他の小鬼とは、行動原理、思考、身体能力、何もかも一線を画していた。
ダークゴブリンの伴侶は現在5人居るが、彼と上夢魔の間に誕生した一人の小鬼は、肌が黒くダークゴブリンの特徴を色濃く受け継いでいたのである。
因みに長弓ゴブリンにも4人の夢魔が伴侶となり、彼との間に誕生した幼き小鬼も、性格や行動指針が従来の小鬼に比べ差異が見られた。
「宜しい。次世代を担う貴重な子孫たちだ。お前達は、子を背負い我等に追従せよ」
上夢魔から話を聞いたダークゴブリンは、彼女等にも追従するよう命令する。
「GRUUBO」
(奴が戻って来たら伝えておけ。今日中には戻るとな!)
「Gov!」
(御意!)
部下にそう言い残し、ダークゴブリンは自身の翼竜へと跳び乗る。
そして飛び立つ彼に続き、上夢魔を始めとした夢魔達と長弓ゴブリンも翼竜を伴い追従する。
因みに、長弓ゴブリンの翼竜に装着されている輸送袋には、彼の部下である第一班が、半ば鮨詰め状態で詰め込まれていた。
先頭を飛行する、ダークゴブリンの翼竜。
其処へ上夢魔が追い付き、彼に問い質した。
一体何処を目指しているのかと。
「案ずるな。新たな楽園だ」
にべもなくダークゴブリンは答える。
ダークゴブリンの翼竜には、加工道具を始めとした細々とした小道具が詰め込まれている。
そして、夢魔と一部の小鬼を伴う移動。
近い将来起こりうる人族との決戦。
――薄々感付いているのかもね、
口には出さず上夢魔は閉口したまま追従を続けた。
△▼△▼△▼△▼
―― 西方の平原 ――
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 時の傷跡)
二つの月光が大地に降り注ぐ。
銀等級戦士を頭目とする一党は、馬車を停め野営していた。
殆どが平地だが、運良く都合の良い岩場を見付け、其処を起点に焚火を興す。
「明日はいよいよ、奴等の住処へと侵入するぞ!今の内に体を休めておけ!」
頭目はメンバーにそう命じ、自分は見張りを担う事にした。
平地の多い平原での野営だ。
夜間の焚火は非常に目に付き易く、心無い野党や猛獣を引き寄せる恐れもある。
警戒に越した事はないだろう。
――ダークゴブリンか。正直見くびっていた。
彼は、昼間の男魔法斥候と幼夢魔の報告を思い返していた。
実は彼自身も、小鬼の討伐依頼を数多く
しかし、3桁を超える群れと遭遇した事は無かった。
――聞いた話では、山中に加え濃い霧が終日立ち込めているそうじゃないか。もしそうだとしたら、罠の可能性も考慮した方が良いな。
目指すダークゴブリンの住処。
山間部の廃村を加工し、常に霧が周囲を覆っているという。
身を隠すには好都合だが、此方の視界も著しく制限される。
そして土地勘は小鬼側にあり、洞窟とは別種の罠に警戒する必要がある。
――偵察ついでに討伐しようとしていた俺は、正直甘く見過ぎていたのかも知れん。
在野最上位という等級と実績を持つ彼は、若いドラゴンをも討伐した記録を持つ。
故に、心の何処かで慢心や驕りを生んでいたのかも知れない。
「――出て来い、居るのは分かっている!」
唐突に彼は、暗闇に向かって声を上げ剣を抜く。
「……ま…待ってくれ…怪しい者じゃない。アンタと同じ冒険者だ…」
暗闇から現れたのは、傷だらけの疲弊した冒険者達だった。
一人の戦士らしき男が、自分の認識票を見せる。
激しい戦闘を潜り抜けて来たのだろうか。
全員が体中に傷を負い、心身とも消耗し切っているのが分かった。
男3人、女6人の計9人だった。
「傷だらけじゃないか、一体何があった!?」
当然、傷だらけの彼等を放置する訳にもいかず、頭目は彼等を招き入れ傷の手当てを施す。
途中で女司祭を始めとするメンバー達も目を覚まし、彼等の手当てを手伝った。
……
「……そうだったのか。昼間調査したあの拠点、元は山賊の――」
幼夢魔と男魔法斥候が偵察した、あの拠点は元々山賊の拠点だった。
一通りの治療を施され簡単な糧食を分け与えられた彼等は、少しばかりの落ち着きを取り戻す。
そして彼等から一頻りの事情を聞き出した。
実は彼等も、剣の乙女よりダークゴブリンの住処を調査するよう依頼され、目的を果たさんとしていたが、運悪く山賊集団に捕縛され彼等に嬲られていた。
しかし突如として山賊の拠点に小鬼達が襲撃し、その混乱に乗じて彼等は脱出を図ったのである。
山賊は彼等の装備には殆ど手を付けておらず、幸運にも必要最小限は取り戻す事が出来た。
辛うじて脱出には成功したものの、方向感覚を見失った彼等は水の都に戻る事も叶わず、この平原を彷徨っていたのである。
そして幸運にも、この焚火が彼等の目に付き、藁にも縋る思いで此処へ辿り着いたのであった。
「残念だが、任務が最終戦だ。水の都へと送り届けてやりたいが、そいつは目的を達成した後になる。――それでもいいな?」
彼等――特に女性冒険者は散々山賊に辱めを受け、憔悴の極みである。
出来る事なら彼等を水の都へと送り届け解放させてやりたいが、此方も剣の乙女より依頼を請けた立場だ。
昼間の拠点での情報を持ち合わせてはいるが、それだけでは不十分だろう。
何としても全容を着き止め、依頼を果たす義務がある。
「なら俺達にも協力させてくれ!俺達も同じ依頼を請けたんだ、銀等級のアンタが付いてくれるのなら心強いぜ!」
彼等の一部は、ダークゴブリンの調査協力に意欲を示す。
どの道任務を終えるまで戻れないのなら彼等に協力し、成功率を高めた方が生還の可能性が高いと踏んだのだろう。
「……分かった。動ける奴だけ協力してくれ」
見た処、男2名、女2名は辛うじて調査に耐えられる程の活力が残っている様だ。
残り五名の冒険者は、疲労が限界に達しているらしく、そのまま眠りに就いていた。
「お前達も今の内に体を休めておくんだ。日が昇る前に動く、良いな」
頭目は彼等にも休息を促し、明日に備えるように指示する。
「すまねぇ…お言葉に甘えるぜ…」
彼等も限界が迫っていたのだろう。
起きていたメンバーも横になり、程無くして寝息を立ててしまった。
それからは特に何事も起きる事はなく、夜は過ぎ去ってゆく。
……
翌日。
地平線の彼方は、薄っすらと明るみがかっていた。
山賊の虜囚となっていた冒険者達を加え、一党は一路、目的の山間部を目指していた。
馬車を進めるにつれ、徐々に霧が垂れ込み始めていた。
「霧が出始めたな。方角はこっちで良いのか、お嬢ちゃん?」
「はい、コッチで間違いない…です」
幼夢魔の案内で、頭目は荷馬車を走らせる。
――轍と足跡がある。どうやらお嬢ちゃんの情報は正しかったという事か。
霧で視界が限られる中、地面に車輪の跡と大小様々な足跡を発見できた。
幼夢魔の指し示す方角と相まって、目指す方角に信憑性が増す。
その後しばらく馬車を走らせ、緩やかな登り坂に差し掛かる。
「よし、この辺りにしよう」
頭目は馬車を停めた。
「此処からは徒歩で乗り込む。全員、気を引き締めろ!」
目の前には目的の山が在る。
この山の何処かに鉱山跡の廃村が在る筈だ。
ダークゴブリンは其処を根城にしているという。
頭目は参加メンバーに声を掛け、皆の気を引き締めさせた。
「アンタ達は、此処で馬車を見張っててくれ。もし一日経っても俺達が戻らなかったら、アンタらだけで都へ帰還してくれ、頼んだぞ!」
戦意を喪失している5人のメンバーには、馬車の見張りを依頼する。
「よし、行くぞ!」
消耗しているものの4人の仲間を加え、合計9人構成の一党はダークゴブリンの住処へと登山を開始した。
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不死隊の兜
ファランの不死隊、深淵の監視者の装束
彼らは狼の血を分け誓った不死の戦士であり闇に深淵の兆しを探り、異形と戦い続けた。
特にその尖った鉄兜は、不死隊の象徴であり不吉な前触れとして衆人に忌避されたという。
不死隊の鎧
ファランの不死隊、深淵の監視者の装束。
黒革のベストの下にチェインを着込んだもの。
彼らは狼の血を分け誓った不死の戦士であり闇に深淵の兆しを探り、異形と戦い続けた。
不死隊の手甲
ファランの不死隊、深淵の監視者の装束。
黒革を巻き、左手のみ鉄の手甲をつけている。
彼らは狼の血を分け誓った不死の戦士であり闇に深淵の兆しを探り、異形と戦い続けた。
不死隊の足甲
ファランの不死隊、深淵の監視者の装束。
鉄の膝鎧は、その狼の剣技に由来したもの。
彼らは狼の血を分け誓った不死の戦士であり闇に深淵の兆しを探り、異形と戦い続けた。
それが人々に称賛されず、忌み嫌われ侮蔑され様とも彼等は歩み続けるだろう。
嘗て偉大な騎士がそうであった様に――。
深淵の監視者は、国王とソラール側に接触いたしました。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
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デハマタ。( ゚∀゚)/