ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 どーもです。

投稿します。

滅茶苦茶寒いです、ハイ。(ノ゚ο゚)ノ

此方も大雪が降り積り、道が真っ白に。

皆さんも風邪などを引かないように。


第8話―灰の神殿生活―

長きに渡る尋問を終え、灰はある少女との出会いを果たす。

 

就寝に着き、暫し火の無い灰の神殿生活が始まった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 赤と緑、二つの月と入れ替わり太陽が姿を現す。

紺色の夜空は、淡いも鮮やかな青に彩られ夜明けの到来をを告げた。

 

徐々に人々の往来は増し、新しくもあり変わらぬ一日が始まるのだ。

 

此処、地母神の神殿も例外ではなく信仰に身を捧げる信徒達の活動が始まる。

神殿のとある一室の寝台に横たわる若者、火の無い灰。

彼は未だ目覚めておらず、意識は夢の抱擁に支配されていた。

 

 

そこは彼の良く知る場所、火の祭祀場の中央に熾る『篝火』に身を寄せ何気なく見つめていた。

銀騎士の鎧一式を身に纏い、兜は上級騎士の兜、そしてカーサスの曲刀を傍らに置き、一人の女性を伴っている。

 

その女性とは、火防女。

黒く薄いローブを身に付け、美麗な装飾入りの金色に輝くサークレットで目を覆っている。

 

彼は特に顔を傾けるでもなく、傍に寄り添う火防女へと語りかける。

 

「フしぎナ、ゆめ・・・ヲ、視た」

 

 途切れ途切れの言葉を必死に搾り出す。既に亡者化寸前にまで陥った弊害でもあった。

 

「夢…ですか?どのような夢なのですか、灰の方?」

 

 夢の内容が気になるのだろう、顔を近付け不思議そうに聞き寄る姿は何処か幼さを滲ませていた。

珍しい、普段から然したる言葉を発しない彼が多弁なのは、彼女にとっても実に興味深かった。

 

彼は語る――。墓所で目覚めた時、火と生命にに満ち溢れた光の世界であった事。

そして見た事も無い子鬼、ゴブリンなる怪物と戦った事。

真っ当な、生者に出会った事。

そして火が陰る前の世界の様に、人々が真っ当な営みを当たり前に行っていた事。

 

それら全てが暖かく、心地良かった。

 

「きミ、にも、味合わせ・・・タカった」

 

 彼は、その世界での出来事を…火防女に対する本心を打ち明けた。

 

「ふふっ、素敵な世界ですね。でも私には、貴方様の暖かい心遣いだけで、充分過ぎる程に満たされてますよ」

 

 火防女は口元に手を当て微笑みかけた。

 

「ふふふ」

 

「はは、ハ」

 

 二人してささやかな笑い声が、祭祀場に響き渡った。

何故か灰と火防女以外誰も居ないが、そんな事は二人にとってどうでも良かった。

この静かで穏やかな時間が、二人を心底満たしていたからだ。

そして何時にも増して『篝火』も勢い付いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「・・・しかし灰の方?私は思いますに・・・・・・、そろそろ起きてほしぃん出すけどぉ?!」

 

「――…?!」

 

 急に火防女の口調が変わり始める。

いや、口調だけではない。

声音まで幼い少女の声に変わり始めていたのだ。

火防女は両手を腰にかけ、少し咎める様な表情で彼に迫る。

 

「早く起きてくださぁい!お兄さんだけですよぉ、寝てるのはぁ!」

 

「・・・?!。ヒも、りメ?」

 

 彼は僅かに後ずさり困惑すると同時に、景色が霞んでいくのが分かった。

 

……

 

「お願いします、いい加減起きてくださいってば!」

 

「――っ?!!」

 

 聞き覚えのある声に、彼は寝台から飛び起きた。

余談だがフードを被ったまま寝ていた為、顔は隠れたままだ。

意識が急激に覚醒した彼は、若干困惑しながらも辺りを見回し、状況判断に努める。そして周囲に視線を泳がせれば、昨晩出会った幼くも愛らしい金髪の少女が視界に映る。

 

「火防女?何があった…――いや…違う?…貴公は確か…」

 

 まだ脳内の意識が混濁しているのだろうか?

夢の余韻を残しつつ、彼は昨晩の記憶を思い返していた。

起しに来た金髪の少女は、そんな彼に少し驚きながらも呆れ顔だ。

 

「んもぉ、しっかりして下さい。皆さんとっくに起きてますよ!それに私は、ヒモリなんとかではありません」

 

 灰は、ハっと我に返り、これまでの出来事を思い出す。

 

――そうか、私はこの神殿の世話に・・・・・・。

 

彼は一呼吸置き、彼女に対し平静を取り繕いながらも挨拶を交わした。

 

「おはよう。手間を掛けさせてしまった」

 

 素直に謝罪すると同時に。

 

――・・・おはようか、まだ出来たのだな、こんな挨拶が・・・・・・。

 

本来当たり前の挨拶、そんな単純な事さえ廃れてしまった前の世界。

起きて早々感傷が胸中を過った。

しかし、そんな灰の感傷も余所に、少女は灰の寝台のシーツをてきぱきと整え、顔の洗浄と朝の礼拝を促してきた。

灰は言われた通り、部屋を後にし顔を冷水で洗う。

 

冷たい水が顔全体を刺激する感触…たかだか冷水にこれ程までに心が動こうとは。

 

「終わりましたか?それでは、いと慈悲深き地母神様に感謝の祈りを捧げに行きましょう!」

 

 少女は、にこやかに灰を礼拝堂へ案内した。

廊下では、聖職者達が忙しなく早歩きをしている。

本当に忙しそうだ。

次からは、もう少し早く起きねばならない。この少女に負担を掛けさせない為にも。

彼は、そう心に決めた。

 

上質な石造りと小奇麗な調度品で装飾された廊下の先は、広い礼拝堂に続いていた。

 

あの深みの聖堂などと比べれば、規模も優美さも遥かに劣る。だが其処に集う人々で溢れ、それは神聖で生命に満たされていた。

礼拝堂に集うのは、敬虔な地母神信徒だけではない。確かにこの神殿は地母神の信徒が主導となり運営していたが、多宗派の信徒も数多く礼拝に訪れるのだ。

少女と二人で訪れた礼拝堂だが、既に多くの人々が詰め掛けており前方の視界は遮られている。

辛うじて正面に鎮座する、地母神の巨像が目視出来る程度だ。

 

多宗派の信徒や他地域からの来訪者も合わさり、かなりの人々が一堂に会していた。

 

程無くして、司祭長が祭壇の前に姿を現す。

彼女は壇上で地母神の像に手を合わせ、声を高らかに上げた。

 

「いと深き神の子らよ!今日も穏やかな朝を迎えられた事に感謝と敬愛を…!この世界に恵みを(もたら)せ給う慈悲深き地母神様に、愛深き祈りを捧げましょう」

 

 司祭長が祈りを捧げると、後方の信徒達もそれに習い手を合わせ祈りを捧げ始めた。

当然、少女も熱心に祈りを捧げている。

 

――…神…な…、どう捧げたものか…。

 

決して悪感情を抱いている訳ではないが心底祈りを捧げられるほど、火のない灰は神に心酔出来なかった。

結局神々の思惑で、終わりの無い繰り返しの旅を続けさせられて来たのだ。

 

人の幸せではなく、神の幸せの為に。

 

そうやって延々と、神々に利用され続けて来たのである。

そのロードランの神々相手に、心底の信仰など出来よう筈も無い。

 

しかし、此処は彼の見知らぬ異界の地。

四方世界。

同時に彼の未知なる神々ばかり――。ロードランの神々と一括りにするのは、些かに早計か。

一応形だけの祈りは捧げておく事で、彼は折り合いとした。

 

お目に掛かった事も恩恵を授かった事も無い神を信仰する気にもなれないが、少なくとも先頭の司祭長は慈悲深き人物である。

それだけは、紛れも無い事実。

従って彼は、神にではなく壇上の司祭長に感謝の念を送った。

 

……

 

暫くの時間の後、祈りも終わり信徒達がそれぞれの役割を果たす為、各々が礼拝堂を後にしていく。

さて、次の予定は?

少女に尋ねると、朝食を済ませた後、午前中は座学が待っているとの事だ。

 

二人も食堂に向い朝食を取る事にした。

神殿の食堂は、ごった返しており手早く食事を済ます者、深い祈りを捧げゆっくり食事を取る者、実に個人の信仰態度が現れている。

神殿の食事は給食製なのか、日毎に献立が決まっている様だ。

 

パン、チーズ、刻み野菜のスープだった。

 

やはり戒律なのだろう、肉や魚といった食材は出てこない。

だが少女が言うには至高神の戒律に比べれば、比較的自由が利くらしく神殿の外でなら肉や魚等の類を食す事も可能だそうだ。

(実際には、至高神の信徒も神殿外で肉や魚を口にする者は数多い)

まぁ彼は信徒でも何でもない。それ故、愚直に戒律や信仰に縛られる必要が無いのだが、司祭長の配慮や信仰熱心な少女の手前もある。この滞在期間中だけは神殿の規律に従っておくべきだろう、そう決めた。

朝食を済ませた後、やや急ぎ足で座学の教室へと向う。

教室は比較的広めで、後ろに行くほど階段状に高くなっており視界が確保しやすい構造となっていた。

所謂『階段教室』である。

 

教室は…まぁ良い教室は――。

 

彼と少女が教室に入室した途端に、先に居た信徒達の視線が一斉に二人に注がれた。

正確には彼一人に対してだ。

…そう、信徒達は全て、年端も行かない少年少女達だった。

即ち火のない灰以外は、隣の少女とほぼ同年代の子供達ばかりの環境で、座学を受けているのである。

 

「……」

 

 彼は、瞬間凍結で冷却されたかの様な感覚を覚え、その場に立ち尽くしてしまった。

これぞ初見…初見である。初見殺しには注意せよ…!

 

「――さ、立ち尽くしてないで席に着きますよ」

 

 少女に引っ張られ、二人は最後尾の席に陣取った。

動揺をおくびにも出さない彼だが、内心は視線が痛さにムズ痒さを覚える。

彼ら以外は幼い子供ばかり――。当然、物珍しさも手伝い周りからヒソヒソ話が聞こえて来る。

 

「これ使って下さい」

 

 少女に渡された、羊皮紙の束とインク壺、羽ペンだった。灰の為に用意してくれていたらしい。

どうやら彼女は、周囲の陰口など意にも介していない。

 

本当に何から何まで世話になり通しだ。

いずれ何らかの形で彼女の厚意に報いてやりたい、彼は隣の少女に感謝しながらも筆記用具を受け取る。少女に対する謝礼を考えながら…。

席に着いて間も無く教導係の講師が入室した。

神官服を纏う眼鏡を掛けた若い女性、やはり地母神の神殿は女性が比較的多いようだ。

講師が教壇に立つと、信徒皆が起立と礼で応じ座学が開始される。

座学の内容は、初級の文字の読み書き、初歩的な計算に集約された。まぁそれも当たり前なのだ。生徒は皆、幼い子供たちなのだから…彼…火のない灰以外は。

文字の読み書き以外は、彼にとって余り必要としていなかった。

だが、この世界の常識と情報を入手出来る、またとない好機でもある。

講師の話を一字一句見逃すまいと受講姿勢に熱が入る。

 

……

午前の座学が終わり、時間は正午、昼休みを迎えた。

座学の時間中は静寂だった神殿内は、再び騒がしくなり教室内の子供達が次々と教室を後にしていく。

彼と少女も手を休め一息ついた。

 

「どうでしたか?授業の内容は」

 

 少女が徐に質問してきた。

 

「ああ。中々に有意義だった。」

 

 授業の甲斐もあり、既に簡単な読み書きが出来る位の語学力は身に付いていた。

 

「わぁ!すごいですね。私なんて三日は掛かりましたよ」

 

 彼の習得速度に、少女は感嘆の声を上げた。

さて、これからどうすべきか?

彼は次の予定を少女に訪ねる。

現在は昼休憩で、この時間は比較的長い。この間は殆どの神殿関係者も、ゆったりとした時間を過ごせるとの事だ。

 

「それじゃ私達もお昼にしましょうか」

 

 少女は彼の手を引き教室を後にし、中庭にて昼食を取る事にした。

中庭には、既に多くの人々が各々の時間を過ごしていた。

人気の場所なのだろう。陽光が降り注ぎ緑も多く、暑くも無く寒くもない快適な空間が広がっていた。

開いていたベンチに座り、灰と少女はサンドイッチを頬張った。

 

「おぉ、これも中々に美味」

 

本当に心地良い時間だ。質素な食材ながらも、中々に楽しめる味わいだ。調理師の腕がいいのだろうか。

四方世界にとっては何気無い食事という行為も、長き不死人であった彼には忘れて久しく同時に新鮮な感覚。この時間は、彼の心身隅々にまで安らぎを提供した。

 

――戦う事しか出来なかった私が、こんな穏やかな時を過ごす事が出来ようとは。

 

現実の自分は、本当は夢を視ていて目が覚めたら何時もの篝火の前に佇んでいた…そんな邪推まで勘ぐってしまう。

 

――…ん?

 

肩にふとした重みを感じ、気が付けば少女が凭れ掛かっていた。

空腹が満たされた事と穏やかな陽光に晒された事で、少女は寝入ってしまったらしい。

彼は僅かに笑みを浮かべ、なるべく動かずにいた。

 

――まだ昼休憩の時間は残っている、ギリギリまで寝かせて差し上げよう。

 

この少女は、自らのの負担を増やしてまで世話をしてくれたのだ。この位は許されていいだろう。

そう考えた彼は、この少女に小さな恩義を返す事にした。

少女に向ける彼の視線は、非常に穏やかだ――。あの殺戮と冒涜が渦巻く世界とは、真逆の世界が其処には在った。それが当たり前の世界なのだと、今の彼が理解するのは少々早いようだ。

スゥ、スゥ・・・と少女は穏やかな寝息を立て、気持ち良さそうに彼に寄り掛かって寝ている。

 

暫くの時間が過ぎ、昼休みに時間も残り僅かとなった頃、誰かが此方にやって来た。

彼よりも一回り年上で、男性の聖職者だ。

 

「おぉ、探しましたぞ旅の方。午後からは、倉庫整理をお願いできますか?」

 

 素の信徒が言うには、なにぶん男手が少ないそうだ。

 

「承知しました、お任せ下さい」

 

 彼はそう応えた。

どうやら今の会話で少女も目を覚まし、目を擦っている。

 

「ふあぁ・・・寝てしまいました。午後から別行動ですね、お勤め頑張って下さい…ほわぁ~…」

 

 では後ほど、と言い残し少女は立ち去って行った。彼女には彼女の役割があるのだろう。

 

「こちらです、続いて下さい」

 

 信徒に案内され、彼も後に続いた。

 

……

 

神殿の一角にある、物置部屋に案内された。

 

先導してくれた男性が、明かりのランプに火を灯し、やがて部屋全体を顕にする。

 

大小様々な木箱やロープで括られた荷物が、無造作に積まれていた。

 

中には重量が有りそうな物も混在している。

 

確かに体力や腕力で劣る女性には厳しいだろう。

 

男の出番だ。

 

「では、頼みます。私は、別の仕事がございますので」

 

 男はそそくさと物置部屋を後にした。

 

「・・・・・・」

 

 ――上手く丸め込まれた気がする。

 

本来ならあの男も倉庫整理に従事する筈だったが、灰に押し付けて肉体労働を避けたかったのだろう。

 

だからと言って悪態をつく灰ではなかった。

 

表向きは罪人であり、こんな些細な理由で不平不満を感じるほど、狭量でもなかった。

 

早速仕事に取り掛かる灰。

 

一応どこに物を整理するか等を書き記したメモを渡されていた為、やり方は分かる。

 

衣類、書物、家具、その他細々した雑具等を種類毎に分け、指定の場所に並べていく。

 

元々常人に比べ体力や腕力に優れており、一度始めたら一区切り付けないと気が済まない性格も相まって、僅か二時間前後で仕事が終わってしまった。

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・さて、どうしたものか?

 

少し喉も渇いていたので、水飲み場へ赴こうと倉庫を出ると、廊下が騒がしい。

 

慌しく右往左往する聖職者達、手には治療に関係した道具を所持していた。

 

――病人か怪我人でも運ばれて来たか?

 

神殿は診療所の役割を担う事もあり、毎日多くの患者が運ばれて来るそうだ。

 

廊下を小走りで往復する信徒の中に、さっきの少女を見つけた。

 

彼女も参加しているのだろう。

 

灰は付いて行くことにした。

 

どうせやることも無いのだ、自分にも物を運ぶ位は出来る。

 

幼い子供が必死で役割を果たそうとしているのに、どうして自分だけ楽が出来ようか。

 

灰は治療室の入り口から中の様子を窺った。

 

鎧等の防具着けた者が多かった、冒険者だろうか?

 

皆苦しそうだ。

 

間違い無く戦闘で傷ついた者達ばかりだ。

 

灰は、現場の指揮を執っている者に手伝わせてくれと申し出た。

 

どうやら人手不足らしく快諾され、灰も治療の補助作業に加わる。

 

汚れた包帯の運搬。

 

必要な薬草の用意。

 

重傷者を寝台に載せる等、多岐に渡った。

 

軽傷の者は、薬草や傷薬等の治療が施されていくが、重傷者は治癒の奇跡を掛けていく。

 

主に熟練した聖職者や専属の信徒達がその役割を担っていた。

 

だが奇跡の行使は、無限ではない。

 

程無く限界が訪れ、次々交代要因と入れ替わっていく。

 

だが交代要員も奇跡の行使に限界を迎えた。

 

大方処置が済み、数名を残すのみとなったのだが、まだ苦痛にもがく負傷者が居る。

 

「お願いっ、もう少しなの!ヒールを!」

 

「だ・・・、駄目ですっ・・・もう集中が・・・・・・」

 

 どうやら奇跡を行使できる状態ではない、彼らも限界なのだ。

 

だがこのままでは、助かる命も助からない可能性が生じる。

 

「た・・・頼む、死にたくねぇ・・・・・・、早く治療を・・・」

 

 かなり苦しそうだ、奇跡が使えない今、薬や包帯で治療を施すが、そう簡単に完治する訳も無い。

 

「・・・ああ・・・・・・、どうしよう・・・・・・」

 

 若い見習い聖女や新米の聖職者達は、狼狽え始めた。

 

あの少女もオロオロするばかり。

 

今からエスト瓶を取りに行く時間は無い。

 

灰は辺りを見回し、あるものに気が付いた。

 

 

 

「祭司の聖鈴・・・・・・」

 

 

 

 台座に飾られていたその聖鈴を手にした。

 

 

 

― 祭司の聖鈴 ―

 

 

 

ロスリックの聖職者や不死人達が、奇跡を行使する為の触媒だ。

 

この聖鈴は、必要な信仰の値が低く、今の灰でも使えそうだ。

 

灰は意識を集中させ自分の信仰の値を確認した。

 

 

 

信仰 ・12

 

 

 

墓所で目覚めた時よりも僅かに上昇していた。

 

恐らく戦闘で吸収したソウルが、自動的に肉体強化の為に変換されたのだろう。

 

これなら問題なく使える。

 

神殿の備品を無断使用するので、後で厳重処分が言い渡されそうだが今は緊急時、背に腹は代えられまい。

 

灰は負傷者に近付いた。

 

担当の聖職者は、何事かと詰め寄る。

 

「私が奇跡を行使する。少し下がって頂きたい」

 

 灰は静かに継げ、手で制した。

 

「えぇっ?奇跡を使えるのですか?」

 

 これに驚いたのは、負傷者の傍らに居た少女だった。

 

灰はその問いに応える事無く、患者の負傷部分に手を当てた。

 

――まず、回復の施しから試してみるか。

 

 

 

― 回復の施し ―

 

 

 

白教の奇跡の一つ。

 

信仰の低い者でも行使が可能な回復の奇跡。

 

白教の寛容さの証。

 

 

 

本来この奇跡は自分にしか効果が無かったが、対象者に手を当てる事でその手を伝い、他者にも効果が有る程度伝達するのではないかと憶測を立てた。

 

今の灰なら周囲にも効果が有る、より強力な回復の奇跡を使えるが、現在の集中力では消費が大きい為、回復の施しを優先したのだ。

 

それに試みが成功すれば、今後の旅の助けになるかも知れなかった。

 

人を実験台にする様で、若干不誠実な行いではあるが。

 

とにかくやってみないとな。

 

灰は意識を集中させ天に祈りを込める。

 

「白教の奇跡よ施しを、回復の施し」

 

 チリーン チリーン 

 

灰が聖鈴を鳴らすと同時に自身が淡い光に包まれ、その光が手を伝い、患者にも流れていく。

 

すると完全ではないが、負傷していた傷口が幾らか塞がり出血も止まった。

 

浅く荒かった呼吸も幾らか落ち着き危険な状態は脱した様子だ。

 

周りの聖職者は、呆気に取られていた、少女も含めて。

 

「何をしている!残りの負傷者を、グズグズするな!」

 

 灰の一喝で残りの負傷者達が集められた。

 

 

 

次はより強力な奇跡、回復を行使する事にした。

 

この奇跡は、回復効果もさることながら周囲にも効果が及ぶ奇跡だ。

 

灰は、再び目を閉じ意識を集中させた。

 

チリーン

 

聖鈴が清浄な音を奏で、より強い光が周囲を満たし傷を癒していく。

 

負傷者達の傷が忽ち癒され、容態が安定していく。

 

 

 

これで大丈夫だろう。

 

後の処置は、専門家に任せるとしよう。

 

戦争の様な喧騒に包まれた治療室は、徐々に落ち着きを取り戻し、担当者達は各々の持ち場へ戻ってゆく。

 

灰も聖鈴を元の場所へ戻し、後始末を手伝う事にした。

 

 

 

暫くして、執務室に来る様にと指示を受けた。

 

――まぁいい、想定していた事だ。

 

灰は執務室へ向う。

 

少女が付いて行こうとしたが、入り口の衛兵に止められてしまった。

 

こればかりは仕方が無い。

 

直ぐに済む、と不満そうな少女を宥(なだ)め、司祭長の待つ執務室へと入って行く。

 

 

 

 

 

 

 

「白教・・・・・・、ですか?」

 

 司祭長には、余り馴染みの無い教義である。

 

「・・・ええ。遥か古の時代の教え・・・・・・」

 

 灰は、白教について大まかに説明した。

 

 

 

最初の火継ぎを行った、太陽の光の王グウィン。

 

その叔父にあたる、ロイドと呼ばれる神が起こした教義、白教。

 

不死人を忌み人とし、不死人は呪われた化け物であり、淘汰される存在。

 

白教の目的は、不死人の存在を悪として人間に認識させる事。

 

そのために白教の騎士には不死人狩りを、白教の信徒には不死の巡礼の使命を与えた。

 

ロイドは白教により、人間の中から火の時代を終わらせる闇の王が現われることを防ぐと共に、次代の火を継ぐ者を導く。

 

それら不死人を淘汰する為の奇跡が白教の奇跡。

 

忌み嫌われ、化け物扱いされる自分の様な不死人が、白教の奇跡を行使するのは何と皮肉な事か。

 

現在は、不死人かどうかもあやふやな存在であるが・・・・・・。

 

 

 

灰は一通りの説明を終えると。

 

「私は、信仰心厚き聖職者でも、聖人でもありませんよ。ただ使命を果たす為に必要なればこそ奇跡を学んだ、そんな卑しい人間なのです」

 

 自らを蔑むかの様に嘲笑した。

 

司祭長は暫し目を閉じ、押し黙っていたがやがて。

 

「自分を卑下するのはお止めなさい。貴方はその奇跡を使い、尊い命を救ったのです。誰も貴方を蔑むことは叶いません、胸を張りなさい」

 

 司祭長の穏やかな笑みが、灰を包み込む様に諭す。

 

本当にありがたい言葉だった。

 

 

 

この人には敵わない、器が違い過ぎる。

 

「勿体無きお言葉です」

 

 灰は、上辺ではなく本心からの言葉を述べた。

 

 

 

「灰の方、提案が有るのですが」

 

 司祭長が何やら案を提示したいらしい。

 

「・・・治癒士として、この神殿の正式な信徒になる気は、有りませんか?」

 

 ?!!

 

余りに唐突な提案に灰は面食らった。

 

 

 

だが嬉しい申し出でもある。

 

この神殿の治癒士として、第二の人生を歩む。

 

決して悪い話ではないが、既に灰の心は決まっていた。

 

 

 

「折角の心遣い、誠に痛み入ります。・・・ですが私の心・・・は、す・・・で、に?」

 

 突如、灰の意識に聞き慣れぬ音が鳴り響く。

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

 

 

何度も何度も鳴り響く、硬い何かを転がす音。

 

 

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

 

 

意識が混濁しそうになる。

 

 

 

・・・そうだ、このまま信徒として生きる事に何の不満がある?

 

・・・何も危険極まりない冒険者として生きていく必要など無いではないか?

 

・・・此処は、暖かな人達に包まれている。

 

 

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

 

 

・・・あの少女も自分を慕ってくれている。

 

・・・此処には、居場所がある。

 

・・・そう、この神殿の一員として・・・・・・。

 

 

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

コロコロコロ。

 

カタッ!

 

・・・ちっ!

 

舌打ちと、あの音が止んだと同時に、意識が急に鮮明になる。

 

灰は、我に返り。

 

「矢張り私の心は、既に冒険者になる決意を固めております。折角の申し出、無下にしてしまい誠に申し訳ない」

 

 灰は司祭長の申し出を断り、冒険者になる決意を伝えた。

 

 

 

司祭長は、穏やかな笑みで。

 

「いいんですよ。貴方の人生ですから、貴方が決めるべきです。強制するつもりなど毛頭ありません」

 

 笑みを崩さないながらも、彼女は言葉を付け加える。

 

「只、優秀な聖職者達は、魔神王との戦で殆どが駆り出されているのです」

 

 それ故に、治癒士が圧倒的に不足している事も。

 

 

 

――・・・成る程、そんな理由があったのか。

 

僅かに心が痛む。

 

「もしかしたら、依頼として貴方を呼び寄せる事が有るかも知れません。その時は力をお貸し下さい、灰の方」

 

「ははっ!承知致しました。私の拙い奇跡で宜しければ!」

 

 灰は、恭しく頭を垂れ一礼で応えた。

 

どうやら、祭司の聖鈴の無断使用については触れる事なく、不問にしてくれた。

 

 

 

 

 

執務室を退出した灰に、少女が詰め寄って来て質問攻めにされたが、やんわりとはぐらかした。

 

 

 

 

 

 

 

 地母神は、盤を見つめ少々不満気な表情をしていた。

 

骰子を何度も振り、火の無い灰の意思決定を試してみたのだ。

 

別の盤から持って来たこの駒をこちら側に上手く引き込めないものか?

 

神殿に居るこの時が最大のチャンスだったのだ。

 

今のところは秩序側に傾いている、ここらで一気に畳み掛けようとしたのだが、骰子の出目が今一つだった。

 

結局灰は、冒険者確定になった。

 

 

 

だが、収穫は有った。

 

骰子を振らせないこの灰も、全く効果が無い訳でもなく、ある程度此方側からの干渉が可能であるという事だ。

 

これは大きな収穫だ。

 

今後積極的に介入を試みてみようかと、地母神の頬が緩む。

 

突如、地母神の肩に手を置く者が一人。

 

彼女は振り向く。

 

その手の主は、太陽の光の神だった。

 

別に怒っている訳ではないが、その無表情は無言の圧力を加えて来た。

 

 

――・・・君、程々にし給えよ・・・・・・、と。

 

 

 

地母神は、額から一筋の汗を垂らし、無言で何度もウンウンと頷いた。

 

神々は再び盤に目をやり、遊戯を再開する。

 

……

 

彼の滞在期間は、知識の吸収、雑用、治癒の手助け、少女との交流に費やされ三日が経過、いよいよ明日の朝で釈放となる予定だ。

 

その前夜、語学力の試験と称して一枚の用紙が渡された。

一般の羊皮紙とは違い、上質の木材を加工して(こしら)えた高級品の用紙である。

紙の項目に『自分の履歴や特徴を記入せよ』との事だ。

彼は用紙に向かいインクを滲ませたペンを走らせた。

 

自分の氏名。

 

――残念だが忘れた、北の不死院(ロードラン時代)でな。皆は私を『火の無い灰』と呼ぶ。

 

年齢。

 

――不死人になる以前の実年齢だろうか?当然覚えていないが、あの女騎士は成人したてと言っていたな。15~16歳か?

 

身長。

 

――この神殿に来た時に身体検査を受けたな。確か、176センチだったか。

 

体重。

 

――身体検査にて、67キログラム。

 

以前の職業。

 

――どう応えたものやら?火継ぎの時代の職業か?不死人などと書ける訳もなく、持たざる者…いや論外だ、強いて言うなら()()か?

 

将来の目標。

 

――……何だこれ?どう書けと?希望を書けば良いのか?……この世界を知りたい?

 

こんなものだろうか。

記入し終えた用紙を担当官に渡す。

 

――本当に試験か、これ?

 

彼は訝しんだが、下手に疑念をぶつける訳にもいかなかった。

程無くして試験?は、終了し部屋に戻る事になった。

 

……

 

自室で何気なく過ごしていると、ドアがノックされ少女が入って来た。

その表情は、沈んでいて目尻に涙を浮かべている。

理由は分かりきっていた。明日でお別れなのだ。折角仲良くなれた人と、もう会えなくなる。

十歳前後の少女が、この別れの現実を受け止められるほど彼女の心は強くはなかった。

 

――…この空気感、些か居たたまれぬ。

 

「ちゃんと会える、近い内に」

 

 灰は単刀直入に事実だけを伝えた。

 

「私は冒険者に成る。神殿が、依頼を通じて私を呼び寄せる事もあるそうだ」

 

  一瞬驚いた顔をしていた少女が、僅かな喜びの表情を浮かべる。

 

「本当ですか?!」

 

「本当だとも」

 

 どうやら少女は、いつもの元気を取り戻した様だ。

 

――良かった、正直泣き出されては敵わなんからな。

 

彼は安堵し、少女と心行くまで語り合った。

 

さて、そろそろ夜も更け消灯時間も迫ってきた。

まだ幼いとはいえ、何時までも男の部屋に入り浸るものではない。

もう寝るように、彼は促す。

少し不満気な少女であったが、何やら頼みたい事があるそうな。

 

「……あのですね、最後に、その……お顔を、見せてもらえませんか?」

 

 少女は、火の無い灰の…この男の素顔を眼にした事が未だなかった。

 

――どうする?見せる様な容貌か?私の素顔は。

 

「……駄目でしょうか?」

 

 再び少女の顔が沈み始める。

 

「…分かった。あまり他言せぬようにな」

 

「はい!約束します」

 

 彼は、ゆっくりフードを解き素顔を顕にした。

 

――……?!!

 

少女は両手を口に当て、目を丸く見開いていた。

そして見る見る間に、顔全体が燃え盛るデーモンの炎が如く紅く染め上げ――。

 

「――お、御休みなさぁい!明日見送りに行きますからぁ!」

 

 少女は、瞬間移動のごとき速さで自室に戻って行くのだった。

 

………

……

 

――…軽々しく見せるものでもないな。

 

彼は、少しばかりの後悔を覚え就寝に着いた。

 

月と太陽の位置が入れ替わり朝日が昇る。

 

何も変わらぬ一日が始まる。

だが一部の住民にとっては、変化のある一日が始まろうとしていた。火の無い灰と、それを取り巻く人々との新たな出会いと別れ。

 

……

 

彼は今日付けで釈放となり、自由の身となった。

これから冒険者の登録に向かうのだ。

冒険者ギルドへの案内は、神殿所属の衛兵が担当してくれ手筈だ。

司祭長と数人の聖職者、そして世話をしてくれた少女も見送りに来てくれた。

 

「今迄お世話のなりました。貴方達の受けた御恩は、決して忘れません」

 

 灰は、深く頭を下げ別れの挨拶とした。

 

「灰の方。貴方も決して、御身を軽んじる事のなき様に」

 

 司祭長も挨拶を返す。

 

「また来てね。灰のお兄さん」

 

 少女も声を掛けてきた。

 

「ああ、必ず。そして貴公は大成するであろうよ」

 

 そう言うと灰は、皆に丁寧な一礼で応え、衛兵に連れられ神殿を後にした。

 

「お兄さん、またお話一杯しましょうねぇ!!」

 

 背後から少女が目一杯叫んでいる。

彼は、振り返る事は無かった。

その代わり――。ジェスチャー『静かな意思』で応えたのだ。

また会おうと言う意味を込めて。

その意味が少女に通じたかどうかは、定かではない。

だが少女は、彼の姿が見えなくなるまで手を振り続けていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

空は陽光に満たされ街の人々の往来は、いよいよ激しさを増そうとしている。

彼は、久し振りに街を歩いた気がした。

 

これより始まる。

火の無い灰の新たな物語が。

 

その物語の行く末は、盤上の神々さえも予測はできない。

それが人の織り成す冒険譚。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

火の無い灰

 

 素性:持たざる者

 

  ソウルレベル 13

 

   生命力・12

 

   集中力・10

 

   持久力・12

 

   体力 ・12

 

   筋力 ・12

 

   技量 ・12

 

   理力 ・10

 

   信仰 ・12

 

   運  ・10 

 

 

奇跡、呪術の火、ソウルの魔術、カーサスの高速体術が使用可能。

 

 

 

装備品

 

 

 頭 :無し

 

 体 :布の服

 

 腕 :即席のバンテージ

 

 足 :即席のサンダル

 

 

 

所持品

 

   ・エスト瓶

   ・エストの灰瓶

   ・螺旋剣の破片

   ・錆びついた金貨×3

 

 

 

 

 

 




 如何だったでしょうか?

やっと神殿の話が終わった。

予定では、一話分で終わらすつもりだったのが、こんなに長くなってしまった。

太く短くいきたいものです。( ̄□ ̄;)



あと一週間も神殿に篭っていれば、立派な信徒にされてましたかね、灰は。

まぁなんとか、火冒険者に成れそうです。



それにしても、白教の説明は難しい。

まぁ、余り本気にならず適当に受け流しといて下さい。

次回は、やっと冒険者になります。

楽しんでいただけたら幸いです。

ではマタ。( ゚∀゚)/



灰のヒロインどうしようかなぁ・・・・・・?


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