ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 お久し振りです。
暫くの間、更新が滞り申し訳ありませんでした。 m(_ _;)m
投稿いたします。


第78話―ダークゴブリン軍VS剣の乙女軍―

 

 

フラム

 

 投擲用の爆弾で、衝撃を加える事で起爆する。

主に錬金術で作成され、制作難度も比較的低く多くの数が流通している。

ただし、必要となる素材は地域によっては採取が困難で、手に入らない事も多い。

調合だけで入手できる、火炎壺や黒火炎壺が重宝される場合も存在するのだ。

 

不老不死の妙薬(賢者の石)を生み出す過程で発見されたと言われる、火の秘薬(火薬)。

錬金術は、これからも生み出し続けるのだろう。

 

多くの賢者を――。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(推奨BGM ロロナのアトリエ ―― 困ったときは相談してね)

 

 錬金術で造り上げた投擲爆弾フラム――。

出来上がった数は、数十個を超えていた。

過度な衝撃を与えぬよう細心の注意を払いながら、フラムに穴を空ける。

穴を空けた後は、羽付きの細い木の枝を通し、金属ヤスリで余分なフラムを削り取った。

「ふぅ……こんなものか」

 軽く息を吐き、一旦作業の手を止める一人の男――灰の剣士。

「――ず、随分造ったね…灰君」

 かれこれ50本以上は完成しただろうか。

鏃を爆弾として放つ『爆裂矢』を目にし、ライザは感心するやら呆けるやらである。

灰の剣士としては、まだまだ作り足りないのが本音ではある。

しかし原料となる素材にも限りがあり、これだけの数を揃える事が出来ただけでも僥倖と言えるだろう。

「弾頭の重量と構造上、余り遠方には飛ばせなかったが、致し方なしか」

 出来上がったばかりの爆裂矢は、ステルク率いる戦士職の面々が試射を行い性能を吟味していた。

元は投擲用の爆弾で、フラムを鏃として無理に改造した爆裂矢だ。

矢そのものと性能にブレが生じるのは、止むを得ないのだろう。

「それこそ錬金術で造れば良かったのに…」

「灰君、もしかして錬金術嫌い?」

 ルルアやライザは、最後まで錬金術で造り上げる案を彼に勧めていた。

しかし彼は錬金術ではなく、敢えて手作業にて矢の作成に取り掛かっていた。

「気を悪くさせてしまったか?すまぬ…」

 決して彼自身、錬金術を嫌悪している訳ではない。

何度も反復を重ね錬金術にて、フラムを造り上げてきたのだ。

その有用性は、彼自身も十分に認識していた。

しかし、彼の本領は剣士で戦士職だ。

使い慣れた手法と技術を以て、手作業での加工が彼には馴染むのである。

「実際、私もどういう道を歩むかは分からぬ。何時かは、誰かを教導する立場に成るやも知れんしな」

 使命を全うし、冒険者を引退する日も訪れるだろう。

その時彼自身も、誰かを教え導く職に身を置いているかも知れない。

だが、全ての人間が錬金術に適性があるとは限らない。

そういった人々の為にも、錬金術以外の知識や技術を出来るだけ血肉としておきたかった。

何時か先の未来、教導する時の為に――。

「…物騒なんだか、お人好しなんだか、良く分からないわね君って」

 軽く溜息を吐き、少々呆れた表情でライザは彼を見た。

――ま、あたしを助けてくれた時点で、良い奴なのは知ってたけどね。でなきゃ、神殿のあの子や夢魔の子が寄って来たりしないもんね。

”自分の目で確かめた方が良い”

地母神神殿の見習い神官の少女に、そう告げられた事をライザは思い返す。

灰の剣士について、ギルドから良くも悪くも色々言及されていたが、今此処で彼の為人の深層を垣間見た気がした。

「さて…依頼通りの作業は一通り熟せたね。みんなぁ、お疲れ様ぁ」

 そこへロロナが労いの声を掛け、仕事が一段落着いた事を告げる。

「やっと終わったかぁ、腹減ったぜぇ」

 ジーノを始めとし、皆は肩の力を抜きながら身体を解す。

その時、扉がノックされ複数人の冒険者が入室してきた。

「――おぉ、居た居た…っと、失礼致します!」

 先頭に居たのは男の冒険者――同期戦士を含めた面々だった。

まだまだ作法に疎い彼ではあったが、流石に彼女ら錬金集団の特殊な雰囲気を感じ取り、姿勢を正し一礼を執る。

だがそんな事を気にも掛けず、ズカズカと歩み寄る男が一人――。

 

ゴブリンスレイヤーだ。

 

「――ちょっと!貴方は、礼儀ってものを知らないの?少しは遠慮ってモンがあるでしょっ!?」

 彼の態度が気に障ったのだろう。

女性冒険者で一流の槍使いでもある、ミミ=ウリエ=フォン=シュヴァルツラング。

そんな彼を見て、半森人の少女野伏は額に手を当て天井を仰いでいた。

抗議の声を上げるミミを無視したゴブリンスレイヤーは、灰の剣士へと歩み寄る。

「出撃は明朝、日が昇る前だ」

 ただそれだけを告げ、錬金棟から立ち去った。

そんな彼に唖然とする面々。

「今の戦士は?」

「ゴブリンスレイヤー。スンマセン、うちの身内が粗相を――」

 申し訳なさ気に、同期戦士はステルクに応える。

 

出撃時刻を告げに来た。

 

それだけの用ならば、彼一人で事足り複数人で訪れる必要はない。

同期戦士を含めた面子が来訪した理由は他にもある。

「お前さん、今夜はどう過ごすんだ?ほら、昨夜の件で……」

 

 今夜どう過ごすのか。

 

彼は灰の剣士に、そう問う。

原因は判明していないが、灰の剣士は水の都で毎夜悪夢に苛まれてしまう。

故あって彼は、夜を就寝で過ごす事が出来ないのだ。

「なに、どうしたの?灰君何かあったの?」

「実はですね、剣士さん――」

 彼の事情など当然ライザは知る由もなく、そんな彼女に銀髪武闘家が教える。

「――悪夢…ですか、何とかしてあげたいのだけれど、もう素材が…」

 銀髪武闘家の言葉を受け、トトリが打開策を見出そうとするが、錬金術に使える素材は手元には無かった。

「朝方なら、辛うじて寝る事が出来る。馬車で何とか仮眠だけでも取れれば――」

 朝方の時間帯なら睡眠を取る事が出来る。

出撃は日が昇る前だ。

悪夢を回避できる時間帯は必然と馬車の中になるだろう。

「――だったら、あたしらの馬車に乗ればいいわよん。ちょっと揺れるかもだけど、中に入れば…クフフフ…」

 悪戯っぽく含み笑いながら、ピアニャは自身の馬車へと誘った。

「何ならライザちゃんや皆さんも、おいでなさいな。錬金術の可能性を見せてあげませう!ぬぅっふっふっふ!」

「――良いんですか?…それじゃ是非!」

「師匠、何か企んでません?」

「全員入る様な車体なんですか?」

 彼女は、ライザや同期戦士たちをも誘う。

「どうしようか……」

 ライザは快諾したが、同期戦士達は即答できず皆で少しばかり話し合い、やがては受け入れる方向で話が付く。

「そう言う事であれば、お邪魔させて貰います」

「いいよいいよ、貴方達の反応も楽しみだねぇ~」

「やっぱ師匠、そんな事を考えてたんですね」

 

 既に一連の作業を終了しており、彼等は会話に華を咲かせた。

「うわぁ凄い、森人(エルフ)なんて初めて見たぁ……」

鉱人(ドワーフ)なんてのも、実在したんだねぇ…」

 森人や鉱人が珍しいのだろうか。

エーファやメルルが、彼等を興味深そうに眺めていた。

「フハハハ、珍しいかろう!我が高貴なる身、とくと刮目せよ!」( *`ω´) ドヤァ

「誰もお前なんぞ興味はねぇって…、コッチの上森人か半森人だろ、珍しいのは――」

 得意気な森人僧侶に、鉱人斥候が辟易としながら言葉を挟んだ。

「貴方たちの国には、森人って居ないのね」

「う~ん、オーレン族っていう種族なら居るんだけど――」

「私たちの国にも、森人って居ないよね」

 上森人の妖精弓手にはライザやルルアが寄り添い、互いの国について話し合っていた。

「わぁ、可愛いワンちゃん。――お手!」(* >ω<)

「…………」( ̄□ ̄;)

「ロ、ロロナ君?流石にそれは……」( ̄ω ̄;)

 ロロナにとって、犬型獣人も珍しい対象なのだろう。

お手を要求され、凍り付いた様に固まってしまう獣人魔術士。

(因みに、ちゃんと”お手”で応えている)

そんなロロナに、どう対応して良いか分からないステルクであった。

「アンタも冒険者なんだろ。何時かアンタとも組んで冒険してみたいぜ!」

「俺もまだ修行中だけど、アンタ達もギルドで登録してみたらどうだい?」

 ジーノやライアスは、同期戦士と会話を楽しんでいる。

「ゴブリンスレイヤーって、大体あんな感じなのか?」

「気を悪くしない下さい。彼にも事情があるのです」

 昼間ゴブリンスレイヤーと交流があったオーレル。

彼のぶっきらぼうな対応には些か眉を顰めるものがあり、禿頭僧侶が事情をある程度だが説明した。

「皆さん、そろそろ夕食に致しましょう!錬金術で造ったものですが、きっとお口に合うと思いますよ。沢山作ったから、皆も召し上がって下さいな!」

 気が付けば、窓から朱を帯びた光が刺し込んでいた。

日は完全に傾き、そう時間を置く事も無く夜が訪れるであろう。

「なんじゃ?錬金術で食いモンなんて、拵えられるモンなんか!?」

「錬金術ねぇ、里の長老たちも釜に色々詰めてたわね」

 トトリの発言を耳にし驚嘆する鉱人斧戦士と、故郷での様子を懐かしむ妖精弓手。

「錬金術とは、そんな事も可能なのか?いや、口に入る物を作成できるのだから、寧ろ当然なのか」

「灰君も挑戦してみれば?その気になれば、建物だって造れるよ」

「れ、錬金術って凄いですね!わたしにはチンプンカンプンです!」

 食料をも作れる事を知り、灰の剣士と銀髪武闘家も個人差こそあれど驚きの表情を見せる。

こうして彼等は夕食(カレー)を楽しみ、忠実した時間を過ごした。

 

(推奨BGM ライザのアトリエ ―― 夜風と星のうた)

 

その後は風呂で各々の身体を清め就寝の時間が迫る中、錬金棟には一人の男と女が残っていた。

灰の剣士とライザである。

二人以外は錬金棟から退出し、出撃に備え就寝に入っていた。

「何ゆえ、貴公まで夜を徹する?」

 灰の剣士自身は悪夢の件があり、出撃まで此処で過ごす事にしていた。

既にその許可は提出済みで、上も許可を出している。

しかし、ライザまで彼に付き合う必要はないのだ。

「君が変な事を仕出かさない様に――」

 

「「……」」

 

 そこで会話は打ち切られ、錬金棟はシンと静まり返った。

「この件が片付いた後、貴公はどうするのだ?」

 再び彼が口を開き、ライザの今後について質問した。

自分と居るよりも、ルルア達と居た方が彼女は活き活きとしている。

便宜上彼女とは一党を組んだ身ではあるが、ライザが望むのなら錬金集団へと託すつもりでいた。

「貴公の事だ、ルルア嬢たちから――」

「――それよりもさ、その”キコウ”って言うの止めてくれない?なんかすっごく他人行儀っ!」

 みなまで言う前にライザが抗議の声を挟んだ。

不満に満ちた表情で、怒っているのか悲しんでいるのか或いはその両方なのか、言葉よりも寧ろ視線で彼を責める。

かなり不愉快だったのだろう。

元々彼女は人見知りをしない性分で、大抵は誰とでも直ぐに打ち解ける。

そういう意味では、ゴブリンスレイヤーや灰の剣士とは真逆の人間性を保持していると言えよう。

「見た目通りの性分でな、きこ…君のようには振舞えんさ。だが今迄の応対が不快だったのなら謝罪しよう、申し訳なかった」

 言い訳半分、謝罪半分といった態度で謝罪の意を示す灰の剣士。

「見た目通りの性分って、君、その布で隠れたままじゃんか!」

「さっきから何を怒っている?」

「――怒ってない!もっと気さくに接してくれても良いじゃないって言ってんの!」

 反りが合わないとは、この事だろうか?

まだ知り合って二日くらいの時間しか経過していない二人だ。

お互い知り得ていない部分は、多分にあるのは否めない。

だが、余り話し掛けても来ない、何かに誘って来る訳でもない。

折角一党を組んだというのに、距離を縮める気配すら見せない灰の剣士にライザは少々苛立たし気だった。

「残念だが、ルルア嬢たちのようには振舞えぬ。会話すら事欠く私と居ても、つまらぬだけだろう?」

 彼自身も本音としては、ライザが求めるように振舞ってはみたいものだ。

しかしどうにも彼女らと自分とでは、住む世界が違い過ぎる気がしていた。

ルルアやライザが”陽”だとすれば、自分は間違い無く”陰”に位置するだろう。

相容れる気がしないのだ。

「――そういう努力をしてないだけでしょ?逃げてるだけなんじゃない?」

「――かも知れぬ」

「こら!少しは否定しなさいよ!…あぁもう!怒るのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ!」

――矢張り怒ってたか。

彼女なりに煽り、彼の本音を引き出そうと試みたが焼け石に水だった。

「今更だ。どう試みて良いかも検討がつかぬ」

「…そんな投げやりだと、神殿のあの子にも嫌われちゃうわよ?」

「――本当はそうであって欲しい。使命に殉じる()()()()に、高潔なあの子は()()()()位だ」

「……」

 言葉が浮かばなかった。

ライザに対する接し方の話だった筈が、”使命”などと言う言葉に置き換わり話が飛躍しようとしていたのだ。

「ライザよ、お前にも故郷を救うという使命がある様に、俺にも果たさねばならぬ使命が存在する。道が交わらぬ以上、近い将来、別離が到来するであろうよ。お前はこれからも、そんな俺と交流を続けるというのか?」

 滅びの故郷を救おうと母国を離れ、この地へとやって来たライザ。

幾多の使命を帯び、大王グウィンとの約束を果たさんとする灰の剣士。

使命という共通項はあっても、その道は全くの別路線とも言えた。

「……で、一人で背負い込む気?」

「残念だが手遅れだ。既に何人もの人達を巻き込んでしまった。……腹立たしくなる!己の無力さにっ……!」

 この四方世界へと転移し、ロスリックまで流れ着いていた事を知り、グウィンに果たし切っていない使命がある事を諭された。

法王サリヴァーン(現魔神皇)の台頭、ロンドール黒教会の暗躍、そして今討たんとしているダークゴブリン。

正直な処、自身一人で討ち果たし、決着を付けたかった。

だが今こうして多くの人々巻き込み、彼等の力に頼り切っているのが現状だ。

彼は拳を握り締める。

未だ小鬼という存在に足踏みしている自身を、殴ってやりたい気分だった。

「……」

 ライザは押し黙ったままだ。

呆れ失望しているに違いない、この様な情けない冒険者と共にしたい者など居る筈もない。

ならば、その方が彼女の為にもなるだろう。

灰の剣士に失望しルルア達の方に与してくれるなら、ライザの使命も果たし易くなる。

同じ錬金術士が集まった環境だ、ライザにとっても都合が良いだろう。

その内、地母神神殿に居る見習い神官の少女も、本性を知った彼に愛想を尽かすだろう。

そうなってくれれば、彼女も自分になど心を摩耗させる事なく未来へと進んで行く事が出来る。

以前、魔女に人と関わるべきだと諭された事があったが、矢張り合わない事をするべきではなかった。

これでライザとの繋がりも、この依頼限りとなるだろう。

だがそれで良い。

それこそが互いの最善策なのだ。

少なくとも彼にはそう思えた。

「……昨日の晩餐会でね、ルルアから誘われたんだ…コッチに来ないかって」

 ライザは昨日の晩餐会の出来事を話し、黙って耳を傾ける灰の剣士。

「あたしもルルア達も錬金術士だからね、確かにそっちの方が目的も達成し易くなるし、何より凄く楽しい!」

 間違い無くライザの本心だろう。

彼女達と居たライザは、とても満たされていた。

「私もそう思う。君の居場所は、私の下ではない」

「……そう思っているのは君だけ。君はあたしの恩人で、そんな人をほっぽり出すほど薄情じゃない積りだよ」

 どの様な形であれ、ゴブリンに襲われていた処を眼前の彼とジークバルドに助けられ現在に至るのがライザだ。

「まさか、断ったのか?」

「ううん、受け入れたよ。……条件付きでね!」

「条件付き――と?」

 ルルアの誘いを条件付きで受けたというライザ。

些かに困惑する灰の剣士。

 

「君が一緒に来るって言うんなら、ルルア達について行くって言ったの」

 

 はっきりと、きっぱりと、明確に、ライザは彼に向かって言葉を放った。

 

「……ライザよ……君は……」

 

 それ以上言葉が続かなかった。

一体なぜ、そうまでして――。

そんな疑念が止めどなく脳内を駆け巡る。

「あたしは()と一党を組んだんだよ?当たり前でしょ」

 さも当然だと言わんばかりのライザ。

感情豊かな表情を浮かべるのが彼女(ライザ)という人物だが、無表情を浮かべる彼女は戦慄を覚える程に迫力が滲んでいた。

「先程も言ったと思うが、私は私の目的がある」

「そう。だから、あたしは君と共に行く!そう決めたの!」

 それが彼女の答えだった。

この依頼が片付けば、参加者全員が昇級対象に入る。

現在、青玉等級の彼は翠玉等級へと昇進する事になるのだ。

それは、西方でのロスリック侵入の正式条件を満たした事になり、彼は昇進が叶い次第すぐにでもロスリックへ挑む積りでいた。

つまりライザが灰の剣士と行動を共にする以上、ロスリック探索に同行する可能性も生まれる。

「…一応言っておくが、ロスリックは――」

 彼はなるべく掻い摘んで、ロスリックの危険性を説明した。

死と呪いの渦巻く曰く付きの地だが、物動じしない彼女にどれだけ伝わったかは定かではない。

しかしライザは無言で耳を傾け、僅かだが体を震わせていた。

「……それが本当なら、ちょっと怖いね……それでも君と共に行くよ、あたし」

「――なにも無理して同伴する必要はない。拠点街で錬金術に従事し研鑽するという手もある」

 実際彼女がロスリックまで同行するかどうかは、一度現場を体験させた方が良いだろう。

ロスリック高壁辺りで、軽く探索させ判断すればいい。

「――分かった。君がそう決めたのなら、その意思を尊重する。こんな欠点だらけの私だが、改めて宜しく頼めるか?ライザリン=シュタウト!」

「――うん!改めてこちらこそ、火の無い灰…薪の王…?ややこしいね、君の名前思い出せるようにしなきゃ…だね!」

 両者は握手を交わす。

ライザは言うに及ばず、灰の剣士も何処となく笑みを浮かべている。

「そうそう!そういう顔してる方が、100倍は素敵だよ!そのうち顔ちゃんと見せてよ」

 しゃがみ込み、下方から彼の顔を覗こうと試みる。

「止めとけ、私はゴブリンより醜悪らしいぞ?」

 辺境のギルドでは、彼の素顔は小鬼以下の醜い風貌をしているというのが通説だった。

尤も彼自身、自分の容姿に関心など無く、精々不快にさせないように振舞うのを心掛けている程度だ。

「……ふーん、ま、そういう事にしとくか。…でさ、あたしが此処に居る間、もしもだよ?もしも君が早めに使命を果たせば、…自由の身なんだよね?」

「…言わんとしている事は大方分かる。仮に事態解決が早期に成ったとしても、私はこの国で居を構える積りだ。おいそれとソッチ(クーケン島)で骨を埋める事は叶わんだろうな」

 彼女が何を期待しているのか、それは直ぐに察する事が出来た。

早期に使命を果たす事が出来れば、何をどう成そうと後は彼の自由だ。

それこそ、彼女の故郷へ赴き力を貸す事もできる。

 

それはまだいい。

 

だが、これまでのやり取りで彼女の為人と言うのも、ある程度は理解出来た。

自分の国へと連れ帰りたいという願いが見え隠れしている。

ルルアの誘いを蹴ってまで、灰の剣士を選んだのだ。

何かしら特別な感情を抱いていていなければ、普通はルルア達を選ぶ。

しかし彼は、見習い神官の少女と約束を交わした身だ。

 

この国で家を買い、何れは共に暮らそうという小さな約束。

 

あの幼い少女が、そんな約束を覚えているかどうかは疑わしいものだが、少なくとも彼自身には義を通す責務があるだろう。

「そっかぁ…、ま、良いけどね。他にも手はあるんだし、ニィッヒヒヒ…!」( ̄∀ ̄)

「……何を企んでる?」( ̄ー ̄)

 何かを画策しているのは容易に見て取れる。

ライザに問うものの、はぐらかされ躱されてしまった。

「さて、それはそうと話を戻して。……君をもっと社交的にしないとだねぇ?」

「――ぬ!?覚えてたか」

「当たり前でしょ!男の癖に逃げんじゃないの!」(*`ω´*)

 確かに、彼女に対する灰の剣士が些か他人行儀で、距離を置こうとする姿勢に不満を抱き今に至るのだ。

「残念だが、そう変われそうにない。どうやら元々こういう性格みたいでな」

 彼の性格に現在の立ち振る舞い――。

不死人に成る以前の記憶は曖昧だったが、今とそれ程変化は無かった様に思えた。

つまり他人と一定の距離を保つ姿勢は、生来に備わった性格らしく交友関係を結ぶ事に抵抗を抱いていたという事だ。

「うーん…、改めて見れば、変に砕けた君は却って気持ち悪いだけかも知れないね。えっと何だっけ、確か『チャラ男?』『ナンパ師?』だっけ?そんな君には成って欲しくないしね。それなら今のままの方がマシかもしれないけどさ、それでも、もう…ちょっと…こう…ねぇ…」

 故郷の島で豪商の娘、クラウディア=バレンツという少女と親友になる事が出来たライザ。

その少女は父の仕事の関係上、様々な地方に渡り歩く機会に恵まれ、雑学にもある程度精通していた。

ライザは彼女から、所構わず女に声を掛け関係を持ちたがる男――ナンパ師やチャラ男と呼ばれる類の人種を聞かされた。

街で一人で行動している時クラウディアは、よく男から声を掛けられたらしい。

当然ライザは、そんな経験など一度もなく男女の関係にも疎いが、何となくそう云った人種に好い印象など抱いてはいなかった。

灰の剣士に、そんな人種を当て嵌め想像してみたが、単純に違和感と忌避感しか湧かない。

「――とは言っても、此方から話し掛けたらちゃんと答えてくれるし、いう程つまらない男って訳でもないかぁ。――じゃあ、少しずつ調教…ゲフンゲフン、矯正していく感じで……ブツブツ……」

 一人ブツブツと変に納得するライザ。

「……もう良いか?その話は……?」

――いつまで続ける気だ?

「んーまぁ良いでしょ。お開きにしますか」

 やっとの事で一旦話は着き、彼は心の中でホッと息を吐く。

「ルルアの事なら何も心配いらないよ。何時かは王都に行くんだから、その時一緒に行動すれば良いだけだし、もちろん君も一緒にね!」

 ライザはその事を計算に踏まえた上で、彼と行動を共にする事を選択したのだろう。

彼女には彼女なりの打算があったという事だ。

「なら、もう何も言う事はないな。……さてと――」

 折り合いがついた処で、彼は扉の方へと向く。

 

「何時までそうしている気だ!?早く就寝し給え、貴公等!」

 

「――えっ?なに?なんなの?」

 

(推奨BGM ライザのアトリエ ―― へじへじものへ)

 

 突如として在らぬ方へと向き叫ぶ彼に、何事かとライザは扉の方へと視線を寄せる。

すると扉越しに声が漏れてくるではないか。

『何だよ、バレちまったじゃねぇか』

『会話だけで終わったか』

『てっきりキス位は行くと思ったんだけどなぁ』

『相手は灰の奴だからなぁ、大人の関係なんて期待しない方が良いかぁ』

 聞き覚えの有る声だ。

声質からして、ジーノ、ライアス、オーレルに同期戦士を加えた面々である事が判る。

完全に看破され、彼等は渋々と割り当てられた寝室へと退散する。

大方ライザと灰の剣士との()()()を期待し、話のネタにしたかったのだろう。

「油断も隙もない連中め…!」( ゚Д゚)

「良く分かったね、全然気付かなかった」

 彼はソウルの感知が可能で、かなり前から彼等が聞き耳を立てていたのは分かっていた。

正直な処、灰の剣士は誰とも深い関係を築く気はない。

 

少なくとも現時点では――。

 

そういう”色事”や”所帯”を持つ事は、全ての使命を果たし終えてからだと決めていた。

尤も、果たし終えた頃には、若さを代償に老いさらばえているかも知れないが。

「そろそろ荷物を纏めるか」

「そうだね。皆が起きる前に片付けないと」

 荷馬車へと運び出す予定の物資を選別し、纏め上げるのが二人の主な役割だ。

待ち出し易い様にロープで束ね、順次作業を終えてゆく。

彼等が起床し、全員が総出で馬車へと運び出すという手筈だった。

既に主要物資は、工作部隊が運搬し現場へと先行出撃している。

この神殿に残っているのは、直接小鬼軍と対峙する戦闘班だけだ。

「さてこんなものかな?さっきお風呂入ったけど、皆が起きる前にも一回入ろっかな?」

 少々重労働だったのだろう。

ライザの肌には汗が滲んでいた。

「後は特に用事も無い、今の内にサッパリしていくと良いさ。今なら人も居ないし、貸し切り状態だろうな」

「君も一緒に入れば良いじゃん。背中流してあげるよ、裸の付き合いって必要でしょ?」

「…男の私と混浴する気かね?」

「覗かれるのは嫌だけど、一緒に入るんなら全然嫌じゃないよ。――一緒に入ろ?」

「…然程汗も掻いておらぬ故、私はもう少し錬金書に目を通しておきたい」

 あろう事かライザは彼との混浴を提案してきたのだが、何とか取り繕い理由を付けて避けるように仕向けた。

ロロナが記した錬金書が机には置いてある。

空いた時間を活用し、少しでも錬金術の造士を深めたかった。

無論、混浴を避ける為の口実作りを含めてだが。

「真面目だねぇ。んじゃ、お先にねぇ!」

 特に気にする風でもなく、彼女は大浴場へと脚を向け退出した。

――どこまで本気なんだ、あの女?

既に退出し扉越しに彼女の方へと向き、秘かに溜息を吐く。

彼女の開放的な性格、どういう環境に包まれていたのかは大体の想像が付く。

 

「クーケン島…だったか?少し行ってみたい…かな」

 

 まだ見ぬ世界に、ほんの少しだけ想いを馳せる灰の剣士。

その表情は、何時になく穏やかだった。

 

 

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

 

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― 幌馬車のアトリエ)

 

 空は未だ夜を色濃く残しながらも、僅かに地平線が明るみを帯び始めていた。

まだ躍動するには早く、街は夢現に抱かれている。

だが法の神殿は、喧騒に包まれていた。

多くの冒険者が割り当てられた馬車へと搭乗し次々と馬を走らせる。

神殿敷地内の馬車が数を減らす中、一際目立つ幌馬車が一台――。

「よし、これで全ての物資は積み終えたな」

 ステルクが布包みの荷物を荷台へと乗せ、運搬作業が完了した事を告げた。

「お疲れです、ステルクさん。ささ、皆乗って下さいな!」

 ステルクを労い、幌馬車の持ち主であるピアニャが仲間達に声を掛けた。

彼女の誘導に従い、錬金集団を始め、ライザや灰の剣士達も幌馬車へと搭乗する。

 

「うぉぉっ!?こりゃあスゲェっ!」

「何と豪華絢爛な内装か!」

 

 幌馬車とは思えない美麗且つ品格溢れる内装に、同期戦士や森人僧侶は周囲を見回していた。

 

「ど、どうなってるんです?」

「馬車と中の広さが全然違うじゃない!?」

 

 銀髪武闘家や妖精弓手も同様に、目を見開き驚きの声を上げた。

「ふふん、どう?やっぱり驚くわよね?」

 初めて中に踏み入れた彼等の反応に、ピアニャは満足そうな笑みを浮かべた。

「これって若しかして錬金術で?」

「そそ。良く分かったわねライザちゃん」

 流石にライザには、これが錬金術の加工によるものだと看破した様で、ピアニャは笑みを浮かべ頷いた。

「錬金術とは多くの可能性を秘めておいでですのね。これは早急に錬金術を発展させなくては」

「わわ、飾りが一杯ある」

 其処には、剣の乙女や幼夢魔までもが同席していた。

幼夢魔はともかく、剣の乙女は本来なら専用の馬車に搭乗する予定だったが、此処で彼女の我儘が発動し従者の反対を押し切ってまで、ピアニャの幌馬車への搭乗を希望したのである。

「よしよし、全員乗ったわね。じゃあ、出発致しませう!」

 全てのメンバーが搭乗した事を確認し、ピアニャは『ちむどらごん』と呼ばれるホムンクルスに出発を命じた。

「凄い馬車だね、中に錬金釜まである」

「移動中は揺れるから、調合は出来ないのが難点かな」

 幌馬車の中は広く、奥には大きめの錬金釜までもが設置されていた。

ライザは真っ先に錬金釜へと目が行き、ルルアが幌馬車の特徴などについて説明する。

「ライザちゃんは、そろそろ寝ないと。徹夜したんだから」

「もちろん貴方もですよ?灰の剣士さん?」

 皆が就寝していた間、ライザや灰の剣士は夜を徹し作業に従事していたのである。

ロロナはライザに、トトリが彼に声を掛け就寝を促した。

戦場となる現場に到着するには、少なくとも数時間は要する。

仮眠とはいえ、数時間あれば充分な回復が見込めるだろう。

「2階に寝台が2台あるから、それ使って良いよ。ゆっくり休んでね、お休み」

「ありがとうピアニャさん」

「お気遣い痛み入る、ピアニャ殿」

 ピアニャの案内を聞き、ライザと灰の剣士は礼を言いつつ二階へと上がった。

二人を見送った剣の乙女は、ある疑念を口にする。

「あの二人は、なぜ夜を徹したのでしょう?」

 剣の乙女には同期戦士が応えた。

どういう訳か、灰の剣士はこの地では悪夢に悩まされ、充分な睡眠が取れないという。

しかも毎夜必ず悪夢に苛まれるが、朝方や日中なら回避できるという事が判明している。

「…()()…ですか…」

 それを聞いた剣の乙女は、過去を思い返した。

思えば最初の冒険で失態を犯し、小鬼に心身とも汚されてしまった。

それ以来、彼女も悪夢に悩まされる事となる。

だが、ソラールから貰った『太陽のメダル』のお陰で、その悪夢は幾らか和らいでいた。

更に時々ではあるが、自分に何処となく似た女性の夢を見る事があるのだ。

それは小鬼の悪夢とは比べようもなく、甘美に満ちた夢で今宵もその夢を見る事が叶った。

故に、今の彼女は(すこぶ)る調子が良い。

「まぁ、悪夢の内容までは話してくれませんでしたがね」

 灰の剣士とは同室だったが、彼が見た夢の内容までは話しては貰えなかった。

「…そうですか」

「大丈夫かな、おにいさま…」

 同期戦士の言葉に剣の乙女は思案に耽り、幼夢魔は彼を心配し二階に視線を向ける。

「私、二階で二人を看ておきますね」

「宜しくねぇ、くれぐれもあの二人が()()()()()()しないように。クフフフ……」

 別に変な意味は無いのだが、エーファは何か必要な物を要求された時の為に二階へと上がり、ピアニャは悪戯っぽく彼女を見送った。

「チョメチョメって何ですか?」

「アタシも知らない」

「師匠、どういう意味ですか?」

 それは完全な隠語なのだが、銀髪武闘家、幼夢魔、ルルアには俗世の言葉など知る由もない。

「ルルアちゃんが、も少し大人になってからね」

 ピアニャは当然の如く、はぐらかす。

「あの二人だから先ず無いな」

「さっき覗いたけど、会話だけで終わったしな」

「貴方ちょっと悪趣味じゃない?」

「呆れたわ、アンタ…」

 同期戦士やジーノの言葉に、妖精弓手とミミがジト目で呆れの声を上げる。

 

暗い街道を駆け、冒険者を乗せた馬車は群れを成しながら戦場へと向かった。

 

 

 

   デエェェ ―― 西方の丘陵 ―― ェェェエン

 

(推奨BGM Antti Martikainen ―― Set Sail for the Golden Age)

 

 小高い丘に本陣を構える事が出来たのは、実に幸運といえた。

多くの冒険者は現場に到着し、即座に行動する。

既に先行部隊が、大砲や弩砲などの野戦兵器を設置し終えている。

後は配置に就くだけだ。

速やかに、乱れる事なく――。

訓練の成果が表れているのだろうか。

参加者は、駆け出しが半数を占めていたが、円滑に配置が叶う。

本陣に簡易天幕を張り、そこには剣の乙女を始めとする神官戦士やロロナたち錬金集団も控えていた。

「帰還した偵察部隊からの報告です。小鬼軍は既に陣地を敷き、いつでも我らに対峙できる状態を維持しています」

 神官戦士長が、持ち帰った情報を報告する。

数日前より現場にて偵察に徹していた、冒険者の一党が在った。

全員が青玉等級の中堅冒険者で、5人の内2人が使い魔を扱える斥候役を担っていた。

四六時中翼竜が徘徊していたにも拘らず偵察が叶ったのは、偏に使い魔を駆使した斥候のお陰と言えるだろう。

冒険者達が到着した事により彼等は役目を終え、今は後方にて休養を取らせている。

「だが、妙な事に現在は翼竜が引き返し空は無防備な状態です」

 戦士長の報告通り、小鬼軍は翼竜部隊を退らせた状態だ。

「……休養を取らせているのでしょう。少しでも消耗を抑え、決戦に備える為に」

 剣の乙女の言葉通り、決戦は間近だ。

如何に翼竜といえども、長時間の飛行は消耗を強いるもの。

開戦する前に、可能な限り回復を図っておきたいのだろう。

「今が好機と言えましょうな。逃す手は無いかと――」

 翼竜が退いている間を利用しない手はない。

今の内に例の二人を先行させ、少しでも敵陣深くに潜り込ませる必要がある。

ステルクは奇襲作戦の展開を進言する。

「――それすらも誘いの危険性は有りますが、止むを得ないでしょう」

 神官戦士副長は些かの懸念を示すが、この機を逃せば翼竜が再展開してしまう。

「完成した秘薬と護符は、()に譲渡しています」

 錬金術師長であるロロナは、完成させた透明化の秘薬と護符を一人の冒険者――ゴブリンスレイヤーに渡していた。

「あの二人の成否が、私たちの明暗を分けます。準備が整い次第作戦を決行させて下さい」

「――ハッ!」

 それを聞いた剣の乙女は、戦士長に命を下す。

本陣の直ぐ外では二人の冒険者、ゴブリンスレイヤーと灰の剣士が、グライダーを展開していた。

「良し、(すこぶ)る調子は良好だな。これなら問題なく機能しそうだ」

 グライダーの具合を確認するオーレル。

「高台の代用は任せて下さい」

「風は私が興します」

 彼の他に男神官や獣人魔術士も居る。

高度を維持する為に、なるべく高い地点で飛翔する必要ある。

男神官の聖壁(プロテクション)で疑似的な足場を形成し、獣人魔術士を含めた魔法使いが風を起こすという計画だ。

「それにしても驚いたわ、そんな空飛ぶ道具が有ったなんて」

 傍にはゴブリンスイーパー率いる一党も居た。

彼女らは剣の乙女に”直衛に就いて貰いたい”との要請があり、此処の配置となっている。

彼女自身としては前線に出たかったが、大司教直々の頼みとあらば無下に断る訳にもいかず受け入れる事にした。

「後は命令を待つだけか」

 グライダーを展開し終わり、ハーネスに身体を括り付け準備は整った。

ゴブリンスレイヤーは、静かに開始の合図を待つ。

暫しの時が流れ、神官戦士長から作戦開始の命が下る。

「いよいよだな」

 灰の剣士は、一旦深呼吸で精神を落ち着かせた。

何せ生まれて初めての大規模作戦だ。

ロードランより始まった巡礼の旅ですら、この様な体験は無かったのだ。

否が応にでも緊張しようというもの。

「お二方…、武運長久を――」

「死なないでよ、灰君もゴブスレ君も」

「頼むぞ二人共」

 剣の乙女を始めとし、ライザや錬金集団も見送りに来ていた。

 

「いと慈悲深き地母神よ、か弱き我等を、どうか大地の御力でお守りください――プロテクション!」

 男神官がプロテクションを二枚発現させ、一枚をゴブリンスレイヤー用に、もう一枚を灰の剣士用に設置した。

 

「さぁ、二人とも乗って下さい!更に高く上昇させますので!」

 男神官に促され、二人は聖壁の上へと移動する。

 

――ここだな。

 

ゴブリンスレイヤーは、ロロナから手渡された透明の秘薬を飲み、護符をグライダーのコントロールバーへと張り付ける。

すると見る見る間に、彼はグライダーごと姿を消した。

「うわっ、ホント透明になっちゃった。流石お母さん」

 透明化するゴブリンスレイヤーを見たルルアは、驚きながらもロロナの腕前に感心する。

 

「次は我等の出番ですな」

『『『ウェントス(風)…クレスクント(生成)…オリエンス(発生)!』』』

 獣人魔術士を始めとする複数の魔法使いが、真言呪文突風(ブラストウィンド)を唱え、追い風を起こした。

 

「――行くぞ、灰よ!」

「――応ッ!」

 突風を皮切りに、ゴブリンスレイヤーと灰の剣士は助走を付け聖壁の足場を蹴り飛翔した。

それを見届けた神官戦士長は、短筒型の発射機で信号弾を真上に放つ。

麻倔涅叟謨(マグネシウム)を主原料とした信号弾で燃焼時に強い光を発生する為、広範囲に渡って合図を送る事が出来た。

「――始まったか……」

 本陣遥か前方で、信号弾を目にするソラール。

『いよいよだぜ』

『緊張するわ』

『来るなら来いってんだ!』

『暴れてやる!』

『生きて帰るんだから』

 当然、周囲の冒険者達も信号弾を目撃し、作戦が始まった事を悟り気を引き締める。

設置された陣太鼓や開戦用のラッパが鳴り響き、いよいよ戦端が開かれたのだ。

 

……

 

強い光を放つ信号弾は、小鬼側にも視認され物見の小鬼が報告に戻った。

――動いたか。

報告を受ける黒き小鬼――ダークゴブリン。

本来なら間髪入れずに、全軍に指示を出したい処ではあった。

しかし、傍らに佇む集団が彼を逡巡させていたのである。

「どういうつもりだ?」

 人族の言葉で集団に語り掛けるダークゴブリン。

「ふっふっふ、お気になさらず。我等は我等の思惑に則っております故に」

 黒い頭巾を深々と被り、背には蓋のような物を背負った老人。

恐らくは聖職者――巡礼者に連なる者なのだろう。

「確か黒教会――ロンドールなる組織だったか?利敵行為さえ働かなければ、特に目くじらは立てぬが……」

 巡礼者の他には、仮面を付けた白い装束の人族が数名付き添っていた。

以前ダークゴブリンの住処に、冒険者に扮した漆黒の騎士――『闇の王』を名乗る男が接触してきた過去がある。

それ以来ダークゴブリンは、魔神軍を経由しロンドールに関する情報収集も並行していたのであった。

生者を否定し”死と深み”を信奉する組織である事は理解出来た。

尤も生者を否定するという時点で、価値観を共有する事は不可能に近いという危機感も抱いている。

ソウルについての造士が深い組織だが、あまり関わるべき存在ではないのだろう。

これ以上詮索する事は避けたかったが、彼ら集団の中に一際目の引く存在が佇んでいた。

ダークゴブリンは、その存在に目が離せないでいた。

「まさか()()をも使役していたとはな、更に”不死の呪い”とやら迄施すとは――」

 一際目の引く存在――それは一体の小鬼であった。

金属板で補強された革鎧を纏い、上質の鉄兜、軽量且つ頑丈な金属小盾、そして腰には実践向きの片手剣が吊り下げられていた。

その(さま)を表現するなら――鎧ゴブリン――と表するのが妥当であろうか。

人族の支援を受けているなら、装備面で優遇されているのは納得がいく。

だが、そんな事はダークゴブリンにとって些末な事でしかない。

彼はソウルの感知が出来る。

鎧ゴブリンから醸し出されるソウルは、生者のそれではなかった。

ダークゴブリン自身も、ダークレイスのソウルを吸収した際、死と深みというものを肌で感じ取る事が出来た。

混沌勢の小鬼とは言え、彼は真っ当な生者だ。

故に不死というものを感覚的に理解しているのである。

「同胞への仕打ち、目に余るようであれば――」

「フッフッフ…留めておきましょう、黒き異端の小鬼よ」

 ダークゴブリンは巡礼者に威圧を加えるも、彼は動じる事無く受け流した。

「――小鬼風情が!ヨエル様を何と心得る――」

 仮面を付けた白装束の数人が剣を抜こうとするも、一人の男が制止した。

「止し給え各々方。さ、異端の小鬼よ、敵が動き出した。此方も動くべきではないのかね?」

 手で制した一人の男には見覚えがある。

――否、正確に言えば、取引を交わした間柄でもあった。

茶系のローブで隠れた服装は白色の装束を纏っており、腰には余りに見掛けない武器を備えている。

若い男だ。

ローブの若い男――。

獣の魔神軍に与する男で、医療に深い造士を備えた人物だ。

以前密かにダークゴブリンと接触し、医療に纏わる知識と薬品を提供する代わりに、実験体となる小鬼を求められたものだ。

その時は単身で接触してきたが、今は二人ほど共を連れ添っており、二人はローブで覆い隠した黒装束と武器を携えていた。

「フッ…医療教会まで介入してくるとはな、この戦がそれだけ意義あるものだという事か。……まぁいい、今は戦に集中すべきか…!」

 黒教会に医療教会――。

得体の知れない組織の介入に、ダークゴブリン自身は腑に落ちない部分があった。

この戦は小鬼一族の未来が掛かっているという自負があり、正直人族に介入されたくはなかった。

――とは言え敵ではない以上、下手に刺激する理由はなく、利用できるならそれに越した事はない。

医療教会の男の言う通り、今は敵側の動きに注視するべきだろう。

これ以上同胞に不安を抱かせる訳にはいかない。

「GRUOOVU!!」

(全軍に通達、これより戦を開始する!諸君、奮励せよっ!!)

剣の乙女軍の信号弾に呼応するかのように、ダークゴブリンも号令を掛け手持ちの信号弾を打ち上げた。

『『『『『――GUOOVU!!』』』』』

 配置に就いていた小鬼は、一斉に叫び声を上げ慌ただしく動きを見せる。

装備した盾を剣の腹で叩き、或る者は角笛を吹き鳴らし、周囲を鼓舞する小鬼軍。

先ずは砲撃での牽制だ。

小鬼軍は、予め設置していた野戦兵器へと群がり次々と射撃体制へと移行する。

「GYEVO!!」

(オラぁ、急げぇっ!敵は待ってくれんぞぉッ!!)

鍛えられた肉体を持つホブゴブリン『格闘ホブ』が、声を荒げ小鬼達を叱咤しながら自身も持ち場へと就く。

彼自身の巨躯もあり翼竜を与えられる事は無かったが、特別製の小鬼戦車(ゴブリンチャリオット)が託されていた。

木造性ではあったが重要部分は金属製で補強され、先端部は鋭いスパイクが備えられていた。

更には魔神軍より提供された、旋回式弩砲を車体上部に備え火力も申し分ない。

動力源は人力で、車体内部にはべダル式が4機備わっている。

一機につき車輪一つに連動している仕組みで、4体のホブゴブリンが漕ぐ事で戦車が起動する。

漕ぐ専門のホブは持久力と脚力に特化した個体で、戦闘力と知性は低いが非凡な労働力を発揮出来る。

「GUUB!」

(全乗組員、整いました!)

「GYEVO!」

(ぃよぅしっ、俺等は所定地へ移動した後そこで待機だ!)

部下の報告を機に、格闘ホブが命令を下す。

間も無く戦車が起動を始め、ゆっくりと移動を開始した。

小鬼軍の中でも一際大型で、金属をを多分に盛り込んだこの戦車は、他の小鬼戦車よりも目立ち一線を画している。

格闘ホブの戦車が動き出したのを合図とばかりに、大小含めた他の戦車も追従するように動き出す。

小鬼軍の一翼を担う、主力部隊の一つだ。

「GUUBO!」

(足並みを乱しちゃ意味がねぇ、相対速度を合わせな!)

「「「「GOA・GYOOB!」」」」

(アイアイ・サーッ!アニキッ!)

「GOAOB!」

(通常速度っ!)

戦車部隊の他には、ホブゴブリンのみで構成された”切り込み隊”が徒歩で追従し、手には鉄製の大盾を所持していた。

集団行動である以上、単独で突出し隊列を乱しては陣形の意味が消失してしまう。

戦車長を務める格闘ホブは、車体上部へと陣取り外を見回しながら命令を下す。

その命令に漕ぐ専門のホブが応え、速度指示役の中型種が号令を出した。

ホブ達はペダルを緩やかに漕ぎ、戦車は徒歩移動の小鬼達に速度を合わせながら、所定の位置へと辿り着き停車した。

そして、格闘ホブの戦車を筆頭に頑丈な大型戦車とホブ切り込み隊が大盾を構え、忽ち重厚な壁を形成してしまったのである。

大型の戦車は頑強だが非常に重量で、加速性は小型戦車やゴブリンライダーには大きく劣る。

しかし頑強さを生かし、重厚な壁を生成するには都合が良かった。

大型戦車と鉄製の大盾を構えたホブが、横一列に防御特化の陣形で敵襲に備えた。

余程の威力を誇る大呪文か砲兵装でなければ、この陣形を崩す事は叶わないだろう。

防御陣の直ぐ後ろには、重弩を装備した小鬼達が配置に就いている。

戦車を盾に、重弩で牽制する作戦だ。

格闘ホブは、次の指示がある迄この陣を維持する命を下す。

――へっ…しくじるなよ、黒野郎!

内心毒付きながらも、格闘ホブは戦況の推移を見守った。

 

……

 

(推奨BGM Antti Martikainen ―― Sons of Avalon)

 

打ち上げられた信号弾に釣られ、陣太鼓やラッパ音を背に大砲部隊が移動を始めていた。

『射程距離に入り次第、一斉に砲撃を仕掛ける!敵の砲撃など意に介すな!』

「「「「「――了解!」」」」」

 砲術長役の冒険者が味方を鼓舞する。

大砲には矢避け(ディフレクト・ミサイル)の護符が貼られ、万が一を想定し、矢避けの魔術を張り直す為の冒険者と護衛役の戦士達を同伴させてある。

仮に敵側から先制砲撃を仕掛けられたとて、臆する必要などないのだ。

『全砲、配置完了!』

「――よし、先ず評定射撃だ!射撃準備始め!」

 部下の報告を聞き、砲術長は射撃準備開始の命を下す。

既に砲身内には砲弾と装薬が装填され、後は導火線に点火するだけの状態だ。

『――仰角上げ、方位修正!』

 一門の大砲に数人の冒険者が付き、一人がハンドル回し仰角と方位を小鬼軍へと向ける。

『――方位良し、仰角良し!』

 大半の砲が、方位と仰角を合わせ照準を固定した。

次々と射撃準備完了の報が届き、機を見計らった砲術長が発射の命を飛ばす。

「――各砲、撃ちぃ方ぁ始めッ!」

 砲術長の合図に呼応し、全砲口一斉に火を噴き上げた。

装薬が爆発し、高められた砲身内の圧力に従い赤熱化した砲弾が、天高く飛翔する。

砲弾発射と同時に、砲口から夥しい黒煙が辺りに立ち込め、冒険者達は堪らず咳き込んだ。

砲弾発射の爆音は周囲の耳を劈きながら、後方の本陣及び全味方部隊にまで容易く届く。

 

轟く砲声を耳にした最前戦線の各部隊。

最前衛とはいえ敵野戦兵器の射程外に陣取る事で、砲撃の懸念はない。

「――俺達は動かないんですか、ソラールさん!?」

 一人の若い男が、太陽の騎士ソラールに語り掛ける。

彼は成人したばかりで北方辺境にて登録した、白磁等級の新人冒険者であった。

騎士の英雄譚に憧れ自らも騎士を目指す為に冒険者に成ったという、よくある動機だ。

実家は農家だったが彼は幼い頃から馬の世話に長け、乗馬にも高い適性を示し現在に至る。

槍にも適性があったのだろう。

若い男は、支給品のスピアを携えていた。

言うなれば彼は、”男槍の徒”と言った処か――。

その男槍の徒の質疑に、ソラールは応えを返す。

「――事を急いではならん。今は忍耐の時、戦には機というものがあり、それを見誤れば無残な敗北が待っていよう」

 間も無く砲弾の第一波が着弾する頃合いだろう。

命中の是非に関わらず、小鬼には動揺を与え牽制にも成る筈だ。

向こうの小鬼軍の距離は、遠眼鏡で漸く視認できる位に開いていた。

しかし、未だ小鬼軍に大きな動きは見られない。

突破力に富む騎馬部隊で突撃を掛けようにも、敵側には頑強な戦車や大盾を装備したホブが防御陣を敷き、鉄壁の構えを見せている。

更にその後方には多数の小鬼が、長槍(パイク)や弩で迎撃態勢を保持していた。

防御陣は横一列だけの薄い陣形だが、ホブの大盾は鉄製でタワーシールドにも匹敵する巨大さを誇り、大型の小鬼戦車は頑強にして堅牢――。

その防御陣を真正面から破ろうとすれば、忽ち槍衾と弩の一斉射撃で討ち取られてしまうに違いない。

更に防御陣を避け迂回しようとするにも、両翼の端は小高い丘と狭い岩場が混在している。

その地形は、騎馬隊の機動力を著しく奪うのだ。

騎馬隊は進行方向に対しての最高速には長けているが、入り組んだ岩場や森林地帯では方向転換を余儀なくされ小回りには向かない。

その状態で小鬼の集団に狙われれば、騎馬など唯の的にしかならない。

それが通常の小鬼ならいざ知らず、相手は完全装備のダークゴブリン軍団だ。

熟練の騎士でも、切り抜けるのは容易ではないだろう。

「――味方を信じよ。必ず機はある!」

「――は、はいッ!」

 ソラールの言葉に、男槍の徒は力強く頷いた。

正直な話、騎士に憧れていた彼であったが、北方辺境で出会った冒険者騎士の悉くが粗暴な一面を垣間見せ、ギルドで荒事を引き起こす者ばかリだった。

加えて受け付け嬢から聞いた話では、勲功や名声に事欠く下級騎士の殆どが領民への略奪や搾取が横行していた時代があったのだと語った。

今現在この国では、その様な事例は殆ど発生していないが、彼の騎士に対する情景は崩れ去ろうとしていた。

しかし紆余曲折ありながらも、真っ当な騎士に出会う事が叶ったのである。

今此処に居る、太陽の騎士とカタリナの騎士だ。

彼等の人間味あふれる人柄と、公明正大(こうめいせいだい)な立ち振る舞いは彼の心を大いに引き付けた。

先日たった一日ではあるが、それ程までに彼等の指導は彼を満たしてくれたのである。

もし許されるなら、この冒険が終わった後も彼等と道を共にしたいと願う程に――。

 

『だんちゃぁ~~く……――()っ!!』

 

 観測役の冒険者から着弾の報が入る。

『全て遠弾…至近弾無しっ!』

「チッ、初弾ではこんなものか……次弾装填急げっ!」

 合計18門の大砲から第一射が一斉に解き放たれたが、その砲弾は小鬼軍の野戦兵器を粉砕するには至らなかった。

「旧式の砲兵装だからな、命中精度は期待出来んが次は当てる!」

 未だ小鬼側からの砲撃は無く、射程距離は冒険者側に分があるようだ。

このまま弾切れまで打ち続け、小鬼軍に被害を齎せればいい。

一応この砲撃は、小鬼軍の意識を地上側へと引きつけるという副目的もあったのだが――。

――灰の剣士に小鬼殺しだったか?残念だが、武勲は我等が頂く!

早くも功名心が芽生えたのだろうか?

この砲術長を務める冒険者――。

元は軍属という経歴を持っていた。

故あって今は冒険者という身分だが、砲兵装に広い知識と技術を有していたのである。

また所持している武器も、銃剣や手投げ弾といった火薬を用いた品が多かった。

だが彼はプライドが過剰なまでに高く、元軍属という経歴が更に拍車を掛けていたのである。

彼は内心、冒険者というものを見下していた。

つまりゴブリンスレイヤーが空中から敵陣深く肉薄し、スクロールにて敵陣を繚乱するという作戦には否定的であった。

実際会議では反対の意を表明し、砲兵装にて押し切るという作戦を推した位である。

結局はゴブリンスレイヤーの案が採用される事にはなったが、当然彼は不満を抱いていた。

何も態々ゴブリンスレイヤーの策を待つ必要はない。

弾数が残っている内に敵軍を壊滅すれば事は済むのだ。

「良し、このまま前進し更に距離を詰め命中精度と敵誘引を引き上げるぞッ!」

 あくまで、命中精度と敵の目を引き付ける為の前進――。

予定外の行動だが、そういう名目なら部下も命令を聞かざるを得ない筈だ。

自分と同じ考えの賛同者も少数だが存在している事も幸いだ。

「――お待ち下さい!最前衛の騎馬隊には、何と弁明するお積りですか!?」

 部下の砲術士から疑念を投げ掛けられた。

「――貴様はバカか!?戦とは生き物も同然っ、常に変動するものだ!分かったらさっさと動けッ!」

「……了解」

 尤もらしい言い訳で部下に罵声を浴び掛け、命令を強行した。

大砲部隊を前進させると同時に、騎馬隊に向け伝令を出す。

 

『我が部隊を防衛されたし』――と。

 

程無くして騎馬隊に伝令が到着し、事の顛末が伝えられる。

伝令の報にソラールは眉を顰めた。

「……旧式とはいえ、射程距離を活かし一方的に砲撃を加える。その優位性を犠牲にしてまで前進を強行するとは――」

 確かに、前進すれば距離は縮まり命中精度は増し、敵側の意識を引き付け易くはなるだろう。

しかし逆に、敵野戦兵器の射程距離へと侵入するという危険を冒す事にも繋がるのだ。

あの場を堅持したまま砲撃を続けていれば、此方は無傷で一方的に攻撃し続ける事が出来た。

別段、大砲が決戦兵器という訳ではないのだ。

「功を焦った可能性も否定出来んな」

 そこへジークバルドが言葉を挟む。

騎馬兵は全騎で45騎、それぞれ3騎に分けられていた。

第一部隊がソラール、第二部隊がジークバルド、第三舞台を女騎士が、それぞれ隊長職を務めていた。

「どのように動くにせよ緩慢は命取りとなる。腕の見せ所だな、太陽の騎士殿?」

 女騎士がソラールに発破をかける。

正直に言えば彼女も軍隊経験は、ほぼ皆無と言っていい。

そもそも彼女の年齢で軍人なら、冒険者などには成っていない。

気丈に振舞っているが、それは動揺を覆い隠す為の予防線でもあった。

「……要請通りに動く――但しッ――」

 一旦言葉を切り、ソラールは兜の奥で目を見開いた。

「砲撃部隊とは一定の距離を保ちつつ戦況を見極める。その上で有利なら護衛に徹し、不利なら味方を救出しつつ退避する」

 砲術長の真意は定かではない。

功を焦っているのか、敢えて囮を買って出ているのかも判断しかねた。

それ等も見極める必要があるだろう。

もしも功名心に駆られ作戦を乱すようであれば、斬って捨てる気でいた。

これが軍なら軍法会議ものであろう。

「それと貴公には一つ任務を頼みたい、やってくれるか?」

 ソラールは、男槍の徒へ頼み込む。

「――お、俺にですか?……な…何なりとッ!」

 唐突に役割を振られ、彼は心臓がハネ上がる思いで応える。

ソラールから託された任とは伝令役であった。

後方の全部隊に言葉を伝えるという少々骨の折れる仕事ではあったが、彼の生真面目な人柄と新人とは思えぬ馬術の高さを見込んでの人選だ。

伝令の内容とは、『我等に惑わされず、各々の任務に集中されたし』というものである。

「砲術長の真意は兎も角、あの砲撃部隊に付き合うのは我々だけでいい。……貴公、頼めるか?」

「――は、はいッ!是非、俺にやらせて下さいッ!」

 断る理由など微塵も無かった。

憧れの騎士の頼み、更に自分の能力を評価した上で選んでくれたのだ。

冒険者と成って以来、初めて真面な役割が果たせるという高揚感に満ち溢れ、喜びに打ち震えていたのである。

「うむ。宜しく頼むぞ…っと言いたい処だが――有頂天な今の貴公では内容を忘れかねんな」

 完全に舞い上がった男槍の徒に些かの懸念を感じ、メモにメッセージの内容を書き添え彼へと手渡す。

念には念を入れてだ。

「ソラールさん…必ずや、やり遂げてみせますッ!――ハァッ!!」

 ソラールからメモを受け取り、彼は馬を走らせた。

「――よし、我らも動くぞ!」

 走り去る彼を見届け、ソラール達騎馬隊も馬を走らせる。

先頭を走るソラールに、女騎士が並走し距離を詰めてきた。

「中々に人心掌握術にたけているな。流石は太陽の騎士と言った処かな?」

「ウワハハハ、これは手厳しい。しかし戦場では綺麗事など、泡沫の如く消え去ろうというもの。使えるものは使い、時には切り捨てる非情さも要求される」

 女騎士自身、決して皮肉を向けた訳でもなく、ソラールも伝令に行かせた彼を道具として扱ったつもりなど無い。

だが幾ら相手が小鬼とは言え、此処は戦場なのだ。

慢心は敗北を生み、油断は死神を誘い込む。

刻々と変容する戦場に於いて、時には非情な決断を迫られる事もあるだろう。

慈悲深く陽気な(ソラール)ではあるが、ロードランに赴く迄は幾多の戦場を経験し様々な一面を垣間見て来た。

故に人間の暗黒面や残虐さなどにも、向き合ってきたのである。

そしてそれは、傍らを走るカタリナのジークバルドも同じだった。

「もしも戦線が崩壊するようであれば、その時は貴公の力をアテにさせて頂く、ジークバルド殿!」

「任せよ!その為の我がストームルーラー!だが消耗が激しい故、そう何度も戦技は行使出来ぬ。留意されたし!」

 ソラールは、ジークバルドに万が一を託す。

ジークバルドのストームルーラーは、今や二振りを融合させ途轍もない力を有している。

嵐を纏いし彼の剣は、戦況を覆す程の潜在能力を秘めているのだ。

尤もその力は、ジークバルド本人のみが発現させる事が可能で、代償に多大な消耗を強いてしまう。

そう軽々しく行使出来るものではなかった。

願わくば人力のみで、この戦いを切り抜けたいものであった。

 

……

 

「GAGOOB!」

(おっ!?アイツら近付いて来ますぜ!)

一方小鬼側――。

遠眼鏡で人族側を注視していた物見が叫ぶ。

先程遠間から砲撃していた大砲部隊が、自ら此方へと距離を詰めてきたのである。

「GRUUUV」

(へへ、コイツは好都合だ。自ら射程内に飛び込んでくれるとはなぁ!)

投石機(カタパルト)を担当していた一体の小鬼が、その報告を耳にし二タリと口端を吊り上げた。

小鬼軍には、大砲類の砲兵装は有しておらず、投石機や弩砲では最大射程で劣ってしまい一方的な砲撃を許してしまっていた。

幸い此方にも矢避けの護符が貼られており一回限りの限定効果とはいえ、撃ち込まれた砲弾は全て外れ全くの無傷だ。

しかし一射とはいえ、一方的な砲撃を受けるのは多大な心的負荷(ストレス)を抱えるものだ。

況してや忍耐や堪えるといった概念など無縁なのが、小鬼という種族――。

本来なら激昂し感情に駆られ、撃ち返したい処ではあった。

だが彼等は、ダークゴブリン配下の小鬼軍だ。

通常の同族に比べ、遥かに知性や理性といった感情を培っていた。

(ただし自分が得をする為に発揮される訳だが)

「GUUV!」

(やはり人族は間抜けな奴等ばかりだ。自ら射程外という優位性を切り捨てるとはな!お前ら準備は良いかぁッ!)

指揮役の小鬼が部下達に号令を掛け、他の小鬼もそれに呼応する。

既に弾は装填され、何時でも撃てる状態だ。

後は着弾予測領域(ゾーン)に入るのを待つばかり――。

 

そして機は訪れた。

 

「GYEVO!GYEVO!」

(――敵、ゾーン到達!繰り返す、ゾーン到達!)

物見小鬼から報が入る。

 

「GEVO!!」

(――うてぇぇッ!!)

 

中型種で指揮役の小鬼が射撃合図を下し、野戦兵器が一斉に弾丸を投射した。

装填速度に適した小型の投石機12門、複数の弾を纏めて飛ばせる大型の投石機4門、そして弩砲(バリスタ)が18門からなる合計34門の野戦兵器群の一斉射撃だ。

中でも弩砲は、太矢(ボルト)だけでなく専用の弾丸を発射できる代物へと設計されていた。

野戦兵器群から発射された弾丸は全て岩石弾で、一つの弾を飛ばすのではなく大小様々な複数の弾丸を布で束ねて空中で拡散させる、所謂散弾方式をとっていた。

元々命中精度に難があるのは、予め判明していた。

ならば何度も試射を重ね、着弾地点を割り出し散弾で面制圧を狙えば、低い命中率を少しでも補う事が可能である。

ダークゴブリンと側近達で幾度となく議論を重ね、辿り着いた解でもあった。

造り上げるという快挙を成し遂げたダークゴブリン軍ではあったが、矢張り精度という分野ではまだまだ人間社会には遠く及ばなかった。

空中に打ち上げられた大小の岩石弾が、揚力を失い落下を始める。

バラけた幾多もの岩石弾は、冒険者側の大砲部隊へと降り注いだ。

 

……

 

『――敵弾来ますッ!』

「総員伏せろぉッ!」

 小鬼軍の放った岩石弾が雨霰の如く、移動中の大砲部隊へと降り注ぎ砲術長が警戒を呼び掛けた。

大砲を扱う者は無論、周囲の補助を担う冒険者達も砲術長の声に従い身を屈め、防御態勢を取った。

降り注いだ岩石は地面へと激突しその衝撃で更に細かく粉砕される。

冒険者誰一人として岩石弾に直撃した者は居らず、また大砲そのものも被害は皆無であった。

「――よし、矢避け(ディフレクトミサイル)の呪文は効いているな」

 本来なら拡散した岩石弾の一部が、冒険者なり大砲なりに命中しても不思議ではない程の投射量だった。

しかし被害が皆無なのは、矢除けの呪文が機能していたからである。

本来は対象物を基点に術を掛け、その範囲内にのみ機能する矢避けの呪文だが、車輪付き大砲を対象に術を掛ける事で移動しながら効果を得る事が可能となる。

つまり弾丸が飛来しようとも矢避けが掛けられた大砲の周囲に陣取れば、移動しつつ呪文の加護が得られるのである。

「――こちらには矢避けの加護があり、小鬼の砲撃など恐るるに足らず!此処で反撃に移る、次弾再装填を急げぇっ!」

 矢避けの機能に意気高揚とした砲術長は、頃合いと観たのか此処で反撃を指示――。

冒険者達は急ぎ、砲撃準備へと移行した。

 

……

 

「GVO!GVO!」

(――命中弾無しッ!命中弾無しッ!)

小鬼からの報告が届き、岩石弾の第一射目は失敗であるとの事だ。

――フンっ!そんなものは百も承知よっ!

だが指揮役の小鬼は特に憤慨する事も無く平静を保っていた。

「GROOV!」

(――第二班へ通達っ!準備でき次第、大砲陣地へ()()()を投射しろッ!)

そして即座に次の指示を飛ばし、予備部隊の投石機部隊に射撃を命じた。

小鬼が指示用の旗を振り、第二班に指示を送る。

それを目にした第二班は一斉に動きを見せた。

既に特殊弾は装填され、後は綱を引き投石器を作動させるだけの状態を維持していたのであった。

「GOOV!」

(よぅしッ!俺等の出番だぁ、撃ちまくれぇッ!)

今か今かと出番を待ち望んでいた第二班。

沸き上がった小鬼達は活発に動き、次々と投石機を作動させた。

一斉に打ち上げられた奇妙な弾丸は、一見すると粗雑な造りの弾に見える。

小鬼が拵えた弾丸に、どれ程の効果が見込めるのか――。

着弾した瞬間に、その真価が現れた。

 

……

 

「――馬鹿がッ!こちらは矢避けが有るのだッ!」

 先程小鬼が放った複数の奇妙な弾丸も、矢除けの呪文の効果で命中する事は無かった。

間も無く次弾装填も完了する頃合いだ。

この距離なら有効打を与える事が出来るだろう。

ほくそ笑んだ砲術長の意識は、武勲を上げ意気揚々と凱旋する姿を夢想していた。

『――砲術長!矢避けの呪文が消失しましたッ!』

「――な、な…に…っ!?」

 唐突な報告に、砲術長は信じられない様な物でも見るかのような表情で、呆気に取られる。

『――そ、そんな…』

『矢避けの呪文がっ…!』

『な、何でだよっ!?』

『噓でしょ、消えていくわ…!』

 張り巡らされていた呪文の加護は瞬く間に消え失せ、周囲の冒険者達に動揺が走る。

その動揺は装填手にも伝達し、砲弾装填の作業が停まってしまった。

「――貴様らッ矢避けの呪文を張り直せ!作業の手を止めるなぁッ、低能が!!」

――クソ、このままでは俺様の手柄がッ…!

予想外の展開に事が上手く運ばず、暴言を吐き散らす砲術長――。

その横暴な態度に不信感を募らせながらも、魔法使いたちは再び矢避けの呪文を張り直す――しかし…。

しかし、どういう訳か呪文が発動する事はなく、矢避けの領域が発生する事は無かった。

 

……

 

大砲部隊から幾許かの距離で様子を窺っていたのは、ソラール率いる騎馬部隊。

「あれには、”決闘の護符”が練り込まれている」

 ソウルを感知できる、カタリナの騎士ジークバルド。

大砲部隊に降り注いだ弾丸が、『決闘の護符』である事を彼は見抜いていた。

「――決闘の護符?何だそれは?」

 思わず聞き返したのはソラール。

「うむ、貴公も知っておいた方が良かろう。決闘の護符と言うのは――」

 ジークバルドは、簡潔にだが説明を始める。

 

「……支援効果を打ち消す力が――よもや小鬼が所有していようとはな」

 ジークバルドの説明を聞き入れ、兜の奥で憮然とした表情を浮かべるソラール。

「結果は……見ての通りか。矢避けの効力まで打ち消すとなると、次の砲撃で恐らく――」

 女騎士は大砲部隊へと視線を傾けた。

小鬼側の野戦兵器による攻撃――。

全く被害が出なかったのは、矢避けの加護のお陰である事は自明の理である。

此処からでは視認できないが、大砲部隊の付近には大小の岩石弾が散乱していたからだ。

小鬼は複数の弾丸を纏めて投射しており、面制圧を狙っているのは彼等にも分かり切っていた。

大砲部隊が急遽移動でもしない限り、今度こそ直撃は免れ得ないだろう。

砲術長がその事を察知し少しでも退避行動に移る事を、女騎士は期待していた。

だが大砲部隊は次弾装填に勤しみ、攻撃に意識を割いている様だ。

「あの砲術長、矢張り武勲を上げる事に腐心している様子」

「このままでは、あの愚かな男に深淵にまで引き寄せられよう――」

 反撃に専念する大砲部隊の動きをからして、砲術長の焦りと功名心ゆえの結果である事は、ジークバルドとソラール側から鑑みても容易に想像が付いた。

騎馬隊第1部隊長であるソラールは決断を下す。

 

『――全騎に通達っ!これより我等は、大砲部隊の撤退援護に最善を尽くす!――次の敵砲撃が来るまでに可能な限り退避させるぞッ!』

 

 このままでは砲術長に付き従う若き時代を担う者達が、無駄に命を散らす結果が到来しよう。

逡巡は、小鬼軍に”利”するのみ――。

今なら機動力に富む騎馬隊を用いて、大砲部隊を担う冒険者達の命を救う事もできる。

時間は残り僅か――。

ソラールの命に反発する者は誰も居なかった。

 

『『『『『――オオォォォッ!!』』』』』

 

 部下達は一斉に喝采を上げ、拳を天へと掲げる。

「――ふ…味方の救出か…聖騎士志望の身としては、これ程の栄誉はあるまい!」

「将来有望な若き勇者候補をむざむざ死に至らしめる理由など無い。カタリナのジークバルド、いざ参らん!」

 女騎士もジークバルドも大砲部隊の援護に意欲を見せ、すぐさま行動へと移す。

馬の蹄が雑草を掻き揚げ、騎馬隊は一直線に大砲部隊へと殺到した。

 

……

 

小高い丘の上、ダークゴブリンは自前の遠眼鏡とソウルの感知で戦場を見下ろしていた。

――砲撃の応酬以外、特に変化は無い…か。

戦端は開かれたものの戦況に目立った変化は無く、強いて言えば砲弾の撃ち合いに終始していた。

――そろそろ翼竜(ワイバーン)隊を投入するのも一興か?

ダークゴブリン本人にしてみれば、変化が欲しかった。

人族の精鋭が集まれば一筋縄ではいかないのは周知している。

――流石は六英雄の一人、剣の乙女の采配によるものか…思っていた以上に慎重だな。

実際は神官戦士長が作戦の全権を預かっているのだが、小鬼側は剣の乙女の指揮だと思い込んでいる。

不動の戦況を動かそうと思案を巡らせていた彼に、物見小鬼が報告に戻って来た。

『GROOV!GROOV!』

(ほ…報告ぅッ!上空に人族有り!繰り返す、上空に人族有りッ!)

「――!?」

 機動力を確保する為、狼に騎乗していた物見の小鬼――。

その機動力を以て戦場を駆け巡り具に偵察していた時、偶然だが上空を見上げ人らしき影を発見したのである。

血相を変え報告に戻った物見にダークゴブリンは訝しむ。

――まさか人族側にも空中兵力がッ!?

直ぐに発見した方角へと遠眼鏡を向ける。

望遠レンズを最大に調整し、視線を忙しなく動かした。

――……アレかっ!

かなり距離が離れているのだろう。

ほんの粒ほどだが、僅かに翼を広げた人影らしき姿を捕らえる事が出来た。

まさか鳥人の襲来かと推測してみたが、よく見ればその翼は道具によるものだと判明する。

「GUA?」

(……発見したのはアレだけか?)

「GYERV!」

(は、はい。一つだけです)

しかしよく見てみれば視界に捕らえる事が出来たのは一つだけで、その周囲に追従する人影は確認できなかった。

――チッ!俺とした事が、地上のソウルに気を取られ過ぎていたか!

地上に溢れる幾多のソウルと先入観により、空中に意識を割く事が出来なかった彼は内心舌打ちする。

しかしたった一人で空中から向かって来るのは、どうにも不自然に思えた。

只の偵察にしては、どうにも動きが緩慢だ。

翼竜の様に最高速度も旋回性にも見劣りが感じられたからだ。

――気になるな。

只の偵察なら放置した処で、大した被害を被る事も無いだろう。

だが自らの頭上を飛び回られるのは、どうにも不愉快且つ不自然だった。

空中を移動している人影は、唯々真っ直ぐ此方を目指していたからだ。

ダークゴブリンは意識を地上から一旦切り離し、今度は空中へと意識を集中させる。

 

――……。このソウル…、まさか…っ!

 

未だ粒状に見える飛翔体から流れるソウル――。

ダークゴブリンにとって、忘れ難いソウルであった。

――クククク…、よもや()とはな。…それに()()()()()()()

覚えのあるソウルを見付け、もう一つの存在をも看破したダークゴブリン。

視界に映っているのは一つだけだが、間違い無く()()()()()()を感知する事が出来た。

――どういう手品を使ったかは知らぬが、そうそう思い通りにはさせん…宿()()()…!

戦況の変化を予期し、秘かに口元を吊り上げるダークゴブリン。

「GYEVO!」

(全翼竜を総動員する!急げッ!)

『『『『『――GOV!』』』』』

(――ぎょ、御意っ!)

下知を下し、部下の小鬼達は早急に砦へと駆け込んだ。

決戦に備えた全翼竜の休養は充分な筈だ。

15体の翼竜隊を全て動員し、ダークゴブリン自らも専用の翼竜へと乗り込み飛翔させた。

全ての翼竜が一斉に翼をはためかせ、一気に空中を飛び立つ。

目指すは空中を移動する飛翔体――。

即ち、灰の剣士と透明化したゴブリンスレイヤーの操るグライダーだ。

飛翔した全15体の翼竜に、ダークゴブリンは指示を飛ばす。

「GYEVO!」

(俺の第1班で、奴等に対応する。第2班と3班は遊撃だ――人族と戦場を掻き乱してやれッ!)

「GOV!」」

(イエッサー、ボスっ!)

「GOV!」

(仰せのままに、ボス!)

第2班班長のバンダナゴブリン、第3班班長の長弓ゴブリンは快く承諾し、それぞれの班を率い遊撃任務へと移行した。

――再開が楽しみだ、宿敵共っ!

散開する部下を見届け、ダークゴブリンはほくそ笑みながら翼竜を加速させた。

 

……

 

風に乗り滑空を続ける2機のグライダー。

正確には視認できるのは一機だけで、もう一機は錬金術にて透明化されていた。

――かなり進んだが、敵陣深くにはまだ遠いか。

灰の剣士は地上に視線を寄せながら戦場を見回していた。

――高高度からの視点とは、こうも容易く把握できるものなのか。

一方ゴブリンスレイヤーは、普段体験できない環境に少々困惑気味だ。

余程の理由がない限り地上で生きる人間が空を体験する事は、一生に一度あるか無いかだろう。

この高度では小鬼を”個”として視認する事は出来ず、集団で布陣している”面”を辛うじて認識出来るに留まった。

遥か前方では大砲の爆炎と煙が視認できる。

恐らく砲撃の応酬が繰り広げられているのだろう。

大砲部隊の役目は、敵の目を引き付ける誘因と火力を活かした敵陣への圧力である。

現在絶賛、功名心に駆られた砲術長の暴走も露知らず、二人は只管に敵本陣を目指す。

 

――が、その時である!

 

「――ソウルが来るっ!」

 意識せずとも感知出来る強大なソウル――。

それが複数のソウル引き連れ、此方に向かって高速で接近する。

――忘れもしない…まさか大本命が向かって来るとはな。

金鉱山での戦い依頼、かなりの日数が経過している。

だが昨日の事の様に彼は鮮明に記憶していた。

「――警戒しろッ!ダークゴブリンが部下を率いて向かって来るッ!」

 灰の剣士は、やや下方を飛翔している筈のゴブリンスレイヤーに向かって警戒を促した。

「――いきなり()自らやって来るかっ…!」

 透明化しているため姿は確認できないが、声だけは返って来る。

彼にとっては意外だったのだろう。

総大将である筈のダークゴブリン――。

接敵するのは、終盤戦だと踏んでいたからだ。

――今のままでは奴と戦う事すら出来ん…どうする…?

彼自身も、ダークゴブリンの実力は身を以て味わっていた。

両手が塞がり自由に動く事もままならない空中で、翼竜を自在に狩るダークゴブリンとの接触。

当然、真面な戦いになる筈もない。

彼は今此処でスクロールの使用を意識し始めていた――。

 

だが時既に遅し――。 

 

そんな僅かな逡巡すら許さず、ダークゴブリン率いる翼竜隊の接近を許してしまったのである。

――くっ、速すぎる!

灰の剣士は振り切ろうと角度をズラしてみるものの、揚力で滑空するだけの器具と翼を有する生物とでは比較にすらならない。

接近を許したかと思えば瞬く間に翼竜は彼のグライダーを取り囲み、ダークゴブリンの駆る翼竜が彼と並走を始める。

これが戦闘機同士なら、同航戦と表現するのが相応しいだろうか。

「久しいな灰とやら…おっと、今は灰の剣士と呼ばれていたかな?」

「……」

 徐々に幅を寄せ、悠々と彼に語り掛けるダークゴブリン。

「随分お早い登場だな。貴公が出て来るのはもっと後だと思っていたのだがな」

 このまま無視しても良かったが、下手に刺激し攻撃を誘発させるのは得策ではない。

今は少しでも此方に注意を向け可能な限り飛距離と時間を稼ぐ必要があると判断し、彼も言葉を返す。

「貴様一人で来たのか?」

「――そうだ。私一人の方が何かと都合が利くのでな」

「そうか…ククク」

 ダークゴブリンの問いに一人で来た事を告げてはみるが、難なく受け流されてしまう。

相手はダークゴブリン――ソウルの感知が出来る。

恐らく()の存在にも感付いているだろう。

「折角の再開だ。貴公()に祝杯を用意した、受け取ってくれ給えよ」

「――祝杯だと…?」

 そう言うや否や、ダークゴブリンは翼竜を加速させ彼のやや前方へと距離を取る。

そして鞍の中から一つの一升瓶を取り出した。

瓶の中身は、濃い紅色の液体で満たされている。

「…血酒…か」

「――その通り!ある集団より賜った物だが、生憎使い道に困窮していてな。貴公等を祝うのに丁度良いと判断したのだよ!」

 ダークゴブリンが手にしていたのは、血で拵えられ濃厚な匂いを放つ酒――血酒だった。

以前『ロスリックの血の営み』を研究する、一人の男と取引を交わした事があり、その時に進呈された品だ。

だが濃厚な匂いを放つ血酒に手を出す小鬼は皆無で、ダークゴブリンでさえ飲むのには抵抗を覚えた程だ。

精々懲罰の一環として、囚人小鬼に飲ませる位にしか使い道が無かった。

「――高そうな品じゃないか。折角だが、貴公等で楽しみ給えよ!」

「――遠慮などいらん、受け取るが良いッ!()()の時間は終わりだ!!」

 血酒をどう使うのか、灰の剣士には想像が付かなかった。

しかし、自分達にとって良からぬ事を齎そうとしているのは明白だ。

何とか言葉の応酬を続け時間と距離を稼ごうと足掻いてみたものの、ダークゴブリンの口調を察するに既に看破されているのだろう。

突如瓶のコルク栓を抜き、中の液体を空へと撒き散らす。

濃厚な紅の液体は飛散しながら、重力と風の影響を受け拡がりを見せる。

血と酒の混じり合う液体は、何かに衝突したのだろう。

不意に粒子状となるが、代わりに紅い物体が忽然と姿を現した。

「――し、しまったッ!」

 その様相を見ていた灰の剣士は焦る。

紅い物体――それは、ゴブリンスレイヤーが操るグライダーであった。

血の酒が主翼に付着し紅い輪郭が露わとなる事で、彼の存在が他の小鬼にも察知されたのだ。

つまり透明化は、この時点で意味を成さなくなった。

――ぬぅっ…気付かれたか。

これにはゴブリンスレイヤーも焦りの色を滲ませる。

「――おいッ!気付かれたぞッ!」

 下方のゴブリンスレイヤーに声を投げ掛け、灰の剣士は囮の為の準備を始める。

こうなった以上、可能な限り敵を引き付け作戦を成功に導く必要があるだろう。

ゴブリンスレイヤーは急ぎ高度を下げ、降下体勢へと入った。

「無駄な事を――」

 ダークゴブリンは、間髪入れずに部下達に命を下しゴブリンスレイヤーへと(けしか)けた。

彼等を包囲していた小鬼は翼竜を操り、彼に強襲を仕掛ける。

下級とは言え翼竜の爪や牙は鋭く、加えて火炎を吐く事が出来る。

グライダーの耐久力では、瞬く間に粉砕されてしまうだろう。

――思い通りに行くと思うなよ、ダークゴブリンっ!

灰の剣士は意識を集中させ、手首に巻かれているタリスマンを発動させる。

 

「―― 贖罪 ――」

 

彼は禁忌とされている深みの奇跡『贖罪』を発現させた。

「先ずは一つ。終わりだ、我らが宿敵――ゴブリンスレイヤー」

 小鬼殺しと比喩され、長年同胞を殺し続けていた敵との決着は、意外と呆気無いものだった。

グライダーの主翼さえ破壊出来れば、後は自由落下で地面に激突するのみ。

この高度で助かる見込みは先ず無い。

若干味気なかったが、戦とはそういうものだ。

ダークゴブリンは無表情で、紅く染まったゴブリンスレイヤーを一瞥する。

程無くして部下達は、彼に殺到するべく距離を詰める――。

 

   ―― 灰の剣士に向かって ――

 

「GOV!?」

(――!?どういう事だッ!?)

 命は下した筈だ。

唐突な部下達の奇行に、ダークゴブリンは驚愕の声を上げる。

鍛えに鍛え上げた精鋭たちだ。

命令を違える筈はない。

しかしこの様は、まるで囚人の小鬼共と何ら変わらんではないか。

一体何が起こったというのだ。

流石のダークゴブリンも予想外の結果に、冷静さを欠いてしまう。

 

――よし、効果は有るな!

贖罪の奇跡が功を成し、灰の剣士は翼竜の襲撃に見舞われた。

深みの奇跡ではあるが、使用した者は敵に狙われ易くなるという効果が有る。

上手く使う事で、囮役には都合が良いのだ。

複数の翼竜に殺到され、爪や牙が彼のグライダーを散々に引き裂いた。

主翼の役割を果たさなくなったグライダーは直ちに高度を失い、バランスを崩しながら急激な落下を始める。

「――ただでは終わらんッ!」

 失速し落下しながらも、最後の抵抗とばかりに彼はソウルの魔術『ファランの短矢』で反撃する。

ダークゴブリンを含めた全員に術を放つが、無理な体勢から放った術は容易に回避されるものの、一体の翼竜に一発だが命中させる事が出来た。

――最後の悪足搔きだったか……。貴様とは剣で決着を付けたかったのだがな。

地上に落ち行く灰の剣士に視線を向けるダークゴブリン。

部下の奇行と彼の行使した奇跡に、何らかの関連性が有ったのだろうか。

幾許かの思案が彼の脳裏を過るが、灰の剣士は間も無く死に行くだろう。

「後は頼んだぞ、ゴブリンスレイヤー…!」

 いよいよ自由落下を始める彼は、今も尚先へと進む彼へと天を仰ぐ。

囮で時間を稼げたのは僅かであったが、出鼻を挫く事には成功した様だ。

後はゴブリンスレイヤーに託すしかない。

彼は朽ち果てたグライダーのハーネスをナイフで切断し身体の拘束を解き、一定の高度で予備の簡易グライダーを背から取り出す。

幸い翼竜の攻撃からは難を逃れ、簡易グライダーは無事であった。

余り早く簡易グライダーを展開すれば、直ぐに翼竜の追撃を受ける事になりかねない。

可能な限り落下に身を任せ頃合いを見計らい、彼は簡易グライダーを展開させ再び滑空状態に移る。

とは言っても、ただ地表との激突を避ける為の緊急措置であり実際は方向転換もままならない()()()()()()()の状態であった。

――ほぅ、対策済みという訳か。そうでなくてはな!

遥か上空から彼の様子を見ていたダークゴブリンは、口端を吊り上げた。

だが直ぐに意識を戻し、今度はゴブリンスレイヤーへと狙いを定め全騎で襲撃を仕掛ける。

相変わらず透明化は持続している様だが、血酒が付着した事により容易に視認された。

ダークゴブリンの翼竜隊は火炎ブレスで、彼のグライダーへと吐き掛ける。

当然、彼のグライダーは直ぐに発火し燃え広がった。

「――もはやこれまで。だが距離は充分だ」

 燃え広がるグライダーの限界を悟り、彼もハーネスを切断させ自由落下へと身を任せた。

――この高度か。

頃合いを見計らい、当然の如く彼も簡易グライダーを展開させる事で落下速度を軽減させる。

だがそれはダークゴブリン側も読んでいたらしく、翼竜を急降下させた。

翼竜の急降下は凄まじく、あっという間にゴブリンスレイヤーへと迫ろうとしていた。

しかし彼は取り乱す事無く、腰の雑嚢から一枚の羊皮紙を取り出す。

 

「――ここだッ!」

 

 決断した彼は、スクロールの封を解く。

その瞬間、彼の中心に眩いばかりの光が満ち溢れた。

「GAOV!?」

(――く…何だッ!?)

『『『『GOA!?』』』』

 その光を直視した翼竜とダークゴブリン達は手で目を覆い、暴れる翼竜を抑えながらも動きを止めてしまう。

 

……

 

一方その頃。

「――大砲部隊の各位は、一時後退せよ!繰り返す一時後退せよッ!」

 ソラールは大砲部隊の冒険者達に、後退を勧告した。

「勝手な真似すんなぁっ!この部隊の指揮権は俺にあるんだよッ!」

 ソラールの勧告に反発したのは言わずもがな――砲術長である。

いきなり自身の領域に割り込んで来たかと思えば、間髪入れずの後退を促すソラールに食って掛かった。

「戦場で功を焦り暴走するのは、よくある話だ。だが貴公の身勝手な功名心で、これ以上の若き命を危険に晒す訳にはいかぬ!」

 決闘の護符を仕込んだ特殊弾で、矢避けの加護を消失した状態だ。

それでも砲術長は、第2射、第3射を強行し、小鬼軍へ幾許かの損害を与えたものの、味方陣営にも犠牲者が続出していたのだ。

ある者は弾丸を真面に食らい原形を留めぬ肉塊へと成り果て、ある者は飛来した岩石弾の破片で頭部を潰されていた。

犠牲者となったのは、全て若い新人の冒険者達である。

他にも脚を潰された者、腕を骨折した者、尚も負傷者が増え続けている状態だ。

呻き声を上げる者、悲鳴を上げ苦痛を訴える者、助けを求める者の悲痛の叫び声が辺りに木霊しており、騎馬隊の面々が目下救助に当たっていた。

「――これは明らかな命令違反だ!貴様ぁ、軍法会議に掛けてやる!!」

 だがそんな事は歯牙にも掛けず、砲術長はソラールに怒り狂い激昂する。

戦場に多少の犠牲は付き物だと言わんばかりに――。

全ては武勲の礎になってくれれば良い――。

彼には、この戦で華々しい活躍を遂げ再び軍部へ舞い戻るという目的があったが故に――。

――…矢張り武勲を立てる事が主目的であったか。

怒鳴り散らす砲術長のソウルが、彼に本心を悟らせた。

「……言葉を返す事は幾らでも出来る――が、今は退避が最優先だ!今の内に貴公も後退し給え」

 ここで互いを罵り合う事は実に容易だ。

しかし現在のソラールは指揮官であり、騎馬隊を命を預かる立場である。

目的を最優先事項とし、怒りに身を任せる砲術長を諭しに掛かった。

そんな口論を続ける彼等に、駆け込む者が一人――。

『――ほ、砲術長ッ!大変です!』

「――うるせぇぞッ!何だッ!?」

 駆け込んで来たのは、男の青年冒険者である。

緊急事態なのだろう。

息を切らせ駆け込んで来た青年冒険者に、怒鳴り声で返す砲術長。

「て、敵の放った弾……全て岩石に偽装した火の秘薬です!」

「――ああッ!?馬鹿な事言ってんじゃねぇッ!!」

 部下の警告に真面に取り合おうともせず、砲術長は荒れた感情のままに振舞う。

「――太陽の騎士よ、小鬼の弾丸は全部火の秘薬が仕込まれているぞ!」

 そこへ女騎士も駆け寄り、ソラールへ警告を促す。

「――へっ、だからどうしたよ!全部不発弾じゃねぇか、所詮小鬼なんてそんなもんよっ!」

 部下に加え女騎士の言葉に、砲術長は漸く周囲に視線を泳がせる。

だが彼の目に映ったのは、割れ砕けた岩石の殻に火薬が詰まった物が散乱しているだけにしか見えなかった。

もしこれが砲弾なら何らかに激突した瞬間に破裂し、今のような被害では済まなかっただろう。

だがそれ等は爆発する事なく周囲に残留しているだけで、彼は全て不発弾であると断定していた。

こうしている間にも、小鬼の放つ弾丸が此方に飛来していたが、命中弾と思わしき弾だけを選別し全てジークバルドが切り払ってくれていた。

彼の所持する真・ストームルーラーは嵐の力を宿し、風圧を纏わせながら飛来する弾丸を斬り砕き、或いは軌道を逸らせていたのだ。

しかし、突如としてジークバルドからも焦りの声が投げ掛けられた。

『――不味いぞ皆の者、翼竜が此方に接近しているッ!』

 彼の言う通り、気が付けば直ぐ其処に5体の翼竜が、此方に狙いを定め降下を始めているではないか。

「――奴等は火炎を吐く!退避を急ぐぞ!」

 何時までも激昂する砲術長などに構ってはいられない。

今度は女騎士の主導で、退避行動を先導した。

此処で火炎を吐かれ散乱している火薬に引火しようものなら、忽ち誘爆を起こし被害は計り知れないものとなるだろう。

しかし、小鬼側も待ってはくれない。

翼竜を率いていたのは、進化した大型種の小鬼で側近の一人、バンダナゴブリンだ。

既に射程距離に収め、火炎を吐き掛ける体勢に移っていた。

 

――若しやこれも作戦の内か…。だとすれば恐るべし知略よ、ダークゴブリン。

 

相対的に観れば、小鬼側が主導権を握っていると言っていいだろう。

完全に冒険者側が、後手に回っていたのだ。

白磁等級の頃、ソラールは銀等級戦士の一党と共に偽者のダークゴブリンを討った事があった。

しかし今のような不利に追い込まれる事は無く、然したる苦労もないまま討伐が叶っていた。

余りに違い過ぎる、偽物と本物の差――。

ソラールはダークゴブリンの恐ろしさを、今この時点で初めて認識したのかも知れない。

「このままでは間に合わん。――裁きの(つかさ)、天秤の君、剣の君よ、光あれ!聖光(ホリーライト)!」

 翼竜の降下速度が予想以上に速く、時間を少しでも稼ぐため、至高神の信徒でもある女騎士は奇跡ホーリーライトを行使した。

装備しているロスリック騎士の剣を天へと掲げ、切っ先から眩いばかりの光が(ほとばし)る。

「――今の内に退避しろッ、急げぇッ!!」

 女騎士は叫ぶが、残念な事に今は朝で効果はさほど期待できないだろう。

聖光が翼竜の瞳孔を捉えたが、動きを止める事が出来たのは僅か10秒前後であった。

一体の翼竜が即座に動きを再開し、地表に向かって急降下を再開する。

「GYEVO!」

(残念ですが、お宅らは此処で爆死して下せぇっ!)

バンダナゴブリンの駆る翼竜が、地上に火炎を吐き掛ける。

狙いなど付ける必要はない。

広範囲を高熱で焼けば、そのまま火薬が誘爆してくれるのだ。

退避行動に移っていた騎馬隊と大砲部隊であったが、無情にも火薬が誘爆し至る所で爆発が起きる。

その爆風で、大砲部隊のみならず騎馬隊にまで被害が及んだ。

爆発に巻き込まれ馬ごと爆死する者や、爆風で飛散した破片が全身に突き刺さり苦痛に喘ぐ者が続出していた。

「――ぬぅっ…、退避状況はどうなっている…!」

 爆風で巻き上げられた土煙で視界が遮られる中、ソラールは暴れる馬を落ち着かせ状況把握に努めようとする。

幸いにも彼の馬と自身は無傷だ。

――あの男はどうなった!?

個人としては嫌悪すべき対象だが、ソラールは件の砲術長を探す。

彼は直ぐに見付かった。

 

爆死体として――。

 

「……」

 呆気ない、余りに呆気ない最後だ。

原形を留めてはいたものの、全身が防具ごと焼け爛れ彼はピクリとも動かぬ遺体と化していた。

――太陽よ、彼に導きを。

いけ好かない男ではあったが、ソラールは物言わぬ彼の死を悼み、その認識票だけを回収する。

そして改めて周囲を見回してみたが、半数以上は退避が完了していた様だ。

未だ少数の冒険者達が、苦痛に苛まれている。

このままでは追撃もあるだろう。

直ぐに退避したい処だが、まだ若い彼等を見捨てる事など出来よう筈も無い。

指揮官としては失格である事を自覚しながらも、ソラールは彼等に駆け寄り回復の奇跡を掛ける。

『――ソラール殿ぉ!急がれよ!!』

 ジークバルドの声が、(ソラール)の耳を打つ。

負傷者を救助しているソラールに、5体の翼竜が襲い掛かって来たのだ。

しかも間が悪い事に未だ不発弾が残留しており、翼竜はそれ等を誘爆させる為に迫って来たのだろう。

――ぬぅ、させんぞ!

未だ救助は完了していないが、ソラールは手に雷の槍を纏わせた。

覚悟を決め、先頭のリーダーらしき翼竜へと投射を見舞おうとした――その刹那である。

 

上空に、目が眩まんばかりの光が戦場全域を覆った。

その光に小鬼は言うに及ばず、冒険者の誰もが目を奪われる。

 

「……やってくれたか。ゴブリンスレイヤー…!」

 

 思わず言葉に出すソラール。

先日の作戦会議にて、彼が敵陣深くでスクロールを使用する事は知らされていた。

発光するスクロールの光――。

――この隙を逃す手はない。

小鬼や翼竜の目が光に奪われている隙を利用し、ソラールは可能な限り負傷者を引き連れ現場から退避する。

 

……

 

(推奨BGM 進撃の巨人 ―― Ashes on The Fire)

 

スクロールの封を解いた瞬間、眩い閃光が周囲を照らす。

スクロールとは魔術を封じ、その封を解いた者は誰であれ呪文を一度だけ行使できる代物だ。

封印された魔力が、ゴブリンスレイヤーの肉体に作用する。

――なんだ?この奇妙な感覚は!?

普段体感する事の無い違和感――。

――ゴブリンを殺せるなら、何だろうと構わん。

彼は戸惑いながらも()()を受け入れる。

彼の全身が蠢き、筋肉が脈動し膨張する。

戦闘中にも拘わらず心臓の鼓動音が、はっきりと分かった。

封印された魔術が、彼の肉体構造を瞬時に書き変えていたのだ。

細胞が変質し、骨格に言いようのない躍動感を知覚できる。

だが彼は決して動じる事はない。

スクロールを託した人物、ヴィンハイムのオーベックにより前もって聞かされていたからだ。

――成程な、確かに洞窟内では使えん。

”必ず野外で使え”、そう念を押されていたが効力を実感し腑に落ちた。

渡されたスクロールは、直接攻撃する魔法を封じてはいない。

しかし戦局を覆すには充分な潜在能力を秘めていた。

何故なら彼は――。

 

 

 

   ―― 巨人と化していたからだ ――

 

 

 

スクロールに封じていたのは真言魔法の『巨大《ビッグ》』の呪文であった。

文字通り対象者を巨大化させる魔法で、術の強度次第で途轍もない巨大化を施す事も可能だ。

例によってオーベックが渡したスクロールは最上級に近い魔術が封印されており、ゴブリンスレイヤーは人間時の約十倍、即ち17メートル級の巨人と化し地上へと落下していたのである。

そのあり得ない重量と質量を以て空中からの自由落下を加えた拳を地面へと叩き付け、呆ける小鬼集団を文字通り()()()()()

巨人化した彼の拳は凄まじい衝撃で地面を振動させ、近隣は土煙を巻き上げ覆われた。

程無くして土煙が晴れる頃、その中で彼はゆっくりと立ち上がり恐れ戦く小鬼達へと向き直る。

彼の眼は、暗い赤を灯らせていた。

 

「……見ているか?…姉さん……」

 

 彼の記憶に刻まれた、あの夜――。

思えば、あの惨劇から全てが始まったのだ。

平和な故郷に突如として襲来した、憎悪すべき小鬼――。

その小鬼の犠牲となった唯一の肉親である姉――。

巨人化した彼に、混乱し慌てふためく小鬼の集団。

必然的に高所から見降ろす形となり、小鬼が点にしか見えなかった。

 

「――ゴブリンが、まるでゴミのようだ…!」

 

 小鬼を侮った事など一度もない。

小鬼の残虐さと狡猾さは、誰よりも熟知し身を以て学んでいた。

しかし、今この状態はどうだろう。

スクロールで巨人化し、全てを力で捻じ伏せ蹂躙する事も不可能ではないのだ。

兜の奥で暗い感情が芽吹き、彼は口端を歪に釣り上げた。

 

 

 

「――ゴブリン共は…皆殺しだっ!!」

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

巨大(真言魔法)

 

『セメル《一時》、…クレスクント《成長》、…オッフェーロ《付与》』

 

対象(生物)の身体に魔力を作用させ、巨大化を施す呪文。

術を受け入れ同意した者は、身体のみならず装備品までもが巨大化の対象となる。

術者の実力と術の効力により恩恵に差異が見られるが、相手側にとって脅威となるだろう。

 

強者が巨人化を伴い力を振るえば、それは最早暴力というよりは災害に比喩される程に強大だ。

強力な力は、時に驕りと慢心を生みかねない。

力とは実に危うく、恩恵と災いを同時に齎すものだ。

 

 

 

 

 

 




 ここ暫くの間、通院しており更新が大幅に遅れて大変申し訳ありませんでした。
未だ完治していないので、次回更新は何時になるか分かりませんが、気長にお待ちください。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/
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