魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第十一話 花と雫(はなとしずく)

「で、御上那月はどうだったのかしら?」

 

 翌朝。

 

 ここは見滝原市の郊外。川沿いの道を歩く蒼ユリと、その後ろをついていく左苗ミコ。よく晴れた朝で、眩しい日差しと柔らかい風に沿道の草花が揺れている。

 

「どうもこうもありませんわ。あんなの出鱈目(でたらめ)ですの」

 

 朝の通学時間。見滝原一女の制服で歩くユリと、見滝原中学の制服で歩くミコ。ふたりは精神感応(テレパシー)で会話をしていた。

 

「出鱈目に強かった。そういうことかしら」

 

「強い……ええ、たしかに強いですわ。あれが結界の中でなければ、あの一帯は焼け野原になっていたでしょう」

 

 那月のフランベルジュが一閃した時、熱波と爆風が魔女の結界内に吹き荒れた。すべてを焼き、すべてを吹き飛ばす凄まじい威力。あの時、ミコは咄嗟に魔法障壁を作り出して身を守った。絶対防御の魔法盾で巻き添えは免れたが、結界の中は何もかもが燃え尽きていた。

 

「魔女喰いはランク3だったのね?」

 

「ええ、魔力輪がありましたので。それに、落としたフリーフシードは三つ。ということは、魔女を二匹喰った魔女喰いということですわよね」

 

 ランク3の魔女喰いは強い再生能力を持っていたが、再生する間もなく、再生させる身体も残さず、まさに一瞬で消滅した。那月の一撃で跡形もなく消え去った。

 

 そして魔女喰いが落としたグリーフシードは三つ。もともとの本体分と、他の魔女を二匹喰った分。合わせて三つ。

 

「ランク3の魔女喰いを一撃で仕留める。それだけの魔力を使っても、御上那月は『堕ちる』ことはなかった?」

 

「ええ。それどころか……」

 

 

 

 

 魔女喰いは両腕をもがれ、その巨体が丸出しになった。腕の再生が始まっているが、那月のフランベルジュが先。真っ白な刀身が美しい弧を描いて振り下ろされる。

 

 ミコは咄嗟に最後の力を振り絞り、小さな魔法障壁をひとつ作り出した。そこに身を屈めるようにしてふんばり、『巻き添え』に備える。

 

 輝く一閃が振り下ろされた。刃渡り八十センチほどの刃が、魔女喰いを両断する。

 

 カッ!

 

 っと音が消え、白い閃光が魔女喰いと一緒にミコをも飲み込んだ。

 

 それからようやく爆音と衝撃波が広がり、視界は白く掻き消える。

 

 魔法障壁と、その後ろに身を屈めるミコだけを残し、すべてが焼けた。

 

 魔女の結界は消え、視界が開ける。

 

 宵の北夜見市。暗がりの中に見えたのは、フランベルジュを肩に背負う魔法少女。

 

「ふぅ……ちょっとやり過ぎたかしら」

 

 顔色ひとつ変えずに辺りを見回し、ひとり呟く魔法少女は

 

「あれ? グリーフシードが三個?」

 

 足元に転がった嘆きの種(グリーフシード)を拾い上げると

 

「ああ、他の魔女を喰った分ね。三個あるってことは、二匹を喰った魔女喰いだったの?」

 

 それぞれのシンボルを隅々まで見つめている。

 

「歯車のシンボルは……あるワケない、か」

 

 少し残念そうな表情を浮かべると

 

「これ、ふたつアンタにあげるわ。だいぶ魔力を使ったんでしょ?」

 

 と言ってグリーフシードを放り投げた。

 

「ひとつは私にちょうだいよね。私だってちょっと濁ったんだから」

 

 右手首にあるソウルジェムに目を凝らし

 

「ああ、そうでもないか。一応、力は抑えてたから。アンタにもらった分の魔力もあったし」

 

 それから魔法少女の姿を解く。

 

「って、いっけない! もうこんな時間。早く買い物して帰らないと……」

 

 さっきまでの気迫も闘争心も殺気もどこかに消え失せ

 

「アンタも早く帰りなさいよ? それと、フェンスを壊したのは内緒だからね!」

 

 言いながら駆け出していた。

 

 静寂の下にペタンと座るミコを置いて、那月はさっさと走り去ってしまった。

 

 ミコは土と泥にまみれ、尻もちをついて座り込んでいる。

 

 腰が抜けて動けなかった。

 

 ミコは咄嗟に作り出した魔法障壁の隙間から、那月の一撃を見た。フランベルジュが振り下ろされ、高熱の一閃で魔女喰いを両断する。そこまでは最初の攻撃と変わらなかった。

 

 しかし、あの一撃はそれだけではなかった。白熱の刃から閃光が走ると、凝縮された熱源が爆発的に広がり、魔女喰いの身体をチリひとつ残さずに焼き尽くした。あれでは再生能力など役には立たない。何しろ、再生する身体も魔力も、空間ですら焼いてしまったのだから。

 

 魔法障壁で身を守っていたミコは辛うじて巻き添えを免れたが、障壁がなければミコ自身も消し飛ばされていたかもしれない。

 

「出鱈目ですわ……」

 

 呆然としたまま、小さく呟いた。

 

 

 

 

「御上那月は、全力ではありませんでしたの」

 

「力を抑えてランク3を圧倒した、ということね?」

 

 最初のうちは、魔女喰いの力を測りかねていたのかもしれない。普通の魔女とは違う。しかし、どの程度の強さなのかわからない。魔力探知が未熟なのだから仕方ないのだろう。

 

「おそらく、ユリさまと同じですわ。全力で魔力を使ったら、街を壊してしまうと考えたのでしょう」

 

「そうね。強すぎる力は諸刃の剣……敵を屠るだけではなく、味方も巻き添えにするわ」

 

 凛とした姿で立ち止まったユリは、顔を横に向けて遠くを見つめた。長い銀髪が揺れて、漂う香りがミコの鼻をくすぐる。

 

「ユリさま? どうなさいましたの?」

 

 と、これはテレパシーではなく言葉を発する。

 

 ユリの見つめる先は、川向こうの工業地帯。そこから立ち上る排煙が空を覆っていく。黒い煙が晴天を穢す不純物のように広がっていき、西の方角だけが少し暗かった。

 

 ほんの少しの間それを見つめていたユリは再び歩き出し

 

「他に、何か気付いたことはあった?」

 

 とテレパシーで問いかける。

 

「他に……と言いますと?」

 

 ユリに釣られてミコも歩き出す。

 

「御上那月は『呪い』を願って魔法少女になった。本人は気付いていないでしょうけど、あの力は魔法少女というよりは魔女に近い」

 

「魔女に近い……そうですわね。まるで魔法少女の姿をした魔女、いえ……魔女喰いと似た雰囲気を感じましたわ」

 

「魔女喰いと似た雰囲気?」

 

「ええ。魔力の強さでいえば、ユリさまの方が圧倒的に上。贔屓目なしに、そう断言できますわ。でも御上那月はそれとは違う。実は、最後の一撃の前にワタクシの魔力を分け与えていましたの」

 

「あら、あなたが魔力譲渡をするなんて……どういう風の吹き回しかしら」

 

 それは……「逃げられない戦いでしたから」とミコは言葉を口にした。それから

 

「ワタクシの魔力を攻撃に転化させていたとしても、あの威力は強すぎますの。あれは、まるで魔力を乗算させていたように……」

 

「魔女喰いと同じように?」

 

 魔力譲渡は、本来なら『魔力の足し算』にしかならないはずなのに

 

「御上那月は、ワタクシの魔力を乗算させていたように見えましたわ」

 

 それは魔力の掛け算。

 

 数字で表すなら、那月の魔力を「十」としてミコが譲渡した魔力を「五」とするなら、足し算で「十五」。しかし乗算(掛け算)だと「五十」になる。ミコは、それだけ飛びぬけた力を感じた。

 

「なるほど、それで『魔女喰いのようだ』と」

 

「もし御上那月が魔女へと堕ちてしまったら、とんでもない『魔女喰い』になってしまうのでは……」

 

 ふたりの会話は、ここで途切れた。

 

 無言のまましばらく進むと、川沿いの道が二手に分かれている。左手にある『聖(ひじり)大橋』と書かれた大きな橋の前で、ユリは足を止めた。橋を渡った先にはユリの通う見滝原第一女子高等学校。右手に曲がるとミコが通う見滝原中学校。ふたり一緒の通学路はここまで。

 

 初夏の柔らかい風で、ユリの髪が揺れる。

 

「その時は、私が全力で殺してあげるわ」

 

 氷のような冷笑と甘い香りを残して、ユリは橋の向こうへと歩いていった。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

 見滝原市。

 

 近代化の進むこの大きな都市に、未曽有の大災害が訪れる。

 

 回転する上昇気流を伴う巨大な積乱雲『スーパーセル』と呼ばれる現象が起こり、竜巻や激しい雷雨が街を襲う。真っ黒な雲が空を覆いつくし、昼間でも夜のように暗い。

 

 街の人々は災害用の避難所に逃れ、ただ茫然と成り行きを見守っていた。

 

 巨大な自然災害に、近代技術を凝らした建物は枯れ木のごとくへし折られる。崩壊したビルが竜巻に乗って宙を舞う。何十トンもある瓦礫が、まるで木の葉のように浮かび上がっていた。

 

(またこの街だ……)

 

 街が闇に染まるこの光景は、前にも見たことがある。いつだったか憶えていないが、あの時は崩壊していく街に少女がいた。白と紫色を基調とした、不思議な動きをする魔法少女。

 

 摩天楼が連なる、街の中心地を通り抜けた。私が通った後には、ビルの残骸だけが残される。私がすべてを巻き上げ、何もかもを破壊していく。

 

 すると、地上にふたりの少女が現れた。

 

 ふたりは何か喋っているが、声が小さくて聞こえない。

 

(あれ、私……浮いてるんだ)

 

 この時、初めて自分が空に浮いていると気付いた。

 

 上空から見下ろしているから遠くてよく見えないが、あのふたりはこの前の少女とは違う。黄色を基調とした少女と、ピンク色を基調とした少女が瓦礫の上からこちらを見ている。あの衣装……この人たちも魔法少女なんだろう。

 

 と、大気を穿つような轟音と共に、何かが弾けた。

 

(私に、攻撃してきてる?)

 

 黄色の魔法少女が、大きな大砲を構えている。

 

「……フィナーレ!」

 

 もう一度、大きな発射音が響き、砲撃は真っすぐに向かってくる。

 

(どうして私を撃つの?)

 

 爆音を轟かせた砲撃が身体に当たる。が、不思議と傷みは感じなかった。

 

「……な砲撃じゃ……わ! ……さん、一緒に……」

 

「はい! ……さん、わかりました!」

 

 ふたりの声が微かに聞こえる。

 

 黄色い少女がリボンを伸ばすと、それを足場にしてふたりが駆けだした。

 

 同い年くらいの少女なのだろうが、ふたりとも妙に小さい。

 

 いや……違う。

 

 私が大きいんだ。周りの建物も模型のように見える。

 

「鹿目さん、いくわよ!」

 

「はい、マミさん!」

 

「ティロ・フィナーレ!」「えいっ!」

 

 黄色い少女は巨大な砲撃を、ピンクの少女は淡く光る矢を、同時に発射してきた。

 

(やめて! どうして私を撃つの? 私も同じ魔法少女だよ?)

 

 しかし、声が出ない。

 

 代わりに、私の魔力がうねりをあげた。大気が渦巻き、巨大な旋風を起こす。

 

 ふたりの攻撃は巻き起こる大気の渦に巻かれて掻き消えた。

 

「そんな……まったく歯が立たないなんて!」

 

「マミさん、危ない!」

 

 私の手から、巨大な炎が走った。魔力の溜めもなく、予備動作もなく、一瞬で生み出した炎はすさまじい勢いでふたりを飲み込む。

 

(違うの! これは私がやっているんじゃないの!)

 

 私の意思とは関係なく、私はふたりに反撃していた。

 

 巨大な炎に討たれたふたりは、黒焦げになりながら高層ビルに激突した。あまりの衝撃で、ビルの上半分が崩れ落ちる。

 

(お願い、逃げて! これは私の意思じゃないの)

 

 崩れたビルの断面に、満身創痍のふたりが見えた。あの炎の一撃で、黄色い魔法少女は立ち上がれないほどのダメージを受けてしまっている。ピンク色の魔法少女は昏倒しているようで動かない。

 

 また、私の魔力がうねりを上げた。

 

 崩落したビルの上半分が、渦巻く大気の流れで上空高くに持ち上がる。

 

 大きい。

 

 あんな重量を持ち上げる魔力が私にあるわけないのに……

 

 気流に乗って、ビルが落下する。

 

(ダメ! やめて!)

 

 声にならない叫びもむなしく、ふたりが横たわるところに『それ』は突っ込んだ。

 

 瓦解する街を見下ろして、甲高い笑い声が響く。

 

「なにが可笑しいの?」

 

 あのふたりは助からないだろう。炎の一撃だけで相当な重傷を負っていたんだ。そこに巨大なビルの塊で潰されてしまっては、身体もソウルジェムも粉々になっているかもしれない。

 

 また、けたたましい笑い声が響いた。

 

「なにが可笑しい!?」

 

 心の声を強く叫ぶが、声になっていない。聞こえてくるのは、人のものとは思えない不気味な……私の笑い声。

 

「なにが可笑しいのよ!!」

 

 

 

 

 聞こえていた笑い声は、いつの間にか規則的な機械音に変わっていた。那月が目を開けたそこは、宵闇の都市ではない。窓から陽の光が差し、目に映るのは見慣れた天井。

 

「ここは……私の部屋」

 

 けたたましい機械音は目覚ましの音だった。時刻は六時四十分を差している。

 

 いつもなら「あと五分……」という延長希望を唱える那月だったが、今日は目が覚めている。というか、意識がやけにはっきりしていた。

 

「夢……だったの?」

 

 枕元の時計に手を伸ばし、目覚ましを止める。身体は汗でびっしょりだった。

 

 悪夢にうなされたせいなのか、頭痛がひどい。

 

 そうだ、今の夢は……

 

「あの時と同じ」

 

 いつだったか、学校でうたた寝をしていた時に見た夢と同じだ。見知らぬ街を見下ろす私。崩壊していく都市。

 

 だた、前とは違った少女たちがいた。前とは違う、魔法少女がいた。

 

 夢の中に見知らぬ魔法少女がいて、私を撃ってきた。轟音を響かせた砲撃。魔力が発光する矢。

 

 あのふたりは私と戦っていたの?

 

 ――魔法少女は、魔女と戦う運命だからね

 

 キュゥべえの言葉が頭をよぎる。

 

「それじゃあ、私が魔女なの?」

 

 那月は自分の右手を見た。

 

 中指に光る指輪(ソウルジェム)が、カーテンの隙間から差し込む日差しで輝いている。

 

 穢れのない透き通った輝きを見つめていると、吸い込まれそうになる。

 

 ――魔法少女は、やがて魔女となる存在だからね

 

 またキュゥべえの言葉が頭をよぎった。

 

「いや、あれは夢だ……私は魔女になんかならない。世界中の魔女は私が殺すんだ」

 

 ズキン、と頭痛がした。

 

 頭の血管が膨張しているような圧迫感と、軽いめまい。額ににじむ脂のような汗。

 

「風邪でもひいたのかな……」

 

 那月はこの日、学校を休んだ。

 

 

 

続く

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