魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第十二話 マジカルツイスト(彼女が水着にきがえたら)

 七月。

 

 強い日差しと蒸した空気で、肌がジットリする季節。いくら薄着で過ごしても、暑さは変わらない嫌な季節。

 

「夏は嫌だよね~」

 

 グデっとした顔で、今にも溶けてしまいそうな那月。

 

「そう? 暑いのは気持ちいいじゃん。汗をかくと、生きてるなぁって実感しない?」

 

 サラサラのロングヘアをなびかせて汗を弾く柚葉。

 

「わたしも暑いのは平気なのです。お日さまカンカンで元気になるのです」

 

 大きな麦わら帽子から「にゃは☆」っと満面の笑みをのぞかせる弥生ちゃん。

 

 今日は日曜日。以前に柚葉が言い出した「三人で見滝原に遊びに行こう」計画が、遂に発動していた。

 

 北夜見市から見滝原市までは、電車でふた駅、バスでも三十分くらい。見滝原市に向かうバス停が近くにあるので、今回はバスで行こうと決めていた。バスが来るまでの間は炎天下に晒されるので、暑いのが苦手な那月はすでにグッタリだった。

 

「これならもっと涼しいうちに行っておくべきだったなぁ……」

 

 

 

 

 見滝原に行くのがどうにも気乗りしない那月は、『見滝原計画』を先延ばしにしていた。発案者の柚葉が「いつ行く?」と聞いても

 

「う~ん、そのうちね」

 

 といつも受け流していたのだが、そこは機転の利く柚葉さん。なんと、先に弥生ちゃんを誘って日にちを決めてしまっていた。

 

「七月の最初の日曜日、弥生ちゃんオッケーって言ってたよ」

 

「な、なにぬねの? もう決めちゃったの?」

 

「そ。アンタの返事を待ってたらお婆ちゃんになっちゃうからね」

 

 柚葉さん、それ言い過ぎ!

 

「てことで、三人で見滝原に行くからね。那月二等兵、準備を怠るでないぞ?」

 

「ぐ、軍曹殿……夏場の行軍は危険であります」

 

「案ずるでないぞ二等兵。作戦は完璧である」

 

 ということで、半ば強制的に見滝原侵攻が決定してしまった。

 

 

 

 

 で、柚葉の考えた作戦というのが

 

「夏だからプールに行こう」

 

 というものだった。見滝原市に最近できた、大型の遊泳場。七月に遊びに行くなら丁度よい施設。

 

「しかもさ、北夜見市の市営プールと違ってすごく大きいんだよ」

 

 といって、パンフレットを見せてくる柚葉。目をキラキラと輝かせながらそれを見る弥生ちゃん。

 

「大きな滑り台があるのです。みんなで滑るのです」

 

 巨大なウォータースライダーで、高さ二十メートル、長さ三百メートルにもなる『マジカルツイスト』が人気らしい。

 

 何それ、怖そう……。

 

「あ、バスが来たよ!」

 

 見滝原と北夜見市を往復するバスで『見12系統・見滝原南口行』と掲げられている。始発が見滝原なので、バス自体が見滝原で製造されたオシャレな車両。レトロな作りとモダンな雰囲気で、車長は短いが車高があり、バスには珍しく車上にオープン席が設置されている。

 

「なつき、一緒に二階に行くのです」

 

 ドアが開いた瞬間に駆け上がっていく弥生を追いかけて

 

「あ~弥生ちゃん、走っちゃダメだよ!」

 

 那月も乗り込む。

 

「よ~し、みんなで二階に座ろう」

 

 柚葉もノリノリだった。

 

 なんで暑い日に暑いところに座るんですか?

 

 冷房の効いた車内に座ろうよ……

 

 出発早々に暑さバテを感じる那月であった。

 

 夏の風というのは生ぬるい風が吹くわけで、熱風を浴びても涼しくなるわけありません。さらに直射日光も容赦なく照らすわけで、車上のオープン席はまさに灼熱地獄。

 

 冷房の効いた車内で快適な旅ができると思っていた那月は、溶けたアイスクリームのようにグッタリしていた。

 

 片や、暑さウエルカムの夏色少女ふたりは元気ハツラツ。流れる景色を指さしながら、やれ「あそこのケーキ屋さんが美味しい」とか「川を渡ったから見滝原に入った」とか、キャイキャイと騒いでいる。

 

 そんな三人を乗せて、バスは見滝原プールに到着した。

 

 

「うわぁ……」

 

「大きいね~」

 

 照りつける太陽の下に広大な敷地。空色の入場門。ここは見滝原市が都市開発の一環で建設した、大型遊泳施設の

 

 見滝原ワールド・マジカルラグーン

 

『子供から大人まで楽しめる魔法の海』というキャッチコピーで作られただけあって、遊泳プールはもちろん、アトラクションエリアやアクティブエリアなど多彩なエリアを持つ、まさに水のテーマパーク。

 

 入口のゲート上にはタコのようなキャラクターが描かれている。なぜにタコ?

 

「中学生二枚と、小学生一枚ですね」

 

 チケット売り場のお姉さんも、タコのキャラクターが入った帽子をかぶっている。

 

「那月、あのキャラは『ミータくん』て言うみたいだよ」

 

「ミータくん?」

 

「見滝原だからミータくん、なのかな。ああいう『ゆるキャラ』は、アンタの趣味でしょ?」

 

 チケットの支払いをしながら交わす会話が、売り場のお姉さんにも聞こえたようで

 

「園内でグッズも販売していますので、よろしかったらお土産にいかがですか?」

 

 と笑顔で勧めてくる。

 

「ええっと、ありがとうございます……」

 

 ちょっと待って柚葉さん。このタコさん、ゆるキャラっていうより『タコの使い魔』みたいなんですけど。頭の上に葉っぱが生えてるし、タコと植物がミックスされてるような……。

 

「タコさんカワイイのです! わたしも欲しいのです!」

 

 どうやら弥生ちゃんにはストライクみたい。見事に喰いつきました。

 

「よ~し、じゃあ後でお土産屋さんも見てみよー!」

 

 と言って拳を振り上げる柚葉さん。ふたりともテンション高いね……。

 

 暑さでヘバっている那月は苦笑いしか出てこなかった。

 

 

 

 水着に着替える更衣室は、一流ホテルのフロントのような作り。受付でロッカーキーを借りて向かった先は

 

「豪華!」

 

 曇りガラスの中が個室になっていて、ロッカーはもちろん、シャワー、シャンプーなどのトイレタリー、バスタオル、ドライヤー、アメニティグッズなど、至れり尽くせり。これでひとり分のロッカー室っていうからまた驚き。

 

「那月、こんなので驚くのはまだ早いよ?」

 

 隣の個室から柚葉の声が聞こえる。曇りガラスを隔てた向こうでは、すでにお着替えが始まっている模様です。

 

「なつきも早く着替えてプールに行くのです」

 

 反対側の個室では弥生ちゃんもお着替え中。みなさん行動が迅速ですね。

 

 なんて思いながらも、新品の水着を用意してきた那月。フリルの付いたパステルカラーのドット柄。カワイらしいデザインがお気に入り。フリフリのゆるふわ感で胸元と腰回りをキュートに演出。

 

 そして弥生ちゃんは肩ヒモの付いたワンピース型の水着。胸元のリボンと腰回りのフリルがチャーミング。白色ベースでフチがピンク色、左腰の部分に小さなハートのワンポイントが入った

 

「苺ケーキの水着バージョン!」

 

「なつきがまたわたしを食べる気なのです~!」

 

 おっと、いかんいかん。またヨダレが……

 

「はい、お待たせ」

 

「出たーーー、柚葉のセクシーダイナマイツ!」

 

 ビキニですよ、ビキニ。なにその揺れる谷間!?

 

 この人は本当に中学生でしょうか。まさかドーピングしてないよね?

 

「ゆずは、おっぱい大きいのです! わたしのママと同じくらいなのです!」

 

「へぇ、弥生ちゃんのママも大きいんだ。それじゃあ弥生ちゃんも大人になったら大きくなるかもね」

 

「な、なにぬねの!?」

 

 苺のショートケーキだと思っていた弥生ちゃんがメロン畑に成長するですって?

 

「那月も大人になったら成長するんだよね~」

 

「あうっ!」

 

 プールに来たのは失敗だった……。

 

 

 

 滑る、落ちる、うねる! まるで魔法のようなウォータースライダー『マジカルツイスト』

 

 注意書き「高齢者や小学三年生未満の人は利用できません。幼児は保護者同伴でお願いします」

 

『見滝原ワールド・マジカルラグーン』の大人気アトラクションには、そんな注意書きがあった。高さ二十メートル、長さ三百メートルもある巨大なウォータースライダー。階段をのぼり、頂上まで来るとさすがに

 

「た、高い……」

 

 建物の七階くらいある高さのてっぺんは、マジカルラグーンのパーク内を一望できる見事な眺めだった。ここから一気に滑り降りるんだけど、このスライダーが凄い。

 

 急降下からのツイストを三回転

 

「速い速い速いよーーーーっ!」

 

 宙返りレーンを経て

 

「落ちる、落ちるーーーーっ!」

 

 そこからさらに急降下でジャンプ

 

「飛んでる! 落ちるっ!」

 

 最後は魔法の渦に巻かれていくようにプールにダイブ

 

「目がま……わ……る……ぅぅぅ!」

 

 するアトラクション。

 

 というよりは、絶叫マシン。

 

「キャハハハ!」

 

「面白いのです、もう一回やるのです!」

 

 柚葉と弥生ちゃんには丁度よいスリルらしく、滑り終わった途端に

 

「よし、もう一回行こう!」

 

 と言って

 

「なつきも来るのです!」

 

 私を引きずって二回目のマジカルツイスト。

 

「速い速い速いよーーーーっ!」

 

「キャハハハハ!」

 

「落ちる、落ちるーーーーっ!」

 

「楽しいのです~!」

 

「飛んでる! 落ちるっ!」

 

「もっともっとー!」

 

「目がま……わ……る……ぅぅぅぅぅ……」

 

 過激なアトラクションは、何度も続けて乗るものではありません。三回目が終わったところで

 

「ごめん柚葉、弥生ちゃん。私はちょっと休憩……」

 

「だらしないぞ、那月二等兵。そんなんじゃ戦闘機は乗りこなせない!」

 

「いや、ちょっと……酔った……」

 

 戦闘機に乗るどころか、ほふく前進で日陰に退避。

 

「なつき、大丈夫なのですか?」

 

「うん。少し休めば平気だから、ふたりで遊んでて」

 

 なんとか木陰のベンチに辿り着いたものの、ウォータースライダー酔いで戦闘不能です。

 

「あらら、那月二等兵は戦線離脱か。弥生ちゃんは大丈夫?」

 

「わたしは平気なのです。もっと滑りたいのです」

 

「よし、じゃあ私たちはもう一回滑ってこよう!」

 

 そう言い残してマジカルツイストに向かっていくふたり。すごいね、ぜんぜん酔わないんだ。

 

 というか、私だって魔法少女の時は飛んだり落ちたり回ったり、よく考えたらウォータースライダーよりも過激な動きをしてるのに。なんで戦ってる時は酔わないんだろう。まあ、戦いの最中に『魔法少女酔い』してたら魔女に負けちゃうけど。

 

 マジカルバトルでは酔わないけど、マジカルツイストでは酔っちゃうのか。

 

「そんなことを考えてたら余計に気持ち悪い……」

 

 那月は目を閉じてウトウトし始めた。

 

「最近、寝つきが悪いからなぁ。そのせいかなぁ」

 

 いつの間にか、意識が遠のいていった。

 

 

 どれくらいの時間が経ったろう。ほんの少し眠っていたような気がするけど……

 

 ボンヤリと意識が戻ってきた那月は、ベンチに横になったまま目を閉じていた。木の葉の間から降り注ぐ木漏れ日が、チラチラと煌めいているのが感じられる。

 

 と、誰かが隣に座ってきたような感じがした。

 

 頭がボンヤリしたままの那月は、それでも目を閉じたまま動かずにいた。

 

「誰だろう……柚葉かな」

 

 眠っているような、覚めているような、フワフワした意識の中に、隣から声が聞こえてくる。

 

「ねえ那月、アンタ何か隠し事してるでしょ」

 

 柚葉の声だ。私が……隠し事?

 

 声は耳に入るが、意識は薄い。言葉は頭に届くが、答えが言葉にならない。

 

「弥生ちゃんの時だって何をしてたか言わなかったし、それにこの傷」

 

 指先が、頬に触れた。

 

「薄い切り傷。どうして治らないの? 何か月も経つのに、傷跡じゃなくて傷口のまま」

 

 そういえば、蒼ユリに斬られた頬の傷。小さな傷だけど、いつまで経っても治らない。

 

「最近は顔色も良くないし」

 

 このところよく眠れないし、おかしな夢もたまに見る。私が魔女になっている夢。

 

「何か悪い病気じゃないよね……」

 

 病気、そんなんじゃないと思う。ただ私は……

 

「何かあるなら言ってよ。あたしたち友達でしょ?」

 

 友達……そう、柚葉は友達。

 

「なんかさ、アンタが遠いところに行っちゃうような……そんな気がするんだよね」

 

 私が遠いところに……それって引っ越しちゃうとか、そんなんじゃない……よね。

 

「黙って行かないでよ?」

 

 私はどこにも行かないよ。

 

「あたしたち、親友でしょ?」

 

 柚葉の言葉は、そこで途切れた。後に聞こえてくるのは、ウォータースライダーの水の音と、人々の楽しそうな笑い声。そして……

 

 少しだけ、すするような息づかい。

 

 どうしたの柚葉。

 

 泣いているの?

 

 徐々にはっきりとしていく意識の中で、それはたしかに聞こえた。

 

 

 

「ゆずは、買ってきたのですよ」

 

「お、弥生ちゃんサンキュー!」

 

「これはなつきの分なのです」

 

「よーし、それじゃあ弥生ちゃん……(ボソボソ……ボソボソ……)」

 

「わかったのです」

 

「それじゃあ、行くよ~、せ~の~」

 

 ん?

 

 何か顔に……

 

「冷たーーーーっ!!」

 

 冷えたジュースを顔の両側に当てられて、那月は飛び起きた。

 

 柚葉と弥生ちゃんの挟み撃ち。無防備で無抵抗な傷病兵になんてことするんだ。

 

「キャハハハ!」

 

「なつき起きたのですー!」

 

 おいおい、ふたりとも無邪気に笑ってくれちゃって。

 

「おはよ那月。さっきの聞いてた?」

 

「さっきのって?」

 

「いや、聞こえてなかったならいいんだ」

 

 柚葉は少しだけ寂しそうな顔を見せた。それからジュースの口を開け、ゴクゴクと喉を鳴らすと

 

「弥生ちゃんと一緒に、那月を驚かしてやろうって。ね、弥生ちゃん?」

 

「なつき驚いてたのです。面白かったのです!」

 

 ふたりで「イェーイ!」と言ってジュースを乾杯。過激に起こされた那月は、ボーッとしたままふたりを眺めていた。

 

「これはなつきの分なのです。わたしが買ってきたのですよ」

 

 と言って、弥生ちゃんが炭酸飲料を手渡してきた。よく冷えた缶には『炭酸強め・マジカルスプラッシュ』と書かれていて、例のマスコットキャラクターのミータくんが弾ける炭酸をアピールしている。

 

 よく考えたら私も喉がカラカラ。木陰で寝てたけれど、身体は汗でビッショリ。

 

「弥生ちゃん、ありがとう」

 

 そう言ってプルタブに指をかけ、プシュっと開栓……

 

「うひゃーーーーっ!」

 

 勢いよく炭酸が吹き出し、マジカルなスプラッシュが顔面に直撃。や、弥生ちゃん……炭酸ジュースは振っちゃダメだよ……。

 

「お、弥生ちゃん。あたしでもそこまでのイタズラは出来ないぞ~?」

 

「違うのです、これはゆずはが教えてくれたイタズラなのです!」

 

 このふたり、完全に狙ってたな?

 

 ウォータースライダー酔いも、眠気も吹き飛ぶイタズラが二連発。青空の下にキラキラ光る笑顔が三つ。

 

 そうしてマジカルラグーンでたっぷりと遊んでから、陽が傾き始めたころに帰路についた。

 

 

 

 帰りのバスに揺られてすぐに、弥生ちゃんは眠ってしまった。水着の入ったバッグに『ミータくん』のキーホルダーを付けて、スヤスヤと寝息を立てている。散々はしゃいだから疲れたのだろう。まだ小学生だもんね。

 

 車上の席は風を切り、ふたりの髪をなびかせる。

 

「ねえ那月。あの時の話、本当に聞こえてなかった?」

 

 柚葉が顔をそむけて言ってきた。日差しは次第にオレンジ色に変わり、暑さも和らいでいく。

 

「な、何の話?」

 

 何のことか分かったが、なぜかとぼけてしまった。

 

「眠ってたから聞いてなかった?」

 

「ああ、やっぱり柚葉が何か話してたんだね。ごめんごめん、ウトウトしてて聞こえなかった」

 

 ……嘘をついた。本当は聞こえていた。

 

 あれは夢だったのかと思ったけれど、柚葉の表情を見てたらそうじゃないと気付いた。

 

「そっか……聞いてなかったんだね」

 

 反対側に顔を向けて、流れる景色を見ている柚葉。どんな顔をしているの?

 

「えっと、あれでしょ? 弥生ちゃんとイタズラの打ち合わせをしていたんでしょ?」

 

 また、嘘をついた。それは柚葉が誤魔化すために付け加えたセリフなのが分かっていたのに。

 

「はは……そうだね、そんな話もしてたよ」

 

 言葉では笑っているけど、柚葉の声は笑っていない。

 

 ――そんな話『も』してた

 

 私のことを心配している……んだよね。もしかしたら、柚葉は何か気付いているの?

 

 私が魔法少女だってこと。

 

 いや、魔法少女なんて知らないはずから、私が何か隠していること。

 

 私が最近、少しおかしいこと。

 

 左苗ミコとの会話だって聞かれてただろうし、あれから何度か学校を休んでる。今までこんなことなかったのに。

 

「那月さ、最近変わったよね」

 

 柚葉は相変わらず顔を向こうにしたまま言ってきた。

 

「今年の春くらいから、かな。何か抱え込んでるっていうか……ツラそうっていうか……」

 

「そんなこと……ないと思うけど」

 

「やけに明るかったり、塞ぎこんでたり。どこか遠いところを見てたり」

 

「そんなことない……と思うけど」

 

 バスが停車した。階下ではドアが開いて、人が降りていく。

 

「何かあったの?」

 

「何も……ないよ。最近は体調が悪い日があるけど、別に病気ってわけじゃないし」

 

「そっか。悪い病気ってわけじゃないんだね」

 

「うん、だから何も心配することはないよ」

 

 バスの扉が閉まる。ここから川を越えれば北夜見市。

 

 車が一台、バスを追い越していった。後続に車はなかったが、バスはまだ発車しない。

 

「ウソなのです」

 

「え……!?」

 

 突然、目をつむったままの弥生が喋りだした。

 

「ウソつきなのです。なつきはウソつきなのです」

 

「や、弥生ちゃん?」

 

 目は穏やかに閉じられ、顔も安らかだ。しかし、弥生は寝言を言っているように口だけを動かしている。

 

「どうしたの弥生ちゃん。起きてるの?」

 

 那月は弥生の身体を優しく揺らすが、反応はない。

 

「ウソつきなのです」

 

「ホントだね」

 

 隣で柚葉がうなずいた。

 

「ちょっと、柚葉までどうしたの?」

 

 バスはまだ発車しない。乗車する人も、降車する人もいないが、ただエンジンをかけたまま止まっていた。

 

「ウソつきなのです」

 

「嘘つきだね」

 

 ふたりの言葉はそれしかなかった。

 

 弥生は目を閉じたまま、柚葉は光沢のない瞳で那月を見据えたまま

 

「ウソつきなのです」

 

「嘘つきだね」

 

 ただ同じ言葉を繰り返していた。

 

 

 

続く

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