魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第十三話 魔女殺しの槍(まじょごろしのやり)

 寝言のように「ウソつき」と繰り返す弥生。

 

 そして

 

「本当は聞こえていたんでしょ? それなのに、なぜ嘘をつくの?」

 

 曇った瞳で詰め寄ってくる柚葉。

 

「ふたりともどうしたの? 弥生ちゃん、起きてるの?」

 

 沈むように座っている弥生を揺すっても反応はない。那月に肩を揺らされて、弥生の小さな身体は崩れるようにバスのシートに倒れた。生乾きの髪の毛が木製のシートに広がると

 

「――――っ!」

 

 その首筋に、黒っぽい紋様が見えた。これは

 

「魔女の、口づけ……!」

 

 アザでもない、傷でもない、紛れもない呪いの刻印。

 

「それはウソじゃないのです」

 

 目を閉じたままの弥生が、にやけたように言う。

 

 この言葉……魔女に操られているんだ。さっきから「ウソつき」と連呼していたのは、魔女の呪いに言動を支配されていたんだ。

 

「弥生ちゃんは、また魔女を引き寄せてしまったんだ!」

 

 那月は心の中で叫んだ。この辺りに潜む魔女が弥生に引き寄せられ、いつの間にか呪いを振り撒いていたんだ。

 

「もしかして柚葉も……?」

 

 力なく寝転んでいる弥生から視線を移すと、那月のすぐ横に柚葉が立っていた。立ち上がったまま那月を見下ろしていた。

 

 もしかして、柚葉も同じように魔女の口づけを受けているのか。ふたりで「ウソつき」と言っていたのだから、弥生ちゃんと同じように呪いを受けてしまっているかもしれない。

 

 長い髪に隠れて、柚葉の首筋が見えない。那月は手を伸ばして

 

「柚葉、ちょっと見せて……」

 

 髪の毛に触れようとすると

 

「触らないで!」

 

 差し出した手がパーンと払いのけられた。柚葉の瞳は曇り、表情が険しい。

 

「嘘つき。アンタは嘘つきだよ。あたしに触らないで」

 

「そうなのです。なつきはウソつきなのです」

 

 停車したバスは動かない。辺りには車も人影もなく、まるで無人の街中に取り残されてしまったようだった。

 

「しまった……こんなところで魔女が出てくるなんて」

 

 よくよく考えたら、あり得ないことではなかった。北夜見市にだって、ここ見滝原にだって魔女はいる。いつもはひとりでいる時や、同じ魔法少女と共闘することはあっても、無関係の人間と一緒にいる時に魔女が現れることだってある。想像していたことだ。

 

 が、それは唐突だった。何の準備も、心構えもしていない。

 

「今ここで私が魔女と戦ったら、柚葉にも知られてしまう?」

 

 いや、魔女の口づけに毒されているのであれば

 

「魔女さえ倒せば、その記憶は消えるかもしれない」

 

 那月は右手にソウルジェムを出した。柚葉の記憶が残るかどうかよりも、ふたりが魔女の口づけを受けてしまったのは事実だ。放っておくことなど出来るはずがない。

 

 夕闇に沈む見滝原の街に、赤い気泡が舞った。オレンジ色の夕陽は色濃く変わり、何もかもが赤い世界へと変わっていく。魔女の結界が口を開いたのだ。

 

 ためらっている場合じゃない。一刻も早く魔女を狩らなければ、ふたりの命が危ない。

 

「柚葉、ごめん。後でちゃんと謝るからね」

 

 右手に持つソウルジェムに視線を落とし、宝珠を輝かせたところで

 

「お待ちなさいな」

 

 と、どこからともなく声がした。この、丁寧だが相手を見下したような言い方は……

 

「防護障壁!」

 

 バスの車上にいる那月たちをすっぽりと包み込むように、黄色い魔力膜が張られた。

 

 この声は、左苗ミコだ。しかし姿が見えない。

 

 那月は周囲を見回してミコの姿を探した。弥生は目を閉じたままだが、柚葉も同じように辺りを見回している。

 

「これは神隠しみたいなものよ。不運にも迷い込んでしまったわね」

 

 黄色い防護障壁のすぐ外側から、もうひとりの声。バスの車上の縁に降り立ったのは、薄墨色(はいいろ)の服を纏う少女。

 

「あなた達には関わりのないこと。助けてあげるから、そこで黙って見てなさい」

 

「蒼ユリ!」

 

 背を向けて立つユリが、先端の丸い円から十字が伸びる槍を構えている。

 

「ちょっと、どうしてアンタがこんなところに……」

 

 言いかけた那月の言葉を断ち切るように

 

「あなた……誰かしら?」

 

 ユリが冷たい言葉を浴びせる。さらに

 

「言ったでしょう? 黙って見ていなさい」

 

 と言って一気に跳躍した。舗道の外灯に足をつけ、そこからさらに飛び上がる。建物の壁面を蹴り、そこからさらに飛び上がる。

 

 あっという間に五階建てのビルの屋上に立ったユリを

 

「あんなところから何をするつもりなの?」

 

 那月は目を細めて見上げる。その横では、柚葉がじっと那月を見つめていた。

 

「ミコ!」

 

 ユリの声が聞こえる。いや、これは……精神感応(テレパシー)だ。

 

「はいですの!」

 

「あなたのところから見える?」

 

「いえ、魔女は見えませんわ。ただ、この魔力の波動は……」

 

「ええ。魔女喰いね」

 

 ふたりのやりとりが、テレパシーに乗って聞こえてくる。どうして私にも聞かせるのだろう。

 

「ユリさま、ワタクシがおびき出します」

 

「任せるわ」

 

 ミコの声はどこから聞こえているのか分からない。テレパシーだけが那月の頭の中に響いている。

 

 と……

 

 那月たちが乗るバスを中心にして、黄色い魔力の膜が開いた。ミコの魔法『防護障壁』が、巨大な風船を膨らますように街の一角に広がっていく。

 

「さあ、出ていらっしゃいな」

 

 どこかに潜んでいる魔女を、魔力の膜で絡めようというのか。放射状に広がっていく防護障壁はぐんぐん大きくなり、朱に包まれた一帯をレモン色に染める。

 

「いましたわね」

 

 バチーン! と帯電したような音がして、くぐもった魔女の声が響く。障壁に引っかかってあぶり出された魔女に

 

「ユリさま!」

 

「ええ」

 

 建物の屋上から飛び降りたユリが、十字槍で閃突を浴びせる。

 

 オオカミのような顔をした魔女が、ユリの十字槍で身体を貫かれていた。オオカミのよう……といっても、身体はゆうに二メートルはあるだろう。長い手足に毛むくじゃらの身体は獣のよう。その手には大きな杖を持っている。

 

「狼(オオカミ)の魔女?」

 

 那月はその見た目から安直に想像したが

 

「いいえ、あれは魔女喰いですわ」

 

 姿の見えないミコのテレパシーが頭の中に聞こえてくる。

 

 ユリの槍で突かれた魔女喰いは、そのまま地面に落下して叫び声をあげた。身体の真ん中、ちょうどお腹のあたりを一突きにされ、紫色の血を吹き散らしている。

 

 グルル……と、獣のような声をあげる魔女喰いを、街灯の上から見下ろすユリ。薄墨色の視線を送りながら、冷ややかな口元で槍をビュっと振ると、刃先についた血のりが飛び散った。

 

 そのまま追撃を向けるのかと思っていたが、ユリは微動だにしない。

 

「あれが魔女喰いなんだったら、再生される前に攻撃しないと……」

 

 魔女喰いには強い再生能力がある。それは那月も経験済みだから、なぜユリが追撃を向けないのか不思議だった。

 

「大丈夫ですわ。ユリさまの槍は特別ですから」

 

「特別?」

 

 血吹雪をまき散らしながら道路の真ん中に立つ魔女喰い。その傷跡は……

 

「傷が……再生しない?」

 

 魔女喰いの再生能力なら、あんな傷などすぐにふさがってしまうはずなのに。

 

「どうして……」

 

「ユリさまの槍、あれは『魔女殺しの槍』ですの」

 

「魔女殺しの槍?」

 

「そうですわ。あの槍は、魔力による再生能力を打ち消す力がありますの。だから魔女の再生能力は、ユリさまの攻撃には無意味」

 

 姿の見えないミコが、いつもよりも饒舌だった。ユリ「さま」なんて呼び方をしているから、きっとあの高慢ちきの腰巾着なんだろう。神輿を担ぐのに声も張り切っている。

 

「どんな魔女をも滅する魔女殺しの槍と、それを扱う強靭な精神力。そして磨き上げられた槍捌き。ユリさまに敵う者などいませんの」

 

 ミコの言葉は自信に満ちていた。

 

 と、流血の止まらない魔女喰いが咆哮をあげる。それはユリへの威嚇か、苦痛に耐える叫びか、牙を剥きだしてユリを睨んだ。体中の毛が逆立ち、獣の目が怪しく光る。

 

「魔力を高めましたわね。あれが限界だとしたら、やはりコイツは『ランク2』」

 

 この魔女喰いには『ランク3』以上の印(しるし)となる魔力輪は見えない。つまり、魔女を一匹だけ喰った魔女喰いなのだろう。それでも普通の魔女に比べたら格段に強い魔力なのだが

 

「ユリさまの敵ではありませんわ」

 

 もはや勝負あった、と言わんばかりにミコの声は安心している。

 

 魔女喰いは手に持つ杖をかざした。柄の先には、片目の潰れた人の顔のようなものが象られている。その杖を大きく振り下ろすと、ユリに向かって杖の中の顔が飛び出した。

 

 不気味な顔だけが伸びていき、ユリに迫る。

 

「危ない!」

 

 那月が叫ぶが、ユリは動じない。

 

 右手に下げた槍をピクリと動かすと、目にも止まらぬ速さで振り上げた。瞬間、杖の顔が大きく口を開ける。ユリの槍は空を斬り、杖の顔が開けた口の中に飲み込まれてしまった。

 

「えっ!?」

 

 それを見ていた那月は思わず声をあげる。あれだけ余裕を見せていたユリが、あっけなくひと飲みにされてしまった。魚が餌を丸飲みするように、一瞬でユリの姿が杖の顔の中に消えた。

 

「ちょっと! 喰われちゃったわよ?」

 

 那月が焦った声を出す。が……

 

「喰われてしまいましたわね」

 

 それに答えるミコの声は平静だった。冷静に、落ち着いてテレパシーを飛ばしてきた。その声は那月だけに聞こえているはずだが

 

「この人もウソつきなのです」

 

「弥生ちゃん?」

 

 未だに目を閉じて眠ったままの弥生が、再び口を開いた。

 

「ええ、ウソですわ」

 

 と、再びミコのテレパシーが飛んだ次の瞬間、杖の顔が真っ二つに斬り裂かれる。顔の内側から裂けるように、その醜い顔が半分に割れた。紫色の血が外側に飛び散り、それと一緒に黒いシンボルが飛んでいった。

 

「ランク2程度の魔女喰いがユリさまを喰らおうなんて、百年早いですわね」

 

 ドロリと崩れ落ちた顔の中から、ユリが姿を現す。まるで何事もなかったかのように平然と、余裕の表情を浮かべたまま魔女喰いの前に降り立った。そうして

 

「終わりね」

 

 と冷たい声を発すると、ユリの槍が舞った。

 

 一瞬で間合いを詰めると槍を回し、魔女喰いの身体に激しい連撃を見舞う。その槍捌きは美しく優雅で、しかも異常に速い。十字の穂先がいくつもの残像を描き、回転させる遠心力での打撃を加え、魔女喰いの身体を襲う。

 

 まさに猛攻とよべるユリの槍撃乱舞に、魔女喰いは成すすべもなく打ちひしがれた。紫色の血しぶきがまるで花吹雪のように散り、魔女喰いの身体は削られていく。

 

「す、すごい……!」

 

 この槍の扱いは古武術か何かか。見たこともない槍捌きは観る者をも圧倒した。

 

 魔女喰いは鮮血に染まり、身体はボロ雑巾のようになっている。魔力による肉体再生も起こらない。反撃する力も見えない。

 

 ユリは最後に、魔女喰いの喉元を槍で突いた。

 

 先端が十字に伸びる『魔女殺しの槍』

 

 その刃先が魔女喰いの身体を貫き、抜け出た穂先には黒いシンボルが刺さっていた。それは黒い宝珠、嘆きの種グリーフシード。ユリは槍の刃先で、魔女喰いの魂を突き刺していた。

 

 魔女喰いの叫び声が響く。それは獣の声というより、くぐもった女性の金切り声。

 

 ユリの槍に突かれたグリーフシードはパーン! と弾け、砂のように散り消えていった。同時に魔女喰いの身体も、音もなく崩れていく。

 

 まさに圧倒だった。ランク2の魔女喰いが、文字どおり「手も足も出ない」

 

 ユリに対して傷ひとつ付けることができない。

 

 これが、キュゥべえに「歴代最強」と言わせる魔法少女。

 

 魔女喰いは消え、朱に染まっていた魔女の結界も元の見滝原に戻っていく。弥生の首筋にあった魔女の口づけは消え、静かな寝息を立て始めた。夕陽は西の空に沈み、道路沿いの街灯に明かりが灯る。

 

 宵の見滝原市は再び動き始め、人や車の流れが那月たちの横を過ぎていった。

 

「御覧になりました? これがユリさまの実力ですわ」

 

 と、ミコがテレパシーを飛ばしてくる。未だに姿は見えないが、きっと勝ち誇った顔をしているに違いない。

 

「ミコ」

 

 向こう側の歩道から、制服姿のユリがミコを呼ぶ。いつの間にか『普通の女子高校生』に戻り、往来する人の流れに見え隠れしていた。

 

「はいですの!」

 

「行くわよ」

 

 言葉少なくユリは歩き出し、そこでふたりのテレパシーも途切れた。どこかにいるミコも、ユリについていったのだろう。

 

 車内に発車を促すアナウンスが流れ、バスの扉が閉まる音がする。排気ガスを出さないクリーンエンジンが吹き、那月たちを乗せたバスが動き出すと

 

「はぁ……」

 

 那月は大きなため息を吐いた。

 

 今回はあのふたりに助けられた。おかげで自分が魔法少女だと知られずに済んだし、柚葉も弥生ちゃんも無事だ。魔女の口づけは消えたことだし、柚葉もあの不思議な戦いは忘れてしまうだろう。

 

 どっと疲れが噴き出した那月の横で、柚葉が道路の向こうを眺めていた。流れる景色に過ぎていくユリの姿を追っていた。

 

 柚葉のその手に、黒いシンボルが握られていたことは誰も気付いていなかった。

 

 

 

続く

 

 

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