魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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投稿が1日遅れてしまいました(´・ω・`)


第十四話 赤信号の交差点(あかしんごうのこうさてん)

 七月は期末月なので、中学校ではテストの時期です。

 

 いわゆる『期末テスト』というやつで、学期末に行われる定期試験。もちろん成績に反映される大事なテストで、北夜見中学では学年順位まで発表されてしまう。

 

 そんな試験が来週から始まるというのに……

 

「柚葉はお休みかぁ」

 

 見滝原プールの翌日、柚葉は学校を休んでいた。

 

 先生は「体調不良」と言っていたが、今まで学校を休むなんてことのなかった柚葉が欠席するなんてどうしたんだろう。

 

「昨日はマジカルラグーンで大はしゃぎしてたから、風邪でもひいたのかな」

 

 魔女の口づけは解呪されたから、そのせいではないんだろうけど。というよりも、呪いが消えたなら記憶もなくなっているはず。あれからバスに揺られて元気がなかったから、少し疲れていたのかもしれない。

 

「帰りに柚葉の家に寄ってみよう」

 

 那月は窓際の席でシャーペンをクルリと回し、そんなことを考えていた。

 

 

 放課後。

 

 那月が昇降口から出ると、校門の前に弥生が立っていた。ランドセルを背負って待っていたようで

 

「なつき!」

 

 と笑顔を向けて駆け寄ってきた。

 

「弥生ちゃん、どうしたの?」

 

 北夜見中学と北夜見第二小学校はさほど離れていないので、中学生と小学生が登下校に顔を合わせることは珍しくない。が、弥生の家は那月の通学路と方向が違うので、放課後に会うのは初めてだった。

 

「なつき、昨日はごめんなさいなのです。知らない間に、わたしはまた魔女の口づけを受けてしまっていたのです」

 

「あ、ああ……」

 

 那月は辺りを見回しながら

 

「そいういう話はここではちょっと。他の生徒もいるからね」

 

 下校を始める他の生徒たちを避けるように、弥生の手を引いた。

 

 左苗ミコもそうだったけど、大っぴらに専門用語(魔女の口づけ)を振り撒くのはカンベンしてね。私は自分が魔法少女だって知られたくないし……弥生ちゃんは知ってるからいいけど。

 

 精神感応(テレパシー)で会話できればいいんだけど、弥生ちゃんは魔法少女じゃないし……そういえば『魔法少女じゃないのに、魔女に狙われてしまう』のはなぜだろう。

 

「そうだ弥生ちゃん、これから柚葉の家にお見舞いに行くんだけど、一緒に来る?」

 

 弥生ちゃんの家と柚葉の家は方向が同じだし、歩きながら小声で話せば大丈夫だろう。

 

「ゆずはは病気なのですか?」

 

「ううん、たぶん風邪を引いたんだと思うけどね。学校を休んじゃってるから様子を見に行こうと思ってさ」

 

「そういえば、昨日の帰りは元気がなかったのです」

 

 やっぱり弥生ちゃんも気付いてたんだね。いつも元気な柚葉が無口だったし、学校を休むなんてよっぽど具合が悪いのかな。

 

 ふたりは柚葉の家に向かって並んで歩き出した。

 

 弥生ちゃんの話によると、昨日の魔女の口づけはいつどこで受けてしまったのか憶えていないらしい。遊び疲れてバスで眠ってしまい、気づいたら夢遊病のように「ウソつき」と口にしていた。

 

 でも、それを憶えているってことは

 

「途中から意識があったってこと?」

 

「よくわからないのです。でも、魔女の口づけを受けたのは憶えているのです。とても恐くて悲しい気持ちになるから、それだけはいつもわかるのです」

 

「ふぅん……」

 

 魔女って、何なんだろう。呪いで人間を死に駆り立てる……っていうのは知ってるけど、魔女はどうして人間を殺そうとするのかな。そういう存在って言われたらそれまでだけど、少なくとも「魔女にとって何か有益なこと」だとしたら、魔女が人間を殺すことは「食事」みたいなものなのだろうか。

 

 魔女自身が生きていくための本能なんだろうか。

 

 交差点の信号が赤に変わった。

 

 那月たちが向かう道は人も車も動きを止め、それを横切る道が動き出す。ひとつの流れが止まれば、もうひとつの流れが始まる。

 

 私たちと同じだね。魔法少女は魔女を殺すことで、次の交差点まで進んでいける。赤信号に道を阻まれたら、また魔女を殺して進めばいい。でもどこかで『永遠の赤信号』に閉ざされたら、それは魔女に堕ちるっていうこと。横切る道は、新たに始まる魔女の道。そして、その魔女もまた……どこかで流れが途切れていく。

 

 そうやってぐるぐると街を廻り、世界を廻り、時代を廻り、魔法少女と魔女のサイクルが続いている。

 

 今、私が歩いている道はどこに向かっているんだろう。この道は、『歯車の魔女』がいる交差点へ続いているのだろうか。

 

 『歯車の魔女』は、どこかの巨大な交差点で『永遠の赤信号』を灯しながら待っているのだろうか。

 

 交差点の信号が青に変わった。

 

 目の前を横切る道は流れを止め、那月たちが向かう道が動き出す。ひとつの流れが止まれば、もうひとつの流れが始まる。

 

 私の道が動き始める。

 

 弥生が足を踏み出し、それに続いて那月も歩き始めた。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

「あれ!? 那月どうしたの? 弥生ちゃんまで一緒に」

 

 二階の部屋で布団にもぐっていた柚葉は、顔だけを覗かせていた。

 

「急に来ちゃってゴメン。あ、横になってていいよ」

 

 那月は慌てて起き上がろうとする柚葉を制して、部屋のドアを閉めた。

 

「ゆずは、病気なのですか?」

 

 心配そうな弥生ちゃんの声を聞くと

 

「いや、病気ってわけじゃないんだけどさ。なんだか身体がダルくて少し熱っぽいから、学校は休んじゃったんだよね」

 

 柚葉は頬をポリポリと掻きながら、パジャマ姿の身体をゆっくりと起こした。ベッドの枕元には体温計と空っぽのコップ。カーテンは閉められたままで、部屋の中は薄暗かった。

 

「待って、いま電気を点けるから」

 

 ベッド横のタッチセンサーに手をかざすと、部屋に照明が灯る。白い光に照らされた柚葉は、なんとなく顔色が悪かった。

 

「ふたりで来てくれたんだ」

 

 チラっと弥生ちゃんに目を向けた柚葉の声も、元気がないような気がする。いつもなら「私のお見舞いを口実に弥生ちゃんを誘ってくるとは、不届きなやつめ」と冗談のひとつでも言ってくるのに

 

「悪いね」

 

 と、申し訳なさそうに小さく息を吐いた。そんな『らしくない』態度のせいか、会話も空気もどこか息苦しい。まるでこの部屋だけ重力が強くなっているように重苦しい。

 

 そんな重苦しさを払いのけるように

 

「まったく、柚葉らしくないなぁ。昨日のプールではしゃぎすぎたからだよ」

 

 那月はイジワルっぽく言った。散々はしゃいでいたのは本当のことだったが

 

「え? 昨日のプールって?」

 

 きょとんとして柚葉が聞き返した。

 

「見滝原のマジカルラグーンだよ。あれだけ絶叫スライダーに乗って大はしゃぎしたから、疲れちゃったんでしょ?」

 

「マジカルラグーン? 絶叫スライダー? あたし、そんなところに行ってないよ?」

 

「え?」

 

 どういうこと? 弥生ちゃんと三人で見滝原に行って、マジカルラグーンで遊んだじゃない。まさか、魔女の口づけのせいで一日の記憶まで消えちゃったの?

 

「もしかして、憶えてない……の?」

 

 魔女喰いは蒼ユリが退治したから、呪いは解呪されたはず。魔女の口づけを受けた時の記憶は消えても、他のことは憶えているはずなのに。まさか、呪いが消えてない……?

 

 強張る那月の顔を見ながら、柚葉の顔が徐々にニヤけていく。

 

「な~んて、ウ・ソ・だ・よ~~」

 

「は?」

 

 那月を指差しながら、キャハハっと笑う柚葉。

 

「や~い、ダマされた」

 

 あうっ! こんな時に笑えない冗談を飛ばしてくるなんて、柚葉さん……だいぶ元気じゃないですか?

 

 ケタケタと声を出して笑っている柚葉を見て、なんとなく重苦しかった空気が一変した。和やかな雰囲気を取り戻したところで、柚葉の冗談に驚いていた弥生も

 

「ゆずは、ウソつきなのです」

 

 と、安心したように言う。が、その言葉に

 

「――――――っ!」

 

 ビクっと柚葉が反応した。まるで何か恐ろしいものを見てしまったように、身体を硬直させている。

 

「ゆずは?」

 

 息を呑みながら視線を逸らし、言葉を詰まらせていた。瞳が揺れ、顔から血の気が引いている。

 

「大丈夫なのですか?」

 

「どうしたの柚葉。やっぱり具合が悪いの?」

 

 怯えるような顔を見せる柚葉は

 

「うん、ちょっと横になるね」

 

 と言って布団を手繰り寄せた。それからチラっと枕元にあるコップを見て

 

「那月、悪いんだけど水を汲んできてくれないかな」

 

 そのまま布団に潜り込んでしまった。

 

「う、うん。わかった」

 

 明らかにいつもの柚葉とは違う。柚葉は直情的で何でも思ったことを口にする性格だから、含んだ言い方をするような子じゃない。でも今は、心の中に何かをせき止めているような、言いたいことを飲み込んでしまっているような、そんなふうに見える。

 

「ちょっと待っててね」

 

 那月はコップを手に取ると、弥生を部屋に残して階下へおりた。

 

 リビングには誰もいなく、綺麗に片付いたキッチンは静まり返っていた。鏡のような水栓蛇口のハンドルを持ち上げると、水道の水が溢れ出す。透き通った水が、ガラスのコップに満ちていく。

 

 那月はその水を見つめながら、柚葉の言葉を思い出した。

 

 ――あたし、そんなところに行ってないよ?

 

 あんな冗談を言えるんだから、すぐに元気になるのかな。それとも、具合が悪いのを隠すためにわざとあんなウソを……?

 

 ――ゆずは、ウソつきなのです

 

 弥生ちゃんが言っていた言葉。そして、魔女の口づけに侵されている時にも言っていた言葉。

 

「え?」

 

 あの時は柚葉も魔女の口づけを受けていて、魔女喰いが倒されたことで記憶は消えているはずなのに『ウソつきと言われて驚いていた』

 

 弥生ちゃんはきっと、何も考えずに言ったんだ。柚葉の冗談に、冗談で返していたんだ。でも柚葉は「ウソつきなのです」と言われて

 

「あの時のことを思い出した?」

 

 ……違う。

 

「憶えているの?」

 

 記憶は消えていない。いや、消えていないんじゃなくて

 

「そもそも、魔女の口づけなんて受けてたの?」

 

 あの時、弥生ちゃんの首筋には魔女の口づけがあった。幾何学的な紋様が刻まれ、死に至る呪いを受けていた。でも、柚葉の首筋は見ていない。いや、見せてもらえなかった。

 

 そして柚葉は

 

「魔女喰いも、蒼ユリも、左苗ミコの魔法も、すべて見ていた……」

 

 そういえば、蒼ユリはこう言っていた。

 

 ――これは神隠しみたいなものよ。不運にも迷い込んでしまったわね

 

 あれは私に言っていたんじゃない。私は魔法少女だから、魔女の結界も分かっているし、そもそも「神隠し」なんて言い方をしなくてもいい。

 

 ――あなた達には関わりのないこと。助けてあげるから、そこで黙って見てなさい

 

 あなた『達』?

 

 私『達』?

 

 私と……

 

「柚葉に言っていたの?」

 

 那月はハッとした。弥生ちゃんは魔女の口づけを受けていて、夢遊病のように「ウソつきなのです」を繰り返していた。柚葉も同じように「嘘つき」と言っていたから、ふたりとも魔女の口づけを受けているのだと思っていた。でも

 

「柚葉は、魔女の口づけを受けていなかった……!」

 

 蒼ユリは『非日常的なことに巻き込まれた柚葉』に「これは神隠しみたいなものだ」と言ったんだ。

 

 あそこで私が魔法少女になったら、すべて知られてしまう。だから「私も柚葉も無関係な人間だから、あなた『達』は黙って見ていなさい」と言ったんだ。

 

 それにユリの存在に気付いた私に対して、こうも言っていた。

 

 ――あなた、誰かしら?

 

 つまり「あなた(私)も無関係だ」と言っていたんだ。

 

「蒼ユリは、柚葉が呪いを受けてないことを分かっていたんだ」

 

 だから「神隠し」なんて言葉を使って、他人のように振舞っていたんだ。

 

 どうして気付かなかったんだろう。いや、そんなことはどうでもいい。魔女喰いが倒されたことで呪いが消え、記憶が消え、一件落着かと思っていたのに……

 

「もう、隠し通せないくらい巻き込んでしまった」

 

 那月はコップの水に映る自分の顔を見つめたまま動けなかった。巻き込みたくなかった。柚葉を巻き込みたくはなかった。

 

 たぶん柚葉は、うすうす感づいていたんだろう。私が魔法の契約をしてから、それまでと何かが変わったことに気付いていたんだろう。ただそれが何なのかは分からなかったにしても、どこか遠くに行ってしまうのかもしれないと思っていたんだ。

 

「でも、柚葉には言えなかった。柚葉にだけは言えなかった。心配をかけたくなかったし、巻き込みたくなかったし、でもこれじゃ……」

 

 那月は意を決して部屋へと戻った。

 

 コップを手に階段を上り、柚葉の部屋の前まで来たところで

 

「……なのです。わたしも……」

 

 微かに弥生ちゃんの声が聞こえた。柚葉と何かを話しているのだろうか。

 

 軽くドアをノックしてから部屋に入り

 

「ごめん柚葉、遅くなっちゃって」

 

 水の入ったコップを柚葉に手渡す。無言でそれを受け取った柚葉は、口をつけないままコップを抱えた。

 

「で、でね柚葉。ちょっと話したいことがあるんだけど……」

 

「悪いんだけどさ!」

 

 那月の言葉は途中で塞がれた。

 

「あたし、やっぱり具合が悪いからさ。今日はもう帰ってくれないかな」

 

 俯いたままの柚葉は冷たく言った。目も合わさず、那月にそう言った。

 

「う、うん」

 

 その声はどこか他人行儀で、まるで「アンタとは話したくない」と言わんばかりの心の壁があるようだった。

 

 すぐに弥生が立ち上がり

 

「ゆずは、お大事になのです」

 

 と言って部屋を出ようとした。それ以上は何も言えなくなった那月も

 

「じゃあ、また明日……」

 

 隅に置いてあった鞄を持つと、それ以上は何も言えずに柚葉の家を後にした。

 

 

 外はすっかり夕焼けに染まり、しかし暑さは和らぐことなくムシムシとした空気に満ちていた。

 

 結局、大事な話ができなかった那月は

 

「ねえ、弥生ちゃん。さっき柚葉と何を話していたの?」

 

 ドアの前で聞こえてきた会話が何となく気になったので聞いてみると

 

「な、何も話していないのですよ。なつきが遅いから、どうしたのかなって思ってたのです」

 

 弥生は少し慌てたように答えた。

 

 遠くから聞こえてくるヒグラシの鳴き声に急かされるように、弥生は足を速める。那月は「家まで送っていこう」と思ったが

 

「なつき、わたしはひとりで帰れるので大丈夫なのです」

 

 背を向けたまま歩き続けた。

 

 どうしたの? なんか弥生ちゃんも変だよ?

 

 那月は、まるで自分だけが置いて行かれているような感じがして不安になった。カナカナと聞こえてくるヒグラシの声が、侘しさを煽ってくる。

 

 そんな那月の心を察したのか、弥生はちょこんと立ち止まると

 

「なつきとゆずはは仲良しなので、何も心配しなくていいのですよ」

 

 と言った。言うとすぐにまた歩き出し

 

「わたしは、みんなの幸せな未来が見たいのです」

 

 小さな背中を揺らして走っていった。歳の割に幼い身体を一生懸命に繰り出し、それにつられて赤いランドセルも揺れていく。そんな後姿を、那月は黙って見送った。

 

 

 

続く


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