魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~ 作:マンボウ次郎
柚葉は次の日も学校に来なかった。
担任の先生には相変わらず「具合が悪い」としか言っていないようで、詳しいことは分からない。
「もしかして、私と会いたくないのかな」
昨日の帰り際、柚葉は少し変だった。明らかに私と話すことを避けているような、そんな壁が感じられた。
「でもなぁ……ここまで来たらちゃんと説明しないと、私だって話しづらくなっちゃったからなぁ」
避けられてしまっても、このまま放っておくわけにはいかないよね。お互いギクシャクしたままじゃ関係が悪化していくだけだし。もともとは私が「心配をかけたくない」と思って黙っていたけど、結局それが原因で「心配をかけている」のは事実だから。
「帰りにもう一度、柚葉の家に寄っていこう」
来週は期末テストだってあるんだし、このまま柚葉が学校に来なかったら成績に影響してしまう。
私のせいで迷惑の上塗りをするわけにはいかないもんね。
「とは言っても、なんて説明したらいいんだか……」
実は私、魔法少女やってます……って?
命を懸けて、魔女と戦ってます……って?
今まで黙っていたのは、柚葉に心配をかけたくなかったからです……って?
まあ、最後のはいいとして――「魔女と戦う魔法少女です」ってのは単刀直入すぎるか。だったら蒼ユリのように『神隠し』的な言葉を使った方が信じてもらえるかもしれない。
いやいや、もう正直にすべてを話そう。頭にお花が咲いていると思われても仕方ない。中途半端なごまかしを入れて後でこじれるなら、バカだと思われても正直に言った方がいい。
柚葉ならきっと分かってくれる。
それから今まで黙っていたことを謝って、もう二度と魔女の呪いが及ばないように街のパトロールもちゃんとやろう。最近はあまりやってなかったからなぁ……
那月は学校が終わってから柚葉の家にやってくると、いつものようにインターホンを押した。
が、いつまで待っても返事はない。普段は柚葉のお母さんが家にいて、あの艶っぽい声が返ってくるのに
「いないのかな」
もう一度、インターホンを押す。優しい機械音の後に聞こえてくるのは、うるさい蝉の声だけだった。
宝条家は高い塀に囲まれているので、中を窺うことはできない。家に誰かいるかとか、車があるかとか、とにかく塀の外からでは何も分からなかった。
「病院にでも行ってるのかな。体調が良くならないから診てもらってるとか」
夏の強い西日に照らされて、那月の額から汗が垂れた。このまま待っていても、いつ帰ってくるかも知れない。
夜にでも電話してみよう――そう考えて、那月は家路についた。
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魔女や使い魔は、日が暮れてから活動することが多い。夜を好むのは陽の光を嫌うせいか、月の輝きに導かれるのか、とにかく昼間は住処(魔女の結界)に隠れ、夜になると獲物を探して彷徨い始める。
「おかげで学校と魔法少女の両立ができるわけだけど」
昼間は学校があるから、魔女を探している暇はない。
「もし魔女が夜行性じゃなかったら、私たちは魔法少女なんてやってられないもんね」
自宅で夕食を済ませた那月は、部屋のドアに『勉強中! 声掛けないで』のプレートを付けて出かけていた。魔力の波動を辿り、魔女や使い魔を探すパトロール。
那月の足は自然と柚葉の家に向かっていた。
学校帰りに寄った柚葉の家は、誰もいなかった。病院にでも行っているのかと思ったが、夜になって電話をかけても『誰も出ない』のでは、心配になって仕方がない。
いや、電話に出ないからといって柚葉の体調がどうだというのは分からないけれど
「様子を見るだけでも行ってみよう」
見に行ったからどうなるわけではないし、こんな時間に押し掛けるつもりもないけれど、せめて部屋に明かりが点いているのでも確認すれば安心できるかもしれない。
右手にソウルジェムをちょこんと乗せて、魔力の波動を探りながら那月は歩く。柚葉が心配だから見に行く、ついでに魔女探しのパトロールなら無駄足にはならない。
夜道を照らす街灯をくぐり、ひと気の少ない住宅街を進む。遊歩道を過ぎて並木道が開けたところで
「こんな時間に何をしているんだい?」
那月のすぐ後ろから、喉を絞ったような声が聞こえた。声……というか、脳内に直接聞こえてくるこの精神感応(テレパシー)は
「ああ、キュゥべえ」
このところめっきり姿を見ていなかったキュゥべえだった。
「久しぶりだね、那月。パトロールとは珍しいじゃないか」
「って、アンタこそ今まで何してたのよ」
弥生ちゃんの一件以来、顔を合わせることがなかったが、そういえば「あの時はちょっと険悪なムードだったんだよね」と那月は思い出した。キュゥべえの言葉に我を失い、蒼ユリに斬りかかるなんて『暴挙』に出たわけだが
「僕という個体は君の前にだけいるわけじゃないからね、それぞれ役割はあるんだ。それよりも、しばらく見ないうちにずいぶんと成長したじゃないか」
あの時のことをまったく気にしていないかのように、のらりくらりと、わけのわからないことを言ってきた。
「私は何も変わってないわよ」
「そうかい? 僕らは魔女を見つけることはできないけど、君たちの魂を覗くことはできるんだ。君の魂は『魔法少女として』だいぶ成長しているように見えるけどね」
コイツは相変わらず言葉が足りない。「魔法少女として成長した」っていうのは、魔力が強くなったってこと? それとも「刻々と魔女に近づいている」ってこと?
キュゥべえの真意を図りかねる那月は、心の中で呟いた。そんな那月の考えを知ってか知らずか、いや、そんなことはどうでもいいという感じでキュゥべえは
「まあ、それはいいとして……」
小さな四肢を繰り出すと、那月の横に並んで歩き出した。それから赤い瞳で那月を見上げ
「君にひとつ、知らせておくことがあるんだ。ここで会えたのはちょうど良かったよ」
感情の起伏がないままに、勝手に話を続けてくる。
「これまでこの街には、君以外に魔法少女はいなかった。けれど今日、新しい子と契約をしてきたんだ。それを君に伝えておこうと思ってね」
「へえ……」
那月は素っ気ない返事をした。
コイツが誰と契約をしようが関係ない。見滝原にだって蒼ユリや左苗ミコがいるんだから、他に何人の魔法少女がいてもおかしくないんだから。
「本来なら、同じテリトリーに魔法少女はふたりもいらないんだけどね。ここは大きな街ではないし、魔力の維持に必要なグリーフシードだってたくさん手に入るわけじゃない」
「じゃあ、どうして新しい魔法少女の契約をしたのよ」
「本人が望むなら、それを叶えるのが僕らの役目だからね。もともと素質はあった子だけど、なかなか『うん』と言ってもらえなかった。彼女に何か心境の変化があったんだろう」
だから、どうしてわざわざ私に報告してくるんだろう。新しい魔法少女がいたって、別に仲良くしなきゃいけないわけじゃないでしょ?
「それで、私にどうしろっての? 新人さんの教育係にでもなれって?」
住宅街の十字路を曲がると、立ち並ぶ長い塀が見えてきた。そこには市内でも有数の豪邸、宝条家の敷地が広がっている。
「さすがに勘がいいね。なり立ての子は魔女に負けてしまうこともあるんだ。魔法少女は、魔力の使い方を覚えるまでは弱い存在なんだよ。君のように才能ある子は多くない。だからしばらくの間は、君に面倒を見てもらおうと思うんだ」
「悪いんだけど、私も暇じゃないのよね」
那月は立ち止まると、塀の向こうに視線を上げた。高い塀に囲まれているので敷地の中は見えない。内側にある大きな木が、上半身だけその姿を覗かせていた。
「まあ、無理強いはしないよ。魔法少女同士は協力し合う関係ではないからね。ただひとつ付け加えておくとしたら、その子は君のよく知っている子なんだ。そのうち出会うこともあるだろうから、その時に考えてくれればいい」
「え?」
振り返ったところに、キュゥべえはもういなかった。脳内に直接聞こえてくるテレパシーを置いて、魔法の使者はどこかへ行ってしまったようだった。
「私の知っている子って……」
もう一度、広大な敷地に向き直った那月の前には
『宝条』
と仰々しく書かれた表札が掲げられていた。
まさか、柚葉が?
那月はすぐに魔法少女に姿を変えると、高い塀に飛び乗り、そのまま一気に跳躍すると家屋の屋根上に着地した。ちょうど柚葉の部屋の真上、敷き詰められた屋根瓦を音もなく歩き、足元を見下ろしたところで
「――――!」
ベランダから遠くを見つめる柚葉がいた。両手を欄干に置き、静かに夜空を向こうを見つめている。
那月は息を殺し、その手を見ると
(ない……。ソウルジェムは、ない)
魔法少女が身につけているはずのソウルジェム、それを指輪型にしたものは柚葉の指には付いていなかった。
(ということは、柚葉じゃないんだ)
柚葉の家の前でキュゥべえから告げられた「君のよく知っている子だ」という言葉から
『今ここで、ここに住む子と魔法少女の契約をしてきた』
のかと勘違いした――いや、勘違いさせられたが、柚葉ではない。もしここに魔法少女に『なり立て』の子がいたとしたら
(私もそうだったけど、きっと一晩中ソウルジェムを眺めている)
が、柚葉はただ黙って遠くを見つめているだけだった。
よかった、というべきなのだろうか。少し残念というべきなのだろうか。
もし柚葉が私と同じ魔法少女に『なってしまったら』……
「この先ずっと、命を危険に晒すことになっちゃうんだよ?」
でも、もし柚葉が私と同じ魔法少女に『なってくれていたら』……
「私も魔法少女だって、すんなり言えるんだろうな」
安心したような、ガッカリしたような、どちらの気持ちもあって、どちらの気持ちもない。とにかく柚葉が家にいて、ベランダに出ているということは重篤な様子でもないことが分かった。それだけで少し、肩の荷がおりたような気がした。
那月は「ふうっ」と安堵のため息を漏らしてから、音もなく飛び上がった。家屋の裏手側にあたる塀に着地すると、魔法少女の姿を解き
「明日は学校に来てね、柚葉」
と、小さく声を向けた。
もちろん、ここからでは柚葉の姿は見えない。家屋の反対側にあるベランダには声も届かない。ただ、明日こそは柚葉にちゃんと話をしよう、と心に決めた。
その時、背後に気配を感じた。
「誰!?」
道路の先、街灯が照らす薄明かりの向こう。これは通りかかる人の気配か、はたまた犬や猫の気配か。
いや、違う。
微弱だが、邪悪な魔力の波動を感じる。魔女――というには弱々しい、小さな魔力。どこぞの使い魔でもうろついているのか。
那月は街灯の先の暗がりに目を凝らした。
「何かいる……」
薄暗い夜道に黒っぽいモコモコしたものが動いた。動物のようにも見えるその体は、大きな綿あめのようにフワフワと、モコモコとしていて、短い脚を繰り出しながらピョコピョコと跳ねている。
ずんぐりむっくりとした、羊のような
「使い魔だ」
街灯の明かりに入ったそいつには、赤い頭からペロンと舌を出すのが見えた。
「こんなところに使い魔が一匹だけ? 魔女の結界も見当たらなければ、魔力の波動も感じなかったのに……」
羊の使い魔は那月の存在に気付いていないのか、道にでも迷ったようにウロウロしていた。街灯の奥に消えたと思ったら、また明かりの下に来てキョロキョロと辺りを見回している。
「なんか、すごく弱そうなヤツだけど」
あんな弱そうなヤツでも、放っておけばやがて魔女に成長する。普通の人間には見えない存在だが、もし誰かが通りかかって餌食にでもされないように
「退治しておくか」
まるで家の中に現れた害虫を駆除する、そんな程度にしか聞こえないセリフを吐いた。
那月は再び魔法少女に姿を変えようと、ソウルジェムを手にしたところで
「?」
街灯の陰から、何かが出てきた。それは大きな刃物で、音もなく、気配もなく、スッと風を斬るように使い魔の真上から刃が落ちた。
赤黒い偃月(えんげつ)――半月よりも細い、三日月のような形の大きな刃が、一瞬で使い魔を狩り取った。偃月の刃にからめとられた使い魔は水風船が破裂したように弾け、そのまま萎んで消えてしまった。
那月にはその刃しか見えなかった。まるで暗がりの異次元から刃だけが伸びてきたように、使い魔が狩り取られた。
そして偃月の刃は再び暗がりの中に戻っていく。
音もなく、気配もなく。
刃の先が暗闇の中に消えようとしたとき
「待ちなさいよ」
那月は塀から飛び降り、道路の真ん中に立ちあがって呼び止めた。
刃の切っ先がピクっと、あたかも電気に打たれたように一瞬だけ、小さく動く。
「アンタもしかして、キュゥべえの言っていた『新しい魔法少女』なの?」
返事はない。
「心配しなくていいわよ、私も同じだから」
偃月の刃は動かない。切っ先だけがわずかに見えたまま、那月の様子を窺うように固まっている。
「それにしても、陰(かげ)に隠れて使い魔を狩るなんて、ずいぶんと陰気なことしてるじゃない。それがアンタの戦い方っていうんなら何も言わないけどね」
那月は別に、挑発しているわけではなかった。
ただ、さっきのキュゥべえが言っていた『新しい魔法少女』に少し興味はあるし、『自分のよく知っている子』ならばそれが誰なのかも気になる。
「出てらっしゃいよ。アンタ、私のこと知ってるんでしょ?」
と、優しく諭すように言った。
那月にしてみれば、同じ魔法少女として初めての後輩になるわけだ。といっても、那月も魔法少女歴は三か月ちょっと。やっと初心者マークが取れた程度だが。
「別にアンタの獲物にちょっかい出そうってわけじゃないわよ。私たちは協力しあう関係じゃないらしいけど、かといって敵対することもないでしょ?」
しかし、偃月の持ち主は姿を見せようとはしなかった。代わりに切っ先をちょこんと、まるで初対面の挨拶でお辞儀をするように軽く垂らすと、静かに闇の中に消えていった。
「あっ」
那月は急いで駆け寄るが、街灯の陰にその姿はない。支柱に隠れているのでもなく、忽然と姿を消していた。
姿を見せず、偃月の刃で使い魔を狩り取った……そう、あれは魔法少女だ。キュゥべえは「君のよく知っている子」と言っていたが、それにしては正体を隠しているような感じがする。相手は那月の存在に気付き、那月だと分かっているはずなのに
「知られたくないから出てこなかったのかな」
それとも、何か隠れる理由があるのか。
那月は辺りを見回してから、重厚に連なる塀の向こうに目を向けた。
キュゥべえが新たに契約した魔法少女が、
陰から偃月を伸ばしで使い魔を狩った。
ここは柚葉の家の前。
――その子は君のよく知っている子なんだ
「まさか、そんなはずないわよね」
蒸し暑い七月の夜。ひと気のない道に、じっとりとまとわりつくような風が吹き抜けていた。
続く