魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~ 作:マンボウ次郎
「実は私、魔法少女やってます」
「は?」
翌日の放課後、ここは学校の屋上。
那月は壮絶なカミングアウトを、ど真ん中に直球でズバっと投げ込んだ。
「だから私ね、魔法少女なの。キュゥべえっていう変な生き物と契約して、魔女と戦うことになっちゃったの」
那月の表情は真剣そのもの。上半身を前のめりにし、柚葉の顔を覗き込むように語り続ける。
「どんな願いもひとつだけ叶う代わりに、魔法少女になって魔女と戦わないといけないの」
柚葉は片足を一歩引いて、口を歪めている。そんな柚葉に詰め寄るように、那月はさらに続けた。
「魔女っていうのは異形の姿をした化け物で、普通の人間には見えないんだけど、呪いを振り撒いて人間を殺そうとしているの」
身振り手振りを交えて、魔女の姿を伝える。
「魔女を倒すとグリーフシードっていうのが貰えるんだけど、それでソウルジェムの穢れを癒す……っていうか、つまり回復しないと私も死んじゃうの」
那月の言葉はさらに熱を帯び、感情たっぷりに話し続ける。
「でね、この間のプールの帰りにも魔女が出てきちゃって、その時は他の魔法少女が助けてくれたんだけど……柚葉も見てたでしょ? 知らない子が飛んだり跳ねたりして、魔女を退治するところ」
見滝原プールの帰りは柚葉も一緒だったので、蒼ユリが魔女を退治するところを見ていた。
「だからね、その……」
ひと通り済ませたところで、那月は言葉を詰まらせた。目を伏せると萎んだように俯いて、ウジウジと『らしくない』姿を見せた。
言ってみれば、ここまでの話はただの説明であって、本当に伝えたいのはそんなことじゃないんだよね。
柚葉は黙っていた。何も言わず、黙って次の言葉を待っていた。
「今まで隠してて、ごめん」
ようやく『本当に言いたかった言葉』が、那月の心の底からしぼり出された。魔法少女うんぬんとか、魔女と戦ってどうのとか、そんなことは結果の話であって、今日この壮絶なカミングアウトの前置きでしかない。
今まで伝えられなかった、話さなければならなかった、本当に言いたかった言葉が言えた。
ほんの少しの沈黙をおいて、柚葉が答える。
「何を言い出すかと思ったら『私、魔法少女です』って……那月さんの頭には、お花でも咲いてるのかな」
「いや、だから……」
「願いを叶えて魔女を退治する? 呪いで人間が殺される? ソウルフードで回復する?」
「あの、柚葉さん? ひとつだけ伝統料理の話になっちゃってる」
「うんうん、そういうアニメ観てたことあるよ、小さい頃に」
「アニメみたいだけど、現実なんだってば」
いろいろと突っ込みどころを突っ込まれてみると、自分がどれだけ恥ずかしいことを言っているのか気付かされる。
柚葉は腕を組み、少しだけ首を傾げると
「で?」
追い打ちをかけるように迫ってきた。
そんな「で?」って言われても、ここまで正直に話してしまったんだから、もう後には退けないよ。
困った顔をするしかできない那月に、柚葉はもうひとつ言葉を繋げた。
「今までの那月と何が違うの?」
「何が違うって言われても……魂をソウルジェムに預けてるから肉体は不死のゾンビみたいなもので、でも魔女との戦いに負けたら命がないっていうか……」
「そうじゃなくて」
「そうじゃない? えっと……何だろ…………結局私は私のままだから、何が変わったっていうわけじゃなくて……」
「そう!」
柚葉は「それ!」と言わんばかりに那月を指差した。人差し指をビシッと向けて、那月の心を差すように
「那月は那月なんでしょ? 北夜見中学の二年生で、勉強も運動も得意で、胸はペタンコな魔法少女ってことなんでしょ?」
ちょっと柚葉さん、今ここで「ペタンコ」は関係ないのでは……?
苦笑する那月に、柚葉が一歩近づく。伸ばした指先が那月の鼻を突っつき、鼻先をプニっと潰して
「つまり御上那月は、魔法少女だけど御上那月。中学二年にもなって魔法とか魔女とか子供っぽいこと言って、甘いものと可愛いロリっ子が大好きで、胸がペタンコなことを気にしてて、大事な話を隠してて、素直なんだかひねくれてるのか分からなくて……」
ちょっと柚葉さん、この期に及んで言いたいことが出てくる出てくる……
鼻先を押し込まれたまま、那月は冷や汗を流した。言われるがままだけど、ひとつも間違っていないから言い返せない。
でも――と、柚葉は言いたいことをそこで止めると
「あたしの友達の、御上那月なんでしょ?」
「とも……だち……?」
「そ、友達。もっと親しく言うなら親友。アンタはあたしの友達で、親友で、ついでに魔法少女だったってことでしょ?」
「ま、まあそうだけど……」
柚葉は指先をチョンと押し込んだ。鼻先を潰された那月は両手で鼻をおさえ「あうっ!」とよろめく。そんな那月に背を向けた柚葉は
「じゃ、今までと大して違わないってことだね」
あっけらかんと言った。後ろに手を組んで、サラサラの長い髪をなびかせながら
「魔法少女になろうが、那月は那月なんだよ。……ったく、何を隠しているのかと思ったらそんな事だったんだもんな~」
「そ、そんなことって……一緒にいると柚葉だって危ない目に遭うかもしれないんだよ? 私だって命の保証はないんだし……」
なんとも楽観的なことを言う柚葉に、那月は必死で「魔法少女は危険なんだよ」とアピールする。現に、見滝原プールの帰りは魔女に襲われているわけだし、この先同じ目に遭うことだってあり得るわけだ。
「その時は、那月があたしを守ってくれるんでしょ?」
「そりゃ、もちろんそうだけど……」
「魔女が出てきたら、那月がやっつけてくれるんでしょ?」
「それが私の役目だから……」
「ということは、何も心配はいらないと」
柚葉は背を向けたまま、金網のフェンスに手をかけた。
「ねえ那月。誰にでも、他人には言えない秘密はあるじゃん。あたしだって隠し事のひとつやふたつはあるしね」
背中で語る柚葉に、那月は無言でうなずく。
「だけどね、そういう秘密は『他人には見えないもの』だから秘密っていうんだよ。隠せなかったら秘密じゃないし、嘘をついて隠そうとしたら相手を傷つけるだけ。それが親しい相手なら、なおさらね」
「ご、ごめん」
柚葉の言うことはもっともだ。
「どうせアンタのことだから『心配させたくない』とか思ってたんだろうけどさ、知らずに心配してるより、知ってて心配してるほうがよっぽど楽だと思わない?」
命を危険に晒すのなら余計に、だ。
「でも、アンタはちゃんと話してくれた。普通だったら恥ずかしくて言えないような話なのにね」
「信じて、くれるの?」
「そりゃ信じるしかないでしょ。見滝原の帰りに見たのは衝撃だったからね」
たしかに、あの時見たのは『信じられない』ほど衝撃的な出来事だった。信じられないものを実際に見たのだから『信じざるを得ない』んだ。
でも、柚葉はそうは言わなかった。
「ま、あんなのを見たかどうかじゃなくてさ。アンタが必死で話してくれたんなら、例えそれが魔女でも魔法少女でも、天変地異でも世界の終わりでも、それを信じるのが親友じゃない?」
「柚葉……」
「そう。例えば、那月のおっぱいがあたしよりも大きくなりました――って言っても、アンタが本気で話してくれたらあたしは信じるよ」
「柚葉……さん!?」
キャハハっと笑う柚葉。例え話が現実的じゃないんですけど?
まあ、魔女や魔法少女だって似たようなものか。現実的じゃない。現実的じゃないけど、柚葉は『実際に見たもの』よりも私の話を信じてくれた。そして
「命が危険だなんて言われたら、それはすごい心配だけどさ……あたしはアンタを信じるんだよ。大丈夫、那月なら大丈夫……ってね」
その言葉に、那月は体の奥から熱いものがこみ上げた。頬が紅潮し、鼻の中がむず痒くなり、胸がいっぱいだった。
ああ、この子が柚葉でよかった。柚葉に会えてよかった。柚葉に言えてよかった。
「……うん」
そしてただひと言、そう頷いた。
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その夜、那月は「できるだけ日課にしよう」と決めたパトロールに出掛けた。
魔女探しは、基本的に足頼み。どこに潜んでいるか分からない魔女を探すには、歩いて歩いて魔力の波動を探っていく。ソウルジェムで魔力探知できるのは限られた範囲なので、魔女や魔女の結界に近づかなければならない。
魔力探知に秀でている左苗ミコは数キロメートル離れた魔女を見つけられるが、那月が探知できる魔力の波動は二百メートルがせいぜいだった。
だから歩く。
魔女がどこにいるか、見当がつくものではない。いやそれよりも、いるのかいないのかすら分からない魔女を探すのは骨が折れる。
とはいえ、今夜はただ闇雲に探すのではなかった。
昨夜、柚葉の家から出てきた時に見かけたヘンテコな使い魔。あの時、魔力の波動は感じなかったが、使い魔がいたということは近くに魔女の結界があるのかもしれない。
当てもなく探すよりは、確実にいる(いた)場所を探したほうが効率はいいだろう。仮に、あの近くに魔女の結界があったとしたら、柚葉の身に危険が迫る可能性もあるわけだ。
それに
――あの時の魔法少女
闇の中から偃月(えんげつ)の刃で使い魔を狩り、闇に消えた魔法少女。もしあの少女が魔女の痕跡を探してあの場に現れたのなら、近くに魔女の結界がある可能性は高い。
「とにかく今日は、柚葉の家の周りを調べてみよう」
もしあの辺りに魔女の結界があるのなら、また柚葉が狙われてしまうかもしれない。
「柚葉も弥生ちゃんと同じで『魔女を引き寄せる体質』だったりして」
なんて、楽観的に言えることじゃないんだけどね。
「ま、またいる……」
昨夜と同じ場所。高い塀が立ち並ぶ道端に街灯が灯っている、その街灯の支柱の脇に、昨夜と同じ使い魔がいた。
大きな綿あめのようにフワフワと、モコモコとしていて、短い脚を繰り出しながらピョコピョコと跳ねている。ずんぐりむっくりとした、羊のような使い魔。
相変わらず道にでも迷ったようにウロウロしながら、支柱の奥に隠れたり出たりしていた。
――ということは
ここまでまったく同じシチュエーションが重なると、もうひとつも期待してしまうというか……
「あの陰から昨日の魔法少女が出てきたりして」
那月は街灯の奥をじっと見つめる。辺りには通りかかる人もいなければ、人影もない。
細い街灯の支柱に人が隠れることはできないはず。
羊の使い魔が陰に入ると、その姿が少し隠れる。
クルリと反転した使い魔がピョコンと跳ねる。フワフワモコモコの身体が明かりに照らされた時、まるで昨日の出来事を再現しているかのように、使い魔の後ろから偃月の刃が伸びてきた。
「いた!」
支柱の陰から赤黒い刃が現れたのを、那月はジッと目を凝らしながら近づいた。
街灯はもう目と鼻の先だ。人の顔よりも細い支柱の向こうには誰もいない。見えているのは刃だけ。よく見ると、赤黒いそれは大きな鎌の刃のようだった。
鎌といっても、草刈りに使うような農機具ではない。生き物を丸ごとぶった斬るような巨大な刀身は、まるで血に染まったかのような深く濃い赤色。鮮やかな赤というよりは、黒みの強い深緋(こきあけ)色だった。
背筋の寒くなるような不気味な刃が、ゆっくりと振りかぶられ
「――――っ!」
音もなく振り下ろされた。
使い魔はパツン! と弾け、あっという間に萎んで消える。そうして使い魔を狩り取った大鎌の刃は、またゆっくりと陰の中に戻っていった。
何もかもが昨夜と同じ。だが
「ちょっと待って!」
那月はすぐに走り寄り、街灯の向こうに回り込んだ。そこに見えたのは、立ち並ぶ塀にあるヒビ割れ、その継ぎ目に消えていく大鎌の刃。まるで塀の向こう側から刃が貫通していて、それが中に戻っていくような光景だった。
とはいっても、本当に貫通しているわけではない。塀にあるヒビ割れなんてのは些細なもので、とても大鎌の刃を出し入れできるような隙間はない。ヒビ割れの隙間から刃を通そうなんて無理な話だし、そんなことをしたら塀が割れるか刃が引っかかるか、とにかく物理的に不可能だ。
しかし大鎌の刃はヒビ割れの隙間にスッと消えていった。
そんな、ほんの一瞬の出来事。
姿も見えなければ、そこにいた痕跡もなかった。
那月は塀のヒビに手を当てた。ほんの少しのヒビ割れが塀の至ることろに付いている、その中のひとつ。こんなところから大鎌の刃を出し入れするなんて
「まるで異空間から刃が伸びてきたみたい」
辺りを見回してみても、それらしき人影は見当たらない。塀の向こう側にも気配はないし、どうやら今夜も逃してしまったらしい。
「きっと新しい魔法少女なんだろうけど……それにしても陰気なことするわよね」
声をかけても姿を見せようとしないのは、まるで那月を避けているようにも思える。ただ、使い魔を狩っているのだから魔法少女なのだろうけど。
それよりも、使い魔がウロついているんだから、やっぱり魔女の結界が近くにあるのかもしれない。
謎の魔法少女はとりあえず保留だ。昨夜に続いて今夜も使い魔が現れたんだから、そっちを先になんとかしないと。
「よりにもよって柚葉の家の目の前だし」
那月はそう言ってソウルジェムを取り出すと、魔力探知を始めた。
青紫色のジェムが静かに、ゆっくりとまたたく。魔力の波動に反応し、塀づたいの先に何かを探知した。
「やっぱり! 近くにいるんだ」
ソウルジェムが射し示すのは、柚葉の家とは違った方向だった。那月は内心「家の中に結界ができていたらどうしよう」と考えていたが、ジェムの光はそれとは別の方へと向けられていた。
「こっちか」
那月は塀に沿って歩き出す。ソウルジェムが探知するのは、魔女が放つ特殊な魔力の波動。魔力探知に慣れていない那月の探知能力では、方向と大まかな距離感くらいしか分からなかった。
五十メートルほど歩いただろうか。住宅街の十字路にさしかかると、魔力を探知する光の向きが那月から見て左側へと変わった。そこは柚葉の家の塀も、直角に左側へと折れ曲がっている。
那月は十字路を左に曲がり、ジェムの指し示す方へと歩いた。柚葉の家を左側に見ながら、ソウルジェムの光が示す方へと進む。
柚葉の家を通り過ぎて、また十字路に差し掛かると
「あれ? また左側に向いてきた?」
おかしなことに、ジェムが示す方向が一定じゃない。那月の魔力探知に反応する距離にあるのは間違いないのだが、光の示す方へと進むとまた方向が変わっていた。
「どういうこと?」
那月は足を速めた。ソウルジェムが示す先へと小走りに進み、また十字路に差し掛かると向きが左へと変わる。
柚葉の家がある辺り一帯をグルリと一周すると、再び街灯の元へと戻ってきてしまった。
「まるで柚葉の家を取り囲んでいるみたい……」
魔力の波動がある場所へと近づけばソウルジェムは光を強めるのだが、那月の手にある青紫色の光はぼんやりと朧に揺れるだけ。近づこうとも距離が縮まらず、追いかけても届かない空の星のように、いつまでも遠くに感じられた。
高い塀の前で、さっきの街灯がしんみりと道路を照らしている。
その支柱の向こうに、羊の使い魔が顔を出した。
「また……同じ光景?」
わけがわからなかった。
近くに魔女の結界があるはずなのに、ソウルジェムの探知では見つけられない。それどころか、また同じ場所で同じ場面に遭遇してしまった。
さっきと同じ使い魔が出てくれば、それを狩る者が現れる。
街灯の向こうから偃月の刃が伸びて、使い魔を狩り取った。
そして深緋色の刃は陰の中に消えていく。
同じことが繰り返される。
これは夢でも見ているのか。
これは現実なのか。
「ちょっと……恐くなってきた」
使い魔や魔女は恐くないが、何が起きているのか分からないこの状況は恐怖だ。おかしな現象がループして、まるで抜け出せない迷路に迷い込んでしまったようだった。出口の見えない暗闇の中で、正体の見えない影を追いかけているようだった。
「よし、もう一度だけ魔力の波動を辿ってみよう。ただし……」
那月は落ちている小石を拾うと、塀の壁面に小さく『☆』のマークを刻んだ。
「これでまた戻ってきて、もしマークが残ってれば私の魔力探知がおかしいだけかもしれないよね。でも、もしマークが残ってなかったら……」
それはそれで、すごく恐い。
那月は自分の想像に自分でゾッとしてから、再び塀に沿って魔力の波動を追っていった。
続く