魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第十八話 未来を切り拓く(みらいをきりひらく)

「那月、ごめんね。嘘つきはあたしだ」

 

 柚葉の手からグリーフシードがこぼれ落ちた。

 

 瞬間――激しい旋風が舞い、那月とローブの魔法少女は大きく吹き飛ばされた。黒い稲妻が走り、グリーフシードに亀裂が入る。

 

 パーン!

 

 とガラスが弾けるような音と共にグリーフシードの外面が割れ、その中には魔女の魂となる嘆きの種が姿を現した。

 

 柚葉の身体が宙に浮き、漆黒の影が包み込む。

 

 顔を上げた那月の前に現れたのは、赤と白のまだら模様に死肉のような色彩と質感、甘い香りの巨大な毒花。

 

 そして花の中心部分には

 

「柚葉!」

 

 およそ人とは思えない、黒く濁った上半身を覗かせる柚葉の姿があった。毒花の中に下半身を埋め、気を失っているようにグッタリとしている。

 

「遂に姿を現しました。これが、夢現(ゆめうつつ)の魔女です」

 

 那月のすぐ横でローブの魔法少女が言う。

 

「これが、魔女……? 夢現の魔女?」

 

 魔女――と言われても、中心部分の少女は柚葉だ。

 

「柚葉が魔女になっちゃったの?」

 

「いえ、魔女自体は個体として生命を持っているので、柚葉さんと魔女は別です。ただ……」

 

 毒花の中心から『咲く』柚葉が、ゆっくりと身体を起こした。

 

「あの魔女は柚葉さんの『負の感情』で成長し、実体化しました。つまり、柚葉さんの魂を取り込んで生きているのです」

 

「柚葉の魂を……取り込んでいる?」

 

 負の感情に満ちた穢れに染まる、柚葉の身体。黒い揺らめきが体内に彩り、それが透けて見えるような上半身。

 

 青白い目が輝き、その身体に魔力がみなぎる。

 

「私たち魔法少女と同じ、魂をグリーフシードに宿しているのです」

 

「それじゃ、あの魔女を殺したら……」

 

 毒花が高く立ち上がる。

 

 その身体は人の形のようで、しかし足はなく、死肉のような色彩と質感が一体化したような魔女――夢現の魔女。

 

「柚葉!」

 

 毒花の側面から、まるでムチのようにしなる何かが繰り出された。人間の腕よりも太い、深い緑色に発光する触手のようなものが、風切り音を立ててふたりを襲う。

 

 那月はまだ『魔法少女』になっていない。

 

「危ない!」

 

 ローブの魔法少女は那月を庇うように前に出ると、見るからに重量のありそうな大鎌を軽々と振るい、触手を斬り落とした。

 

 切断された面から青黒い液体が噴き出す。

 

「キィィアアアアアァァァ!!」

 

 痛みに耐えるような、少女の金切り声が響く。

 

「やめて!」

 

 那月はローブの魔法少女に手をかけた。

 

「あれは柚葉なんでしょ? 身体を傷つけられて柚葉の声が聞こえるよ! 痛い、痛いって叫んでるよ!」

 

「しかし、魔女を倒さなければ私たちが殺されます」

 

「そんなこと言っても……」

 

 一本の触手を斬り落としたのも束の間、今度は毒花の四方八方から何本もの触手が伸びた。

 

「那月、一緒に戦ってください。あれだけの攻撃が来たら、あなたを庇っている余裕なんて……」

 

 何十本もの触手がゆらゆらと、那月たちを狙っている。一本一本が意思を持つように、不規則に揺れながら宙を泳いでいる。

 

「できない……私にはできないよ! 柚葉をこれ以上傷つけるなんて、私にはできないよ!」

 

「心配しないでください。あの魔女を倒しても柚葉さんは死にません」

 

「どうしてそんなことが言えるの? あの魔女は柚葉の魂を宿しているんでしょ? 私たちのソウルジェムが壊れたら死ぬように、魔女を殺したら柚葉の魂を殺すことになるんでしょ?」

 

 魂とは、生命そのもの。魂を狩ることは、生命を狩るのと同じ、だ。

 

 しかし

 

「いえ、私には見えています。柚葉さんが生きている未来が見えています」

 

「そんな……私に見えないものをどうやって信じろっていうのよ!」

 

 那月はヒステリックに叫んだ。親友の変わり果てた姿を目の前にし、それを救う手立てが『那月には見えていない』

 

 と、宙を漂う触手が一斉に襲いかかった。正面から、斜め上から、横から、すべての触手がふたりに向かって伸びる。

 

 それを見たローブの魔法少女は、那月の制止を振り切って前に突っ込んだ。大鎌を振り回し、触手をバッサバサと刈り取っていく。

 

 深緋(こきあけ)色の刃が舞い、何本もの触手が散っていった。斬り落とされた断面から、まるで血の雨のように青黒い液体が飛び散る。

 

「や、やめて!」

 

 その姿を見ていた那月は懇願するように叫んだ。触手の一本一本が落ちる度に、柚葉の痛みの声が聞こえてくるようだった。

 

「那月、私を信じてください!」

 

 激しく動き回りながら触手を斬り落とすローブの魔法少女。

 

 が、相手の手数が多すぎる。夢現の魔女が伸ばす触手は、斬られても斬られても新たな触手が生えてくる。

 

「私の能力は未来を見る力。そしてこの大鎌には……」

 

 そう言った瞬間、深緋(こきあけ)の刃をすり抜けた触手が一本、那月の背後に回った。触手は素早く那月の身体にグルリと絡まり、強く締めつける。

 

「うぐっ!」

 

 そのまま、身動きの取れなくなった那月を高く持ち上げた。

 

「いけない!」

 

 ローブの魔法少女は大鎌をひるがえし、慌てて那月を助けに入る。ザバッと触手を切断し、那月の束縛が解けたところに新手の触手が襲い掛かった。

 

 那月は草花が茂る地面に落下したが、今度はローブの魔法少女が触手の餌食となってしまった。

 

 何本もの触手が、ローブの魔法少女を拘束する。

 

 腹部に巻き付き、大鎌を持つ右手に巻き付き、両足に巻き付き、さらには細い首にも巻き付いた。

 

 辛うじて左手だけは自由が残されたが、触手の強い締めつけをはがすことはできず、まるで空中ではりつけにされたような恰好になってしまった。

 

「が…………は…………っ!」

 

 ギチギチと締めつける触手は、容赦なく手足や首を引き千切ろうとしている。やがて力の抜けた右手から大鎌がスルリと落ち、深緋(こきあけ)の刃が那月の横に突き刺さった。

 

 那月の頭上には、苦痛に顔を歪めるローブの魔法少女。フードがめくれ、長い髪の毛を振り乱している。

 

「やめて……」

 

 那月は夢現の魔女に向き直ると、悲痛な声を漏らした。

 

「お願い……柚葉!」

 

 那月は夢現の魔女に呼びかけた。もはや人とは呼べない姿になり果てた宝条柚葉に呼びかけた。

 

「もうやめて! 私は遠いところになんか行かないから……いつも傍にいるんだから……!」

 

 毒花の中心に咲く柚葉に呼びかけた。

 

「無駄です、魔女に声は届かない」

 

 上空からかすれた声が落ちてきたが、那月は構わず続ける。

 

「だから戻ってきてよ、柚葉。いつもの場所に、いつもの柚葉に戻ってきてよ」

 

 黒く穢れた柚葉は、まっすぐに那月を向いているようだった。ただ何も言わず、表情(かお)もないまま那月を見ているようだった。

 

「那月、お願いです……剣を取ってください。魔女を倒しても柚葉さんは死にません……私を信じて……」

 

 首に巻き付く触手が喉を強く締めあげ、苦し気な声はそれ以上の声にならなかった。

 

「私にはできないよ……柚葉に剣を向けるなんてできないよ」

 

 その時、柚葉の目から白く光るものが流れた。ふたつの眼から黒い頬をつたい、一直線に流れる涙が見えた。

 

「柚葉……」

 

 それは柚葉の心が映す感情の現れなのか。那月の声を聞き、それに反応しているのか。

 

 しかしその涙の後には、ひしゃげるような音と割れんばかりの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ああああっ!」

 

 グチャっという生々しい血肉の音と共に、触手に縛られていた肉体が引き裂かれた。

 

「え?」

 

 それは空中ではりつけにされたまま、片腕と片足、そして胴体を『もがれた』ローブの魔法少女。

 

 服は破け、骨も肉も無理やりに引き千切られた無残な身体が、那月の前に放り投げられた。

 

「――――っ!」

 

 ドサっと無機質に横たわった肉片から、鮮血が止めどなく溢れている。被っていたフードがめくれて見えた顔は

 

「弥生……ちゃん?」

 

 立花弥生、その人だった。

 

 いや、小学五年生の弥生ではない。二十歳を過ぎた大人の女性――弥生がそのまま大人になったような、しかしはっきりと面影のある美しい顔。

 

「はい……弥生です」

 

 弥生はゴボっと血を吐き、苦しそうに答えた。

 

「でもどうして……その姿は……」

 

「……私は願いを告げて、十三年の時を経ました。それが私の能力……十三年後までを知るのが、私の『未来を見る力』です」

 

 魔力による肉体修復が始まり、身体から噴き出す血液は血煙のように立ち上がっている。

 

「ですから……ゴホッ! 柚葉さんを救ってください……それができるのは、あなた……だけ……です」

 

 弥生は途切れ途切れの声を漏らすと、そこで目を閉じた。

 

「弥生ちゃん!」

 

「私は大丈夫です。願いの特性で、十三年間は死ぬことがありませんから」

 

 と、精神感応(テレパシー)が那月の頭の中に聞こえた。意識を深く沈め、肉体の治癒に専念しているのだろう。

 

 ボロボロの身体はゆっくりと、しかし確実に癒えている。

 

「那月、魔女は魔女です。柚葉さんの姿をしていますが、柚葉さんではありません。楽園のようなこの世界も、柚葉さんの身体も、見えないものが見えている――魔女が見せるまぼろしです」

 

 那月は振り返って、夢現の魔女を見た。

 

 涙に濡れる宝条柚葉を見た。

 

「そうか。魔女に剣を向けることは、柚葉を傷つけることじゃないんだ」

 

 そう呟くと、ソウルジェムを横一線に薙ぎ、さらにそれを高く掲げた。青紫色のジェムがまたたき、身体をまばゆいラベンダーカラーの光が包む。

 

 白と青紫、ふたつの色をあしらった衣装。それは夜空に真っ白な月が映えるようなコントラスト。膝丈まであるスカートと、肩当から揺れる柔らかいフリル。命の宝珠であるソウルジェムは、右手首に付ける炎を象ったブレスレットに収まっている。

 

「今、柚葉を助けられるのは私だけ」

 

 つま先からゆっくりと着地した紺碧の魔法少女。右手には炎の細剣、フランベルジュ。

 

「弥生ちゃんの言葉どおりなら、魔女を殺しても、柚葉は死なない」

 

 炎の魔力を込めると、刀身を白銀に輝かせた。

 

「だったら私が……私が魔女と戦う!」

 

 ダッと飛び上がり、夢現の魔女に振りかぶった。

 

 毒花の外側から長い触手が伸びる。不規則に揺れながら那月を取り囲むように繰り出されるが

 

「ごめんね柚葉」

 

 フランベルジュが弧を描くと、那月を囲んでいた触手が一瞬で焼け落ちた。

 

「キィヒャアアアアァァァ!!」

 

 痛みに悶えるような奇声と共に、切り刻まれた触手の断片がボトボトと落ちる。

 

 大きく開く腐肉の花びらに着地した那月は、中心に咲く柚葉の姿を捉えた。

 

「柚葉がこんな目に遭うのも、私のせいなんだよね」

 

 フランベルジュに炎がたぎる。摂氏数千度の炎を纏い、周囲の空間が蜃気楼のように揺れる。

 

 そこへ夢現の魔女が再び触手を伸ばし、今度は尖った先端を突き立てて閃突を向けた。

 

 が

 

 那月は左手で観念動力(テレキネシス)を繰り出す。太く強靭な触手は、まるで真空の刃のような渦に切り刻まれ、あっという間に掻き消えた。

 

「でも、いま助けてあげるから!」

 

 腐肉のような花びらも大きく削れ、柚葉の身体が剥き出しになっている。

 

 あと一歩踏み込めば炎撃の間合い。

 

「未来は決して絶望ではありません。それは那月、あなたが切り拓くからです」

 

「私が……切り拓く……」

 

 那月はフランベルジュをゆっくりと振り上げ

 

「みんなの幸せな未来を、どうか叶えてください」

 

「私たちの幸せな未来を、叶える――!」

 

 魔女の本体。毒花の中心に咲く柚葉に、振り下ろした。

 

 波打つ刀身の斬撃で、闇に染まった柚葉が真っ二つに裂ける。紅蓮の炎が魔女の身体を包んだ瞬間――周囲の音が消え、柚葉の顔が少しだけ笑ったような気がした。

 

 そこから、轟! という音を立てて爆風が広がり、断末魔の叫び声と共に夢現の魔女は焼き尽くされた。

 

 

 

 魔女の消滅で結界が消えていく。

 

 澄み切った青空、パステルカラーの平原、どこまでも続く楽園のような世界、そして甘い香り……。

 

 

 

 やがて視界が白く染まり、異空間からの転移が始まると

 

 ドサッ!

 

 と、那月の前に赤いドレスを着た少女が落ちてきた。

 

 まるで血のような赤色を着た少女には、左肩から右の脇腹にかけて一直線に切り裂かれた跡がある。

 

 噴き出した鮮血が真っ白なワンピースを朱に染め、蒼白な顔には飛び散った血の跡。

 

 足元に広がっていく血だまり。

 

「柚葉……?」

 

 那月は膝をついてその身体に触れた。

 

 両目は閉じられ、ぬくもりが徐々に消えていくのが感じられる。

 

「柚葉!?」

 

 足元の血だまりが、まるで腐肉の華が咲くように広がっていく。

 

 

 

「どうして? 私は魔女を斬ったんだよ? どうして柚葉が血を流しているの?」

 

 

 

 ――魔女を倒しても柚葉さんは死にません

 

 

 

「弥生ちゃんもそう言ってたんだよ?」

 

 

 

 ――私には、柚葉さんが生きている未来が見えています

 

 

 

「弥生ちゃんは見えていたんだよ?」

 

 

 

 生命の鼓動はやがて絶え、那月の手に静かな死が伝わった。

 

 

 

 ウソ…………

 

 

 

 私が殺したの?

 

 

 

 私が柚葉を殺したの?

 

 

 

 私が…………

 

 

 

 ふたりだけがポツンと残された世界に、誰にも聞こえない悲鳴が響いた。

 

 

 

続く

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