魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第十九話 無慈悲なもの(むじひなモノ)

「おっはよう那月!」

 

「柚葉!?」

 

「おやおや? どうしたのかな那月さん。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」

 

「だって……柚葉は私が…………そうだ、傷口……! 大丈夫なの!?」

 

「傷口? 那月、まさか寝ぼけてるんじゃないよね?」

 

「寝ぼけてなんかないよ。昨日のこと、あれは夢……だったの?」

 

「昨日のこと、ねえ……。一体何があったのよ」

 

「何があったって……憶えてないの? 魔女を倒すのに私が柚葉を……」

 

「殺しちゃったの?」

 

「――――え?」

 

「あたしのことを殺したんでしょ?」

 

「ちょっと……柚葉?」

 

「こんなふうにさ!」

 

 そこには、目を閉じ息の絶えた血まみれの少女が倒れていた。

 

 夢現の魔女を斬り、結界が解かれていく中で、宝条柚葉の屍がそこにあった。

 

「ひどいよね。アンタ約束したじゃない、あたしのことを守ってくれるってさ」

 

「違うの」

 

「自分が幸せになりたいからって、友達を殺しちゃうんだ」

 

「違うの!」

 

「だって……見てみなよ、アンタの手」

 

 

 ――血に濡れて、真っ赤だよ

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

 全ての運命の不幸を無くそうとする、地上をマホウで埋め尽くし、

 全人類を戯曲の中へ取り込もうとする、動く舞台装置。

 

 この世の全てが戯曲ならば悲しい事など何もない。

 悲劇ではあるかもしれないけれど、ただ、そおいう脚本を演じただけ。

 ワルプルギスの夜で芝居は止まって、もう地球は一周だって回転しない。

 物語は転換しない。

 明日も明後日も、ワルプルギスの夜。

 

(魔法少女まどか☆マギカ プロダクションノートより)

 

 

 

 ――大型で猛烈な台風3号『オフィーリア』は、勢力を強めながら列島に向かっています。国は災害対策本部を設置、進路にあたる住民に避難を呼びかけています。

 

 ――中心気圧は……最大風速は……時間あたりの雨量は……に達する見込みです。

 

「こんな気象現象として観測されるなんて、一体どれだけのヤツなんですの?」

 

 左苗ミコは台風の接近を知り、蒼ユリのもとへと向かっていた。

 

 近年稀に見る巨大な台風……その気象状況から、世間ではそんなふうに伝わっていた。

 

「ここから数百キロは離れているというのに、この魔力の波動」

 

 見滝原市ではすでに冷えた空気と木々の小枝を揺らす風が立ち込め、台風の接近を感じさせている。

 

「これが『ランク4』と呼ばれる魔女喰いですのね」

 

 ミコはこの台風がただの気象現象ではなく、魔女喰いの襲来だと気付いていた。

 

 ランク4――それは蒼ユリでも出会ったことのない超大型の魔女喰い。複数の魔女を喰らい成長した姿は、人の目にもはっきりと見える自然災害として認識される。

 

 桁違いに強力な魔力を持ち、その魔力ゆえに肉眼でも観測できるスーパーセル(通常の数倍から数十倍の規模に発達し、竜巻や激しい雷雨を伴う巨大な積乱雲)を生み出す。

 

「これが最凶最悪の魔女喰いと呼ばれる、ワルプルギスの夜……」

 

「ええ、予想よりも早く来るようね」

 

 ここは蒼ユリの部屋。

 

 ユリはシャワーを浴びていたのか、濡れた髪を拭きあげていた。

 

「ただ、アレが来るのはここではないわ」

 

 長い銀髪からしたたる水が、足元のフローリングに垂れる。

 

「北夜見市、ですのね」

 

「思ったとおりね。あの街には、ワルプルギスの夜を呼び寄せている魔法少女がいる。そしてワルプルギスの夜も感じているんでしょうね」

 

 窓が風に煽られてカタカタと音を立てている。雨はまだ降っていないが、風の勢いはどんどん強まっていた。

 

 ミコはソウルジェムを取り出すと、黄色く光る揺らめきに目をやった。

 

「単独の魔法少女では決して敵わない魔女喰い、ですわよね」

 

 魔力の波動はひしひしと伝わっている。これだけ離れたところから感じられるということは、もしかしたら世界中のどこにいても魔力を探知できるかもしれない。

 

 しかし、ワルプルギスの夜は何の前触れもなく突然、海洋上に現れた。

 

 見滝原市・風見野市(かざみのし)・六千石町(ろくせんごくちょう)など、北夜見市を中心とした近隣の地域には避難勧告が出されている。

 

 災害用シェルターに避難する者、地域を離れる者などが街中にあふれているが、避難勧告の発令が迅速だったおかげで、人々の混乱は少ないようだった。

 

「巻き添えを避けていただけるのはありがたいですが……」

 

 ミコは部屋の窓から街を見下ろしている。

 

「まるで戦争でも始まるかのようですわね」

 

 嵐の前の静けさ――そんな様子の見滝原市で、今はユリとミコだけが平然としているのかもしれない。

 

「無慈悲な暴力という意味では、戦争も魔女も同じね。ただ魔女が相手では、交渉も和平もない」

 

 髪を乾かし、見滝原一女の制服に身を包んだユリが静かに言った。

 

「ワルプルギスの夜が来るのは明日の未明。列島を横断するようにまっすぐに北夜見市に向かっている」

 

「もしワルプルギスの夜を倒すことができなかったら、どうなりますの?」

 

「そうね……その時は北夜見市とその周辺の街が、いくつか吹き飛ぶくらいかしら」

 

「責任重大、ですわね」

 

 ミコは苦笑いを浮かべる。

 

「ワルプルギスの夜は、はるか昔から存在する魔女喰い。これまで数えきれないほどの魔女を喰らい、数少ない『ランク4』の最上位に君臨している」

 

 古くから魔法少女たちに口伝されている、ワルプルギスの夜。回り続ける愚者の象徴で、その性質は『無力』

 

「史上最強の魔女が『無力』だなんて、皮肉もいいところね」

 

 

 

 ――舞台装置の魔女、通称ワルプルギスの夜。

 

 有史以前から生き残る魔女喰いは、長い年月……それこそ数千年の間に無数の魔女を喰らい続けてきた。

 

「もともとは『演劇の魔女』と呼ばれる、力の弱いひとりの魔女だったのよ。魔法少女に狩られるはずの無力な魔女」

 

「それがどうして最強の魔女喰いと呼ばれるように?」

 

「演劇の魔女……彼女はこの世で一番最初に産まれた魔女だった。一番最初に魔女に堕ちた魔法少女、と言った方が正しいのだけれど」

 

 この世で最初の魔法少女は、この世で最初の魔女になった。

 

 きっとそれは、インキュベーターにとって新しい発見だったのかもしれない。

 

「魔法少女は魔女へと堕ちる際に、莫大な感情エネルギーを放出するらしいわ。そして、そのエネルギーを回収するのがインキュベーターの役割」

 

「それはワタクシも存じておりますが……」

 

 ミコは納得のいかない顔を浮かべ

 

「でもどうして、最初の魔女が未だに生き続けていますの?」

 

「魔法少女は魔女を狩り、グリーフシードを手に入れて穢れを浄化する。それが私たち魔法少女のサイクル」

 

 グリーフシードに穢れを移し替えることで成り立つ、魔法少女システム。

 

「でもこのシステムには、ひとつだけ盲点があるのよ」

 

「盲点?」

 

「魔法少女が溜め込んだ穢れは、グリーフシードが再び魔女へと孵る(かえる)ための養分とも言えるわ。でも私たちの穢れを吸ったグリーフシードは、どうして魔女にならないの?」

 

「それは……インキュベーターが回収しているからですわよね」

 

「ええ、そうね。異次元に処分することで、再び魔女へとならないように――あなたもそう聞いているでしょう? だから誰も疑うことなく、穢れを吸ったグリーフシードをあの生物に託している」

 

「魔女が増えてしまっては困りますもの」

 

 ミコは素直にうなずいた。

 

「魔女はワタクシたちに害をなすものですわ。いなくなって困るものではありませんが、増えてしまったらワタクシたちの身が持ちませんの」

 

 世の中が魔女だらけになってしまったら――そんな光景を想像して、ミコはブルブルと身体を震わせてみせた。

 

「ですから、グリーフシードを回収し処分しているのは合理的と言えるのかと」

 

「本当に処分しているのなら、ね」

 

「ど、どういうことですの?」

 

 ギョッとしたミコは、その言葉の意味を奥歯で噛みしめた。そしてゆっくりと感じてきた苦い味を、恐る恐る口にしてみる。

 

「まさか……インキュベーターはグリーフシードを処分しているのではなく――」

 

「利用しているのだとしたら?」

 

 穢れを吸ったグリーフシードなど産業廃棄物も同然、犬も喰わないシロモノ。そんなものを利用するなど考えられない……はずだが

 

「魔女は穢れに満ちたグリーフシード、つまり嘆きの魂を喰らうことで魔女喰いへと『進化』する。それじゃあ、魔女に餌をやっているのは誰?」

 

 ミコは沈黙した。今まで誰がこんなことを思いついただろう。

 

 魔法の使者であるインキュベーターは魔法少女を作り、やがて魔女へと堕ちたものを魔女喰いへと作り変えている。

 

「おそらく演劇の魔女は、そうやってグリーフシードを喰い続けてきた。悠久の時を経て、最弱の魔女は無数の魔女の集合体となり、やがて最強の魔女喰い(ワルプルギスの夜)と成ってしまった」

 

「でも、何のために?」

 

 窓の外で、パッと光が走った。雷雲が、立ち込めている。

 

「簡単なことよ。魔法少女を殺すためね」

 

 それから、ずっと遠くの方で雷鳴が轟いた。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

 夜半を過ぎて、風は勢いを増してくる。

 

 北夜見市を中心とした各市町村には厳戒態勢が敷かれ、大型台風の上陸に備えがなされていた。

 

 北夜見第二小学校の体育館は災害用シェルターを兼ねていて、地下に建造されているシェルター内には大勢の市民が避難してきている。

 

 その中には、御上那月と父親の姿もあった。

 

「な~に、台風くらいじゃこのシェルターはビクともしないさ。那月が小さい頃にも似たようなことがあったけど、地下シェルターは安全だったからね」

 

 家族ごとに仕切られた一角に座り、災害情報の電光掲示板を眺めている那月。決して広いとはいえないスペースで、すぐ横に座る父親がそう言った。

 

「一日もすれば台風は抜けていくはずだから、少しの辛抱だよ」

 

 電光掲示板には台風の被害状況や、避難してきた家族の名前が表示されている。

 

「那月、恐いかい?」

 

「うん、少しね」

 

 那月は膝を抱え、ボーッと掲示板を見つめている。

 

「父さんも恐くないって言ったら嘘になるけどな、シェルターにいれば安心さ」

 

「うん」

 

「そういえば、前にもこんな台風が来た時……その時は母さんも一緒だったな」

 

「え…………?」

 

「あの時はお前が泣いて泣いて、大変だったんだぞ」

 

 昔話を語る父親は、遠い目をしていた。

 

 今は亡き、お母さんの記憶――那月がまだ小学校にあがる前の話。そういえば、そんなことがあったような……

 

「お、宝条さんのところも避難してきたのか」

 

 ふいに、電光掲示板に流れた文字を父親が見つけた。

 

 ――宝条貴文・宝条詩織・宝条柚葉、避難完了

 

「あそこの家は地区長だからな。最後まで地域の避難誘導をしていたのか」

 

 ――北夜見市南区、全家族避難完了

 

 掲示板は那月の暮らす地区の避難完了を知らせた。

 

「那月の友達もみんな避難してきたようだな。まるで家族で修学旅行にでも来ているみたい……」

 

 と言った父親の横に、那月はもういなかった。

 

 

 

「柚葉!」

 

 シェルターの入り口付近まで走ってきた那月は、雨合羽を着て簡単な荷物だけを抱えている柚葉を見つけた。

 

 多くの住民が避難してきているので通路は狭く、壁づたいに父親と母親、そして柚葉が一列になって歩いている。

 

 那月は隙間をぬって走り寄り、柚葉の後ろから手を伸ばした。

 

「柚葉!」

 

 那月の目に一瞬、夢現(ゆめうつつ)の世界で朱に染まった姿がよみがえる。が、触れた肩は温かく、たしかに『生きている』柚葉がそこにいた。

 

「よかった、弥生ちゃんの言ったとおりだった……本当によかった」

 

 那月は心から安堵した。実は那月も、あれからのことはほとんど記憶にない。魔女の結界が消え、現実世界に戻ってからどうやって帰ってきたのか。あれから何をして過ごしていたのか。

 

 気付いた時には避難勧告に従い、父親とふたりでシェルターに来ていた。

 

「ごめんね柚葉、私のせいで変なことに巻き込まれて。でも、魔女は退治したし、もう二度とあんなことには……」

 

 那月はまくし立てるように話しかける。安心したのか、言葉が止まらない。

 

 しかし、柚葉の返事はこうだった。

 

「……すみません、どなたですか?」

 

「え……?」

 

 振り向いた柚葉は、申し訳なさそうな目で言った。

 

「私の知っていた方でしたらごめんなさい。でも私、何も憶えていないんです」

 

「ちょっと柚葉……こんな時に冗談は……」

 

 その時、シェルター内の照明がパツンと消えた。

 

 周囲の住民たちから、驚きと不安の声があがる。と同時に予備電源が作動したのか、薄暗い照明に切り替わった。

 

「いえ、本当に憶えていないんです。私、昨日から高熱を出していたようで医療施設にいたんですけど、施設がいっぱいになってしまって、それで熱の下がった私は父と母と一緒にここに」

 

 と言う柚葉の表情は真剣そのものだった。とても冗談を言っているようには見えない。

 

「台風で避難する人の中には医療介護が必要な人がいるので、症状の軽い私は一般の避難所に行くようにって……」

 

「嘘……」

 

「だからその……ごめんなさい。もう行きますね」

 

 そう言って柚葉は、先に行ってしまった父母の方へと走っていった。

 

「どういう……ことなの?」

 

 那月は呆然と立ち尽くした。

 

 この手で殺めてしまったと思った柚葉は生きていた。しかし、記憶を失って何も憶えていない。那月のことを憶えていない。

 

 遠く――薄暗い中に消えていく柚葉の背中を、那月はずっと見つめていた。

 

 

 

続く

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