魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第二話 蒼 ユリ(あおい ゆり)

 廃院の扉は雨風に晒されて、至るところが錆び付いていた。そりゃそうだ。もう何年も使われてないからね。こんな場所に入ろうとするのは、やんちゃな若者が肝試しをするくらいでしょ。

 

 たしかに肝試しにはちょうどいいかもしれない。場所が場所だけに、幽霊とか亡霊とか出ちゃうのかな。リアル過ぎて全米が震撼しそう。あまりの恐怖で失神しても、ここの病院にはお世話になりたくないけどね。

 

 まあ、そのくらい普通の人は来ないだろうってところ。誰もが避けて通る場所だからこそ、魔女にとっては都合がいい隠れ場になってしまうらしい。

 

 那月は入口のガラス扉に手をかけてみたが、それはガタガタと引っかかるだけで開けることはできなかった。

 

「やっぱり鍵がかかってる」

 

 真っ暗な病院の中を覗いてみても、誰もいないし何も見えない。いや、もし誰かいたら……それはそれで恐いって。

 

「那月、結界の入り口がその扉とは限らないよ。ソウルジェムをよく見て」

 

「オッケー♪」

 

 努めて明るい返事をするのは、ホントに恐いから。今だけはこのお饅頭みたいな生き物が一緒にいて助かると、那月は心の中で思っていた。

 

 ソウルジェムの光は建物の左手側に寄っていた。こうやって細かな方向まで特定できるのは、那月の魔力探知が慣れてきている証拠。

 

 ゆっくりと、壁づたいにグルリと回り、生い茂る草をかき分け、廃院の横手のほうへ歩いていく。後ろからカサカサと乾いた草の音が聞こえてくるのは、キュゥべえがついてきてるから。正直、目で見えてる前方よりも、見えない後ろの方が恐いんだよね。冗談でも驚かすのはヤメてね、心臓の鼓動が痛いくらい緊張してるんだから。

 

「あれは……」

 

 正面の入り口から二十メートルほど歩いたところで、救急用の入り口があった。足元は割れた路面から雑草がボソボソと生えている。

 

 扉は両開きのガラス張りになっていて、二枚の扉が丁度合わさるところに

 

「あった!」

 

 黒いガラス玉のような、丸いシンボルがくっついている。それは電気を帯びているようにパチパチと放電していて、少しだけ黒いモヤがかかっていた。

 

「キュゥべえ、これだよね」

 

「どうやら間に合ったみたいだね。まだ孵化していないようだ」

 

 これが結界の入り口。今はまだ孵化していないから放っておいても害はないけど、このまま放置すればやがて魔女が産まれる。

 

「てことは、結界が開く前ってことね。こっちから乗り込んで退治していいんでしょ?」

 

「ずいぶんとはりきってるじゃないか。でも、油断は禁物だよ」

 

「わかってるって」

 

 そう言って那月は丸いシンボルに指を近づけた。黒いシンボルに触れた瞬間、まるで暗黒が広がるようにモヤが立ち込めていく。それはあっという間に辺りを暗く染め、那月とキュゥべえを別世界へといざなった。

 

「魔女の結界……ここは、病院の中?」

 

 那月たちが足をつけているのは、さっきまでの荒廃した病院の敷地ではなかった。白い霧が立ち込める、赤と紫と白のタイル床。カラフルというよりは、不気味な色合いの通路。壁も天井も同じように色づき、微かに消毒薬の匂いがした。病院の中のように見えるここは魔女が異空間に創りだした根城で、魔法少女達から身を守るバリケードでもある。

 

 そして、外の人間には見えない異世界。

 

「それにしても、魔女の結界って……」

 

 これまで何度か魔女の結界に足を踏み入れた那月だが、そこは不気味で気味の悪い世界ばかり。魔法少女といえば、もっとファンタジーでメルヘンチックな世界を想像してたのに、魔女の結界といったら

 

「いつもグロテスクな所ばっかり」

 

「仕方ないよ。結界は、魔女を象徴するモチーフが描かれる空間だからね。魔女の心象風景が投影されていることが多いんだ。でも中には、もっとコミカルな結界もあったりする」

 

「コミカルねぇ……どっちにしても気色悪いのに変わりはないんだから、早いところ片づけて帰りたい」

 

 今日は柚葉との買い物やお喋りに付き合ってしまったので(主にお喋りだが)あまり時間がない。自分の部屋には鍵を掛けてきたけれど、居留守がバレたらさすがに怒られる……(汗)

 

「一応、私の門限は七時なんだから」

 

「それは最初から過ぎていたじゃないか」

 

「うっさい!」

 

 そんなコミカルなやり取りをしながら、魔女の結界を奥へ奥へと進んでいく。結界内は入り組んでいて、たいていは魔女が最深部にいるはずだった。

 

 通路の両側には固く閉ざされた扉がいくつもあって、その上には見たこともない文字で何かが書かれていた。日本語でも英語でもない、世界中のどの言葉にも当てはまらなそうな文字。読めないけどたぶん、レントゲン室とか、点滴室とか、そういうことだと思う。

 

 ここまで使い魔の一匹も現れないのは、この結界がまだ産まれて間もないからだろう。魔女の手下である使い魔は、魔女が産み出す。魔女本体がまだ成長しきっていないので、使い魔を産み出す魔力がないのかもしれない。

 

「ここで行き止まり……か」

 

 通路の一番奥。白い霧がもっとも濃く、視界の悪い行き止まりには『霊安室』と案内板が貼られた扉があった。ここだけはなぜか日本語で書かれている。

 

「魔女がここでお待ちしてます、っていうこと?」

 

「どうやらそうらしい」

 

 不気味な廃院の行き止まりに霊安室。やっぱりこれはホラー映画だ。それもベタベタなやつ。扉の中にはきっと、ゾンビ的な魔女がオドロオドロしく待ち構えているに違いない。顔は土色に腐ってて、白目むいてて、皮膚は傷だらけで、血まみれのゾンビが出てくるんだ。

 

 こ、恐い……。

 

 那月は足元にいるキュゥべえをチラっと見ながら

 

「……キュゥべえ、先に入る?」

 

 顔面蒼白にビクついて、目が泳いで、皮膚は鳥肌だらけで、汗まみれで言った。

 

「君は、自分が魔法少女だって忘れたのかい? 魔女を倒さないと、僕たちはここから出ることもできないんだよ」

 

 確かに。これじゃお化け屋敷の中でキャーキャー言ってる女子だ。しかも隣にいるのはステキな彼氏じゃなくて、お饅頭みたいな小動物。こんなデートは嫌だ。

 

「はぁ……仕方ないか」

 

 那月は怯える気持ちをため息で吐き出すと、ソウルジェムを握りしめ

 

「じゃ、行くよ!」

 

 と声を出して、勢いよく扉を開けた。

 

 扉の中はドーム状になっていて、そこら中に十字架の墓石がたくさん刺さっている。立ち枯れた木、ボサボサの雑草、荒れた地面。見上げた天井には夜空に満月の絵。これはまるで……まるで……

 

「思いっきりゾンビが出るお墓場ですけどーーー!!」

 

 さっき吐き出したはずの恐怖感を、もう一度飲み込んでしまった那月だった。それも、ゆっくりじっくり噛みしめて。もう恐いのはお腹いっぱいだよ。

 

「気を付けて、那月。来るよ」

 

 十字架の墓標がひとつ、ガタガタと揺れ出した。地面がモコモコと持ち上がり、墓石が倒れ、その中から薄紫色の小さな手が……

 

「うひゃーー!」

 

 目をグルグル回して叫ぶ那月の前に出て来たのは、ボロボロになった緑色の服を着て、青い髪をボサボサに乱したゾンビの

 

「……子供?」

 

 小さい。あまりに小さい。まるで幼児のような体形の小さなゾンビ。それもムスっとした幼な顔で二頭身とか、デフォルメされるにも程がある。両手でドクロを抱えているけど、それもイジワルそうにケタケタ笑ったおもちゃみたいなガイコツ。

 

 背景と似合わないコミカルなコイツが……

 

「魔女なの?」

 

「油断しちゃダメだ。ここが結界の中だということを忘れないで」

 

 うん、わかってる。でもね……これは

 

「カワイイ♡」

 

 思わずホッコリするカワイらしい魔女の登場に、那月は目尻が緩みっぱなしだった。カワイイ物には目がないの。特にこういう小さいキャラは大好き。こんな妹が欲しかった、なんて場違いな想像にふけっていると、今度は他の十字架の根元からもボコボコと何かが生まれてきた。

 

 カワイイのがもっとたくさん出てくるのかな?

 

 ……否。

 

 あとに出てくるのは、ドクロ、ドクロ、ドクロ。イジワルそうにケタケタ笑ったおもちゃみたいなドクロがたくさん。

 

「う~ん、コイツらはあんまりカワイくない」

 

 カワイイのはゾンビの子だけ。あれが魔女本体で、ドクロたちは使い魔なのかな?

 

「那月!」

 

「うん、それじゃ……始めようか!」

 

 那月は左手に持つソウルジェムを横一線に薙ぎ、さらにそれを高く掲げた。青紫色のジェムがまたたき、身体をまばゆいラベンダーカラーの光が包むと、魔法少女に変身した。

 

 白と青紫、ふたつの色をあしらった衣装。それは夜空に真っ白な月が映えるようなコントラスト。膝丈まであるスカートと、肩当から揺れる柔らかいフリル。命の宝珠であるソウルジェムは、右手首に付ける炎を象ったブレスレットに収まっている。

 

 つま先からゆっくりと着地した那月は、グルリと辺りを見回した。

 

 魔女本体と思われるゾンビの子供と、そこらじゅうに浮遊しているドクロが十数体。ゾンビ魔女は動く気配がないが、ドクロたちはゆらゆらと揺れながら今にも襲いかかってきそうな雰囲気だった。

 

「ねえ、キュゥべえ」

 

 那月は視線を変えることなく、すぐ後ろにいるキュゥべえに声を向けた。

 

「この魔女は、何ていう名前なの?」

 

「コイツは『腐敗の魔女』だね。遂げられなかった願いが腐りきって、未練にしがみつく魔女だ」

 

「腐敗の魔女、ね」

 

「そういえば、君はいつも魔女の名前を聞いてくるね。何か理由があるのかい?」

 

 というキュゥべえの問いかけに、それまでジっと魔女を見つめていた那月はチラっと振り向いて、深い海のような碧眼を覗かせた。

 

「私はこれからあの魔女を狩るんだよ。名前くらいは知っておきたいからさ」

 

 さっきまでのコミカルな那月とは別人のように鋭い表情で、声のトーンも低い。

 

「ふぅん……」

 

 那月が目を逸らしたのをきっかけに、ドクロたちが一斉に襲いかかってきた。が、那月もキュゥべえも慌てることなく、那月は鋭い視線を持ったまま、キュゥべえは赤い瞳を見開いたまま、お互いの心を見つめ合っていた。

 

 そこに顔だけのドクロが迫り、大きく口を開けて那月にかじりつこうとした瞬間。那月は「ハッ!」と声を漏らして素早く飛び上がった。魔法少女として身体能力が上がっているので、その跳躍は人間のそれではない。ひと飛びで数メートルも浮き上がった。ドクロたちの突進は空振りに終わり、しかし尚も空中を旋回して那月を追う。

 

 飛び上がった那月は空中で反転し、頭を下に向けたまま右手をかざした。その視線の先には、間近に迫るドクロが数匹。

 

「那月、君は……」

 

 重力に従って落下する那月と、自在な舞空で浮上するドクロが合わさる直前。那月はかざした右手を素早く払った。その右手でドクロを払いのけたのではない。右手の動きにつられてドクロが壁の方へ吹き飛ばされた。

 

「魔法少女としての能力はとてつもない」

 

 まるで念力で飛ばされたようなドクロたちは、勢いよく部屋の壁にブチあたって粉々に砕けた。まるで、もろいツボを叩き割ったようにアッサリと。

 

「その観念動力(かんねんどうりょく)も、普通の魔法少女にはありえない能力だ」

 

 観念動力とは、意思の力だけで物体を動かす能力のこと。つまり、テレキネシス。

 

 那月は身体をひねって着地すると、残りのドクロたちにも右手をかざす。浮遊しているドクロたちは金縛りにあったように動かなくなり、那月のテレキネシスで同じように壁に叩きつけられ粉砕された。

 

 残るは、腐敗の魔女ただひとり。

 

「そして、彼女がもっとも特異な魔法少女だと思われる所以は……」

 

 ドクロの手下をすべて倒し、那月は部屋の中央に佇むゾンビ魔女に目を向けた。ムスっとした表情を変えずにいた腐敗の魔女に、魔力がみなぎる。ひとつだけ抱えたドクロの目が怪しく光り、魔力の波動が辺りを包んだ。

 

 ゾンビ魔女の身体が、ジワジワと腐り始める。顔がミチミチと裂けてゆき、髪の毛は抜け、幼女のようだった身体はいびつに伸びていく。それは可愛らしさの欠片もない、腐った魔女。腐敗の魔女。

 

 那月は黙ってそれを見ていた。身構えずに自然体で、ゆったりと優雅に、美しい碧眼で見つめていた。

 

 それを後ろから眺めているキュゥべえは、今から那月がどうやってあの魔女を狩るのか分かっていた。これまで何度か魔女を倒してきた那月の姿を思い返し

 

「まだ魔法少女になってひと月余りだというのに、あの魔力のコントロールは恐るべき存在だ」

 

 表情を変えず、ただ赤い瞳を微かに揺らめかせて言った。自らが創り上げた御上那月という魔法少女を称えるように、そしてこれからの御上那月を恐れるように。

 

 腐敗の魔女は遂に正体を現した。小さなゾンビではなく、体長は五メートルに届きそうな巨大な身体を晒し、今にも垂れ落ちそうな片目で那月を見据え、抱えていたデフォルメ姿のドクロは骨の身体を形成して右肩にしがみ付いている。

 

「もう、いい?」

 

 那月は透き通るような声で尋ねた。それはキュゥべえに聞いているのか、腐敗の魔女に聞いているのか、両者に言っているのかわからなかった。

 

「フォンォォォォーーーーーー!!」

 

 腐敗の魔女が、空気の抜けるような乾いた叫び声をあげる。それが皮切りだった。

 

 那月は一気に駆け出す。地面を蹴り、大きく躍動しながら飛ぶように走る! その碧眼に映るのは、正面で両腕を振りかぶる腐敗の魔女。が、敵は魔女本体だけではなかった。

 

 魔女の肩にしがみつくドクロと同じ、成長し身体を得たガイコツが何体も、墓の中から姿を見せた。

 

「まだ魔力に余裕があったみたいだね。でも……」

 

 腐敗の魔女が産み出した新たなドクロたちを見てキュゥべえは「あの程度の使い魔じゃ、那月の足止めにもならない」と思った。もちろん、那月も同じ考えだった。駆ける足は止まらない。そしてあと一歩で攻撃の間合いとなるところで、那月は右手を肩の後ろに構えた。

 

 那月の背中に、波打つ光が見えた。それは細く鋭い銀色に発光し、右手に握られる。

 

 揺らめく刃が深紅に輝く、美しき細剣フランベルジュ。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 まるで炎のように揺れる刀身を、片手で一気に振り下ろす。那月の魔力を帯びたフランベルジュは、足止めに現れたガイコツたちを一瞬で焦がし、その後ろに控えていた腐敗の魔女をも一刀両断にした。

 

 燃えるように切り裂かれた魔女は、乾いた金切り声を上げながら崩れていく。ベチョベチョと垂れ落ちた肉体は紫色の液体に変わり、やがて地面に溶け、そのまま消えていった。

 

 その光景を見つめる那月の目は、変わらず碧く澄んでいた。右手にダラリと下げたフランベルジュは炎の揺らめきを失い、そこから紫色の液体がポタリと垂れる。それは、剣が静かに泣いているようだった。

 

「任務完了」

 

 那月は冷めた声で言った。

 

 普段は明るくコミカルな那月が、魔女と戦う時はなぜか冷徹になる。そして、人が変わったかのように攻撃的になる。そんな那月は、キュゥべえが「少しだけ気にかけている嫌な部分」でもあった。

 

「さ~て、今夜の狩りはこれでお終い♪ ねぇ、キュゥべえ。帰りに豆乳買っていくのに付き合ってよね」

 

 戦いが終わればまた、人が変わったかのように普段の那月に戻る。果たしてどちらが本当の那月なのか、今のキュゥべえにはわからなかった。

 

「って、あれ? 結界が消えないのはどうしてだろう……」

 

 魔女の結界は、魔女本体が作り出す異空間。ドーム状の内部空間は、未だにB級ゾンビ映画のセットみたいに健在だった。魔女が消えれば結界も消えるはずなのに……

 

「はっ! 那月、魔女はまだ生きてるよ!」

 

「え?」

 

 ハッと振り向いた那月をめがけて、骨だけの身体が襲いかかった。

 

 アイツは、ゾンビ魔女にしがみ付いていたドクロの片割れ……!

 

「しまった、あっちが本体だったんだ!」

 

 キュゥべえも那月も見誤っていた。姿を巨大化させたゾンビが魔女本体だと思っていたが、実はそうではなかった。腐敗の魔女……その正体は、すべての肉体を腐らせ、骨にまでなったガイコツ魔女だった。

 

「危ない! 那月!!」

 

 那月の目の前で、ガイコツ魔女の指先が黒い鉤爪となって振り下ろされる! 右手のフランベルジュがピクリと反応した時、

 

ギャ―――ン!

 

 という激しい音をたてて、ガイコツの鉤爪が砕け散った。いや、正確には激しく砕かれた。青くて細長い『何か』が、寸でのところでガイコツ魔女の両腕を砕いた。那月の目と鼻の先、太刀風が那月の鼻をかすめる距離で。

 

 砕けた骨の破片がゆっくりと宙を舞い、その傍らには銀色の長い髪をなびかせる少女の横顔。

 

「詰めが甘いわ」

 

 氷のように冷たい声で、少女は言った。手に持つ『何か』は、先端の丸い円から十字が伸びる、槍のような武器。

 

「あの子は……」

 

 キュゥべえはその姿に見覚えがあるのか、そこで言葉を止める。

 

 十字槍の少女は目にも止まらぬ連撃で、ガイコツ魔女の身体を砕き、砕き、砕き、最後は頭だけになったドクロを槍のしなりで弾き飛ばす。ドクロの頭は壁に当たり、跳ね返って那月の足元に転がった。

 

 その動きは、那月とは違った種類の洗練された強さだった。身のこなし、武器の扱い、一撃の破壊力。どれを見ても、熟練した遣い手だとひと目でわかる戦いぶりだった。

 

「あなた、この街の魔法少女かしら?」

 

「そうだけど、アンタ誰よ」

 

「那月!」

 

 キュゥべえが慌てて那月を止める。いつもはのらりくらりなキュゥべえが声を荒げるのは珍しい。が、那月は構わず突っかかった。

 

「よくも私の狩りを邪魔してくれたわね。アンタの手助けなんていらなかったんだから」

 

「あら、そう? 危ない所だったみたいだけど」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

 叫びながら那月は、傍に転がっていたドクロの頭をフランベルジュの先端で貫いた。脳天を串刺しにされたガイコツ魔女は断末魔の声を上げると、パーンという音とともに粉々に飛び散って消えてしまった。

 

 魔女の身体が消滅し、結界が解かれていく。ゾンビ映画に出てくる墓場らしき場所から、荒廃した病院と三日月の夜空に空間転移が起こる。

 

「だいたいアンタ、なんで横槍を入れてくるのよ。まさかグリーフシードを横取りしようってんじゃないでしょうね」

 

 そう言いながら、那月は傍に落ちている黒い宝珠を指さした。これは魔女が落とす嘆きの種(グリーフシード)で、魔法少女が魔女を倒した際に得られる報酬であり、 魔力の消費で濁ったソウルジェムから穢れを吸って移し替えることができる。

 

 十字槍の少女は、那月の指先に向かって視線を移しグリーフシードをチラっと見た。それからまばたきをひとつして

 

「いいえ、これはいらないわ。それよりあなた……」

 

 今度は那月の姿を舐めるように見ると

 

「危ない子ね」

 

 射すくめるかのような鋭い目を向けた。

 

「なっ! どういう意味よ!?」

 

 澄んだ碧眼で睨みつける那月の目と、鋭利な針で刺すような少女の薄墨色(はいいろ)の目が合わさる。ほんの数秒間、お互いの視線だけが衝突していた。

 

「まあいいわ」

 

 十字槍の少女は自分から幕を引くように目をつむるとうすら笑みを浮かべ、音もなく、動作もなく、那月の肩に槍の穂先を当てた。十字の先端が、スッと那月の肩に乗る。衝撃も重さも感じないほどに。

 

 槍の先端でポンっと肩を叩かれて、那月はやっとそれに気付いた。

 

「――――っ!!」

 

 那月には何も見えなかった。繰り出す瞬間、肩に乗る瞬間、腕の動きも予備動作も、何もかも。

 

「その時が来たら、私が殺してあげる」

 

 十字槍の少女はそう言い残すと、フワっと飛び上がった。飛び上がるというか、浮き上がるというか、とにかく優美に宙に舞うと、廃院の屋上に立ち那月を見下ろした。

 

 銀色の髪が風に揺れ、暗い夜空を斬るような三日月を隠す。

 

「そのグリーフシードは譲るわ、あなたが使いなさい。それと……魔力の使い方を誤らないようにね。これは忠告よ」

 

 と言うと、細くしなやかな身体をひるがえし、そのまま廃院の向こうへと姿を消した。

 

 那月は前髪を垂れ下げて、ギチギチと歯ぎしりをする。こぶしを握り、フルフルと震えながら

 

「ぐ……っ! ぐ……っ!! アイツは、アイツは一体何だったのよぉーーー!!」

 

 ゴォォォォ! という音が聞こえるくらいに

 

 ガォォォォ! とケモノが吠えまくるように

 

 怒っていた。

 

 いきなり横槍を入れられ、恩着せがましい言葉を吐き捨てられ、「あなたアブナイ子ね」などと罵られ、挙句の果てに「私が殺してあげる」とぬかしたあの女!

 

「キュゥべえ!」

 

 もはや怒号。というか、八つ当たり。

 

 やり場のない怒りを向けるに格好の餌食となってしまったキュゥべえは、返事をする気もなさそうだった。

 

「帰るよ!」

 

 那月は足元のグリーフシードを乱暴に拾うと、プイっと踵を返して歩きだしてしまった。

 

 そのまま無言で歩き続け、夜の北夜見市をズンズン進み、家の前まで来てから突然

 

「あーーーっ!?」

 

 ご近所迷惑も甚だしい叫び声をあげた。

 

「豆乳買うの忘れたーーー!!」

 

 これはいつもの那月だ。と、キュゥべえは少し安堵した。

 

 

続く

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