魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第三話 薄墨色の雨(はいいろのあめ)

「ぬぬぬぬぬっ!」

 

 翌日、那月はまだ怒っていた。机の上に両手のこぶしを乗せて、憤怒の大魔神と化していた。顔に浮き上がる血管、燃えたぎる眼、熱を帯びた身体。あまりの怒気で頭から湯気が立っているかもしれない。

 

「何やってんの?」

 

 ジトっとした目で問いかけてきたのは柚葉。場所は教室、時刻は昼休み。いつものランチタイムで昼食をペロリと平らげた那月は、怒り心頭だった。

 

「相変わらず喜怒哀楽が分かりやすいなぁ、那月二等兵は」

 

「ぐ、軍曹殿……」

 

 このやり取り、まだ続いてたんだ。

 

「機嫌が悪そうだね。もしかして、アノ日?」

 

「ブッ!」

 

 教室の中で、それをデカい声で言わないでいただきたいっ。私たち女子中学生だよ? JCだよ? アノ日もコノ日もあるけどさ、違うんだよぉーーー!

 

「ま、まあね‥‥‥」

 

 が、怒りの矛先を柚葉に向けるわけにはいかないし、詳細を話すことはできないし、那月は「アノ日」に乗っかった。

 

「アノ日です」

 

「それはそれは……ご愁傷様です」

 

 ケタケタと笑う柚葉の顔を見て、那月も釣られて笑ってしまった。いや、笑うしかなかった。

 

 那月は自分が魔法少女だなんて、誰にも言ってない。というか……言えないよね、バカだと思われるもん。中学生にもなって「実は私、魔法少女なんですテヘペロ」ってカミングアウト、無理だ。誰が信じるかって話。中学二年生だけに、厨二病も甚だしい。

 

 それに……

 

 命を落とすかもしれない危険なことをしてるなんて、親友に言えるはずない。

 

 けど、話したいっていう気持ちはある。誰かに知ってもらいたい。親にも親友にも話せない秘密を抱えているのは、決して楽ではないから。

 

「てかさ、那月」

 

「ん?」

 

「昨日はサンキュね」

 

 お母さんの誕生日プレゼントを一緒に選んだ御礼の言葉。シンプルなひと言だけど、柚葉の気持ちが目一杯に詰まった言葉だった。

 

「軍曹殿の頼みとあれば、いつでも協力を惜しまない所存であります!」

 

 ここで見事な敬礼。

 

「それまだ続いてたのか~」

 

 のどかな昼休みの教室に、ふたりの笑い声が響いていた。

 

 さっきまでの怒気も憤怒も大魔神も、簡単に吹き飛ばしてくれた柚葉。この瞬間を壊してしまうかもしれないカミングアウトは、やっぱりしなくていい。厨二病な発言でバカにされるかもしれないけど、仮に……もし……信じてもらえちゃったとしたら、柚葉に心配をかけるのは嫌だ。那月はそんな気持ちを握りしめて、魔法少女という言葉を飲み込んだ。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

 午後の授業は得意の国語。目をつむっても二百点は取れる科目。この国に生まれたからには、自国の文字と文学を嗜むのは当然ですね(ニッコリ)

 

 はいはい、自慢ですよ。数学は嫌いだけどねっ。

 

 那月は授業の内容や板書を無視して教科書をペラペラとめくりながら、気になる部分を適当に書き出していた。これだけで文字や文章が頭の中に浸透していく。漢字も文法も、書くことで脳内に絡めとることができる。

 

 多分、必死で勉強すれば他の科目もすべて満点を取れるんじゃないか。那月はそんな感じがしていた。

 

 キュゥべえと魔法少女の契約をしてから、身体能力と共に学習能力も上がっている気がする。それは魔力が成せる効力なのか、集中力がみなぎっているのかはわからないけど、少しずつ人間とかけ離れた存在になっているのかもしれない。そうとも思っていた。

 

 外はどんより曇り空。昨日はあんなに晴れていたのに。

 

 教室の窓は閉められていて、薄いレースのカーテンがしんみりと垂れ下がっていた。

 

「那月……那月……」

 

 眠気の充満する午後の教室に、那月を呼ぶ声がする。声、じゃない。頭の中に直接聞こえるこの感覚は、テレパシーだ。

 

「キュゥべえ? 近くにいるの?」

 

 他の人間には聞こえない精神感応の送り主は、白いお饅頭ことキュゥべえ氏の声だった。

 

「学校には来ないでって言ってるのに」

 

 那月もまた、テレパシーで声を投げかける。魔法の使者であるキュゥべえとは、このテレパシーで言葉のやりとりができる便利な一面があった。

 

 勝手に言葉が送られてくるのは厄介だけど。

 

「今朝は慌ただしくて伝えられなかったからね。僕からひとつ忠告だ」

 

 確かに今朝は急いでた。ちょっとだけ寝坊したよ、昨夜は帰りが遅かったせいでね。てか、居留守がお父さんにバレなかったのは奇跡と魔法の賜物だね。でも「忠告」っていうフレーズで、キュゥべえの話の内容はなんとなく予想できますけど。

 

「……何?」

 

 那月は窓の外に目を向けてため息をつくと、ツンツンに尖ったテレパシーを飛ばした。

 

「昨日の子、憶えているかい?」

 

 予想どおり。横槍を入れてきたあの女のことね。

 

「忘れる方がおかしいでしょ」

 

「さすがに記憶力はいいみたいだね。そう、昨夜の病院でのことだ」

 

 おいおい、バカにしてんのか……。コイツは時々、人間の感情を理解していない発言をするから困る。あ、キュゥべえは人間じゃないから仕方ないのか。それから私がイラついてるのは、アノ日が原因じゃないからね。むしろアノ日でもない。

 

「君も気付いているだろうけど、彼女も魔法少女だ」

 

 そんなの見りゃわかるって。あんなキテレツな動き、『魔』以外の名前が付く生き物がしてたら世界が仰天だわ。と、テレパシーには乗せずに心に留めておいた。

 

「彼女の名前は蒼ユリ(あおい ゆり)、隣町の見滝原市を縄張りにする魔法少女だ」

 

「ふぅん……。で、あのキテレツ女がどうしかした?」

 

「彼女には、関わらない方がいい」

 

 なんだそりゃ。

 

 この白いお饅頭はいつも言葉が足りない。のらりくらり、隠し隠し、一枚一枚を順番に剥がしていくように説明するのが得意なんだよね。

 

「ああ、電波でサイコな感じだったからねぇ。私もできれば関わりたくないかな。でも隣町の魔法少女なら、もう会うこともないんじゃない?」

 

「いや、彼女は君に目を付けたようだ。近いうちにまた接触してくるかもしれない」

 

 目を付けたって、どういう意味ですかっ!? もしかしてストーカー的な? それとも暗殺者的な? まさか禁断の愛的な……いやいや、私の心は柚葉のモノ。御上那月は一途な女、浮気はしない主義。

 

「彼女が最後に言い残した言葉を憶えているかい?」

 

 おや、私の記憶力をさらに試そうってことかしらぁ? まあいいさ、みなまで言うな。どうせヒマな午後のひと時、お饅頭の戯言に付き合ってあげよう。

 

 えっと……「その時が来たら、私が狩ってあげる」と、ぬかしてい・た・ん・だ! あのキテレツ女は!!

 

 ノートの上で、シャーペンの芯が折れた。

 

「いや、その後だよ」

 

「その後?」

 

 確かグリーフシードを押し付けられて「魔力の使い方を誤らないように」とか言ってたような。実は途中から頭にきてて、よく憶えてないんだけど……

 

「それだよ」

 

 那月ちゃん天才。言葉は飲み物。ゴクゴク飲めて、スラスラ出てくる。喉越しスッキリ、ビロードのような滑らかさ。ビロードって何だろ?

 

「那月、その意味がわかるかい?」

 

「……え?」

 

 その意味って言われても、あの時は油断して魔女本体を見誤って、だからキテレツ女に横槍を入れられて……

 

「彼女は君の力を認めたんだ。魔法少女としての君の才能を見抜いたんだよ。そして未来の君に忠告した。命を粗末にするな、ってね」

 

「ずいぶんと上から目線だよね」

 

「いや、僕は決して過大評価するつもりはない。けどね……」

 

 キュゥべえの話はいつも一本調子だ。声のトーンも変わらないし、言葉に抑揚がない。まるで機械が喋っているようで感情が見えないが

 

「彼女は、僕たちの知る中で過去に前例のないイレギュラーな魔法少女なんだ」

 

 今は、今だけは微かに声が震えているような、何かを恐れているような、そんなキュゥべえの声を初めて聞く気がした。

 

「何それ? あの女のキテレツな所が、ってこと?」

 

 でも、その雰囲気には乗りたくない。呑まれたくない。那月は本能で察知する危機感を打ち払うように、冗談を上乗せして送り付けた。

 

「真面目な話だよ。蒼ユリは、有史以前から続く魔法少女の歴史で唯一無二。あの子に敵う魔法少女は、この世には誰ひとりいない。彼女は魔力の桁が違う。見えている世界も、存在している次元も違う。あれは僕たちの産み出した、最高にして最悪の魔法少女だ」

 

 窓にひと粒、雫が落ちてきた。

 

 ポツリ……ポツリ……

 

 やがて薄墨色(はいいろ)の空は次第に暗く澱み、雲と雲の隙間からあふれ出た雨が窓をつたう。その雫が一滴、那月の額からも流れた。

 

「へ、へぇ。つまりアイツは、最強のキテレツ少女ってことね」

 

「大袈裟な話だと思うかい?」

 

「アンタは隠し事はするけど、ウソはつかない。でしょ?」

 

 このお饅頭は、そういうヤツ。ひと月も一緒にいれば嫌でもわかる。

 

「彼女には手を出さないほうがいい。那月が昨日の夜にあれだけ突っかかっても見逃してもらえたのは、君がこれから生きていく中で二度とない幸運だったのかもしれない」

 

 見逃してもらえたって?

 

「あの子は魔女や魔女の結界どころか、街を丸ごと消し飛ばすくらいの力を秘めてるんだ」

 

 街を消し飛ばすって?

 

「今の君の力じゃ、五秒と立っていられないだろう」

 

 私が秒殺だって?

 

「もしまた彼女に会うことがあったら……いや、必ず接触してくるはずだよ。その時は黙って、おとなしくやり過ごすんだ。いいね」

 

 あの高慢なヤツに耐えろ、と。

 

「……了解」

 

 那月は土砂降りの雨に向かって声を出した。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

「帰宅部組の那月部長、今日もお勤めご苦労さんでした」

 

「柚葉の姉御さんよぉ、間違えてもらっちゃ困りますぜ。あたしゃあ部長ではござんせん。帰宅部のエース、『ハートのエース』こと御上那月でござんすよ」

 

 アタシら一体、どこの組のモンだ? 任侠映画は観たことないし、出演予定もありません。

 

 でもね、柚葉と交わすこのやり取り、嫌いじゃない。

 

「それじゃあ、今日は『ハートのエース』こと御上那月サマと一緒に帰ろうかな」

 

「昨日も一緒だけどね~」

 

 柚葉と一緒にいると、いつも真面目になれない。悪い意味じゃなくてね。素の自分っていうか、飾らないっていうか、とにかくふざけて笑って毎日が楽しい。そんな親友が、私にはいる。

 

 見滝原の蒼ユリ? ハッ! あんな高慢ちき、あの性格じゃ友達もいないでしょ。

 

 最高にして最悪の魔法少女? ハッ! 電波でサイコなキテレツ女でしょ。

 

 私を秒殺?

 

 ……うん、確かにあれは勝てないわ。

 

 那月は昨夜の十字槍の感触を思い出してしまった。蒼ユリの槍の軌道、腕の動きも予備動作も、何ひとつ見えなかった。肩にポンと当たるまで気付かなかった。そして、金縛りにあったみたいに一歩も動けなかった。もしあれで身体を一突きにされていたら……今頃はあの廃院でゾンビに看病されてたかもしれない。

 

 ……うん、そりゃ笑えないわ。

 

「………‥…………らしいよ? 那月もマジウケるでしょ」

 

「いや、だから笑えないって」

 

「は?」

 

「は?」

 

 土砂降りの住宅街、那月の横では柚葉がひたすらしゃべくり倒していた……っぽい。

 

「ちょっとあんた、聞いてなかったでしょーーー!」

 

「ひえーー! 先生ゴメンナサイ……ウルウル(泣)」

 

 必殺の泣き落とし作戦が発動してしまった。

 

「それはあたしに通用しないっ」

 

「ならば、これならどうだ!」

 

 先生ゴメンナサイ……ウッフン(微動)

 

 仲良く傘をさすふたりの間に沈黙が流れた。ざんざんと降る雨だけがうるさかった。

 

「は?」

 

 しまったーーー! 勢い余ってやってしまったーーー!!

 

「那月さん、今のは一体? まさかとは思うけど、そのペタンコで許してもらおうとしたんじゃない、よね?」

 

「ペタンコ言うなーーー!」

 

 那月は膨れ顔でプンスカしながら傘を回して、水しぶきを飛ばした。クルクル回した遠心力で、傘から溢れる雨水を柚葉に浴びせる。

 

「どうだ、水もしたたるいい女子めーー!」

 

「あはは~、それ褒め言葉じゃん」

 

 そんなのわかってるよ。柚葉のセクシーダイナマイツバディは褒める以外に言葉が見つからないからね。

 

 強力無比な水攻めに、柚葉がたまらず逃げだす。逃げられたら追いたくなる。バチャバチャと水たまりを踏み荒らしながら追いかけっこをした先で、柚葉が突然、

 

「キャッ!」

 

 と、傘を放り投げて尻もちをついてしまった。そんな可愛らしい声、初めて聞いたんだけど。いやいや、今はそれどころじゃない。

 

「柚葉っ! どうしたの、大丈夫?」

 

 柚葉とぶつかって転び、同じように尻もちをついているのは赤いランドセルを背負ってる、小学生の女の子?

 

「イテテ……ゴメンね、大丈夫?」

 

 全身がズブ濡れになりながら、柚葉は女の子を起こしてあげた。那月は急いでふたりを傘に入れる。

 

 この子、年齢は十歳くらいかな。小学生らしいカワイイ服装だけど、転んだせいでスカートに泥が付いてひどく汚れてしまった。

 

 でもその前に、この土砂降りの中で傘もさしていなかったし、力なく起き上がったのはいいけれど、目の焦点が合っていないような気がする。

 

 見た目は普通の女の子だけど、何かおかしい。

 

「平気? どこか怪我してない?」

 

 柚葉が一生懸命に声をかけても、答えは返ってこなかった。見たところ目立った傷もないし、頭を打ったわけでもなさそうだけど

 

「……っ!」

 

 この子、首筋におかしなアザが……!

 

 これは転んだ拍子にできたアザじゃない。楕円の中に幾何学的な文様が入り混じる

 

「魔女の口づけだ!」

 

 那月は思わず口走ってしまった。

 

「え? マジョの、何だって??」

 

 聞きなれない言葉を耳にした柚葉が顔を寄せて尋ねる。マズった。あまりに非現実的でキテレツなことを言ってしまった。何とか誤魔化さないと……

 

「あ、えっと……『マジでよく血が出ず良かった』と言いました」

 

 これは厳しいっっ! 無理がある!

 

「ああ、ホント良かった。ゴメンね、お姉ちゃんがよそ見してて悪かった」

 

 激しい雨音のせいで、よく聞こえなかったらしい。生まれて初めて雨の恵みに感謝する御上那月、十四歳。

 

 でも、あの文様。魔女の口づけは、普通の人間には見えないってキュゥべえが言ってた。自分には見えてるものを、柚葉に見えないものとして過ごすのは難しい。

 

 柚葉はハンカチを取り出して、女の子の顔や身体を拭っていた。スカートに付いた汚れも出来る限り取ってあげようと、真っ白でキレイなハンカチを泥まみれにしている。けれど、女の子の反応はやっぱりおかしかった。あの目は何も見ていないし、何も見えていない。

 

 魔女の口づけを受けている、それはこの子の命が危ないということだ。事故や自殺に駆り立てられて、道路に出て車に轢かれてしまうかもしれない。高い建物から飛び降りてしまうかもしれない。このままでは、いつ命を落としてもおかしくない。

 

「柚葉、この子と一緒にどこかで雨やどりしてて」

 

 那月は自分の傘を柚葉に預け、今にも走り出そうと背を向けた。

 

「ちょ……っ! アンタはどこ行くのよ!?」

 

「ワケは後で話すから。この子が変なことしないように見ててあげて」

 

「どういうこと? ちゃんと言いなさいよ!」

 

 柚葉は、駆けだそうとする那月の腕を強く握って止めようとするが

 

「お願い……!」

 

 那月の碧眼が、それを押し返した。普段はふざけてばかりいる那月の目が、眼光鋭くたぎっている。燃えるような眼で見られて、柚葉は握る力が抜けてしまった。那月が何を必死になっているのかわからないが、それを止めることもできなくなる。

 

 柚葉と友達になって一年、こんな顔は見せたことがなかったかもしれない。

 

「わかった。あたしの家がすぐ近くだから、そこで待ってる」

 

 柚葉は諦めたというよりも、那月の眼に押し負けた感じで手を離した。

 

「用が済んだら、あんたもウチに寄ってくんだよ。そんなビショビショの服じゃ、風邪ひいちゃうからね」

 

「うん」

 

 こんな曖昧な説明で納得してくれる……わけないよね。でも、『魔女の口づけ』を受けているということは、近くに『魔女』がいるはず。それも、孵化して『結界』を抜け出ているヤツが。そんな話をするわけにはいかないし、信じてもらえるわけないし、それに

 

「心配しないで。すぐ戻るから」

 

 柚葉を巻き込むことも、心配をかけることも、したくない。これは私の役目。『魔女』を狩るのは……

 

「私がやらなきゃいけないの」

 

 そう言い残して、那月は走り出した。

 

 『魔女の口づけ』は、一度受けてしまったら取り消せすことはできない。あれは刻印でもなければイタズラ書きでもない。魔女に噛みつかれたようなものだ。そうして受けた『呪い』は神経毒のように全身に回り、脳を侵し、言葉と行動を支配する。『呪い』を解呪するとしたら、魔女本体を倒すしか道はない。

 

 そして、魔女の呪いは無差別だ。大人、子供、男女関わらず、誰かれ構わずに振り撒かれる。たとえ小さな子供だろうと、病人だろうと怪我人だろうと、魔女は一切容赦をしない。手当たり次第に『呪い』を与え、罪もない人間を死へといざなう。

 

「そんなヤツ……絶対に許さない」

 

 那月は十字路を右に曲がり、柚葉たちから見えなくなったところでソウルジェムを取り出した。青紫色の宝珠は強く発光し、近くに魔力の波動があることを伝えている。いや、ソウルジェムを見なくても、この世のものとは思えない重苦しい気配が満ちている。

 

 夕刻の太陽は厚い雲に覆われ、まだ五時前だというのに辺りは妙に暗く陰々としていた。真っ黒な空から止めどなく降り注ぐのは、その陰気に染められた薄墨色(はいいろ)の雨。

 

「この街の魔女は、私が狩る」

 

 色めきを失ったモノクロームな街の中で、那月の目とソウルジェムだけが碧く光っていた。

 

 

続く


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