魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~ 作:マンボウ次郎
ひと月前の春休み。桜の花が舞う季節。
夕暮れを歩く那月は、キュゥべえと名乗るおかしな生き物から
「どんな願いもひとつだけ叶える代わりに、魔女と戦う魔法少女になって欲しい」
と言われた。
「いやいや、誰がそんな話を信じるっての」
そんな子供みたいな話を信じられるわけないじゃない。魔法少女「ごっこ」をする年齢でもないんだし。
何でも願いを叶える? それがホントなら、今頃みんな億万長者か王様になってるって。
「そういう願いで億万長者になった子もいるし、昔の女王となった子もいた。どうだい那月、本当の奇跡を見てみたいとは思わないかい?」
ちょっと、どうして私の名前を……それに今『話していないことまで会話に繋がって』るのはどういうこと?
「これは精神感応、つまりテレパシーだよ。思考脳波を同期させて意思を伝達させているんだ。といっても、今はまだ僕が中継している状態だけどね。少しは信じる気になったかい?」
と、この小動物は口を動かさずに喋ってくる。コイツの声は全部がテレパシーだったのか。そして私の心の声まで聞こえていたなんて、そんなマジカルなことがあり得るんだ……
ということは、魔法少女は「ごっこ」じゃないってこと?
ということは「願いを何でも叶える」ってのも本当の話?
「ね、ねえ。キュゥべえっていったよね。もしも、もしもだよ……死んだ人を生き返らせて欲しいって願ったら、それも叶えることができるの?」
「その願いを君が望むなら、ね。ただし、それはあまり勧められない。僕が願いのアドバイスをするのはルール違反なんだけど、死者の蘇生はリスクを伴うんだ。その人の記憶や人格に大きな欠陥が生じる可能性がある」
「まったくの別人になっちゃうってこと?」
「死後の時間が経てば経つほど、魂の記憶は現実世界と乖離(かいり)していくからね。その可能性は高くなる」
生き返ったところで、記憶や人格が生前とズレてしまっていては本末転倒……ということか。
じゃあ、『魔女』っていうのは何?
魔女の口づけ?
原因不明の死?
それは首筋に浮かぶ印(しるし)?
「た……例えばどんなのがあるの?」
「それは魔女によって様々だよ。幾何学的な文様だったり、現実にある何かを象ったものだったりね。君は、願いや魔法少女よりも魔女の口づけが気になるのかい?」
「それ、小さい頃に見たことがあるかもしれないの」
あの時、突然『原因不明の死』を遂げたお母さんには『首筋に印(しるし)』があった。あれは確か、黒い歯車を薄いピンクのレースで包んだような形。はっきりとは憶えていないけど『歯車のシンボル』だったのは間違いない。
「普通の人間には見えないものなんだけどね。もしそれが本当だったら、君は小さい頃から魔法少女の素質があったのかもしれない」
「それで、魔女の口づけには『歯車のシンボル』みたいなのもあったり……する?」
「魔女の口づけは、魔女本体の姿や性質によって、ある程度の形が決まっているんだ。でも、ほとんどの魔女は魔法少女によって倒されていくから、過去の魔女が持っていた印(しるし)はすぐに忘れられてしまう」
けれど……
「中には、どんな魔法少女も太刀打ちできないほどの強大な魔力を持っていて、ずっと語り継がれている魔女もいる」
すべての魔法少女を返り討ちにして生き延び、その存在だけが口伝されている魔女。いつ産まれて、どこに身を潜めているのかもわからない。これまで何人の魔法少女が、その魔女の犠牲になったかもわからない。それが、
「君の言う『歯車のシンボル』を持つ魔女だ」
「…………!!」
「君の見た印がそれだったかはわからないけどね。似たような印を持つ魔女がいてもおかしくはない」
「そいつは今もどこかにいるってこと?」
「アレを倒せる魔法少女は存在しないよ。少なくとも単身ではね。隣街にひとり、恐ろしく強い魔力を持った魔法少女がいるけど、彼女でも無理だ」
誰にも倒せない魔女……
『歯車のシンボル』を持った魔女……
そいつが、お母さんを殺した魔女……!
那月はうつむいて前髪を垂らした。中から覗く碧眼が、無機質に揺れている。
「ねえ、どんな願いも叶えてくれる。そうだったよね」
「もちろんだよ。君が魔法少女になってくれるならね」
「魔法少女は、魔女と戦うのが役目なんだよね」
「そうさ。魔法少女は、魔女を倒さなければならないからね」
那月はうつむいたまま前髪を垂らしていた。中から覗く碧眼が、どこか一点を見つめている。
「わかった……じゃあ、願いを言うよ」
東の空に月が浮かび、西の空には春の陽が落ちていく。那月の足元から長い影が伸びていて、キュゥべえの小さな身体を飲み込んでいた。
「私の願いは……」
・
・
・
――『歯車のシンボル』を持つ魔女を、殺すこと
「契約は成立だね」
陰影の中でキュゥべえの赤い眼がまたたく。それは不思議な彩りでもあり、妖しい輝きにも見えた。
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今日からは、待ちに待った五月の大型連休。つまりゴールデンウィークです。
それは学生たちの心のオアシス。「しっかり勉強して過ごしましょう」なんて先生は言うけれど、勉強だけが青春じゃない。部活動に精を出すも良し、家族で旅行に行くも良し、自由な時間を満喫するのが「花の中学生活」といえるでしょう。
とはいっても那月は帰宅部だし、お父さんは相変わらず仕事。花の中学生活初日は、いつもの『ロイヤル・フォレスト』で柚葉とのトークショーを繰り広げるのであった。
那月の注文は苺ケーキとオレンジジュース。柚葉はベイクドチーズケーキとロイヤルミルクティー。まるで子供のおやつと大人のティータイムのような組み合わせがテーブルに並べられ、トークショーがいざ開戦。
開口一番、柚葉の先制口撃。
「那月とかけて、この間の弥生ちゃんと解きます」
「そ、その心は……?」
「どちらも小さいのがカワイイでしょう」
「ぶっ!!」
カワイイという言葉の使い方は間違ってません。確かに弥生ちゃんはカワイイ。歳の割に背が低くて幼く見えるし、あの時の髪型(サイドテール)はメガトン級のロリ萌え爆弾。できればお持ち帰りしたいくらいだった。
対して、私への「カワイイ」は……
「まあまあ那月、大きいだけが人生じゃないって。それにアンタはまだ成長途中かもしれないじゃん」
「ナルホド……」
やはり柚葉も、私のお胸は「これから成長する」と踏んでいる様子。そう、私は晩成型。大器は晩成する。きっと大人になっていくにつれて、ゴージャスに成長するのだ。そしていつかは柚葉を追い抜いてみせる!
那月はテーブルの向かいにあるふたつの膨らみに目を向ける。それは那月のモノとは対照的に、はち切れんばかりに激しく自己主張していた。
「……無理だ」
ポテンシャルが違う。次元が違う。あの迫力はまさにスペシャルダイナマイツ。しかも、一年前と比べてさらに大きくなっているような気もする。
待てよ……?
私が成長するということは、柚葉もこれからさらに成長する可能性もあるわけで、ということはスタートからすでに出遅れている私は永久に柚葉には追い付けない、と。
「完敗です」
那月は負けを認めざるを得なかった。
「はいはい、カンパイね。ジュースと紅茶で乾杯したいなんて、那月はやっぱり成長途中のお子ちゃまだねぇ」
といって那月のグラスにティーカップをカチンと合わせる柚葉。
私の「完敗」を「乾杯」に変換してくるそのセンスに感服。これはもう、
「称賛に値します」
柚葉を褒め称えるしかできなかった。
「小学三年生の時は、私も那月と同じくらいのサイズだったかな」
私の「称賛」を「小三」に変換してくるその感性に脱帽。これはもう、
……やめよう。
これ以上の口撃には耐えられないっ。那月のヒットポイントはもうゼロよ!
「そういえば那月、弥生ちゃんは無事に送り届けたの?」
怒涛のおっぱい論争に終止符が打たれ、話題は先日の弥生ちゃんの話に。
「も、もちろん。あの子はああ見えて小学五年生だからね、自分の家くらいはちゃんとわかってたし」
柚葉の家から弥生ちゃんの家はさほど遠くなかった。無事に送り届け、弥生ちゃんのお母さんに事情を説明して「借りた服は洗って返します」という伝言をもらっていた。
「お主、道中でいかがわしいマネなどしておるまいな?」
「お代官様、滅相もない」
「あのような可憐な女子(おなご)は、お主の好物だからのぅ」
「ふぉっふぉっふぉっ、さすがお代官様。何でもお見通しでございますな」
越後屋の那月は可憐な少女が大好物ですが、柚葉お代官様の前では悪だくみもできません。隠れて狼藉を働こうものなら「市中引き回しのうえ、打ち首獄門」を言い渡されてしまう。
お上には絶対服従な那月であった。
「って、噂をすれば!?」
窓の外を歩く少女の姿を見つけたのは柚葉だった。大きな紙袋を手に下げて、可憐な服装で歩く
「弥生ちゃん!」
あの時と同じようにサイドテールに髪を結び、キラキラした笑顔でこちらに気付いた。そのまま店内に入り、急いで駆け寄ってくると
「ゆずは! なつき!」
柚葉の隣に飛び込んできた。
「この間の服を返しに行くところだったのです。ちゃんとお母さんに洗ってもらったのです」
紙袋の中には、キレイにたたまれた柚葉の服が入っていた。ちゃんとアイロンまでかけられて、新品のように整って仕舞われている。
「あたしにはもう着られないから、使ってくれてもよかったのに」
「ホントなのですか?」
「うん、弥生ちゃんに似合ってたよ」
うんうん、確かに似合ってた。柚葉の服はちょっと派手だけど、弥生ちゃんはアイドルみたいにカワイイから何を着てもベストコーディネートだよ。今日の服も、ベースが白いシャツで襟と袖がピンク色。まるで苺ケーキみたいで
「食べちゃいたい♡」
苺コーデの弥生を見て、目尻がダダ下がりの那月であった。
「弥生ちゃん、このお姉ちゃんには気を付けた方がいいよ。弥生ちゃんみたいなカワイイ子が大好物だからね」
「なつきは、わたしを食べちゃうのですか?」
「きっと弥生ちゃんのことを苺ケーキみたいで美味しそうって考えてるよ」
「な、なにぬねの!?」
なぜわかった? まさか柚葉にもテレパシー的な能力が備わっているとでもいうのか!?
「よだれ出てるよ」
「はッ!」
半開きの口元から勝手に垂れていた。そして危うく喉から手まで出してしまうところだった。これじゃまるっきりヘンタイさんじゃないか。無意識って、恐い。
「なつき、よだれ垂らしてるなんてばっちいのです。えんがちょなのです」
この小学生「えんがちょ」なんて古(いにしえ)の高等魔法を使うとは、侮れん。本物の魔法少女である私でも使えない、バイキンの感染を防ぐための特殊なバリア魔法ですよ?
「キャハハ! えんがちょ、えんがちょ!」
一緒になって「えんがちょ」を唱える柚葉さん。これで私は『よだれバイキン』の女王感染者となったわけだ。ふっふっふ……その「えんがちょバリア」が解けた瞬間、キミたちも真の恐怖を味わうことになろう。せいぜい抗うがいい。
「えんがちょ」で隔離された那月は、青褪めた顔で現実から逃げ出していた。
「でも、なつきはわたしを助けてくれたから許すのです。えんがちょ切~った」
「助けてくれたって……那月が? 弥生ちゃんを?」
「そうなのです。わたしの『えんがちょ』が効かない呪いを消してくれたのです」
「それって、この間のこと?」
確かに、魔女の口づけを解呪したのは魔法少女の那月。でもそれは普通の人間には気付けないはずなのに。それに今、弥生ちゃん「呪い」って……
「な、何のことかなぁ……柚葉とぶつかった時に頭でも打っちゃったのかな」
「大丈夫なのです、わたしは分かっているのですよ。にゃは☆」
弥生ちゃんは両手で猫のような仕草をして、あどけない笑顔を見せてきた。もしかして魔女の口づけを受けた記憶があるのか。自分の命が危険に晒されていたのを憶えているのか。でもキュゥべえは「魔女の口づけは普通の人間にはわからない」って言ってたはず。
「まあまあ、何にしても怪我してなくて良かった。あたしたちがふざけてたのが悪かったからね」
柚葉も訳が分からないといった感じだったが、見た目以上に子供っぽい弥生ちゃんがファンタジックなことを言っているだけと思ったようだ。「えんがちょ」というワードの延長線と考えたのかもしれない。だから軽く受け流すようにして、あの時のことを謝ると
「そうだ、弥生ちゃんも一緒にケーキを食べていかない? お姉ちゃんたちがご馳走しちゃうから。いいでしょ、那月?」
「ももも、モチロンですともっ!」
可憐な少女の参戦は大歓迎です。大好きな苺ケーキがふたつに増えて幸せです。
「いいのですか?」
「あたしたちのせいで迷惑をかけちゃったからね。何でも好きなものを頼んでよ」
柚葉は、こういうところに気が利くんだよね。クラスの男子生徒は虫けらのように扱うけど。
「それじゃあ、お言葉に甘えて頂くのです」
スイーツのメニューを開いた弥生ちゃんは、指を差しながら選び始めた。ロイフォのケーキはどれも美味しいからね。種類も豊富だし、ファミレスとは思えない本格的なスイーツが揃ってる。
「うんうん、どんなケーキがいいのかな? 私と同じ苺ケーキがいい? 柚葉のチーズケーキはちょっと大人っぽいかな? それともモンブラン?」
「えっと……この『のうこうまっちゃあんみつ』がいいのです」
見た目も喋り方もロリっ子な小学生が注文したのは、濃厚な抹茶のアイスにさらに抹茶を注ぐという大人なスイーツ。説明書きには……抹茶アイスはふくらみのある香りと甘み。そして、まろやかな口当たりの小豆が豊かな風味を重ね、口の中に静かな感動が広がる
「濃厚抹茶あんみつ………………シブいね」
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あれからスイーツとドリンク(弥生ちゃんはほうじ茶を飲んでた。これまたシブい)でお喋りを堪能してから、ロイヤル・フォレストを後にしたのは夕方だった。柚葉はピアノのお稽古があるとかで、五時前には帰らないといけないらしい。
あの性格でピアノのお稽古って……似合わない。
「じゃあ弥生ちゃん、今日も一緒に帰ろうか」
柚葉は先に帰ったから、弥生ちゃんを家まで送っていくのは私の役目。というか義務。いや、むしろ願望っ!
コワイお代官様はもういない。ふっふっふ……これは弥生ちゃんを独り占めするチャンス。
「ありがとうなのです。でも、わたしは食べられないのですよ」
「あっはっは……ヤダなぁ、さっきのは冗談だってば。苺ケーキみたいでカワイイと思っただけだよ。特にそのプニプニしたほっぺが柔らかい生クリームみたいで……」
「やっぱり食べる気なのですー! なつきはえんがちょ、えんがちょ~」
ふたりでキャッキャしながら追いかけっこ。カワイイいいなぁ……ホントにこんな妹が欲しかった。あんな事がなければ、もしかして私にも妹か弟がいたかもしれないのに。
でも今は、弥生ちゃんが妹みたいに思える。まだ知り合って間もないけど、三つ年下だから妹みたいなものだよね。この街に私がいる限り、もう二度とあんな目には遭わせないからね。
サイドテールを揺らして走る背中にそんな約束を込めていると、弥生が突然立ち止まった。那月は危うくぶつかりそうになる身体をギリギリで止め「どうしたの?」と尋ねると
「なつき、この間はありがとうなのです。でも、ひとつだけお願いがあるのです」
那月に背を向けたまま、少し真面目な声で言ってきた。
さっきは柚葉もいたからその話は途中で終わらせちゃったけど、もしかして弥生ちゃん……憶えてるの?
「なつき、わたしはあれが初めてじゃないのです。何度も同じ目に遭っているのです」
「同じ目に……って」
「あれは、魔女の口づけ。そしてなつきは、キュゥべえとの契約者なんですよね」
「な……っ!」
魔女の口づけも、キュゥべえも知っている? どうして?
「わたしは、今まで何回も何回も呪いを受けてきたのです。でもいつも、むつみに助けてもらっていました」
「むつみ?」
「はいです。むつみも、キュゥべえとの契約者。マホウショウジョだって言ってました」
「魔法少女……!」
この街には、私の他にも魔法少女がいるってこと? これまで何度も魔女の呪いを受けて、その度に「むつみ」という魔法少女が魔女を退治していた、と。
弥生は立ち止まったまま、那月に背を向けていた。その小さな背中は、自分の中に溜め込んでいる何かを必死で吐き出そうとしているようだった。
「そして、キュゥべえはわたしに言いました。わたしは魔女を引き寄せる体質なんだそうです。だからむつみがいつも守ってくれていたのです。でもむつみは……」
そこで弥生は言葉を止めた。言葉を詰まらせた。
「弥生ちゃん……」
那月は、弥生の背中に手を伸ばした。弥生の言葉をここで止めたかった。次にどんな言葉が発せられるのか、わかってしまったから。だからもういい。無理しなくていい。言わなくていい。たぶん……いや、きっと……むつみという魔法少女は……
「むつみは、死にました」
「――――――!」
今年の桜が咲く前に、むつみは死んだ。最期は魔女との相打ちだった、とキュゥべえから聞かされた。魔女の口づけを受けた弥生を救うために魔女と戦い、そして命を落とした。魔女の息の根を止めたことで呪いは消えたが、代わりにむつみは帰らぬ人となった。
「わたしのせいで、むつみは死んだのです」
「そ、そんな……」
弥生の声は震えていた。背を向けたまま両手のこぶしを強く握り、小さな身体を震わせていた。弥生は今にも崩れてしまいそうだった。
「むつみがマホウショウジョになったのも、わたしのせいなのです。わたしが一緒にいなければ、こんなことにはならなかったのです」
「一緒に、って……」
「立花 睦美(たちばな むつみ)は、わたしのお姉ちゃんです」
「弥生ちゃんの、お姉さん!?」
立花睦美は、妹の弥生ちゃんを守るために魔法少女になり……そして魔女に殺された。彼女の願いは「妹を守る」こと? 願いを叶えて魔法少女になったのに、守りきることができなかった?
「だからわたしは、むつみに謝らないといけないのです。むつみのところに行って、ごめんなさいを言わないといけないのです」
「どういう……意味?」
「魔女に殺された者の魂は天に召されない、そして魔女の呪いで死んだ者も同じだと聞きました」
「弥生ちゃん、何を言ってるの?」
「魔女の口づけは、わたしをむつみのところに連れて行ってくれるのですよ。大好きだったむつみにもう一度会って、ごめんなさいと言いたいのです」
弥生ちゃんは魔女の呪いで『死ぬこと』を望んでいる? 魔女に殺された睦美に会うには、それしか方法がないと? 自分を守るために魔法少女になり、自分のせいで命を落としてしまった睦美に謝りたい……と。
「なつき、この間は本当にありがとうなのです。でも、これ以上わたしに関わらないでほしいのです。わたしの邪魔をしないでほしいのです」
次の魔女が現れたら、その呪いに導かれて睦美のもとに行く。魔女の口づけという烙印を、姉への贖罪として受け止める。この小さな背中は、大きな償いを背負っていた。
「今日は楽しかったのです。美味しいあんみつを食べさせてもらって、ふたりとお話ができて、とても嬉しかったのです」
「ダメだよ、弥生ちゃん……」
「もうすぐ、北夜見市に強い魔女が現れるのです。それはとても強い魔女なのです。その時が来たら、わたしはむつみに会いに行くのです」
「ダメだってば!」
那月は、弥生を後ろから抱きしめた。膝をつき、両手を回して、強く強く抱きしめた。
「お姉さんは、弥生ちゃんを守るために魔法少女になったんだよね? 弥生ちゃんが大切だから、弥生ちゃんを守り抜こうと決意したんだよね?」
「そうなのです。むつみは、優しくて強いお姉ちゃんだったのです」
「だったら、お姉さんの願いを無駄にしちゃダメだよ!」
弥生の贖罪の心はとても大きくて重い。何重にも鎖に巻かれ、締め付けられている。感情が暴走し、それは一直線に、ひたむきに、闇雲に、『償い』という悲劇的な結末を目指してしまっている。
「だってそうでしょ? お姉さんは、命懸けで弥生ちゃんを守ろうとした。弥生ちゃんに生きて欲しいと願った。最後の最期まで、生き抜いて欲しいと願っていたはずだよ」
「なつき……」
「お姉さんは、弥生ちゃんに謝ってほしいんじゃない。生きて欲しいんだよ。自分の分まで一生懸命に生きて欲しいんだよ」
「そう……なのですか?」
那月は涙をポロポロと流していた。大切な人を失う辛さが、痛いほどわかるから。
弥生の頭に自分の顔をくっつけて、溢れる涙を押し付けて、弥生を贖罪の鎖から解き放とうとした。弥生の『償い』は「ごめんなさい」で解かれるんじゃない。
「たぶん、お姉さんの願いは『弥生ちゃんを守りたい』じゃなくて、『弥生ちゃんの幸せを守りたい』だったんじゃないかな。……私はそう思うよ」
「わたしの幸せを、守る……」
「そう。だからね、弥生ちゃんは『ごめんなさい』じゃなくて、こう言えばいいんだよ」
――ありがとうって
幸せを願ってくれて
魔女の呪いから守ってくれて
お姉ちゃんでいてくれて
ありがとう――。
「むつみ……むつみ~」
弥生は声を上げて泣いた。柔らかい頬に、温かい涙が止めどなく流れた。それは弥生を縛る冷たい鎖を溶かしていく。
「ありがとうなのです。むつみ……」
弥生の抱えた『償い』は、大粒の涙と一緒に流れていった。
続く