魔法少女まどか☆マギカ[新説]~ヴァルプルギスナハト~   作:マンボウ次郎

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第七話 命の天秤(いのちのてんびん)

「大丈夫、これからは私が弥生ちゃんを守ってあげるからね」

 

 この街を、みんなを守るのは私の役目だ。罪もない人たちに呪いを与え、不幸な死へと導く魔女は

 

「私が狩るんだ」

 

「なつき、ありがとうなのです。なつきも、優しくて強いマホウショウジョなのですね」

 

「うん、魔女なんかには絶対に負けない。見ててね、私は一番強い魔法少女になって世界中の魔女を退治してみせるから」

 

「世界中の魔女を、なのですか?」

 

 弥生は少し驚いたように目を見開いた。魔女や魔女の口づけを知っている弥生からしてみたら、大袈裟な言葉に聞こえたのかもしれない。まだ見ぬすべての魔女を退治するなんて、大ぼらを吹くような話かもしれない。

 

 でも、

 

「そうしたら、弥生ちゃんも『魔女の口づけ』を受けることはなくなるでしょ?」

 

 それが、弥生ちゃんのお姉さんの願いだから。不幸にも魔女との相打ちでこの世を去ってしまったけど「弥生ちゃんの幸せを守りたい」と願ったお姉さんの祈りは、まだ死んでない。死なせちゃいけない。

 

 那月は、弥生をクルリと振り向かせた。その肩に両手を置き、しっかりと目を見て、強く言った。

 

「お姉さんの願いは消えないよ。だから私はどんな魔女にも負けない。私がすべての魔女を倒して、弥生ちゃんの幸せを守ってあげるね」

 

 弥生の瞳に、睦美の顔が蘇った。優しかった睦美、強かった睦美、最後まで自分を守ってくれた睦美。その姿が那月の顔に、那月の声に重なった。

 

「むつみ……」

 

 立花睦美は死んだが、その祈りは生きている。睦美の代わりに、那月が守ってくれる。

 

 亡き睦美の魂が、そう言っているようだった。

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆彡

 

 

「ちょっと、キュゥべえ!」

 

 夜道を歩く那月は、後ろからヒョコヒョコとついてくるキュゥべえに冷たく言葉を浴びせた。

 

「アンタ、いろいろと隠し事をしてるでしょ」

 

「急にどうしたんだい?」

 

 弥生ちゃんのことを知っていたのはいいとして、お姉さんの願いが完全に遂げられていないのはどうしてか。『願い』と引き換えに『魔法少女』になったはずなのに、その願いが半ばで途切れてしまったのはどうしてか。

 

「簡単なことじゃないか。立花睦美は戦いに敗れた、ただそれだけのことだよ。彼女は永遠の命を願ったわけではないからね」

 

「そんな簡単に言ってくれるけど、それで『願い』が叶ったっていえるの? 魔女と命懸けで戦わなきゃいけない代わりに、何でもひとつ『願いを叶える』約束でしょ?」

 

「彼女の『願い』は叶えたさ。魔法少女になることで、妹を守る『力を得た』んだからね。少なくとも睦美は、それを受け入れていた」

 

「そうは見えないんだけど!?」

 

 次第に強くなる那月の声に、キュゥべえは「はぁ……」とため息を吐くと

 

「那月、君は物事を感情で捉えているんだ。立花睦美は、自らの力で魔女の呪いを打ち払い、妹の命を守る。そのために魔法少女になった」

 

 普通の人間では、魔女と戦うことはできない。魔女の呪いを打ち消すことはできない。弥生を守ろうとするなら、魔法少女になる以外の選択肢はない。魔力を行使する相手に立ち向かうなら、こちらも魔力で立ち向かう魔法少女になるしかないからだ。

 

 那月は感情的だが、キュゥべえは論理的だった。ひとつひとつ順を追って辿り着く答えを、ゆっくりと、憎たらしく説明してくる。

 

「願いを叶えることで魔法少女になる。これ以上に整然とした結果はないじゃないか」

 

「だったら、すべての魔女をこの世から消してあげればよかったじゃない! そうすれば弥生ちゃんに呪いが掛かることもないし、お姉さんだって死ぬことはなかったはずでしょ!?」

 

「それは無理だよ」

 

 キュゥべえは「いいかい?」と区切りを入れてから

 

「魔法少女は、魔女を倒すために存在しているんだ。言い方を変えれば、魔女を倒さなければ生きていけない。この意味がわかるかい?」

 

 魔女を倒して、グリーフシードを手に入れて、穢れを癒して、また魔女と戦う。これが魔法少女のサイクル。『魔女』そのものが消えてしまっては、このサイクルは成り立たない。

 

 じゃあ、魔女も魔法少女もいなくなれば……?

 

「いや、それはあり得ないよ」

 

 キュゥべえはきっぱりと否定した。

 

「どうしてよ」

 

「魔法少女がいる限り、魔女がいなくなることはない。なぜなら、君たちはいずれ魔女となる存在だからね」

 

「なっ……!」

 

 路地を曲がったところで那月はふいに立ち止まり、振り返ってキュゥべえを見た。透き通った碧眼には驚きの色が隠しきれない。

 

「私たちが、いずれ魔女になる? どういうこと?」

 

「君たちは、魔力を使うとソウルジェムが濁る。魔法少女の魔力は『減算』ではなくて、穢れの『加算』という形で蓄積されていくからね」

 

 魔力を使った代償として、穢れが加算されていく。小さな魔力には小さな穢れが、大きな魔力には大きな穢れが。

 

 那月は数日前の蒼ユリの言葉を思い出した。ユリは「あなたは魔力の使い方が下手、そんな使い方をしているとすぐに堕ちる」と言っていた。あれは那月の戦い方を言っていたのだろう。あの時は全力で魔力を開放し、その代償として大きな穢れを溜め込んだ。

 

 その穢れは、無楯の魔女が落としたフリーフシードで浄化したので「堕ちる」ことはないが、ユリの言っていた「堕ちる」と言う意味は……

 

「そうして蓄積された穢れが限界に達したとき、ソウルジェムは割れ、中に宿る魂は魔女として生まれ変わるんだ。事実、立花睦美は魔女に殺されたわけではない。彼女はソウルジェムの穢れが限界を超えて、自分自身が魔女となってしまったんだ」

 

「ちょ……っ! それってどういうこと!?」

 

 弥生ちゃんは、魔女と戦って命を落としたって言ってた。魔女の口づけに毒された弥生ちゃんを救うために魔女と戦い、苦戦の末に魔女と相打ちになった、と……

 

「いや、あれは僕がそう伝えただけだよ。魔法少女でないあの子には、事実を伝えるよりも救われる話だろう?」

 

「嘘を、ついたの?」

 

「結果的には、そうなるね」

 

 魔女を引き寄せる体質の弥生を救うために、実姉が魔女になってしまった……そんな真実を伝えるよりも、呪いを解呪するために相打ちとなって果てた。悲劇のヒロインとして、美談として遺したほうが、弥生にとってはいくらかマシということ?

 

「それで、魔女になってしまったお姉さんは……?」

 

「あれは君が倒したじゃないか。憶えているかい? まるで小さな妹に寄り添うようにしていた魔女のことを」

 

 小さな妹に寄り添う魔女。妹を守ろうとした願いが朽ちてしまった魔女。希望の祈りは絶望で腐敗し、肉体を失ったガイコツのような……

 

「腐敗の……魔女……?」

 

「立花睦美は、妹に呪いを植え付けた魔女を倒したけど、そこで魔力が尽きてしまったんだ。グリーフシードで穢れを浄化する暇もなく、自らも魔女へと堕ちてしまった」

 

 あの時、廃院の中にあった魔女の結界。可愛らしかったゾンビの使い魔は、睦美の心象が投影された弥生の姿?

 

「嘘よ……!」

 

「嘘じゃないさ」

 

「だって、あの魔女は…………」

 

「仕方ないさ、君は『あの魔女が誰なのか』なんて知らなかったからね」

 

 たしかに、あの時は何も知らないし、知る由もない。弥生ちゃんに出会っていないし、お姉さんのことなんてもちろん知らない。魔女の結界を見つけて、魔女と遭遇して、「腐敗の魔女だ」と聞いて、私が退治してやろうとしただけ。

 

 あれは『歯車の魔女』ではなかったけど、たいした魔力じゃなかったし、ただ単純に狩ってやろうとしただけ。情けも慈悲も感情も持たないまま、ただその生命を絶ってやろうとしただけ。

 

 そして蒼ユリに滅多打ちにされた瀕死のドクロに、アッサリと、簡単に、何のためらいもなく、フランベルジュでトドメを刺した。

 

「そんな……私が殺したの?」

 

「あの時は、もう立花睦美ではなくなっていたんだ。人としての意識もなければ自我もない、腐敗の魔女だ」

 

「私が、お姉さんを殺したの?」

 

「放っておけば、やがて呪いを振り撒く存在だからね。魔女は、魔法少女に倒される運命なんだ」

 

「私が、私が、剣を突き立てて……殺した」

 

 立ち止まったままの那月は小さく震えていた。

 

 あの時は、人を殺めたつもりは微塵にもなかった。でもあの魔女は弥生ちゃんを守ろうとしたお姉さんだったの? 弥生ちゃんの幸せを願って魔法少女になり、穢れの限界を超えて魔女になってしまったお姉さんだったの?

 

「私、弥生ちゃんに約束したの。必ずあなたを守ってあげるって。最期まで弥生ちゃんを守ろうとしたお姉さんのために、お姉さんの祈りを無駄にしないために、世界中の魔女を退治してあげるって、約束したの」

 

 でも、そんな約束は結ばれるものではなかったんだ。私が弥生ちゃんの大切な人を奪ったんだ。

 

「私が、この手で殺したんだ」

 

 那月は表情(いろ)を失った。美しい碧眼は透明感をなくして薄墨色に澱み、唇は血の気が引き、顔は蒼白になって震えていた。ワナワナと、フルフルと、身体を痙攣されるように強く震えていた。

 

「あまり深く考えても仕方のない話じゃないかい? 君は魔女を殺した、ただそれだけのことさ。」

 

「やめてっ」

 

 那月を見つめるキュゥべえの眼が、妖しく光る。

 

「君が過去に殺した他の魔女だって、元を辿ればみんな魔法少女だったんだからね」

 

「やめてっっ!」

 

 キュゥべえの真っ白な顔に影が差し、陰影の中から赤い眼だけが浮き上がるように那月を見ている。那月の心を覗くように、那月の心をえぐるように、その小さなふたつの眼(まなこ)が見上げている。

 

「後悔しているかい? でも、それが君たちの運命だ」

 

「う……ううっ……」

 

 那月は両手で顔を覆ってしまった。額に爪を押し立てて、皮膚を削り取りそうなくらいに力を入れて、苦し気な声を漏らした。

 

「そのくらいにしておきなさい、インキュベーター」

 

 フワっと、柔らかい髪をなびかせてキュゥべえの前に降り立ったのは

 

「蒼ユリ!」

 

 魔法少女の服に身を包んだ蒼ユリだった。まるで付け狙っているように、いつも那月の前に姿を現す。しかし今は魔女との戦いの最中でもない。ユリが突然現れた理由は、キュゥべえには分からなかった。

 

「あなた、この子を魔女に堕とすつもり?」

 

「まさか。僕はただ、事実を話しているだけさ。魔女へと『堕ちる』のは、君たちには逃れられない運命だからね」

 

「運命……ね。それにしては、今ここで『堕とそう』としているように見えたけれど」

 

 この「堕とす」というのは、ユリ独特の言い回しだった。しかし那月の耳には聞こえていない。那月に聞こえているのは、睦美を殺してしまった苦しみを自問自答する自分の声だけだった。

 

「――どうして殺した? ――なぜ殺した?」

 

 そんな自責の念だけが、頭の中をループしている。

 

「見なさい。魔力を使わなくても、心の穢れでソウルジェムは濁るのよ。相変わらず人間の心が理解できていないわね」

 

 ユリの指差す先には、那月の右指にあるソウルジェムの指輪。魂の宝珠であるジェムには、黒い揺らめきが舞っていた。

 

 那月は、自分の犯した過ちが許せない。たとえあれは不慮の出来事だった、知らなかった、相手が魔女だから仕方がない……と言われても、そんなのは言い訳にしかならない。

 

「何なの? 魔法少女って何なの?」

 

 そんなひとり言を繰り返すだけで、ユリの存在にすら気付いていない様子だった。

 

「気にすることはないわ。魔法少女は欠陥だらけなのよ。インキュベーターの持ち込んだシステムは矛盾だらけなのよ。私たちにとってはね」

 

「……うるさい」

 

「感情をコントロールしなさい。心に抱く闇は、あなたの魂を穢す」

 

「アンタに、何がわかるってのよ……」

 

 那月は顔を覆ったまま、言葉だけを返した。返事をしているようで、頭の中の言葉が口から漏れているようで、どこか虚ろだった。

 

「これだけは言っておくわ、よく聞きなさい。今あなたに堕ちてもらっては困るのよ、あの魔女を倒すまではね」

 

「どいつもこいつも……私の運命を、勝手に決めるんじゃない!」

 

 怒号と共に、那月のフランベルジュが薙がれた。那月は一瞬で魔法少女に姿を変えると、ユリに向かって剣を振るっていた。彩色を失い黒ずんだ瞳で、ためらいもなく刃を剥いた。

 

 キーーーン!

 

 と、甲高い音を立ててフランベルジュが止まる。ユリの槍に受け止められて、寸でのところで刃は届かなかった。小さな火花が、那月の瞳に反射する。

 

「落ち着きなさい。あなたのジェムは、穢れに染まっているわよ」

 

 表情(かお)も変えないまま、ユリが言う。那月が剣を振るったことも、自分に刃が向かれたことも、驚いていない様子だった。

 

「アンタもやがて魔女になるなら、その前に私が殺してあげるわ!」

 

 那月の眉間に、強い怒気が込められた。ギリっと歯を剥きだし、フランベルジュを持つ手に力がみなぎる。

 

 ユリは「チッ」と舌打ちをしてからキュゥべえを睨み

 

「これはあなたの責任よ。軽率な言葉で絶望を招いたわね」

 

 と吐き捨てた。

 

 その隙に、那月は左手に魔力を込める。観念動力(テレキネシス)で辺りの空気が揺れ、空間を支配する。

 

「魔力で空気を動かしている?」

 

 ユリは咄嗟に刃を外すと地面を蹴り、宙に逃れた。

 

 が、那月の魔力は大気そのものを念動させていた。風を起こすというか、空気を動かすというか、そんな生易しいものではない。まるで見えない力でユリを縛り付けるように、大気の流れを操っていた。

 

 澱んだ空気の結界が、ユリの身体から自由を奪う。宙に浮いたままのユリは、見えない鎖でがんじがらめにされたように身動きが取れなくなった。

 

「街中でそんな魔力を使ったら、他人(ひと)を巻き込むわよ」

 

「構うもんか!」

 

 那月は地面を強く蹴り、フランベルジュを振りかぶった。渾身の一閃が、魔力で拘束されたユリに振り下ろされる。

 

 ユリはカッと目を見開き、その刃に斬られた。身体の自由を奪われ、防御も反撃も敵わないのか、斬られるままに斬られた。フランベルジュの切っ先に皮膚を裂かれ、肉を斬られ、左の肩から右の腰にかけて激しい血しぶきが舞う。

 

「うぐっ……!」

 

 さすがに痛みは感じる。魔法少女は肉体の損傷を魔力で修復できるので致命傷には至らないが、この傷はダメージが大きい。ユリは苦痛に顔を歪めた。表情を歪めたまま地面に降り立ち、傷口に手を当てると

 

「魔女ではなく、人を斬った感触はどう?」

 

 と、意外な言葉をかけてきた。

 

 魔女ではなく、人を斬った感触――?

 

 傷口から血が噴き出し、ユリの服を真っ赤に染めている。細い足をつたって垂れ流れた血液が、足元に溜まっていく。普通の人間なら立っていることすらできない激痛だが、ユリは魔力で痛覚を和らげて意識を保っていた。

 

 やがて魔女となる魔法少女は、人ではないかもしれない。それでもまだ、人としての意識を持っている以上、魔力を宿した『人』であることは間違いない。那月は魔女ではなく、その『人』を斬った。

 

「あ……う……」

 

 逆上した那月は、感情のままに生身の人間を斬った。刃が肉体を斬り裂いたこの感触……顔についた生温かい返り血……そのすべてが、生きている人間を斬った証。

 

 那月の右手からフランベルジュが滑り落ちた。赤く染まった細剣はカランカランと音を立ててアスファルトの路面に踊り、そして静かに伏せる。

 

「もし私が魔女だったら、あなたはこうして私を斬ったでしょう? あなたが斬らなければ、私は人間を殺してしまうのだから。大勢の人に魔女の口づけを与えて、罪もない人々を殺してしまうのだから」

 

「……でも、アンタは魔女じゃない」

 

「そうね、私は『まだ』魔女じゃない。私は人間で、やがて魔女になるかもしれない魔法少女」

 

「ご……ごめんな……さい」

 

 那月の身体から、力が抜けていた。やり場のない悲しみも怒りも、逆上した感情も、ユリを斬り裂いた感触で抜け落ちていった。

 

「謝罪の言葉はいらないわ。でも、これだけは覚えておくことね。あなたは魔女を殺して、人を守った。もしあの魔女を生かしていたら、多くの人間が不幸な死へと導かれていたかもしれない」

 

 うなだれている那月を見つめながらユリは言葉を続け

 

「魔女を殺すことと、魔法少女を生かすことは、天秤にはかけられないのよ」

 

 と言った。天秤ではなく、一方通行なのだと言った。流れる川のように、進み出したら止まらない運命の一方通行だと言った。

 

 魔法少女は、やがて魔女になる。それは逃れることのできない運命。

 

 そして魔女は魔法少女に殺されることで、呪いの運命から解き放たれる。

 

 だから……

 

「立花睦美を殺したことは、あなたの過ちではない。あなたは腐敗の魔女を殺したことで、彼女を救ったのよ」

 

 那月はハッとして顔を上げた。

 

「私が、睦美さんを救った……?」

 

 そうだ、もし私が魔女になってしまったら……なりたくはないけど、もし私も魔女になってしまうんだとしたら、人々に呪いを与える存在になんてなりたくない。もし私が魔女になってしまったら、人に危害を加える前に殺してもらいたい。

 

 一度魔女になってしまったら、戻ることはできないのだから。

 

 那月は、心のモヤが解けていくような感じがした。睦美の命を絶ち、弥生の大切な姉を奪い、弥生の幸せを壊したことは、絶望なんかじゃなかった。腐敗の魔女を倒したことで街の人たちを、弥生を、睦美を救ったんだ。

 

「私は、間違ってなかった……の?」

 

「ええ、そうね」

 

 ユリの声は相変わらず冷たい。しかし那月はその言葉に、これ以上ない安らぎを感じていた。

 

「あ、ありがと……」

 

 那月は垂れ下がった前髪で視線を隠しながら、小さく呟いた。

 

 憎たらしいヤツだが、今はコイツの言葉に救われた。それに、コイツの言っていた「堕ちる」という意味も分かった気がする。絶望で魂が穢れて「堕ちる」感覚が、確かにあった。ふと我を忘れて斬りかかったけど、コイツのおかげで戻ってこられたのかもしれない。

 

 ユリは「フッ」と軽い笑みを浮かべ

 

「あなたらしくないわね。まあいいわ、これであなたにも手伝ってもらう理由ができたのだから」

 

 と言って目を細めた。

 

「手伝う?」

 

「ええ。とある魔女を倒すのを、ね」

 

 協力して魔女を倒す? そんなのアンタひとりでやればいいじゃない。アンタは最強の魔法少女なんだから、私の手助けなんて必要ないでしょ。

 

 と言いたいところだったが、那月は言葉を飲み込んだ。

 

「ふふ、嫌なら断ってもいいのよ?」

 

 見透かされている。命の借りを作ってしまったのだから、断れないのを分かって言っている。コイツは良いヤツなんだか、嫌なヤツなんだかわからない。

 

 そんな困惑した表情を浮かべる那月に、ユリはこう言った。

 

「近い将来、そう……数か月から一年以内といったところかしら。この街にとてつもない魔女が現れる。私ひとりでは勝てそうにないから、あなたの力が必要なのよ」

 

「アンタが勝てない魔女?」

 

「ええ。今まで誰も、どんな魔法少女も勝てなかった最強の魔女。回り続ける愚者の象徴、と呼ばれているわ」

 

「それって、まさか……」

 

「あなたも聞いたことはあるでしょう? そいつは舞台装置の魔女。通称『ワルプルギスの夜』、歯車のシンボルを持つ魔女よ」

 

 

 

 

続く


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