レムは まだ、眠気が残っていたが朝日が窓から差し込んできて、顔を優しく照らしたのと同時に、完全に覚醒する事が出来た。
目をゆっくり開け 宿屋の天井を見ながら昨日のコトを思い返す。
―――人前で涙を流した事など、一体いつ以来の事だろう?
人前ではなく神様の前だから厳密には違うかな? と考えてもみたが、心情としてはどっちも同じだから 大した意味はなかった。それにラグナと言う神は何処となく神様っぽく無い。完全な人族の上位に位置する存在である神は、魔族にとっての魔王の様なモノ。従えて当然、な印象が強い。
でも、ラグナは敬語禁止、崇めるの禁止、奉るの禁止、と凡そ神様が要求するとは思えない命令を下した。つまり、普通に接する事を要求したのだ。神ではなく人として。
そこに違和感を最初からレムは感じていた。すべてを問い詰めて、過去に何があったのかを知り、……出来る事であれば全てを無かった事にして欲しかった。
だが、彼は神ではあるのだが、厳密にはこの世界の神ではないと、また別の世界、それも並行世界の存在である、と言っていた。
俄かには信じがたい事ではあるが、並外れた、常識外れた力の片鱗を ギルドで見て、シルヴィの言葉も聞けば、最早疑う余地もない。例え疑い続けたとしても、それが晴れる事はないのだから。
そして、昨日の夜。彼は言ってくれた。
彼には、関係のない世界の事だというのに、助けてくれる、と。同族だから その代わりを務めると。……自分の内にいる邪悪の権化を知った上で、離れないと言ってくれた。全部初めてのコトだったから。
「(……駄目、ですね。今でも気を抜けば、涙が………)」
レムは、すんっ と鼻をすすり、涙もどうにか堪えた。
「(もう一度、彼に……ラグナにお礼を言わないと)」
昨日、取り乱して泣きに泣いて、そして疲れて眠ってしまった。お礼の何も言っていないのに。
レムは、決心したその時だった。右手に感触があるのに気が付いたのは。
「え……?」
レムは起き上がり、右手の方を見てみると、ラグナがいた。
目を瞑っていて、うつらうつら、と頭を揺らせていて…… つまり眠っているのが判る。でも、決して手は離さず握っていてくれた。
「ん、んー……ん? あれ……?」
何秒、その寝顔を見つめていたのだろう。見入ってしまっている自分に気付いた時、ラグナはゆっくり目を開いていた。
「ふぁぁぁ…… 寝ちゃってたかぁ。ん? あっ レム。おはよ」
にっ、と笑顔で挨拶。
正直どう接して良いのか判らなかった。でも、その笑顔を見て 昨日と変わらない、何処かノー天気な顔を見て 一気に毒気抜かれてしまった様で。
「おはようございます」
自然と返す事が出来てた。そう、笑顔で。
「おっ、レムの笑顔初めてみたかも? 今日は良い事がありそうだ」
「何を朝っぱらから言ってるんですか……。今日はシルヴィの所へ行くんでしょう? 早く支度を」
「おー、そうだな」
ぱっ、と手を放すラグナ。
少し、レムは名残惜しかったけれど、立ち上がった。
支度をして、外へ行こうと扉に手をかけた所で。
「昨日の事、嘘じゃないからな? 手もしっかり取ってくれたし、オレはレムの味方! 頼ってくれよ。魔王の事に限らず何でも!」
本当はレムから昨日の事を聞き直そうと思っていたが、ちょっと有耶無耶になりかけていた。でも、ラグナから言ってくれた。
「そう、ですね。宜しくお願いします。ラグナ」
「おう! お、それに初めて名前もよんでくれたし、頑張るぜーっ」
「……ふふふ」
ぶんぶん、と腕を振っていたラグナを見て、正直 単純だな、と思ってしまったレムだった。
全てを知って、それでも尚、こうやって話す事が出来る。今まで、神様と言う者には正直嫌悪さえ覚えていたのだが、認識を改める事にした。
「今日から友達、仲間、って事で! レム宜しくっ」
「……そうですね。宜しくお願いします。ラグナ」
この神様は、とても優しくて、ちょっとエッチで、それでいて 笑顔が何だか幼いのだと。
「と言う訳で、神様パワーの一端、ここで披露してしんぜよー」
「はい?」
「ほらほら、こっちこっち」
床に魔法陣を描く。
「えーっと、シルヴィのいたギルマスの部屋部屋ー……っと」
「何をしてるんですか?」
「ほらほら、やってみてからのお楽しみ。んじゃ、行くよ。『ワープ』」
淡い光と共に この場から完全に消失した。
そして、次に姿を現した場所は……。
「んんー、ちょっと今日は案件が多いね……。出回ってる人も多いし、ちょっと難しいかも……」
勿論、シルヴィの部屋。
「ん?」
突然、部屋の中央。丁度テーブルの向かい側に光が現れた。
「ちょちょ、な、なになに!?」
ガタッと椅子から飛び上がり、光の場所へ行くと……。
「はい、とーちゃく」
「こ、これは……? いったい……」
突然光の中から現れたのは、ラグナとレム。
そしてシルヴィは昨日の事を思い出す。よく考えてみれば、こんな感じの光に包まれて、街中へと戻ってきた。
その後は、レムに転移系の魔術について説明。
レムは、噂程度でしか耳にしない魔術だったから、驚いていた。
そしてシルヴィからは、しっかりお説教を頂いた。いきなり現れたら驚くし、仮にもギルドマスターの部屋、乙女の部屋にノックもなく入る事なんて言語道断、と言う事だ。更に言えば、レムが部屋の鍵をメイちゃんに預けず、出ていくというのは宿屋の規則違反。外出時にはちゃんと鍵を預けなければいけない。
シルヴィのお説教+メイちゃんの後からのお説教が目に浮かんだラグナは、少々げんなりするのだった。
そして、その後昨日の事をシルヴィにも話した。
レムの事を助ける、と言った事。そして、この世界の神ではない、という事。
「なんかシルヴィの事も騙したって事になるんだろうな。……ごめん」
「そーだね。ボク、耳触られ損ってヤツじゃないかな」
「ぅ……、ご、ごめんなさい」
神様~と言う事で耳を触らさせて貰った。(結構強引に)
なのに、結果がこの世界の神ではない、ともなればシルヴィだって良い気はしないだろう。
「ボクはね。一度目は必ず信じて、裏切られたら二度と信用しない、ってシンプルなスタンスを取ってるんだ」
「……って事は、もうオレの事は二度と信用してもらえない、って事だよね……」
この世界に放り出されて、最初に知り合えたのがシルヴィだ。
一度宿屋で寝落ちした後、またこの世界で目を覚ましたその瞬間から、もう元の世界に戻れないんだろうな、と強く思えた。この世界で生きていくしかないんだと。
そんな世界で知り合えたシルヴィに二度と信じてもらえなくなる、っていうのはやはり寂しい。自分が騙したとはいえ。
落ち込んでる所にシルヴィの笑顔があった。
「でもねー。よく考えてみればさ。天黄の塔でラグナ君が寝てる所をボクが押し掛けた、って形だし。ちょーっと油断したって自分の非もあるしねー。……っていうかさ、別な世界でも、神様は神様なんでしょ? なら騙してるって事にならないんじゃないかな?」
「へ……?」
「やー、ほんとラグナ君って可愛いよね? ボクにお説教されちゃって、寂しそうな顔するなんてさ。ほんと、神様っぽくないーって思ってたけど、なんか納得だよ。だって、こことは違う所の神様なんだもん」
「うぅ…… シルヴィ。からかったな……?」
「えっへへ~。怒っちゃ駄目だよ? これでおあいこ、って事で」
ぱちんっ、とウインクするシルヴィ。そんな可愛らしく言われたら 何でもOKと言いそうだ。
一頻り笑った所でシルヴィは本題に入った。
「それでさー。早速 お願いしたいクエストがあるんだけど、良いかな?」
「オレは良いよー。レムも一緒に行く?」
「はい。問題ないです。と言うより、まず依頼内容を聞きましょう。シルヴィ、宜しくお願いします」
シルヴィは頷くと一枚の紙を取り出した。
「正直内容が内容で、なかなか手が出せないクエストでね。ラグナ君が来てくれてほんと嬉しいよ。……でも誤解しないで。無理強いとかはしないからね? 普通に考えて、いきなり受ける様なクエストじゃないからさ」
クエスト内容は討伐系のもの。場所は《人喰いの森》。つまり魔族の領土である為、危険度は確かに高いと思うが。
「ふーん。マダライーター。あの柄ワニね」
「……こんな依頼をする者がいるのですか」
「でも、あのワニが落とす〈と言うか剥ぐのかな?〉皮って結構な値が付くし、そっちが目的なんじゃないかな?」
「うん。サブの所にマダライーターの皮の納品、っていうのもあるかな。依頼料が1.5倍に跳ね上がるよ」
「うんうん。肩慣らしには丁度良いかな?」
レムは、このクエストの難易度は はっきりとわかる。このギルドで規定している危険度は文句なしのAクラスに分類するだろう。魔族領土の中でのクエスト、と言った意味でも高難易度である理由の1つだ。
でも、ラグナはあっけらかん、としてて 1つ返事でOKを出していた。
「んでもさ。モンスター狩りのクエストって普通じゃないのかな? 採取とかお遣い、護衛系に比べたら断然金額高いし」
「それは確かに、それらに比べたら格段に高いです。……ですが、あのあたりのモンスターは強いのです。誰も受けたがらないのは当然で、普通はウルグ橋砦や星降の塔の周りのモンスターが対象です。……後、天黄の塔周辺も当然ながら危険エリアです」
「成る程。……でも、その辺りのモンスターじゃ中々レベルが上がらないんじゃないかな?」
「……仕方ありませんよ。命は当然大切です。誰も受けたくないのは仕方ありません。誰もがラグナの様に強いわけではありませんから」
ラグナは、『命は大切』と聞いて、漸く納得出来た。
ここは 死ねばそれで終わり。生き返る事も、死に戻りする事もないのだと。回復魔術を試したい、と思ったが、蘇生系の魔術は試す機会は滅多に来ないだろう、とも思った。
「レムはどうする?」
「私も一緒に行きます」
「ん、りょーかい。色々と試したい事もあるし、ちゃんとレムの力になれる、って実力で証明するから」
「いえ、私はラグナの実力を疑ってなどいませんよ」
ぐっ、と力瘤を作るラグナと笑って答えるレム。
そしてシルヴィも、少しばかり嫉妬をしながらも、笑顔だった。
「じゃあ、ラグナ君。クエストの事、レムさんの事、よろしく頼むよ」
「オッケー! シルヴィともいつか一緒にクエスト行きたいねー」
「うーん、邪な気持ちが見え隠れしてるけど、ボクギルマスだからねー中々一緒にっていうのは」
じー、っと冷たい視線を向けてくれた。レムからもなぜか。
因みに、それはほんの一瞬だけ。
「でも、緊急クエストとかが入ってきたら、一緒に戦う事、あるかもね?」
「おっ、そりゃ楽しみ!」
「……緊急のクエストを楽しみにしないでください」