ごめんなさい…
ハルファスの場合
「…うーん…どれにしよう…決められない」
頭の後ろで纏められた、桃色のふわふわした髪の少女がそう言って悩み始めてから、既に2分が経過しようとしていた。その姿を傍で見続けてきた自分としては、別に気になる物でも無いのだが…ちらりと横を見ると、既に自分達の前にも多くの人が、4日間限定でチキンナゲット(30ピース)が33%オフと言う、聖夜に相応しいピエロからの贈り物を手にしようと並び始めている。
このままでは、彼女がどれにしようかと悩んでいるナゲットのソース自体が無くなりそうなので、声を掛けてみる。
「?
…決めてくれるの?」
こちらを向いて、首を傾げる様が可愛らしい。頭を撫でると目を閉じて、こちらのしたいようにさせてくれるのめっちゃ魔性だと思います。
撫でながら、さてどうしようかと思考する。
ソースは4種類あるのだが、特盛りのナゲットを1箱買うと選べるのは3つ。普段の俺なら、あまり辛いのは好きではないのでマスタードを抜いて期間限定の2つとバーベキューが勝利の法則!と即断するのだが…
…折角の聖夜なのだし、少し奮発してしまおう。
「…え?4つも買うの?お金大丈夫?」
大丈夫だと、財布の中から彼女に一葉さんを見せてウインクする。これで、各ソースを2つずつ選ぶことが出来るので彼女が悩む必要も無いはずだ。普段からバイトで金も貯めてるし、まだ自分達は高校生だし…お隣さん同士だし、どちらかの家に家族ごと集まって交流する、と言う目的でなら、今回の代金も立て替えてもらえるかもしれない。
そんな打算も組み込みつつ、主に愛しい彼女へのカッコつけを目的とした、自分にとってはかなりの出費の為に彼女と手を繋ぎ、列に並んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「いっぱい買っちゃったね。重くない?私、持てるけど…」
「大丈夫大丈夫。幾ら
「えっと…やっぱり私も持つよ。両手が塞がってたら手も繋げないでしょ?」
「お、おう」
俺とハルファスは、暗くなり始めた街を歩いていた。夏には、まだこの時間でも明るかったのになぁ、なんて会話をしながら、彼女の小さく、柔らかい手を握る。
俺達の距離は、少しだけ友人と見るには近過ぎる距離で。
俺は少し顔を赤くしていたのだろう。ハルファスの表情は、ちゃんと見てないから分からない。
ハルファスが、自分の前世は少年達の世界で言うところの、悪魔に似た存在だと打ち明けた時から、いや、その前から俺達の関係は変わらなかった。
俺にとって、ハルファスは傍に居て欲しい人。
ハルファスにとって、俺は手を引いてくれる人…らしい。
もし、ハルファスが転生したのが、彼女の知るヴァイガルドと言う、滅亡に瀕した世界なら…この関係性は少し変わっていたのかもしれない。
でも、こうして2人で一緒に居られるのなら。そんな日常も悪くは無いんじゃないかと。ふと、そう思った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「結局、2人で食べる事になっちゃったね」
「…まさか、両方から要らん、と言われるとは思ってなかった…」
家に帰った俺達が、互いの家族に買ってきたナゲットを奨めた結果。
まさかの受け取り拒否。当然代金の建て替えは通用しなかった。俺の財布は寂しくなったが、結果としてハルファスと一緒の部屋で、2人でこたつに入りながらもそもそとナゲットを食べる、と言う役得な状況になっている訳だし安いもんだ。
「…うーん」
「どうした?ハルファス
…まさか、どのソースに付けるか迷ってるとか?」
「凄い。なんで分かったの?」
「いや…そりゃ、普段からポテトを1本ずつ食べるか纏めて食べてみるかで悩んでるお前を見たらその位察するわ」
「…そっか…ねえ、どっちがいいと思う?」
「そうだなあ…」
個人的にはエビの方が好きだが、ハルファスはどうだろう。バーベキューは確実にこの場の選択肢では無しとして…
…うん、とりあえず好きなのを食べさせるか。
「エビにしたら?」
「うん、分かった
…美味しい」
「そりゃ良かった。その後はステーキの方を食べて、交互に付けたらいいんじゃないか?」
「うん、分かった
…美味しい」
ただただ可愛い。それしか感想は浮かばない。偶にリスみたいに頬を膨らませながら食べてるのも可愛いけど、テレビを見ながら少しずつ食べてるのも可愛い。
…なんか…行動の節々から小動物って感じが滲み出てるんだよなぁ…本人が言うには、前世の姿はモモンガとか、ムササビ*1みたいな感じなんだとか。多分可愛い悪魔だったんだろうな。うん。人間の状態でも可愛いし。
「…あの、どうしたの?さっきからじっと見つめて…」
「え?あ、ごめん。ハルファスの食べ方が可愛いなぁ、と思って」
「…そうかな?あんまり、意識はしてないんだけど…」
食べ方の意識ってなんだ?マナーとかそう言うのを守ったら上品に見える*2とか、そういうのだろうか。でも、ハルファスってそういうの気にしそうなタイプじゃないしな…。
「…あ、映画始まるよ」
「ん?あ、もうそんな時間か…」
一緒に見ようかと話していた映画が始まる。何だかんだ、毎週映画が見られるのは嬉しいんだよな。映画じゃなくても特番系は面白いし。深夜帯の映画とかも気にはなるんだけど、わざわざ録画したり、夜更かしする程でもないかな…と思って見逃したりする。
後々あらすじを見たら滅茶苦茶面白そうじゃねぇか!とか思ったり。
…そういや、ハルファスって悩みはするけどそれで後悔してるところは全然見ないな…。俺が決めてるからなのか、案外ドライなのか…。
…いや、多分マイペースなだけだろうな。なんか、常日頃からのほほんとしてるし。そこが可愛いんだけど。
「…ねえ」
「ん?どうしたハルファス。トイレに行きたいなら映画が始まる前に戻って来いよ」
「ううん、そうじゃなくて…こっち向いて?」
「ん?」
ハルファスに言われるがままそちらを向けば、目の前には少し顔を赤くしたハルファスの顔があった。
「え、ちょ、ハルファス…?」
「…」
あの、何か言ってくれませんかハルファスさん。この位置不味いんですよ。ハルファスが常日頃からダボッとしたタイプの薄着を好むせいで、胸元が!
「ゴミ、付いてたよ」
「え?あ、おう。ありがとう」
あっっっっぶねぇ!何だそのお前の無自覚の危なさ!?俺じゃなきゃ襲っちまうね。
ハルファスは多分、俺と付き合ってはいるものの、それがどういうことかあまり分かっていないのだろう。キスをしたい、とかって言う感情も多分よく分からないんじゃないだろうか。だから、俺としては出来るだけ彼女が自分から望むまでは、そういう事をするのは待っておきたいという気持ちがある。
…あまり考えたくはないが、もしかしたら、彼女にとって俺より大事で、好きな人が出来るかもしれない。そしたら、俺とワケも分からずにしていたキスは彼女の心に何かしらのしこりを残すんじゃないだろうか。
俺は…できれば、そうなって欲しくはない。だから、キスは彼女がその意味を知り、その感情を知ってからしたいと思っている。
ハルファスの、多分暖まったから赤かった顔が離れていき、テレビを向く。そうなれば、俺も彼女の顔をいつまでもまじまじと見ている事はできない。名残惜しいが、テレビに集中するしかないのだ。ドキドキしてそれどころじゃないけど。
ドキドキと脈打つ胸に意識を向けていたからだろうか。俺は、ハルファスがその後、指で唇に触れながらどういう顔をしていたのかを見ていなかった。
受験が終わったら続くかもしれません。