フォフォイのフォイ 作:Dacla
マルフォイ家の豪勢なクリスマスパーティが新聞のネタにされるのは、魔法界冬の風物詩だ。
実態はほぼ業界交流会なので、特筆すべきことはない。それに魔法使いにとって重要なのは、クリスマスより冬至の祭祀だ。そちらは先日済ませた。
パーティが終われば、翌日からは家族だけの静かな時間。居間の暖炉の前で父上は新聞をめくり、母上はパーティの出席者リストと何か別のリストを突き合わせている。俺は両親から贈られたばかりの、新しい箒をいじっていた。
玄関のノッカーが響いた。
父上が立ち上がり、居間を滑り出していった。俺も後を追いかけた。玄関ホールで追いついた時には、父上が雪交じりの風から客を奪い入れるところだった。
客人は黒いローブに長めの黒髪の男性だった。ドラコの「記憶」に確かめるまでもない。セブルス・スネイプだ。
その黒い肩にうっすら積もる雪を、父上が手で払った。
「こんな日まで仕事をさせるなんて、ダンブルドアは人でなしだな。うちのパーティを欠席するのは奴の勝手だが、きみまで仕事に縛り付けるとは」
スネイプは苦笑交じりに弁解した。
「ダンブルドアのせいではありませんよ。休暇中も校内に残る寮生がいれば、寮監も残らざるを得ません」
「なんだと。ではその居残り連中のリストを寄越せ。休みになったらさっさと子供を引き取れと、保護者どもに言ってやる。生徒の健やかな成長は、教師の心身が健康であってこそだぞ」
「お気持ちは嬉しいのですが……」彼は、ホールの中央にいた俺に目を止めた。「久しぶりだな、ドラコ。背が伸びたか?」
俺も微笑みながら歩み寄った。
「メリークリスマス、セブルス小父さん。小父さんを待っている間に、二インチは伸びましたね」
スネイプは片眉を上げた。映画で彼を演じた時のアラン・リックマンに雰囲気がよく似ている。だが本人ではなかった。俺の器であるドラコもその両親も、映画で観た顔と一致しなかったから、そうだとは思っていた。
でも残念だ。わりと好きだったな、リックマン。『ダイ・ハード』のテロリストに『ロビン・フッド』の悪代官、ついでに『ドグマ』の変な天使も。この分だとハーマイオニーはエマ・ワトソンではなく、俺の伯母はヘレナ・ボナム=カーターではない。彼女たちに会えないなんて、夢のない夢だ。名優たちに会わせろよ畜生。
そんな俺の胸の内も知らず、父上が誇らしげに息子の肩を叩く。
「どうだセブルス。ドラコも随分と大人びてきただろう。うちに来るのは何ヶ月ぶりだ。え、一年? そんなになるか。きみと飲むためにパーティに出さなかった、とっておきのワインがある。それともまずはホットウイスキーで温まるか」
「ルシウス。そんな所でいつまでも喋っていないで、部屋にご案内したらいかが」
母上も居間から出てきた。
「いらっしゃい、セブルス。ハッピークリスマス。ルシウスではないけれど、あなたもパーティに来てくれたら良かったのに」
「こんにちは、ナルシッサ。せっかくご招待頂いたのに申し訳ない」
「セブルスは仕事上がりにそのまま来てくれたのだぞ」
「あら。それなら尚更こんな所で立ち話させては可哀相じゃない」
学生時代からの知り合いだった三人は、打ち解けた雰囲気で話している。
父上の資料には、スネイプの裁判記録はなかった。ダンブルドアの証言で早々にシロと判断されたからだ。しかし、これまでのところ原作の設定はそのまま過去の事実として、この夢に存在している。だとすれば、スネイプがデスイーターだったことも、愛する人のためにヴォルデモートを裏切り密かにダンブルドアの二重スパイになったことも、恐らくは事実だ。確かめる術はないが。
それから俺たちは、午後いっぱい飲み食いと会話を楽しんだ。イギリスでは、伝統的なクリスマスのディナーは二十五日の昼に食べるそうだ。
会話はスポーツ、政治、有名人のゴシップ、芸術と、多方面に飛んだ。スネイプが教授職を務め、ドラコが来年入学するとなれば、当然ホグワーツも話題に上がる。
「ところで、今年のクィディッチはどうかね」
と、父上が機嫌良く尋ねた。卒業生に届いた季報で、寮対抗戦の初戦結果は知っている。それを承知のスネイプも、笑いを含んで答えた。
「グリフィンドールには順当に勝ちました」
「あそこに勝っても自慢にならんな。連覇は狙えそうか」
「ええ。今年もスリザリンの立ち上がりは上々です。卒業生のご支援のお陰ですね。とくに資金面でも練習面でもお世話になっているこちらには、私からも改めてお礼を言わねばと思っていたところです」
選手から「いても役に立たない」と評された名ばかり監督でも、スネイプはスリザリンチームの監督者だった。
母上が手を振った。「よして、セブルス。あれはルシウスが趣味でやっていることよ」
ですが、と言いかけた後輩に、マルフォイ夫婦は澄ました顔で告げた。
「どうしてもというなら、来年ドラコをチームに入れてくれ。箒で飛べるようになった」
「そうね。この子、最近は遠乗りに出掛けているの。元気が有り余っているのよ」
スネイプがこちらを向いた。「ドラコはクィディッチが好きなのか」
原作のドラコは夢中だったはずだ。
「好きですが、チームに入りたいかどうかは分かりません。ホグワーツのことをよく知らないので」
それもそうか、と彼は静かに頷いた。
「いい機会だ。スネイプ教授に学校のことを聞いてみろ。あの尊敬すべき偉大なダンブルドア校長のこともな」
「聞いてどうするんです、父上」
「一日も早くこの世を引退できるように、おまえも祈ってやれ」
父上はダンブルドアを毛嫌いしている。一番の理由は、マルフォイ家が魔法省に影響を及ぼそうとする時に、鼻薬が効かない重鎮は目障りだということだろう。他にも、「口では魔法族以外の半端者(マグル生まれを含む)にも寛容なことを言って人気を取って、そのくせ本当は何もかも見下している偽善者」だからとか、「自分は名誉欲に取り憑かれているのに、権力欲や出世欲を持った人間を馬鹿にする」とか、色々言っている。
しかし結局は、ダンブルドアがグリフィンドール派で、父上がスリザリン派だという、学閥の問題だと思う。
イギリス魔法界では、若者が同世代で集団生活を送る場はホグワーツしかない。入学までは家庭で過ごし、卒業すれば大半はそのまま社会人だ。校内での七年間は、入学時に割り振られた寮での生活が基本となる。当然、そこでの人間関係が後々の人生にまで影響する。
学校側も、寮ごとの点数制度を設けて、寮内の連帯感と、他寮への対抗心を煽る。一歩間違えれば恐怖の管理社会、ディストピア直行のやりかただが、学生を管理しやすいこの方法が改められたことはないという。
その結果、多感な時期に一つの価値観を植え付けられた若者たちは、社会に巣立ってもそれを引きずって生きていく。それがイギリス魔法界だった。
◇
飲み食いにも飽きた頃、四人でプレゼントを交換しあった。
ドラコの両親からは、すでに新しい箒を貰っているので省略。スネイプからはフルカラーの鉱物図鑑を貰った。れっきとした魔法界の出版物なのに、非魔法界のものと見分けが付かない。掲載写真の対象が動かないからだ。これが動物図鑑だったら、獣たちが自由に歩き回る様子を定点観測できただろう。
俺からも枕ほどのサイズの袋を三人に渡した。中身は大したものではない。
スネイプが袋の中を覗いた。「クリスプス?」
「はい。クリスプスの詰め合わせです」
客に続いて父上と母上も袋を開けた。
「ほう、初めて見るな」
「魔法界の物ではないのかしら」
白々しい反応だ。
イースとのツーリングでポテチの美味さを思い出した俺は、外出の度にちょくちょく非魔法界のスナックを買い込んでくるようになった。今では父上も母上も、すっかりスナックの味に慣れ親しんでいる。それでも人前では「マグル嫌い」の看板は、まだ下ろすつもりがないようだ。
「あら、本当に初めて見るわ。スイートチリに、ライムに、マーマイトですって」
「私のほうはブラックペッパー、ビーフ&オニオンと、ケチャップだったぞ」
「私とルシウスの分でも違うのね。セブルスは」
「えっ」
スネイプは戸惑った声を上げた。魔法界屈指の名家で、まさかポテチ品評会が始まるとは思わなかっただろう。一家からの視線に促され、彼も詰め合わせ内容を確かめた。
「ええと……。プローンカクテル、ハニー&マスタード、バーベキュー、ソルト&ビネガー。あとはレディソルト(塩味)です」
好みが分からなかったので、スネイプの分は無難な味で揃えておいた。ちなみにソルト&ビネガーとレディソルトは、両親の袋にも入れてある。家では定番の味だから無意識に省いたのだろうが、どうせ「初めて見るマグルの食べ物」を装うなら、その二種類も省略しないでほしかった。
「色々な味があるのだな」
「海老味なら、ドラコが一回だけ買ってきてくれた短い棒のも美味しかったわね」
「あれは別物ですよ」
母上が言っているのは、イギリスで売られている偽物のかっぱえびせんのことだ。
パッケージ裏を眺めていたスネイプが言った。
「マグルの製品ですな」
さっと表情を変えたのは母上だけだった。俺と視線を交わして、父上が何気なく答える。
「先ほどドラコが遠乗りに出掛けると話しただろう。その折にマグルの店でちょっとした品を買ってくる。社会勉強だ。機械類と違って、食べ物なら使いかたが分からないということもない」
「なるほど」スネイプは目線を上げてこちらを見た。「遠乗りには一人で行くのか」
「飛行術の先生に付き添ってもらっています。色々とご存知の方で、ぼくの行動がマグルに怪しまれないようフォローしてくれます」
「若いけれどしっかりした先生でね。ドラコも懐いているの」
「ほう。その先生は、クリスプスを食べた後のごみの処理について、何か言っていましたか」
ごみ。両親と俺は顔を見合わせた。
「ぼくはとくに何も聞いていません」
「他のごみと一緒に、ハウスエルフが屋敷の裏手で燃やしているはずよ。マグル趣味の包みが人目に触れる心配はないはずだけれど」
そうではなく、とスネイプは頭を振った。
「マグルの使う人工素材は、安易に燃やすと有毒ガスが発生する可能性があります」
「有毒ガス?」母上が口元に手を当てた。「そんな危険な物で食品を包装するなんて、マグルは何を考えているの」
「そのままの状態ではべつに有害ではありません。低温で燃やした時に生成される物質が問題なのです。ダイオキシン類というそうです。無色で無味無臭、しかも返しの呪文が存在しない。人を呪い、土地を呪い、自らも呪われる……。マグルの生んだ画期的な呪いですな」
「セブルス、要点だけ話せ」
父上に水を差されて、彼は一つ咳払いをした。
「要するに、焚き火程度の火力で、塩と油にまみれたクリスプスの袋を燃やすことはお勧めしません。屋敷周辺の大気と土壌が汚染されます」
確かに一時期は有害物質として騒がれたダイオキシンも、最近はあまり人体への危険性は聞かれない。燃やす量も微々たる物だ。心配するな、と言ってやりたかった。
「燃やした後に魔法で清めればいいのかしら。ああ、でも空気に散った分はどうしようもないわね」
「私としては、マグルの作った物はマグルのごみ箱に捨ててくるのがいいと思いますよ。それこそドラコがクリスプスを買いに行くついでに」
ところが無難と思えた案に、父上が異を唱えた。
「わざわざ外へごみを捨てに行くのは優雅ではないな。高温が必要なら、フィエンドファイアで燃やし尽くせばいいだろう」
聞き覚えのない言葉だ。母上のほうを見ると、母上も首を横に振った。
「ドラコ、どうだ。新しい魔法を覚えてみるか」
「ルシウス!」とスネイプが鋭く咎めた。「ごみを燃やした後には、一気に冷やす必要もあったと思います」
「冷やす?」
「はい。燃やした後に冷却する段階でも、ダイオキシン類が発生する温度があったはずです。適当なことを言ってもいけないので、ホグワーツに戻って文献にあたってみます。ドラコにフィエンドファイアを教えるのは、それからにして下さい」
「たかが包装一つに面倒だな。まあいい、分かったら連絡しろ」
「はい」
父上の横柄な依頼にも、スネイプは律義に返した。
積もる話も一段落した頃。客人が、父上のコレクションに新しく加わった呪具を見たいと言い出した。父上は喜んで書斎に案内しようと立ち上がった。
「ああ、そうだ。ドラコ」と、スネイプは部屋を出る前に振り返った。「一昨日の新聞があったら、書斎に持ってきてくれないか」
「いいですよ。ハウスエルフに――」
「いや、きみに持ってきてもらいたい」
父上が僅かに眉を顰めたが、何も言わなかった。
俺は頷いた。「分かりました」
わざわざ別室に呼び出して、俺の正体を父上の前で暴く気か。対応策をあれこれ考えながら、『モイライ』を書斎に持っていった。