フォフォイのフォイ   作:Dacla

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富を隠せよ・2

 飛行のレッスンは、年明け後もだらだらと続いている。学ぶためというより、ドラコの気分転換のために始めたことだ。止める理由はなかった。ドラコが魔法を使えるようになってからは、飛行時に便利な魔法も教わっている。

 

 イースはそれなりに多様な魔法と、その応用方法を知っていた。たとえば冬に重宝するのが泡頭呪文。気泡で頭部を覆い、水中でも呼吸が出来るようにするのが、この魔法の本来の目的だ(新しい酸素の供給はどこから、なんてことは知らない)。それを箒乗りの一部は、頭部だけでなく体全体を空気の層で覆うように発展させて使う。冬のツーリングの厳しさは体験した者でないと分からないだろうが、寒風に体温を奪われないので、とても温かい。

 しかし自分でやろうとすると難しかった。

 

「まあ、そんな簡単には覚えられないよね。他にドラコくんもできそうなのは……」

「飛行には関係ないけど、使いたい魔法ならある」

「へえ。どんなの?」

「閉心術。親には教わりたくない」

「そりゃまた面倒臭い」

 家庭教師は腕を組み、しばらく考えた。

 

 原作でも、ヴォルデモートの精神侵入に備えて、ハリーがスネイプに閉心術を教わっていた。たしかドラコ自身も閉心術を使っていたか、素質があるとか言われていた。中身が俺でも、ドラコに習得するチャンスはあるはずだ。

 

 ただし閉心術を覚えるには、まず開心術を受ける必要があった。少なくとも原作のハリーはそうしていた。俺がドラコの両親に閉心術を教わりたくないのは、それが理由だ。逆に家との縁が薄い他人になら、多少の事情が伝わっても構わないと思っている。

 

 ところで今の、中に俺を抱えたドラコに開心術を掛けると、術者はいったい何を視るんだろうな。

 

「悪いけど俺からは教えられない。その手の分野は苦手なんだよね。もちろん親の干渉を受けたくないっていうのは分かるよ。俺も昔――」

「そういう思春期の問題じゃない」

 俺が遮ったので、彼は口を閉ざして目を細めた。

 

「詳しくは話せない。秘密について知りたいなら、ぼくに開心術を掛けろ。だけどそれをしたら最後、イースはぼくに閉心術を教えなければいけない。さあ、掛けろ」

「何その脅し。タービネイト先生は本当にそういう魔法が苦手なんだって。ぶっちゃけ責任も取りたくない。だいたいさあ、隠したいことがあるなら他にもやりようはあるでしょ」

「たとえば?」

「たとえば、そうだなあ」

 

 イースが考えている間に、手持ち無沙汰な俺は箒を膝くらいの高さに浮かべて柄の部分に立った。目指すは桃白白だ。

 

「じゃあまずは閉心術について整理しとこうか。意識に侵入してくる開心術を遮断するのが閉心術だ。秘密や本心を守るのに最適と言われているね。だけど真実薬っていう自白剤を使われた場合、並大抵の閉心術じゃ抵抗できない。薬だけじゃなく、開心術を使ってくる術者の技量次第でも閉心術は役に立たない。乱暴に言うと、きみが閉心術を覚えても、大人の仕掛けてくる開心術には対抗できないと思うよ」

 

「というと、開心術や閉心術は、大人なら誰でも使える魔法なのかい」

「存在は知られてるけど、誰でも使えるわけじゃない。今度本屋に行ってみる? 並んでる本を見てみれば、何となく分かるよ。だいたい他人の心に勝手に踏み込むなんて、その人の財布の中身や日記を勝手に見るくらい失礼じゃん」

「そうかも知れないが……」

 開心術をそのレベルで語っていいのか。

 

「それ以外のドラコくん自身に対してのアプローチというと、忘却術もある。特定の話題のことを忘れてしまえば、きみにとっては秘密なんて存在しなくなる。ただし何も知らない状態に戻るだけだから、自分でも気付かないでまた同じ秘密に触れて、元の木阿弥になることもある。諸刃の剣だね」

 

 うーん、と俺は腕を組んだ。都合のいい記憶だけを消してもらうには、その部分を術者に説明する必要がある。自分で自分に忘却術を掛けるなら、術を習得するまでは無防備なままだ。

 

「三つ目は舌縛りの魔法。特定の話題や単語を喋れなくする魔法で、物理的に秘密を吐けないようにできる。開心術を使われたらおしまいだけど、真実薬を使って自白させられそうな時には心強い盾になる」

 先ほど言われるまで、開心術にだけ備えればいいと思っていた。しかし秘密を吐かせる方法は、ハリポタ世界の魔法だけに限らない。自白剤もあれば脅迫も拷問もある。俺なんて、暗い取調室に連れて行かれてカツ丼を見せられただけで、あること無いこと白状する自信がある。「決して折れない心」など持ち合わせていない。

 

「秘密をきみから引き出そうとする者へのアプローチも、当然考えられるね。たとえば忘却術でその話題を忘れさせればいい。不自然にその部分の記憶が抜け落ちたことに気付かれたら、却って秘密の存在が浮き彫りになっちゃうけどね。舌縛りの魔法を、自分ではなく相手に掛けるのも当然ありだ。犯罪だけど、服従の魔法で相手の行動を制限することもできる。だけど、合法であっても相手に魔法を掛ける方法はお勧めしない。危険だから」

 

「危険?」

 たじろいだ拍子にバランスを崩した。押し出されて進みかけた箒を、イースが自分の箒で抑えて止める。

 

「自分と相手の力量次第では、他人に魔法を掛けてもそれを無効化されたり跳ね返されたりする。きみの秘密を探ろうとするのは、子供と大人、どちらの可能性が高い? もし大人だったら、魔法勝負は子供のきみには最初から不利なんだよ」

「ほほう」

 受け取った箒の柄に顎を乗せた俺を、イースは不安げに見つめた。

「べつにドラコくんが弱いと言ってるわけじゃないからね。俺はきみの魔法の実力を知らないし、一般論で言ってるだけだから。世間一般の常識を喋ってるだけだから!」

「そんな念押ししなくても、無理はしないさ。他に対策はないかな」

 

「魔法を使わない前提なら、すぐに思いつくのは秘密を裏付ける証拠を隠滅することだよね。それから秘密に関わった人間を、買収したり権力に物を言わせて口封じ。大人はやるけど、ドラコくんはそういうのはまだやらないでほしい」

 中身はすでに薄汚れた大人なのに、気を遣わせて申し訳ない。ただ、ドラコ少年にはなるべく真っ当な道を歩んでほしいと、俺も思っている。そもそも本当の「秘密」は俺の意識そのものだ。証拠や証人は存在しない。

 

「ちょっと視点を変えて、建設的な方向で行こうか。やっておくべきことの一つ目は、秘密を暴かれても問題にならないだけの味方を作っておくこと。味方がいれば庇ってもらえることもあるし、孤立無援にならないというのは、案外重要だよ。この場合の味方というのは、同じ弱味を持つ共犯者のことじゃない。外部に向けてきみの立場を弁護してくれる理解者だ」

 

 彼は指を二本立てた。

「二つ目は、自分から秘密を明かしてしまうこと。他人に暴かれる前に自分から告白した秘密は、弱みになりにくい。もちろんそれで取り返しの付かない窮地に陥らないように気を付ける必要はある」

 

「打ち明ける相手を見極めるということかい」

「それと、予め足場を固めておくことだ。足場というのは法律改正かも知れないし、前例作りかも知れないし、ただの個人の信頼かも知れない。先に挙げた、味方作りも含まれるだろうね」

 力のない子供に出来るのは、他者の信頼を勝ち得ることくらいだろう。

 

「三つ目は、隠したい事情の核心部分を陳腐化してしまうこと。どう言えばいいかな。たとえばそこに転がってる小石が、実はダイアモンドの原石だった。というのが、きみの知ってしまった秘密だとする。その秘密を守るために小石をしまい込むんじゃなくて、ハンマーで叩いて粉々にしたり、高温で燃やしたりして、原石としての価値を無くしてしまうんだ。さっき言った秘密の証拠や証人を消すというのは、小石の組成を調べた時の記録を消すことに当たるから、少し違うね」

「秘密の存在を示す証拠を消すんじゃなくて、秘密そのものの価値を無くすということか」

 俺の場合で言うと、原作知識が役に立たないほど、この夢の世界が原作とかけ離れてしまえばいい。それで平和になれば万々歳。しかし原作ファンではないのでどこをどう変えたらどうなるか、さっぱり分からん。

「言うのは簡単だけど、やるのは難しそうだな」

 

 俺が笑うと、イースは真顔で頷いた。

「そうだよ。簡単なのは秘密を親に打ち明けて、相談することだと思うよ」

 それができれば苦労はしない。

 

          ◇

 

 後日、彼と一緒に本屋へ行った。

 

『これで安心! 浮気がバレない閉心術』

『浮気を見抜くたった一つの冴えたやり方』

『開心術と閉心術 その攻防と相互補完の歴史』

『うちの子が反抗期シリーズ3 育児に使える開心術』

『プロが教える開心術と閉心術・ポケット版』

『閉心術士の落とし穴 ~失敗実話百選~』

 

 そんな題名がずらりと並んで、一大コーナーを形成していた。硬軟取り揃えてある辺り、世間的にもニーズは幅広いようだ。平積みされた本によれば、開心術と閉心術とは、現代社会に生きる全ての人間に必要な魔法だそうだ。

 

「助けてタービネイト先生。多すぎてどれを選べばいいか分かりません」

「とりあえずベストセラーにしとけば? これ、定番らしいよ」

と適当に渡されたのは、『これで安心! 浮気がバレない閉心術』だった。付き合ってくれた友人の手前、本は買ったが、これでヴォルデモートとダンブルドアに抵抗できるのか。甚だ心許ない。

 

 不安だったので、閉心術をあてにしないで初心に返ることにした。つまり疑われるような行動は慎む。これに尽きる。

 

 その後に入った箒屋では、店員を交えて定番箒の改造について盛り上がった。バイクほどカスタム出来るパーツは多くないが、それでも穂の材料の割合など、乗り手が工夫できる部分はあるという。俺も手を加えたくなった。だがあしらわれた。新品を買ってもらったばかりの初心者に、チューニングはまだ早いと。

 

「ホグワーツは改造箒の持ち込みは禁止だよ」

と店員に釘も刺された。それ以前に、一年生のうちは箒の持ち込み自体ができない。特別扱いはハリー・ポッターだけだ。

 

 ダイアゴン横丁を出て薄暗いパブを抜けると、非魔法使いの世界。ローブの上からコートを着た俺たちは、とくに注目されることもなく通りを歩く。人目のないところで箒を原寸大に戻し、行きと同じく空の旅へ。

 

「あーカネ欲しい」

 イースがぼやいた。箒屋で、彼はオドメーターを何度か手にとっては、結局買わずに棚に戻していた。

 

 俺は恐縮した。今月から多額の小遣いを貰い始めたばかりだ。イギリスの小学生の小遣い相場は知らないが、くれる時に母上が「小役人の給料程度で足りるかしら」と心配そうに言っていた。それくらいマルフォイ家の金銭感覚は庶民とずれている。そんな親の脛かじりに、金の話は居心地が悪い。

 

「ドラコくんの友達にさあ、箒に乗るための家庭教師が必要な金持ちの子、いない?」

「悪いな。そんな都合のいい友人はいない」

 

 それはおいても、マルフォイ家での家庭教師も、ドラコがホグワーツに入学するまでには終わる仕事だ。他に働き口を探し始めたほうがいい。そう思ったのは、俺だけではなかった。

 

 屋敷に着くと、父上がイースを書斎に招いた。珍しいこともあるものだ。実はその時、彼に別口の仕事を紹介したそうだ。それを知ったのは翌週。魔法省の臨時職員に採用されたと、本人から教えられた後だった。

 

「先方は、海外経験のある人材が欲しかったんだってさ。俺が条件にどんぴしゃだったみたいで、即決だったよ。給料もまあまあだし、臨時とはいえ数年は続く仕事だから親も喜ぶし、マルフォイさんには本当に感謝だよ」

「就職おめでとう。どんな仕事だ」

「配属は国際協力部。数年後の国際イベントに向けての仕事だってよ。ワールドカップがあるから、それ絡みかな」

 

 もっと喜べばいいのに、厳つい容貌の家庭教師は、済まなさそうに眉を下げていた。

「それでドラコくんには申し訳ないんだけど、役所のほうからなるべく早く来て欲しいと言われたんだ。だから……」

 

 言葉を濁す相手の代わりに、俺から申し出た。

「ああ。タービネイト先生が合格だと認めてくれたら、ぼくも飛行術を習うのは終わりだな。父上たちもそれでいいと言っているんだろう?」

「俺の都合でごめんな」

「就職は大事だよ。でも今後も箒乗りの先輩としてツーリングに付き合ってくれたら嬉しい」

「それはもちろん。これからも箒仲間としてよろしく」

 俺たちは握手を交わした。

 

 その次の週で飛行のレッスンは修了した。最後の夜はタービネイト氏の新しい門出を祝って、ささやかな夕食会が開かれた。イースの母親と紹介者のグラブラ夫人も招かれた。

 

 客の帰りを見送った後、母上が俺の肩を抱いた。

「今度、お茶会を開きましょう。あなたと同い年の子たちを招いて。庭のブルーベルが咲く頃なら、きっと皆喜んで見に来るわ。新しいお友達もできますよ」

 

 そうですね、と俺は相槌を打った。子供相手なら、腹の探り合いや開心術を警戒する必要はないだろう。

 




Korpiklaani "Hide Your Riches"

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