フォフォイのフォイ   作:Dacla

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青に騒ぐ・2

 

 ハウスエルフたちが急いで怪我と身だしなみをなおしてくれたので、三人ともあっという間に良家の子息らしい姿を取り戻した。一番怪我が酷く、手当てに時間が掛かったのは、やはり俺だった。

 先に手当てを終えて手持ち無沙汰な二人のためにも、冷たい牛乳を用意するよう、アビーに頼んだ。

「お茶もご用意できるのでございますよ」

「いや、冷たいのでいい。口の中が切れているんだ」怪我をした場所がずきずきと熱を持っている。

 

 ハウスエルフが去り、後には所在なさそうにソファに座ったクラッブとゴイルと、俺。

「歯を折ってしまって本当に済まない。治療費は出すからヒーラーに治してもらってくれ」

 俺が謝ると、手の中で白い物をいじっていたクラッブは、

「……べつに」

と、もごもご言いながら、それをポケットにしまった。

「ゴイルも済まなかったね」

「……いや」

 こちらは俯いたきり、目を合わせてくれない。

 

 アビーが牛乳を持ってきてくれた。客のためにパウンドケーキも一切れずつ添えてある。ラム酒を効かせた自家製のパウンドケーキは、マルフォイ家の定番お茶請けだ。

「どうぞ。お茶の時にケーキが出るはずだけど、もしかしたら二人ともこの後すぐ帰るかも知れないだろう。その前にこれだけでも食べていってくれ」

 俺が勧めた途端、二人はすぐに皿へ手を伸ばした。

 

「食べながらでいいから聞いてくれ。さっき、きみたちのどちらかが、ぼくの取り巻きになんかならないって言っただろう。ああ、ゴイルね。こちらもそういう関係は望んでいない。でもぼくを傷付けようとして、関係のない他人を貶めるのは駄目だ。きみたちの言ったことをパーキンソンさんが聞いたら傷付くだろう。それは許せない。ぼくが手を出したのはそれが理由だ」

 

 クラッブが小さい目を精一杯開いた。ゴイルの顎の動きも一瞬だけ止まった。しかし、彼らの口からは何も聞けなかった。残念だ。

 

 三人で茶会の席に戻ると、クラッブ夫人とゴイル夫人は息子を連れて早々に帰ってしまった。俺も母上に捕まえられて隣に座らせられた。完全に問題児の扱いだ。お陰で茶会のお開きまで、他の子供と接触できなかった。

 

 そして客が帰ると母上が怒りを抑えなくなった。

「なんて酷いことをするのかしら、あのトロールたち! 親も親よ、躾がなってないのよ。ルシウスが目を掛けてやった恩をこんな仇で返してきて。許せない」

 クラッブとゴイルが悪いと決めつけて、親に責任を取らせると息巻いている。ドラコを溺愛しているのが悪い方向に出た形だ。我が子にも非があった可能性を都合良く無視する、典型的なモンスターペアレント。これでは原作のドラコが小さな暴君になるのも無理はない。

「母上、ぼくも二人に手を出していますから、二人だけを責めるのは止めて下さい」

「でもドラコの怪我のほうが酷いでしょう。あんな、人に謝ることも出来ないトロールを庇わなくていいのよ。お茶会のお客様だって、ドラコが二人を庇ったと分かっているんですからね」

「すみません」

 

 母上を宥めている間に、予定より早く父上がロンドンから戻ってきた。母上が事のあらましを伝えた後、俺のほうにも夕食前に書斎に来いという出頭命令が来た。

 

「クラッブとゴイルの倅に殴られたと聞いたが、事実か」

 父上は単刀直入に尋ねてきた。

「正確には殴り合いです」

「怪我は?」

「一見して分かる怪我は応急処置させましたが、家に帰ったらきちんと手当てするように伝えてあります。治療費はすみません、我が家持ちでもいいでしょうか」

「おまえの話だ。血だらけだったと聞いたぞ」

 目の周りをなぞられ、痛みに瞬きした。痣ができたところだ。

 

「まだ痛みはありますが、もう大丈夫です」

「勝ったのは誰だ」

 少し考えて「多分ぼくです」と答える。一番手傷を負ったものの、最後に立っていたのは俺だ。

 

 父上は椅子に戻り、ゆっくりと息を吐いた。

「我が息子ながら、そこまで根性があるとは思わなかったな。理由は何だ」

「……二人の態度が気になって、理由を尋ねてもまともな答が返ってこないのに腹が立ち――」

「違うだろう、それは」と遮られた。「それだけで流血沙汰になるか。去年からクラッブとゴイルの倅と距離を置いていることも気にはなっていたが、関係があるのか? 母親には言いづらいことでも、男同士なら話せるだろう」

 

 まあいいか、と肚を決めた。父親世代の関係が喧嘩の原因でもある。

「距離を置いたのは、義務感だけの付き合いから二人を解放してやろうと思ったからです。でもそのせいで、今日は二人とも最初から喧嘩腰でした。新しい取り巻き候補を見せつけていると思われたようです。誤解だと伝えても、二人はある女の子について邪推した発言をしました。それが彼女に失礼だったのと、ぼくの弱さを笑われたのが腹に立って、ぼくがクラッブを殴りました。そこからは泥仕合です。悪いことをしたとは思っていません。自分とその女の子の名誉を守ったつもりです」

 

「客の前では、全面的に自分に非があったと説明したそうだが」

「だって相手は茶会の客ですよ。さすがに手を出したぼくが悪いでしょう」

 父上は冷笑した。

「なるほど。ところで、見ていた子供たちがドラコは悪くないと証言してくれたらしいぞ」

「ありがたいことですね」

 俺は俯いたが、ほっとして口元が緩んでいたと思う。

 

 喧嘩相手を庇って全てを自分の責任にすることで、却って同情を得られるとは思わなかった――と言えば嘘になる。パンジーの口添えもあったので、喧嘩の現場を見ていなかった客人たちも、俺の言葉を額面通りには受け取らないだろう。原作のドラコは、自分が受けた痛みを大袈裟に訴えることで同情を買おうとした。一方俺は、自分が貧乏くじを引くところを見せて同情を買おうとした。似たようなものだ。

 それに、俺が責任を取ろうとしたのを見てクラッブとゴイルが謝る気になってくれることも期待していた。こちらは上手く行かなかったが。

 

「まだ物足りないか」

「いいえ」

「ではクラッブとゴイルには――父親のほうだが――私から話を付けよう。息子たちの怪我については互いに一切不問となるだろう。家同士の付き合いもあって、母親連中は大事だと思い込んでいるが、所詮は子供の喧嘩だからな。騒ぐほうが馬鹿らしい」

 良かった。ドラコの親が相手の親を威圧して、結果的に息子たちの恨みが深まるのが、一番面倒だった。

 

「ただし母上はおまえが怪我をしたことで、ひどく心が乱れている。しばらく行儀良くしていろ」

「そうします」

「これに懲りたら、次は人を呼ばれる前に片を付けるように。婦人の名誉を守ったことについてはよくやった。次からはもっと上手く立ち回れ」

「申し訳ありませんでした」

 俺は一礼して退室した。

 

 翌日になると、傷はうっすらと跡を残すだけになっていた。回復力を高める魔法薬を使ったお陰だ。息子の見た目から痛々しさが消えて、母上もようやく落ち着いた。

 

 そこで家庭教師の授業の合間に、話をする時間を作ってもらった。まずはせっかく設けてもらった友人作りの機会を潰してしまったこと、二人も怪我させてしまったことを改めて謝る。それから、茶会の客の夫人たちに手紙を書いてもいいかと尋ねた。

「何の手紙です」

「せっかくお越し頂いたのに、喧嘩沙汰で台無しにしてしまった詫び状です」

 

 母上は微かに眉を顰め、深い溜息と共にそれを開いた。

「あくまでも、あなたは自分が悪いというのね」

「はい」

「あまり二人を追い詰めないように、良い子にするのもほどほどになさい。実はクラッブ家とゴイル家から、息子本人と一緒にお詫びに来たいと連絡が入っています。いっそ二人とは仲直りしましたと、手紙に書き添えられたら素敵ね」

 

 クラッブ家、ゴイル家は、裕福な聖二十八氏の家に逆らう気はない。マルフォイ家も跡取り息子が問題児だという評判が広がるのは避けたい。そうしてこの件は「子供同士の喧嘩」として手打ちになった。母親たちが出張ってくる前に終わらせていたら、もっと早くこの結果になっていただろう。その点は父上の言う通りだった。

 

 その後屋敷にやって来た二人と謝り合ったが、目が合うことはなかった。クラッブもゴイルも言葉少なく、動きは鈍く、表情は乏しかった。思うところあって、同席していた母上たちに少し外してもらった。

 

 さて、と俺は顎を撫でる。

「きみたちは、親に言われて仕方なく謝りに来たんだろう。親に押しつけられた付き合いなんか嫌だよな。でも子供の意見は通らない」

 二人はふて腐れた表情で頷いた。もしここでまた疎遠になると、彼らは親から責められる。そしてドラコを恨む。今後ホグワーツでも顔を合わせるのに、そんな状況は好ましくない。

 

「ではまた一緒に遊ぼう。ただし、ぼくの機嫌が取りたいなら、卑屈にならずに堂々としていてくれ。ちゃんと自分の思っていることを口に出してくれ」

 先日の、殴り合いになる前に彼らがぶつけてきた言葉。そこから察するに、二人とも本来はそんなに愚鈍ではないはずだ。けれど己を殺して親の言いつけに従い、自己主張を諦めてしまった結果が原作のでくの坊だったとしたら、不憫でならない。

「ぼくたちが一緒に過ごしていれば、親はそれで満足だろう。そこで何をするかは、親の言いつけとか家の付き合いとか、余計なことを抜きにきみたち自身で考えてみてほしい。ゆっくりでいいから」

 

 二人は戸惑った様子で顔を見合わせた。

 

          ◇

 

 茶会の出席者に手紙を書いていると、ドビーが部屋に来た。

「坊ちゃま、今よろしいですか。お手紙を書かれると聞いて参ったのでございます」

「代筆してくれるのか。助かる」

 ドビーは「そうではございません」と、抱えていた大きな籠を床に置いた。ふわりと甘く清々しい香りが漂った。籠には、茎ごと摘まれた青紫の花がこんもりと入っていた。

「それ、庭のやつか」

「はい。お庭のブルーベルでございます。ようやく咲きましてございます」

 

 森に咲くブルーベルは、日本人にとっての桜と同じく、イギリス人が春の楽しみにしている花だ。その開花時期に合わせて母上が開いた茶会も、言ってみれば「庭の桜でお花見しませんか」という名目で誘ったようなもの。ただ残念ながら、茶会当日はまだ蕾だった。

 

「先日のお客様にお手紙をお送りするなら、この花も一緒にお届けしたら喜んで頂けると、ドビーめは思うのでございます」

 手紙に花を添える。そんな平安貴族めいた発想はなかった。宛先は旧家の既婚女性ばかりだから、受けはいいかも知れない。

「いいね。だったら手紙の配達中に花が萎れたり散ったりしないようにしてくれるか。せっかくおまえが摘んできてくれたのに、途中で駄目になったら意味がない」

「かしこまりました」

 ドビーはうきうきした様子で花を選び始めた。

 

 俺は机に向き直った。

 手紙の下書きは、母上による二度の修正を食らった上でようやく合格ラインに達した。あまりに完璧では親が書いたのと変わらないし、稚拙すぎてもドラコの教育レベルを疑われる。適度に子供らしい詫び状というのは、なかなか加減が難しかった。

 

 やがて母上が様子を見に来た。息子の部屋の床に座り込んでいるハウスエルフに、眉が顰められる。その口から刺々しい言葉が飛び出す前に、俺は急いで説明した。

「母上、ドビーは手紙に添えてはどうかとブルーベルの花を摘んできてくれたのです」

 すかさずドビーも一輪差し出した。

 母上は表情を和らげ、花を受け取った。「……悪くない考えね」

 滅多にない女主人からの肯定的な言葉に、ドビーはぱっと顔を輝かせた。「ありがとうございます! 奥様」

 

 その後、開花したばかりの花を添えて送った手紙は、母親連中には概ね受け入れられたという話だった。子供たちから何通か返事も貰った。

 

 その中の一通、パンジー・パーキンソンからの手紙には、自分のせいでもあるので怪我の見舞いに行きたいという一文があった。もしや、喧嘩前の俺たちのやり取りを聞いていたのか。「きみが責任を感じる必要はないよ」とでも伝えておこう。

 ダフネ・グリーングラスからの手紙には、俺が送ったハンカチの礼が、事務的な文章で綴られていた。

 

 手紙の内容に目を通した母上は、口角を緩く上げた。

「女の子からの返信。しかも二人も。ふふ、ドラコはお父様に似ているから女の子に人気があって当然よねえ」

「母上」

「ふふふ」

 

 父上も手紙の返事が来たことを耳にすると、興味深そうに言った。

「おまえを気に掛けてくれた友人候補だ。大事にしろ」

「お嫁さん候補の可能性もありますよ、ルシウス」

「そうか。聖二十八氏の家の娘なら何の問題もないな。おまえの母上ほど素晴らしい女性ではないかも知れないが、付き合いは続けておけ」

「父上。彼女たちは義理で返事を寄越しただけですから」

「どうかな、ふふふ」

 

 両親はにやにやしている。ドラコへの評価を俺がむきになって否定するものでもないので、好きなようにさせておいた。




Hail Spirit Noir "Mayhem In Blue"

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